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2009/05/31

明るい太陽の周囲に

お昼を食べようと、
新宿西口を歩いていた。

天丼の店をのぞくと、混んでいた。

それで、隣りの吉野屋にしようと
思った。

しかし、しばらく前に入って、
前のカウンターの人と至近距離で
目が合ってどきまぎしたことがある。

どうしよう、と思って
のぞくと、壁に向き合った一列がある。

ほっと座って、ショウガ焼き定食を
頼んだ。

キムチもつけた。
温かいお茶や冷たいお茶もありますと
書いてある。

「プレジデント」の取材。
ライターの三浦愛美さんのアレンジ。
石井綾子さんもいらっしゃる。

三浦さんと石井さんであわせて、
「ちびっこギャング」である。

大好きな木村秋則さんに
お目にかかる。

朝日カルチャーセンターの対談。

木村さんが「奇跡のりんご」
を作るまでの苦闘の物語は、
『奇跡のりんご』
『リンゴが教えてくれたこと』
『プロフェッショナル 仕事の流儀 農家 木村秋則の仕事 りんごは愛で育てる』
に詳しい。

木村さんの語りの魅力に
惹き付けられる。

苦難が情熱を生む。この真理を、
木村さんほど体現している
人はいないだろう。

佐渡で放したトキは、本土に
渡っていってしまった。

自然のものは、囲い込もうと
思っても無理。

トキが住めるような環境が、
日本に戻ってくることはあるのか?

いつまで、私たちは自然の生きものたちの
ホロコーストを続けるのか?

木村さんが始めたことの意味は
とてつもなく大きい。

終了後、木村さんを囲んで
懇談。

明るい太陽の周囲に、たくさんの
こもれびが生まれた。


へんな顔をする植田工くん


近内くん。


カメラを構える佐々木厚さん。
奥に有吉伸人さん、柴田周平さん。


プロフェッショナルの木村秋則さんの回の
撮影をした原田人さん。となりに
「編集者生命を賭ける」岩崎英彦さん


談笑する木村秋則さん。


原田人さんと、木村秋則さん。


ブルータスの「伝説の副編集長」
鈴木芳雄さんのブログ
「フクヘン」に、見事な
レポートがあり(さすが!)、そこに私と
木村秋則さんのツーショット写真が
掲載されています。

「フクヘン」2009年5月30日


池上高志から、「おい」
というメールが来たので開けてみたら、
スペインに行っていたらしい。


Date: Sun, 31 May 2009 02:04:40 +0900
Subject: おい
From: takashi ikegami
To: Ken Mogi


桑原武夫学芸賞受賞だって、おめでとう!
スペイン行ってて気がつかなかった。

うれしいです。また飲みに行こう。

池上高志

5月 31, 2009 at 07:13 午前 | | コメント (32) | トラックバック (4)

2009/05/30

歴史の歴史

一日中大阪で仕事。

関西テレビの生放送に出る。

「コルテオ」について話す。

夕刻、仕事の合間を見て、
「国立国際美術館」に。

杉本博司さんの
『歴史の歴史』展
を以前から見なければ、と思っていた。

2003年に東京のエルメスビルで行われた
時は幸い訪れることができたが、
その後、アメリカを巡回した後、
規模が大きくなって金沢の21世紀美術館
に戻ってきた時には、会期中に
行くことができなかった。

金沢には行く用事があったのだが、
空いた時間がなくて果たせなかったのである。

白洲信哉の日記

を読んで、
ますます行きたくなっていた。

____________

 週刊ポスト古都逍遥の撮影で京都へ行く。時間の余裕があったので、大阪国際美術館の「杉本博史展」を見に行く。先般金沢21世紀美術館で同展を楽しんだのだが、ロンドンギャラリーの田島さんが「また違うよ」との推薦もあって再び拝見。そして感動と会場やライトのあてかたでこんなに違うものかと考えさせられた。「虫入りの琥珀」「明恵 断簡」「春日曼荼羅」「父尉古面」「近江日吉社古面」「百万塔の経」などあげたら切がない。なんども見たはずの祖母旧蔵の十一面観音さまの足指がなんなに綺麗だったかとか、女神像の細かな彩色、レンブラントの細い線。見るというのは本当に難しい。閉館まで堪能した。
 
白洲信哉の平成21年5月29日の日記より
__________

やっと、入り口に立つことができた。

杉本博司さん御自身の作品が、
収集された骨董、
アポロ計画ゆかりの写真、
戦争中のタイム・マガジンの表紙、
解剖図、化石などと融合して
不可思議な空間をつくる。

一つひとつの作品の表現自体は
もちろん、そもそも美術という
制度が成り立つ前提についての、
認知の枠組みが揺るがされ、
見る者は不安にさせられる。

そして、その分だけ、確かに自由になるのだ。

放電現象を用いた作品の中に、
うっとりするほど美しいものが
あり、しばらく目が離せなかった。

樹状突起がうねうねする世界の中で、
そこだけほっこりと日が差して、
見たこともないタンポポのような
花が咲いている。

信哉が書いていた
「十一面観音さまの足指」
も見た。愛らしかった。

フランシス・ベーコンの絵が
思わぬところに隠れていた。


「歴史の歴史」展は、6月7日(日)までです。
まだの方はぜひお出かけ下さい!

会場を巡っている間、
学芸員の安來正博さん、植松由佳さんが
いらして、しばらくお話することが
できた。

美に仕えている人と話すと、その
たたずまいに心が満たされていく。

5月 30, 2009 at 08:38 午前 | | コメント (22) | トラックバック (2)

2009/05/29

懐かしい気持ち

私と一緒にいとこの結婚式に出席した
両親は、その後、
福岡と北九州の親戚の家に
一泊ずつした後、
新幹線で移動し、
姫路城を見たとのこと。

それから、有馬温泉に一泊した。
以前から泊まってみたかった
ようである。

父親と電話した。

お客さんがとても少なくて、
仲居さんが「わざわざいらして
くださってありがとうございました」
と和菓子を下さったという。

「神戸で、有馬温泉の人たちが
もう大丈夫だから来てくださいと
キャンペーンをやっていたよ」
と父。

良い時間を過ごしたようで、私も
うれしい。

NHKプロフェッショナル班の
柴田周平さんと、成城学園前駅で
待ち合わせ。

東宝スタジオに行く。

入り口には、『七人の侍』
の大きな壁画。

歴史を刻んだ場所だということがわかる。


東宝スタジオ入り口にて。シルエットは柴田周平さん。

しばらく待っていると、先に来て
ロケをしていた粟田賢さんが
内側から空けてくれた。

粟田さんと言えば、
2009年2月20日のクオリア日記
「現場で生きる」で既報のように、「へっへっへっ」と笑う
その顔が素敵なディレクターさんである。


笑顔が素敵な粟田賢さん


スタジオ内にある
「メイクアップディメンジョンズ」
のオフィスを訪ねる。

特殊メイクアップアーティスト、
江川悦子さんがにこやかに迎えて下さった。

「あのう、よろしければ、Tシャツに
を脱いで、このローブを着てください」
と江川さん。

椅子に座ると、さっそく始まった。

頭髪の上にゴムをかぶせる。
生え際のラインを線引く。

鏡を見ながら、「そうか、オレは、
出家して剃髪すると、こういう
顔になるのか」と考える。

柴田周平さんが、「なかなか似合っていますよ」
と言う。

粟田賢さんが、「へっへっへっ」
を笑う。

それから、造形剤を塗り始めた。

目をつむると、もうそこからは
感触でしか何をやっているのかわからない。

頭のてっぺんから首筋まで、
まんべんなく包まれる。

口もぎゅっと閉じていて、
鼻の穴だけが開いている。

そのうちに、吸っているのか吐いているのか、
わからなくなった。

20分ほどで終わる。

「取りますよ」と江川さんが言われるのが
聞こえてそれから、頭のあたりで
水が沸騰しているような感覚になった。

「作業が速かったですねえ!」
と江川さんに言うと、
「スピードが勝負ですから」
とのお答え。

ハリウッド映画などを中心に
大活躍されている江川さん。
とてもやわらかな印象の、素敵な人だった。

柴田周平さんと外のテーブルに座る。

雨は上がっていた。

話しながら、少し寂しそうな表情を
する柴田さん。

そのうち、にっこり笑顔になった。


柴田周平さん。東宝スタジオにて。


NHKに戻りながら、柴田さんと
話した。

弘前出身の柴田さん。

なぜ、この人は懐かしい気持ちになるのだろう
と考えながら、車窓の風景を眺めていた。

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の収録。

医師の中村清吾さん。

人に対して、人として向き合うこと。

その温かさがすべての出発点であることを、
中村さんに教えていただいた。

5月 29, 2009 at 06:12 午前 | | コメント (19) | トラックバック (3)

2009/05/28

Tomorrowになれば

リーガロイヤルホテル。

雑誌「和樂」に連載していた
「日本のクオリアを旅する」
がこのほど単行本になる。

そのゲラを、渡辺倫明さんとともに
見る。


渡辺倫明さんや、橋本麻里さん
と、日本の各地を旅した。

たとえば、熊本のトンカラリン。
白神山地。知床。西表島。
五島列島。

自分が綴った文字を読んでいると、
このようにして体験が定着されている
ということの不思議さを思う。

文章というものの力は偉大である。

発売は7月7日の予定。

早稲田大学。国際教養学部で、
Modern Brain Scienceの授業。

神田の小川町交差点の近くに
あるウェッジ 
へ。

『クオリア立国論』120冊にサインをする。

キリンや、火山や、チューリップや、
樹と鳥や、嵐の中の樹や、フラワーピッグや、
手乗り猫など、たくさんのイラストを描く。

サイン本は、近日中に都内の書店何カ所かに置かれる予定です。

編集を担当して下さった松原梓さんを
ウェッジの受付のところで記念撮影。

受付の橫には、雑誌Wedgeとともに、
『クオリア立国論』が置かれていた。


松原梓さん


クオリア立国論

ウェッジの方々と、近くのMio Postで
懇談。

このあたりは、学生時代から数限りなく
歩いた場所である。

少しふらついてみようと思ったが、
店を出るとタクシーが停まっている。

松原さんが気を利かして
呼んでくれていたらしい。

チケットを、渡しているのだろう。

今さら、「要りません」というと
運転手さんに気の毒なので、
おとなしく乗った。

それで、いつもより随分早い時間に
家に向かった。

タクシーに乗ってみると、
どうも疲労が溜まっていたらしく、
うつらうつらする。 

観念して、早めに眠った。

朝起きて、バロックを聞きながら
仕事をする。

このところトイレにはAnne of Windy Willows
が置いてあって、しおりを工夫して
次に入ったときにはその行から読めるように
なっている。

今朝は、ElizabethがAnneからミルクを
受け取って、Tomorrowの話をした。

Elizabethは夢見がちな女の子で、
Tomorrowになれば、いろいろな願いが
かなうと信じているのである。

5月 28, 2009 at 06:41 午前 | | コメント (23) | トラックバック (2)

2009/05/27

『疾走する精神』

新刊のお知らせです。

茂木健一郎
『疾走する精神』 
(中公新書)


雑誌「中央公論」に連載していた
「新・森の生活」が新書になりました。

現代を読み解くキーワードである
「多様性」についてさまざまな角度から
思考を重ねた渾身の論考です。

みなさま、ぜひお読みください!


あとがきより


 世界が多様であることを知り、それらのものと行き交うことは、私たちの心をやすらぎで満たしてくれる。この本に収められた20のエッセイを振り返ると、私はそのような確信で満たされる。
 本書は、雑誌「中央公論」に連載された『新・森の生活ー多様性を科学する』をまとめたものである。毎回、世界の中の多様性に耳を傾ける思いで、さまざまなテーマについて文字を綴った。いろいろなものに向き合う中で、自然に「疾走する精神」への助走が自分自身のテンポとなっていくことが感じられた。
 南の海のサンゴ礁。山中の木もれ日。花が咲き乱れる高原の草むら。私たちの心にやすらぎを与えるもののすべては、実は「多様性」と「疾走する精神」の結合によってもたらされるものではないかと思う。
 テンポを見誤ってはいけない。急ぐことなく、しかし決して淀むこともなく。まるで神がもたらした奇跡のようなモーツァルトの音楽の数々が、疾走する精神がもたらすやすらぎの何よりも鮮烈な事例となってくれている。
 「中央公論」連載中は、同編集部の井之上達矢さんに大変お世話になった。毎回のテーマ設定を含め、的確なアドヴァイスをして下さった井之上さんは、これらのエッセイのよき伴走者であった。書籍化に当たっては、中公新書編集部の松本佳代子さんにいろいろと助けていただいた。きめ細やかな心遣いと、鋭いアイデア。井之上さんを引き継いだ松本さんとの伴走で、心地よくゴールを迎えることができた。ここに、井之上達矢さん、松本佳代子さんに心からの感謝を捧げる。

2009年5月 東京にて 茂木健一郎


『疾走する精神』より、
「アカデミズム」抜粋。


 自分の専門に近い人が、隣にはいない。そのようなトリニティ・カレッジのハイ・テーブルにおける多様性のあり方は、「同じ種類の樹木を探そうとすると、遠くまでいかなければならない」という熱帯雨林の様子を思い起こさせる。
 そもそも、アカデミズムとは、多様性の中にこそ花咲くものではなかったか。この世界の森羅万象を、単一の方法論だけでとらえきれるはずがない。他流試合の積み重ねの中で鍛えられる強靱な精神こそが、アカデミズムの本来的産出物ではないか。
 単一の専門性の中に立て籠もってしまうことは、知性にとってはもちろん、より広い視点からの人間の精神性においても、致命的な失策となる。
 かつて、「物理帝国主義」というものがあった。この世の全ては物質であるから、その運動を方程式で記述していかば、やがては全てを説明することができる。従って、将来、全ての学問は物理学に吸収され、その一分野となる。そんな、少し思い上がりの入った、楽天的な考え方だった。
 物理帝国主義を夢見る学徒がいる一方で、全ての人間の営みは経済学的動機で説明できると主張する学者がいる。私のかつての学友は、「全ての人間行為は政治的である」と断言した。もちろん、彼は政治学が専攻であった。過激な言語学者は、この世には言語には以外には何もない、と結論付けることであろう。心理学者は、全ては心理のあやであるとし、進化生物学者は、人間は遺伝子を運ぶ道具に過ぎないと本音では思っているかもしれない。
 ある学問の枠組みにとらえられてしまうことが、本当の「知」からは外れることにつながる。小林秀雄はそのように警告した。だから、昔の人は、「大学にいくとバカになる」と言ったのだと。その小林が私淑した本居宣長も、当時の既存の学問体系の中に立て籠もっている学者たちに対して批判の刃を懐に忍ばせて「国学」を打ち立てた。。
 「圧倒的な知の卓越」を目指すことと、ある特定の学問体系に固執することの間には、根本的に相容れない点がある。そもそも、才能とは過剰なものである。たった一つの専門性で満足してしまえるような知性など、もともと大したものではないのだろう。
 思えばアカデミズムの本分とは、多様な「知」の花が咲く野を全速力で疾走することなのではないか。その中で、ただ単に諸学を蹴散らし、食い散らかしてしまうのではなく、やがて一つのはっきりとした形をとった統一へとまとめ上げることを志向する。そのために、多様な要素をぎゅっと集めて凝縮する。様々な彩りの知が集まって臨界点に達した時、そこから未だ見たことがないような洞察の光が放たれる。
 この世に驚嘆すべき新しい知が現れる時には、必ず、多様性の高度な凝縮がある。創造性は一般的な生命原理の一部分である。生物が交配を通して進化するように、人間が生み出す知もまた、異なる要素が凝集することによって先へと進む。
 しかも、知の融合は、生物の交配のような様々な物理的制約から自由なのである。

疾走、そして凝縮

 今日、モーツァルトが寵児なのは、その音楽の疾走感が私たちの時代精神に合っているからであろう。
 たった一つの分野だけをとっても、出版される論文の数は膨大なものにある。1905年に出版されたアインシュタインの相対性理論の論文は、引用文献がゼロであった。今や、そのような「ゆるい」書き方は許されない。アカデミズムの各専門分野において、一つの業績として認められるためには、当該領域において過去に積み重ねられてきた業績の上にきちんと現在の研究を文脈付け、何が一体新しいのか、その差分を明示しなければならない。それができるようになれば、大学から博士号が与えられる。
 しかし、専門分野における文脈付けに拘泥して、横断的な疾走精神を失ってしまっては、古代ギリシャから綿々と続くアカデミズムの精神が枯渇する。
 多様性の森をそぞろ歩くなどという悠長な事は言っていられない。モーツァルトのアレグロのように疾走する。その過程で出会う知の萌芽の様々を、自分の一身に凝縮する。そのように走る探求者の姿が、次第に光り輝いてくる。
 今日においてプラトンやソクラテスの精神を受け継ぐアカデミズムの姿は、疾走と凝縮の中にこそある。そのことを、一人ひとりが銘記せよ。

5月 27, 2009 at 07:46 午前 | | コメント (18) | トラックバック (4)

何かをつかんでくれて

 PHP研究所にて、古田敦也さんと
対談。

 「バッターには、本人が気付いて
いない癖があるんですよ。」
と古田さん。

 「カーブが来て、見送った時に、
そのしぐさで、ああ、直球を待っているな、
とわかる。ところが、本人はばれていないと
思っているんです。」

 「バットを振って、空振りした場合には、
その振り方で待っていた球種がわかる。
その時には、さすがに本人もあっ、
これはばれたな、と思うから、次に
待つ球種を変えてくるんですよ。」

 プロ野球の選手の球は速い。
 バッティングセンターでの私の拙い
経験からしても、
 タイミングをうまくとらないと
打てないはずだ。

 「ピッチャーに呼吸を合わせるんですよ。」
と古田さんは言う。

 「足を上げて、腕を振り上げて、
投げる。その一連の動作に合わせて、
こちらも動作するんです。足を上げて、
バットを揺らして、振る。そうすると、
タイミングが合う。」

 投手と打者は敵同士。

 うまく打つためには、敵に
タイミングを合わせなければならない。

 そのふしぎな脈絡に、香ばしい世界の真実を見た。

 古田敦也さんは、さわやかで、まっすぐで、
そして言葉に力のある人だった!

