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2009/08/27

『脳の饗宴』

青土社より、『脳の饗宴』が発売中です。

『現代思想』に掲載された
ハードな論考の他、
港千尋、池上高志、郡司ペギオ幸夫、
渡辺政隆、布施英利という錚々たる
「畏友」たちとのガチンコの対談も収録。

鋼鉄の知がぶつかり合う音がする
はずであります。

『脳の饗宴』 まえがき


 いかに生きるか。これは、誰にとっても難しいことである。
 昨今の日本のような状況の下では、困難はいや増す。従来信じてきた組織や制度、文化が揺らぐ。何を頼って生きていけばよいのか、わからない。そのような時代の中で、結局、自分を寄り掛からせることができるのは、自分の脳。だからこそ、脳に対する関心が高まったいるのだろう。
 確かに、自分の脳を鍛え、その潜在能力を活かすことができれば、これほど心強いことはない。知性は、生きる上での支えとなってくれると同時に、新しい技術を生み出し、産業の種ともなる。すぐれた思考は、大きな経済的見返りももたらすこともある。総合的な意味で、脳の力を向上させることは、今日において最も確実な生きる上での投資である。
 マイクロソフトの創業者、ビル・ゲイツは、高校の時からプログラムの会社を立ち上げていた。スタンフォード大学の大学院生だったブリンとペイジが書いた一編の論文は、検索エンジン「グーグル」の元となった。中国やインドといった、膨大な人口と才能を抱える大国の台頭により、知の国際競争は激しさを増している。
 そんな中、日本だけが蚊帳の外に置かれ続けてよいはずがない。
 経済では、「失われた10年」、「失われた20年」とも言われる停滞が続いてきた日本。知の世界でもまた、「わかりやすさ」だけが強調され、より高みを目指す向上心が失われ、日本の常識は世界の非常識と化している。
 出版や地上波テレビといったメディアでは、売り上げ部数や視聴率といった経済効率を追求する中で、芯があって深みのある内容をじっくりと作り込むという制作者側の矜恃が、その存続を脅かされている。インターネットの世界でも日本は弛緩している。公共財としての知をウェブ上に誰でもアクセスできるかたちで構築しようという気概が見られる英語圏に比べて、日本語のウェブはお気楽で、暇つぶしで、「ネタ」的な内容にアクセスが集中する傾向がある。
 私の専門である脳科学の一般のメディアでの伝えられ方も同じこと。安易に「○○をすると脳が活性化する」という惹句が使われ、その背後にある複雑で豊かな神経回路の働きに対する関心は一向に喚起されない。一体、日本人は、自分たちの脳がそんなに単純で、底の浅いものだと本当に思っているのだろうか。
 脳の可能性は無限である。インド生まれの天才数学者、ラマヌジャンは、自分でもその証明を把握しないままに、数々の独創的な公式を思いついた。相対性理論を創ったアインシュタインは、ティーンエイジャーの時にふと抱いた「光を光の速度で追いかけたらどうなるか」という疑問について粘り強く考え続けた。明治の文豪、夏目漱石は、高校や大学の授業を担当する忙しい日々の中、短い時間で『吾輩は猫である』、『坊っちゃん』のような初期の傑作群を書き上げた。
 人間の脳は、高みを目指し、負荷をかけ、鍛錬すればするほどその輝きを増す。かつて、日本の高度経済成長期に熱心に読まれたスポ根漫画『巨人の星』にも描かれていた、生きる上での叡智。日本人は、いつの間にか、小学生ですら知っていた自己向上の気概を忘れてしまっているようだ。
 脳に手遅れはない。何歳になっても、脳に適切な負荷をかけ、それなりの習慣を身につければ脳の働きを向上させることができる。その先にあるのは、無限の歓びである。この地上での、短い人生。自分の脳の可能性を、大いに引き出してあげようではないか。
 脳を輝かせるのに必要なのは、本質的な問題についてじっくりと考えること。それから、真剣なる対話。それぞれの世界で思考を積み重ねてきた、尊敬できる友人たちとの対話こそ、脳にとってのもっとも麗しい修練場である。
 かつて、古代ギリシャのプラトンは師ソクラテスへの敬慕の思いを込めて対話編『饗宴』を書いた。『脳の饗宴』には、私たちの脳の尽きることのない可能性への気付きのきっかけがあふれていると信じる。
 単行本化に当たっては、青土社の今岡雅依子さんがご尽力下さった。彼女の精魂込めたお仕事によって、饗宴の響きがふくよかに広がったように思う。

茂木健一郎

8月 27, 2009 at 09:11 午前 |

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ずきずきと 夜も眠れないほど虫歯が痛む 蝕まれているのは ちっとも生活習慣を コ [続きを読む]

受信: 2009/08/29 21:43:19

コメント

茂木さん、こんにちは。

> 脳を輝かせるのに必要なのは、本質的な問題についてじっくりと考えること。それから、真剣なる対話。それぞれの世界で思考を積み重ねてきた、尊敬できる友人たちとの対話こそ、脳にとってのもっとも麗しい修練場である。

この辺り、野球の夢と通じるような?

