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2009/07/09

脳で旅する日本のクオリア

『脳で旅する日本のクオリア』 (小学館)

雑誌『和樂』に連載されていた
「日本のクオリアを旅する」
が本になりました。

行き先をコーディネートしてくださり、
また毎回すばらしい解説をつけて
下さった橋本麻里さん。

髭とにこにこパワーでぐんぐんと仕事を進めて
くださった渡辺倫明さん。

小学館の清水芳郎さんには単行本化に当たって
ご尽力いただきました。
挿入されている写真は、浅井広美さんに
よるものです。

私にとって、さまざまな発見が詰まった
大切な本です。

皆さん、ぜひお読みください。


『脳で旅する日本のクオリア』の完成を祝って
渡辺倫明さん(左)、清水芳郎さん(右)と。
(2009年7月8日 明治大学にて)


あとがきより

 こうして、日本のクオリアを巡る旅を振り返った時に浮かび上がってくるのは、日本という小さな島国の中にさえ顕れる、世界の多様性に対する感謝と驚嘆の思いである。
 「日本」は、決してひとまとまりでも、定まったものでもない。日本列島は地理的に海に囲まれ、歴史的にもある程度独立した経緯をたどってきたことは事実である。しかし、日本は決して外界に対して閉ざされてきたのではない。「鎖国」政策をとっていた江戸時代でさえ、日本は閉ざされていなかった。周囲の世界との行き来はあった。
 そもそも、固有のクオリアというものは、閉鎖系ではなく開放系の中にこそ育まれるもの。私たちはついつい「名前」をつけてそれで安心してしまいがちである。「日本」というラベルをつけると、そこに動かしがたい実体があるように思ってしまう。しかし、実際には違う。「日本」は揺れ動き続けている。オリジナリティと影響、感化と受容の関係は微妙で豊かである。私たちが「日本固有」のものと思っていることの多くが、外国からの影響の下に育まれた。逆に、この島国からも、諸外国に多くのものが「贈りもの」として差し出されてきている。
 開かれていてこそ、ある文化圏は豊かに育まれる。一人の人間も同じこと。成長し続けるためには、自分が何ものであるかと決めつけてはいけない。組織や肩書きで人間を評価するなど愚かなこと。脳は本来完成型のない「オープン・エンド」な性質を持っている。私たちは一生学び続けることができるはずである。それにもかかわらず、自らのすばらしい可能性を閉ざしてしまう例が散見されるのは、自分が何ものであるか決めつけて、それで安心してしまうからである。
 「日本のクオリア」も、開かれ続けることで育っていく。自分が生まれ育った文化を愛するのは人間の自然な心情である。やたらと外国かぶれになっても仕方がない。西洋の事物を自分なりに吸収し、解釈しても、本家の人たちはそれほどの感謝をしてくれない。彼が本当に求めているのは、日本人ならではの、独特の世界観と感性に基づく何らかの「贈りもの」であろう。例えば、「寿司」の文化が世界各地でいかに歓迎されているかを見よ。
 しかし、自分たちの歴史や文化に誇りを持つということと、頑なになることとは違う。伝統というものは、それが生きたものである以上、必ず私たち自身の生命の更新プロセスと共鳴しなければならない。生命の本質は、開かれているということである。変化し続けるということである。容易には予想ができない偶有性を抱きしめるということである。そのことさえわかっていれば、「日本のクオリア」を愛することは、決して頑なな拝外主義者への道ではない。
 そもそも、クオリアには、決して言葉では記述しきれない機微がある。たとえば、白神山地の森の風情。あの手つかずの大叢林に包まれた時に胸を去来するものの中には、どんなにそのことを考えても尽くすことのできない不思議な感触があった。
 あるいは、熊本で訪れた「トンカラリン」の遺跡。暗く狭い道を通り、やがて陽光のあふれる外界へと出る。自分が誕生した道筋を再体験し、死と再生を言祝ぐかのような設いのあの場所が、一体誰によってどのような思いでつくられたのか。現代において、そのような場所はあるのか。考え思うほどに、自分の中でざわざわと動き出すものが感じられる。
 クオリアは、その場で記号のように消費され尽くされるものではない。寄り添えば寄り添うほどに、多くの恵みが得られる文脈。自分の生命がゆっくりと育まれる現場。たとえ、もはや変化をせず、永遠に留まりゆくもののように思えても、そこには必ずや私たちの生命の変化を促す契機がある。
 そもそも、私たちの脳の変化はゆっくりとしている。私たちはむろん動物で、ある程度の速さで運動しなければ用が足りない。身体の運動を制御する神経細胞のネットワークも、それなりの速度で作用するように設計されている。