 対談は、
 古田さんが今度出される新書に
収録されるとともに、The 21に
掲載される予定。

古田敦也さんと。撮影は横田紀彦さん。


 NHK。
『プロフェッショナル 仕事の流儀』 
の打ち合わせ。

 乳腺専門医の中村清吾さんがゲストの回。

 担当は、長尾ディレクター。

 プロフェッショナル班のある
社会情報番組の部屋は、もう少ししたら
「引っ越し」をする予定。

 番組が始まって以来ずっと使ってきた
この打ち合わせ部屋も、使うのはあと
何回か。。。と思うと、感慨深い。


打ち合わせ風景


破顔爆笑の有吉伸人さん。


住吉美紀さん。

明治大学。

合田正人先生と、討議。

最前列に野澤真一が座り、
動画を撮影する。


野澤の日記「フェムトセカンド」 
を見ると、もうyoutubeに動画を
上げていた。

野澤くん、ありがとう!



合田正人先生との討議の様子。
野澤真一のyoutubeより。
「フェムトセカンド」参照。

「私」の中心には、合田先生の言葉を
借りれば「よそよそしい」何ものかがある。

志向性の起点としての「私」の中核に近づくほど、
そこには不可視のものが表れる。

無意識の情動は自分にも容易にはコントロール
できぬ契機に満ちている。
誰でも、自分の欲望や感情に驚いた
経験はあるだろう。

意識を否定する消去主義の研究者も、
人間精神について考えるとっかかりとして
自身の内観を参照している。

視覚のさまざまな性質については、
内観に頼らなければ十分なことは言えないだろう。

意識の内観に依拠できない無意識の
ダイナミクスについては、同じような
手法を用いることができず、かえって
研究する上での方法論上の困難があるという
逆説。

「私」の核にあるよそよそしさは、例えば
ヒエロニムス・ボスの『快楽の園』の図
に美しい表現として結実されている。

野澤の上述の日記に
あったフレーズ。

_______

合田先生に「フランス語ができないとかドイツ語ができないとか、
そんなこといってんじゃだめですよ!読むんですよ!
私はやれといわれたら英語だってフランス語だってなんだって、
その言語で論じることはできますよ!」
と言われて、
その厳しさが、聞いていてとても愉快だった。
いや、ほんとに、愉快というほかない。
こういう人たちと切ったはったで論じ合うことができるというのは、
我々にとってはこの上ない福音であろう。

野澤真一 「フェムトセカンド」より

_________


こうやって、何かをつかんでくれて
いるということを知るのは、指導教官として、
人生の某かの先輩として何よりもうれしい。

そのような場を作って下さっている
合田正人さんに深謝。

5月 27, 2009 at 07:23 午前 | | コメント (26) | トラックバック (6)

2009/05/26

プロフェショナル 細野秀雄

プロフェッショナル 仕事の流儀

石ころだって、宝になる


~材料科学者・細野秀雄~

細野秀雄さんが発見した鉄化合物の
超伝導は、歴史に残る画期的なもの。

その研究を貫く哲学に、私は震撼した。

青春の日に受けた感動が、
人生の時の経過の中でいかに伏流して、
やがて思わぬかたちで姿を現すか。

世界は広い。人間は深い。

それこそ、何気ない石ころの中にも、
輝く宝石が隠れている、
そのことを信じさせてくれる
素晴らしい番組となりました。

NHK総合
2009年5月26日(火)22:00〜22:49

http://www.nhk.or.jp/professional/

すみきち&スタッフブログ

Nikkei BP online 記事(produced and written by 渡辺和博(日経BP))

5月 26, 2009 at 07:43 午前 | | コメント (15) | トラックバック (4)

文明の星時間 楊貴妃の光

サンデー毎日連載
茂木健一郎 歴史エッセイ

『文明の星時間』 第65回 楊貴妃の光
サンデー毎日 2009年6月7日号

http://mainichi.jp/enta/book/sunday/ 

抜粋

 白居易の『長恨歌』には、楊貴妃の美しさが次のように歌われている。
 「玉容寂寞涙闌干 梨花一枝春帯雨」
 (玉のように美しい顔はさびし気で、涙がこぼれる。そのありさまは、梨花が一枝、春に雨を帯びているようである)
 楊貴妃が亡くなってから五十年経った頃に作られた長恨歌。白居易の詩は華麗な修辞にあふれ、唐代の文化の煌めきを象徴するかのようである。
 楊貴妃の好物だったと伝えられるのが、レイシの実。透明感のある白い果肉は独特の優雅な甘みに満ち、絶世の美女であった楊貴妃が愛した食べものとしていかにもふさわしい。
 激動の中国史の中に現れた楊貴妃の光。その輝きを定点とすることで視界から澱は落ち、やがて清澄が訪れる。

全文は「サンデー毎日」でお読みください。

本連載をまとめた
『偉人たちの脳 文明の星時間』(毎日新聞社)
好評発売中!

5月 26, 2009 at 07:35 午前 | | コメント (5) | トラックバック (0)

鉄砲玉

飛行機の中はよく眠れる。

フライトアテンダントにいただいた
Japan Timesを一通り読んだ後、
すやすやと眠った。

気付くと、もう羽田上空だった。

桑原茂一さん、吉村栄一さんと、
銀座で「how to argue」(議論の仕方)
について討論。

電通の佐々木厚さんも同席。

白洲千代子さんの展覧会に立ち寄る。


桑原茂一さん、吉村栄一さん、
佐々木厚さんが熱心に見る。

たまたま、白洲明子さんもいらして、
写真どうですか、とお尋ねしたら、
「私はいいわよ」と言って逃げた。

明子さんがいなくなってしまったので、
白洲千代子さんと一緒に記念撮影。

今回の展覧会は、千代子さん得意の
アクセサリーに加えて、
現代アート的な作品も展示されている。

そして、どの作品も購入することが
できる。

私は、「円グラフ」を譲っていただくことに
した。

展覧会は、本日(5月26日)が最終日。

http://www.msmsorange.com/cgibin/s_news/s_news.cgi 

皆さん、お出かけください!



展覧会場で。白洲千代子さんと。


展覧会場で。吉村栄一さんと佐々木厚さん、そして白洲千代子さん。


展覧会場で。桑原茂一さん。


資生堂の汐留タワーにて、脳科学の話をする。

若林則夫さんの姿が見えた。


ロイヤルパークホテルにて、
海豪うるるさん、PHP研究所の
渡邉智子さん、編集者ライターの露木朋子さん
と打ち合わせ。


幸い12万部を突破するベストセラー
となった『化粧する脳』 (集英社新書)
の打ち上げ。

恩蔵絢子さん、和田京子さん、鯉沼広行さん、
猿渡敬志さん、岡崎修一さん、田中泰彦さん、佐々木厚さん、
松本浩和さん、伊藤(田中)理絵さん。


鯉沼さんが予約して下さったお店は
とても美味しかった。

いろいろな人とお目にかかる一日。

「縁」というものは不思議で大切
なものだと思う。
「一人」の存在は、横の人との結合
によって支えられている。

網の上に乗っているボールが、
もし隣り合う糸どうしの結び合い
がなければ落ちてしまうのと
同じように、
私たちもまた、外の人との結び合い
がなければ奈落に落ちてしまう
だろう。

白洲信哉からメールが来た。

________

From: "Shirasu Shinya"
To: "Ken Mogi"
Subject: 信じるものども

茂木さん

そろそろ好きなように!!!
鉄砲玉はおまかせください

酔っ払っているけどさほんとにお会いして嬉しいんですよ!!!
生きてる ことをやりましょう!

白洲

_________

5月 26, 2009 at 07:33 午前 | | コメント (14) | トラックバック (3)

2009/05/25

スクープ写真

 母方の従兄弟の坂田哲郎くんが
結婚するので、
 式に参列するために福岡入りした。

 従兄弟というものは不思議なもので、
しばらく会わなくてもすぐに打ち解ける
親友のようなもの。

 パートナーに選んだ敬子さんは
素敵な人で、哲郎くんの目尻は
下がりっぱなしだった。

 哲郎くんとぼくは11歳差。

 子どもの頃から、哲郎くんは
シャイで、しかし真っ直ぐで
男気があるところがあった。

 お母さんは、私の母の妹の
禮子さん。
 禮子おばさんは看護師を
していて、その影響もあったのか、
哲郎くんも看護師として一生懸命
仕事をしている。


 お父さんは、坂田政則さん。
残念ながら、10年ほど前に亡くなった。

 母がよく里帰りしていて、
その時についていったこともあって、
九州の親戚とのつき合いは深い。

 小学校5年の時に井上陽水を
教えてくれた秀和おじさん。

 釣りや山登りにもつれていって
くれた。
 霧島の高千穂峰に登ったこともある。

 やはり小学5年生の時に、
喫茶店で
 ブルーマウンティン・コーヒーを
ご馳走してくれた
綾子おばさん。

 その時、「ブルーマウンティンを
飲むんだったら、砂糖やミルクを
入れては駄目だ」と言われて、初めて
ブラックで飲んだ。
 
 大きな裏山のある農家に嫁いだ
妙子おばさん。

 嫁ぎ先の平原さんにはよく遊びに
いってお世話になった。
 ある時には確か1週間
か2週間滞在させていただいて、
 山でモンキアゲハやナガサキアゲハ、
ムラサキシジミ、ムラサキツバメを
追いかけた。

 
 私の父と母も同行。

 母は、親戚の人に会うと
なまりが出て、少しモードが変わる。

 哲郎君が小学校低学年だった頃、
いっしょに博多郊外の山に登って、
哲郎君が立ち小便をしている
ところを私が「スクープ写真」
したことがある。

 その写真が現像されてきて、
みな「これはひどい」と笑っていたっけ。

 あの写真はどこかにあるはずだから、
今度見つけて哲郎君にあげようと思う。


 下にはもっとまともなスクープ写真が
あります。

 哲郎くんと敬子さんが牧師さんの
祝福を受けて、こちらを向くところ。


 哲郎くん、敬子さん、おめでとうございました!



祝福を受ける坂田哲郎くんと敬子さん。



会衆に向って笑う哲郎くんと敬子さん。
哲郎くんの顔が、にやけている。

5月 25, 2009 at 07:36 午前 | | コメント (26) | トラックバック (3)

2009/05/24

脳と魂をめぐる討議

フランス思想に造詣が深い
合田正人先生と、対談いたします。

第一回目は、私が心脳問題について
レクチャーさせていただきましたが、
二回目は合田先生と対論いたします。

これはもう、きわめて興奮すべき
知の修練場となることは
間違いありません。

脳と魂をめぐる討議

茂木健一郎 × 合田正人

2009年5月26日(火)
16時20分〜17時50分


明治大学駿河台校舎アカデミーコモン
3階 アカデミーホール

詳細


入場無料
受講生以外の学生、一般参加可能
(合田正人先生の「フランス文学演習」の枠で開催されますが、どなたでも聴講可です)

5月 24, 2009 at 09:24 午前 | | コメント (15) | トラックバック (1)

明治の文脈

 ねんざというのはじん帯がどうにか
なるらしい。

 足を気をつけながら公園の森を走る。

 人間の身体というのは不思議なもので、
どんな事態にも適応していく。

 足を気をつけて走って、しかも運動量を
確保するには、上半身をぐるぐる
大げさに動かせばいいんだと、
 ふと気付いたようである。

 なんとなくアメンボウになった気分で、
手を大げさに振り回しながら
森の中を走っていると、
 捕虫網を持った人がいた。

 専門的にやったことのある人ならば
ひと目でわかる、プロの使う網を
持っている。

 「すみません、何を調べていらっしゃる
のですか」と聞くと、
 「昆虫全般ですよ。」と言われる。

 「珍しいのがいますか」
と聞くと、
 「私もこの十年で2、3回しか
見たことがないけれども、ウラナミアカシジミ
がいますよ」
と言う。

 驚いた。綺麗な赤い蝶。

 「それに、アカボシゴマダラがいますよ。
ほら、あそこにエノキがあるでしょう。
あのあたりを飛んでいる。」

 同好の士の気配は、やさしかった。

 お礼を言って、また走り出す。

 風に吹かれ、梢を見上げる。

 楽しみがひとつ、増えた。
 
 フジテレビ。『ベストハウス123』
の収録。

 控え室に、大島加奈子さん、増田健史
さんのご夫妻がいらした。

 たけちゃんは原稿の催促に来たに
違いない、と思っていたら、案外
にやにやして要領を得ない。

 大島さんは、幻冬舎で同僚の
君和田麻子さんの取材に同行していらした。

 たけちゃんはただ加奈子さんに
ついてきただけなのかもしれない。

 たけちゃんにリアルゴールドをおごって、
二人で飲みながら立ち話をした。

 たけちゃんの飲みっぷりがなかなか良い。


大島加奈子、増田健史夫妻。
背後にスタイリストの上野さん。


 プロデューサーの朝倉千代子さんが、
友人の結婚式に出席して戻ってくる。

 美しい和服を着ていらっしゃる。

 記念に二人で写真を撮る。


朝倉千代子さんと。フジテレビにて。


 日本テレビ。「世界一受けたい授業」
の収録。

 放送作家の富樫香織さんが
とても元気だった。

 元気な人はいい。声を聞いている
だけで、こちらも元気になってくる。

 富樫さん、倉田忠明さんともども、
今度は飲みましょうね。
 
 仕事が続いて、たくさんの人に会ったり、
打ち合わせが続いたりする時間の中、
私はときおりトイレに引きこもって、
「ふう」と安堵したりする。

 動物園の動物たちも、休日には
ゆっくりしているという。
 他人の視線にずっとさらされている
というのは、案外大変なことではないかと
思う。

 トイレに座って、哲学や物理関係の
ウェブサイトの記述(英文)を読んだり、
ぼんやりと考え事をしたりする。

 そうやって数分潜んでいると、
何かが戻ってきて、また元気に
外の世界に出ていくことができる。

 昨日も、そうやって『三四郎』を
数頁ずつ読み継いだ。

 現代とは異なる明治の文脈に
自分を置くことを想像すると、
不思議に慰撫されていく。

5月 24, 2009 at 08:01 午前 | | コメント (18) | トラックバック (2)

2009/05/23

芸能山城組公演

本日、芸能山城組による公演

ハイパーソニック『AKIRA』ライブ

山城流スペクタクル 群芸「鳴神」


がなかのZERO大ホールであります。

大橋力さんが率いる山城組の舞台は、
バリ島の祭祀空間の気配に根ざし、
大橋先生のハイパーソニックの研究にも
依拠した、すばらしい芸術です。

みなさま、ぜひおでかけください。

詳細

5月 23, 2009 at 11:31 午前 | | コメント (2) | トラックバック (1)

余裕のある精神

マスクについて、高城剛さんが
ブログで書いている。

メディア・パンデミック。 

高城さんの言わんとしているところは、
とてもよくわかる。

先日、ぼくは飛行機の中で
Japan Timesの記事を読んでいて、
マスクについての次の記述に目が留まった。

http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/nn20090519a4.html 


Faced with the imminent arrival of swine flu, many worried people are donning masks in the hopes of preventing infection. However, according to Kamiya, while the regular masks help reduce the chances of catching the new flu, they don't provide complete protection.
"The virus is small enough to penetrate the average mask, although (by wearing one) you can protect yourself from the majority of droplets when someone near you coughs. But if you're aiming for zero (risk), the mask will not make any difference," he said.
Kamiya added that a respirator mask often used by doctors can prevent infection, but the filters are so small it becomes difficult to breathe.

