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2009/04/14

ラトルのもじゃもじゃの頭髪

ザルツブルク郊外のアーニフ村に
あるヘルベルト・フォン・カラヤンの
墓を訪れる。

良く晴れた日。リンゴや、木蓮や、
素敵な花に包まれて。

この美しき生成のありさまを
覚えておかなくてはならぬ。

是非とも、記憶しておかなくては
ならないのだ。

墓に詣でる前、カラヤン夫妻が
しばしば訪れたという
レストランBuberl GUTに入った。

二階にオウムがいて、しばらく
気配を探りあって遊んだ。

はるかに望むウンタースベルクが
神々しい。

ザルツブルク祝祭劇場で、
サイモン・ラトル指揮、
ベルリンフィルハーモニーで
ワグナーの『ジークフリート』を
観る。

ワグナーの音楽の最高峰、
三幕のブリュンヒルデとジークフリートの
二重唱。

ためらいがちだった愛が、「笑いながら死んでいく」
というニーチェ的生命哲学の
中に結実する。

最前列。ラトルのもじゃもじゃの頭髪が
すぐ目の前にある。

ベルリンフィルの超絶技巧。

意識を圧倒する経験の奔流。

その後では、自分が一人称としていかに
生きるか、その問題だけが残る。


4月 14, 2009 at 03:04 午後 |

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コメント

ためらいがちだった愛が、「笑いながら死んでゆく」という茂木さんの言葉に、とても惹かれました(^o^)
どんな感じかなぁ?と考え、私は、ためらいがちだった二人の愛が実るのかなぁと思いましたヽ(´▽`)/


素敵な写真ありがとうございました(*^_^*)

投稿: | 2009/04/15 21:19:19

今日も心待ちにしておりますクオリア日記、拝読させて戴きました。ありがとうございます話は逸れますが昨日、ご著書の対談本(×禅僧)『人は死ぬから生きられる』を本屋さんにて購入致しました。只今読んでおります。革新的、素晴らしいですね。きっといつの日か解明される日が来るのではないでしょうか。楽しみです!

投稿: | 2009/04/15 14:44:05

ザルツブルグは水仙の季節。関東地方では山吹の花が咲き、この眼をたのしませてくれる。
桜ちり春のくれ行く物思ひも忘られぬべき山吹の花 (玉葉集 藤原俊成)
山吹の花には春が暮れていく憂鬱を忘れされる力があるのか。偶然にも今年のテーマカラーは山吹と決めていた。 今年になって生死にまつわることを考える機会を得て、知らず知らずに山吹色を選んでいたのか。偶然は必然、必然は偶然なのか。 今は山吹の花をおもう存分楽しもう。
ベルリンフィル(音楽)、水仙(自然)、そして美味なモノとワイン(お酒)があれば、この世の憂いも忘れられる、山吹の花のごとく。
(BGM: ヴァイオリン協奏曲第1番嬰へ短調op.14(ヴィエニャフスキ)第三楽章)

投稿: | 2009/04/15 13:10:51

茂木先生、画像から爽やかな風が吹き抜けます♪


ためらいがちだった愛がわらいながら死んでいく、ニーチェ的生命哲学の中に結実、とはどのような事なのでしょうか。


意識を圧倒する経験の奔流、先生はなにを観たのでしょう。それほどまでの。(´―`)


それでは本日も素晴らしい1日となりますように。
♪d(⌒∀⌒)b♪

投稿: | 2009/04/15 13:09:39

旅での感動の日々の様子が伝わってきます。丘に咲く、白いりんごの木が懐かしい。
昨日は、「モーツァルトの手紙」を読んだ1日でした。
モーツァルトは旅の人ですね。
ザルツブルク大司教が旅を許してくれないことで
「旅をしない人間は(少なくとも芸術や学問にたずさわる者は)みじめな人間です!」 と嘆くモーツァルト。
引き続き、素敵な旅を楽しんてくださいね♪

投稿: | 2009/04/15 10:41:57

①世界最高のベルフィルを、②茂木さんが、③青春時代から長く聴き込んできたワグナーで、④ザルツブルグにて、⑤最前列で、⑥体感される。

①から⑥までの全ての要件を充たすのは、今後、何度あるか、というほどの”一回性”の”事件”ではないだろうか?

