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2009/07/10

Butterfly alerts

Butterfly alerts

The Qualia Journal
10th July 2009

http://qualiajournal.blogspot.com/

7月 10, 2009 at 07:50 午前 |

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コメント

北海道においでになったことがあったのですね。
悪気は無いのですが今朝、アインシュタインの「慣性力」を
初めて知りまして、脳の神経細胞運動は「重力/加速力」
を起こすのか?それによって時空の歪みは起きるのか?
ご教示仰ごうかと思いましたが、それよりも偶有性の海に
飛び込んで、あらゆるものを楽しみました。
正面玄関を入ると、ちょうど茂木先生が階段を上っておられました。
そして、数メートルの距離で先生の後ろ髪がペッシャンコに
なっているのを見ることができました。
会場のみなさんが楽しむのをみました。
前にお座りになる教授陣のくつろいでいるのをみました。
昨年の今ころ、人工知能で折り紙を折る話を、
自転車好きの教授に聞いたのを思いだしました。
多様なニードが見え隠れしているのをみました。
それ以上に「今、ここ」にあるダイナミズムを愛しく思いました。
たくさんの木漏れ日をみました。
あずましい風が吹いていました。
It is an honour to meet you.
ありがとうございました。

ぽよmura


投稿: | 2009/07/11 0:30:53

 拝啓 茂木健一郎先生へ

 昨日のコメント、承認・公開有難うございました。
 
 今日は、哲学の奥義に入って行きたいと思います。
 なお、ここで言う哲学とは、philosophia、知恵を愛する事です。

 哲学には、二つの概念があります。
 一つは文献哲学です。
 旧帝国大学系の文学部哲学科で行われている哲学の事です。

 もう一つは、philosophia、知恵を愛する事です。
 これは、国民一人一人の為の哲学です。

 私の言う哲学は、この哲学の事です。
 この事を先ず、頭の中に叩き込んで置いて頂きたいと思います。

 哲学の奥義については、昨日さわりを述べました。
 それは、古今東西の聖人賢人哲人偉人たちと言われる人々は、皆、知恵を愛する者だったと言う事でした。
 もし、この一節で、哲学の奥義を理解する事が出来れば、茂木先生は本当の賢者です。
 さて、茂木先生はどちらでしょうか。

 「私たちは、様々な感覚を通して世の中を認識している。夏の朝の庭に出て空を見上げれば、黒みがかった青の広がりが目の中に飛び込んでくる。葉の上についた露を見れば、その丸い形や、表面のつやつやとした光沢が認識される。露に指を当てれば、ひんやりとした感覚が伝わってくる。葉に鼻を近づけると、青臭ささを感じる。そして、あなたは、先ほどから雀がちゅんちゅんと鳴いていたことに気が付く・・・このような感覚の持つ性質は、「クオリア」(qualia)と呼ばれてきた。」

 このクオリアも知恵なのですよ。
 もし、これを気付きと捉えたらの事ですがね。

 茂木先生の言われるクオリアとは、全ての感覚の事ではなく、新たな気付きとしての感覚の事ですよね。
 今まで見慣れた世界が新たな様相を呈する。
 そんな気付きの感覚をクオリアと呼んでいるのですよね。
 それであれば、それは知恵です。

 知恵に気付き、知恵を愛す。
 この連関の中から素晴らしい世界が創出されて行くのです。
 それは一般的に言われている哲学の世界だけ無く、芸術、科学全ての分野においてそうです。
 と言うよりも、一挙手一投足が、全て知恵と成り得るのです。

 私は古今東西の聖人賢人哲人偉人たちが、どの様に知恵を愛したかを研究しています。
 イエス、ダビデ、ソロモン、エピクロス、セネカ、エピクテトス、マルクス・アウレリウス、ルソー、孔子、老子、王陽明、釈迦等については、彼らがどの様に知恵を愛したか、その文脈の中で伝える事が出来ます。
 
 ソロモンのそれを挙げてみましようか。

 少し長くなりますが、旧約聖書「箴言」の第8章を全部書き写します。


 知恵が呼びかけ、英知が声をあげているではないか。
 高い所に登り、道のほとり、四つ角に立ち、城門の傍ら、町の入り口、城門の通路で呼ばわっている。
 「人よ、
 貴方たちに向かって、私は呼びかける。
 人の子らに向かって、私は声をあげる。
 浅はかな者は熟慮する事を覚え、愚かな者は反省する事を覚えよ。
 聞け、私は指導者として語る。
 私は唇を開き、公平について述べ、私の口は誠を唱える。
 私の唇は背信を忌むべき事とし、私の口の言葉は全て正しく、邪な事も曲がった事も含んでいない。
 理解力がある人には、それが全て正しいと分かる。
 知識到達した人には、それが全て真っ直ぐであると分かる。
 銀よりもむしろ私の諭しを受け入れ、精選された金よりも知識を受け入れよ。
 知恵は真珠にまさり、どの様な財宝も比べる事は出来ない。

