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2010/01/28

「私的言語」を話していたのである

よく晴れた冬の午後。本郷の角川学芸出版で、黛まどかさんと対談していたら、何とはなしにケーキが食べたくなった。

「近江屋のケーキが食べたいな」と言ったら、居合わせた電通の佐々木厚さんが買ってきてくださった。

大学院の時、よく「アルルカン」で昼食をとって、それから、近江屋でケーキを食べて研究室に戻ったっけ。

黛さんが喜んだ。おいしそうに食べる。ぼくはモンブランを頂いた。


懐かしい近江屋のケーキ箱。佐々木厚さんの顔が見える。


うれしそうな黛まどかさん。


ぼくはモンブランをいただきます。

俳句の国際化について。切れ」が本質だという黛さんの着想は、きっと友好だ。僕はtwitterを英語で書く時にいつも感じている。140文字の中に、「切れ」を入れることで世界を重層化しているのである。

明治大学。合田正人さんとの対談の、第五回(最終回)。

合田さんにこの企画に誘っていただいたおかげで、人生の中に一つ「動き」をつくることができた。

合田先生、本当にありがとうございました。

合田さんと議論している時に、ああそうか、と気付いておかしくなった。ヴィトゲンシュタインの言うところの私的言語。本人だけにわかる。他の人にはわからぬ。そんな言語の「素材」自体は、誰にでもわかるような自然言語だということもあるのではないか。

個々の単語の意味はわかる。しかし、その配列がおかしい。話者本人にはわかっているが、全体として私的言語になっている。そんな可能性に思い至った。

例えば、18歳の時からの私の親友である塩谷賢。
一つひとつの単語は、確かに日本語なのに、全体として何を言っているのかわからぬ。「真性異言」とも言いたくなる。だからと言って、支離滅裂だというわけでもない。

聴いている人にはわからないのに、本人には、自分の言っていることの脈絡がついているとする。それこそがまさに「私的言語」ではなかろうか。

塩谷は、かくも長きの年月において、「私的言語」を話していたのである。

1月 28, 2010 at 08:04 午前 |

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受信: 2010/01/29 7:22:01

コメント

俳句の「切れ」というのは、時間と空間を一気に飛び越える、世界にも類を見ない素晴らしい技なんだと思います。

切れの目立たたないほんわりとした句も好きですけど、スパっと切って異次元に誘ってくれる句に出会ったときは、時に、目が覚めるような思いがし、時に、目眩がするくらいの幻想性に誘われます。たった五・七・五音で世界を響かせるためには、やはり「切れ」が必然となってくるのか、と思うときもあります。「何がどうしてどうとやら」という説明や報告をしたいのであれば、散文でやればいいわけで・・・。

句界最高の響きはやはり芭蕉の響きに行き着くんだと思います。しかし、芭蕉が現代の私たちに投げかける課題は余りに多く・・・。芭蕉の生涯最終句は有名な、

旅に病んで夢は枯野をかけめぐる 芭蕉

であり、幻想的かつシュールな素晴らしい心象風景です。しかし、生涯を五・七・五の響きにかけてきた芭蕉が到達したこの生涯最終句は、なんと六・七・五なのです。う~ん、そのこと自体、我々に目眩を覚えさせるのである。上五を「旅に病み」とでもすれば、きれいに五・七・五に収まるところを、なぜ、わざわざ六音の字余りにしたのだろう・・・。

ps
「旅に病んで」は指折り数えると6字だけども、5音シラブルで読もうという説もあることを急いで付け加えておきます。やはり、芭蕉の生涯最終句が字余りであってはいけないということなのか?さてさて、黛師匠の御見解は?そして、シュールな私的言語の達人、塩谷先生の御見解はいかに・・・


投稿: | 2010/01/29 0:32:57

    
   明治大学

   「アカデミーホール」

   ここでも飾らぬ茂木先生

   体調お悪いのに

   「ありがとうございました」

   少し自分に宿題を課しました

投稿: | 2010/01/28 23:52:17

ケーキ美味しかったでしょうね(〃▽〃)
俳句のキレと、物事の動き。
きっかけを掴んで動き出した感じがありますね♪
どんな風に進んでいくのかなぁ?って思いましたが、どんな風に…って考えるより、身を任せるのも面白いかも(*'-')