 その一方で、私たちが世界とのかかわりの中から学び、育ち、やがて面目を一変させるそのプロセスは、大変ゆっくりしている。それは、植物が伸びるありさまに似ている。私たちの脳の中の神経細胞どうしをつなぐ「シナプス」と呼ばれる部位がどのように強化され、あるいは減じるか。その変化は、日々の経験が積み上げられ、整理される中で、ゆったりと変化していく。
 自分が愛すべきクオリアを見つけたら、それに寄り添うべきである。そのことで、脳の生理作用のテンポが私たちに恵みをもたらしてくれる。例えば、千利休が創始した茶の湯の芸術性に縁があって感染し、深く心を動かされたとしよう。たとえ、世界全体から見たら茶室の中で起こることは小さく見えたとしても、実際にはそこに無限の奥行きがある。どれほど真剣に寄り添っても、営為努力しても、試行錯誤を重ねたとしても極めることのできない宇宙がそこにある。だからこそ、「道」というものができる。クオリアは、無限の航路の水先案内人に過ぎない。
 見いだせ、愛しめ、そして捧げよ。古の人は、地平線が限られた世界に暮らしていただけにかえって、インターネットの情報の海に翻弄されてあれこれと移り気な現代人よりもよほど、生命ののびしろの本質に通じていた。
 閉ざしてはいけない。「日本のクオリア」を開かれたものとしてとらえることは絶対に必要である。しかし、それは、必ずしも「諸外国との交流を通して」といったお題目においてのみ把握されるべきものではない。たとえ物理的には日本に留まっていたとしても、その限られた空間の中に、無限のヴァリアエーションがあり、成長の余地がある。そもそも、クオリアの空間はこの現実のそれとは独立している。敢えて言えば古代ギリシャのプラトンが言うところの「イデア界」に通じている。だからこそ、日本のクオリアに沈潜する時、私たちはすでに日本という地理的限定を超え始めている。入り口は「日本」にあるかもしれない。しかし、その狭い入り口から達することができるのは、世界よりも私たちの頭の中よりも広い内的宇宙である。
 クオリアを魂の成長のきっかけとすること。旅を続けるうちに私の心の中にあったのは、そのことだけだった。むろんそれは、世界についてあれこれと考える理屈とも無縁ではない。論理と感性は分離していると考えがちだが、理想的な場合に両者は融合する。すぐれた芸術作品は、ロジックと感受性の結婚の奇跡を示す。
 日本のあちらこちらを旅しながら、私は、自分の内側の科学者としての論理と、一生活者としての感性が融合して渾然一体となる奇跡に、何度も立ち会うことになった。その現場での出来事のあれこれが、この一冊の本の中に記録されている。
 クオリアとは不思議なもので、実際にその場所に行かなければ感触が得られない。どれほど情報を集め、写真を見て、映像を眺めても、その空間に包まれてみなければ、立ち上げることができない。
 その場所に立った時、自分の内側にどのようなクオリアが感じられるか。自分という楽器が、どんな調べを奏でるか。魂がどんなふうに共鳴するか。そのような自分のありようを見つめることは、旅をすることの最大のよろこびである。
 クオリアを受容すること。そのことが、旅をすることの最大の意義となる。そして、クオリアと出会うためには、自らの生命が震え、周囲と交感し、それがやがて意識の中で定着されるという一連の過程が必要となる。
 本書は、小学館の雑誌「和樂」に連載された「日本のクオリアを旅する」を中心に、日本のクオリアを巡るさまざまを書き綴った文章を集めたものである。単行本化にあたって、文章の一部を修正、加筆した。
 連載「日本のクオリアを旅する」は、編集者でライターの橋本麻里さんが毎回行き先を選定し、旅程その他をアレンジして下さった。橋本さんの広い知識と鋭い感性、そして何よりも対象に対する深い愛のあるお仕事がなければ、私はここで出会ったものたちに遭遇することはできなかったろう。ここに、橋本さんに心からの感謝を捧げる。
 また、「和樂」掲載にかかわる編集のさまざまは、編集部の渡辺倫明さんにお世話になった。渡辺さんの、いつもにこにこと笑顔を絶やさない姿勢に、どれほど慰められたかわからない。旅先で酒を酌み交わす友人としても、渡辺さんにはとてもお世話になった。本書に挿入された写真家の浅井広美さんによる作品も、渡辺さんのセレクションによるものである。ここに深謝する。
 最後に、本書を手にとって下さった読者の皆様へ。私が訪れた日本各地の現場にいつか皆さんも旅をして、現地に行かねば感じられぬ「クオリア」に向き合う時間の恵みもたれんことを、著者として心から祈念いたします。

