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2009/06/26

Anne and Katherine

Anne and Katherine

The Qualia Journal
26th June 2009

http://qualiajournal.blogspot.com/

6月 26, 2009 at 07:17 午前 |

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受信: 2009/06/26 17:24:58

コメント

Look at the title Anne, today seem to understand.
Let me see.
I can scarcely understand today too.
But I will catching flow.
Because I was reading to fun.
Anyway I reading English and writing English in everyday.
And I get a English sense in here.
I hope so in this chance.

投稿: ぱろっと | 2009/06/27 6:22:10

追記です。すみません。
原文で読ませて頂いて、ANNEアンと、Cでなくて
Kで綴られるキャザリン(キャサリン)の、この物語で、
この二人の場面での、最も重要なエピソードが、
より鮮明に切実に伝わりました。

連呼されるところ、強調されるところ。
泣きながら、気持ちを搾り出しながら吐露するところ。
想像できました。

アンが親しくなろうと努力したけれども、
剣もほろろにあしらわれてしまったこと。
その気持ちの奥にしまった、幼い日の境遇を
知らなかったことによる、嫉妬、悲しい誤解。
自分は生き方を忘れてしまった、いや知らなかったのだと。
青春もなかったと。

【I was glad when the Pringles made trouble for you.
You seemed to have everything I hadn't . . .
charm . . . friendship . . . youth. Youth!
I never had anything but starved youth.
You know nothing about it.
You don't know . . . you haven't the least idea
what it is like not to be wanted by any one . . .
any one!"
"Oh, haven't I?" cried Anne.】

気持ちの痛い所まで遠慮なく怯むことなく
吐露しあったから、良かったのかもしれない。
アンが感じていた、キャザリンの目の奥にあった
半狂乱の苦しみが、解けて、孤児時代のクロスオーバーする
想いを共有することが出来た。

貴重な場面の原文を引用下さって、原石の輝きを
拝見できました。
ありがとうございます。

投稿: | 2009/06/27 0:14:03

【Anne could have been Katherine, and Katherine
could have been Anne, if fortune and misfortune
have mixed with each other.】

アンはキャザリン(キャサリンとも呼ぶのでしょうか?)
であり得たし、キャザリンもアンであり得た、
もしもお互いに幸福(幸運)と不幸(不運)が
入れ替わったとしたら。

そうですね!本当にもしもマリラとマシュウの
グリーンゲイブルスではなくて、もしも・・・!?

針のような鋭い厳しさを感じる、
愛情を探すのが困難と思えるような
(マリラでさえもアンがその家に引き取られるのは
我慢がならないと思えたほどだったから)
「ブリュエット婦人」に引き取られてしまっていたら!

家族ではなく使用人のような、
子供なのに赤ちゃんの子守の働き手としてのみ
必要とされて、引き取られていたら、
アンの優れた想像力をもって立ち向かっても、
グリーンゲイブルスの夢が破れた後の
悲嘆に暮れた中からでは、
幼い時にたくさんの苦難を乗り越えたようには
再度!頑張れたかどうかは、正直解らないです。
仮にその困難な中で辛抱強く成人したら、もっと厳しい
別の人格になっていたかもしれません。

生後すぐに熱病で亡くなったアンの両親の
ように貧しくても愛し合って、我が子も愛しんだ
人伝にその愛された記憶を聴くこと
(アンは母直筆の、数日留守にした父宛の、
我が子が可愛い!と記した大切な手紙を
大学生の時受け取ることが出来ました)さえも
出来なかった、不遇なキャザリン。

その後の人生。
育ててもらうのに掛かったお金も、
師範免許取得の為のクイーン学院の学費も、
全部返済する。生活をきちきちに切り詰めて。
このあたりは、モンゴメリの『エミリー』シリーズの
エミリー・バード・スターにも似ています。
師範免許を取得して、先生をしながら学費を貯める
(キャザリンは叔父さんに返済する、
エミリーは小説の原稿料で叔母さんに返済する)
ところは、モンゴメリ自身とも似ています。

【何気なくしているときのキャザリンの目に
不満で気が狂いそうな籠の鳥のような、
激しい、半狂乱のなにものかをアンは見てとった。
アンはキャザリンをグリーン・ゲイブルズヘ招こうか
招くまいかと、夜半まで思案したが、ついに、
かたく心をきめて眠りにおちたのであった。
(『アンの幸福』モンゴメリ 村岡花子訳 より)】

「誰からも欲しられないことがあなたには
見当も付かないでしょう?」
とキャザリンは嘆くけれど、
生まれて3ヶ月で両親を亡くし、その後
11歳でマシュウとマリラの家族になるまで、
誰からも真から欲しられたことがなかったアン。
「なんてこの子はみっともないんだろう!」
とキャザリンが子供のとき言われた言葉は、
そのまま、アンも言われていた言葉でした。

鏡のよう。
運命の歯車の噛み合う所が違っていたら・・・?
二人は本当に入れ替わっていたかもしれません。
豊かな人間性も厳しい皮肉の仮面と苦悩も。

出会えて、理解しあえて、その後のお互いの
人生にも本来のものを目指す、
良い変化の始まりになって、本当に良かった。

長くなってすみません。

投稿: | 2009/06/26 23:15:34

茂木先生 こんにちわ

If it is the book read a long time ago,
I will be Sherlock Holmes or Alice about once in 1 is read over

New discovery may be carried out
as Professor Mogi wrote then

・・Since it is restricted when I'm busy,
although it is troubled for a while and is a thing

投稿: | 2009/06/26 20:02:25

Yes, " Anne could have been Katherine,
and Katherine could have been Anne,"
At the same time " Anne and Katherine are
actually like mirror images."

It is very interesting that we have both
Anne and Katherine in ourselves.
Not only the present
but their contingent past.
I feel a sign of free will in it.

We can see Einstein on the Star Festival,
can't we ?
I'm looking forward to seeing the man !!
Ten-year-girl's heroes are Schweitzer
and a polar bear.
Because " Hokkyokuguma " was her "shikona".
She yearned for the mother bear
with licking big blocks of ice
on the hot sands.

投稿: | 2009/06/26 11:40:31

茂木健一郎様
このような出逢いが受けとめ合えるということは
どんな感覚なのでしょう。
生きていることがどこかしら楽になるのでしょうね。

投稿: Yoshiko.T | 2009/06/26 11:31:31

ウーン、本日の英文日記は痛いですねぇ。茂木ィ先生、解説?ありがとうございます
キャサリンとアンは、鏡ですね~
私の中にもキャサリンとアンがいますが、でもキャサリンまで凹んでないかな?人を羨んだり嫉妬したことはないですから~ (自分は自分ひとはひと。みんな違ってみんないい路線です)
ただキャサリンは愛情に飢えていて、幸せに輝くアンを見て「アンは私にないものをすべてもっている!」って嫉妬とか憎しみとかがメラメラ燃えちゃったんですね~(-o-;)(ま、幻想なんですけど)キャサリン可愛いです。
しかし嫉妬とゆーのはケインとアベルに象徴されるように根源的な本能かもしれません。
人は炎のような愛情欲求をもって生まれてくるので、幼少期にこれが満たされないと一生「渇愛」状態になってしまうかもしれません(源氏物語だって渇愛物語ですよね)
人は人に愛を求めますが、まず与えないと返ってこないわけでして。人に愛を与えるには自家発電できないといけないわけでして。自家発電するには幼少期に安全基地が必要なんだなぁ…

投稿: | 2009/06/26 10:07:25

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