このあと、茂木さんに何も起きないと考えるほうが困難である。これで何も起きないと予測する人がいるとすれば、その人は未来を信じなくていい、とさえ・・・。

ベルフィルの生を、アバド時代に、2度しか体感していない当方ですが、明らかに、その前後で生き方まで変わりました。

折しも、日本代表コンサートマスターだった安永徹さんが御引退された節目の年。これは、何かが起きる・・・。

投稿: | 2009/04/15 0:25:02

はじめまして。約2ヶ月ほど前から、茂木さんのブログを毎日拝見させていただくようになりました。うちは魚屋なんですが、朝、狭い帳場に座ると同時にせわしい一日が待ったなしで始まります。その時に、こっそり携帯からクオリア日記にアクセスします。一方、早速鳴り響く注文の電話。受話器を片方の肩で挟んで、右手で注文を書きとめながら、目線はクオリア日記をちらり。毎朝ほんの30秒ぐらいの出来事ですが、今では、なんというか・・・その行為自体がちょっとした優越感のような・・・可能性を散りばめたキラキラを無料で振りかけてもらったような・・・そんなご褒美の時間になっています。


ザルツブルグのお話とは離れますが、私もスイセンの写真をアップしたばかりだったので、そのシンクロにかなりドキッとして、ついコメントを書き込んでしまいました。これからも楽しみにしています。


やみな様

お忙しい中お読み頂いてありがとうございます。
これからもよろしくおねがいいたします。

茂木健一郎

投稿: やみな | 2009/04/14 23:28:47

ワグネリアン・茂木ィ先生、お今晩は~
(・ω・)/
東京は23時ですが、ザルツブルクは夕方でしょうか?時差って不思議ですね。
綺麗な写真ありがとうございます。水仙見ただけでいい香りがしまス。春爛漫ですね♪
カラヤンさんのお墓がザルツブルクにあるのは知りませんでした。
何を対話されたのでせう…?
ラトル&ベルリンフィルでワーグナーだなんて、まさにクラシックの「真水」神髄ですね~(^o^;) 素晴らしい。
茂木さん、もじゃもじゃ頭のラトルさん見て、おぅ兄弟!!って思いませんでした?(笑)ちなみにピアニストのキーシンも、もじゃもじゃ頭なんですよ。
もじゃもじゃ3兄弟ですね♪
ベートーヴェン様みたいで素敵です!
昨日のコメント途中切れで失礼しましたm(_ _)m
本当は「等伯の松林図屏風と久蔵の桜図を一対にして展示したらいかがでしょうか?」って書きたかったのデス。
一対にして展示することで凄いエネルギーが生まれると思います。
(・ω・)/
それでは、引き続き良い旅を!
ボン・ヴォヤージュ!!

投稿: | 2009/04/14 23:23:02

ほわー✷

美しきものに囲まれて♫ 幸せですねー。

水仙?とても可愛らしいですね!
遠近感、素敵です!
巨木の根元に茂っている草花も
愛に満ちていますね。
いいお天気ですね。

明日いよいよワルキューレを見に行きます!(^^)!
楽しみです。
私全くオペラは初めてです。
是非 魅了されたい! ✧✿✮♬~☆

今、雨がざーざー降っています。
久しぶりの恵みの雨です(✿^^)丿☂

投稿: | 2009/04/14 22:32:27

カラヤンの墓所が、いろとりどりの美しい花々と緑に包まれていたなんて…。

やはり『人は死に至る時、必ず大地に帰る』というメタファーの表現のように感じられる。

嘗てカラヤンが指揮をしていた時代のベルリン・フィルの演奏を、この生の耳で聴きたいと思いつつも、願い叶わず、私が20代の終わり頃には、カラヤンは既に、この世の人ではなかった。

最早CDでしか聴けなくなったけれども、彼の指揮する演奏で、ヴァーグナー音楽に秘められたる深い精神性に、触れてみたい。

その精神性に隠されているという、生命哲学に、魂をずんと貫かれてみたいものだ。

サイモン・ラトル氏のもじゃもじゃ頭、と聞いて、ふっとベートーヴェンの無造作な髪型を連想してしまった。

ベートーヴェンもヴァーグナーも、人間精神の深淵に肉迫して、人の魂を強く揺さぶる、至高の響きを残したに違いない。

茂木さん、素晴らしく得難い響きの体験をされて、本当によかったですね!


