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2009/06/09

間接話法

昨年、日高敏隆先生といったコスタリカの
旅行記が、ようやく完成して、
集英社の鯉沼広行さんと岸尾昌子
さんに送った。

中野義樹さんの写真も掲載されて、
集英社新書ヴィジュアル版として
刊行される予定である。

ほんの一部だけご紹介すれば、
このような感じである。

_______

茂木健一郎 『熱帯の夢』(仮題)より

 朝露がその表面に周囲の広大を映し出すように、私たちの脳内現象たるクオリアは、世界のさまざまを反映する。だからこそ、意識は適応的であった。私たちは脳髄に閉ざされていて、しかも開かれている。
 世界は、容易にその秘密を明かしてはくれない。身体を一歩離れたところに始まる異界。そこには、心のうちをうかがい知れぬ他者がいる。密林の奥深くに潜む眼光がある。さまざまな色かたちを生み出す、造化の妙がある。人類が誕生するはるか以前から進行してきた、宇宙の物理的過程の悠久がある。
 「菫ほどな小さき人に生まれたし」
 突然、大好きな夏目漱石の俳句が心に浮かんだ。電撃を受けたように、ああ着地したんだ、と思った。その瞬間、コスタリカに来てから見聞きした風景が、光の奔流のように心の中で動き出した。
 路傍に咲く菫のような、小さな人でありたい。そのようにして、自分の周囲にある生きものたちの息吹を、感じていたい。技術の勝利者ではなく、足下に生える草を踏みにじる獣でもなく、ただ、熱帯の樹に着生する愛らしい蘭の花のように、自分自身を含む万物を驚きをもって見つめていたい。太陽を受け、風に吹かれ、ひそやかに息づいていたい。
 たとえ人間が発達させた文明の中では適わぬ思いだとしても、自分が生態系の中の小さな要素に過ぎず、他の万物との交感の中に投げ込まれた、小さな存在であることを実感し続けたい。
 そうすれば、私は、かつて指の間で息絶えていった可憐な蝶たちとも、懸命に葉を運び続けるハキリアリとも、川の中に潜むワニたちとも、空に輝く満天の星とも、対等の存在として映し合うことができるだろう。それが一つの永遠に果たせぬ理念であるとしても。

___________


私の本には、一字一句自分で書いているものと、
お話ししてライターの方が
書いて下さっているものがあって、
それぞれに異なる味わいがあるように
思う。

先日桑原武夫学芸賞をいただいた
『今、ここからすべての場所へ』
 
は一字一句自分で書いたものである。

『音楽の捧げもの』も、私自身が
書いた紀行文である。

文章の生理やリズムに自分なりの脈絡があって、
それが自分にとっては大切な味わい
となっている。

「脳を活かす」シリーズや、
『すべては音楽から生まれる』
などは、私がお話したことをもとに
ライターの方が書かれている。

この際の文章の生理は、厳密に言えばライターの
方のもので、私の文章とは違う。

このような点をとらえて、語り下ろし
の本を別のものとしてとらえる著者
もいる。

しかし、私は、語り下ろしはそれで
いいのだと思う。

そんなことを考えるようになったきっかけは、
実は孔子やソクラテスである。

周知の通り、彼らは自分では文章を記して
いない。

ソクラテスの行動と思想については、
弟子のプラトンが書いた。

孔子に至っては、『論語』はその死後
300年経ってまとめられたものである。

それぞれの言葉の精確なニュアンス、
調子のようなものが、どれくらい
伝わっているのか、実は私たちは知らない。

ソクラテスについて言えば、その生理は
実はプラトンとのアマルガム、
あるいはプラトンそのものであろうし、
孔子については、集団的な無意識が
反映されている側面もあるだろう。


古の聖人たちと、現代の私たちは
もちろん比較にはならないが、
直接話法でなく、間接話法を積み重ねて
いったその先にも何らかの
味わいがあると考えないと
片付かない問題が、この世にはたくさん
ある。

6月 9, 2009 at 06:11 午前 |

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コメント

学生時代に惹かれたアフリカの口承伝承や口承文学を思い出しました。

投稿: | 2009/06/13 13:56:52

熱帯の夢
文とてもすてきですね。
博士のこういう感覚はすばらしくて、とても好きです。

moon girlの絵。
子どものころ、よく夜中に庭に立ってお月さまを眺めていました。

あるときその月の空と、月を眺めている自分の姿を後ろから俯瞰した場面を夢で見て、
私は手をのばしたことはなかったんですけれど、
その後も同じ夢をたびたび見たことを思い出しました。