投稿: | 2010/01/28 23:17:51

茂木健一郎さま

喋る言葉とは

喋りながら考えている、というのは嘘ですよね
かなり高い蓋然性を持って、私なりに。

どうしても言葉に出す前に、なにがしら考えて、口に出して喋る訳ですから。

やはり、そうなんです
瞬時に、凄い速さで思考し完結し、それを喋るというのは過去のことを、口に出して喋っている事実かと

完結した過去のこと

それを会話として話すのは二次的なことではないのでしょうか、ふと、です。

茂木健一郎さま
過日の記述にて
塩谷さまのノートに書き留められている膨大な文章が存在されていること、触れられていらしたかと

過去を大切にする、
ことにも通じますかと、記述とは
過去に思考しましたことの現在進行形に戻る唯一の手段が過去の記述、書き留めた文章と、私は思います

文章を読み
そうそうと、書き留めた時の感情なども思い出したりと

すると、言葉に出して喋るという完結よりも実は文章の記述こそが
瞬時に思考し完結したことの本質に具体的なような気がします

瞬間に思考し完結したことを会話として表現

瞬間に思考し完結したことを文章記述として表現

茂木健一郎さま

人間、素晴らしいですよね。

本を読む大切さ
具体的に私は実感です。

投稿: | 2010/01/28 23:13:46

近江屋のケーキの外箱、淡い色合いのかわいらしいイラストが、とても素敵ですね!

イラストのタッチも、なんだか懐かしい風情があふれています。

茂木先生のTシャツの「オヤツ」イラスト・・・一見したところ、ロールケーキのようですが??(微笑)

合田先生とのご対談、昨日が最終回だったんですね。行かれなくて残念です。何時か再び、アカデミーコモンでの硬質な、しかし深い示唆にみちた知性と哲理あふれるお話が聴きたいです。


「私的言語」で思い出したのだが、子供の頃、他人が聞くとわけのわからない独り言をぶつぶつぶつぶつ呟いていた。

他人には意味が伝わらないが、自分にとっては言っていることの筋がとおっているものと思っていた。他人にはわからぬ独り言の脈絡性。それはやはり独り言を構成している言語が「誰にでもわかる自然言語」の“文法”で成り立っているからなのかも知れない。

古今の聖人・賢哲が、その明晰な頭で初めて「真理」を悟った時、言葉になりきれていないその真理を「私的言語」として語っていたのであろうか。


投稿: | 2010/01/28 21:42:54

茂木健一郎さま

高度な次元ではない場合は意味が通じていたりしてと、ふと です

例えば
航空業界では燃費などを検討の上に大型機材を退役させる意向

これを脳で考えながら

会話は文章とは違い
瞬間、瞬間に次の言葉を凄い速度で言葉を選び喋る訳ですよね

自分としては、として
瞬時に思考
大型機材の退役がと、その瞬時に、すでに自分の脳では、完結している訳ですよね
つまり脈絡的にも

会話とは
瞬間に思考しましたことを言葉にする

それは すでに過去の過ぎ去った完結したことを言葉に出すことですよね瞬時に瞬間に思考し完結している、あくまで自分自身の中では

これが
実は無意識レベルのニューロンの発火でしたら

瞬時にバアーッと思考
無意識レベルでです
それで完結してしまい
意識せずに会話としてしまう

ただ、それが悪いかと申すと実は
会話とは、普通に話ている普通なこと

逆にです
会話の先回りを全てしておいて全て完璧に会話の答えを 一語一句そろえておくなどは人間らしくなく

さて、そこで

茂木健一郎さまのラジオ番組におかれまして

言葉のスピード
間合い

熊本での収録をラジオから拝聴させて頂きました時に感じましたことが、実は、これ、でした

会話の中に退避場があることに

みなさん、面白い話があるんですよ、実に面白い
確か、このようなフレーズでしたかと

ここでラジオから、聞き手側である私などは休めていられました思考を
そして
茂木健一郎さまのお話のスピードが緩やかなのも、もし仮に
これが会話でしたら
実に聞きながら思考させて頂け、それでですね、と、逆に言いやすくと
ラジオを拝聴させて頂きながら
これは会話の中で通用すると感じました

無意識レベルで思考が悪い訳ではないんです、くれぐれも
しかし
無意識レベルから意識レベルに引き上げた場合
それは会話でもあり得るのでは、数日前から考えてましたことです

