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2009/07/09

出会い

イネス・リグロン(Ines Ligron)さん
とお話しする。

美とは何か。

「選択」や「決断」を自ら
行うことができ、自分の内なる声に
耳を傾けることができる
人こそが美しい、というイネスさんの
お話は興味深かった。

イネス・リグロンさんは、森理世さん
を2007年のミス・ユニヴァースに
育て上げたことで知られる。


「彼女たちが、トレーニングの
ために私と一緒に住むでしょ。
そうしたら、まずは、朝食の時に、
何が飲みたい、コーヒー、それとも
紅茶、って聞くの。
私は何でもいいです、と答えたりしたら、
そんなことではだめでしょ、自分で、
何が飲みたいのかはっきりと言えなければ
だめでしょうと、そこから始める。」

「私の家に、たくさんの服が
あると思っている人がいるけれども、
むしろ千の本や雑誌がある。それで、どれでも、
好きなところがあったら、頁を
えいっと引きちぎっていい、
そう女の子たちには伝えてあるの。」

選択、決断の積み重ねこそが
美であるというイネスさんの
理論。

早稲田大学国際教養学部の授業。

試験前の最後だったので、
今までの内容を振り返った。

明治大学にて、合田正人先生
との「脳科学と哲学との対話」
第3回。

「自由意志について。」

合田先生の最初の提題が
すばらしい。

「人は自由になったと思った時に、
かえって、最もとらわれてしまっている
ということがあるのではないか。」

自由意志の問題は、広がりが
あり、やっかいであり、
そして深みがある。

90分間では、とてもカバーできなかった。

『脳とクオリア』 (1997年)第9章
では、自由意志の問題を論じている。


有限アンサンブル効果。『脳とクオリア』第9章より


認知的アンサンブルと自由意志。『脳とクオリア』第9章より

あれから12年経って、ようやく、
心脳問題の根本として、クオリアや
偶有性と絡めて自由意志を議論する
内的状況が熟した。

合田正人さんは、「私は偶有性とは自己
と非自己の境界の問題であると考えている」
とおっしゃった。

同意する。

そして、脳科学におけるボディ・イメージの
データが示唆しているように、偶有性が
自己と非自己の境界にかかわるわけであり、
ここには自己言及的な構造がある。

合田正人さんは、スピノザが大事である
とう直感を述べた。

講義が終了後、合田先生と歓談する。

野澤真一、関根崇泰がいろいろと
議論する。

野澤は、ずいぶんといろいろ御教示いただいた
ようだ。

早稲田大学の稲吉啓史くんも来て
談笑する。

稲吉くんはお土産をくれた。ありがとう!



野澤真一、合田正人さん、関根崇泰


合田正人さんと、関根崇泰


稲吉啓史くんも議論に加わる(左端)


野澤真一と合田正人さん

二次会で訪れた
『人魚の嘆き』の七夕の飾りに、
読売新聞の鵜飼哲夫さんの短冊が
下がっていた。

「出会い 鵜飼」

と願いが書いてあった。


鵜飼哲夫さんの切ない願い。

7月 9, 2009 at 08:52 午前 |

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コメント

自由であると感じるそのイリュージョンはどうして生まれるのか?
ということの方に関心が向く、という野澤さんの発言に
共感できました。
といっても、私の場合は、素人の実感というレベルではありますが。

自由意志でおこなったという感じを持っているかどうか、と、
科学的に自由意志が存在しているかどうかは、
何処かで分けて説明して貰えたら分かりやすいのにと思いました。

確率的にせよ、過去現在未来の、すべてが決まっているとしても、
人間サイズの「私」たちにとっては、
開けてみなければ分からない扉だらけの、この世界。
どの扉でも開けられそうな期待と、
どれも開けてはいけなさそうな不安とに、
心は、時々フリーズしてしまうほどです。


犯罪の責任能力についての話が出ましたが、
自由意志によって行なったのか? と訊くよりも、
行なったことの結果に責任を持つ自覚があったかどうか、
そして、
結果を予測できていたかどうかも重要だと思います。

