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2009/06/16

文明の星時間 鯨肉の味

サンデー毎日連載
茂木健一郎 歴史エッセイ

『文明の星時間』 第68回 鯨肉の味
サンデー毎日 2009年6月28日号


http://mainichi.jp/enta/book/sunday/ 


抜粋

 あれは私が大学院の博士課程に在籍していた頃のこと。ふとしたことで、研究室の先輩たちと鯨の肉の話になった。当時、日本の国外では、すでに捕鯨に反対する運動が盛んだった。
 鯨の肉の味は、子どもの頃からお馴染みだった。母親が、よく、近所の店で鯨ベーコンを買ってきてくれた。半透明でジューシーな肉が、赤く縁取りされている。巨大な鯨のどこの部分なのかわからないままに、美味しく頂いた。
 給食でも、鯨肉の竜田揚げが出た。鶏肉に比べるとちょっと硬くて、かすかなクセがあった。それでも、とても美味しかった。大好きなメニューだった。
 そのように、鯨肉の味には親しんできたように思っていた。それでも、国際的な反対が強まる中で、無理して鯨を捕り続けることはないかな、と当時の私は考えていた。それで、研究室の先輩たちにそのような考えを伝えた。
 「人間が飼育できる牛や豚を食べられれば、それで命はつないでいけるのだから、鯨を捕りに行く必要はないのではないか」そんな趣旨の言葉を漏らしたのではないかと思う。
 猛反発を喰らった。「君には、何もわかっていない」というのである。
 「他に食べる肉がなかったんだよ。牛や豚なんて、貴重品だったんだ。鯨の肉しか、食べるものがなかったんだよ。」
 「そうよそうよ。」
 いつもはやさしい言葉をかけてくれる、先輩の女子大学院生も、そのように同調した。
 「鯨の肉が贅沢品なんて、当時の事情を知らない人が言うことよ。」
 私から見てせいぜい数年前に生まれた先輩たち。そのわずかな差が、鯨肉についての決定的な認識の違いにつながっていたらしい。

全文は「サンデー毎日」でお読みください。

本連載をまとめた
『偉人たちの脳 文明の星時間』(毎日新聞社)
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6月 16, 2009 at 06:53 午前 |

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受信: 2009/06/16 15:27:46

コメント

こんばんは。食文化ですか。 私も 鯨肉は子供の時少し食べた記憶があります。 今は鯨とイルカは 癒し系の動物 のイメージがあります。 食べる機会も無くなり、鯨肉 は・・。 難しい問題ですね。

投稿: サラリン | 2009/06/17 20:32:07

サンデー毎日で全文、まだ読んでません!(笑) 今昼休みです。鯨はわりと最近新宿でいただきました♪
友達が「鯨たべいくどー!」と叫んだので「おー!」(・ω・)/でした。
鯨さん、美味しくいただきました♪
その夜は大きな鯨になった夢を見て、目ざめてから「なんで人間なんだ?」ってビックリしましたけど(オイ)
ヤッパリ神力が鯨にはあるんじゃないかしら…?
食べることで力をもらうって、キリストの赤い血がワインとか肉がパンとかにも繋がりますよねぇ…?
鯨さんは生態系で判断して沢山繁殖されているならば、私たち食べてもいいと思います。
可哀想といったら、みんな動物可哀想です!
ほんとは自分で殺せる動物だけ食べる方がいっそ清々しいですよね(ベジタリアン増えそう!)食べ物にはみんな黙祷と感謝です!

投稿: 眠り猫2 | 2009/06/17 15:45:57

茂木さん、Hello♪(^-^)茂木さん、かわいい食べちゃいたい♪(笑)(ウソですよ〜(笑)ホントですよ(笑)鯨肉は小2の時、給食で2回位頂きましたよ♪私の時は見た感じ、照りはかりん糖みたいで、お洒落にスライスアーモンドがトッピングされていましたよ♪それで思い出したのですが、私は東京生まれで、3才になるかならないか位の時に、草加の青柳町に引っ越しまして♪今は違くて植木の町?♪その時、家の隣が空き地になってて、よく遊んだのですが、かくれんぼとか(笑)見つけられないから、み〜つけた〜♪(笑)っていつも言ってました(笑)いっつも鬼役(笑)それでたしか、秋か冬の頃に稲の様な、でもまっすぐしていて今でも知らないままなのですが(笑)白い?綿の様な中にある物があったのです♪背伸びして見たところ♪それは、ういんな〜♪(笑)(ウインナー(笑)その頃はういんな〜って、草むらの中に出来るんだ〜と本気で思ってました(笑)同い年位の子がまわりに居なかったので、それなら幼稚園に入って皆と遊んだ方がいいよねと♪なので私は3才の時に幼稚園に入園し♪自信を持って♪家の隣に、いっぱい♪ういんな〜(笑)があるんだよ♪見に来る?的な(笑)事を言ってた思い出があります♪(笑)それでは茂木さん、また今度です。

