『秋刀魚の味』
朝、明治神宮の森の中で、
dictionaryの取材。
桑原茂一さんが、リュックを下さった。
本当にいいひと。茂一さん。
ありがとうございます。
吉村栄一さんにぴったりの服を
神宮の売店で売っていた。
立派な龍の模様がついている。
日本マーケティング・リサーチ協会の
カンファレンスで講演。
自分自身のために、ではなく、
他人のために、という利他性が、
いかに自然な論理的延長として
マーケティングにつながるか。
そして、インターネットにおける
新たな展開。
夕刻。宮野勉から
先日久しぶりにもらったメール。
誘われて、和仁陽と三人の飲み会に行く。
四谷荒木町のとらたつま。
宮野の行きつけの店だという。
座敷で向き合うと、まるで
小津安二郎の『秋刀魚の味』
のようだと思った。
学芸大学附属高校の同窓生。
時が経って、みんなオヤジになった。
宮野勉については、
『欲望する脳』
の冒頭で次のように書いた。
ティーンエージャーの頃、私は孔子よりも老子の方が好きだった。高校のクラスメートで、「論語」を愛読している宮野勉という男がいて、老荘思想にかぶれていた私と何時も議論になった。私が、孔子は世俗を説くだけじゃないかと言うと、宮野は、老子は浮世離れしていて役に立たないと言い返す。「世間知」と「無為自然」の間はなかなか埋まらない。妥協の仕方が見つからないままに、時は流れ、宮野は弁護士に、私は科学者になった。やはり三つ子の魂百までか、というと、人間はそんなに単純でもない。
私は、孔子が次第に好きになってきたのである。社会に出て人間(じんかん)に交わるようになって、「論語」の持つ思想的深みが味わえるようになってきた。しかも、単なる処世知として評価するというのではない。「私」という人間の存在の根幹に関わるような根本的なことをこの人は言っている、と孔子を見直すようになった。人間を離れて、世界の成り立ちについて考える上でも、孔子の言っていることを避けて通ることができないと思い定めるようになってきた。逆に宮野は、孔子の知は、時に余りにも実践的過ぎて鼻につくこともあると近頃漏らすようになった。人生というのは面白い。正反対から出発して、いつの間にか近づいて行く。やはり、中庸にこそ真実があるのだろう。
和仁陽については、『疾走する精神』
の中で次のように書いた。
私がその時『旅人の夜の歌』をめぐる話をしていた相手は、和仁陽。天才だった。その言行には友人として常に畏敬の念を抱いていた。和仁は私たちの学年のセンター試験(当時の名称は共通一次試験)の全国一番になった。助手論文を基に書かれた『教会・公法学・国家―初期カール・シュミットの公法学』(東京大学出版会)は名著である。現在は、東京大学法学部で教鞭を執っている。
和仁は高校の時からドイツ語が抜群にできて、私が朗唱していたゲーテの件の詩ももちろん知っていた。何しろ、和仁は、「はやく大学に入ってドイツ語のテクストを思う存分読んでみたい」と言っていたのだ。
和仁のことを思い出すと、自然に「本物の知性」とは何かということについて考える。それは、知識の量でもないし、短時間に正確に問題を解くことでもない。むしろ、ある種の脆弱さであり、春に万物が芽吹くように、変化しつつふくらんでいく何ものかの運動である。
知性を働かせるとは、「運命の女神」の「着衣の裾」に触れようとするような、そんなときめきと不安に満ちた行為であり、感性であるのではないかと思う。ヘルマン・ヘッセが『知と愛』で描いたような、何ものかへの期待と不安に胸をふくらませた、論理と感情がないまぜになった疾風怒濤の運動である。
和仁陽が高校の卒業文集に寄せた文章のタイトルは、「ラテン民族における栄光の概念について」であった。ある時、高校からの帰りの駅のプラットフォームで和仁の姿を見かけたので、「何をしているのか」と尋ねた。和仁は、「ぼくは受験の勉強でずっといそがしいから、こんな時くらいこんな本を読まないと、精神の平衡が保てないんですよ」と答えた。彼が読んでいたのは、イギリスの女王、エリザベス一世の伝記であった。
高校という、もっとも劇的な精神の変化が
