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2010/01/05

Nothing to say

Nothing to say

沈黙を守ること

The Qualia Journal

5th January 2010

http://qualiajournal.blogspot.com/

1月 5, 2010 at 07:12 午前 |

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コメント

そうですね~芸術家にとっては作品が全てですから自分の作品に対しては言葉で何も言うことはないかもしれません。
ウィトゲンシュタインの「言語の限界が自分の世界の限界」でしたでしょうか?「語りえぬものに対しては沈黙せねばならぬ」
この語りえぬものがゴッホの絵に顕れてますよね?
ゴッホの刺すように冷たいダークブルーの孤独感とか、めまいがするような万物への溶解感とか。
絵を見た時に画家の「こころ」と共鳴するのも思えば不思議です!
これがクオリアなんでしょうか?

ウィトゲンシュタインも黒崎宏氏の御著書によれば(ウィトゲンシュタインが見た世界/新曜社)初期において仏教における「梵我一如」、後期において「無我」にいきついたかもしれないそうです。うーん、ウィトゲンシュタインと仏教と現代物理学とクオリアって連鎖してませんか?(よくわからないのですが)
ウィトゲンシュタインは哲学のアーティストだと思います♪茂木先生も♪ではまた♪
「もしも人が、永遠という事を、限りない時間の持続という事ではなく、無時間性という事であると理解すれば、現在に生きる人は永遠に生きる」
ウィトゲンシュタイン

投稿: | 2010/01/05 12:58:35

美術館で絵画の前で、立ちすくむ絵と出あうことって
たまにあります
一人で行くと、そんな絵に出会うことが、多い様な気がします
画の方も沈黙していますね、そんなこんなして、ずっと一つ画の前にいると、沈黙が破られる瞬間がきます、あれって不思議ですね、
先生のおっしゃる、 脳は飽きる^^

都心からの帰りに仰ぐ寒空に煌々と輝く月、
自分の黒い影と一緒に歩きながら、再び空を見上げて思います
遠い遠い~~みんな遠い~って
ところが、そんな感情と同居している孤独の中のやすらぎも
同時に味わていたりします、ほっとさせられたりします

沈黙は喧騒と同居して、普段はこっそり生きていて、時々現れる精神の妖怪かもしれませんね、隠れてるな、おい、妖怪!なんて・・声をかけられる間は、精神は、まだ健康^^
ゴッホの精神は沈黙しっぱなし・・、

ゴッホ展で、ゴッホの視線とあったとき、怖かったです
受け止めきれないほど、なんか言わせてあげたいですね、茂木先生!

炎の人って本人が言ったんじゃないですものね、炎じゃないわねゴッホは・・・  私はそう思うだけ・・
芸術は爆発だ~って、言わなかったはず^^

海べ近くで生まれ主人が、昔、兄たちと魚捕りに行くと
オールを置いて、舟べりの寄って昼寝をするそうです
そんなとき、退屈なで幼い子供の主人も、船底に耳をあてて
まあるくなって、寝た振りをしていたそうです

すると、舟底の板を通して、ぐちぐちぐちぐちって、音が聴こえてくるのだそうです、

なんかきこゆるよ~  って言うと、兄たちが跳び起きて、
さかなさかなさかな~と、目をらんらんとして
舟底に寄る魚捕りに興じていたそうです・・・

若いころの私、
まあ、本当なんですか・・魚が声を出すんですか・・・!って聞くと、
主人は、いつも喰われてばっかりやけん、
グチば言いにくるったい、って言うので、

魚も伝えたいことってあるのかしら・・なんて、本気で
魚の気持ちになったことがありましたよ・・^^

               reiko.gutiguti


 

投稿: | 2010/01/05 12:54:28

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