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2009/04/21

文脈の設計

 日本に帰ってすぐ、また
同じように日常が始まった。
 
 結局、一つひとつの仕事を
最大の集中で、できるだけ早く、しかも
質が高く処理していくしかない。
 
 とても困ったものであるが、
それ以外に道はない。

 そんな中で、自分が関わる「文脈」
については、よりきちんと考えて
いきたいと思っている。

 脳の中の変化の過程は、動物的という
よりは植物的なものである。

 神経細胞の間をつなぐシナプスの
変化は、日々の活動の中で育まれ、
そして定着していく。

 日常の運動を特徴付ける短い時間
スケールよりも長い期間の文脈設定が
問題とされるのである。

 日々自分が晒される文脈が「土」
となり、「風」となり、「太陽」
となって枝葉を伸ばし、根を生やす
ことになる。

 文脈の設計によって、異なる
「植物」ができる。

 ケンブリッジ留学中、塩谷賢が
遊びに来て、一緒にロンドンの
コベント・ガーデン
(ロイヤル・オペラ)に行った。

 劇場の横に停めてあった一台の
車の助手席に、一枚の白い封書があった。

 「サー・ゲオルク・ショルティ」と
宛名が書かれている。それが無造作に
置いてある。

 おそらく、ショルティ自身が
車を乗り付け、封書を投げ出してそのまま
劇場に入ったのだろう。

 何年か経って、塩谷は
「あの時、ショルティ宛の封書が
置いてあったのは良かった」と
述懐した。 

 ショルティあての手紙が象徴するもの。
 
 そのような文脈をつくり、選びたい
という思いが強い。

4月 21, 2009 at 08:13 午前 |

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受信: 2009/04/22 7:39:57

コメント

植物も水がなければ、枯れてしまいます。それと同時に太陽の光。栄養もないと、丈夫に育ってくれませんもんね(^^)

人も同じで。
人は、周りの人からの思いを受けて、のびのびと成長できる。のかしら?と思います。

ショルティ宛ての手紙が象徴するものって…なんなのでしょう?

投稿: | 2009/04/22 23:02:29

         ゲシュタルト

  クオリア感覚的作用?  ゲシュタルト崩壊


         文字 受け付け難い 文字を探す


         たて よこ    横の線が苦手  

投稿: | 2009/04/22 7:37:54

こんにちは

茂木さん面白い記事見つけました。脳波のθ波が出ると、ニューロン細胞が増えるらしいです。また、歩いたり、走ったりすると、θ波が出るらしいです。それから、新しいチャレンジして頭がまどろむのもθ波が出るらしいですよ。

茂木さんが、走ったりしてるのも、脳に良かったんですね。(^^)

記事

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20090421-00000301-president-bus_all

投稿: | 2009/04/22 2:41:47

あのサー・ゲオルク・ショルティとの、手紙だけとは言え、まさにピンポイントな奇跡の出会い…。

茂木さんは若い頃から、素晴らしい出会いを経験されているんだなぁ。

毎日毎日、日がな一日、決まった仕事をしているけれど、仕事の合間、また終わった時に、見たことも触れたこともない「何か」に出会うと、脳内はそれだけで変わっていくことを自覚できるようになったのは、ひとえにこの「クオリア日記」を毎日読ませていただいているお蔭だと思っている。

茂木さんの散文詩のような、何処か凛とした響きを持つ文章に触れるたび、私も脳という「蔓植物のように成長し続ける、命と心とが宿る臓器」の事を(実は違った形で意識はしていたが)もっと違うスタンスから、意識できるようになっていった。

うむ?…おお!そうか!脳というのは、正に蔓植物のように複雑に己の細胞を絡ませ、繋げながら、育っていくものに違いない、外の万物、万人に触れ、それを滋養にしながら。

ある時気がついたら、「私」という土壌にしか咲かない、この世にただひとつの花が咲いている。

それが「私の意志」であり「私という意識」でもあるのに違いない。


私自身、作り上げるべき「文脈」にまだ名前をつけられないでいる(名付ける必要もないかもしれない)。

ただ、ハッキリしていることは、この世で人に感謝されるような仕事をし、人の恩を知る人になる為の道を歩みたい、ということである。

私の「文脈」は、たぶんそこにある筈に違いない。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/04/21 19:45:27

Kenichiro sama
I am really looking forward to seeing the day you get it!

投稿: | 2009/04/21 18:04:18

そうですね。確かに日々の生活を、行き当たりばったりではなく、長い目での文脈を設定して、時の流れの中で一瞬一瞬を精一杯に楽しみたいです。
それって、バッハのしっかりと構成された曲を取り組む時によく似ています。バッハの演奏は、行き当たりばったりの感情だけの演奏では、絶対に失敗するからです。
全体の構成を理解した上で、鳴ってるその音に全神経を集中する。
なんだか、ドイツ人気質を感じます。

投稿: | 2009/04/21 16:01:39

茂木健一郎様

ゲオルク・ショルティ氏が
駆けていかれたさきには
どんなことが待っていたのでしょう。
世界的にご活躍のかたにも日常的な
ことはおありなのですものね。

茂木先生がいつも鮮明に夢に向かって
駆けていってらっしゃることを祈ります。

投稿: Yoshiko.T | 2009/04/21 11:55:35

茂木ィ先生、おはようございます(・ω・)/
今朝は雨が降っていて、空気がしっとりしていますね♪お休みなので、チェリストの藤森亮一さんの奏でるバッハを聴いています。雨の音と優しいチェロの音がまじって、 いい感じ~(>_<)です♪
藤森さんはマタイ受難曲から選曲してチェロで演奏されているんですよ~素敵すぎです!
昨日は帰りに岩波文庫の「論語」と井上靖氏の「孔子」を買いました。
小生も高校生の時に荘子老子孫子は、漢文の勉強で自主的に読んだのですが(そしてはまりました)論語は「人生の優等生なんでしょ?」って先入観で読みませんでした。茂木さんのエッセイ読んで、忘れていたことに気づきました。トライしてみます!
中国の古代思想も深いデス。孫子なんて現代に活用できます~

茂木さん、毎日全力疾走ですね~
私は茂木さんの言葉が聴きたいな。
茂木さんだけが発することのできる言葉。
偉人は偉人、茂木さんは茂木さん。
茂木さんのハートで感じた、茂木さんだけのお言葉、いつもゆったりと待っています♪

投稿: | 2009/04/21 10:23:00

「あたまの中の土」

『脳の中の変化の過程は、動物的というよりは植物的なものである』

『文脈の設計によって、異なる「植物」ができる』

やっぱり選択的な環境設計はたいせつだなぁ。
雑草でありたいけど
雑草にも個別の環境があるはず。

本や映像に接するとき、とくに前向きになったとき
しみこませる、という体勢になるけど
あれはどこにしみこんでいるのかしら。
あたまの中にも土があって
種がむくむくとかたちをなし
芽生えたり、育ったり、たまに花が開いたり…

創造的な行いのとき
抑えこんでいることや
痛いほどたいせつと感じていることを
ちゃんと汲んで、抽きだしていかなくちゃ、と
このブログを訪問するようになってから
起きている「変化」のひとつです。

投稿: | 2009/04/21 9:59:16

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