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2009/07/28

生きた言葉

黛まどかさんと、
日本の神、文化を巡って対談。

「言葉」と「生命」が焦点として
浮上する。

生きた言葉というものは、その場で
生成されるものであろう。

たとえ、以前からある言葉を
述べる場合でも、自分の生命
という「重み」をのせる、その
傾き方で勢いは変わってくる。

小林秀雄の講演は、実は事前に
練習したものだというが、
聞いている限り、その場で
言葉が生み出されている
ように聞こえる。

ぷるぷると、震えるような
イキの良さがあるからこそ、
聞く者の心にズドンと届く。

こんなことを考えたのも、
黛まどかさんの発する
言葉が、生きているから。
死んだ標本を並べるのではなく、
生きた言葉を並べる秘儀に
通じさえすれば、人は、
たとえばすぐれた小説を書くことが
できる。

たとえば、夏目漱石の
『坊っちゃん』の、こんな文章。

 おやじはちっともおれを可愛がってくれなかった。母は兄ばかり贔屓にしていた。この兄はやに色が白くって、芝居の真似をして女形になるのが好きだった。おれを見る度にこいつはどうせ碌なものにはならないと、おやじが云った。乱暴で乱暴で行く先が案じられると母が云った。なるほど碌なものにはならない。ご覧の通りの始末である。行く先が案じられたのも無理はない。ただ懲役に行かないで生きているばかりである。
 母が病気で死ぬ二三日前台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨を撲って大いに痛かった。母が大層怒って、お前のようなものの顔は見たくないと云うから、親類へ泊りに行っていた。するととうとう死んだと云う報知が来た。そう早く死ぬとは思わなかった。そんな大病なら、もう少し大人しくすればよかったと思って帰って来た。そうしたら例の兄がおれを親不孝だ、おれのために、おっかさんが早く死んだんだと云った。口惜しかったから、兄の横っ面を張って大変叱られた。
 母が死んでからは、おやじと兄と三人で暮していた。おやじは何にもせぬ男で、人の顔さえ見れば貴様は駄目だ駄目だと口癖のように云っていた。何が駄目なんだか今に分らない。妙なおやじがあったもんだ。兄は実業家になるとか云ってしきりに英語を勉強していた。元来女のような性分で、ずるいから、仲がよくなかった。十日に一遍ぐらいの割で喧嘩をしていた。ある時将棋をさしたら卑怯な待駒をして、人が困ると嬉しそうに冷やかした。あんまり腹が立ったから、手に在った飛車を眉間へ擲きつけてやった。眉間が割れて少々血が出た。兄がおやじに言付けた。おやじがおれを勘当すると言い出した。

7月 28, 2009 at 07:08 午前 |

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コメント

茂木さん、こんにちは

坊ちゃんのこの部分のくだりを茂木さんが『気にしている』ことに関して気になりました。

私は、ヒトの心のこういう部分にいつも<アハ体験>してしまいます

つづきはまた

投稿: おちょん☆雀 | 2009/07/29 15:25:03

本当に、誰かの偏見の中にスポッと入ってしまって、押しても引いてもあがいても、その偏った認識がビクともしない、という事ってあると思います。
それが親兄弟だったら…

本当に漱石先生、よくつかんで、生きた言葉で書いていらっしゃいます。

投稿: Oceangreen | 2009/07/29 8:40:45

おはようございます。
いつも朝 拝見させていただいております。

茂木さんのブログの中から まさに偶有性を見つける
ヒントがないか という楽しみで 捜せていただいて
おります。

そのヒントを えさに釣りをしたら
偶有性で 楽しいものが釣れる事があります。

言葉は 海のように広くて深いもののように思います。
時々 流行の言葉が 海面に 派手な看板書きで
浮かんできますが すぐに風化して 流されてしまいます。

私の言葉は 昔よくみかけた自宅の庭にある
人工の池程度で 広げるにはとても大きな力が必要です。
でも 私が 海に出かけていけば 釣りを
する事は 簡単です。
いつも有り難うございます。

