« 積分の計算 | トップページ | 脳のアンチエイジング スタジオ観覧者募集 »

2009/08/12

And there will be life

And there will be life

12th August 2009

The Qualia Journal

http://qualiajournal.blogspot.com/

8月 12, 2009 at 07:36 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: And there will be life:

コメント

今日は辞書をひきひき読みました。
知らない単語がいっぱいでした♪

茂木先生、さすがにvocabularyが豊富ですね♪

全く同じこと、私も経験しました。
(・ω・)/
近くに小さな空き地があって、そこが放置されている間にいつのまにやらジャングルと化し(背丈を超えそうな緑!)紋白蝶や黄色い蝶がアザミの花のまわりをフワフワ飛んでいるのです。
(放置しておくと自然のパワーって凄いなーっ)と通るたんびに感心していました
(雑草がこんなにパワーあるってことは野菜作る時は雑草抜かないとダメなんだろうなぁ)
そんなこと考えていたら、いつのまにやらそのジャングルは、もとの更地に整地されてました。
除草剤をまいたのかな?
雑草も少なくてあのジャングルが空と消えてしまいました。残念~(>_<)
夏草の懐かしい香りがいたしましたのに。
確かに人間の近視眼的な干渉が自然の成長を阻害することはありますよね。
教育ママゴン的???
干渉しない。
要求しない。
コントロールしようとしない。
ここまでは指摘されれば多分できますが。
無意識を意識で抑圧しないで自然に任せる。
は、非常に難しいです。
無意識がジャングルになってしまいます(笑)

投稿: | 2009/08/13 0:04:24

そしてそこに生命があるだろう

どんな現代的な大きな発光体都市の中でも、
東京の土地は大量に利用される。
私の家の近くの場所に珍しい機会があった、
ビルの解体のあとの土地を占領した、
夏の間置きっぱなしの状態に放っておかれた。

最初、不毛の土地のように見えた。
すぐに雑草が伸び始めた。
今は、種々雑多な植物のジャングルのようだ。
あちこちに花が咲いている。
蝶々とトンボは、忙しい都市の景色の中の
緑の延長の上を飛ぶことによって、荒地の
急激な成長を利用する。

それは自然が元の状態になる証明である、
十分な場所と時間が与えられたとき、
自身の体に気をつけることが出来る。
それは人間の方の、積極的な介入を必要としない。
ただ自然に任せてわが道を行く、
そしてそこに生命があるだろう。

私は、いくらかの自然の本質的な部分は、
私たちの近視眼的な干渉に、犠牲にされるのでは
ないかと思う。
無意識は、自然のようである、
そして意識によるひどすぎる妨害は、
心配事のない力学を混乱させることが出来る。

私は、自然と無意識の、自主性の重要性の証明として、
まれな空き地に現れた緑の亡霊の風景を写します。


とても難しかったです。
ものすごくおかしな訳になっていると思います。
すみません。

自然と無意識が似ている。
手付かずの自然と、干渉される心配のない無意識。

人は意識によって、自制したり干渉したりして、
不自由になって、本来の姿から反れてしまうのかも
しれない。
自然に対しても、人に対しても、自身に対しても。
自然に任せて無理をしないこと。

難しい奥の深いテーマだなと思いました。

投稿: | 2009/08/12 23:49:27

ダヴィンチが不思議でした。彼自身は「磨かれた感覚」であるのにもかかわらず、モナ・リザはスフマート(ぼかし技法)で。そこに彼のスピリットがあって、モナ・リザの微笑みはまるで、観るものの心の中で、孵化を待っているかのようで。"寝かせること"、"遊ばせること"、
そして"孵化までのスフマート"。
それらを今、大切に想います。
茂木先生もいつも、そのことをお話しくださっているよう思います。

投稿: | 2009/08/12 13:04:08

夏の盛りには、ますます、そう感じますね☆

投稿: | 2009/08/12 10:14:39

茂木健一郎様
茂木さんの眼にとまった蝶や蜻蛉は、どこから
やってきたのでしょうね。自然は素晴らしいですね。
自然は繊細だけど、雑草の逞しさ、植物は
地球で自然界で最も強いのではないでしょうか。
私、思います。茂木さんの様なお方でしたら、
きっとどんな場面でも正解に導いていかれる人間だと。
いつも太陽のような人間であってくださいませね。

投稿: Yoshiko.T | 2009/08/12 9:37:55

コメントを書く