マスクの効用と限界を冷静に記述
した後で、「一番効果的なのは
医者のする特殊マスクだけれども」、
"the filters are so small it becomes difficult to breathe."

と記述するところに、そこはかとない
おかしみが感じられた。

どんな状況でも、冷静な判断とユーモアを
忘れたくない。

2005年の4月1日、ぼくは次のような
記事を書いた。

動物マスク 


最終的に適応的なのは、状況を客観的に見る
余裕のある精神だと私は信じる。

5月 23, 2009 at 10:23 午前 | | コメント (20) | トラックバック (1)

幕末の志士のように

 電車で移動しながら、たまたま
ポケットにあった夏目漱石の
『三四郎』を読む。

 十度目かしら、それとも二十度目?

 心の奥底から、うーむと唸る。

 うまい。

 文字の列を、一つの絵画だと
思えば、一人の青年の青春が、
心の陰影というランドスケープの
うちに、見事に活写している。

 汐留。
 
 アメリカン・エクスプレスが
主催し、東京大学の各務茂夫先生がアレンジする
起業家の皆様向けのセミナーに伺い、
90分お話する。

 日本の未来は暗いなどと言う人も
いるが、そんなことはない。

 会場を埋めた元気な若者たちは、
確かに、明日への情熱と、
海図なしで船を進めるために
必要な直感を探っていた。

 ぼくは、そのエネルギーを信じる。

 「根拠なき自信」を持て。

 そして、底が抜けてしまっている「自分」を、
決死の努力で支えよう。

 ソニーコンピュータサイエンス研究所

 The Brain Club。

 高野委未さんが、
Hidehiko Takahashi, Motoichiro Kato, Masato Matsuura,
Dean Mobbs, Tetsuya Suhara, Yoshiro Okubo (2009).
When Your Gain Is My Pain and Your Pain Is My Gain:
Neural Correlates of Envy and Schadenfreude.
Science 323, 937 - 939
を紹介。

 高野さんは、紹介した論文のすぐれた
点を述べる一方で、自分の
考えも、立場も明らかにした。


バランスの良いセミナーだった。


論文紹介をする高野委未さん。


 高野さんが論文紹介をしている間に、
廣中直行さんがいらっしゃる。

 廣中さんを是非お呼びしてお話をうかがいたい!
と熱い心に突き動かされて動いてくれたのは、
野澤真一くん。
 
 廣中先生は、忙しい中わざわざいらして
いただいた。

 本当にありがとうございます。

 膨大な知識と経験、そして精励の果実としての
ユーモア。

 廣中先生の話術と科学的見識、そして世界観に、
みな魅せられたのではないかと思う。

 野澤くん、廣中先生のトークをアレンジして
くれて、ありがとう。


トークをする廣中直行先生

  
 五反田の「あさり」に飲みにいく。

 廣中直行先生を囲んで、皆で楽しく
話す。


野澤真一と、廣中直行先生。あさりにて。


野澤真一、廣中直行先生、柳川透。あさりにて。


奥から、須藤珠水、石川哲朗、関根高崇、佐藤勇起、植田工。あさりにて。



田辺史子と植田工。あさりにて。


田辺史子と植田工。植田、箆伊の足を食べる。あさりにて。


あさり名物のにいちゃん。


 いやあ、本当によく飲んだね、そして、
笑ったね。

 
 島田雅彦に合流する。

 平野啓一郎さんと文学と科学の話を
始めたら、あっと言う間にばちばちと
火がついてしまって、激論。

 島田が立ち上がって、まあまあとなだめた。

 本気と本気だから、最後は溶け合う。

 握手を交わして、幕末の志士のように別れた。

5月 23, 2009 at 09:14 午前 | | コメント (15) | トラックバック (3)

2009/05/22

海に相当するもの

海に相当するもの

プロフェッショナル日記
2009年5月22日

5月 22, 2009 at 08:44 午前 | | コメント (5) | トラックバック (1)

賞玩

 白洲明子さんからいただいた
「金メダル」を、仕事をしながら
時々ながめていた。

 小林秀雄さんがギリシャへの旅行
で求めて、娘の明子さんにお土産で
持ってきた古代ギリシャのコイン。

 そのコインのまわりに、日本で金を
施したのだという。

 ルーペで見ると、模様がとても
繊細である。


白洲明子さんからいただいた金メダル。古代ギリシャのコイン。「ライオン」の面。



白洲明子さんからいただいた金メダル。古代ギリシャのコイン。「鳥」の面。


 いくら眺めていても飽きない。
 
 その浮き彫りを見た後で、
現代の日本のコインを見ると、その
模様が物足りない。

 何が違うのだろう。

 学生の頃、ヨーロッパに旅行して、
博物館で古代ギリシャの金細工や
コインを見たとき、その模様の
優美さに魅せられた。

 2000年以上の時を経ているのに、
まるで昨日作ったように見事に保存
されている。

 その不思議さが、頭を
離れなかった。

 信哉に、そのことを言ったら、
「金細工は、ヨーロッパには
適いませんよ。日本のものをみても、
ヨーロッパには、足もとにも
及ばない」と言った。

 ヨーロッパにおける「永遠」
の表れ方は、日本と違う。

 そのような形而上学のあり方が、
コインのような小さなものにも
物象化する。

 古代ギリシャの人は、どのような
思いを込めて、コインにライオンや
鳥の模様を施したのだろう。

 まさか、2000年後に、
遠い極東の国で私が手の上に載せて
その模様を賞玩することになるとは
思いもしなかったろう。


 ホテルオークラ。

 文藝春秋「CREA」編集部の井崎彩さん、
梅崎涼子さん、CREA誌上での私の連載
「となりのセレンディピティ」にイラストを
描いて下さっている3rdeyeさん
「文學界」編集部の山下奈緒子さん、
第二出版局の樋口歩さん、藤田淑子さん
とご一緒に、中華料理のランチをいただく。


 井崎さんにCREAの最近の売れ行きは
どうですか、と聞くと、
 「それが、好調なんです。4号連続で
完売なんです!」と言う。

 「どうしてですか?」

 「時代がやっとCREAに追いついて
きたんですかね。」と井崎さん。

 もともと、CREAはどちらかと言えば
派手好み、というよりは、知的な女性に
よって支持されてきた。

 時代の変化で、無理して
「ラグジュアリー」の方に行こうと
するよりも、より実質的な意味で賢く
得をする。そのような本年の部分で読者
に受け入れられているらしいという
のである。

 CREAの時代が来たのだろうか。

 過去のこのブログから、井崎さん、
山下さんの写真。

井崎彩さん。 クオリア日記2008年6月3日より


山下奈緒子さん。 クオリア日記2008年6月3日より

 この時の山下奈緖子さんの写真が文藝春秋内で
「山下はフォトジェニック」
「モデルの素質がある」
と話題になったのだという。

 山下さんはフォトジェニックですね、
と言うと、「私ぼんやりしているんです」
と笑っていた。
 
 『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の収録。

 ゲストは水中写真家の中村征夫さん。

 本当に素敵なお話をうかがった!

 詳細はプロフェッショナル日記
(『海に相当するもの』)で!

 終了後、日経BPの渡辺和博さんと
いつものように収録の感想を話し合った。

 渡辺さんがテーピング用のテープと、
テーピングの本をくださった。

 ねんざのことを心配して下さった
のである。

 ありがとうございます!

 テーピングについて、勉強してみたいと
思う。



テーピングについて説明する渡辺和博さん。

5月 22, 2009 at 08:43 午前 | | コメント (22) | トラックバック (3)

2009/05/21

「金メダル」

 東京工業大学すずかけ台キャンパス。

 柳川透君の、博士論文最終試験。

 柳川くんは、自分が今までやってきた
研究をまとめた後、
 今後の展開も熱く語って、
立派にプレゼンテーションを終えた。

 その後審査となり、見事「合格」
の判定。


 柳川君は、専攻会議や教授会を
経て博士(学術)になることが内定した。

 柳川君、おめでとう!

 博士になるまではとても長く大変な
道のりだけれども、達成した時の
よろこびも大きい。

 試験が終わった後、柳川くんと硬く
握手する。


柳川透博士、おめでとう!

 石川哲朗くんが、会場の設営など、
いろいろ手伝ってくれた。

 柳川が、「石川、ありがとう!」
と後輩と熱い握手を交わす。


石川哲朗くんと熱い握手を交わす柳川透くん

試験会場のあったG3棟を出ようとしたら、
ガラスの向こうにシルエットが見えた。

何となく、野澤真一かな、と思って、
玄関を出て、振り向きながら歩いて
いたら、バランスを崩して
ドテン! と派手に倒れた。

痛い!

先日走っていて派手にひねって痛めた
右足は、歩く分には問題なく、走る時も
ほぼ大丈夫なまでに回復していたが、
その右足に力が加わってしまった。

「くそっ! 痛いなあ!」

と大声で叫んだ。

野澤真一ではない、男子学生がびっくり
してこちらを見ている。

ドリフのコントみたいだと思ったかもしれない。

出口からの道が、少しスロープがついて
いて、ふり返りながら歩いたので気付かずに
その微妙な傾斜の差で転んでしまったのである。

教訓。
あっ、野澤真一がいると思っても、そっちを
振り向きながら歩いてはいけません。

早稲田大学。国際教養学部での授業。

NHK。

「デジタルラジオ」の収録。

白洲信哉と、あれこれと喋る。


何しろ信哉は予定調和とは程遠い人間だから、
どうなるかとはらはらしたが、
むしろそれが面白い感じになって、
実に楽しく話すことができた。

最後の方で、信哉の印象を
「高貴なる野蛮さっていう感じかなあ」
と評したら、「高貴というのはわかりませんけどね」
と言って照れている。

「だって、ただ野蛮って言ったら悪いかな、
と思って、高貴ってつけたんだよ。」
と言ったら、信哉は、
「確かに、ただの乱暴者、ということに
なるかな」
と言って笑った。


NHKラジオセンターにて。白洲信哉と。

あばれ馬を御そうとあれこれと頑張っている
うちに、こちらもいつの間にか一緒に
踊っていた。そんな感じ。

ディレクターの樺沢泉さんも、「いやあ、面白かった
ですねえ」と満足されていた。

信哉は車で来ているというので、ちょっと遅れて
玄関を出てみると、アルファロメオ
にもうちょこんと乗っている。

電通の佐々木厚さんが、後部座席に座っていたので、
私は助手席に座った。

急ぎの仕事があったので、さっそく
始めようとしたが、アルファロメオは
加速が力強く、しかも信哉の運転は
乱暴というか大胆と来ているからG
がかかる。

「おい、乱暴だなあ」
と言うと、信哉は「ヘヘヘヘヘ」と
笑っている。


(高貴なる)野蛮。アルファロメオを運転中の白洲信哉。

信哉のお母様の白洲明子さんから、
事前に、「信哉のところに行く前に
ちょっと寄ってください」と言われていた。

信哉が、アルファロメオをブロロロロと
音を立てて入れたので、「あっ、来た」
と思われたらしい。

ドアをノックすると、もう向こうに
明子さんがいらした。

愛犬のテスが、くるくると回る。

「茂木さん、桑原武夫賞、おめでとう!」
と明子さん。

「ありがとうございます。」

「これ、副賞。」

明子さんが、「金メダル」を手渡してくれた。

「これはね、小林がギリシャから買って
きたコインに、日本で周りに金をつけた
ものなの。茂木さんだったら、こうやって
エリのところにとめられるでしょ。」


片方に鳥が描かれ、もう片方には
ライオンが描かれている。

繊細な模様が、確かな技量で浮き出されている。

大切なものをくださるその温かいお気持ちが
とてもうれしく、
「ありがとうございます」と頭を下げる。


熊谷守一の「喜雨」を預かる。
私が好きだというので、いつも信哉がかけて
くれる軸である。

金メダルを首にかけ、「喜雨」を持って
信哉のいる3Fに上がる。

飛鳥新社で、白洲信哉の本をつくるという。
今回は、祖父母である
白洲次郎や白洲正子、小林秀雄のことというよりも、
自分自身のことが中心となるのだという。

「信哉のスタイル」のようなもの。

その本の中に収録する対談を録るために、
今回はお邪魔した。

信哉が私をおもてなしするという趣向らしい。

まずは帯に使う写真を撮るという。

私はベートーベン風、信哉はモーツァルト風な
表情を決めろという。

仰せの通り、ベートーベンがペンを持つ
有名な肖像がの真似をして、ぐいとにらみつけた。


お手本の肖像画。

 
原稿用紙と万年筆を持つ。

何か書かないとかたちにならないので、
白洲信哉についての作文を書いた。


撮影中に書いた、白洲信哉についての作文。

私に続いて、今度は信哉がモーツァルトの
真似をしている。



モーツァルトを決める白洲信哉。


あれは何年前だったか、私が、信哉は
モーツァルトの有名な肖像画に似ている、
と言ったら、信哉は「そんなことはないでしょう」と否定した。


モーツァルトの有名な肖像画。

ところが、その後、信哉はザルツブルクに旅行
した折、件の肖像画の絵はがきを30枚買って
来たのである。

正確に言えば、店にあったものを全部買って
来たのである。


対談。

信哉が用意してくれた鯛、ハモ、そして
三つ葉と螢イカのしゃぶしゃぶを賞味
しながら、あれこれと喋る。

佐々木厚さんが、「これはうまい!」
と叫ぶ。

新鮮な螢イカ。湯を通して口に含むと、
天上のクリームのように甘美なものが
内側から沁みだして、恍惚とする。

「こんな螢イカないでしょ」信哉が
自慢する。

いくら自慢しても良い。本当においしい。
そして、手を尽くしてそのようなもてなしを
用意してくれる、信哉の厚情に感謝する。


懇談する佐々木厚さんと、白洲信哉さん


「喜雨」といい、いつも使わせてくれるお猪口
といい、信哉の酒席は本当に気持ちがいい。
ありがとう。信哉。

このお猪口は、信哉が初めて自分で買ったもの
だという。唐津。

「うちの母親は九州だから、唐津がなつかしい
気持ちになるのはそのせいかもしれない。」

「小倉じゃなかったっけ?

