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2009/05/12

「憲政の常道」再び

民主党の小沢一郎代表が辞任を表明した。

日本の政治については、個々の事象に
とらわれずに、大局的に、長い目で
見ることが大切だと考える。

2009年1月18日の本日記にも
紹介した「文明の星時間」第45回
「憲政の常道」を再び全文掲載する。

サンデー毎日連載

茂木健一郎 「文明の星時間」

第45回 憲政の常道

 世に「地位が人を作る」と言うが、確かにそういうことはある。能力というものは、最初から定まっているわけではない。ある程度の素質さえあれば、あとはチャンスさえ与えられば人は伸びる。
 とりわけ、政治においては、「地位が人を作る」という側面が大きい。あるいは「地位が政策を作る」と言い換えても良い。与党、野党の間の差異は、必ずしも政策のそれによるものではない。立場からの影響が大きい。実際、野党にいる時は与党を批判して理想論を展開していたのが、政権を担ったとたんに現実的になるというのは、しばしば見られる現象である。
 民主主義においては、選挙によってその時々の政権が選ばれる。つまりは、権力者が民意によって変わり得る。一度権力を握ったからといって、いつまでも安泰ではない。当然、今まで権力とは縁がなかった人が、初めて重責を担うということもある。すなわち、民主主義は、経験を持たないものが地位につくことによって為政者としての振る舞いを「学習」するという可能性を信じている。
 政権交代には、さらなる学習効果もある。淀んだ水は腐る。ずっと与党の立場にあると、ついつい慢心する。時に下野してこそ、批判的精神を涵養できる。いつか与党に復帰する時のために、政策を練ることができる。与党と野党の立場を交互に経験することは、政治にかかわる者にとって、この上ないレッスンとなる。
 人心の一新こそが、民主主義の命脈だと言える。実際、民主主義が定着している国では、ほとんど定期的と言ってよいくらいに政権交代が起こる。
 アメリカ合衆国大統領は、第二次世界大戦が終結した1945年以降を見ると、8年間の民主党政権(トルーマン)、8年間の共和党政権(アイゼンハワー)、続いて、8年間民主党(ケネディ、ジョンソン)、8年間共和党(ニクソン、フォード)、4年間民主党(カーター)、12年間共和党(レーガン、ブッシュ)、8年間民主党(クリントン)、8年間共和党(ブッシュ)そして、2009年1月20日からは、再び民主党(アフリカ系米国人として初めて選出された民主党のバラック・オバマ氏)と、ほぼ8年ごとに政権交代している。
 英国も、1945年にチャーチル首相が辞任した後、労働党(アトレー)、保守党(チャーチル、エデン、マクミリアン、ダグラス・ホーム)、労働党(ウィルソン)、保守党(ヒース)、労働党(ウィルソン、キャラハン)、保守党(サッチャー、メージャー)、労働党(ブレア、ブラウン)と二大政党が交互に政権についている。
 一方の日本はと言えば、政権交代はほとんど機能していない。1955年の自由党と日本民主党の間の「保守合同」によって自由民主党が誕生して以来、ほぼ一貫して政権を握ってきた。自由民主党が政権を離れて野党となったのは1993年から1994年にかけての細川、羽田両内閣の時代だけである。日本社会党(当時)の村山富氏を首相に指名した連立政権により、自由民主党は与党に復帰した。結果として、一年にも満たない「下野」となった。
 原理的には政権交代が起こりうる、そして起こるべき民主主義の体制であるにもかかわらず行われない。政権交代で野党と与党の間を往還することが政治的見識の涵養に資することに鑑みれば、深刻な機会損失がそこにある。
 しばしば、「野党には人材がいない」とか「政権担当能力がない」などとしたり顔で言う人がいる。このような日本人のメンタリティこそが、旧弊と呼ぶべきものであろう。発言者の主観的な思い込みに過ぎない。人間の脳の学習の可能性を知らない。民主主義を自ら生み出した国と、輸入した国の違いがここにあるのだろうか。
 福澤諭吉が、アメリカに行った時に初代大統領ジョージ・ワシントンの子孫はどうなっているかと尋ね、誰も知らぬし関心もないことに驚いたという逸話を思い出す。二世、三世議員が内閣総理大臣に就くことが「ギネスブック記録」のごとく続き、万年与党と万年野党が対峙する日本は、幕藩体制がまだ続いていると思われても仕方がない。
 日本でも、かつては、政党の間で政権交代が行われることの大切さが主張された時期があった。「大正デモクラシー」と言われた時期、短い期間ではあったが、内閣が失政で辞職した場合、次の内閣は野党から立てるべきだという原則が主張されたのである。実際、「立憲政友会」と「立憲民政党」の間で曲がりなりにも交互の政権担当が実現した。
 司馬遼太郎の言う「坂の上の雲」を目指して上り詰めたところに日本人が見いだした、さわやかな空気。この頃の日本は明るくのびやかな誇りに満ちていた。やがて、昭和前半の戦争続きの時代の黒々とした積乱雲が、全てを覆い隠すようになる。
 人間は面白いもので、認識において学ぶことができないことを、行動を通して習得することができる。日本人が、理念の力で政権交代を実現できないのならば、いっそのことたとえば4年とか8年ごとに交互に政権を交代するということに決めてしまったらどうか。
 選挙民は、その時、無能にも思えた野党の人たちが、政権についてしまえば案外現実的で、立派に政策を実行できることを知ることになる、また、万年与党の人たちも、野党の立場から相手を批判することの自由闊達を知ることになる。そのようなサイクルを何回か繰り返せば、さすがの日本人も政権交代の脈動に目覚めるだろう。
 今日の私たちが抽象的な理念としてしか知らない「憲政の常道」は、過去そして未来の「坂の上の雲」の中にある。日本人には駆け上る足腰があると、私は信じる。