ある時代をともに過ごした経験はなにものにも
代え難い。
時を経て、また会っていろいろと愉快に
話す。
こんな悦楽はなかなかない。
また、『秋刀魚の味』宴会をやってみたい。
さそってくれた宮野勉、ありがとう。
小津安二郎 『秋刀魚の味』より
11月 25, 2009 at 07:13 午前 | Permalink
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コメント
こんにちは
>宮野勉については、
『欲望する脳』
>の冒頭で次のように書いた。
>和仁陽については、『疾走する精神』
の中で次のように書いた。
今や、ネットの掲示板やブログ、ツイッターで、全国や海外の人と議論になって来ていますね、茂木さん、宮野さん、和仁さんが若い頃、ネットがあったらどんな会話をしていたのだろう。気になります。(^^)
私も、ツイッター始めました。140語で書くのは難しいです。もっと短く、「俳ったー」で五七五もあっても良いと思います。無論、俳ったーのユーザーは「はいじん」と呼びます。(^^)
投稿: ネットのクオリアby片上泰助(^^) | 2009/11/26 3:08:21
世の中に貢献した会社や人が本当には報われるんですね。
投稿: 〆張酉 | 2009/11/26 1:42:39
茂木さん、Hello
♪(^-^)キャハッ(笑)♪(^.^)ところで、茂木さん♪私も♪茂木さんと♪シャンパ〜ン♪(笑)(おつまみは〜唐揚げね
♪(笑)(^3^)それでは茂木さん、また今度です。
投稿: 水饅頭 | 2009/11/26 0:48:53
自分の感性を、たくさんの人の間にさらしていると、
感受した経験がトラウマ的に集積しますね。
それらが創作の肥やしになることもさながら、
擦り傷をたくさん作ったときのように沁み渡ります。
そんなとき、とびぬけた天才を突き動かす、
天才的な好奇心に出会うと、いつも心がぐんと熱く、温かくなります。
今日は良い日になりました、茂木さん。
投稿: Izumi | 2009/11/26 0:42:50
茂木健一郎さま
今晩の半井小絵さん
髪型も可愛らしく
プチ・ポニーテール
ほんの少しのポニーテールで可愛らしく思いました。お天気解説、日曜日の東京、晴れるお見立て。
お魚釣りのこと
茅ヶ崎の沖磯では黒鯛は釣れません私の場合。
私はメジナ
スズキ島で、この前の前にて
釣具屋さんの、たつみさんの常連さん
なんだメジナ釣りか
俺が釣ったメジナをやるよ!
要りません、私は自分が釣ったお魚が大切
申し上げたのに
死んだ尾も曲がったメジナを私が活かしていたメジナの中に入れられ
さすがに、私は我慢強いですが、釣具屋さんの、たつみさんの常連さんの行為に
ですから私は私が釣り上げたお魚以外は持ち帰りません
失礼なんですよ、釣具屋さんの、たつみさんの常連さんの行為は死んだ、要らないと申したのに
それもメジナか!と
黒鯛を重んじるのは良いですが、いくらハリを呑んでいても、ハリスから切り活かしておけば
そのメジナは死なず、誰も要らないと言われたらご自身で海にリリースされれば良いこと
死んだ尾も曲がったというのは、これは、と
そこまでは言わなかったですけど、そんなことの後の、日曜日、さすがに
釣具屋さんの、たつみさんの別の常連さん
私が、せっせと撒いたマキエサのそこに、仕掛けを投げてきたのには
その前の朝の段階では
渡船の、えぼし丸船長から怒鳴られ怒られ
たつみさんの常連さんがチャランボを使ってなので私も使ったら
だれた!おい!
チャランボはスズキ島で使用禁止だ、と
私のだけ怒り
釣具屋さんの、たつみさんの息子さんの船長だから、たつみさんの常連さんには怒らない
たつみさんの常連さんは黒鯛を釣り上げてましたが、たつみさんの釣果報告には、カウントされてなかった日曜日の釣果として不発とされてましたが、たつみさんの常連さんは黒鯛を釣り上げてましたけどね
でも見てました私は
うーん
そして茅ヶ崎の沖磯で黒鯛は、こういうことか、と、がっかり
磯屋さんの方々はメジナ釣りが多いですね
なぜ故に!