「いや、もっと遡ると、唐津とか、あっちの
方かもしれない。旧姓は牟田口っていうんだ。」

「おや、牟田口という窯があったような気がする
けど。」



熊谷守一の「喜雨」に見入る。



白洲信哉愛蔵の唐津

白洲明子さん、それに信哉の妹の白洲千代子
さんが上がってきて加わる。


白洲信哉、白洲明子さん、白洲千代子さんと


白洲千代子さんは本当に美しい宝飾品をつくる。

今銀座の「ギャラリー悠玄」で展覧会「白洲千代子の世界」

が開かれている。


5月26日まで。

みなさん、ぜひお出かけください!

http://www.msmsorange.com/cgibin/s_news/s_news.cgi 


談笑しているのを聞きながら、

明子さんにいただいた「金メダル」を
つくづく眺めると、本当にきれい。


白洲明子さんにいただいた「金メダル」


柳川君は博士になったし、私は「金メダル」を
いただいたし、素敵な良い一日でした。

何よりも、温かい気持ちに包まれながら。

5月 21, 2009 at 08:35 午前 | | コメント (29) | トラックバック (2)

2009/05/20

人生の有限性の中で

田森佳秀と話したことの続き。


田森は、一年間MITに行っていた
ことがあって、ノーム・チョムスキーの
下のフロアだった。


「この前SfN行った時さあ、理化学研究所の
藤井直敬さんとか、MITにいたことが
ある人たちが、MITでは学生とか全員に
IPアドレスが与えられるんだと言って
いたけど。」


「そうなんだよ」と田森。

「外の大学は、IPアドレスの割り当てが
クラスBで足りるんだけど、MITは、クラス
Aなんだ。」

「ふうん」

「プリンターにも、IPアドレスが割り当て
られているんだ。だから、おかしかった
んだぜ。日本から、MITに書類を送る時、
IPアドレスで、あの教室のあのプリンター
に出力、ってやったら、向こうから、
ああ、届いた、届いたって。」


「ひょっとして、卒業生にもIPアドレスが
割り当てられ続けるの?」


「いや、さすがにそれはない。MIT内に
サーバーがあって、照合して、認証されれば
IPアドレスが割り当てられるシステムになって
いる。」

「オレが前に金沢工大に来た時さ、お前が
授業やっていて、その時、ある大学で
一人の学生がメールを使って悪いことを
したからといって、その大学のメールアドレスを
全部停止した、といって猛然と怒っていたじゃ
ないか。」

「そうだったかなあ」

「そうだよ。お前、言ってたよ。みなさん、
石川県小松市から誰かが郵便を送って、それが
犯罪に関係していたからといって、小松市
からの郵便を全部停めますか、って。
それくらいナンセンスなことなんだから、
そんなことは絶対に認めちゃいけません、
って、お前力説していたじゃないか。」

「そんなことも言っていたかもしれない。」

「いずれにせよ、MITと日本の大学、
ぜんぜん違うよな。」


何を考え、感じ、何を言うか。

ある一人の人間を信用するかどうか、
愛するかどうかは、いろいろな細かいことの
積み重ねであって、
田森佳秀という男の素晴らしさは、
もちろん、その面白話だけにあるのではない。


「茂木お前さ、講演の時、オレが
夕方から計算を始めて、夜8時までやっている
カレー屋に行くのを楽しみにしていて、
さあ、終わった、時計を見ると7時だから、
まだ間に合う、と思って外に出ると、
さわやかな空気が吹いていて、鳥がチュンチュン
鳴いている、いつの間にか
朝になっていた、
という話をしたろう。あんなことするなよ。」

「だって、面白いじゃないか。」

「そんなに面白くないよ。計算に夢中になって、
いつの間にか朝になっていた、というのは、
別に普通にあることだろう。」

「そんなに何回もあるのか。」

「うーん。年に、2、3回しかない。いや、
もっとあるかな。」

「まだ夜だと思っていたら、いつの間にか
朝だった、ということもよくあるのか?」


「いや、最近は、はっと気付いて、
これはきっと朝になっているな、と思って
いると、やっぱり朝になっていた、
とあらかじめ予想ができるようになった
から、あまり面白くない。」

いや、面白いと思います。

東京へ。

NHK。

『プロフェッショナル 仕事の流儀』 
の打ち合わせ。

水中写真家の中村征夫さんの回。

末次徹ディレクターが、取材して
きたVTRに会わせてコメントを
読み上げる。

住吉美紀さんが画面に見入る。

私の隣りに座った有吉伸人さんには、
どこか、田森佳秀に似た匂いがする。

今回、金沢に有吉さんも行けるかも、
と言っていたのだけれども、スケジュール
で果たせなかった。

有吉さんと田森は、そのうち絶対に
出会うような気がする。


打ち合わせ風景。左から山口佐知子さん、
柴田周平さん、末次徹さん


中村征夫さんのVTRを見る住吉美紀さん


スタジオの内容について沈思黙考する有吉伸人さん。


お台場。
フジテレビ『エチカの鏡』の収録。

朝倉千代子さんとお話する。

エレベーターに乗ろうとしたら、
SPEEDのみなさんがいらして、
新しいCD「S.P.D.」 を下さった。
ありがとうございました!

小松純也さんがいらっしゃる。

小松さんはフジテレビの編成制作局編成部副部長で、
劇作家である。

小松さんと有吉伸人さんは
京都大学の劇団「卒塔婆小町」時代からの
知り合い。

小松さんが20歳の時に書いた
演劇『冬の絵空』が、2009年5月22日(金)
22:30〜24:50まで、
NHK教育テレビ「劇場への招待」
で放送されるとのこと。

「詳細」 

みなさん、ご覧下さい!


小松純也さんと。2009年1月1日。


縁というのは、不思議なもの。

誰かと出会った時に、それを偶然だと
思うのではなくて、自分の人生の有限性の
中で、何か意味があるはずだと
必死になって思い込むこと。そして
そのことを生かすこと。

このところ、
ずっとそのことを考えている。

5月 20, 2009 at 07:39 午前 | | コメント (24) | トラックバック (3)

2009/05/19

プロフェショナル 木村俊昭

プロフェッショナル 仕事の流儀

“ばかもの”が、うねりを起こす 

~公務員・木村俊昭~

木村俊昭さんは、小樽で地方公務員として
町おこしの大きな成果を上げた。

できない、と最初から思い込んでしまうのでは
なくて、とにかく行動を起こしてしまう。

閉塞しがちな日本。現状をどのように打開して
いけば良いのか、
そのためのヒントが、木村さんの
明快な行動主義の中にある。

NHK総合
2009年5月19日(火)22:00〜22:49

http://www.nhk.or.jp/professional/

すみきち&スタッフブログ

Nikkei BP online 記事(produced and written by 渡辺和博(日経BP))

5月 19, 2009 at 06:57 午前 | | コメント (21) | トラックバック (9)

ステップを踏んで見せた

金沢工業大学に着いて、控え室にいたら、
田森佳秀が顔を出した。

「弁当は余っていませんか?」とNHKの人に
聞くと、「ごめんなさい、ありません」
と言う。

そこで、田森に、「何か買って来いよ!」
と言うと、「いいんだ、オレは、今体重を
絞っているから」
という。

「おかしいなあ。いつも、ダイエット中じゃ
ないか。なのに、なぜあまり変わらないんだ?」
と私。

「違うんだよ。温かくなって、運動をしやすく
なったから、体重を減らす季節なんだ」
と田森。


「お前、体重が一年のうちに変動するのか?」

「そうなんだ。10キロくらい変わる。冬は、
体重が増えるんだ。」

「まるで、冬眠するクマみたいだな。」

そんなことを話しているうちに時間が来た。


NHK金沢支局が主催する、金沢工業大学の
学生さんたちに向けての講演会。

脳科学の話をがつんとして、それから
『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の話をした。

皆さん熱心に聴いて下さって、
質疑応答も盛んだった。

講演会が終わって、田森佳秀と
歩く。


田森は、魔法瓶を持っている。

「なんで、それを持っているんだ?」

「これ、いいんだよ。コーヒーを入れて
おくと、次の朝まで冷めないんだ。」

「その魔法瓶じゃなければならない
理由は、何なんだ?」

「別にないよ。」

「うそつけ。絶対に理由があるだろう。」

博士号をとって、理化学研究所に行き、
田森佳秀に出会って17年。

田森が何かを持っている時には、必ず
その裏に具体的な理由がある。
長年の経験で知っている。

「スターバックスのグランデが、ちょうど
入るんだよ。」


一緒に歩いていたNHK金沢支局の人が
笑う。

「お前、それいろいろ実験して確認したのか?」

「それに、ほら、普通の魔法瓶って注ぎ口の
ところが小さくなっているだろう。これは大きな
ままなんだ。だから、氷を入れて冷やすことも
できるし。」

田森が、魔法瓶を空けて、構造を説明
してくれた。


田森といろいろな話をした。
楽しかった。
魔法瓶以外にも、いろいろな話をした。

その大切な魔法瓶を、田森は、一緒に
食事に行った店に忘れてしまって、
店の人が追いかけてきた。

「ああ、よかった。まだ外にいて」

「いやあ、忘れたら、どうせ二三日の
うちに取りに来ていたからだいじょうぶです。」

ふと田森の足を見ると、何かがついている。

「これ、何だ?」

「おもりだよ。片足2.5キロ」

「効果あるのか?」

「いや、最初は減ったけれども、もうサチって
しまって、今はフラット。」

「そんなものをつけると、足取りが重くなって
意味なくなるんじゃないか。」

「そんなことはないよ。軽く走れるよ、ほら!」

田森が、リュックを抱えたままステップを
踏んで見せた。

まるで、萩本欽一さんのように。

金沢の夜。田森佳秀が、魔法瓶を持って、
萩本欽一になった。


田森佳秀氏



おもりをつけた田森佳秀氏の足


田森佳秀backnumber

入試でも漢字を書かない男の実在について

ほとんどのカロリーを


ひとさし指でツンツン


5月 19, 2009 at 06:50 午前 | | コメント (21) | トラックバック (3)

2009/05/18

どんな人にも役割が

どんな人にも役割が

朝日カルチャーセンター名古屋
にて、酒井雄哉さんと対談。


酒井さんは、二度にわたって千日回峰行を
成し遂げて、「大阿闍梨」となる。
比叡山延暦寺の400年の歴史の中で、
2度千日回峰行を達成したのは酒井さん
ただ一人である。


その生涯とお考えをまとめた
『一日一生』(朝日新書)が今ベストセラーとなっている。

酒井さんが仏門に入ることを
思い立ったきっかけは、比叡山延暦寺を
訪れた時、たまたま宮本一乗さん
の「お堂入り」の達成の瞬間に
出会ったこと。

「お堂入り」は、9日間
不眠、断食で真言を10万回
唱えるという修行で、
回峰行700日を達成した時点で
行われる。

ふらつきながらも、お堂を巡る
宮本さんの姿は、酒井さんに「こんな
世界もあったのか」と衝撃を与えたという。

何かに遭遇した時に、それを偶然と
思うか、それとも「縁」と思うか。

「縁」を生かすためには、行動を
しなければならないと酒井さんは言う。

例えば、誰かに出会った時に、
偶然だと思って通り過ぎてしまうのか、
それとも、自分の人生の有限性の中で、
縁を得たということを大切に受け止めて、
全力でそれを生かそうと奔走するのか。

行動した酒井さんは、結果としてその「縁」
を生かすこととなった。


「なぜ千日回峰行をやろうと思い立ったのですか?」
とお尋ねすると、酒井さんは、
「外に何もやることがなかったからさ」
と飄々と答えられる。

延暦寺の開祖、最澄は、どんな人でも、長い
間籠もって修行すれば何らかの教化を
得ると考えた。
「12年籠山行」は、最澄のそのような考え方
に基づく。


千日回峰行を達成し、大阿闍梨として
尊敬される人が、「何もやることがなかった」
と答えるのは、深い意味合いに満ちているの
ではないか。

仏教の懐が広いところは、どんな人にも役割が
与えられるところである。

現代社会では、市場原理の下人間を能力で
選別し、役に立たないものはリストラを
するなどの、機能主義がまかり通っている。

しかし、言うまでもなく、無用な人間など
本当はひとりもいない。

通常の文脈の中には収まらな人間に、
どのような居場所を与えるか。

社会の中の予定調和に入らない
人間こそが、むしろ超越の域に達する
可能性を持っているとしたら。

そのような最澄の思想の一つの究極のかたちが
千日回峰行だとすれば、
そこには人間性についての深い洞察が表れて
いると言えよう。


もちろん、常人に達成できるわけではない。


酒井雄哉さんの偉業は、言葉では尽くせぬ。

酒井さんのやわらかく、そして奥行きの
あるお人柄に魅せられた。

機会があれば、比叡山の麓、坂本に酒井さんを
お訪ねしたい。



酒井雄哉師と。

5月 18, 2009 at 06:34 午前 | | コメント (28) | トラックバック (3)

2009/05/17

文明の星時間 アイドルの時代

サンデー毎日連載
茂木健一郎 歴史エッセイ

『文明の星時間』 第64回 アイドルの時代

サンデー毎日 2009年5月31日号

http://mainichi.jp/enta/book/sunday/ 

抜粋

 先日、新幹線で京都に向かった。さまざまなことについて勉強し、研鑽を重ねる女性たちが集う「並木グループ」の会合にお招きいただいたのである。50周年の記念の会。熱気にあふれる会場の中、脳のお話をした。
 祝宴の時間となり、宴会場に丸テーブルがたくさん設えられた。京都市長や京都府知事夫妻、千家十職のうち、花活けや柄杓を作って第十三代目となる黒田正玄さん、国際政治学者で京都大学教授の中西寛さんなど、京都らしい華やかな顔ぶれが揃う。
 祝宴が終わって、楽しみにしていた催しものの時間となった。西城秀樹さんの「秀樹オンステージ」が始まったのである。

全文は「サンデー毎日」でお読みください。



本連載をまとめた
『偉人たちの脳 文明の星時間』(毎日新聞社)
好評発売中!


 

5月 17, 2009 at 12:46 午後 | | コメント (6) | トラックバック (0)

そのような生き方をしていたから

 横浜駅近辺にて、
アインシュタインについて話す。

 PHP研究所の横田紀彦さん、木南勇二さん、
それに桑原晃弥さん、吉田宏さん。


横田紀彦さん(手前)と木南勇二さん(奥)


桑原晃弥さん(左)と吉田宏さん(右)


 小学校高学年の時に、ロゲルギストの
『物理の散歩道』を読んで物理学に
興味を持ち始めた私が、
 決定的な影響を受けたのは、中学1年生の
時に読んだインフェルトの
『アインシュタインの世界』 だった。

 以来、アインシュタインがしたような
世界観の革命を目指しすのが
人生の最大の野心となった。

 
 横田さん、木南さん、桑原さん、吉田さんを
相手にアインシュタインについて話していて、
いろいろな思いがよみがえってきた。

 アインシュタインは深い。
 そして、広い。
 人生の半ばにして、初めてわかる機微もある。

 天才とは何か。それはつまり、生き方の
果実だと思う。

 単に思考能力にすぐれている、というだけでは
アインシュタインのような革命はなされ得ない。

 アインシュタインは、反逆児であった。
 生涯、独立自律の人であり続けた。
 その激烈なる内面は、尋常のものではない。

 当時のギムナジウムの権威主義的、形式的
教育に対して、アインシュタインは反発し、
ドロップアウトした。


It is a miracle that curiosity survives formal education.


 戦争と、それを支えるメンタリティに対する
アインシュタインの嫌悪。

He who joyfully marches to music in rank and file has already earned my contempt. He has been given a large brain by mistake, scince for him the spinal cord would fully suffice. This disgrace to civilization should be done away with at once. Heroism at command, senseless brutality, deplorable love-of-country stance, how violently I hate all this, how despiceable an ignoreable war is; I would rather be torn to shreds than be a part of so base an action! It is my conviction that killing under the cloak of war is nothing but an act of murder.

 斬新なアイデアと世界観をもたらす人に対して、
人々が時に見せる抵抗と反発についてのアインシュタイン
の言葉。その理論自体も、特に当時のドイツ国内において、
揶揄され、批判された。

Great spirits have always encountered violent opposition from mediocre minds. The mediocre mind is incapable of understanding the man who refuses to bow blindly to conventional prejudices and chooses instead to express his opinions courageously and honestly.
 
 当時批判を
浴びていたバートランド・ラッセルに対する
擁護の言葉である。
 
 アインシュタインの言葉は強い。
 力を持っている。
 それは、アインシュタインが、
そのような生き方をしていたから。

 ただ単に、IQが高いだけでは、人は
認識革命家にはなれない。
 
 創造性は、勇気の量に比例する。

 アインシュタインに関する愉快なカートゥーンを
いくつか。

Einstein develops a theory of nevativity.