投稿: 水饅頭 | 2009/06/17 4:09:16

これだから、茂木さんの”子どものころの、あんなこと、こんなことを思い出して次のものを生み出そうぜ。なぜならば、そうすることからしか新しいものは創りだせないんだから。”シリーズはやめられない。(シリーズ名としては長いでしょうよ。)

確かに給食に出ていましたね、鯨の肉。それも年に何回という頻度でなく、手を変え品を変え、月に何回もあったような・・・。

今日も当方、あのころの記憶の周辺を根性で思い出してみました。名付けて”失われた時を求めて”シリーズ。(なんだよ、あんたのシリーズ名のほうがかっこよすぎだろ。)

思い出したこと1
 献立表について、校内放送で「今日の鯨の肉は血や体になるもので、ほかの何々は生活活動のエネルギーになるものです。よくかんで食べましょう」とかなんとか、そういう趣旨のアナウンスがあり、読んでいるほうも先生か栄養士さんにもらった原稿の棒読みで、聞いているほうも、基本、ほとんど誰も聞いていなかった・・・。

思い出したこと2
 後ろの掲示板に大きな円グラフみたいなのが貼ってあって、血になるものや力になるもの、などの分類があって、そこに豚や牛やキュウリやみかんやバナナなどのイラストが描いてあったのであるが、休み時間の消しゴム投げゲームの標的になっていた・・・。

思い出したこと3
 給食前に、♪せっけんで、手をあらお、はい、せっけんでー、手ーを、あーらーおー♪という曲が流れていた。これは自分が放送部だったから知っていますが、赤いソノシートでできていたのであった。(なつかしー)


思い出したこと4
 その日、風邪とかで学校を休んだ子のために、近所の子が給食の主だったものを届けに行っていた。パンと牛乳は絶対で、あとプリンのようなプラスチック容器に入っていたものは届けにいったのだけど、鯨の竜田揚げのようなものはどうしていたのだったか・・・。

小学校のときの給食は、そんなに豪華なものばかりでもなかったけれど、教室のみんなと食べられてとても楽しかったよ。うん・・・。

投稿: 砂山鉄夫 | 2009/06/17 1:57:08

鯨肉は小さい頃によく食べさせて頂きました。
行商のおばさんが自転車の後ろに、
氷で冷やした鯨肉を乗せて行商に来られてました。

少し自転車を停めるだけで、地面は赤く染まり
我が家の猫達は狂喜乱舞してました。

懐かしい。もう食べようとは思わないけど
鯨さんにはほんとうに感謝してます。

投稿: hana | 2009/06/16 21:58:38

ずっと前に、母ぐらいの世代の人から「鯨の竜田揚げ」の話を聞いたことがある。私の母の世代は、学校給食といえば、一番の“高級メニュー”は鯨の竜田揚げに、脱脂粉乳だったそうな。

少なくとも私の世代には、鯨と脱脂粉乳は既に学校給食のメニューから外れ、茂木さんの世代同様、ビン牛乳を飲み、(これは私の世代からかもしれないが)うどん状の麺をポリ袋に入れた「ソフトめん」がメニューに上り、豚肉の入ったカレー・シチューが出るようになった。

カレー・シチューの日は、まだホカホカの「ソフトめん」の封を開け、例の先割れスプーンでルウに絡めて食べるのが定番(?)になっていた(茂木さんの世代には、もう先割れスプーンでしたか?)。

コッペパンを油で揚げて、黄な粉と砂糖をまぶした「あげぱん」もあった。

また子供の頃まで、「鯨大和煮」の缶詰はふつうにスーパーで多く売っていた記憶がある。何時の頃からか、商業捕鯨が禁止された時期から、数が減っていったような気がする。今スーパーに行くと、大和煮といえば「牛大和煮」が普通になった。

