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2009/10/14

文明の星時間 八百屋お七

サンデー毎日連載
茂木健一郎 歴史エッセイ

『文明の星時間』 第85回 八百屋お七
サンデー毎日 2009年10月25日号

http://mainichi.jp/enta/book/sunday/ 

抜粋

 先日、歌舞伎座で福助さんが「八百屋お七」を演じる『松竹梅湯島掛額』を見た。「櫓のお七」の段では、福助さんが「人形振り」でお七の役を演じた。
 人形振りでは、生身の役者が、文楽の人形のようなしぐさをする。生々しい感情を抑制の利いた姿態で表現することによって、かえってその印象が鮮明になる。福助さんのお七は素晴らしかった。
 八百屋お七は、江戸時代に実在したとされる人物。下総国に生まれ、江戸の八百屋太郎兵衛の養女になった。
 八百屋お七が有名なのは、歴史的な「火事」との結びつきにおいてである。井原西鶴の『好色五人女』の題材となったり、人形浄瑠璃や歌舞伎で取り上げられるなど、八百屋お七は今日でも人々の記憶の中で生き続けている。

全文は「サンデー毎日」でお読みください。

本連載をまとめた
『偉人たちの脳 文明の星時間』(毎日新聞社)
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10月 14, 2009 at 07:08 午前 |

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コメント

連載を読ませていただきました。

文楽の舞台をTVで見たけれど、生々しくあふれる感情を人形の動きで現わすことで、かえって見る側に、演じている人物の思いが強く伝わってくるのが分かった。

確かに、八百屋お七は罪人だったけれど、歌舞伎や時代劇のモティーフになっていることを思えば、江戸の昔はみんな、悪人に対しても何処か憐憫というか、共感を抱いていたのかもしれない。

今回の連載でも仰っていたけれど、何時の時代も、人間は一歩間違ったら誰でも犯罪人の汚名を着てしまうことには変わりないのだから、今の我々も、過ちを犯してしまった者への想像力をもっと働かせねば、と思った。

八百屋お七でツイデに思い出したが、去年6月に起こった秋葉原事件の犯人は「だれでもよかった」という身勝手で幼稚な理由で無差別殺人を行ったけれども、あの時、自分はあんなふうにはならないよ、とタカを括っていた人達はどれくらいいただろう。

だが、人間は誰でも、罷り間違えば、過ちを犯す危うさをもっている筈だ。そのことに、私達は、思いを馳せてもいいのではないか。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/10/14 21:31:06

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