2009年5月 東京にて 茂木健一郎

7月 9, 2009 at 08:59 午前 |

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コメント

発行記念・講演会に参加しました。
面白いお話し、ありがとうございました。
実は、私はテレビを通してしか、先生のことを知りませんでした。
書店で、書籍を見て、“クオリア”って何だろうか???と
疑問に思い、調べたのですが、なんとなくしかわからず、
新聞で講演会情報を知り、応募しました。
参加して、“組み合わせで、新しいもの(クオリア)が作られる”、“クオリアは感覚”、“旅に行くということは、新しいクオリアに出会うこと”と聞き、「あーなんとなくだけど、それはわかるなー」と思いました。

クオリアを感じるというのは、実質をみるということ、と。
まだ、実は・・・先生の書籍は一冊も読んでいないのですが、旅好きの視点から、「脳で旅する 日本のクオリア」を読んで、それから、ほかの書籍も読んでみようかなーと思っています。

英語でぜひ!本を書いてください!
そんなに読めないけど、辞書で調べながら、読んでみようかな^^

投稿: マートル | 2009/08/02 10:02:18

こんばんは。「日本のクオリアを旅する」 出版 おめでとうございます。
日本は 至る所に 神様や聖霊 の宿る 森、湖、滝、山々が たくさんありましたね。そして 先祖代々大切にしてきたはずなのに。
その信仰が 途絶えかけているのは 戦争で 祖父母からの 教えや自然、敬う心、感謝の 心を 伝える事が 断絶させられたから と 思う。 見える物に固執してしまっているように感じる。
本当に大事なものは 何か ? 何を伝えたいのか? 目を閉じ 耳を傾ける。
自分の感情は 端に置いて 本質を 確かめる。
ようやく 昨年から わかってきて、 自身が楽になった。 心の声= クオリア に通じているような。もう一度、素晴らしい日本の 人々の心を思い出してほしい。 癒しでもパワースポット でも きっかけは いい、場のクオリアを 感じる(思い出す)人が 増えることが 大事な繋がり になることと 信じています 。 と共に ・・・・。

投稿: | 2009/07/11 1:22:25

自分は何者なのかを追及しないことかぁ。人生の本質のような気がしていました。そうなんですねオープンエンドか。ありがとうございました。
そう言えば、カテゴリーを開こうとしたら、茂木さんはカテゴリーを作っていらっしゃらないんですね。まさにオープンエンド。

投稿: | 2009/07/10 20:34:04

必ず拝読いたします♪
島田雅彦さんとのクオリア再構築も♪
とても楽しみです♪
私が今興味あるのは日本文化かなぁ~♪
古今和歌集や源氏物語、平家物語、日本の神話学、能、沖縄の神様、利休、日本の建築や庭園、織物、十一面観音といったほとけさまetc.etc.etc.(+それに伴う深層心理)
未知なるテーマはザックザクです♪
知らないことを知るのって、私は今一番楽しいかも♪
今は和泉式部の日記にはまってます。
1000年の時を隔てていても和泉式部様を何故か身近に感じます♪
凄く魅力的な方です♪
現実にお会いしたかったなぁ~ 茂木先生の「脳と仮想」で取り上げられていた
螢の和歌も大好きです♪
白洲信哉さんの本も凄く凄く楽しみです♪
白洲さんのブログも拝見していますが、本当に茂木先生と仲良しで美しいです♪
では今日もよき良き日を♪

投稿: | 2009/07/10 9:39:47

茂木健一郎さま

東京都は町田市

曇りですが、風が

昨晩の半井小絵さんの週末気象予報、曇り!