投稿: maboroshinosikakenin | 2009/07/29 8:31:43

茂木健一郎さま

おはようございます

生きた言葉

私はクオリアと思います。

夏目漱石さん の、文章
表現は、きれいではないですが描写の本質、質感の奥行きが確かに

言葉の質感、奥行き
その事柄を文章に
微妙なイメージを的確に言葉として具現化、
言葉の種類は限られていますし、言葉を置けば、真似すれば、しかし

私の場合、お魚釣りです
オモリの段打ち
実のところ見た目、今までもオモリの一点打ちに、小さなオモリを間隔を置いて打ったりしてましたことに、ふと

今、そういえば、見た目からすると似ているな!
でも見た目は同じでもアプローチと考え方が違うことは本質ですし
お魚が釣れたのは事実、段打ちを意識した仕掛けでした、偶然としても、私は、あれ?と心に

見た感覚と、それは結果であり思想は別の場合があるのではないのかな、
スキーにしても
見た目は、そのように
しかし滑っている私はコブへの意識は
根性で滑っているのではなく、
ただ
そのコブ、そして次のコブ

高木くんコブ、簡単だろ!

全日本スキー連盟デモンストレーター強化コーチもご歴任され、本当、スキークラブ所属の当時もありがたくの松ノ木敏郎さま

シンプルでありながら的確なご指導にありがたく
松ノ木敏郎さまのお言葉

高木英樹、スキー指導は誰にもしてはダメ!

これも当時からも、今、一人でスキーですが
きちんと守ってますけど
私、高木英樹と漢字も同じ方が今や超一流スキー指導員との

松ノ木敏郎さまは文字である名前

高木英樹、今や超一流スキー指導員、見た場合

どう思われそうでしようね、事実、当時

高木くん国立大学の先生か?意味不明なことを言う人がいて高木くん大学の先生でないのにな!

松ノ木さまのスキークラブに所属の当時、確かに申され

まさか私と同じ名前の方で今や超一流スキー指導員がいるなど

松ノ木敏郎さまも私も、想像は出来なくです今、振り返ってみても

言葉として氏名があるのであれば
見た目の名前は漢字は同じでも

物事スキーへのアプローチは異次元ですのにね。
松ノ木敏郎さまに今でも感謝の私です

一番の感謝は茂木健一郎さまです。

さ、今日も元気にです。

投稿: TOKYO / HIDDKI | 2009/07/29 7:00:47

こんにちは

草食男子とよく言われますが、日本書紀に、名前は忘れましたが、ある、女の神が男の神に結婚を言うが、それはいけないと言うことで、男の神が女の神に結婚を言うことにした、と、言う内容があります。

日本人は昔から、草食男子だったかもしれません。(^^)

投稿: 草食のクオリアby片上泰助(^^) | 2009/07/29 6:12:45

【ぷるぷると、震えるような
イキの良さがあるからこそ、
聞く者の心にズドンと届く。】

黛まどかさんのその瞬間の
お気持ちが詰まった生きた言葉が、
対談の中にも溢れていたのですね。
きっと素敵な俳句が生まれる源は、
感じる豊かな心と、瞬間の思いを逃さずに
表現なさる豊かな自由な言葉の引き出し、
それを両方お持ちだから、淀みなく詠まれる
のかなと思いました。

夏目漱石先生の、親しい人に打ち明けるような
話し言葉のようなお言葉が、その人の物思いまで
伝わってくるような語り口が、
【生きた言葉を並べる秘儀に通じている】から
ということ、貴重な発見を教えて下さり、
ありがとうございます。
文豪といわれた先生の作品が、今も新たに読み継がれている 
理由にも、【生きた言葉】があると感じます。

感動を伝える、思いを伝える言葉。
拝読して、その方の思いが感じられた時、
心が動いて感動でいっぱいになります。
それが言葉の力なのかなと、思いました。

投稿: 発展途上人 | 2009/07/29 0:41:50

芭蕉の言葉として『三冊子』に「物のみへたる光、いまだ心にきへざる中にいひとめるべし」と。

言葉に生命を吹き込むものとは、畢竟、何であろうか?現在の句会(歌会)でも、あらかじめお題が与えられている兼題と、その日にお題が提示される席題とがあり、時間がたっぷりある兼題のほうがいい作品になるかというとそうでもなく、ごてごてに推敲して、結局、当初の勢いが削がれ、単にきれいなだけの句(歌)に終わることも多く、さりとて、席題が得意かというと、なかなかどうして、これがまた・・・。

茂木さんと黛さんとの御対談(『俳句脳』第二弾でしょうか?)に大きなヒントが隠されている予感が・・・。

投稿: 砂山鉄夫 | 2009/07/28 23:55:16

茂木健一郎さま

今晩の半井小絵さんのお見立てによりますと、週末の東京周辺、曇り空に太陽も!