なので、たとえ、統合失調症や脳の腫瘍などの 物理的原因があって
犯罪が起こった場合でも、
わざと罪を犯そうとする自覚があった場合や、
行動の結果を予測する義務を怠った(予測できたのにしなかった)場合は、
相応の責任能力あり、と判断されるのではないでしょうか?
いかなる病変や物理的原因が脳にあったとしても、
「わざと」とか「怠った」などの自覚が
ほんの少しでも持てていたなら (外部からそれを判断するのは難しいと思いますが)、
(ハンデはじゅうぶんに考慮すべきだけれど)全くの無罪となってはいけないと思います。心の中の、罪の意識という自覚を尊重し、更生するためにも。

責任能力が正常だった場合、
わざと罪を犯したことは?義務を怠ったことは?
そこまで拡張して考えるのは、一般人の私には無理なのでしょう。
そういう犯罪を育ててしまった生育環境という社会全体に責任があり、
犯罪者だけにあるのではない、と、科学プラス哲学の力で、
ほんとうにそう思える私になれたなら、
社会全体がそう思えているなら、
数多く未然に防げるようになるのかも知れません。
そうなってほしいです。

投稿: Mizno Yuli | 2009/07/11 4:15:56

先生が英語で日記を書かれている間にコメント一つ。まにあうかしら。(・ω・`)


先生、私も雑誌等でViViViときたものは切りぬいたり頁をちぎったりしております♪


自由意志、確かに枠内で動くことは窮屈なようで動き易いのですが、いざ゛ご自由に゛と言われると急に何をしてよいのかわからなくなることがあります。ぽーんと宇宙に放り投げられたような。。大袈裟でしょうか。σ(^ω^;)


それでは先生、本日も雨ではございますが、足元お気をつけて、行ってらっしゃいませ。(*⌒∀⌒*)ノ☆☆。・゜゜゜・。☆

投稿: wahine | 2009/07/10 7:47:26

こんにちは

紙と鉛筆を渡されて、「これで、自由に漫画を描きなさい。キミは大金持ちだ。」と、自由だと言われても困ります。結婚式で「自由にしゃべってくださいと」急にスピーチを頼まれれるのも困ります。

人間には、有限の自由にする能力があり広げる事ができますが、それ以上の自由を与えられ場合、不自由に感じるはずです。


あれ?茂木さん、またお酒飲んでいません?。ソニーサイエンス研究所では、お酒に強いのも必要条件のようだ。(^^)

投稿: 自由意志のクオリアby片上泰助(^^) | 2009/07/10 2:38:02

↓続き②
余談ですが明治大って「リバティーアカデミー」って、市民向け公開講座の授業があるんですね♪
今資料拝見していたら「日本文化の深層を探る」とゆー大変魅力的な講座があり、行きたいなぁと思いました。
内容を拝見したら、定員40名平日昼間10回で入会金込みで大体3万円でした♪
私が「この講座」で残念だけど行けないなぁと思った点は(他にも多種多様な講座がありますが)
①値段(一度に3万円は庶民猫にはキツいです笑)
②時間(平日昼間は参加しにくいです。夜も残業あるし)
でした。
例えば同じ内容でも定員を500~1000人にして
①値段は半年で1万円位♪ (10回単位だと先が見えないので申し込みしにくいし、途中参加も難しいです~)
②時間は日曜日(ここが味噌!)
なんていうのがもっとあったらいいなぁと勝手に思いました♪(不愉快になった方がいたらゴメンナサイ)
茂木ぃ先生も↑こんな条件で市民向けにいつか寺子屋やっていただけたら嬉しいデス

投稿: 眠り猫2 | 2009/07/10 1:03:22

↓続き
自由意志とresponsibilityの問題ですが、昨日犯罪を犯した時に責任能力があるかどうかが凄く今問題になっていると茂木ぃ先生仰ってましたよね?
それで昔昔に見た映画思い出しました。(子供の時分)
名前も内容も分からない洋画なのですが、殺人鬼?がラストシーンで警察に捕まった時に「俺は精神異常があるから、捕まったてすぐに出てこれる!出たらまた同じことをしてやるさ!」と叫び、その場で刑事に射殺されるというものでした(多分) その時「そうだ、心神喪失状態と判断されたら、人を殺しても無罪になる場合があるんだ!殺される側からしてみたら不条理だ!」と思ったものです。
今だって少年法とかありますが、少年だったら人を殺しても罪が軽くなるとか、心神喪失なら無罪になるとか何かがおかしいと思います!
世界で唯一人しかいない人を他人が殺しておいて、少年だから、心神喪失状態だから罪が軽くなるとかあるんでしょうか?
茂木ぃ先生はどう思われますか?
自分の命に対しての責任については「海を飛ぶ夢」とゆー映画が、あとからジワジワ凄かったです。