My wife doesn't understand me.

You, of all people, violating the speed limit!


最後に、アインシュタインの「創造の苦しみ」

The pain of creation in Albert Einstein.


 朝日カルチャーセンター横浜で
講演をする。

 横浜駅の通路は、たくさんの人で
にぎわっていた。

 毎日新聞図書編集部の方々から
お花をいただいた。
 温かいお心遣い、ありがとうございます!


5月 17, 2009 at 09:29 午前 | | コメント (15) | トラックバック (1)

2009/05/16

脳を活かして生きる!(朝日カルチャーセンター横浜)

2009年5月16日(土)
15時30分〜17時30分

朝日カルチャーセンター横浜
(横浜駅ビル「ルミネ横浜」8階)

詳細 

5月 16, 2009 at 09:09 午前 | | コメント (5) | トラックバック (1)

たけちゃん百面相

日経サイエンス編集部にて、世界初の
二母性マウスの誕生などのお仕事で
知られる東京農業大学教授河野友宏さんと対談。

ほ乳類における有性生殖において、オス由来の
遺伝子とメス由来の遺伝子は、
ゲノムインプリンティングにおける
メチル化のパターンが異なっている。

河野さんは、メチル化を制御することで、
メス由来の遺伝子を「オス型」にして、
二匹の「母」マウスから子どものマウスを
誕生させることに成功した。

生物の発生において、メチル化などの
エピジェネティックスの果たす役割は大きい。

生物学において、このようなメカニズムだから
こうなると理論的に説明できる部分は少ない。

クローンについても、なぜうまくいくのか、
完全な理論的根拠付けがあるというよりも、
細胞内の未知のメカニズムを通して、
うまくいってしまっている、という側面がある。

今後も、私たちは「なぜかわからないがうまくいく」という生物の奥深さに何度も驚かされる
ことになるのだろう。

脳も同じこと。なぜかわからないが、そうなって
いることはたくさんある。

例えば、記憶の編集のプロセス。たとえば創造性。
たとえば、発話行為。


河野友宏さんの温かいお人柄に魅せられた。


河野友宏さんと。

 ソニーコンピュータサイエンス研究所

脳科学研究グループの会合
The Brain Club。

チェゴヤで議論。星野英一は、
明晰夢(lucid dreaming)の達人らしい。

明晰夢においては、夢の行き先をある程度
コントロールできるとされる。
しかし、完全に制御できてしまっては、
自分と外界の境界が消える。

コントロールできる範囲が自分の
身体であり、それが不可能な
「剰余」として環境が立ち上がるはずである。


たとえ、夢の中で超能力のような働きを
することができる場合でも、必ず上のような
意味での「身体/環境」の区別のモデルが
そこに潜在されているはずだ。

ゼミ開始。

東京大学の池上高志の研究室の佐藤勇起くん
が研究の話をしてくれる。

フッサール、メルロ=ポンティ
の流れを受けた、物体としての「ケルパー」
と生きた主体としての「ライプ」
の二つの身体概念。


アクティヴ・パーセプションによって
環境を認識する際には、媒介項としての
身体が消える。

佐藤くんの風車モデルが興味深かった。



自分の考えを述べる佐藤勇起くん

星野英一が、論文紹介。
FMR-Aという手法を用いて、視覚野の
ventral pathway のみならず、dorsal pathwayの側にも
object recognitionの活動が見られることを
論じた研究。

Nature Neuroscience 11, 224 - 231 (2008)
Two hierarchically organized neural systems for object information in human visual cortex
Christina S Konen & Sabine Kastner

pdf file



熱弁する星野英一くんと、それを聞く関根崇泰くん。

新しい解析手法というのは、とても面白いね。

ゼミをのぞき込んでいた北野宏明さんと、
しばらく議論する。

朝日カルチャーセンター。

宇井純さんの話をする。それから、
ヘルベルト・フォン・カラヤンの話。

いかに美しく生きるか。

論文は、ミラーニューロンのレビューを
読む。

Iacoboni, M., Dapretto, M., “The mirror neuron system and the consequences of its dysfunction”,
Nature Reviews Neuroscience, 7:942-951 (2006).

pdf file


終了後の懇親会。


いつものように「兆一」に行くと、
佐々木厚さんがボトルを4つ抱えていた。

「やっぱり、今日はこれでしょう!」

佐々木さんのやさしい心遣い。

モエ・シャンドンで乾杯した。

花束をいただいたり、CDを贈られたり。

皆様のご厚情、ありがたく。

筑摩書房の増田健史(たけちゃんまんセブン)が来る。

二次会で、たけちゃんの写真を撮ろうとしたら、
NTT出版の牧野彰久さん(傷だらけのマキロン)
の横で、たけちゃんがわざと変な顔をした。

それから、たけちゃんは眠り始めた。

そこを撮っていたら、突然起きて、指を
突き出した。

たけちゃん百面相。

気の合う仲間と、本当に楽しい時間。


牧野彰久さん(傷だらけのマキロン、左)と、
わざと変な顔をする増田健史さん(たけちゃんまんセブン、右)。


眠っているたけちゃん


指を突き出すたけちゃん。


こちらは、品行方正な人たち。
左から、大島加奈子さん(幻冬舎)、
高松夕佳さん(福音館書店)
伊藤笑子さん(筑摩書房)。

伊藤笑子さんが、『今、ここからすべての場所へ』 
を編集して下さった。

5月 16, 2009 at 08:56 午前 | | コメント (16) | トラックバック (1)

2009/05/15

朝日カルチャーセンター 脳と美

本日 朝日カルチャーセンター 脳と美 第2回

2009年5月15日(金) 18時30分〜20時30分

詳細


5月30日には、20万部を超えるベストセラー
となった『奇跡のりんご』の木村秋則さんとの
対談があります。

詳細

5月 15, 2009 at 07:46 午前 | | コメント (11) | トラックバック (1)

忘れない

『プロフェッショナル 仕事の流儀』 
の収録。

メイク室にいくと、先にメイクを済ませて
いた住吉美紀さんが、
「茂木さん、おめでとうございます!」
と言って、チョコレートとカードを
くれた。

すみきちらしい、やさしい心遣いに
満ち溢れたカード。


すみきちからもらったカード。


木村秋則さんのりんごの絵がデザインされている。

「わっ、ゴディヴァだ。」

「いつもミントを食べているでしょ。だから、
このチョコは、ミントになるやつを選んだんです。」

「ありがとう!」

Mint twigs.

さっそく、一本食べた。

楽しいディナーの後の、満ち足りた
デザートの味がした。

ゲストは、東京工業大学教授細野秀雄さん。

お話が本当に、素晴らしかった。

こんなところがここにつながるのか、
というような、空をわたる大きな
虹の架け橋が見えた。

担当ディレクターの駒井幹士さん、
本当に良い仕事をしましたね。

ありがとう!

ぼかあ、感動したなあ。

ずっと、忘れないぞ。

収録後の懇談で、有吉伸人さんや
駒井幹士さん、住吉美紀さんで細野秀雄さんと
ご家族を
囲んで話していた時、
宇井純さんの話が出た。

公害の問題を科学的に研究し、
いつも弱い者の立場に自らを置いて、
東大では「万年助手」だった宇井純さん。


私が小学校の頃、メディアの中で報じられて
いた宇井さんの顔貌がフラッシュバックの
ようによみがえってきて、
豊かに大きくふくらんでいった。

そして、
ぼくは、とても懐かしく、温かく、
そして勇気づけられる思いがした。

忘れない。


宇井純さん

5月 15, 2009 at 07:39 午前 | | コメント (26) | トラックバック (2)

2009/05/14

共感できる友人の大切さ

早稲田のリーガロイヤルホテルにて、
廣済堂出版の川崎優子さん、私の小学校時代からの
親友の井上智陽
ライターの山本信幸さんで
打ち合わせ。

国際教養学部での授業。

電通の佐々木厚さん、家庭画報の富岡啓子さんと
打ち合わせ。

機関銃のようにキーボードを叩く。

幻覚について考える。

「アナザースカイ」の収録。

漱石の猫を持ち歩いていた。

NHK出版の大場旦さんからメールを
いただいた。

_______

From: 大場 旦
To: "Ken Mogi"
Subject: なんと、めでたい!!
Date: Wed, 13 May 2009

茂木健一郎さま、

大場です。おつかれさまです。

おかげさまで、
「プロフェッショナルたちの脳活用法」が絶好調、
やれ嬉しや、と思っていたところ、
桑原武夫学芸賞受賞のビッグ・ニュース!
こんなに素晴らしいことはありません。おめでとうございます!
Wで嬉しい。

ちょうど一昨日の夜、増田健史と久しぶりに飲み明かし、
茂木さんの話で盛り上がっていました。
つまるところ、われわれは何があろうと、
一生、茂木さんに併走していこう、ということです。

この喜びをしみじみと味わいながら。
心よりのお祝いを。


大場旦拝
__________

佐伯剛さんからメールをいただいた。

__________

From: "Tsuyoshi Saeki"
To: "Ken Mogi"
Subject: Re: ご無沙汰いたしております。風の旅人 佐伯です
Date: Wed, 13 May 2009

「今、ここからすべての場所へ」は、今読み返しても、茂木さんの渾身の作品と感じ
られますので、それが正当に評価されたことは、大変嬉しいです。

 かなり以前にもお話ししましたが、茂木さんの越境行為は、境界の中に閉じこもっ
て自分の保身だけを考えている人たちや、古い権威的構造だけを拠り所にしている人
たちの足場を揺るがせ、社会的地位を脅かし、つまらないプライドを損壊させる可能
性がありますので、いろいろ敵視されることもあるでしょうが、世の中のパラダイム
が変わっていく時というのは、茂木さんのようなエネルギーに満ちた人が登場するの
は必然だと思います。
 
 言葉は悪いですが、蛸壺化している現在の知的ヒエラルキーこそが今日の教育状況
をはじめとする様々な悪弊の温床でもあるわけで、それを掻き回す存在が、茂木さん
以外に何人も登場する必要があるのでしょうが、知的活動を行いながら、それだけの
柔軟性と速度を兼ね備えることは簡単ではありませんね。多くの場合、柔軟性や速度
というのは、学問の世界と逆向きですから。
 それがゆえに、経済にしろ何にしろ、学問の世界が社会の実情から常に遅れをとっ
て、後追いの分析にしかならないのだと思います。
 後追いでなく、前を走ること。茂木さんのスタンスはそういうものですから、風当
たりがきつくて当然です。陰ながら応援しています。
 
 風の旅人は、37号をもって現在の望月通陽さんの表紙も終わり、また新たな装い
で出発しようと思っています。
 
風の旅人 編集長 佐伯剛

__________

昨日うけとった増田健史からのメールを
再掲。

__________

From: 増田健史
To: "'Ken Mogi'"
Subject: お祝いまでに(ちくま増田)
Date: Tue, 12 May 2009


茂木さま

よかったですね、おめでとうございました。
これで、ますます「自由とは何か」の筆が
進んでしまうことを信じています。

自らの道を歩め。他人には好きに語らせよ。
(カール・マルクス)

ますだたけし
_________


世界のすべての人と同意するのは不可能である。
何よりも、「多様性」という視点から、そんな
ことは望ましくない。


志向性を同じくする人と、つながっていくしか
ない。

共感できる友人の大切さを、しみじみと噛みしめる。

弱きもの我ら、身を寄せ合って温かさを
力とするなり。

5月 14, 2009 at 08:01 午前 | | コメント (31) | トラックバック (1)

桑原武夫学芸賞

茂木健一郎『今、ここからすべての場所へ』 (筑摩書房)は、
第12回桑原武夫学芸賞の受賞作品となりました。

作品の元となるエッセイが連載された
雑誌
「風の旅人」 編集長の佐伯剛さん、
編集をして下さった筑摩書房の伊藤笑子さん、
表紙の美しい絵を描いて下さった日本画家の大竹寛子さん
心から感謝いたします。

第12回 桑原武夫学芸賞 受賞作決定

5月 14, 2009 at 08:01 午前 | | コメント (31) | トラックバック (2)

2009/05/13

プロフェッショナルたちの脳活用法 3刷

NHK生活人新書
『プロフェッショナルたちの脳活用法』 は3刷となりました。
ご愛読に感謝いたします。

NHK出版の高井健太郎さんからのメールです。

From: "kentarou takai"
To: "Ken Mogi"
Subject: 『プロフェッショナル脳活用法』増刷のお知らせ
Date: Tue, 12 May 2009

茂木健一郎先生

GW中は少しばかり
のんびりされましたでしょうか。
おつかれさまです。
NHK出版の高井です。

先月刊行させていただいた
新書『プロフェッショナルたちの脳活用法』
おかげさまでGW中も売行が良く
また増刷となりました。
第3刷10,000部 累計60,000部
となります。

今月末以降も新聞広告を打つなど
社として積極的に売り伸ばしていく
所存であります。

今後ともよろしくお願い申し上げます。


****************
日本放送出版協会(NHK出版)
放送関連図書編集部 高井健太郎
****************

5月 13, 2009 at 08:03 午前 | | コメント (2) | トラックバック (2)

筆が進んでしまうことを

人に会うのも好きだが
一人でこもって仕事をするのも好きだ。

「鶴の恩返し」ではないが、
自分が仕事をしているところは
あまり人に見られたくない。

猛然としたスピードで、まるで
格闘技をやっているように仕事を
しているからだ。

白鳥は、水の下であがいているところを
見せないという。

こちとらどちらかといえばガチョウだし。

とにかく、一人で他人の目を気にしないで
仕事をするのはこの世の悦楽の一つである!

『プロフェッショナル 仕事の流儀』 
の打ち合わせ。

東京工業大学教授 細野秀雄さんの回。

細野さんは、鉄、ランタン、ヒ素の化合物で
超伝導状態となる物質を発見して、
この分野の研究に、20年ぶりの衝撃を
与えた。

細野さんたちの研究グループが執筆した
Yoichi Kamihara, Takumi Watanabe, Masahiro Hirano, and Hideo Hosono Iron-Based Layered Superconductor La[O1-xFx]FeAs (x = 0.05−0.12) with Tc = 26 K  J. Am. Chem. Soc., 2008, 130 (11), pp 3296–3297

http://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/ja800073m 

は、昨年の論文引用件数世界一となった。

担当は、駒井ディレクター。
収録が楽しみである!


打ち合わせ風景:駒井さん 


打ち合わせ風景:さっちん


打ち合わせ風景:ありきち


打ち合わせ風景:カワボー


打ち合わせ風景:すみきち


「クローズアップ現代」。

トップアスリートたちが
「勝つ」ための脳のトレーニングについて
国谷裕子さんとお話しする。

番組中でもお話したように、勝つためには
筋力だけではだめで、身体運動の司令塔としての
「脳」がうまく機能しなければならないことは
当然である。

従来、心理学の分野で、経験則で勝つための
方法が論じられてきたが、そのような経験則が
脳科学の知見によって一部裏付けられてきている
というのが現状であろう。

しかし、脳というシステムはまだまだわからない
ことが多く、現時点で、このような方法を使えば
勝利に貢献するなどと、確実に言えることは
少ない。

個人差の問題もある。

勝つためのsilver bulletを脳科学に期待するとすれば、
それは行きすぎであろう。
 
生放送で時間が限られた中、残り秒数を
冷静に計算して話を進める国谷裕子さんは
本当に素敵で、一人のアスリートのようであった。
白いライティングのスタジオでの時間を、
心から楽しみました!

筑摩書房『今、ここからすべての場所へ』 
について、うれしい知らせが。

担当して下さった伊藤笑子さんと
連絡を取り合う。
伊藤さん、美しい装丁の素敵な本に
してくださって、ありがとう!

