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2010/01/31

それでも、藤田さんは敢えて自分の道を行く。

それでも、藤田さんは敢えて自分の道を行く。

プロフェッショナル日記

2010年1月31日

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1月 31, 2010 at 09:11 午前 |

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コメント

茂木健一郎さま

独身の私

わざとらしくカフェ?などに読みかけの本を持参し読書などしてません。
私、本を読みますが
自分の部屋で心を落ち着かせていないと散漫になるのでね。

見て見て見て、ボク読書している、見て見て見て
と、カフェなんぞで読書など
私のスタイルではございませんね。

藤田さんといえば
アインシュタインさんと同じ下積みがしっかり

マグロと向き合うために、まずマグロを買う資金を準備
そのためにアルバイトをされて。

駄物屋でしたか?

その辺りの記憶は、ただし、そこからの下積みをされたアルバイトをされ資金調達、並大抵ではなかったかと。

茂木健一郎さま
マグロが藤田さんの人間的な魅力を引き出しているのでしょうか?
それとも、やはり
水揚げの港に拘らずにマグロの、このマグロと見抜かれる藤田さんがマグロの魅力を引き出しているのでしょうか?

でもマグロと向き合うことがなかったら今の藤田さんはなかった訳ですよね
ですから、あえて、マグロが藤田さんの魅力を引き出している
私は、そう考えたいです。

築地という合戦場

マグロを見抜き仕入れて売りさばく

言葉としては、シンプルですが本質的には、

マグロを見抜く
この完結した文脈にされても

仕入れる、という
完結した文脈も

売りさばく
という完結の文脈を含め
文脈の集合体が

マグロを見抜き仕入れて売りさばく
ですよね。

完結した文脈の集合体が混在している偶有性の大海のど真ん中に藤田さんも確かにですよね。

茂木健一郎さま

私、茂木健一郎さまに感謝です楽なんです考え方が

赤い色のクオリア

私が見ている赤い色のクオリアと他の方が認識の赤い色のクオリア
その微妙な色合いまでは同じとは言い切れない
ただ、共通認識として
色のクオリアは確かに
これです

本質です

嬉しい、という言葉のクオリア

果たして私が感じる嬉しいというクオリアを他の方が、どこまで本質的に解るか、それは

と理解すると

まあ、なんとも楽。

言葉という限られたアイテムで頭脳を表現は限界がある訳ですからね。

言葉は解る
しかし、というのは

限られた言葉のアイテムで頭脳を表現なんですから、元々、人と人の間では究極的に解るというのは言葉を超越した先にしか、では、と ふと。

ですから言葉でニュアンスが微妙なニュアンスが通じきれないと仮にあっても、人と人の間ですからね
それが人間ですもの。
では
寝ます。

投稿: | 2010/01/31 23:56:15

一度それを知ってしまえば他のものではダメだ、と感じる素晴らしさに満ちている


did good ..

藤田さん。すごいですね
一生に一度の、あのベートーベンの映画の、不滅の恋みたい。

投稿: | 2010/01/31 23:14:33

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