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2009/04/09

アインシュタインの孤独

昨日アインシュタインのことを話して、
思い出したので。

アインシュタインの孤独

 人類が歴史上耳にしたさまざまな音楽の中でも、楽聖ベートーベンによる交響曲第7番はもっとも「生命の躍動」(エラン・ヴィタール)に満ちた曲の一つだろう。とりわけ、第4楽章の熱狂的なフィナーレは、聴く者に心が沸き立つような強い印象を残す。
 ワグナーはこのシンフォニーを「神格化された舞踏」と絶賛した。古代ギリシャにおいて、すぐれた人間が「神」の領域へと祭り上げられるという伝統を踏まえた「神格化」という言葉。ベートーベンの生み出した名曲の魅力を伝えて余りある。
 生命というものの本質は活気に満ち溢れた動きの中にある。そして、生命の活気は私たちをどこへ導くかわからない。
 小林秀雄はかつて、川端康成に向かって「生きている人間などというものは、どうも仕方のない代物だな。」と看破した。「何を考えているのやら、何を言い出すのやら、仕出来すのやら、自分の事にせよ他人事にせよ、解った例し」がない。「其処に行くと死んでしまった人間というものは大したもの」である。「まさに人間の形をしている。」「してみると、生きている人間とは、人間になりつつある一種の動物かな。」(小林秀雄『無常といふこと』)
 歴史を動かすのは、「何を仕出来す」のかわからない人間たちである。私たちは、ついつい評価が定まった動かしがたいものとして「過去」をとらえがちだ。しかし、本当に歴史を生きるためには、何を仕出来すかわからない、将来がどうなるかわからない「今、ここ」に寄り添って考え、感じてみなければならない。
 時間と空間に関わる画期的な新理論を生み出し、人類の宇宙観を一変させたアルベルト・アインシュタイン。1921年に「光量子効果」の発見などの功績に対してノーベル物理学賞を受けた。ポピュラー・カルチャーの中でも、その独特の風貌が人気のあるアイコンとなっている。まさに、「天才科学者」の代名詞である。
 アインシュタインの独創性の人類の歴史における地位は揺るぎない。その一方で、すでに確立したものに安易に依拠することほど、「創造性」の本質から遠いことはない。アインシュタインという一人の生身の人間の「生命の躍動」に向き合うには、その無名時代を想像の中でもう一度生きてみなければならない。
 どんな偉人でも、若いうちは不確実な未来に打ち震える一つの魂に過ぎない。自負は持っていただろう。しかし、自分がやがて人類の世界認識に革命を起こすということを確信できていたはずがない。無名な若者の胸中に流れる、ベートーベンの第7シンフォニーのような躍動感。その「生命の旋律」を想像することの中にこそ、歴史について考える醍醐味はある。
 アルベルト・アインシュタインは1879年3月14日にドイツのウルムに生まれた。1900年にチューリッヒ工科大学を卒業。友人たちは大学に残ることができたのに、教授に「なまけもの」と決めつけられたアインシュタインは地位を得ることができなかった。
 二年近くも職探しをした後に、やっと特許局に審査官の口が見つかった。アインシュタインは後に、特許局で「街の発明家」たちの錯綜したアイデアを聴き、簡潔な書類にまとめ上げることが大いに知的訓練として役だったと回想している。たとえそのような利点があったとしても、胸にほろ苦い失意の思いがなかったはずがない。
 アインシュタインと最初の妻ミレヴァは、1903年に結婚した。前年、二人の間には娘が生まれているが、里子に出されたとも言われ、その後どうなったかは明らかではない。無名時代のアインシュタインの生に寄り添ってみれば、そこには未来を見通すことができない心細さがあるばかりだ。
 1905年は、アインシュタインにとって「奇跡の年」となる。「運動する物体の電気力学について」と題された論文は、「二つの出来事が同時に起こるということはどういうことか?」という疑問から出発して、時間と空間をめぐる人類の認識を根底から書き変えた。いわゆる「特殊相対性理論」の誕生である。
 アインシュタインは、さらに、水中で小さな粒子がランダムに動く「ブラウン運動」の原理を説明する論文も発表した。ノーベル賞の対象となった「光量子仮説」も、この「奇跡の年」に発表している。
 数々の画期的な発見を発表したアインシュタイン。どの一つを取っても、物理学の歴史に残る重要な貢献だった。それでも、アインシュタインはすぐに大学に職を得られたわけではなかった。しばらくは、特許局に勤務し続ける。ベルン大学に地位を得たのは、1908年のことである。
 「奇跡の年」を迎える前の、アインシュタインの姿を思い浮かべてみる。「光を光のスピードで追いかけたらどのように見えるか。」容易に答の出ない難問に取り組み、一人暗闇の中を模索する青年。友人たちや妻たちに支えられていたとはいえ、アインシュタインはその真理への苦闘において孤独であった。
 歴史の中には偉人たちが数多く登場する。彼らが与えるインスピレーションが、人類の文明を前進させる。その光輝に私たちは惹き付けられる。しかし、本当に味わうべきはその世間的栄光ではなく、無名時代の孤独である。
 ものになるかわからない。果たしてまともに生きていけるかさえわからない。そんな中でも希望を失わず、努力を惜しまなかった若きアインシュタインの孤独の中にこそ、本当の栄光はある。
 歴史は、結果論ではない。どうなるかわからぬ未来への前進の中にこそ、人間の精神の「神格化された舞踏」は鳴り響く。その調べが、私たちの生に恵みを与える。