たつみさんの方々は黒鯛が多い傾向
私は思います
茅ヶ崎の沖磯で黒鯛を釣りたい場合は
釣具屋さんの、たつみさんに予約されたら宜しいかと、そして、たつみさんの常連さんと仲良く
でも、本当
磯屋さんからの私も含め、メジナ釣りが多い傾向は、何を意味しているのかな?
私は私の場合は茅ヶ崎の沖磯では黒鯛は釣れません釣り座の確保が難しいから。
今、思います
四国は徳島でのお魚釣り
私は、凄く良い体験
茅ヶ崎の体験は、がっかりのオンパレード
現実を書いてます
それを踏まえ
私は茅ヶ崎の沖磯で
メジナをターゲットにお魚釣りです。
投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/11/26 0:14:11
茂木健一郎様
茂木さんの著書やエッセイに茂木さんの
身近の方々が書かれていますでしょ、
繰り返して読ませていただいていますと
まるでお会いしたことがあるかのように
イメージが像がむすばれてきます。
mogikenpodcastもそうです。
茂木さんのまわりは魅力的なかたがいっぱいですね。
各々のかたが、茂木さんのミラーなのですね。
投稿: Yoshiko.T | 2009/11/25 22:41:35
今日の茂木さんの日記に気付きが沢山ありました!
自分のためではなく、他人のためのマーケティング☆
その人が喜んでいるのを見ることが、私の喜び♪
正反対から出発して、いつの間にか近づいていく。など。
これからどう変化していくかを考え、わくわくします!
投稿: 奏。 | 2009/11/25 22:40:21
茂木先生が大好きとおっしゃってた
モコモコのぬいぐるみさんがリュックをプレゼント・・
今日は、いい人、って書いてありましたね
電車の中、大泉あたりでモコモコさんのことが気になって、帰宅後すぐに日記をのぞきに行ってみました・・
おばあちゃんが、立ち寄るなんてきっと嫌でしょうと思い、
パソコンとはいえ、何だかおそるおそる・・・
覗かせていただいて、良かったです!
茂木さんを、素敵なポエムで表現、そして、
とっても素敵な座草の花たちのイラスト
形の優しいボールに記された字も素敵!
私には、意味がわからない・・わからないので
余計に、心がときめいて
徐々にいい気持ちになれました^^
見も知らぬ、何をなさってる方かもよくわからない
モコモコさん、ありがとう^^
茂木散のお友達学芸大大泉ご出身!
20年前まで、私達あの辺りに住んでいました、^^
大泉駅前、すっかり変わっていますよ、ご存じですか?^^
reiko.G
投稿: R.グランマ | 2009/11/25 21:43:57
茂木さんにとって大切な高校時代の御盟友お二人と、茂木さんとは、老荘思想と孔子の思想などが、無数に浮かぶ銀河のように散らばる『知の宇宙』を自在に動く素粒子のような人達に思える。
眩くも混沌としているその宇宙で、運命の女神の裳裾を掴もうとして、何度かチャレンジを続ける間に、中庸という“地点”と、春に草木の芽吹くような生命の躍動に似た本物の知性という“美味なる果実”を得るようになる。
世界の周辺に口を開けて横たわる、あらゆる難問という難問に、果敢に挑み続けられる人だけが、知の宇宙に向かって飛翔できるのに違いない。
道端で餌をついばむ小さな雀にも、理屈を雀の言葉で説けば分かるような、易し過ぎる問題ばかりに気を取られてはいけないような気がしている。自分なりに、もっと難問というべき問題に、眼を向けなくては・・・(汗)
本物の知性の果実には、輝くばかりの真理の息吹きが、秘められているのに違いない。
そんな知の宇宙を自在に動く、素粒子のようなお3方。小津さんの『秋刀魚の味』のワンシーンのように、大いに楽しい時間を過ごされたのですね。
一つのある時代を一緒に過ごした友人というのは、本当に掛け替えのない宝物といえそうだ。
高校時代を共に過ごしたクラスメイトとは、もはや音信不通と成り果てた。せめて今は、目の前にすぐ傍にいる知人達を大切にしていきたい。
投稿: 銀鏡反応 | 2009/11/25 21:15:03
とてもとても深いお言葉ありがとうございます

いつも多種多様な文面に脳を刺激され、新しい自分に生まれ変わるようです
人は現実と言う名の夢を共有している生き物なのではないか
とボクは思いました
夢の中の夢


真実という名の夢
偽りという名の夢
夢という名の現実
投稿: 祖父 | 2009/11/25 17:53:44
運命の女神の着衣の裾に触れる感じって、三島由紀夫の「春の雪」冒頭みたいです
投稿: 眠り猫2 | 2009/11/25 15:43:02
この一年で、TOEIC頻出単語2000語を一通り解き終わったので、模試タイプの勉強をしてみると、あまりに酷い結果が出ました。
高校時代、「暗記なんてざるで水をすくうようなものだ。」とふてくされてた頃を思い出しました。
忘れていた。全課題を解き終わって、模試に挑むようになってからがstart lineなのだということを。
投稿: 岡島 義治 | 2009/11/25 11:28:59
こんにちは 茂木サン 。
今日は どんな事をされていますか?
