Squid
11月 29, 2009 at 08:55 午前 | Permalink
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17歳のリョウくんと 18歳のマオちゃんは もう立派な大人だ 大人になるというこ [続きを読む]
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» 怒号と温かさで学んだ”当たり前” トラックバック The New Think Create - To be Simple and Free
以前にも語ったことがある話かもしれません。 けれども、なかなか忘れられないイイ経験なのです。 再び思い出されたので少し書いてみたいと思います。 今なお忘れられない怒号と温かいものがあります。 「コラ、ボケぇ!!」 「温かいものでも食べてね」 何ら変哲もないこれ... [続きを読む]
受信: 2009/11/30 2:28:37
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コメント
おはようございます。
いかのお話、好きです。
ほほえましい..
木村さんのりんご実っていますね。
原田さんの写真も良いです。
そっと覗いた小屋や山への道はああなっていたんですね。。
歯の折れたパチンコ屋さんはいまもあるのを知って感動しました。
先生の、身を乗り出しているお写真をみると、わりとまっすぐに見えますが、
小学生のころから朝に髪を洗っていたんですね。。
母が先生のようにカールなので、だんだんその成分が出てきたようで
それが年をとるにつれてはげしくなって
私もさいきんすこし大変です。
先生の鹿の、良い句ですね。
昨日途中から見たNHKの番組で、子規と漱石などのことをやっていました。
先生ご存知かもしれません。
柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
という句の載った当時の新聞のふたつとなりに
鐘つけば銀杏散るなり建長寺
というのがあって、それが漱石の句でした。
漱石は子規が結核をわずらっていたとき、
染るという反対をきかずに、子規を松山の愚陀仏庵に呼び寄せて
精のつくものを食べさせたり、一緒に俳句を教わったりしたそうです。
子規が回復してきて、東京に戻る際奈良に立ち寄ったのですが、
その旅費も漱石が負担したそうで
宿で柿を食べていると鐘が聞こえて、読んだのが法隆寺の句でした。
そっくりなふたつの句は、
子規が漱石が見るのを知っていて、感謝をこめて
呼応するようにつくったものだったそうです。
献身的な漱石や二人の交流に感動しました。
きのうのきょうでどなたか書いているかもですね。
長々と重なっていたらすみません。
おとといの前の日、先生の夢をみました。
雨が降っていましたが、すこし明るくなりました。
寒いですね..
ウイルスなどお体にお気をつけください
投稿: M | 2009/12/03 11:38:55
一昨日上野駅のキオスクで買った弁当をバイト前に食べていたのですが、塩辛と烏賊の煮物を残してしまっていました。
何口か挑戦したのですが、完食出来なかったんです。
そうですか、大人になれば良いんですね。
投稿: 〆張酉 | 2009/11/29 15:34:08
Yes, a sliced raw squid is never bitten
into pieces.
It just becomes soft and fluid.
As I am one of maritime people,
I was trained as a child who could eat
most of fish and shellfish.
But a squid sometimes choked up my throat,
and a small bone in a fish often stuck it.
I agree with you,
" growing up is learning how to swallow a squid "
and let a small bone go past.
「脱藩の誓い」で
進化した kenichiromogi が楽しみです。
海が見られるといいですね!
東京は晴天です。
投稿: 島唄子 | 2009/11/29 10:03:04
茂木健一郎様
茂木さんが今もイカのめしあがりかたのように
日々生きておられることが伝わってまいります。
投稿: Yoshiko.T | 2009/11/29 9:26:43