投稿: 眠り猫2 | 2009/07/09 23:56:48

『(自己実現者=人々の中で最も成熟した人たちは)自分たちが重要ではない、または個人として彼らにとっては主要な関心事ではないと考える事柄の大部分を受け入れるという一般的な傾向があることを見い出すことができる。
髪型(笑…引用者)、丁寧な態度、パーティーでの振る舞い方などは(自己実現者の)誰にとっても 主要な関心事ではなく、彼らの反応はただ肩をすくめるだけということにもなりかねないのである。これらは道徳的問題ではないのである。』
A.H.マズロー“人間性の心理学”より

でもこれは、自己実現者に自律性が欠けていることを意味するのではなく。自律性が必要な場面では誰より自律的であれるのだと思います。

それに、自律的であろうとして自律的なのでもなく。
ただ、自分への信頼が強く、安心して内面の声に耳を傾け、それを場面に応じて怖れずに表出できるだけだと。

決めなくちゃいけないから決める、というのとはちょっと違うかな…、と。

先生と会田さんのおっしゃる“自己”が、何を意味するのかが、イマイチわからなくて…。不勉強で申し訳ありません。
ユングの“自己”とは、もちろん違うんですよね。

この問題の今後の行方を、楽しみにしております。

鵜飼さん。名前書かなければ、発表されなかったのに…
なんと突っ込んでいいものやら。とんと分かりかねますわ(困…笑)

投稿: Oceangreen | 2009/07/09 23:55:37

茂木ぃ先生、いきなりですが聴いて下さい~
(・ω・)/
今朝今まで見たことない蝶々に遭遇いたしました!!
大きさ7センチ位でしょうか?(割と小ぶり)物凄く綺麗なエメラルドグリーンの蝶で、黒い縁取りがあるのです!!
地上50センチ位の所を前方からフワフワ飛んで来て、何故だか私めの周りを旋回してくれて、「捕らないから見せて~(>_<)」と念じたら、地面に止まってくれました!!おおっ信じられな~い
写真撮ろうとしたら、携帯忘れていてガックリでしたが、心の眼でパチリと焼き付けました♪
なんて綺麗だったのでしょう~朝からウットリしちゃいました
エメラルドグリーンの蝶だなんて、宝石みたいですね♪
蝶々って本当に美しいですね♪
美といえば、自分で選択し決断できることが美であるって、潔さの問題でもありますよね。
決断するとは同時に責任を負う覚悟でもあるのかしら。
自由意志とresponsibilityにもつながりますね♪

投稿: 眠り猫2 | 2009/07/09 23:31:39

イネス・リグロンさんの教えは、
人が生きる上でも必要だと感じました。
能動的に自主的に、自分の人生を生きる。
自分から生きる態度と覚悟を育てる
トレーニングみたいだなと感じました。

誰かに決めてもらうのではなくて、
どんなに小さな事も自分で決める。

自分の判断基準を自分の中に持つ。
それを育てるために、好きなもの
良いと感じるものを、収集して、
基準の実感が掴めるように訓練する
と、自分の傾向が解るようになるのかな。

好きな飲み物を選ぶ。さっと決める。
迷う時間を短くする。
子供でも大人でも必要な訓練かもしれません。
私にも必要な訓練かもしれません。
選択、決断の積み重ね。
生きる力を付けるのにも、大切な気がします。
不惑を過ぎた自分なのに、迷うことも多いので。
しっかりせねば!自分。

参加なさった皆様のコメントの熱いレポートを
拝読できて、熱気が伝わってきました。
貴重な特別講義のご様子を想像して、
一人頭の中でイメージを膨らませています。
おかげさまです。ありがとうございます。