 私は知恵。
 熟慮と共に住まい、知識と慎重さを備えている。
 主を畏れる事は、悪を憎む事。
 傲慢、驕り、悪の道、暴言を吐く口を、私は憎む。
 私は勧告し、成功させる。
 私は見分ける力であり、威力を持つ。
 私によって王は君臨し、支配者は正しい掟を定める。
 君侯、自由人、正しい裁きを行う人は皆、私によって治める。
 私を愛する人を私も愛し、私を捜し求める人は私を見出す。
 私のもとには富と名誉があり、すぐれた財産と慈善もある。
 私の与える実りは、どの様な金、純金にもまさり、私の齎す収穫は精錬された銀にもまさる。
 慈善の道を私は歩き、正義の道を私は進む。
 私を愛する人は嗣業を得る。
 私は彼らの倉を満たす。

 主は、その道の初めに私を造られた。
 いにしえの御業になお、先立って。
 永遠の昔、私は祝別されていた。
 大初、大地に先立って。
 私は生み出されていた。
 深淵の水の漲る源も、未だ存在しない時。
 山々の基も据えられてはおらず、丘もなかったが、
 私は生み出されていた。
 大地も野も、地上の最初の塵も未だ造られていなかった。
 私はそこにいた。
 主が天をその位置に備え、深淵の面に輪を描いて境界とされた時、
 主が上から雲に力を持たせ、深淵の源に勢いを与えられた時、
 この原始の海に境界を定め、水が岸を越えない様にし、大地の基を定められた時。
 御もとにあって、私は巧みな者となり、
 日々、主を楽しませる者となって、
 絶えず主の御前で楽を奏し、
 主の造られたこの地上の人々と共に、楽を奏し、人の子らと共に楽しむ。

 さて、子らよ、私に聞き従え。
 私の道を守る者は、いかに幸いな事か。
 諭しに従って、知恵を得よ。
 なおざりにしてはならない。
 私に聞き従う者は、日々、私の扉をうかがい、戸口の柱を見守る者はいかに幸いな事か。
 私を見出す者は命を見出し、主に喜び迎えていただく事が出来る。
 私も見失う者は魂を損ない、私を憎む者は死を愛する者。」

 
 ソロモンの知恵も知恵
 そして茂木先生のクオリアも知恵。
 要は、知恵を何処に置き、そしてその知恵をどれだけ愛するかと言う事に尽きる。

 ソロモンは、知恵を神と同等に置いた。
 そして深く愛した。
 
 茂木先生は、知恵をちょっとした感覚の気付きに置いた。
 そしてそれをお手軽に愛した。

 それだけの違いです。
 茂木先生の知恵はこの世に受け入れられたが、
 ソロモンの知恵はこの世に受け入れられる事はない。

 何故なら、この世がソロモンの知恵を知らないから。

 昨日述べた、『哲学一貫教育』では、このソロモンの知恵だけでなく、それこそ古今東西の知恵を学ぶ。
 彼らはソロモンの知恵も当然理解できる。
 それが、『哲学一貫教育』が完成した後の、日本の社会である。

 茂木先生は、勿論、ソロモンの知恵を理解出来ますよね。

 ソロモンの知恵は遠い昔のユダヤの世界にあるのではない。
 今の貴方のその中にこそあるのだ。
 イエスも孔子も老子もそして釈迦の知恵も。

 しかし学ばなければその世界は無縁。

 「学びて時に習う、また楽しからずや」


※脳内生理学でその仕組みは解明する事は出来ますが、決して知恵の言葉は理解する事は出来ないのです。
知恵の言葉はいったん記憶されなければならない。
しかし記憶された言葉は、
今度は新たな「知恵の言」を生み出すのである。
ここに知恵の奥義がある。

哲学=philosophia=知恵を愛する事について、一緒に考えてみませんか。

 

敬具
 

投稿: 知恵の愛人 | 2009/07/11 0:09:24

蝶の幼虫

子供の頃、私はかなり真剣に蝶を集め勉強した。
私の蝶に対する熱狂的愛好は、
近所でも学校でも、かなり有名だった。
ある日、その時私は8歳だった、
級友の女の子の中の一人が連絡してきた。
見たところでは、彼女の家の庭で、
蝶の幼虫を探すことには
いくらかの面白さがあった、そして
彼女は私が来て一目みるかどうかと思った。

それは多くの蝶の幼虫からの一つの例で、
その頃私は、周りの人々から手に入れるのが
常だった。

家にいる時、私は蝶の幼虫に関連した媒体
を時折入手した。
2階の私の部屋にいて本を読むつもりでいた時、
私の母が大きな声で叫んだ
“健一郎、いらっしゃい、テレビに蝶が出てるよ”

私は階下に駆け下りただろう、そして
私が幸運だったとしたら、
ニュース中か、自然ドキュメンタリー番組中か
のどちらかで、
画面上の蝶たちがちらりと見えただろう。

あなたの愛好心(嗜好)が知られた時、
親切心から、人々はあなたに
幼虫をくれようとするだろう。
そしてあなたはすばやい動きで反応する。
蝶の幼虫は私の青春時代の最も重要な部分だった。