ここ日本では、ヴァーグナーのような、深遠な生命哲学を秘めた藝術の力が本当に必要だと痛感する。

そういう藝術の再興こそが、自分の内面を見つめる「精神の鏡」を我等に齎してくれる筈だと思わずにはいられぬ。

p・s・ 昨夜、ラジオ深夜番組「オッターバ・コンブリオ」を聴いていたら、「魔笛」の中の一曲「パパパ」が流れてきた。

楽しげな二重唱を聴きながら、晩年のモーツァルトの苦悩を思った。苦悩の中で、こんな楽しげな曲を作った彼の精神は、芯の強いものだと思った。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/04/14 21:16:29

  経験の奔流は
            大河の一滴として

          馴染むことも無く
                  主張する必要も無し

          粛々と 移動する       サラサラと春

    つくし誰の子 スギナの子   スギナ誰の子 つくしの子


              

             

投稿: | 2009/04/14 20:19:38

鮮やかな花々
圧倒的な音楽

“至高体験”を
味わう事の多い方なんですね。
そして、それを忘れまいとする。

科学者である事を超え
真摯な探求者でいらっしゃるのか…

フロイト的には
体験はすべて無意識に刻まれているもの

むしろ、その“感じ”を、
いかに自由自在に思い出せるようになるか
いかに再体験できる自分になるか

それが難しいのかな…と

‐‐‐

ラトルさんって…
先生も十分にもじゃもじゃの頭髪ですから(笑)
いえ、悪い意味ではなくて。
キュートですよ(笑)
(英語だとよくない意味なのかな…いい意味ですから)

投稿: | 2009/04/14 18:59:33

なんて豊かな時間を過ごされていらっしゃるのでしょうか。羨まし限りでございます。只今私もワルキュ-レを、CDウォ-クマンで聴いております

投稿: | 2009/04/14 17:40:27

う~ん、すてきな写真。音楽のよう。うっとりみとれて、ザルツブルグのクオリアをクンクン吸い取っています。いい香りを目で感じる不思議。
最高の音楽をその場その時、キャッチできる茂木先生が正直心底羨ましい♪絶対変わりますね、そんな体験の後は。素晴らしく、越えてしまいますね、何か、これまでの感覚や知っていた事を。白魔術で私もそんな美しい体験の時をた~くさん、これから、持つ事ができますように。いつも、素晴らしい感性のお写真で、感動のお裾分けを有り難うございます。今日は、この、お写真で時空を越えて,行ってしまったような、幸せな錯覚の雄飛をたのしめました。希望が湧きました。行って、見て、聴いて、感じてみたい。元気で生きていれば、十分、ありえる夢ですね。メモしておきました。

投稿: | 2009/04/14 17:13:56

渡航歴ゼロのわたしには
ザルツブルクからの言葉も写真も
まぶしいなぁ
ライブ感覚がうれしいなぁ

「風のガーデン」というドラマで
亡き緒形拳さんが演じた貞三さんの我流の花言葉
思い出や感慨によって即席に創られた草花へのオマージュ
貞三さんの水仙は
「恋は別れのプレリュード」

それがマイブームになって
花を見ると携帯カメラにおさめて
ぶつぶつ呟くようになりました
昨日よそのうちの垣根で見つけた山吹は
「おばあちゃんの日向ぼっこ」です

投稿: | 2009/04/14 16:27:51

茂木健一郎様

想像することでは及べない
荘厳な星の時間をおすごしですね。
美しい生を拝見させていただいております。

投稿: Yoshiko.T | 2009/04/14 15:43:50

茂木様

こんにちは、とても美しいお写真をありがとうございます。

先日のバッハのお写真も 美しかったけれど。。。

ベルリンフィルのヴァイオリンと、フルートのソリストの方と

ピアノの先生が ”テレマントリオ”というお名前で

コンサートやCDを出されています。

私は、室内楽コンサートが一番好き!!

演奏家の方の生き方とか人間性、息遣いまで伝わってきて・・・

音がシャワーの様に降り注いで、体の中に入ってきて

痛かった所などが 癒される。

そんな経験を子供たちにもどんどんして欲しいですね。

私も「笑いながら死んでいく」という生き方をしたいなぁ~~。


投稿: | 2009/04/14 15:43:09

茂木健一郎さま

ヘルベルト・フォン・カラヤンの息づかいが今もザルツブルクには、ありますでしょうか?

最高峰のベルリン・フィル

ザルツブルクでのみオーケストラピットに入っての演奏ですよねベルリン・フィルは。

投稿: | 2009/04/14 15:34:01

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