5月 12, 2009 at 08:07 午前 |

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» 次期首相を目指す候補者、なぜ政策論争しないのか 小沢氏意向で民主代表選での政策論議封じ込め  トラックバック The ポータルサイト(情報と意見交換の場)
辞任を表明した小沢一郎・民主党代表の後継選びが16日に決まった。党員投票を含む本格的な代表選ではなく、両院議員総会を開いて国会議員投票で選出する。しかも、その日程は当日午前に告示、午後には新代表が決まるというものだ。選挙運動期間がない。... [続きを読む]

受信: 2009/05/13 6:02:56

コメント

茂木健一郎先生 おはようございます!
 お忙しい中お返事いただきありがとうございました。
ご利用させて頂くことで少しでもお年寄りの方の脳が活性化されて喜んでいただければと、私も大変うれしく思っています。
早速、アハピクチャーをテレビに映し拡大して使用させていただこうと思ってます。
 すみませんが、、私どもの施設においては認知症の方がいらっしゃるんですが、ご利用させていただく上で留意点がございましたらご指導お願いします。
大変勝手で申し訳ございませんがよろしくお願いいたします。
 ”感謝” 

投稿: 楠本 隆 | 2009/05/23 6:33:27

茂木健一郎先生 はじめまして!
 突然お便り差し上げる事をお許しください。
私、長崎県佐世保市に在住してます 楠本 隆と申します
現在 介護老人保健施設に勤務してます。
 
 この度 茂木先生の著書や世界一受けたい授業などを拝見させていただき、茂木先生先生の著書「アハ!体験」アハピクチャーを、お年寄りの方にも役立つのではないかと思い、出来ましたら是非私どもの職場で使用させていただきたくお便りさせていただきました。
どうかよろしくお願いいたします。
                      楠本 隆       
 

楠本さま

どうぞお使い下さい!

茂木健一郎

投稿: 楠本 隆 | 2009/05/21 19:58:34

茂木先生おはようございます♪

個々の事象のみ見てしまいがちです。先生の言葉にはっとしました。もしかしたら次の選挙では政権交代があるのではと期待していたので、政治献金問題からのながれ無知ですが残念に思います。

今朝も小沢批判のニュースが多いですが、私も疑問に思うものがありますが、大局をみることが大切だということ、長いめでみていかなければいけないのだと思いました。

日本人には駆け上がる足腰があると私も信じたいと思います!

投稿: wahine | 2009/05/13 7:33:18

追記です。

政治は大局的な視点から見るも大切だが、民衆からのこまめで賢明な視点も重要ではないか。

政治を見るなら、この2つから見ることが大切のように思える。大局的な視点も、100年、200年先という単位ではなく、どうせなら500年、1,000年先までの長い視点まで観たほうが良いのではないか。

私達はついつい、些細で余計な目先のことにとらわれて、この2つの視点から政治を眺めることを惰りがちなのかも知れぬ。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/05/13 5:43:44

かつての大正デモクラシー時代以上に、今の与党・野党の議員独り独りが「憲政の常道」を貫けるか如何かは、ひとえに、民衆独り独りの立場に立って、政道を考えられるかどうかに繋がっている。

庶民独り独りの立場に立つには、現場の感覚こそ大切である。現場に赴き、そこに起こっている問題を丹念に調べ、その問題を解決するためにもっとも効果的な政策は何かを、徹底的に考え、協議する。その為には、そこの現場で苦悩する人々の気持ちに政治家自身が立てることが、いの一番に大切だろう。

与党・野党を問わず、国民独り独りの思いに寄りそう事が出来る政治家が、そろそろ、現われてもいい時代なのではないか。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/05/12 21:59:24

上高地のすばらしいロケーションと
鮮烈な息吹の伝わる写真をありがとうございます!

党首の辞任によって
ふたたび停滞していた政治の空気が
動き出しました。
日本ですくなくとも二大政党制が行なわれ
国民が政策を選択できるかどうか
大切な時期にさしかかっていると思います。
国が民から集めたお金をまっとうに使うことができるかどうか
まっとう、というのは正義感や価値観を含むと思いますので
わたしたちも「個々の事象にとらわれずに、
大局的に、長い目で」
心して見ていこうと思います。
政治家には与野党の別のほかに
行動的勉強家と、人の話をよく聞く人
がいるような気がします。
断然前者を応援するのですが、
このブログを読んでその根拠がはっきりしました。
みずから胸に期し、「学習」の機会を逃さず、
最善策を追究する人でないと、
局面ごとに態度が変わり、体系をなさず
それでは選んだときと話がちがう
ということになってしまいます。
政治でできることは限定的な気がしてきましたが
それでも国や社会を映す鏡にはちがいありません。
一方的な批判より
そこに自分が映っている、
と思うようにしたいですね。

投稿: 島唄子 | 2009/05/12 16:41:19

茂木健一郎様

広くお伝えくださることをお祈りしております。
同じ考えをお持ちのかたは多いと思われます。

投稿: Yoshiko.T | 2009/05/12 11:55:38

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