雑誌「風の旅人」 
に5年間にわたるエッセイ連載の
機会を与えて下さった佐伯剛さん、
表紙の絵を描いて下さった、日本画家の
大竹寛子さん
にも深謝です。

たけちゃんまんセブンこと、
増田健史からも、お祝いのメールと
見せかけて、実は仕事のさいそくのメールが
届いた。
__________

From: 増田健史
To: "'Ken Mogi'"
Subject: お祝いまでに(ちくま増田)
Date: Tue, 12 May 2009


茂木さま

よかったですね、おめでとうございました。
これで、ますます「自由とは何か」の筆が
進んでしまうことを信じています。

自らの道を歩め。他人には好きに語らせよ。
(カール・マルクス)

ますだたけし
_________

増田健史氏

5月 13, 2009 at 07:58 午前 | | コメント (21) | トラックバック (2)

2009/05/12

クローズアップ現代

クローズアップ現代
 
2009年5月12日
NHK総合 19時30分〜20時
http://www.nhk.or.jp/gendai/ 

5月 12, 2009 at 08:08 午前 | | コメント (11) | トラックバック (1)

喉が渇いた熊は

<
上高地にて。


焼岳の頂きからは、時折水蒸気が上がっていた。


梓川。


梓川の岸辺。


穂高連峰の雄姿。3000メートル以上の高みを
標高1500メートルの上高地から望む。


上高地帝国ホテルの美しい姿。


上高地の風景を脳裏に刻んで、東京へ。

鏡リュウジさんのブログに、
 

二人で並んだ写真がある。

ベルウッドのロケバスに揺られる。

途中、松本に立ち寄ってそばを賞味した。

松本城の黒々と美しい姿を心に留める。

ふだんはいつも睡眠不足気味なのだけれども、
一方でいつでもどこでも眠れるという
特技もある。

中央高速を東京に向かう
ロケバスの中で「課題図書」であるピンカーの
本を読もうとするが、ついついうとうとと
眠り始める。

「眠ってもいいよ」というシグナルを受け止めると
いくらでも眠ることができる。

目を閉じながら、上高地で出会った
風景のクオリアのさまざまを熟成
させていた。

はっと気付くと、もう都内を走っていた。

湾岸スタジオ。「爆笑レッドカーペット」
の収録。

朝倉千代子さんと久しぶりに話す。

電通の佐々木厚さん、PHP研究所の
横田紀彦さんが見学にいらっしゃる。

終了後、集英社の岸尾昌子さんも
合流して、4人で打ち合わせをかねた
会食。

歩いていると、たまたま空いている
インド料理屋があったので、
「ここにしちゃいましょう」と言った。

混んでいる店はあまり好きではない。
人が適度にまばらなのが良い。

皆がわーっと行くところは避けるというのが
子どもの頃からの習性である。

ラーメンでもドーナツでも、たくさんの
人が行列しているのを見ると、
それだけで回れ右をして
逃げてしまう。

好きな店は、雰囲気がよくて、お客さんの
入りが適度なところ。
そのせいもあってか、昔から
私がひいきの店は突然なくなってしまうことも
多かった。

たとえば、池袋にあった「サースティー・ベアー」。

熊がビールを飲み干しているイラストが
コースターになっていた。

店のマスターが、ちょっと熊に似ていたっけ。

喉が渇いた熊は、今頃どこにいるのかしら。

5月 12, 2009 at 08:08 午前 | | コメント (20) | トラックバック (1)

文明の星時間 ショルティへの手紙

サンデー毎日連載
茂木健一郎 歴史エッセイ

『文明の星時間』 第63回 ショルティへの手紙

サンデー毎日 2009年5月24日合併号

http://mainichi.jp/enta/book/sunday/ 

抜粋

 ちょっとしたことが、覚醒へのヒントとなる。例えば、留学中足繁く通った英国ロンドンの王立オペラハウス、通称「コベント・ガーデン」での出来事。ある夕べ、日本から私を訪ねてきた哲学者の親友と出かけた。チケットを買って、まだ時間があるからと劇場の周囲を歩いていると、楽屋口の前の通りに一台の車を見つけた。
 助手席に、封筒が一つ置かれていた。宛名に「サー・ゲオルク・ショルティ」。往年の名指揮者、ショルティ宛の封書がさり気なく置かれていたのである。
 人通りの絶えない一般道。ショルティは、自分で車を運転してきてそこに停めたのだろう。そのまま楽屋口に入る。その生き生きとした時間の流れが象徴されたような光景。高校生の頃から、デッカ版のワーグナー『ニーベルングの指環』の演奏で親しんできた伝説中の人が、生身の存在として姿を顕した。そんな瞬間。
 助手席に無造作に投げ出された「ショルティへの手紙」に心を動かされたのは、私だけではなかった。何ごとにつけて目利きで、友人たちの間で「あいつだけは天才だ」とかの青山二郎のごとく一目置かれている巨体の哲学者は、何年も経ってから「いやあ、あの時、ショルティへの手紙が置かれていたのは良かった」と懐かしがった。

全文は「サンデー毎日」でお読みください。

本連載をまとめた
『偉人たちの脳 文明の星時間』(毎日新聞社)
好評発売中!


5月 12, 2009 at 08:07 午前 | | コメント (4) | トラックバック (1)

「憲政の常道」再び

民主党の小沢一郎代表が辞任を表明した。

日本の政治については、個々の事象に
とらわれずに、大局的に、長い目で
見ることが大切だと考える。

2009年1月18日の本日記にも
紹介した「文明の星時間」第45回
「憲政の常道」を再び全文掲載する。

サンデー毎日連載

茂木健一郎 「文明の星時間」

第45回 憲政の常道

 世に「地位が人を作る」と言うが、確かにそういうことはある。能力というものは、最初から定まっているわけではない。ある程度の素質さえあれば、あとはチャンスさえ与えられば人は伸びる。
 とりわけ、政治においては、「地位が人を作る」という側面が大きい。あるいは「地位が政策を作る」と言い換えても良い。与党、野党の間の差異は、必ずしも政策のそれによるものではない。立場からの影響が大きい。実際、野党にいる時は与党を批判して理想論を展開していたのが、政権を担ったとたんに現実的になるというのは、しばしば見られる現象である。
 民主主義においては、選挙によってその時々の政権が選ばれる。つまりは、権力者が民意によって変わり得る。一度権力を握ったからといって、いつまでも安泰ではない。当然、今まで権力とは縁がなかった人が、初めて重責を担うということもある。すなわち、民主主義は、経験を持たないものが地位につくことによって為政者としての振る舞いを「学習」するという可能性を信じている。
 政権交代には、さらなる学習効果もある。淀んだ水は腐る。ずっと与党の立場にあると、ついつい慢心する。時に下野してこそ、批判的精神を涵養できる。いつか与党に復帰する時のために、政策を練ることができる。与党と野党の立場を交互に経験することは、政治にかかわる者にとって、この上ないレッスンとなる。
 人心の一新こそが、民主主義の命脈だと言える。実際、民主主義が定着している国では、ほとんど定期的と言ってよいくらいに政権交代が起こる。
 アメリカ合衆国大統領は、第二次世界大戦が終結した1945年以降を見ると、8年間の民主党政権(トルーマン)、8年間の共和党政権(アイゼンハワー)、続いて、8年間民主党(ケネディ、ジョンソン)、8年間共和党(ニクソン、フォード)、4年間民主党(カーター)、12年間共和党(レーガン、ブッシュ)、8年間民主党(クリントン)、8年間共和党(ブッシュ)そして、2009年1月20日からは、再び民主党(アフリカ系米国人として初めて選出された民主党のバラック・オバマ氏)と、ほぼ8年ごとに政権交代している。
 英国も、1945年にチャーチル首相が辞任した後、労働党(アトレー)、保守党(チャーチル、エデン、マクミリアン、ダグラス・ホーム)、労働党(ウィルソン)、保守党(ヒース)、労働党(ウィルソン、キャラハン)、保守党(サッチャー、メージャー)、労働党(ブレア、ブラウン)と二大政党が交互に政権についている。
 一方の日本はと言えば、政権交代はほとんど機能していない。1955年の自由党と日本民主党の間の「保守合同」によって自由民主党が誕生して以来、ほぼ一貫して政権を握ってきた。自由民主党が政権を離れて野党となったのは1993年から1994年にかけての細川、羽田両内閣の時代だけである。日本社会党(当時)の村山富氏を首相に指名した連立政権により、自由民主党は与党に復帰した。結果として、一年にも満たない「下野」となった。
 原理的には政権交代が起こりうる、そして起こるべき民主主義の体制であるにもかかわらず行われない。政権交代で野党と与党の間を往還することが政治的見識の涵養に資することに鑑みれば、深刻な機会損失がそこにある。
 しばしば、「野党には人材がいない」とか「政権担当能力がない」などとしたり顔で言う人がいる。このような日本人のメンタリティこそが、旧弊と呼ぶべきものであろう。発言者の主観的な思い込みに過ぎない。人間の脳の学習の可能性を知らない。民主主義を自ら生み出した国と、輸入した国の違いがここにあるのだろうか。
 福澤諭吉が、アメリカに行った時に初代大統領ジョージ・ワシントンの子孫はどうなっているかと尋ね、誰も知らぬし関心もないことに驚いたという逸話を思い出す。二世、三世議員が内閣総理大臣に就くことが「ギネスブック記録」のごとく続き、万年与党と万年野党が対峙する日本は、幕藩体制がまだ続いていると思われても仕方がない。
 日本でも、かつては、政党の間で政権交代が行われることの大切さが主張された時期があった。「大正デモクラシー」と言われた時期、短い期間ではあったが、内閣が失政で辞職した場合、次の内閣は野党から立てるべきだという原則が主張されたのである。実際、「立憲政友会」と「立憲民政党」の間で曲がりなりにも交互の政権担当が実現した。
 司馬遼太郎の言う「坂の上の雲」を目指して上り詰めたところに日本人が見いだした、さわやかな空気。この頃の日本は明るくのびやかな誇りに満ちていた。やがて、昭和前半の戦争続きの時代の黒々とした積乱雲が、全てを覆い隠すようになる。
 人間は面白いもので、認識において学ぶことができないことを、行動を通して習得することができる。日本人が、理念の力で政権交代を実現できないのならば、いっそのことたとえば4年とか8年ごとに交互に政権を交代するということに決めてしまったらどうか。
 選挙民は、その時、無能にも思えた野党の人たちが、政権についてしまえば案外現実的で、立派に政策を実行できることを知ることになる、また、万年与党の人たちも、野党の立場から相手を批判することの自由闊達を知ることになる。そのようなサイクルを何回か繰り返せば、さすがの日本人も政権交代の脈動に目覚めるだろう。
 今日の私たちが抽象的な理念としてしか知らない「憲政の常道」は、過去そして未来の「坂の上の雲」の中にある。日本人には駆け上る足腰があると、私は信じる。

5月 12, 2009 at 08:07 午前 | | コメント (7) | トラックバック (1)

2009/05/11

特別な場所

 集英社の雑誌UOMO編集部の助川夏子さん、
それに西洋占星術家の鏡リュウジさんと
高速を走る。

 スティーブン・ピンカー著『思考する言語』
を読みながら行く。
 途中で眠ってしまった。
 気付くと、もう松本である。
 沢渡でタクシーに乗り換える。

 幾つかのトンネルを抜けて、しばらく行くと、
上高地帝国ホテルに着いた。

 集合は6時だというので、
 散歩に出る。

 田代橋から河童橋まで歩く。
 そしてまた、ゆったりと戻る。

 上高地には、ずいぶん前に、塩谷賢と
来たことがあった。

 その時は、あまり時間がなくって、
清浄な空気だけを感じて、それでまた
戻ったのだけれども。

 焼岳の山頂から時折水蒸気が
上がるのが見える。
 
 梓川に沿って歩くと、西穂高岳、奥穂高岳、
前穂高岳、明神岳の頂がずっと見えている。

 山頂付近には、氷河期のなごりのカールが
見えるというので、双眼鏡で一生懸命覗いた。

 あまりにも美しい風景の中を歩く中で、
最初は日常の雑念がフラッシュバックのように
あふれ出てきて、
 それが沈殿した後に、何とも言えない
清らかな気分となった。
 ホテルに向って歩く私の心は、もう澄んでいる。

 集合時間。鏡リュウジさんと星を見て、
そして宇宙について語り合う。
 
 上高地帝国ホテルのスタッフは、ほとんどが
東京から来ているのだという。
 料理、サービスともにすばらしい。

 今月末には、田中健一郎総料理長による
「料理長の夕べ」が行われる。

 『プロフェッショナル 仕事の流儀』に
田中さんが出演された際の、
 「料理長の夕べ」の映像が記憶に鮮明に
よみがえる。

 夜、外の冷気に当たる。
 やはり、上高地は特別な場所。

 この地形をつくるのに大いに関与が
あった焼岳の頂が、月明かりの中ぼんやりと
見えて、
 その印象を忘れないでいようと思った。

5月 11, 2009 at 07:38 午前 | | コメント (27) | トラックバック (1)

2009/05/10

実際に大人になってみると

実際に大人になってみると

プロフェッショナル日記
2009年5月10日

5月 10, 2009 at 08:23 午前 | | コメント (5) | トラックバック (2)

黒いトレーナー

ホームに上がったら、
たまたま中央特快が来たので
乗った。

立川で、ラーメンでも食べようかなあと
思ったが、まてまて早めに行くか、
とモノレールの駅に歩いた。

休日の車内。家族連れで混んでいる。

多摩動物公園駅で、三輪車に乗った
小さな女の子がなかなか降りないので、
小学生くらいのお姉さんが「早く早く!」
と叫んで、抱きかかえて降ろした。

ホームで、女の子が安心したのか、
乱暴に扱われたことに抗議しているのか、
大声で泣いている。

お姉さんが、笑いながら、女の子のことを
抱きしめている。

「ごめんね」という声こそ聞こえなかった
けれども、やりとりの間合いはわかる。

中央大学・明星大学駅の改札を
ぼんやりと出たら、そこに滋賀正明
くんがいた。

「いやあ」と挨拶して、歩き出す。

「こんにちは」と笑顔の滋賀くん。

「会場はどこなの?」

「こっちです。」

「そうかあ。1時半からだったよね?」

「いえ、1時からです。」

「ん?」

時計を見ると、12時58分である。

「会場この近く?」

「すぐそこです。」

「そうか、実は勘違いしていたよ。1時30分
からだと思っていた。立川でラーメンを食べようと
思ってねえ。」

「なかなかいらっしゃらないなあ、と思っていました。」

私が開始時間を30分勘違いしていた。それで、
滋賀くんは改札でずっと待っていた。

でも、その話しぶりを見ていると、
全くあせったところがない。

私も、まるで春のぽかぽか陽気の
中にいるような心持ちで歩き続ける。

社会学科を中心とする学生さん
たちの前で講演をする。

1時間話した後、30分議論。

楽しかった。

東京へ。

講談社近くのジョナサンで、
日本テレビ「世界一受けたい授業」
の竹下美佐さんと打ち合わせ。

「茂木さん、この前収録した
やつ見ました?」

「えーと。もう終わっちゃったんでしたっけ?」

「先週です。」

(横から)「竹下さん、先週じゃなくて、今週
放送ですよ。」

「ああ、そうか、間違えました。試写で見たのを、
放送と勘違いしました。」

「今日だったのですか。知りませんでした。」

「茂木さん、今度の収録で、23本目ですよ。」

「えっ。うそでしょ。そんなに出ていないでしょ。」

「いや、間違いないです。23本目です。」

「そうか、そんなにアハ体験ってやっているんだ。」

竹下さんは、沖縄の研究室合宿にいらしたことも
ある。

時は流れる。

集英社の鯉沼広行さんと、講談社近くで
打ち合わせ。

講談社にて、竹内一郎さんと、
「王様のブランチ」の取材を受ける。

リポーターは鈴木あきえさん。
鈴木さんはとてもカンが良くて、
竹内さんとともども、楽しく話す
ことができた。

道を歩いていたら、黒いトレーナーを着た
髪の毛が長い男が走っていく。

こんな大通りでジョギングをしているんだ、
と意識の片隅に残った。

「自由意志」について考えていた。たとえそれが
幻覚であるとしても、結局は幻覚の存在論的、
認識論的地位が問題となる。

「私」もまた幻覚に違いない。幻覚には
違いないが、「私」がなければ夜も昼も明けない
ありさまである。

おや、おかしいな、と思った。

黒いトレーナーを着た
髪の毛が長い男が走っていく。

さっきと同じ男のような気がする。

はて、周回しているのかしら、と今回は
目で追う。

大通りを、ただまっすぐに走っていく。

5分経ったのかしら、それとも10分。

まさか、ふたごがちょっと間を置いて
走っているわけでもあるまい。

しばらく考えていたが、そのうち
また思念が戻ってきて、そのうちに
男の姿も、時間の経過も失ってしまった。

(関係者のみなさまへ
塩谷賢がしゃべる会は少し先に
延期となりました。期日は改めて
ここで告知します)