意識レベルの会話とは

まさに
茂木健一郎さまのラジオから、あれです

でも本当に天才なんですよね無意識レベルで瞬時に思考される
バアーッとは。

私は普通の人です。

投稿: | 2010/01/28 16:32:50

茂木さん、昨日の合田先生との「対論」は、とても興味深く
拝聴させていただきました。

「明大」のこの講義、五回の内の三回、聴講させていただき
ましたが、昨日の講義は自分の現在、過去、未来だとか、
自分を取り巻く人たちのことを具体的に思い浮かべらなら、
お話しを伺っていましたので、とてもわかりやすくて、そし
て学びもたくさんありました。

合田先生が引用された「船」のお話しですとか、「脳内現象」
という言葉、「パーソナル」と「プライベート」の違いに及ぶ
言語の妙?!
茂木さんがおっしゃっていた「私的言語」もとても興味深い
お話しでした。

「言語」という概念について。
感覚的クオリア、思考的クオリアという、受け取る側の違いで
すとか、「私的言語」も介在している場面も多々あるという事。

キュレーターの方のご質問もとても面白く聴かせていただきま
した。

もう~、終わってしまうのはとても残念です!!
また、この様な「場」を作っていただきたいものです。

楽しい講義・対論を有難うございました!!

投稿: | 2010/01/28 11:57:03

塩谷先生のお話も伺ってみたいです、おもしろそう!☆!
(というか、お会いしてみたいな~、おもしろそう~)

投稿: | 2010/01/28 11:40:33

茂木先生 おはようございます^^南風が吹き込んで
南関東は気温が、むあ~っと上昇中とのこと、
気象予報士の方が、春0番でしょうかね・・っといいながら
けらけらっと笑ってましたので、私もなんだか可笑しくなりました

塩谷さんの私的言語に関する一節に、何かを感じます
真性異言、支離滅裂、文脈と脈絡・・
私など、いつも桁から外れているので、きっとこの何ヶ月かのコメントにも、通じる恥ずかしい気分の何かを思い返したりしています・・
恥ずかしいのですが、茂木先生には、お話をしたくなる何かがあるのです ここは、心の私的言語受付茂木ポストのような感じといっていいのでしょうか・・^^
井戸の中を覗き込んで、遥か下のほうで微かに光っている水面、
ちょっとでいいから揺らいでほしい、何か叫んでみる、そんな気持ちの折、声が言葉にかわるだけ、言葉の意味より、声が心の源なんですよね~
いつか、暗闇セッションのようなことをなさいましたが、
言葉を私的音声に変えて、スキャットのような表現で、語り合う会をなさって見られませんか・・^^
私は生き物の人間、意外とスキャットでも、私的真性言語の活躍効果が
あるのではないかと、思えてきますが・・
次女のほうの孫は、言葉が遅いですが、なかなか感情が豊かで、何か伝えようと発声、言葉より強い感情が読み取れます

言葉はいつの間にか俳句のような短文から和歌や長歌や、
また、詩や散文詩など、そして長い文章へとひょうげんを変えながら
どんどん成長しますが、私は、文章は言葉で描く抽象画でもいいのじゃないかと思ったりします 理解できないけどひきつけられる美しさに出会いたい欲求ってありませんか・・・ 

わかる人にわかってもらえばいいのですもの・・
迷惑なときは、通過されても私的言語を使う人には、
そんなに痛手でもないのです、

ヨームという鳥をご存知ですか・・?
ヨームのおしゃべりはすごいですよ! 脳科学では解明できないのじゃないかと思うほど・・・(^^)
うちのわんこは,尻尾と唇と舌、体全体でで言語活動をします、
言語になっていませんが、すべて理解できますよ、
真性異言です アリス(犬)なりの脈絡もあります
愛というような摩訶不思議な言葉があるのさえ不思議に思えるほど
言葉が意味をなくすときがあるのは、脳のどのような場所が活動しているのでしょうね

人間にとって一番大切な脳の働きは、そこに価値があるのでは・・
いろんなことを感じている朝です

塩谷さんは、もしかして、天才?!

何か聞かせていただきたいし、読んでも見たいです・・^^

               reiko.G

投稿: | 2010/01/28 10:46:28

おはようございます 茂木サン 。
体調が悪いのですか?
あまり無理をせず、 体調を整えることにも 力を注いで下さいね。

まだまだ寒い季節の中、茂木サンの講演や 日記や本を 楽しみにしている私達がいることも、心に留めてくださいね。

投稿: | 2010/01/28 8:19:50

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