脳を鍛える事って理想ですよね。人間がより高次元の生き物になれるような・・・気がする。ただ、残念ながら、誰にでも出来るものではないと思います。

茂木さんのお好きな夏目漱石、アインシュタインにおいても、鍛える(作品/発明)為に大きな代償を裏で払っていましたよね?

脳と心のバランス。

鍛える為には、ここが大切だと思います。
バランスなくして脳を鍛えた場合、友、家族が去っていくからです。

稀に、茂木さんのように脳を鍛えれば鍛えるほど賛同してくれる友が寄って来るバランスの良い方もおりますが(笑)このお育ちの方は世界的にも希少でしょうね。

投稿: おちょん☆雀 | 2009/08/28 19:46:29

おはようございます 茂木博士 。
「脳の饗宴」は 対談メンバーが 凄いですね。
楽しみでは ありますが
きっと 内容は解らないかもしれない。

しかし 茂木博士は 気になさらず 難しい= 高度な 内容にして良いと思います。

対象読者が 子供サンの時には 解りやすくしたり、

また ある時は 専門用語での内容で 、「この内容がわかるかぃ?」的な
書籍が あっても良いかと 思います。

そこに 読み手の チャレンジも 生まれるのかなと思います。
是非、実力発揮で
書きたい事、伝えたい本を造られますことを祈っております。「脳に手遅れはない。」
私もまだまだ 諦めずに 負荷かけて見ます。

投稿: サラリン | 2009/08/28 0:37:00

21世紀の今日において、私達、この島国に住まう者の思考を限りなく弛緩させ、弱らせる「わかりやすさ」なるものの蔓延。

その蔓延に手を貸しているもの、お気楽な情報ばかりを流すTV、雑誌、そして、“ゆるい”サブカルコンテンツばかりのネット社会。

それはある種の『麻薬』のように、物事について本質的に徹底して考え抜くという、脳と精神の厳しき鍛練の必要性を忘れさせ、危険な快楽へと誘ってしまい、私達を「愚者」に変え、社会に“衆愚”を増殖させかねない。

『脳の饗宴』は、おそらくはそうした「わかりやすさ」に潜む魔性とトコトン抵抗し、本質を深く思考し、生命哲学の深淵を志向し、精神をはじめ、あらゆる高みを目指す向上心を目覚めさせる大きな力の源になるホンに違いない。
  
これから、しっかり読ませていただきます。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/08/27 21:19:15

今日、申し込みました。
届いて拝読するのを楽しみに待っています。

投稿: 発展途上人 | 2009/08/27 17:55:50

変人であることの自由が脳の可能性を引き出す……
(゜゜)sweat01sweat01sweat01
よしっ

投稿: 眠り猫2 | 2009/08/27 16:39:07

こんな事を言ったらまた頭がおかしいと思われるかもしれませんが・・、人間のインスピレーションや様々な奇跡的な生命活動は全部本当に脳だけの力なのでしょうか。
だとしたら何故霊たちにも感情や記憶が残っているのでしょう。彼らは既に脳を失っています。
また神社仏閣や教会でアクセスできる大いなる存在達にも、物質としての脳があるようには見えません。代わりに人間の脳を遥かに超えた英知や情感の豊かさ美しさを持っています・・。

私は脳は人間に許された範囲の受け皿なのかなあと思っています。制約のある中でどれだけ知恵を発揮できるのか。

どんなに人間の技術が進歩しても、使い方を間違えれば大きな不幸がやって来ます。学校では勉強で子供達を競争させて選別して能力ばかり評価する。だからこんな殺伐とした世の中になってしまった。
それよりも先に教えなければならない事が沢山あります。
他人を虐めないとか、困ってる人がいたら助けるとか、今日食べる食事も多くの命がかかっているのだから感謝するとか・・。
Amazonは便利ですが実際にはバックヤードで働きすぎの人達がいるのかもしれない。

自分の技能がたとえ世の中で一流と認定されなくても、優しい気持ちでしっかり生きられれば立派な人間です、と子供達にまず教えないと、大人になっても不安感が取れなくて、それが不必要な競争や消耗につながっていけば、平和が遠ざかるような気がして・・。