茂木健一郎『偉人たちの脳 文明の星時間』(毎日新聞社)より、
「アインシュタインの孤独」(全文)

4月 9, 2009 at 09:43 午前 |

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コメント

人間の一生とは、明日が如何なるか、というより、一瞬後が如何なるのかわからない、手探り・暗中模索の連続だと、子供の頃から微かながら感じていたような気がする。

今こうして座っていても、次の瞬間、何をしでかすかわからない。若しかしたら、うわーっと叫んで、外に飛び出しているかもしれない。

生命の中の躍り出すような衝動は、時に押さえがたい跳躍として、私達の五体を動かす。

如何なるかわからない、何処へ行くのか定かでない、ものになるのかどうかわからない…人間ならば、人間の形をして死んでいくまでの、生命の動きこそ、生きるということの、αであり、Ωであるのに違いない。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/04/10 5:40:06

茂木さん、おこんばんは。
「ものになるかわからない。果たしてまともに生きていけるかさえわからない。そんな中でも希望を失わず、努力を惜しまなかった若きアインシュタインの孤独」
このお話はあたしのなかで光になりました。茂木さんありがとう。

投稿: 柴田愛 | 2009/04/10 0:30:51

茂木ィ先生、おこんばんは
(・ω・)/
足のお具合はいかがでせうか?考えてみたら、道なき道を走るなんて、相当やんちゃです
(゜。゜)まだ少年でいらっしゃるんですね~
そういう所が茂木さんの一番の魅力だと思います!!
アインシュタインの素敵なエッセイありがとうございマス。
アインシュタインは孤独だったんですね~(-o-;)
常に天才は孤独なんですね~
だって冬の星みたいに孤独でないと、いかなる創造活動もできないですよね?多分…
アインシュタインは「成熟した人にとっては孤独は甘美だ」とおっしゃっていました。確か。ただこういった表現だったか自信ないので、正確にわかったらガラスの小瓶につめて海に流してみます~
本の出版もネットにコメントすることも、小瓶にメッセージをつめて流すことなんだよって、茂木さんのお言葉いいなぁ(>_<)アインシュタインの本凄く楽しみにしてます!

PS
ベトベンの第7大好きです!!

投稿: 眠り猫2 | 2009/04/09 22:45:55

茂木さん!☆☆☆―♫♩♬♪

ありがとうございます!
最高の励ましです!
この本文は今からノートに書き写します。


『感動する脳』を傍らに置いて仕事し、持ち歩き、お守りになってます。しっかり気持ちを待っている為に…!
帯のアインシュタインの言葉は切り抜いて透明のカードケースに挟んでいます。
あれ!確認しようと思ったらスリ落ちちゃったのか消えてます!
おおー!
写せばいいのです!
「感動する事をやめた人は、生きていないのと同じことである。」です。

私、本ばかり読んで、しなきゃいけない事より したい事を先にやってしまうのでいけません! しなきゃいけない事をしないって事は 本当はしなくてもいい事なのかもしれませんね! 仕事以外のすべき事はマイペースでいいのです!

茂木さん、ありがとうございます!

投稿: 夏輝 | 2009/04/09 20:52:10

「アニメート」

『生命というものの本質は活気に満ち溢れた動きの中にある。そして生命の活気は私たちをどこへ導くかわからない』

『本質的な問いと、具体の間にキラーパスを通すこと』

人の動きをわざわざつくりだす芸術形式にずっととらえられています。
どうすれば「藍より青い」動きを産むことができるの?
どうしてつくられた動きが他者に達することができるの?
問いは尽きません。
歓びとも苦悶ともつかぬ熱に導かれ
具現のピースの収集と配列のパズルに励んでます!

投稿: 島唄子 | 2009/04/09 18:46:45

茂木健一郎様

捻挫したところのお痛みはいかがですか?
どうかご無理はなさいませんように。

著書を読ませていただき

・・・・・
(略)

偶有性の海に飛び込んで必死に泳いでこそ、生命を輝かせることができる。
人類が築き上げてきた文明の流れの中、時折り訪れるきらめきの「星時間」。
暗闇の中に出会うその光を見つめていると、混迷の現代を生きるための勇気
とエネルギーがわいてくる。

希望。失意。どん底。回復。いろいろなことがあって、それでもよかったと
思えるような人生に対する厳しくも温かい視線を育むためには、歴史という
不思議な動物と向き合う必要があるのではないか。

・・・・・

まるで、茂木さんが目の前でお話してくださるように、
生き生きとした、熱さ、温かさが伝わってくるご本。
ありがとうございます。

「人生の星時間」
偶有性の海に飛び込んで行きます。

投稿: Yoshiko.T | 2009/04/09 15:11:41

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