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2009/10/06

Watershed

Watershed

なぜ日本人の心は閉じてしまったのか

The Qualia Journal

6th October 2009

http://qualiajournal.blogspot.com/

10月 6, 2009 at 08:17 午前 |

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コメント

茂木健一郎様
茂木さんの見解が深まり世界においての日本の
見え方が深まることをじっくりたのしみにして
おります。

投稿: Yoshiko.T | 2009/10/06 23:46:52

“何故、日本人の心は閉じてしまったのか?”

いろいろな理由が考えられるけれど、少なくとも私が考えるに、自分達の習慣や文化を隠すことで、そこに「美」を見出そうとしたが、そこに一種の行き過ぎがあったのではないかと思う。

あるいは、よく言われるように、他国の文明・文化の、あまりの進歩ゆえ、自国の文化を「恥ずべきもの」「隠すべきもの」として捉え過ぎてしまったからかも知れない。

その精神には、外国の人間に私達の文化がわかってたまるか、という「意固地」を含んでいるように思う。

しかし(自分も比較的そうだが)もう、アルマジロのように丸まって「意固地」になっていては、やはり世界と繋がってやって行かれないのに違いない。

もっと、自国の持つ美しいものの存在を、今在る世界共通語(=今のところは主に英語)で発信していかなくてはならないのではないか。

茂木さんが今、英語でブログを毎日書かれているのは、行き過ぎた「恥の文化」故に、誰もが賛嘆するような、美しい、素晴らしいものまで隠しつづけ、心を閉ざしがちなこの島国の人間たちの、一つの『魂の革命』を促すフォースになるのではなかろうか。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/10/06 21:17:05

日々の何気ないことを 

何気なくなく感知し分析してらっしゃる

すごいなあと思いました。

心の機微に敏感であること、

それを客観視し感覚を捉える言葉を持つことで、

自分という深遠をより知ることができるのかなあと感じました。

投稿: | 2009/10/06 18:50:37

茂木さん、今、読ませていただきました。
なるほど~!そうですね。

日本の知識人は、輸入はしても輸出はしていない。

学者の方々が外国の著名な方々が書かれた「論文」などを
読まれて、また、ご自分でも「論文」を英語で書かれたと
しても、それは日本の「文化」を伝えることにはならない、
ほど遠いもの・・・。

確かに、日本の「芸者さん」だとか、映画「ラスト・サムライ」
を見ていても、なんて言えばよいのでしょうか・・・ひとこと
で言うならば「う~~~ん、違う、そうじゃーない、な~んか
変!」みたいな箇所がみられましたね?!(笑)

それは、日本人の‘精神性’の本当のところが描ききれていなく
て、上手く表現されていない部分なのでしょうね?!

「異文化コミュニケーション」と言われるようになって久しいで
すが、私たちの日本はなかなかその「日本人‘魂’」とやらを正
しく伝えられていない、ですねー?!

「やまとなでしこ」とか、「やまとたましい」とか・・・伝える
のは、なかなか容易なことではない。

日本人は、西洋の文化をある程度、受け入れられたとしても、肝心
なところ、自分たちの文化は伝えきれていない、ということですね。

う~ん、茂木さん!出番ですね。(笑)

では、今日も一日、お元気にお過ごしください。

投稿: | 2009/10/06 10:43:58

(テスト)

すみません、ちょっと通信テストさせてください。
きのうの Stream of consciousness に
お昼休み(1時すぎ?)に送ったメッセージ
届かなかったのかなぁ
最近、通信環境を変えたりしたので
心配になりました。
場をお借りしてすみません。

投稿: | 2009/10/06 10:12:58

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