小さい頃食べていた鯨の大和煮は、カンの底にゼラチンが残っていて、それが肉よりも美味だったのを、昨日のように思い出す。

時代は流れ、先割れスプーンも使われなくなったと聞く。ソフトめんやあげぱんは、今の小学生達にとっては、ひょっとしたら、未知の味になってしまったのかもしれない。(そうでないところもあるかもしれないが)

鯨の大和煮も、最早TVの通販番組でたまに紹介されるだけになってしまった。

昭和の30年代に生まれた私達が、幼き日に食べたあの缶詰や、ソフトめん、あげぱんの味…それは如何やら、前世紀の思い出と化してしまったようだ。

う~ん、まさに…鯨肉の味と共に、昭和は遠くなりにけり…だ。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/06/16 20:32:01

茂木さま

日常生活に、会話がない人間どうしに、デジタルとアナログの交流。 日本語以外に読解ができなければ、当然にお互いは擦れ違い、行く道は大きく分かれていきます。 でも ただボタンの掛け違いは自分の心しだいで、簡単に直せるのが、人間なのではないかと考えています。 今、心に雨が降っています。でも、今を大切に、家族を大事に想い、これからは、他人の言葉によく耳を傾けて、自己を顧みます。変な意地と執着も捨てて、素直な気持ちで、前向きに歩いて行きます。これからもここを訪れてしまう、弱い私ですが、いつか笑顔で、サヨナラします。

投稿: ヒロ | 2009/06/16 17:58:59

そうして我らは、外国産の牛肉に頼るようになり、現在に至るのでしょう?

結果、誰が一番儲かるのか?

そちらの面から考えると、「知的な」ほ乳類である鯨を保護したい、という気持ちさえ、コントロールされているような気がします。

日本国内の食物自給率に関する云々は、これからも更に大きな課題にするべきです。未来に生まれてくる子供達のためにも。

投稿: 洗 | 2009/06/16 14:39:20

鯨肉の竜田揚げ、主人も小学校低学年の時に
給食で出て好きだったそうです。
懐かしくて時々食べたくなったと、子供の頃の
話題になるとよく話してくれたものです。
2年生の時に給食の時間に、
「もうじき食べられなくなるから、残さないで
食べなさいよ。」と先生が言われたのを
とても覚えているそうです。献立に上る最後の時期
だったのでしょうか。
私は食べたことがないので、たった2学年の違いで
(小学校も違ったのですが)見たことがなかった
のは、美味しさを聞いても想像するしかなくて、
残念なことです。

国際的な鯨の保護運動で、捕鯨禁止になったこと。
当時給食で出ていたというのは、禁止以前の日本の
食肉事情で、今よりもっと肉類の値段が高かったことが、
(給食では安く大量に作らなくてはいけないから)
献立にも大きく影響していたのですね。

鯨のお話しとは外れてしまいますが、
昔はお魚類が、よく食べられていた気がします。
庶民に優しい値段のお魚の種類も、今よりもっと
多かったような気がします。
子供の頃、私の母も、身近な庶民の味方だったお魚を
食卓に乗せてくれていました。
懐かしい思い出です。

投稿: 発展途上人 | 2009/06/16 11:25:31

茂木健一郎様
給食に竜田揚げや甘辛く煮た鯨肉がでていました。
私もすきでした。けれど、なぜ鯨肉がでてたのかは
鯨捕獲について論議があがるようになるまで
やはり知りませんでした。
さて、茂木さんがこのことをなぜ書かれたか
読ませていただこうと思います。

投稿: Yoshiko.T | 2009/06/16 10:27:11

茂木先生 こんにちわ

サンデー毎日は 今日 読んでみます。

けれどけれど。
読む前に なんですが。

カリフォルニア半島のように
クジラと人間が一体化できるような
それほどに スキンシップをとれる
”夢のような場所”が 世界遺産になっている今

クジラの漁師さんには 本当に申し訳なく思うけれど
諸事情あるでしょうけれども

それでも

『もぅ 日本の人は クジラを とらなくても 良いんじゃないのか』
と 思うのです。

イルカは 食べなくて クジラは 食べると言うのは
どこか違うような気がするのです。

これは どうしても 今のところ ゆずれない
私の個人的意見ですが・・

投稿: Lily | 2009/06/16 7:28:43

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