自分の後ろ姿はそのままで、
月の色がかわったり、大きくなったり...
あるときは地球に見えたり、ふしぎな夢でした。


オールバックの袴姿が
お似合いすぎて恐いくらいですね...(笑)
すてきです。

勝間さんはふだんのままに見えます。。

維新の志士の如き烈しい精神で文学を――ではないですが、
日頃から志士のように活動されている先生だから
違和感がないのかなと思いました。


神田。。 とても好きです。
あの辺りはことに風情があって。

竹むらのお二階はすてきそうです。
粟ぜんざいを食べました。
一度上がってみたいです。

おしらさまのお腹も...
枕にしたくなるような、豊かな風情をしているのですねえ。


まとめて書いたら長くなってしまいました。
すみません。

先生はもう香港に向かわれたでしょうか。

道中、どうぞお気をつけて

投稿: | 2009/06/11 15:30:27

茂木健一郎様
熱帯の夢(仮題)、是非購入させて戴きたいと思います!楽しみにしております。

投稿: | 2009/06/10 16:52:01

茂木さん、Hello♪(^-^)昨日と同じで(-.-) 切ないけどわかってる熱帯の夢みたいにね♪あと、Moon girlの所に出てくる、茂木さんの絵♪素敵ですね♪携帯の、待ち受けにしちゃおうかしらん♪(^-^)v茂木さんはどんな待ち受けかしらん♪あと少し長くてね、そうそこの線(笑)の所位までの髪で♪(シャンプーのCM(笑))ブラックダイヤのピアスをしてるの♪5mmの大きさで(仕事の決まりで)色はずっと黒が好き♪真似したでしょ?(笑)♪(チュンコ(笑))腰位まで伸びたら、pearl(笑)でHello♪perfumeは何がおすすめかしらん♪甘くないのが好きでかなりスパイシーな感じがいいな♪それが夢♪、に出てきましたの(笑)はい寝ぼけてますです♪それでは茂木さん、また今度です。

投稿: | 2009/06/10 6:10:00

茂木ィ先生、おこんばんはです
(・ω・)/

今テレビで障害学の東大教授福島智先生が出演されていて、深く感銘を受けました。
福島先生は視覚も聴覚も失われているそうです。
それでもとても明るくてウィットのある素敵な先生です
茂木ィ先生と同い年ではないかしら?
是非素敵なお二人での対談を期待しています。
(^-^)/
福島先生はエミールフランクルを支えになさっているそうで、フランクルは私も支えにしております。
障害といえば、全盲の辻井伸行さんがバンクライバーン国際ピアノコンクールで優勝という快挙を遂げられましたね!
凄いです!
辻井さんのピアノも聴きたいな。ピアノなんて目が見えたって難しいのに、どうやって記憶(暗譜)されたのかしら…
茂木ィ先生、脳の能力は計り知れない所があるんですね!

投稿: | 2009/06/10 0:06:45

プラトンの対話編や論語。
師の言葉を思い出し、綴る行為のかけがえのなさといったものを考えさせられます。

論語にしても、当時は紙などなかった時代だろうから、弟子たちはおそらく、木簡やら何かに書き留めていたのでしょうか。孔子の言葉を振り返っては心おぼえに書いたものを持ち寄り、「先生は~~とおっしゃっていたなあ。」「そうそう、それに~~なんてことをよく言われたものだねえ。」などと熱心に吟味したりしていたのでしょうか。そんな様子なんかを思い浮かべてみると、一層、論語というものが愛おしく思えます。

「子曰く」と記されてはいるものの、それに続く言葉はおそらく、孔子の実際に語っていた言葉とは異なるかもしれないですね・・・(特に一字一句の正確さが求められているわけでもないと思いますが)

先日の日記にあった
「君子、固より窮す。」「小人、窮すれば、斯に濫る。」
しばらくこの孔子の言葉が印象に残っていたのですが、本当に素晴らしいと感じたことは、孔子のその言葉に触れたときの弟子の師に対する深い感動を表す態度でした。師に対する尊敬や絶対的信頼。そういったものも「子曰く」に込められているのかもしれません。

余談ですが、最近、不安と焦燥に駆られ、“濫る”どころかオーバーランしてしまい(笑)、上司になだめられました。
「窮す」 免れがたい状況。生きている限り誰もが直面することですよね。自分の愚かさを感じます。

論語については無知なので、今後少しずつでも学んでいけたらと思います。


P.S.
『Milk scare』で元気が出ました。white fountainは実に愉快です。周りにいたお友達はいったいどんなワザを使ったんでしょう(笑)。
・・・小学校3年生のある日のできごとです。給食の準備のときに、男子が教室でズック飛ばしをして遊んでいました。その日のメニューは肉じゃがだったのですが、飛ばしたズックが大きな放物線を描いて、あろうことか、肉じゃがの入った大きなトレイの中に!その瞬間、教室中に沈黙が走ったことを思い出しました・・・

