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2009/08/17

Solace to the soul of a nation

Solace to the soul of a nation

17th August 2009

The Qualia Journal

http://qualiajournal.blogspot.com/

8月 17, 2009 at 11:08 午前 |

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コメント

人生も旅も 出会いも 一回性
終わりを意識した時、 これからの生き方が大事であることを知りました。

愛おしい と 思いました。
自分にも 回りの人に対しても 温かく接して生きたい と思いました。

投稿: | 2009/08/18 11:22:17

↓追記

男の子が母親の死後のからっぽの祭壇に、壁を作ることで象徴されるものは、アウシュビッツの壁?なのでしょうか?

それともベルリンの壁?なのでしょうか?

もしくは個別化における個人と個人をへだてる心の壁?なのでしょうか?

現代人の孤立した意識の孤独性を表現しているのでしょうか?

今日のお題は難しかったです。
でもこーゆー男の子みたいなことを、私たちも日常しているかもしれません
( ̄○ ̄;)

投稿: | 2009/08/17 23:57:00

民族の魂の慰め

『パルジファル』は、リヒャルト・ワグナーの最後のオペラ
である。
一生のErlosung durch Liebe(愛を通しての救済)のテーマ
を追求する作曲家の仕事にふさわしい終わり方のように
思われる。

『パルジファル』ダニエレ・ガッティ指揮、
シュテファン・ヘルハイム演出(バイロイト音楽祭、
2009年8月15日)の土曜日の上演は、私の
バイロイト音楽祭初体験の終わりにふさわしかった。

Vorspiel(序曲)の間、舞台の幕は既に開いていた、
そして白い服を着た長いブロンドの髪の女性が、ベッドに
横たわっていた。
見たところでは、彼女は死の苦悶の中にいた。
Sehnsucht(切望)の中で、彼女は彼女の息子を呼んだ。
その少年は、母の感情のありのままの姿を解らなかった、
彼女にハグされることを拒絶した、そして
彼の手もとの大枝とともに庭の中へ立ち去る。

少年が去ったすぐあとで、その母は死んだ。
医師は死を宣言する、そして彼女の身体の上に布をかけた。
彼らは部屋を離れ、そして死んだ女性はベッドに沈み込んで
見えなくなる。

少年が戻ってきたとき、その部屋は空っぽだ。
彼は彼の母がずっと横たわっていたベッドを見る。
何が起こったのかまだ理解していなかった、
彼は無意識の不安と直面する、
舞台の前の演壇のひとつの変化が、その上演の
初めから終わりまでずっと影響するであろうことが判る。
彼はそこにレンガを並べる、見たところでは壁を形成する。
しかしながら、その壁は未完成のままであるそして
翻訳の中。

何が起こったかのこの短い描写は、概要で、
序曲の間ずっと真価を十分に発揮させようとしていたと、
私は思う、舞台の演出家は、現代のワグナー上演に
民衆の将来性をかけることが出来ると。

ときには悲惨なドイツの近世史の重苦しい特別の意味合い
とともに、強烈な忘れられないイメージを持っている、
ひとつの提示であった。
どんな自身のごまかし抜きでも歴史に向き合うことで、
オペラが民族の慰めをもたらすことが出来る事実は、
再度のひとつの偉大な芸術の力の証明である。

お写真:画像は『パルジファル』シュテファン・ヘルハイム
演出 ワグナーオペラ.netより


難しかったです。
おかしな訳で失礼になったら、すみません。

オペラの表現方法が、演出家の方によって
自由な解釈でされることで、伝統的な表現から
現代的な新しい試みに変化して、ブーイングを受けたり
そこから少しずつ調整変化していって、新しい演出に
が受け入れられていく。
聴衆の方々のワグナー上演の新解釈への、
理解と許容の大きさで、人々の将来性が推し量られる側面
もあるということでしょうか?
歴史に真面目に向き合ったうえでのオペラが、
多くの人々の慰めになる、芸術の力は凄いですね。
茂木先生の考察、とても深いです。
勉強になりました。ありがとうございました。

投稿: | 2009/08/17 23:48:41

むっ難しい…
_| ̄|〇
えーとまず「パルシファル」の序章で舞台のカーテンが開いているんですよね?
そしてそこに長いブロンドで白いドレスの瀕死の女性が横たわっている。

女性は自分の息子を枕元に呼んで最後に抱きしめようとするけれど、息子は幼なすぎて、母親が死にかけていることが分からない。

息子は母親の最後の抱擁を拒んで、外に遊びに行ってしまう。
そして息子がいない間に女性は息を引き取り、医師がその死を宣告し、女性の体はシーツに包まれて寝台の下に沈んで見えなくなる。

息子が母の元に帰ってきた時には部屋はからっぽで、誰もいない寝台が一種の祭壇として残されている。

それでも息子は母親が死んだことが分からない(無意識の不安は感じているけれども)

息子はその祭壇にレンガを積んで「壁」を造ろうとする。

しかしそのレンガの「壁」は未完のままである……

うわーん(><;)
悲しいですーっ
パルシファルってこんなに悲しい始まりなんですか?!
し、深遠すぎです…
茂木先生、いつかワーグナーを解釈する講義して下さると嬉しいです(・ω・)/

投稿: | 2009/08/17 23:43:37

茂木健一郎様
茂木さんの情熱と平和を愛する心に感謝しております

投稿: | 2009/08/17 11:34:31

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