茂木先生、合田先生、皆様、お疲れさまでした。

講義後のご歓談も、充実された和やかなお時間が
伝わってきました。良かったですね。

投稿: 発展途上人 | 2009/07/09 22:36:38

駿河台の明治大学、アカデミーコモンに来るのは、昨日で2回目。中へ入ると、きりりとした、アカデミックな質感が、静かに、かつ、わっと立ち上がる。

昨年、建築家の安藤忠雄さんと茂木さんとの対談を拝聴すべく、東大の福武ホールを訪れた時も、同じような質感(クオリア)を感じたのを覚えている。

ホールに入ると、気が引き締まる。茂木さんの闊達な講義が始まる。壇上の博士は“知の総力戦”に挑む“闘う智者”そのものだった。

最初に、合田教授の紹介された「自由だと思った途端、そこに隷属されてしまう」という至言や、人は“自由の刑”に処せられている、というサルトルの残した言葉…。

講義が終わって、1日たったきょうでも、これらの言葉が、脳の中でグルグル廻っている。

自己と非自己の境界線に偶有性が横たわっていて、そこに“自由意志”が絡まる、などの「自由意志」にまつわる複雑で多岐な問題が横たわっていることを、この講義を聞くことで、強く感じざるを得なかった。

もっとも印象に残ったのは、意識の正常な状態で、ボールをよけてい状態と、イメージトレーニングでボールをよける練習をしている状態、統合失調症で、幻の中でボールをよけていると感じてしまっている状態は、果たして自由意志と呼べるのか、脳のある部位の損傷が原因で、自分の親や兄弟や恋人などを、実は宇宙人やロボットなどと思ってしまっている「カプグラの妄想」と呼ばれる状態は、自由意志によるのか、という問題を提示された時だった。

うちへ帰ってからも、このことがズッと頭にこびりついていた。

考えれば考えるほど、茂木さんが講義で言われていた通り、これらは自由意志にまつわる、実にただでは解し難い、厄介な問題の一つとしか感じられなかった。

そうした、難解極まる厄介な問題に、クオリアなどの問題を含めて取り組んでいこうとされる茂木さんの、強烈で、真摯な思いが放たれた昨日の特別講義であったと思う。

今の我々は、こういう難解だが、人間精神の根幹に関わる切実な問題をなぜか避けているように思える。みんなが「お気楽」で「わかりやすい」問題へと向かっていっているように思える。

けれども「お気楽でわかりやすい問題」よりも「解し難く厄介な問題」のほうが、私達の中に普段眠っている、インテリジェンスの種を目覚めさせる大切な“養分”になるはずなのではないか。

我々は本当に『自由』なのか? 

サルトルのいうように『自由にならない自由』を選べないようになっているのではないか?

…このように、自由意志の難しい問題も含め、自己の内面を見つめ続ける己でありたい。昨日の講義以来、その思いが強くなっていきそうだ。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/07/09 20:10:03

茂木先生 こんにちわ

美とは。
自由とは。

それぞれの 価値観があり
それによって
それぞれの人の時間が 作り上げられていく気がします。

誰もが
美しく また 自由でありたいと 願っているはずなのに
何故 日本の 例えば 街並みは そうではなく
毎日ラッシュアワーを体験する人が多いのでしょう。
フレックスタイムは どこへ消えたのでしょうか?
GWの 帰省・Uターンラッシュも 同じですし。

”この地に生まれ住んで幸せだよ

そんな言葉が

海外の人達より
・・モチロン すべての人達と括れはしないけれど・・
聞こえてこない気がします

意識をもっても
手にする事が 難しいので
あきらめてしまう人達が多いのかもしれません。
色々な 事情・言い訳を つけて・・。

でも もしかしたら。と考えます。

違う角度から 見直すことで
それらに 近づく事は たやすいのかもしれないですよ。
希望や 意識する事から 逃げなければ

投稿: Lily | 2009/07/09 20:09:50

選択と決断の結果が「美」につながっていく、そんなことが出来る人になりたいです。

投稿: ふぉれすと | 2009/07/09 12:02:10

茂木健一郎様
本当にわかるということは
本当に難しいのだと思っています。
選択や決断よりも遥かに難しいことだと。
けれど、時をかけて発酵するように
わかること、開けたというように
わかること、こういうことを
わかっていきたいと思います。


>『脳とクオリア』 (1997年)第9章
では、自由意志の問題を論じている。
あれから12年経って、ようやく、
心脳問題の根本として、クオリアや
偶有性と絡めて自由意志を議論する
内的状況が熟した。

なにごとも広がりが
あり、やっかいであり、
そして深みがあるものは、
十年とか十二年とか
かかるのですね。
しみじみ教えていただいています。
ありがとうございます。

投稿: Yoshiko.T | 2009/07/09 11:11:35

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