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2009/11/08

「壁」

ベルリンには、20年前まで
壁があった。

その壁ができていく途中の
様子が写真に残っていて、
最初は、子どもたちが肩車をして
みたり、こっちとあっちで
握手したり、
まるであそびのような雰囲気。


壁の建設中。子どもたちが肩車。


壁の建設中。東と西で握手。

それが、次第にシリアスになっていく。


多くの人が、東から西へと乗り越えようと
して命を落とした。

何か深刻な障害が生まれる時というのは、
そんなものかもしれない。

最初はゆっくりと、しかし
気付いたらとても大きく、
その障害が立ちはだかっている。

ベルリンの壁は崩壊したが、
私たちの社会にはまだまだ
たくさん見えない「壁」
がある。

それがあまりにも当たり前で、
気に留めないでいるものも含めて。

夕刻。

連邦議会の建物の前に座って、
次第に暮れなずむ空を見ていた。


連邦議会の前で、日は暮れていく。


ライトアップされた連邦議会。

「ここにはないもの」
がたくさん思い浮かんだ。

雑踏。温かい空気。自然の
さまざま。

日本とドイツは似ているようで、
全く違う。

人と人との距離の取り方。
ベルリンは、日本の基準から
言えばすべての間の距離が大きすぎる。

新宿の雑踏のような、密集した
猥雑さはその気配すらない。

我彼は圧倒的に違うんだな。

青年期だったら絶望をもたらした
その認識が、今はなぜか
癒しであるように思われる。

それぞれ違う、その入り口から、
やがて一つの「普遍性」に至る。
そんな道があるように思えて。

11月9日が壁崩壊20年なので、
あちらこちらで様々な気配。

それぞれの人、それぞれの道が、
それぞれの切実さを生きて
たった一回のダイナミクスをたどっている。


今も記念に残されている壁。空には月。

11月 8, 2009 at 02:36 午後 |

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その器には何も入っていない きみが何かを入れるのだ 枯山水の庭の前に佇んで 水を [続きを読む]

受信: 2009/11/09 7:10:07

コメント

茂木健一郎先生、そして、コメント欄のみなさま、
こんにちは~。。

ベルリンの壁崩壊の、歴史的な意義については、さまざまに
語られていますね。
ウィキペディアによりますと、1961年建設開始、
1975年に最終的に完成、とのことですので、
「壁」の寿命は、建設当初からだと28年、
最終的に完成してからでは、わずか14年ということになります。

みなさま、壁崩壊から20年、と、「ポストベルリンの壁」を
問題にされるようですが、
壁そのものについて、あるいは、その寿命について、論じられない
ということこそ、「ベルリンの壁」もんだいの本質であるように、
ぼくには思われます。このことは、もう少し考えてみる必要が
ありそうですね。

また、思想的な意味については、どうでしょうか。

「壁は当事者のあいだにのみ存在する」とは、
今日の午前中、考えていたことです。
そのもっとも極端なものは、みなさまがおっしゃるような、
「心の壁」でしょう。
これは、本人にも壊せません。
ゆえに、現代においてはみんな、心の壁、思想の外壁のなかで、
ひとりの囚人にならざるをえないのです。

ぼくたちは、ベルリンの壁に、自分の心の壁を投影していた
だけなのかもしれない。
現代人は、「歴史の壁」がこわれるたびに、どんどん、実存的な
孤独に陥っていくかのようです・・。

・・ちなみに、音楽好き(聴き専ですが・・)なぼくは、
東西両ベルリンの楽団(?)が、それぞれ壁を背にして、合奏なんか
できなかったのかなあ、とおもいます。
どんな壁でも、それを背にして、音楽を演奏する権利は
あるはずですよね。
ちなみにカラヤンは・・凄いとおもいますけど、好みではない
感じです(笑)

