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2010/01/05

斎藤環さんへの返信

斎藤環さんへの返信が、
双風舎のウェブページに掲載されました。

クオリア、そして偶有性

お返事が大変遅くなり、斎藤環さん、
そして編集の谷川茂さんに御迷惑を
おかけしたことを、心よりお詫び申し上げます。

茂木健一郎

1月 5, 2010 at 10:14 午前 |

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» [認知科学]復信『茂木健一郎さんから斎藤環さんへの手紙』 トラックバック 葉っぱのBlog
双風舎さんからの予想通りのサプライズでした。 茂木さんらしい「底が抜けた主体」、「必然と偶然」の偶有性。 二年半の時は一瞬でもある。 http://sofusha.moe-nifty.com/blog/2010/01/post-152e.html#more ということで、本日、2010年1月 5日 (火)に待ち焦がれた復信『茂... [続きを読む]

受信: 2010/01/05 11:48:09

コメント

拝読いたしました。
特に興味を持ったのは『■統計的描像を超えて』の部分。
中でも『自分自身にとっても、家族や友人たちにとっても、生きているかどうかという「0か1か」の質問にだけ意味があるのであって、「30%生きている」という中途半端な記述には意味が見いだせない。』と「完走できる確率は30%」といったような、統計的真理などではありませんでした。』
この具体的な例に 茂木先生のように研究者でない 平凡な主婦の私が 日常生活において、このように感じる部分があり、とても共感するところです。
上手く表現できませんが 茂木先生は『0か1』とおっしゃられたように
確かに 現象にあてはまったその人にとっては、100%のことになるのです。
『誰も、統計的真理を生きるのではなく、たった一つの自分の肉体を生きる。私たちの意識や心も、本性においてそのようなものであると私は考えます。』
「はい、私も考えます!」としか 表現できなくて 引用ばかりのコメントで スルーされると思いますが…
それゆえ、文章全体がすーーっと入ってくるお手紙なのでした。
感想まで…。

投稿: ☆山本由樹子 | 2010/01/12 13:22:29

茂木健一郎さま

深夜に目が覚めました今
本日もキロロスキー場さんへスキー

43才 独身の真面目にスキーの私、スキー場で出会いなどない現実は
いかんともしがたいです
理想の女性とは

私の場合、こういう女性なんですよ!
昨日のキロロスキー場さんからの路線バスにて

なぜ、に?
私、スキー場にて他の方々とリフトにご一緒はさけてなんです
なにか粗相などしたら大変、でも乗ってこられる方々が逆に多く
空いているリフトにあえて乗っているんですから、列があるリフトは乗らずなのに、うーん?と押し黙ってリフトにての私
もっとも
男同士のリフトですから華もなにもないですのでね
私、スキーブーツにしても神経質なほど、滑る以外はソールカバーをつけてスキー板との接点を保護してますキロロスキー場さんにて、そこまでしているのは私だけ
ワールドカップ選手と同じラング本社のアトリエで造られたスキーブーツ、大切に大切にしてます
ただし、スキーのエッジで傷は自然に、かなり横が傷だらけ、それは仕方ないこと、面白いもの
そんな傷は良いんです
あくまでビンデイングとの誤作動が嫌でスキーブーツのソールを神経質にしている自分で気をつけることが出来ることは気をつけたい
これは事前にバス運賃を用意していることも
そしてバス停ではスキーブーツ、邪魔にならないよう隅に置いて

神経質に神経質なほど

それが、お若い女性の方
すみませんスキーブーツを倒してしまいました

内心、本当に?
面白い女性だなあ!
そんな隅のスキーブーツに普通、当たる?

言葉としては、気にされないでと私

神経質に神経質なまでに置いたスキーブーツに当たる、お若い女性 お若いなあ、こういう女性と出会いがあれば楽しいだろうにね!

そしてバスから降りる時、度肝を抜かされました
神経質なまでに数え小銭を用意の私の前で
そのお若い女性
両替の後
バスの運転手さんに
今、いくら入れたか解りますか?