昨夜は お仲間と 楽しく語り合って よかったですね。
私は 数日-心の節目のようで、 今、陽射しを浴びながら 感じるままに 考えていました。
(こうした時の流れは、ゆったりしていますね)
こんな時、仏様は どんなお言葉を 話されるのかな
と 内なる自分に 問いかけても 聞こえて来ない時 。
茂木サンの 「カラヤン-音楽が脳を育てる」の 中に、
「人生にレガート と ハーモニー を 大切にしたい
。
一つひとつは凡庸で素朴なものに思えても、とにかく絶えことなく関係の糸を編んでいくこと。」
私の心に 響き、 温かい涙が静か流れた。
ありがとうございます。
茂木サンは 脳科学者 であり、 思想家(言葉が適切でなかったらごめんなさい) です。 感謝
投稿: サラリン | 2009/11/25 11:09:15
茂木さん、おはようございます。
茂木さんのご友人で「桑原さん」・・・本当にいい方だなー!
って思いながら、時々、ブログを拝見しています。
心に「ジュワ~!」っと染み入る何かを感じることがありますね!!
高校時代のご友人との「酒盛り」が出来てよかったですね!!
時にはそんな昔昔の学生時代を振り返ることも必要ですね。
「孔子さま」と「老子さま」が入れ替わるほどの‘チェンジ’は、
ハテ~???あったかしら~?!「私」にー????(笑)
でも、そう言えば、夫と出会った時、「変な人がいるわ~。」って
思っていたのに、あはは・・・一緒になっているって、そういう事
ですねー???(爆)
面白いものですねー。
ご友人の「和仁さん」のエピソードは記憶に残っていますが、ほ~
んとうに!凄い方ですね。
高校生の時の「卒業文集」でねー!
私は「水の音」という、あはは・・・、適当に書きました~。
茂木さんは、どんなことを書かれたのでしょう?!
では、今日も一日、お元気にお過ごしください。
投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2009/11/25 10:51:41
おはようございます、お昼過ぎから気温がぐんと上がって
温かな一日になるらしいですよ~^^
秋刀魚の味 の風景が本当にぴったりと
お3人の賢人のお姿と重なりました
話題のテーマは少し異なっていますがね^^
私の父に似た笠智周さん^^
父も訪ねてきた友人とこんな光景を私たち子供に
残してくれています、
いそいそと御酒の肴を卓に運ぶ母の姿、、今の年齢になると浪漫の意味が、こんな風景の中に存在していたことに気が付き
もう一度、私にこんな場所に心を向けさせて、といいたくなります あらためていい風景ですね~~^^
闊達に話す父たちの声が聞こえそうです
茂木先生、年齢を重ねていく愉快と、中庸の中に潜む真実に触れることができました、今朝もさわやかさをありがとうございます
お二人の著書をメモしましたが、私に読めるでしょうか・・
先ずはたまった茂木先生の本を読みこなさねば・・っと、
少しばかり気が焦ります、^^
速読を出来るといいのですが、読書脳力の低下を正直憂いています
読書スケジュールを作ろうと考え中です、3冊積んで、競争させようか等とと、もくろんでいます^^
投稿: R.グランマ | 2009/11/25 10:12:26
おはようございます
今日のクオリア日記は特別に
有意義で楽しく読ませて
戴きました
中庸、平成7年に恩師の死去以来
考えたことがなかった
「ありがとうございました」
投稿: 岡島妙英 | 2009/11/25 9:22:23