あこがれておりました、茂木先生のブログに、コメントできて
すっごくうれしいです。
また、ときどき参りたいと、考えております~。。

投稿: たてやまよういち | 2009/11/16 18:46:55

この写真とても素敵ですね。
色彩の量と分け方が心地よいです。

ドイツに今まで行っているのは旧西ドイツで、
ベルリンは行っていません。
確かに日本とドイツは違います。
日本の嫌いなところはわかっているけれど、
ドイツの嫌いなところはわかっていないかもしれません。
でもドイツが好き。
ドイツから戻ってきたばかりは日本が嫌い。
でも少したつと日本も好き。

投稿: keicoco | 2009/11/09 13:19:18

「人の心にある壁」

私の心の中にある壁は私がかけた絵の壁だった。

なんてことだ、私が見ていた
あの重く、巨大で、ビクともしなかったレンガでできた壁は…

なんてことだ
私がかけていたのか
私が作っていたのか

投稿: あすか | 2009/11/09 11:04:21

 人と人の距離の違う国で、僕と同じ月を見ている。

>最初はゆっくりと、しかし
>気付いたらとても大きく、
>その障害が立ちはだかっている。
 新型インフルエンザに似てますね。
 あと、僕の「自称」眠り病にも。
 最初は夜更かしの影響だと思っていたのですが、気が付けば、どんなに寝ても、講義の席につくと必ず眠る症候群になっていました。
 社会問題でいえば、部落差別とかもそうなんでしょうね。法律的な救済措置が執られたらしいですが、僕のY染色体の提供者は、被差別部落の人間がそれを使って、自分達を攻撃してくると被害者面をしています。
 ぼかぁ、思うんだがね。自分が「被害者」だって思った瞬間から、その人は既に半分「加害者」なんだよね。

 そうそう、他にも、TOEICの勉強でLとRの発音を分ける練習をしていて、気が付いたら、日本語のラ行の発音の仕方が分からなくなったりもしますね(笑)。

投稿: 岡島 義治 | 2009/11/09 10:47:39

茂木健一郎さま

今晩も半井小絵さんの気象解説が楽しみな私

ところでベルリンの昔の交通事情
東西ベルリンの壁があった時
地下鉄で東西ベルリンはつながっていて観光客は東西ベルリンを往来
音楽雑誌で、だいぶ以前に読み、おぼろげに。
ただ私はベルリンに行ったことないので真偽は判りません。
ベルリンの壁が崩壊前

ルフトハンザがライプチヒだったでしょうか
チャーター便が飛んだと、それはニュースで当時。
西ベルリンには西側より戦勝国の航空会社しか
ルフトハンザは西ベルリンには飛べなかった
ですから印象的に今でも覚えてます

20年前ですのに
ベルリンの壁崩壊
そのインパクトからでしょうか、そんなに年月が流れていた感じがしないです。

壁崩壊の活力
当時のように今のベルリンにもあるのでしょうか?
壁があったころの特殊性があまりにも強烈な印象ですベルリン。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/11/09 10:04:48

茂木健一郎様
あれから20年。
とても印象に残っています。
茂木さん大事な日にいらっしゃって
いるのですね。
多様なことを
感じていらっしゃってくださいませね。

投稿: Yoshiko.T | 2009/11/09 8:58:32

こんにちは、茂木先生
>最初はゆっくりと、しかし
 気付いたらとても大きく、
 その障害が立ちはだかっている。

気力だけでは解決できないことを多く感じます。
見えない壁を取り払うのに多くの労力がいります。
特に人間関係において。
インターネットの普及により、我々のコミュニケーション能力は広がったのか、狭まったのか、また、壁ができたのか。
止まることの無いネット社会において、この壁を取り除くツールは存在するのでしょうか?

投稿: blueman | 2009/11/09 1:16:18

こんばんは 茂木サン 。
ベルリン は ですね。
「ベルリンの壁」建設中には まさか 自由を奪われや家族と離れ離れになるとは、
想像できなかったでしょう。
辛い。 絶望感。

「壁の崩壊」は よかったのですが、時が経ちすぎました。
戦争 も 内戦 も 戦いはもういない。 お互いを傷付け合い、その先に一体 何が在ると いうのか。

命も 文化も よき感情や思想、自然、地球や 宇宙。

繋げることが、生きること。 大部分の人が 平和や 愛の大切さを実感しているのに、
ほんの一握りの エゴで 壊れている。皆で意識を持ち続けましょう。
きっと変わる!


