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2010/01/30

あるゲームの相互作用の下でどのような感情のダイナミクスが喚起されるか

 脳科学研究グループの会合、The Brain Club。

 高野委未さんの、修士論文の発表練習。戸嶋真弓さんのbilingualのcognitive developmentに関する論文紹介。

 私は、人間の協力関係における、indirect punishmentを扱った論文を紹介した。Ule et al. Indirect Punishment and Generosity Toward Strangers. Science 326, 1701-1704. (2009).

 一般に、punishmentは自分自身にコストがかかる。たとえば、体力を使うかもしれないし、また、電車の中で若者に注意をする時のように、逆上されて自分が怪我をするかもしれない。

  一対一のゲームにおけるdirect punishmentにおいては、その結果相手の行動が変化すれば、自分が直接の利益を得る可能性がある。それに対して、不特定多数の相手と取り引きするゲームにおけるindirect punishmentにおいては、相手がpunishmentを受けた結果、行動を改めたとしても、その利益を得るのは自分ではなく、不特定多数の他人である。

 それでも、私たち人間は実際に、他人に対して不親切だったり、不公正だったりする人にpunishmentを加える。どのようにして、このようなindirect punishmentの行動は進化してきたのだろうか? Ule et al.は、行動実験によってこの問題を検討した。

 詳細は、論文を参照していただくとして、私にとって興味があるのは、利得を通してゲームを解析するアプローチと、人間の心理的を通してアプローチするやり方の関係である。

 不公正な相手に対してpunishしようとする際、被験者は必ずしもそのことによって自分の利得が向上することを意識しているわけではない。むしろ、その詳細が言語化、意識化されていない認知プロセスを通して、相手に対してpunishを加えるかどうかを決定している。

 ゲームの相互作用の中に置かれ、相手と取り引きし、あるいは相手の一次属性(相手が、過去に、取り引き相手にどのようにふるまってきたか)、二次属性(相手がある振る舞いをしてきたさらにその相手は、どのような属性を持っているか)を参照した際に、どんな感情が被験者の中に喚起されるか。これは、利得を通してアプローチするやり方に対して、補完的であり、独自の研究対象とされなければならない。
 
 利得を通してのアプローチは、いわば、人間を「ブラック・ボックス」として扱おうとするようなもの。それに対して、あるゲームの相互作用の下でどのような感情のダイナミクスが喚起されるかに注目するアプローチは、内在的な属性に着目し、最終的な神経生理学的メカニズムの解明により近づいている。

 理論的には、utility functionと感情の関係が注目される。感情が報酬系と関係していることは疑いのないところであるが、そこにおけるutility functionの記憶、認識、予想が、自分の身体感覚、取り引き相手に対する心の理論などと相まって、「喜び」、「怒り」、「悲しみ」、「孤独」といったさまざまな感情のスペクトラムを生み出すものと考えられるのである。

 そうして、このようにして生み出された感情のダイナミクスは、被験者の選択へとつながり、結果としてゲームにおける利得函数へと接続されるのである。

 ここに、感情を、他者との相互作用におけるutilityの文脈へと結びつける未完の研究プログラムが立ち現れる。

1月 30, 2010 at 12:02 午後 |

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コメント

叱ると同時に深く許してあげて下さい。

最近八十代の方に言われました。
駄目だと決め付ける前に何故そうなっているのか理由を考えてみなさい。

投稿: | 2010/01/31 7:47:03

先ほどの投稿に追加して、叱るのを失敗して、本能寺の変が起きたのが、織田信長ともいえます。

投稿: | 2010/01/31 2:32:28

こんにちは

日本では、みんなが観ている所で、叱ったり、叱られたりの場面を見るが、海外で、みんなが見ている所で、叱ってはいけない、ある地域では、殺人事件まで発生する。

そのため、叱る所は、誰も見ていない所で叱り、褒める時はみんなの前で褒める。平家が栄えたのは、この方法を使ったからとの話があります。

日本の場合、目上の人が、自分のために叱っているのか、カンシャクのために叱っているのか、判断しないと、やってられない所がありますね?(^^)

投稿: | 2010/01/31 1:03:12

茂木健一郎さま

あ!騎馬戦ですよ!