投稿: 〆張酉 | 2009/08/27 16:20:49

茂木先生、おはようございます。

「脳の餐宴」の前書き、拝読させて頂き感じました。

アインシュタインの言葉

「(前略)世界の文化はアジアに始まり アジアに帰る。
それは アジアの最高峰 日本に立ち戻らなければならない。
吾々は 神に感謝する。
吾々に日本という尊い国を創っておいてくれたことを。」

また、日本の真のインテリジェンスを生涯をかけて
発信し続けた、岡倉天心。

天心の愛した、北茨城の小さな漁村、五浦。
ここにもまことの日本のスピリットが
感じられます。

高い岩場の先端に突き出した、六角堂。
何も無いこの小さな空間で、
天心はいつも瞑想していたそうです。
天心の脳はこの時、マックスに活動し、新しいアイデアで
溢れていたのでしょう。

横山大観、下村観山等、日本屈指の芸術家を育てた
美術学校もこの五浦にありました。
まるで、禅寺の様な学校だったそうです。

日本がこぞって西洋文化を吸収し、西洋化しはじめた時代、
岡倉天心は「日本に立ち返れ」と叫び、
変人扱いされましたが、西洋の有識者からは
とても尊敬され、理解され、高い評価を得ました。
天心の思想は逆輸入のかたちで日本に知られいったのです。

天心の感性は百歩位先を行っていたのでしょう。
まさに今の私達に必要なメッセージだと思います。

もしかしたら日本人の脳には、
古〜い時代にインプットされた使命が
記憶されているのかも知れませんね。

日本人があるべき姿に立ち戻ったとき、
記憶再生が起きるのでしょうか?
世界が変わる(チェンジ!!)かな?

「日本のこころ」が世界で大きく花開く時は
近いかも知れませんね。

茂木先生と岡倉天心が五浦の岡倉邸の庭で
五浦海岸に浮かぶ丸い月を愛でながら
世界の未来について歓談している姿が目に浮かびます。


投稿: 丹尾 睦 | 2009/08/27 12:55:42

茂木先生 こんにちわclover

>脳の可能性は無限である。
>脳に手遅れはない。何歳になっても、脳に適切な負荷をかけ、それなりの習慣を身につければ脳の働きを向上させることができる。その先にあるのは、無限の歓びである。この地上での、短い人生。自分の脳の可能性を、大いに引き出してあげようではないか。

なんて 勇気付けられる文章でしょうかnotes

けれど 脳を鍛錬するとともに
体力を つけて(あるいは維持して)いく必要があると言う事にも
気づきますcoldsweats01
人間は 生物なので そこそこのメンテナンスが 必要でもあり
器(身体)あっての 脳だと痛切に感じる このごろです。

集中力のつけ方についての本を
是非sign03茂木先生に 執筆していただきたいものです。
(すでに されていましたら 失礼)cat

投稿: Lily | 2009/08/27 11:13:09

茂木先生お早うございます。
今朝もキラキラ、さわやかな朝ですね。窓から見える空は、子供部屋の壁紙のような優しい水色。そこにやはり壁紙の絵のように止まったままの、雲らしい形をした雲がいくつも浮かんでいるのが見えます。
先生の、「脳の饗宴」についての記事で目にとまったところは、まず、日本のウェブについてのところ(お気楽な暇つぶし)でした。ほんと、エレベーターに乗って降りるぐらいの感覚でしか頭にとどまらない、すぐ忘れてしまう情報、壁掛け日めくりカレンダー(うちにはありませんが。)のような、次の日には捨て去られてしまう情報が日々更新されているのを見ると、あぁ、今日も日本はなんだか平和なんだな(弛緩という意味で。)と感じます。お気楽だという思いの先には、これでいいのか?という声。そういうネタが、人と人をつなぐ役割をしているとしても、内容はほとんど噂話レベル。そんな軽いネタしか入り込めないほど頭が疲れているのでしょうか?いや、たださぼっている、頭をさぼらせているだけ?頭の一部はもちろん使っているでしょうが、喜びを与えてくれるであろう沢山の部分は眠らせっぱなしなんだということを改めて思いました。
脳を輝かせることについて書かれた文節、夏目漱石の文章のように、キラキラしていました。読む側の目も、キラキラ輝きました。
たくさんの人に、そんな輝きを伝える先生が今日もよい一日を過ごされることを願います。素敵な朝になりました。ありがとうございました。

投稿: 無国籍風ねむねむ | 2009/08/27 10:30:55

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