茂木サン 連邦議会の建物のライトアップ 綺麗ですね。
もしかしたら、夕暮れから待ち続けての 画像では ありませんか?
ありがとうございます
感動!です。
また 青空の月と こちらの月は 同じ光りを 照らしていますよ。

投稿: サラリン | 2009/11/09 0:41:08

こんにちは

私がベルリンの壁を知ったのは、映画007で、ジェームスボンドが、壁を車で飛び越える場面を観たときでした。その当時は社会主義、資本主義など知らず。越えたらいけない壁としか思っていませんでした。


社会主義、資本主義の壁の破片が売れる価値を持つと言うのも、資本主義の不思議でしょう。(^^)

投稿: 壁のクオリアby片上泰助(^^) | 2009/11/09 0:25:32

茂木健一郎さま

ベルリン

私は東京
東京タワー

活力を感じます
東京タワーを歩き昇りますことに
そういえば、昇りながら
建築された方々が確かに!この階段は凄い!と
こういう内容を申されながらの見知らぬ方でしたが、私も心の中で同感

大展望台まで昇り、帰りも歩き降りますと
私の場合、脳が元気になった感じを受けます。

普段、あの高さまで徒歩で昇ることはなく
非日常なんです東京タワーの大展望台まで歩くこと。

あれ?
ランナーズハイってありますよね
プチ・ランナーズハイを体験できているのかな?
茂木健一郎さま
ベルリンの壁は負の遺産ですが
東京タワーは日本復興のシンボルでしたし今でも日本のシンボル

東京タワーを世界遺産に出来ないのでしょうか?
その価値、資格が東京タワーにはあります!

東京に来て東京タワーに昇らないなど
東京都民で、まだ東京タワーに歩いて昇ってない方は、いちど、ぜひに!
くれぐれも私のように汗だくヘロヘロには留意されて
ペットボトルの飲み物
持って昇ればと途中で

でも楽しい東京タワーを歩いて昇って最高!
嬉しい気持ち今も
元気にパワーを東京タワーからも感じました。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/11/09 0:21:07

茂木さん、Hello♪(^-^)ドイツでのお仕事お疲れ様です(^o^)у記念に残されている壁と月の画像見れて本当にうれしいです♪ありがとうございます(^o^)уステキでかわいいですね♪まるでここだよ〜♪(笑)\(^o^)/知ってる〜♪ヘ(^o^)みたいな感じで楽しい♪(笑)茂木さんは♪(笑)クッションは自分でね(笑)(^.^)そういえば♪今日の新聞で茂木さん見ーつけたっ(笑)オススメの本読まなきゃ♪ところで、茂木さん♪何ですかぁ〜♪(笑)何時もこれからもずっと♪届いてる(笑)I really am sorry,and love you too. But 塩粒付いてる♪(笑)(^3^)それでは茂木さん、また今度です。

投稿: 水饅頭 | 2009/11/08 23:27:20

茂木健一郎さま

カラヤンさん没後20年
壁の崩壊も20年

とても20年経ったとは思えないんです時間が止まっている感覚
カラヤンさん没 20年という事実。

20年前のベルリンの壁崩壊
その直後、ベルリン・フィル特別コンサート
バレンボイムさん指揮 東からも観衆が

LDで持ってますが ベートーヴェンの7番 そして

コシファントゥッテがアンコールでしたかと。

壁のそばにある、あった、ベルリン・フィルハーモニーホール

カラヤンさんの時代に壁が崩壊されていたら?