【お写真】
木々の中で蝶を待っている、(10歳の)子供の頃の私
もしかしたら蝶の旅で北海道の北方の島にて。


蝶はテレビでちらっともご覧にはなれなかったので
しょうか?
とても惜しいことでしたね。
クラスメートの女の子のお家のお庭へ
蝶(の幼虫)探しに誘われたエピソードは
ご著書の中にて、拝読した記憶があります。
気恥ずかしいような照れくさいような
お気持ちでいらしたかもしれません。

北の島での蝶を待っている少年。
このまま絵になりますね。
nostalgiaを感じます。
このまま小説の挿絵になりそうです。
美しい蝶は少年の記憶の中にも
たくさん棲んでいるのでしょうね。

投稿: | 2009/07/10 22:06:33

“蝶の「警報」”ということで、南米にいる毒蝶たちの、鮮やかな色を思い出した。

赤や黄色などが入っている、毒蝶のあの羽根の模様…。

他の生き物達には、「食べるな危険」の色であっても、人間にとっては、夢のように美しい宝石の色に見えたりする。

美しい薔薇には棘があり、美しい蝶には毒のあるのがいる。どちらも、警戒せよのシルシなのだが、人間にはそれがわからない。

誰かが誰かを愛する時、相手はきっと最初は警戒するのではないか。それは、蝶の見せる警戒の色のようなものだとおもう。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/07/10 21:17:41

茂木先生 こんにちわ

When Professor Motegi was a child, a butterfly mania

It was the Astronomical observation in the case of me.

I do not still forget to have lost a sense of balance in the star of the sky.
That was shocking.
That oneself was born as the one of really
a lot of stars was felt like a trifle,
and I was overwhelmed in the starlit sky.

I looked at a cloud at noon and felt wind,
and the evening I looked for the first star,
and to appear and looked for the constellation
which I knew at night at night hard.
In my opinion, I remembered the Saturn
which I floated in the space calmly when oneself was
in a predicament until the teenage time,
and turned around and regained presence of mind.

In the heavenly bodies,
it was gradually made genre reason
in the beautiful thing whole, and the interest gradually moved
from movie and photograph it
to a picture or ballet.
As for the investigating for the thing
that oneself was attracted, there is still a thing
as I forget the food and sleep.
The duty that returned life to neutral tints became
the cat of the living together then

投稿: | 2009/07/10 15:09:04

蝶は空を泳ぎ 虹の粉を僕に振り掛けた
夏の暑い陽射しは地上の深海に注ぎ込む
吹く風にくるくる回る前髪を遊ばせて
今でも 少年は歌を歌っているだろうか

投稿: | 2009/07/10 14:06:20

少年の歌を梢の向こうで聞いた
少年は 今でも 歌えるだろうか
あの頃とまではいかずとも
蝶を追いかけ 靴音を止めて
梢の隙間から楽しげに響かせて
吹く風に短めの前髪を遊ばせて


今でも
少年は歌を歌っているだろうか

先生なら いつでも 歌えるんでしょうね
いいなぁ

投稿: | 2009/07/10 13:44:20

発展途上人 さま

Bruce Springsteen の動画サイトを教えてくださり、
ありがとうございます。楽しみました!

われらが師匠も『疾走する精神』の「グローバリズム」で
述べているように、
わたしはアメリカは大きな「ローカル」、田舎だと思っています。
Bruce もとってもかっこいい田舎のおじさんです!

投稿: | 2009/07/10 10:48:28

「蝶々警報」ですね♪
珍しい蝶々がいますーっ!って、私めも茂木先生に伝えたいですもの(^o^;)
10歳の茂木少年は、森の中、全身の神経をはりつめて凛々しいですね♪なんだか剣士の雰囲気♪
茂木先生はお母様に深く愛されているのですね♪
茂木先生の可能性をつぶさず大きく大きく育てられて、素晴らしいお母様お父様だと思います♪
蝶々と言えば、昨日見たエメラルドグリーンの蝶は夢だったのかしら?
同僚に見たことあるか聴いたら「実家の高知の山の中では、名前分からないけどエメラルドグリーンの蝶は何度も見ましたよ」とのこと。
やっぱり南国の迷蝶なのでしょうか??なんだか喉渇いてる感じだったなぁ…こんなアスファルト住宅地に来ちゃってほんとにかわいそう
(>_<)
せめて井の頭公園に放ってあげたい感じでした。
しかしなんであんなに綺麗なデザインなんでしょ?神様のデザインは多種多様ですね♪
totheriverも、詩的で素敵ですね♪
なんだか輝く銀色の光の河へ向かうimageです♪遠藤周作氏の「深い河」も。

投稿: | 2009/07/10 8:40:58

茂木健一郎様
茂木さんがどんなに蝶を採集されるのが
お好きだったのか、
蝶に出逢いたい情熱のようなものが
ひりひりと伝わってきます。
なんて美しい夢につつまれている
美しい少年のお写真でしょう。
目が潤みます。
今も茂木さんはこのお写真のなかのような
御人物でいらっしゃいますね。

投稿: Yoshiko.T | 2009/07/10 8:29:39

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