お魚釣り!!


秘技、などと言う必殺技など、お魚釣りでも持ち合わせのない私、

ただ、考え方の御守りとしてお魚釣りで考えてますこと、私なりのお魚釣りとは、パン食い競争です。
一つのパンだけは主催者の手元まで糸が、のびています。
パン食い競争は糸でパンを吊してパクっと!ですよね。さて、このパンにしようと!それは主催者へ続くパン!
その瞬間、糸の先を持っている主催者が糸を引いてパンは上に引かれた図式

せっかく、このパンにしようと思ったのに!
その横の主催者には糸が通じていない動かないパンにパクっと!

この図式です私のお魚釣りの考え方は。

パンが上下に不安定に動いていたらパン食い競争で選んでくれませんよね!お魚釣りでも、私のリールにつながる糸の先、そのハリ先についている餌を食べようとしたお魚の目の前で不安定に上下しましたら?お魚は食べようします?

つまり、パン食い競争と同じ!というイメージをお魚釣りで常にです。

お魚釣り初心者のような私の、あくまでイメージですので、あしからず

さて、寝ます。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/07/28 23:51:17

漱石の「坊っちゃん」の冒頭部分を読むたび、これはまさに“生きた言葉”で、読者に語りかけてくるなぁと感じる。

とても生き生きとしていて、若々しい躍動が「坊っちゃん」にはあるように思う。その中にも、何処か自己批評的なものが潜んでいる。

マスメディアから発せられる言葉は、如何なのだろう?生きているのか、それとも、死んでいるのか。

何故か、同じような言葉ばかりがTV、ラジオ、ネットといわず、繰り返される。それらは、ひょっとしたら「死んだ言葉の標本」の羅列かも知れぬ。

よく「言霊」という。私が思うに、言霊とは言葉に秘められたその人の、生命の息吹き、ほとばしりのことなのではと思う。

そのほとばしりが、その言葉を聞く人の、魂の琴線を震わせる。ぷるぷるとした聞き手の心の奥底を、激しく揺らす。

そういう言霊=生命のこもった文を綴れる者でありたく思うが、…しかし!自分のブログで書いている言葉を読むと、何だか生硬いものが…(汗)。

ネットで言葉を綴る私の生命には、きっと生硬いものが、現われるのだろう。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/07/28 21:19:18

言葉には、その人の人柄が現れますもんね(^_-)

だからこそ…そこで、言葉足らずかもしれなくても、自分の想いを、素直な言葉で紡いでいけたら素敵ですね☆

投稿: 奏。 | 2009/07/28 21:13:18

追伸↓
吉祥寺を歩いていたら、茂木先生の8月5日の講演会チケット配布のポスターを本屋さんで見つけました♪発見!
速攻チケットゲットしちゃいました
\(^_^)/
8月5日の杉並公会堂ですよね♪(仕事抜けて行きます!)
茂木先生のお話楽しいから、今から楽しみです♪
ワクワク♪o(^-^)o

今日は漱石の「硝子戸の中」を読み終わりました♪

硝子戸の中、最後の文章がぞくぞくしました。
春の光が差し込んできて、風が吹き抜けるような…
春風が優しく頬をなぜる透明な悟りの世界ですね。

硝子戸の中、教えてくださり、ありがとうございました

投稿: 眠り猫2 | 2009/07/28 20:40:54

なんとなくありがとう(はぁと)

投稿: 迷わない羊 | 2009/07/28 18:48:11

祖父の使っていた将棋のコマから王将を抜いて来て、自分の机に飾ってあります。

将棋はやった事がないのですが、コマの個性と陣形で戦ってゆくのですよね。平面、互いの戦力の形態は同一、どこでいつ押してどう引くか。

川中島の戦いも終わってしまいました。
勝敗よりも、こやつはと認めた大将と、ただ命がけでぶつかり合いたかっただけかもしれません。

投稿: 加藤 | 2009/07/28 11:59:56

茂木様

「道は 100通りもある」と 二年前に ダンスのインストラクターを断念した私に くれた言葉のひとがいました。

時間の経過と共に 筋力と 絶対また踊れるという希望も自信も気迫も弱まりつつある中、好きだから 意味はそれだけでよし と 独りで夜中の少しの時間 音に入り込んで動いています、創作ダンス、楽しいですよ。