東ドイツのベルリンという都市に
壁を挟み、東西ベルリン向かい合う
そんな状況下で世界最高水準の楽団 それがカラヤンとベルリン・フィル、妙に神秘性を私は感じてました。


テンペルホーフ空港 閉鎖されていたんですね。インターネットで見て
知りました。

ベルリン・イエスキリスト教会で録音のカラヤンさん
テンペルホーフ空港のジェット機の騒音に心を痛められていた事実

壁もなく、テンペルホーフ空港も閉鎖

カラヤンさんもお亡くなりになって20年

TBSさんで昔
テレビマン ユニオンさんのカラヤンさん特集 
あれは本当、貴重な映像ですよね。音楽遺産としても。
東西ベルリンの壁のことも取り上げられてました。今、想うと
凄い番組企画でした。


投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/11/08 21:08:48

壁が建設中の写真は、静かに恐ろしい感じがしました。

気づいた人が叫んでも、なかなかその恐ろしさは伝わっていかないのかもしれませんね。

投稿: かなにゃん | 2009/11/08 20:32:10

                       

          」 壁 「    断絶と疎通    大差

              


                      月が笑う

投稿: 一光 | 2009/11/08 20:18:56

茂木先生 グーテンアーベント^^

* 五枚の写真に見入っています!

幸いなことに残留孤児に成らないですんだ私、
戦争を知らないと言ってもよい程の幼かった私の中に、老いたからこそ
切実にに感じる、戦争の恐怖、自由の剥奪

軍隊のぶつかり合う戦争から、人の心に、小さなきっかけから芽生えだす争いの心理、壁の崩壊のずっとずっと前に、不審さえ感じない幼い子供の前の石垣、また、大人が普通に握手を交わせる壁の低さ・・・
その後の犠牲者の数・・・・ かつて、乗り越えられず銃撃されて死ぬ人の動画をテレビで見ていた私です

本当に先生の今日の五枚の写真は私に、静かな大きな衝撃でした、生きるということはどうあらねばいけないかを、根本から学びなおさなければいけないと、感じています

ベルリンの白い月の写真を見ながら、涙がこぼれて止まりません

老いてみて初めて、私は反戦という行動に、何もしていなかったんじゃないか・・・って、感じています、、

子供を授かり、子供がまた子供を授かっています
この命の連鎖に、先に去っていくものが伝えなければいけないことは・・  あまりに大きくて、思考に急ブレーキがかかり、
とても答えようなどできません・・・、

雑踏の人込みに消え去っていく私達人間は、人は人と関わりながら愛を育んでいく練習をし続けるのが人生でなければならない・・と認識することが必要ではなイいかと感じています、喜びを微かでも感じられる社会、何処かでつながりあっていることを信じられる社会に、次の命を託すために・・・・
真理にに立ちかえって行く努力をしたいと思います

この人達はな何もわかっていないのです・・ っと、死を前にしておっしゃった方の姿が、ベルリンの月に重なり、胸が締め付けられるようです

ドイツの夜はことのほか冷え込むことでしょう、
旅の安全と先生の健康が守られますように、祈ります

                      reiko.G


 

投稿: R.グランマ | 2009/11/08 19:29:00

間違った!!
壁を越えるには
高エネルギーだ
飛び越える確率が増す

ネズミは邪道で壁に穴あけた
ミッキーマウスだぷぅ

飢餓地域にはには食べ物が出現し
医療なきところには信仰が出現し
空からは爆弾じゃなくて花が降ってきた

二項対立が好きな人たち
赤と白はとわにあらそううように思えたが
彼女は対立を消滅させた

投稿: A STRAY SHEEP | 2009/11/08 18:56:18

私は今日のブログを読んで、若いドイツ人の友人のことを思い出しました。

彼は、ベルリンの壁の崩壊当時、西ドイツの東ドイツとの国境近くに住んでたそうです。そして、18歳だった彼が

「東ドイツに近い街は、東ドイツから来た人たちで混雑してた。東ドイツの人たちは、西側のどこの市町村役場でもお金をもらうことができたので、小さな町役場ではお金がなくなった。」