投稿: | 2009/06/09 23:52:54

こんばんは。先日都内書店にて、茂木先生の本 ・クオリア立国論、疾走する精神、プロフェッショナル仕事の流儀、それでも脳はたくらむ 他購入し、現在読書中です。 残念ながらサイン本は手に入りませんでした。(-_-メ) 確かに文章に違いは有りそうですが、30才代の茂木サンの考えからまた変わったりしましたか? 私はここにきて、だいぶ丸くなってきました。年のせいか? 悟りを開いた? 諦めてきた? 今は 考える時にどういう事? 真の事実は? どんな影響、結果になる?メリットは?デメリットは? と冷静に考えられる様になってきました。 茂木サン効果 かな。

投稿: | 2009/06/09 23:34:05

茂木健一郎様

熱帯の夢も、心身のすみずみまでじっくりと
しみわたるこころよい感覚に気づかせてくださること
ありがとうございます。

投稿: Yoshiko.T | 2009/06/09 23:28:29

春になると、職場近くの路地に菫がよく咲いている。そんな菫のような存在でありたいという茂木さんの思いが、よくわかる気がする。

世間では、のべつに有名になろうとしている人達がいる。その一方で、野路に咲ける草花や、地を這う虫のように、目立たなくとも、懸命にそれぞれ、自分の一生を、生ききろうとしている人もいる。

私も、後者の人生を歩もうと心に定めている。べつに有名にならなくてもいいや、何かで人の役に立てればいい、と思っている。


ところで、茂木さんのご著書を購入するようになってもう数年たつけれど、ご自分の書き下ろしでも、または語りおろしのご著書であっても、同じ茂木さんの魂の息吹きが感じられる。

やはり古の聖賢に通じる、深い何かがあるような気がする。

『論語』やプラトンが後世の為に残したソクラテスの言葉もそうだが、実は仏教のお経も「間接話法」なのではないかと思われる。

お経の大規模な編纂は、釈尊が入滅して100年経ってから行われたという記述が仏教の歴史の中にある、という話を聞いたことがある。

いずれにしても、孔子やソクラテス、釈尊を深く慕う、それぞれの弟子達の思いが何重にも重なって、これらの「人類の魂の教科書」は出来ているのに違いない。

それが数世紀を越えて、世知辛い濁世(じょくせ)を生きる我々にとっても、迷える魂の前を照らす、大きな光輝となっているだろうことは否めない。

ところで、ふと思うに、ソクラテスとプラトンは「師弟一体」だったのではないか、と思う、師匠と弟子が同じ思いで、同じ志で、自分達の行くべき哲学の道を貫いていた。だからこそ、弟子は師匠の言葉や行動を後世の為に書き残巣事が出来たに違いないと思う。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/06/09 21:53:20

茂木先生 こんにちわ

『音楽の捧げもの』も『すべては音楽から生まれる』も
読みましたよ~
2冊の間に 少し 違和感があった理由が
やっとわかりました。

語り下ろしは 古くは キリストもそうですよね。
仕方の無い事でしょうけれど
書く人によって キット主観が入ると思うので
チョッピリずつ 変化していっていますよね。

>古の聖人たちと、現代の私たちは
もちろん比較にはならないが、
直接話法でなく、間接話法を積み重ねて
いったその先にも何らかの
味わいがあると考えないと
片付かない問題が、この世にはたくさん
ある。

味わい・・。
キット そうですね。
すべてが 片付いたほうが不自然なのかもしれませんね

投稿: | 2009/06/09 17:41:13

茂木健一郎さま

ふと以前の記述

脳を活かすシリーズ
分かり易く書かれれいるから、との印象的

伝聞を活字にされるライターの方の力量にかかっている事実です。

投稿: | 2009/06/09 8:29:41

茂木健一郎さま

伝聞

伝聞が活字にて

ベートーベンのスコアにしても直筆のスコアは

ところでライターの方は、そうなるとオーケストラの指揮者かと

ベートーベンのスコアから表現を拾い上げ

あえて、伝音

あれ?

デンオンという音響メーカー、聞いたことある

デンオンは伝音かな
考えてたことなかった、です。

茂木健一郎さまのライターの方はオーケストラ指揮者と同じです。

投稿: | 2009/06/09 7:49:06

間接話法  昨日出会った 若武者ふたり

      出会って 瞬時 伝わった   満願だと思う 楽観

      ひとつの思い 確実に背負い 軽やかに走る

 一隅から出る 次世代に出会えた時 満願だと思う  達観

投稿: | 2009/06/09 7:33:24

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