« 脳科学と哲学の対話 | トップページ | 沈黙 »

2009/04/25

不在

 このところ感じている「寂しさ」
は、一種の「不在」の感覚なのだと
悟った。

 あるべきものがない。あるいは、
かつてあったものが過ぎ去った。

 そして、来るべきものがまだ
近くにはない。

 京都へ。

 女性たちが講師を呼んで話を聞いたりする
勉強会としてスタートした「並木の会」
の50周年の記念の会に呼んでいただく。

 武者小路千家の第14代の家元、
千宗守さんのご縁でお招きいただいたのである。

 懇親会でお隣に座らせていただいた
黒田正玄さんに茶杓の話を伺う。

 黒田さんは、千家十職のうち、花活けや
柄杓を作る家の第十三代。

 「節」のことや、「景色」
のことなど、黒田さんのお話は
とても興味深かった。

 懇親会の後、「西城秀樹オンステージ」
があり、西城秀樹さんがステージで
歌い、歓声が飛んだ。

 西城さんの歌を聴きながら、
日本が元気だった昭和の時代を思い出す。

 何が不在なのか。
 「今、ここ」にはないもの。

 右の手への刺激を大文字で、
左の手への刺激を小文字で書きましょう。
 
 コンピュータに向かいながらも、
ずっと不在について探り続ける。

4月 25, 2009 at 09:10 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 不在:

» 哀川翔と トラックバック 御林守河村家を守る会
哀川翔と握手してきました。 奥さまとも。 [続きを読む]

受信: 2009/04/26 7:29:22

コメント

茂木先生の感じる「不在」とは何でしょうか?もう答えは出たのでしょうか?
「寂しい」とか「とぼとぼ歩く」とか、なんだか私の想像する先生のイメージとは少し違うので、
先生の顔が変わりました。
私も「何か無いなぁ」と寂しく感じたりします。そしてそんな時「気のせい、気のせい」と思うのです。私の人生は私の妄想の中。「無い」も「ある」も思い込みでけっこういける、なんて。そんな考えって現実逃避かもしれませんね。
先生の深く考え抜いて到達した答えがぜひ聞きたいです。
良かったら教えてくださいね。

投稿: | 2009/04/27 20:22:40

茂木さん、ヒースクリフみたい……

投稿: | 2009/04/26 20:52:39

不在について。I really agree with it!I wonder why I feel so… Your blog makes me fell so confortable.これからもクオリア日記楽しみにしております!

投稿: | 2009/04/26 19:07:16

茂木健一郎さま

私は、神の不在を何かによって補おうとしているということを御著「化粧する脳」を読んでみて、少しづつ言語化させていただきました。

インターネットの存在は、なにがしか神の不在に対する代替物になるのではないかと、可能性をいまだ感じ続けているのですが、ウェブ2.0などという言葉に置き換えられてしまうのはちょっと残念だなあと思っておるのですが、インターネット以外にも神の不存在に対する代替物がありましたら是非お教えください。

投稿: tama | 2009/04/26 2:01:55

こんばんは。
先生の内なる炎がメラメラと燃え盛る記事を読み、パンドラの匣を思い出しました。
太陽の光に意識を向けると、こちらも向日葵のように花開く感覚を覚えます。
ありがとうございます!
どうぞ、お身体に気をつけてお仕事頑張って下さい。

投稿: | 2009/04/26 1:17:18

茂木さんが、近頃不在について思慮を巡らしているのは、その感情をもてあましていたトアル小説家と腕時計を交換したからです。。。その人はNYから東京に帰りついて、とても深い喪失感に捉われていてその苦しみから、何とか逃げたくて波動が最もこもっている時計を思わずあなたに預けてしまったのです!身につけている物を、気軽に他人と交換するのは良くないですよ。作家の苦悩が移ります。

投稿: | 2009/04/25 23:46:18

あるべき半身。かつて感じ得られた半身…でも、今ここにない寂しさは、ふとした時に感じます。

私のひとつの節目である今年…描いたビジョンを持ち続け、かなえたいなぁ(^-^)