と言ったので、私が

「大変だったわね。」

と言うと

「とんでもない。ドイツ人は、これで本当に戦争が終わったと思ってるんだ。」

と言ったんです。

18歳の少年が戦争のことをちゃんと受け止めて、話すことができる。
こういうところに、ドイツ人の民度の高さを感じました。

投稿: 小笹優子 | 2009/11/08 18:19:28

茂木先生は今回なぜベルリンに?と思いながら読ませていただいています。20周年記念の会議か何かが?
ベルリンはとても行ってみたい街です。でも、今朝のエッセイを読んで、今すぐではなくてもう少し時間がたってからがいいかなあと。


私は、まだ西と東に分かれていた最後の年のクリスマスのころに、西側を北から南へ、そしてまた北へと、列車の旅をしました。大寒波の年で、地図で見つけた町の、教会や美術館や小さな博物館に、出会った順に入っていました。


先生はカラヤンがお好きでしょう。わたしはアバドのファンです。アバドが就任したころ、よく対比して語られていましたね。。。。

投稿: michiko | 2009/11/08 17:48:53

午後5時で東京もすっかり外が暗くなりました。
今日は温かく、20度くらいまで気温が上がりました。
ベルリンは寒くないですか。
壁崩壊20年に向けて、新聞がさまざまな
記事を載せはじめたけど、
今日のこの日記と、
苔むしたような壁の太陽と白い月の写真が
いちばん臨場感があって、印象深いです。
連邦議会の写真は荘厳ですね。

だれかヒマそうな人はいないかと思って
さっきから首をめぐらしているんですが
みんなバタバタ、バタバタ。
待っていたら日をまたぎそうなので
デパ地下に寄って、ドイツビールと
香草ソーセージを探してみようっと。
ひきつづき良い旅をつづけてくださいね。

投稿: 島唄子 | 2009/11/08 17:19:20

茂木健一郎さま

東京が今一度、生まれ変わる東京都民の故郷として
東京オリンピック再チャレンジ必要です

茂木健一郎さま東京生まれかと
本来は海外も知る茂木健一郎さまが東京オリンピック招致の中心であるべきなんです本来は。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/11/08 16:50:40

壁の崩壊記念日が11月9日。

ここ日本の時間では明日、ということになるのだなぁ。

独逸東西を隔てたコンクリートを塗りこめた灰色の、落書きだらけの壁が崩れた当時、人々(特に東側にいた人々)はこれで自由になれる!新しい希望の時代が来る!と思ったに違いない。

でも、みんなの中にある「心の壁」はベルリンの壁よりもはるかに強固で、またたくさんあるものだ。

…それはそのまま、言われるような、目には見えない「社会の壁」となって未だに立ちはだかっているように思える。

文化の壁、言葉の壁、ジェンダーの壁、貧富・格差の壁、…そして思想・哲学・宗教間の壁、エトセトラ…。

今も私達は、それらの壁に、精神を取り囲まれながら、生きている。

お写真を拝見して…。

連邦議会の夜景が、暗闇に光って立ち上がる巨人のように見えます。太陽を描いた残骸の壁の上に浮かぶ月が印象に残ります。


自分が思うに、文化から技術から社会制度から、何から何まで、独逸は日本よりも遥かに磨かれ、洗練されているようだ。

日本のように何処か“ゴチャラけて”いない感じを受ける。

独逸で作られた製品は、デザインも機能的で、何故か諧調のように美しい。オモチャも、はさみも、それからキッチン用品も。

そういう美しい工業製品を生み出す独逸と、何処かごちゃらけた日本との差は確かにあまりにも大きすぎるが、どちらの入り口から入っても、普遍性に至る道というのは確かにある気がいたしまする。

何時かベルリンに行けたらいいなぁ。そうしたら東京との、空気の違いを肌で感じられるんだけれど。

「壁」の話題に戻ります。

私達一人一人の中に、まず立ちふさがる沢山の「心の壁」…。まずは一個の人間が、その心の壁にひとつずつ風穴を開け、勇気をもって乗り越えることから、世界は本当に変わっていく…これは個々の脳を“変える”ことでもある筈だ。

個々の脳を変えること…ひいては一人一人の心の変革から、世界の変革は始まる。その時、見えざる社会のさまざまな「壁」にも穴が開き、やがて崩壊していくに違いない。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/11/08 15:49:02

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