一対一であったり
敵陣集団と対峙も
そして犠牲になりつつも大将を倒したりして

体育祭などで
なんで騎馬戦をしたのでしようか?
怪我をする生徒が出るのが当然の前提も少しは
それでも騎馬戦

体育祭のそれが
合戦場ですからね

広い校庭

大きな声で突進していく
騎馬戦は日本の軍隊が教練として行っていたのも分かります、血が騒ぐ

おとなしい騎馬戦など聞いたことないですよね

競馬のパドックみたいにすーっと通るだけの騎馬戦は聞いたことはないです私。

騎馬戦は

わーっと、なぜか声を出しながら突進

あれは合戦です

一対一とか一騎と集団など
騎馬戦は、あれは、あれで学びますことも。
さて
寝ます。

投稿: | 2010/01/31 0:40:37

茂木健一郎さま

言葉とは難しくて

本当に頭脳で考えている感情などを表現は言葉では限界があることは事実かと。

出来上がりの言葉に自分の意識を表現ですのでね。

日本語で表現されている趣 それが英語では表現がないということも、ありますよね。

NHKクローズアップ現代さまで、そういえば
念力?
集中力で機械を動かす、みたいな玩具がアメリカで売れているいる、放映されたこと、ふと。

何事かに人は取り組むと あまり細かいことは気にしなかったり
その時は。


北海道スキーに備え荷物をまとめたりして
土曜日からの北海道に、そろそろ準備です。


投稿: | 2010/01/30 23:57:52

自分が自分自身に対してした事も他人や世の中に対してした事も、全部等しく行いと思いは本人に返って来るのだ、と思っています。
例えば私は酒癖が悪く気が付いたらどこかで眠り込けていたという事が多々あったのですが、危険な目にあったり持ち物をとられた事がありません。
その代わりに酔って倒れている人達も結構助けています。道路に寝ていた人を引きずっていって車に轢かれないようにした後おまわりさんを呼んだりします。
その時には特に何も考えていませんでしたが、結果的に自分に返って来ていたんだろうなあと振り返ると思います。
家に帰って家族に話すと「人を助けるのは良い事だからこれからも助けなさい」と母に言われました。

投稿: | 2010/01/30 22:59:16

どんなゲームでもよいけれど、今日のこのエントリーを読んで思うに、ゲームの罰則に関わるアプローチにも、脳内の認知機能が深く関わってくるものなのかと思った。

ゲームにおける他者との相互作用において、感情のダイナミクス、記憶、身体感覚、相手の心を察する心の理論・・・さまざまな要素が有用的に機能して、最終的には利得函数へとつながっていく。そこにまた、新しい課題が生まれてくる、というのか。

ここにも、脳と心のメカニズムの複雑な側面が現れていると感じた。

それにしても、嗚呼、人間の脳と言うのは何と複雑に出来ているのだろう。そして、何と不可思議で有能な機能を備えているのだろう。

認知プロセスが意識化、言語化していない時点で、相手に罰を与えるかどうかを決められるとは(個人差もあるかもしれない)。

その時点で脳内のニューロン(グリアも関わっているかもしれない)の秒速的な速さの“決定か否か”の伝達が行われているのだろう。

こうした難しい研究の中から、やがて脳と心のつながりにおける、もっとも核心的な部分が解明されていくのかもしれない・・・。

茂木研究室の皆さんの、これからの奮闘に期待したい。


投稿: | 2010/01/30 22:31:54

茂木健一郎さま こんにちは、心の理論わかりません。被験者のお気持ち理解できます。

投稿: | 2010/01/30 13:07:13

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