5月 10, 2009 at 08:01 午前 | | コメント (30) | トラックバック (6)

2009/05/09

虹が、池上の心を動かした。

このところ、トイレに
梅田望夫さんと斉藤孝さんの対談本
『私塾のすすめ』 
を置いてあって、入る度に
読んでいたら、あっという間に
終わってしまった。

梅田望夫さんのブログ
My life between Silicon Valley and Japan 
では、ここのところ、大変面白い動きがあった。

梅田さんの近著『シリコンバレーから将棋を観る -羽生善治と現代』 
について、梅田さんが、

新著「シリコンバレーから将棋を観る」は、何語に翻訳してウェブにアップすることも自由、とします。

と書いたところ、あっという間に英訳プロジェクトが立ち上がって、wisodm of crowdsでたたき台と
なる訳文が出来てしまったのである。

何が、これからの時代の新しい動きとなるか。

梅田望夫さんと私の対談本
『フューチャリスト宣言』の時点から、
また一回りも二回りもして、
興味深いことがいろいろと始まっている
ように思う。 

オープン・ソース。私塾。志向性の共同体。

日本は行き詰まっているようにも見えるが、
注意深い観察者、慎重な思索者には、
希望の光も見えてきているはずだ。

集英社にて、雑誌の取材を受ける。
鯉沼広行さんといろいろお話しする。

 ソニーコンピュータサイエンス研究所

チェゴヤで昼食をとりながら、議論。

Journal Club。

石川哲朗が、
Know Thyself: Behavioral Evidence for a Structural Representation of the Human Body
を紹介。

Body Structural Representationsが具体的に
どのようなフォーマリズムで書け、
どのような要素があるのかという問題は
大変興味深い。


Body structural representationについて議論する石川哲朗くん

続いて、野澤真一が
Random number generation in neglect patients reveals enhanced response stereotypy, but no neglect in number space.
を議論。


random number generationにおける
first-order differenceの分布が面白い。

特定のタスクとしてのraondom number generation
ではなく、さまざまな認知プロセス、とりわけ
探索行動におけるfirst-order difference的なものを
考えると興味深いだろう。


first-order differenceについて議論する野澤真一くん

さてさて、my best and brightestの
池上高志が、トークに来てくれた!
佐藤勇起くんもいっしょに来る。

池上の話は、Artificial life larger than biological life
というステートメントから始まり、
油滴の実験について、いろいろと議論がなされていった。

聞いていて思った。こういう、心の奥底から
わきあがってくるような香ばしい楽しさは、
実に20年ぶりくらいだなあ。

科学というものは、その最初の一撃においては、
大らかで、良い意味でいいかげんで、
ラフスケッチをするようなものなんじゃないか。

あまりにも精密に文脈を決めつけすぎると
息がつまるね。

池上高志が、さわやかな風を吹かせてくれた。

池上のところには、「爆笑学問」の取材が来ていて、
2009年6月16日(火)の放送の由。


トークをする池上高志


池上のトークを聞く者たち。

理化学研究所の藤井直敬さんが、
池上のトークが終わる頃に
来る。

藤井さんは、この度、NTT出版から
『つながる脳』 を出される。

『つながる脳』 NTT出版の頁 

これは抜群に面白い本である。
編集をしたのは、「傷だらけのマキロン」
こと、牧野彰久さん。

必読。

池上高志、藤井直敬さん、佐藤勇起くん、
それにラボのメンバーと「あさり」に向かう。

空を見上げると、そこに綺麗な虹があった。

「うわあ完璧な虹だなあ」と池上が叫ぶ。

池上高志がカメラを構える。
虹が、池上の心を動かした。


虹の写真を撮る池上高志

5月 9, 2009 at 08:39 午前 | | コメント (22) | トラックバック (3)

2009/05/08

靴が精霊となって

私が子どもの頃は、
昭和の高度経済成長期で、
周囲の自然がどんどん破壊
されていった。

そのことを、幼い私は哀しい
ことだと思っていたが、
当時の経済発展の勢いから
いって、仕方がないことでも
あった。

それが、このところ、時代が
一回りして、当時「遅れている」
と思われていたことが最先端
となっているように思う。

例えば、農業。

時代がくるくると回転して、
気付いてみれば食の生産をめぐる
さまざまが、かつて「ハイテク産業」
と呼ばれた分野よりも
よほど人類にとってチャレンジすべき
フロンティアとなった。 

『プロフェッショナル 仕事の流儀』 
のゲストでいらした農業経営者の
木内博一さんのお話をうかがって
いて、そんな時代のめぐり合わせ
の不思議を思った。

思うに、時間は直線ではなく
円環なのだろう。
概日リズムによって睡眠と
覚醒を繰り返すように、私たち
にとって最先端の問題は
ぐるりと円環を巡って変わって
いく。

2001年宇宙の旅で描かれた
ようなテクノロジーの未来図を
一度経験した後で、歴史の中で
親しんできた自然を見ると、
そこにいかに深遠なる可能性の群
があることか。

ずっと同じリズムで同じことを
続ける必要はない。

うまく円環的循環を活かせ。

それが、生命原理にもっとも適った
ことである。

一度、自然に思い切り付き合って、
その復活に力を注いで、
それからまたサイバーや宇宙に
戻っていけばいい。

都会の空き地は皆木を植えてしまえ。

そうしてから、サイバーやネットに
戻っていけば、勢いは千倍にも万倍にも
なるだろう。

収録が終わった後、
チーフプロデューサの有吉伸人さんと
歩いていた。

「茂木さん、この前食事した時、
お店でぼくの靴を誰かが履いていって
しまったでしょう。」

「ええ、あれから、どうなりました?」

「家に帰って翌朝、玄関先を見たら、
不思議なんですよ。」

「えっ、どうしました?」

「靴の代わりに店から借りて帰った
サンダルの横に、誰かが履いていって
しまったはずの僕の靴が脱いであるん
ですよ。」

「???!」

「それで、不思議だなあ、と思って。
しばらく考えてわかったんですが、
僕は前日、実は別の靴を履いて
出かけていたんですね。店の人が
出して下さった靴は間違いなくその
靴だったんですが、これじゃない!
と思ってしまったんですねえ。」

「だって・・・その靴だって、有吉
さんの靴だったんでしょう?」

「ええ。」

「それを見て、あっ、これは俺の
靴だ、って思わなかったんですか?」

「うーん。なぜか思わなかったんですねえ。」

しばらく無言で歩いた。

「有吉さん、このこと、明日のブログに書いて
いいですか。」

「うーん、どうしようかなあ。ははは。」

朝から雷が鳴っている。

ズドーン、ズドーンと大音響。

有吉さんが忘れた靴が精霊となって
天翔ているのかしらん。

円環の時間の中で、
時折雷が落ちるなり。

5月 8, 2009 at 07:31 午前 | | コメント (33) | トラックバック (4)

2009/05/07

浮世離れ

 移動しながらライアル・ワトソンの
Gifts of unknown thingsを読み返して
いて、次のところの記述が目に
留まった。

I tried desperately to see some detail in this illumination, some concrete feature that would allow me to identify and classify it, to give a biologically meaningful account of it to my colleagues; but there was none.
I remembered my own exasperation with the incomplete reports of others in similar situations and understood for the first time the difficulty of being an eyewitness to anything really unusual. Objectivity is all very well, but it is possible only when you can describe your experience in terms of standard weights and measures......As a biologist in this situation, I was a total failure; but as a biological system, I continued to function very well......We lack the instruments necessary for recording stimuli of this order, and we seem to have lost the capacity for providing an appropriate response. It would help to be born again, but perhaps all we need to do is redevelop a kind of organic innocence, recapture the receptiveness of childhood and show a willingness to take part in and be filled, or emptied, by whatever it is that happens. I am beginning to believe that there may be no other way to experience, or even begin to explain, certain kinds of reality.
To make sense, you must have sensed.

 いくつかのことを思い出した。

 例えば、高校1年生の時に、
バンフで全天に広がるオーロラを
見て圧倒された時のこと。

 あるいは、南の島で、サンゴ礁
の端まで歩いていってその先を
のぞき込んでみた時のこと。

 ニューカレドニアのウベアという島で、珊瑚礁の端まで歩いていってみたことがある。珊瑚の終わりに立つと、手を伸ばせば届きそうなところに白い珊瑚が赤暗く変色している領域が見えた。そして、そのさらに向こうに、まるで宇宙空間のように深い誘い込むような黒が広がっていた。一般に、外洋の島の珊瑚の外は、すぐに外洋の数千メートルの落ち込みとなっている。私を誘い込んでいたのは、その深淵への水の重なりが呈する黒である。あの時は恐ろしかった。珊瑚の上に乗っかった小さな私の肉体が向き合ったあの黒は、魂を凍えさせた。
 人間が何かを表現する時に向き合わなければならない無限を思う時、私はあの時の黒の恐ろしさを思い出すことがある。言葉を発するということは、すなわち、珊瑚礁の端に立って、外洋の落ち込みをのぞき込むということである。気楽に言葉を使っているうちは良いが、ふと自分の足元を見ると、もはや平静ではいられない。だからこそ、精神的な理由で失語症になる人が時々出る。立っていられないほど恐ろしいが、やはりのぞき込まずにはいられない深淵が、日常何気なく使っている言葉のすぐ横にある。言葉を使うということは、すなわち、深い落ち込みの縁をぐるりと回って生きるということである。

茂木健一郎 『脳のなかの文学』より。 

 人生とは、何かそのような何か
大きなものに出会って、一つの生命体
として必死に向き合う、そのような
プロセスのためにあるのではないか
と思う。

 退屈な人生で、何も特筆すべき
出会いなどない、という
人がいたとしても、少なくとも
自分の死とは向き合う。メメント・モリ。
自分の不在への移行というこの世の
最も巨大にしてパーソナルな事象との
遭遇。

 再びGifts of unknown thingsから。

 I was aware instead of a sense of privilege, the sort of synthesis of honor and awe that I usually associate with proximity to large whales. A feeling almost of exultantion, of a kind of grateful elation that is very close to worship.

 どんな性質のことでも、一生取り組む
ような問題は、やはり巨大な鯨の
ようなもので、全力で走り続けても
とても全貌をつかむことができず、
ただ、その果てしない存在感を
全身で受け止め続けるしかないの
ではないか。
 
 ルターがカトリック教会から
破門され、迫害を逃れてワルトブルク
城に隠れ住んでいたとき、聖書を
ドイツ語に訳すのに使っていた
小部屋には、一つの大きな鯨骨が
あった。

<ルターと鯨骨>

 昼食を終え、レストランを出る。
 ヴァルトブルク城は、歩いてすぐのところにあった。
 白い優美な城壁。塔の上に黄金の十字架が輝いているのが見える。
 私たち専用のガイドがつく。城内を歩きながら、的確な解説を加えてくれる。
 「・・・というわけで、聖エリザベートは、ルター派からも、カトリック教徒からも聖人としてあがめられる、類い希な存在となったのです。」
 「リヒャルト・ワグナーの義理の父親であるフランツ・リストが、このホールの天井を現在のような形に張り替えることを提案したのです。」
 部屋から部屋へと移動していく。中世の人たちの、「高貴なる野蛮さ」を偲ぶよすが。ついつい、『タンホイザー』の歌合戦の場面の音楽が流れてくるかのように錯覚する。しかし、目の前にある城の様子は、優美ではあるが、ワグナーのオペラそもののではない。
 むろん、それは私の仮想の勝手なる思いこみであって、世界文化遺産に登録されているヴァルトブルク城の価値を減じるものではない。現実のすばらしさは、むしろ仮想の予期を破るという点にこそある。旅をして異郷の現実に接した時に、思いもかけぬかたちで自分を不意打ちするものこそが、世界の幅を広げてくれる。
 かつてワグナーの聖地を訪れた時にも、予想もしないかたちで私の心の中に入り込んできたものがあった。

 私が初めてバイロイトを訪れたのは、観光客も少ない冬の盛りだった。小ぢんまりとした街の並木道には冷たい風が舞い、人類は絶滅してしまったかと思うほど、人影がまばらだった。博物館になっているヴァーンフリートの正面のレリーフを眺め、客間のグランドピアノの前に佇んだ。それから、裏庭に回った。そこにワグナーとコジマの墓があると聞いていたからである。
 木立を歩くと、すぐにそれは見つかった。胸を弾ませながら、敬愛する芸術家の墓所に近づいた私を待っていたのは、意外な光景だった。
 仮想の人、ワグナーの墓には、墓碑銘がなかった。名前さえも刻まれていなかったのである。
 遺言で、そのようなことは一切禁じたらしい。ワグナーとコジマの遺体が埋められたその場所の土の上には、一枚の岩板が載せられているだけであった。ワグナーの遺言は、献花も禁じた。それでも、花を捧げる人がいる。私が訪れたその冬の日も、花が捧げられていた。しかし、墓の岩板は、まるで崇拝者の志の花束さえも拒絶しているかのようであった。
 この拒絶の厳しさは、一体何なのだろう、私は、静かな木立に囲まれたその一枚岩を見下ろしながら考えた。明らかに、ここには、何か尋常ではないものがある。あれほど強烈に仮想の世界のリアリティに殉じた人が、その墓に一切のシンボリズムを禁じたのは何故か? そこには、精密に企図された、解き明かされるべき不可解な秘儀があるように思われた。

茂木健一郎『脳と仮想』(新潮社)より

 私にとって、バイロイト訪問の意義とは、すなわち、ワグナーの墓をなしていた岩板であった。
 自分が予期さえしていないもの。そのようなものに出会った時に、私たちは旅することの恵みを知り、無限の感謝の思いを抱く。
 マルティン・ルターは、1521年にヴァルトブルク城にて新訳聖書をドイツ語に訳した。ローマ法王を頂点とするカトリックの秩序に抗する「プロテスタント」の運動における画期的な事件。近代のドイツ語の正書法を確立する上でも決定的な意味をもったルタの偉業は、500年近く経った今でも燦然と輝いている。ルターが圧迫を逃れて隠れ住んだ一年余りの時間は、まさに人類史における「星の時間」である。
 ルターが新約聖書を訳した部屋は、ワルトブルク城の中でも特別な雰囲気を醸し出していた。
 むき出しの木の壁で囲まれた、小さくて質素な空間。机が一つと、椅子が一つ。他には目立つ調度品もない。
 プロテスタントの信者にとって、とりわけ、ドイツのルター派の人々にとっては、この部屋は特別な思いを喚起するらしい。たくさんの人々が訪れ、その様子を目に焼き付けてきた。
 まるでそれらの人の深い思いが自分にも乗り移ったかのようにも感じながら、ルターの部屋の前に立ち尽くしていた。しばらく見ているうちに、椅子のすぐ近くに置かれた異様な形状をした、白い巨大な物体に目が留まった。
 「あれは何ですか?」
と尋ねる。
 「鯨の骨です。」
 「鯨の骨!?」
 これこそ、まさに不意打ち。ルターの部屋に、まさか鯨の骨があるとは思わなかった。鯨ではないかと推定される「怪物」は、聖書の中にも登場する。鯨には、大らかな気配がある。地上最大の生きもの。私たちと同じほ乳類。高度に発達した知性を持ち、子育てをする。そのような、すべての生きものの中でも特別な位置を占める存在。
 当時のカトリックの欺瞞に「抗議」(プロテスト)し、聖書を翻訳することでドイツ語の宇宙にも影響を与えた骨太の知識人、マルティン・ルターと鯨骨。そこには、明確なロジックでは結びつけることのできない、しかし言われてみれば納得されるつながりがあるようにも感じられる。
 「ルターは、鯨の骨を何に使っていたのですか?」
 「どうやら、足をその上に載せて休めていたようです。」
 足置き! 聖書の翻訳作業に没頭しながら、鯨骨に足を載せる「行動する知の巨人」。
 ルターと鯨骨。ヴァルトブルク城で、バイロイトの「ワグナーの墓」に相当する発見をした。
 昼下がり。気温は相変わらず低い。ヴァルトブルク城の土産物屋の外壁に温度計がかかっていた。目盛りを見ると、−10℃を指している。