投稿: | 2009/04/25 23:31:34

西城秀樹さんといえば、印象的なのは「ヒデキ、カンゲキ!」と「YMCA」。

ステージでヒデキさんが、YMCA~YMCA♪と歌いながらファンの皆さんと踊っていたコンサートの光景をTVやその他で沢山見たのを思い出す。

あの頃、日本にはまだまだ、民衆の生きるパワーがあった、それだけは確かだった。

お隣同士の、心と心の通い合ったあったかいつながりも、まだまだ健在だった。

子供達(つまり私達の世代のちょっとあとくらいまでの世代)は、みんな外で元気よく、日が暮れるまで、泥と砂埃塗れになって遊んでいたなぁ。

人々が未来を間だ明るいものと信じていた時代。数多の人々の絆は、私達のすぐそこに息づいていた。

それが、スペースインベーダーが入りこみ始め、ハイテクorサイバー時代になり、コンピュータが社会の各層に浸透し始めた頃から、少しずつ失われ始め、気がついたらみんなバラバラになり、お隣同士の顔すら知らないという、哀しい、恐ろしい状態になってしまった。

暖かい人々の絆、子供の生き生きした笑顔、人々の逞しく生き抜くパワー…少なくともこの30~40年間で喪われていったものは、あまりにも多過ぎるように思える。

“来たるべきもの”は案外、自分の足下にあるのに違いない。ただ、私達は、まだそれを見出せないでいるだけなのかもしれない。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/04/25 17:08:42

『生きて死ぬ私』『今ここから全ての場所へ』『人は死ぬから生きられる』茂木さんのご著書持っています!!

投稿: | 2009/04/25 16:30:13

最近、一寸ニュアンスは違いますが、日本人に一種煮え切らない、懐疑論的姿勢が目立つような気がしています。
自身のブログに記しましたが、グリーンエネルギー政策や、地球温暖化への取り組み姿勢にも、そのような気がします。
 (IT起業研究所代表 小松仁) http://blogs.yahoo.co.jp/itinnovationconsulting/59425121.html

投稿: IT起業研究所代表小松仁 | 2009/04/25 14:44:49

最近、ニューヨークから日本に戻ってきた友人が、ニューヨークの街には、以前のような活気はないと話していました。日本は石油中心の機能主義から、人間中心主義に移行する時期なのかな…と、思いました。日本やヨーロッパは、石油のエネルギー無しに近代文化を築いた国。
新しいスタートラインに立った気がします。

投稿: | 2009/04/25 13:02:55

>あるべきものがない。あるいは、
かつてあったものが過ぎ去った。

そして、来るべきものがまだ
近くにはない。

…なんか分かるような気がします。
今の私にとってその答えは
「子ども」
そして、来るべきものがまだ近くにない「家族」かな…。

そんなことを思っていたらフト思い出した寂しさが
あります。
それは、子どもが自立して家を出て空っぽになった
お兄ちゃんの部屋を見たとき。

ところで、静岡では新茶の取引がはじまったそうですね。
先日、お茶に関して面白い記事を読みました。

「結納茶」と言うお茶があったり香典返しにお茶が使われて
いたりとか、お茶って時間や場を区切る役割が
あったとことが書かれてありました。

武家中心の茶の湯文化とちがう庶民のお茶を飲む習慣のところで、
ふるさとの高知県などの例が紹介されていたのが、
凄く嬉しかったです。
今でもあるんですよ。
知られざるお茶。煮出し式なので叔母の様に、
取り寄せてまでは飲みませんが…なつかしいです。

さてさて私はと言うとティーバックのお茶を飲んでいます。
お茶屋さんの前を通るたびに、
プロフェッショナルで紹介されたお茶を作る方のお茶を
飲んでみたいと思っているのですが…作っているシーン
や苦労話だけが記憶に残って肝心な情報が残っていません。
困った脳です(笑い)。

投稿: | 2009/04/25 11:29:55

今朝の東京は冷たい雨が降っています。

僭越ですけれど、茂木さんのおっしゃる「不在」の感覚を
私も同じように感じています。
あと半年すぎたら、私、半世紀生きてしまったことになります。
それを前にして私も「不在」の感覚を感じています。

西城秀樹さんのYMCA懐かしいです。
「日本が元気だった昭和の時代」にタイムスリップしたい
気持ちがします。

話はかわって最近「そしてもう一度夢見るだろう」という
NEWアルバムをリリースした松任谷由実さん。
そのコンサートのチケットが今日10時から発売なので
だめもとでトライしてみようと思っています。

「そしてもう一度夢みるだろう」・・・ユーミンさすがです。
ツボです。

とりとめもなく失礼いたしました。

投稿: | 2009/04/25 9:25:43

茂木健一郎さま

ヒデキ感激

その西城秀樹さま

恰好よいですよね

私の場合の英樹は

母が命名

高橋英樹さんのファンとのことで英樹とつけたとの
何気に思い出しました。

投稿: | 2009/04/25 9:15:13

コメントを書く