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2009/06/13

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The Qualia Journal
13th June 2009

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6月 13, 2009 at 07:53 午前 |

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所有から利用へ パラダイムの転換 やっと気付いたのだ 借りものに過ぎないことを [続きを読む]

受信: 2009/06/13 11:40:23

コメント

茂木さん、Yoshiko.Tさんのコメントを読んで、はっとしました。
読み込み浅かったです。

でも、わたし、雲にかりがあるなんて、ちょっと素敵だとおもいます✮

わたしは今、たっくさんの人に助けてもらっています♩♬~♩⋆
フフフ♬

投稿: | 2009/06/14 15:10:31

茂木健一郎様

どうして、そんな風に思われるのですか

ああ、茂木さんが産まれてきてくださって
本当に良かった。


投稿: Yoshiko.T | 2009/06/14 0:02:15

広い宇宙から見れば、また太陽系から見れば、ほんの小爆発に過ぎないような、例のキノコ雲も、その下には、多くの命が一瞬にして放射能と共に蒸発して絶える、閃光と灼熱の阿鼻地獄が果てなく広がることを思えば、若しこれが東京都心に落とされていたら、その後の歴史が如何なることになっていただろうか、ということを考えてみた。

間違いなく、国会議事堂もあの熱波で融け、原爆ドームの現在の姿、あるいはそれ以上に無残な姿になっていたことだろう。皇室の方々も含め、都の中心部に住んでいた当時の人々は、あの閃光の中で若しかしたら蒸発してしまっていただろう。

あの当時、ヒロシマ・ナガサキで被曝した人達と同じように、我々東京人も六十余年の長きに亙って原爆症で苦しみ抜くと共に、平和を声高に叫び続けていったに違いない。

幾ら考えても、あの「悪魔の飛び道具」は、相手が望むなら、日本国内何処にでも落とされる可能性があったのだ。

ヒロシマ・ナガサキが背負った運命は、誰が背負ってもおかしくなかったのだ。

佐世保や福岡、大阪や東京に原爆が落とされなかったことを、自分たちだけの僥倖のように思いたくはない。かの2つの地の運命は、私達の運命でもありえたのだから。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/06/13 21:49:01

長崎原爆投下の日、小倉に雲が広がっていて旋回して
飛行機が長崎に向かわなかったら、
お母様とお母様のご両親様は・・・・。
その危機を回避できたのは、雲のお陰。
そして偶然の結果としてか、変わりの地として
選ばれてしまった甚大な長崎の悲劇に思いを致し、
茂木先生の存在の運命を雲に借りているという
悲痛な思いの重さと深さを、正確に充分に理解し、
把握できなかった自分の理解の浅さを恥ずかしく
思います。
申し訳ありません。お詫び申し上げます。

先生の生きること・命に対する姿勢の基に存在する
抜けない苦痛のもとなのかなと思ったら、
切ないやりきれないことだと感じます。
ひたむきに生きながら、潔癖なまでに罪悪感を持つことで
詫び続ける・・・まるで夏目漱石の小説のようです。
そんな風に思わないで欲しいと愛するご家族は思って
おられますよ、小説の中の細君のように。


投稿: | 2009/06/13 21:43:59

茂木様
その様なエピソードがあって、そして、茂木健一郎さんがこの世に誕生したされたのですね。
世に誕生された奇跡。
その日の曇りの天候に感謝の祈りをいま。

投稿: | 2009/06/13 21:21:12

小倉上空に広がった雲に、ご自分の存在を借りている。

雲がなかったら、生まれなかったかもしれない存在。
心許なく、儚い、不確実な存在のイメージというよりも、
むしろ大いなる見えざる力の後押しみたいなものを感じます。

その雲があってくれたお陰で、先生が生まれた。
大いなる自然現象が、手助けしてくれたような
偉大な奇跡、天意、思し召しを感じます。
運命のひとつのきっかけが少し変わっただけで
その後の流れの方向が大きく変わる。

運命の流れが大きく定まった日、感動的ですね。
ご両親様の出会いへと、運命の方向を向けてくれた雲に
大いに感謝したいですね。

1945年(昭和20年)終戦の頃ですね。
日本の運命的な時と、茂木先生のご両親様の出会う
元になられた飛行機の着陸地の変更。
運命的な日。お母様が9歳で長崎の地に着陸なさって、
本当に良かったです。
運命の人を見つけて出会われて、しっかりと手を携えて
人生を共にされているお父様にも、感謝ですね。

投稿: | 2009/06/13 20:34:58

 "cloud"をきっかけに英文をざっと読んでみました。こんないいテキストはありません。茂木さんのお書きになる内容について、既知なものが多いということもありますが、これからはこんな後味のいい英文を通じて脳を鍛えようと思います。本当に私など茂木さんの脳から染み出る甘露に与る蟻んこみたい・・・いつもどうもアリガ十3!

投稿: | 2009/06/13 17:03:28

おはようございます。
Cloudを、茂木さんのように感謝をこめて眺めたことはありませんでした。
雲はいつも空にありますから、そんなに重大な運命を左右するようなものに成り得たことがとても不思議に感じます。

茂木さんのお母様が生きて、命をつなぐことができて、たいへん素敵だと思います。
原爆により命を亡くした人々の歴史の上に、
わたし達は今生きているのだと言えると思います。

世界中から武器が一斉に無くなったら、
物理的な平和の世界が来るような気がします。
そして、手段として交渉のみになるので、
お互いに理解し合えて、やがては本当に平和な世界が来るはずだとおもいます。

今日の東京は晴れています。

人間も自然の一部ですから、
運命も自然とともにあるのでしょうね。
悪あがきして忘れがちです。

投稿: | 2009/06/13 14:07:07

understand!

でも、英文でコメントは書けません。

『fateful day』

投下する場所を選択する時に
奈良や京都は外されたと言う話を
聞いた事が有ります。

寺院などの文化的な芸術的な遺産を
破壊しない為に配慮された。と

文化的or芸術的な事で
イカされる場所もある。

何百年もある物事を大切に継続する為の
配慮はあったが

長く生きても百年前後の人間の継続性は
配慮されなかった。

Blogを読み、そんな事を感じました。

そして
もし投下された場所が
自分の両親が生活していた場所だったらと

私も
暑さの中で毎年1度は、思います。

投稿: ぱろっと | 2009/06/13 12:29:49

I have not known why the tragedy befell to Nagasaki.
So I was shocked to read this diary.
If you had not been born, I could not have met you
and visited here.
However, I hesitate to be pleased simply.

I thought about cloud by chance yesterday.
After taking many pictures of hydrangeas,
I worked at the arbor in the park
listening to bullfrogs and birds and runners' breath.
The sun had set in the wood,
"akanegumo"were melting into darkness.
I didn't know the word in English.
Orange clouds? Pink?

Living in the world
where we can think and feel this and that...
I feel it's a miracle now.

投稿: | 2009/06/13 11:10:05

今生きているって偶然の連鎖と申しますか、やっぱり奇跡に近いなぁと思います。(・ω・)/
なにかしら私たちの生には意味があるんでしょうね?
小倉危なかったんですね
広島長崎の無数の犠牲者はどこへ行ってしまわれたのでしょう…黙祷。m(u_u)m

投稿: | 2009/06/13 8:21:17

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