茂木健一郎『音楽の捧げもの』ールターからバッハへー
 より

東京の雑踏の中を歩いていても、
心はついついオーロラのような、
サンゴ礁の外の大海原のような、
鯨のような世界へと誘われる。

浮世離れしている時間が一番幸せだ。

5月 7, 2009 at 07:15 午前 | | コメント (25) | トラックバック (2)

2009/05/06

オレンジからグレープへ。

ファンタグレープを、
それこそ、20年ぶりとか、
それくらい久しぶりに飲んだ。

ファンタについては鮮烈な
印象がある。

小学校に上がる頃、町内の子供会
でファンタがよく出された。

その頃、ファンタグレープにするか、
それともファンタオレンジにするか
ということが世界観そのものにかかわるほどの
重大事であった。

それで、私たちはどちらかと言えば
「グレープ」がおいしいと思っていて、
ダース・ケースに入ったのが出されると、
争うように紫色の液体の入った瓶に手を伸ばした。
 
ところが、ある時を境に、突然、
「ひょっとしたらオレンジの方がおいしいのでは
ないか」と思い出した。

わるがき同志で顔を見合わせて、
「おまえどう思う?」
「実はオレンジの方がおいしいかもしれないな」
「オレンジにしようかな。」
「どうしよう」
というざわめきが広がっていったのである。

あの時のふわっとした、
天地が揺らぐような感覚は忘れられない。

オレンジからグレープへ。

あれは実に、認識の革命の一つのひな型
であった。

NHK。『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の打ち合わせ。

担当ディレクターは、須藤祐理さん(すどちん)。

千葉県で農事組合法人「和郷園」を通して、
新しいかたちの農業ビジネスを展開する
木内博一さん。

日本の農業再生へのヒントとなる
活動で注目される木内さんだが、
高校の時は家業の農業を継ぐのが
嫌で、ツッパリをしていた。


須藤ディレクターと、ツッパリの木内博一さん。

木内さんをスタジオにお迎えしての
収録が楽しみ。

打ち合わせ中、目を閉じて「瞑想」
の姿勢に入ることも多い有吉伸人
チーフプロデューサー。

前夜の休養十分だったのか、
有吉さんもらんらんと目を輝かせ、
NHK福島局にいた時に
農業の取材をたくさんしたという
住吉美紀さんも知識と経験を
披露して、
気合い十分の打ち合わせとなったのである。


目をらんらんと輝かせる有吉伸人さん

5月 6, 2009 at 06:50 午前 | | コメント (35) | トラックバック (1)

2009/05/05

クエの魂に献杯す

PHP研究所。

 木南勇二さん、ちびっこギャング。
本の取材。

 横田紀彦さん合流。

 東京国際フォーラム。

 ラ・フォル・ジュルネ。

 鈴木雅明さん指揮、
バッハ・コレギウム・ジャパンで、
J.S.バッハ:カンタータ「イエスよ、わが魂を」BWV78
J.S.バッハ:カンタータ「喜べ、贖(あがな)われし群れよ」
を聞く。

 桑原晃弥さん、吉田宏さんが
合流し、アインシュタインについて
お話しする。

 会場を歩いていると、
文藝春秋の大川繁樹さんがいらした。

 先日ドイツの旅をご一緒した
音楽評論家の加藤浩子さんの姿も。

 加藤さんには、鈴木雅明さんとの
共著『バッハからの贈りもの』
がある。

東京フォーラム内の
 NHKFM、
「今日は一日“ラ・フォル・ジュルネ”三昧」の
特設スタジオにお邪魔し、バッハの
お話をする。

私の前は、ギタリストの村治佳織さん
だった。

 鈴木雅明さんと対談。
 バッハのこと。
 音楽のこと。

PHP新書
『音楽の捧げもの』 ールターからバッハへー
はラ・フォル・ジュルネのオフィシャル・
ブックであり、会場で買って下さった
方の中から、抽選で50名の方に
サインをさせていただく。

ほっと一息。木南さんが行きつけの
土佐料理の店で、「クエ鍋」をいただく。

クエは、九州ではアラという。

白身で、ぷりぷりとしていて、美味である。

さてさて、このアラは、卵からかえって、
稚魚として太洋を動き回り、
岩礁に潜み、次第に大きくなり、
やがてあわれ漁師の網にかかり、
まな板の上のアラとなり、
私めの目の前に運ばれてきたのであります。

出会いの不思議さよ。地球は、
生きものを育み、我らが命を支える。

大都会の中に潜んでいても、荒海深き
場所の生きものにつながる。

これが文明というものか。

一日の終わりに、高層ビルの
中の暗がりで、クエの魂に献杯す。

5月 5, 2009 at 08:48 午前 | | コメント (18) | トラックバック (3)

2009/05/04

鈴木雅明、茂木健一郎 対談

2009年5月4日(祝)

18時30分〜19時10分

ラ・フォル・ジュルネ 会場内

リューベック広場にて。

詳細

5月 4, 2009 at 08:22 午前 | | コメント (6) | トラックバック (0)

自分と同じ色の点

大賀ホールへのアプローチは本当に
美しくて、軽井沢駅からほどなくの場所から、
池にかかる木製の橋をわたって行く。

この池は以前は冬になると
スケート場になっていたとのこと。

温暖化で、氷が張らなくなってしまった。

大賀ホールの中で、大賀典雄さんに
お話を伺う。

ヘルベルト・フォン・カラヤンのこと、
音楽のこと、
そして、大賀ホールができた経緯。

カラヤンから「co-pilot」と呼ばれた
大賀さん。

カラヤンが亡くなった日も、ザルツブルクの
カラヤンの自宅でカラヤンと話をしていた。

その日はカラヤンは体調が悪くて、
ベッドの上で上半身を起こして話していたのが、
突然からだが斜めに傾いでしまった
のだという。

大賀さんのお話から伝わってきたのは、
一つの大きな、そして温かい生き方だった。

大賀ホールの豊かな響きのように。

東京に戻る。

NHKへ。

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の収録。

ゲストは、公務員の木村俊昭さん。

木村さんは、小樽市役所につとめている間に、
数々の町おこしで実績を上げた。

その後、きわめて異例なかたちで、
内閣府に引き抜かれる。

ヴィジョンや志を持っている人が、
組織の壁に当たった時、どのように考え、
行動するか。

木村さんは決してくじけなかった。
企画書が一度突っぱねられたら、
二度も三度も提出しなおす。

組織がこうだから、社会がこうだから
ということを、自分が何かができないという
ことの言い訳にしてはいけない。

木村さんの愚直なまでの生き方は、
何もかも行き詰まってしまっているように
見える日本社会を変える一つのヒントに
なるだろう。

収録後木村さん、それに担当ディレクターの
赤上亮さん、チーフプロデューサーの有吉伸人さんと
懇談する。

木村さんをお見送りした後、東急文化村
近くの「松濤倶楽部」で有吉さんと飲んだ。

このところ思っていること。

世の中にはいろいろな人がいる。
その中で、自分と感性や志やその他もろもろが
共鳴する人は、そうはいるものではない。

だから、同類を見つけたら、全力で結びついて
いろ。
助け合え。語り合え。そして、共に何ごとかを
成し遂げよ。

世界は色とりどりの点から出来ている。

自分と同じ色の点を見つけたら、
その僥倖をありったけの力で追いかけ続けなければ
ならぬ。

5月 4, 2009 at 08:12 午前 | | コメント (20) | トラックバック (3)

2009/05/03

精神の残り火

軽井沢へ。

駅から歩いて、大きな貯水池にかかる
橋を渡ると、そこが大賀ホール 
だった。

大賀典雄さんの寄贈による、五角形の
空間。

少し、ベルフィン・フィルハーモニーの
本拠地「フィルハーモニー」を思わせる
ところがあって、全体的に木質で
温かい。

大賀典雄さん御自身が指揮をして、
東京フィルハーモニーが
ハイドンの交響曲100番「軍隊」、
チャイコフスキーの交響曲5番を
演奏する。

大賀さんの奥様の緑さんのとなりで
聴く。
後ろの席には、前日にコンサートを
開いた渡辺貞夫さんがいらした。

温かさ、というものに包まれた時間だった。

大賀典雄さんを気遣う緑さんのご様子。
音楽を愛し、オーケストラのメンバーを
愛する大賀典雄さんの姿。

曲目を演奏後、何度もオーケストラのメンバー
と握手を交わす大賀さん。

カーテンコールが終わり、
楽屋にお訪ねした。

指揮を終えた大賀さんは、
握手をすると熱を帯びているのが
感じられて、
さっきまでの音楽の、精神の残り火が
燃えているかのようだった。

そもそも、芸術というものは、
「愛する」ということを貫く、
大きく育むということではなかったか。

ただひたすら自分が大切だと思うものを
愛すること。
そのような時間を、この浮き沈みの
大きな人生の中でいかに多く持つことが
できるかということで、その人の
心のかたちのようなものが決まって
くるのではないかと考える。

そのような理想の一つの典型を、
大賀典雄さんに見た。

余韻に浸りながら、
いっしょに取材に訪れた
「家庭画報」 
の方々とプリンス・ホテルへ。

食事を終えて、
部屋に戻り、ネットにつなげて知る。

忌野清志郎さんが亡くなった。

しばらくyoutubeで清志郎さんの
ライブの映像を見る。

フロント横のスペースにあった
水と缶コーヒーとヤクルトジョアを
求めて部屋に戻る。

廊下で、同行の写真家、阿部稔哉さんが、
「茂木さん、忌野さんが亡くなりましたよ。」
と声をかけてくる。

「若すぎたよね」

「残念です。」

表現者は、いいわけをしてはいけない。
しかし、どんな思いで、心を込めて、
そして勇気をもって表現しているか
ということは、必ず伝わるはずだ。

そして、根底には、愛がなければならない。
自由がなければいけない。
勇気がなければならない。

5月 3, 2009 at 07:43 午前 | | コメント (26) | トラックバック (4)

2009/05/02

空間的配列の妙

何かをする時に、テンポの設定
というのは大事である。

本を読むにしても、じっくりと行間を
考えながら読むこともできるし、
速読することもできる。

文章は、逡巡しながら書くことも
できるし、無意識を解放するがごとく
奔流の運動に身を投ずることもできる。

早く書いた文章が悪いとは限らない。
勢いがあったり、一種の有機的運動性が
あったり、かえって因子の並び方に
天の配剤が見られることも多い。

 ソニーコンピュータサイエンス研究所

脳科学研究グループの会合
The Brain Club。

チェゴヤで、野澤真一と
乱数について議論。

東京芸術大学の布施英利さんの研究室で
今春修士論文を書いた信國容子さんが
研究の内容を発表してくださる。

表現行為において、制作者の意識された
意図を越えた表現がなされるということと、
心脳問題の関係について。

田辺史子が、

A. Mendelsohn, Y. Chalamish, A. Solomonovich, Y. Dudai
Mesmerizing Memories: Brain Substrates of Episodic Memory Suppression in Posthypnotic Amnesia
Neuron, Volume 57, Issue 1, Pages 159-170

を紹介。

イスラエルのワイツマン研究所のグループ。
催眠術にかかりやすい人について、
映画を見せた時の記憶の想起
の抑制がどのようなメカニズムで起こっている
かをfMRIで示した研究。

続いて戸嶋真弓が、
Miia Sainio, Jukka Hyönä, Kazuo Bingushi and Raymond Bertram
The role of interword spacing in reading Japanese: An eye movement study.
Vision Research
Volume 47, Issue 20, September 2007, Pages 2575-2584

を紹介。

日本語の表記において、文字間のスペースにはどのような
意味があるか。


ひらがなと漢字が混ざっていると、
文字間スペースがなくても
スムーズに読むことができる。

新宿で乗り換えるたら、
「あれ、茂木さん」と声をかけて
きた人がいた。

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
のディレクター、生田聖子さん。

高円寺で降りる。

駅からすぐの場所に、「座・高円寺」
はあった。

こけら落とし公演、井上ひさし作
渡辺美佐子出演の『化粧』 
を見に行く。

建築家の伊東豊雄さんにお招きいただいた
のである。

伊東豊雄さんは、「座・高円寺」を設計された。

劇場の前でぼんやりしていると、
伊東さんが風のようにふわっとやってきて、
それからしばらくして住吉美紀さん、
それに伊東さんの奥様がいらした。

『化粧』は、大衆演劇の女座長を主人公
とした一人芝居。

「現実」と「仮想」の関係が入り交じって、
スリリング。

井上ひさしさんは言うまでもなく現代
有数の芝居の書き手だが、そのうまさに
改めてうなった。

5月31日までの今回の上演期間中に
「上演600回」を迎えるという
渡辺美佐子さんの『化粧』。

冒頭の、一人昼寝をしているシーンから
もうすでに観客の心を惹き付けている。

約90分間、ずっと一人で満場の
人々を魅了するその力量はさすが。

舞台の上では、人間のすべてが顕れる。

演技をしながら化粧をしていくという
その設定も巧み。

鏡があるという設定になっているが、
渡辺さんは実際には何も鏡を見ずに化粧をする
ことになる。

その面白さと不思議さを堪能した。

初日ということで、井上ひさしさんの姿。
丸谷才一さん、池澤夏樹さんもいらしていた。

1982年初演。おそらく長く
古典として残っていくであろう『化粧』。
おすすめです!
伊東豊雄さんが設計した斬新で温かい
劇場空間も味わうことができます。

ロビーに降りると、目黒実さんがいらした。

「座・高円寺」で開催されている
絵本カーニバル 
を企画されているのである。

「ひさしぶりです」とご挨拶する。

5月5日には、絵本作家の荒井良二さんと
目黒実さんの対談があるとのこと。

阿佐ヶ谷の中華料理屋で、
伊東豊雄さん、奥様、生田聖子さん、
住吉美紀さんと懇談。

心の芯が踊り出すような楽しい時間。

本当にありがとうございました!

一人帰る夜道。
伊東豊雄さんの描くスケッチの、空間的配列
の妙について考えた。

5月 2, 2009 at 07:54 午前 | | コメント (18) | トラックバック (2)

2009/05/01

Contingencies of life

Contingencies of life

The Qualia Journal
1st May 2009

http://qualiajournal.blogspot.com/ 

5月 1, 2009 at 08:42 午前 | | コメント (3) | トラックバック (2)

小惑星がびゅんと飛んできて

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の収録。

ゲストは、インテリア・デザイナー。

本当に素晴らしいお話でした。
ぼかあ、感動したなあ。

今年秋に予定されている放送をお楽しみに!

このところ、どこに行っても、
その話題で持ちきり。

新型インフルエンザの問題は、
私たちに自分自身のmortality(死すべき
存在であること)を考えさせる
きっかけになった。

文明の中で、現代人は自分たちが
いつまでも生きるような勘違いを
しがちだが、実際にはいつこの世と
おさらばかわからないのだ。

「文明が何のかんのと言ったって、
小惑星がびゅんと飛んできて
地球にぶつかれば、それでおしまいよ!」

目をギラギラさせた芸術家なら、
そう言うかもしれぬ。

世界は「何が起きるかわからない」
という偶有性に満ちた場所だと
いうことを再認識する。

今は新型インフルエンザに世間の
注目が集まっているが、
偶有性の種は、どこにどんなかたちで
潜んでいるかわからぬ。

太陽系周辺の天体の運行のニュートン
方程式の中にだって、偶有性の種は
あるのかもしれないからね。

つまり、がたがた言わないで
覚悟を決めて明るく生きるしか
ないんだよ。

偶有性を抱きしめて生きる。

その「偶有性」の中には、当然、
自分自身や、自分が知っている
世界が今のようなものではなくなる、
ひょっとしたら存在自体が消える、
ということが可能性として含まれる。

偶有性の輝きは、恐れや不安の
むこうがわにある。

5月 1, 2009 at 07:36 午前 | | コメント (27) | トラックバック (2)