私、え?びっくり
つまり両替してお金を料金箱に入れていて、そういえば今、いくら入れたのかな?ですよね

私のような神経質からみると可愛らしくみえますさっきのスキーブーツのことといい、こういう可愛らしい、お若い女性と出会い、スキー場では皆無です
私の理想の女性
私の性格とは正反対の女性、巡り会えたら楽しい人生なんでしようね。

さて、またしばし睡眠

クオリアと偶有性のスキーをしにキロロスキー場さんへスキー、本日も楽しくスキーです。

投稿: 高木英樹 | 2010/01/06 2:08:06

こんにちは

科学的な仮説と実験で進んでいるのに、たとえば、今現在、素粒子の理論が完成していないから素粒子を信じないと、気持ちはわかるが、斉藤さんは言っているような所があるように感じる。

ただ、斉藤さんは、クオリアや意識ついての仮説や理論で、色々な学派がある精神学、心理学を統一化できると思ってらっしゃるのではないでしょうか?(^^)

投稿: クオリアのクオリアby片上泰助(^^) | 2010/01/06 1:35:05

   「第2信 クオリア、そして偶有性」

   拝読させて頂きました。
   先生のご誠実さを尊い事と
   すごく感動の涙が溢れて参りました。

   「どの様な書簡」が戻ってくるのでしょうか?
   真摯・誠意を込めて向き合って還ってくる事を
   私は切に期待いたしております。 

投稿: 岡島妙英 | 2010/01/06 0:26:58

往復書簡を読ませていただきました、朝からほとんど一日中繰り返し
何度も読み返してみましたが、  難しい! とても難しい!^^     ・・あったり前でしょね~~^^
☆学問的なことは全くっ無理解ですが、
 凡人として考えてみました

科学者として、理論を実証していく過程の時間的な認識が違っていると
さあどうだ・・ってことになるのでしょうが、

科学する心の本質が、すでにクオリアに既存している場合、偶有性の認識は、認知する者たちでなければ、、時間を超越した、偶有性の海と先生がおっしゃる世界の普遍性の認識への旅のはてしなさを共有できないでしょう、

私は偶有性という海が、この果てしない宇宙という現実世界の中に存在することこそが、あまりの神秘なクオリアの科学的証明の足がかりになるのではと思えます、

神秘が存在するとかどうとかいう問題ではなく、この大いなる宇宙の営みそのものが、偶有性の海であり言葉にあらわせた、定まらない流動する現実ではないでしょうか、

そんな現実の中に生きる人間を始めとした生物の脳の中の仕組みと、神経細胞より微小な原子や素粒子などの働きの不思議に、真っ向から挑んでいくことこそ、
人の科学する心の本質であり、挑んでも、挑んでも結果をを期待しない生き方こそ、真実を追う姿の様に、感じています、

これは、つぶしてしまえばたちまち有機物の残骸となってしまうようにあまりにむなしい人間という生き物に、与えられた神秘の科学だと思えます、

神秘なクオリアを科学するものを笑わば笑えと私は思います、
科学するとはロマン成り、ロマンなくして、普遍世界への旅ができるでしょうか・・
意見の交換ができる間は同志、さもなくば ・・・です

科学者は、失望をともにしながらも、見えない物を信じて追い続けるものと思っています、
私の様な凡庸な人間の、憧れなのです

励んでください、そして、より優しく平和を願いながら、いつまでも人間らしくいてください、それが 憧れ の意味なのですよ^^
私はそう理解しています

いつか消えてしまう地球の上で、笑って暮らしましょう!^^
                    reiko.G

投稿: R.グランマ | 2010/01/05 22:13:00

茂木健一郎さま 心の旅の答えは、無償の愛、本当の愛は永久、破壊も終わりないと信じています。すべては愛のみで解決されると...

投稿: とう華 | 2010/01/05 20:55:17

茂木さん、ありがとうございます。

自分に頂いた手紙です。
そのように大切な手紙だと感じました。
すべてを理解することはできませんが
折に触れ、読み返したいです。

投稿: 光嶋夏輝 | 2010/01/05 20:50:30

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