釣りに良い!ところで風が、今度は気になりだしました

うーん

シュール

井上陽水さんの楽曲

TEENAGER
聴きますと、陽水さんシュールとともに
クオリアと
凄いですよね井上陽水さん

投稿: | 2009/07/10 7:42:48

茂木先生、おはようございます♪


『脳で旅する日本のクオリア』の発刊おめでとうございます。あとがき。。何度も目を通し、感動し、心が震えました。

投稿: | 2009/07/10 7:21:52

茂木さん、Hello♪(^-^)今日は驚く位♪一段と忙しく♪眠い目を擦りながらも♪でも♪充実した一日となりました♪ところで、茂木さんは何のジュースが好きですか?♪(^3^)それでは茂木さん、また今度です。

投稿: | 2009/07/10 4:38:53

『脳で旅する日本のクオリア』是非読ませて頂きます。茂木先生をテレビで知ってから本やクオリア日記を読むのが毎日の楽しみになってます。
私の中で思う正しさや人に聞いたりできない何故?と感じる疑問、理解できない事の答えやヒントが茂木先生の言葉にはちりばめてあって、宝探しの様です。

茂木先生が研究されてる事は難しくて分からないけど、先生の言葉や物腰に出会った今の私は前よりずっと充実した日々を過ごせるようになってとても幸せを感じています。感謝です。

投稿: | 2009/07/10 1:28:20

茂木健一郎さま

これは、全ては

茂木健一郎さまの書籍のスタイルとして堂々とされた清々しさ

たぶん、ですが

茂木健一郎さまだけで作り上げた!と、茂木健一郎さまが世にお出しになられても 正しくて

しかし、私は

今、ここから
すべての
場所へ

決定的な野球で例えましたら
決勝の満塁ホームラン!
文学賞に輝きの事実
と、私、なりの考えです。
ますます

今、ここから
すべての
場所へ

作品の重要性と輝き、を拝読させて頂きますと
とても感じ入ります。

授賞式
京都でしたでしようか?
授賞式、華やかで素敵な授賞式と、すでに想像です。

投稿: | 2009/07/10 0:10:42

こんばんは~ 茂木先生~~~♪

先生の本、読むのが沢山ありますね~(笑)
『セレンディピティの時代』読み終えましたよ~
この中で“脳の散歩”納得です。
普段ウチの中にいる私にとってはなおさらの事!
ほんとに、決まり切った習慣をなぞってるんですよね~
それ以外のことを発想することすらできない。
その通りです~

宮本武蔵の言葉も、そのまま私に言われてるみたいで~

自分自身を振り返れてよかったです!
それと次はセレンティピティの時代と一緒に購入した
『脳はもっとあそんでくれる』を読み始めました。

先生の本は私の「先生」です!

投稿: | 2009/07/09 21:43:59

ども、初めて書き込ませてもらいます。
茂木さんのこちらのブログは最近知って興味深く読ませてもらっています。
自分の人生の姿勢にも少なからず影響を与えているのかなという
内容もあり、こちらの文を読むのも自分の脳に変化が
あるのかなという感じです。
意識的に「開く」というのは面白いですね。
更新楽しみにしています。

投稿: | 2009/07/09 20:07:11

アインシュタイン博士のTシャツ!お似合いです。
Tシャツの博士も「お疲れさま」と
話されているみたいです。

ご著書『脳で旅する日本のクオリア』
先日の『セレンディピティの時代』
と併せて近いうちに拝読したいと思います。

投稿: | 2009/07/09 18:07:28

深いお話をありがとうございます。
考えさせられました。

投稿: ケイズプロダクション | 2009/07/09 16:52:55

「茂木先生の魅力」がいっぱい詰まっていそう!!

投稿: | 2009/07/09 12:03:47

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