脳手術、経験者なので
ちょっぴり インストラクターとしては
いっしゅん 動けなくなる(意識はあっても体が止まる)
そんな 自分
でも、そういう人も ダンスが大好きで
いいかなー
深めていいかなー
と・・・・

教えさせていただくことの中
自分の全てをさらすことからの始まりでもあったし
退会には 家業の事情からです。。。

今、
小説 書くのも
また 100通りの1かな
なんて
「坊ちゃん」読ませていただいたら
思ってしまいました。

何とか賞を受賞できるような作品を書くことが目的じゃなくって
踊ることが 楽しくて 仕方なかったのと同じで
書くことも 楽しいから 書いて
「言葉」
「感性」
文字に表現してみたくなりました。

作り笑いがばれるように
いい評価のための文も踊りも感動が伝わらない・・・

こころを 

投稿: 夢 | 2009/07/28 11:03:19

こんにちは 茂木サン 。
生きた言葉・・思いを感じられる表示(言葉)を 紡ぎ 相手に情感や 想像できる。 更には 何かを感じたり 考えてもらえる 事。
そのためには 伝える私側が 言葉や情感 、豊かなクオリア を 持ち続けることが 大切! という事ですね 。 と 共に

投稿: サラリン | 2009/07/28 10:52:12

死んだ標本を並べるのではなく、生きた言葉を並べること…
音楽の演奏にも通じるお話で、とても共感しました。特に私がやっている古い音楽は、言葉そのもの。とかく、古い音楽をアプローチする場合、学問的な解釈にこだわりすぎて、言葉を殺してしまう演奏になりがち。
パターン化させないで、日々新しい生命に息吹きを吹きこむような、そんな生きた言葉を音にしたいです。

投稿: シリンクス | 2009/07/28 10:50:28

茂木ィ先生、おはようございます
(・ω・)/
昨日の虹はご覧になられましたか?
夕方6時半くらいでしたでしょうか?
「Sさん!ほらほら見て見て!虹が出てる!凄い!」と前に座っていた、美女の同僚が言うので窓の方を見たら(壁に当たる部分がほとんど窓で高層階の為見晴らしは素敵なのです)薄紫色の空に大きな虹がかかって、そしてそれが西日に金色に輝いていました~ (≧▽≦)
もの凄~く美しかったです♪
何かいいことあるといいな♪

漱石の坊ちゃんはいきがいいですね♪
\(^_^)/
昨晩は漱石の夢十夜の第一話を英訳してみよう!と思いついて、ノートに原作を書き写しました。
(最近手書きで書くことがないので手習い?してます。筆圧なくなりました笑)
書き写して改めてやっぱり漱石は天才だなぁと唸りました
夢十夜第一話にでてくる女の人、漱石の恋人でしょうか~?
恐らくは「あるだけの菊なげいれよ棺の中」と漱石が悼んだ女性ではないかしら…?
漱石先生、そうですよね?!(芸能レポーター猫)
そんな気がします。
漱石の持ち味を英訳するの難しいです茂木ィ先生だったら、素敵な英訳なさることでせう。では!

投稿: 眠り猫2 | 2009/07/28 9:01:20

茂木先生 こんにちわ

>小林秀雄の講演は、実は事前に
練習したものだというが、
聞いている限り、その場で
言葉が生み出されている
ように聞こえる。

この方に 会ってみたい・話を聞きたいと
益々 叶わぬ思いを抱きました

投稿: Lily | 2009/07/28 8:30:16

茂木健一郎様
茂木さんのお人柄を本当に尊敬しております。

>生きた言葉を並べる秘儀に
通じさえすれば、人は、
たとえばすぐれた小説を書くことができる。

茂木さんの身近なお人で思いあたるかたが
いらっしゃいます。そのかたのブログの言葉は
そのかたが撮られた生き生きとした写真と
ともにほっとさせてくださいます。


投稿: Yoshiko.T | 2009/07/28 8:13:07

茂木健一郎さま

朝食の後の今

生きた言葉とは

やはりクオリアと今の私はクオリアを中心に思考です

そして茂木健一郎さまの書籍よりクオリアをみつける、これが楽しいんです、あ!クオリア!!と

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/07/28 7:36:44

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