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2009/04/15

精神から身体を守っている

翌朝もザルツブルクはよく晴れた。

カラヤンのザルツブルクの自宅を
訪ねる。

ウンタースベルクを背景に望む、
大きな、しかし愛らしい家。

ザルツブルク音楽祭のうち、
イースターの音楽祭は、
カラヤンがバイロイトで
指揮できなくなった時に
その代わりにワグナーに取り組める
場として構想されたと聞く。

カラヤンとともに、長年ザルツブルク
音楽祭のGeneral Secretaryをつとめた
方のお話を伺う。
 
カラヤンは、モーツァルトの録音は
ウィーンフィルとやることを好んだと
いう。

ベルリンフィルにおける前任者、
フルトヴェングラーのことは一切話題に
上らさせることがなかったとも。

ウィーンフィルとベルリンフィルの
違いを聞くと、ウィーンはハートで、
ベルリンは頭で弾くのだと答えて、
愉快に笑った。

ザルツブルク大学には、大切な友人
グスタフ・バーンロイダーがいる。

もう10年ほど前。グスタフは
私をVisiting Professorとして招いて
くれて、3週間ほどザルツブルクに
滞在した。

中心街にあるGoldener Hirschにて、
グスタフと落ち合って議論する。

脳科学の現状、意識の問題の解法、
その他について、愉快でストレートな
ダイアローグ。

途中、グスタフが外に出た。

あれ、と思うと、やはり煙草を
吸うのだという。

10年前に来た時、グスタフは缶の
中の煙草を紙でくるくる巻いて吸うのが
好きだった。

同じやつか、と聞くと、そうだと言う。

「もうこの缶を、20年以上使っているよ。」

「でも、煙草やめたんじゃなかったっけ?」

グスタフが小首を傾げるような表情になる。

「そうそう、そういえば、半年くらいやめた
ことがあったなあ」

「それじゃあ、ちょうどその時に会ったんだ!」

ザルツブクルクには会議などで何回も
訪れているし、グスタフにもザルツブルク
の中、外で何回も会っている。

私の畏友、田森佳秀もザルツブルクに来て、
グスタフに会った。

「煙草は身体に悪いとはわかっているんだけれど
ねえ。」
グスタフが言う。

「どうやら、ぼくの頭にとっては、いいようなんだ。」
とグスタフ。

「考えることは、時に存在にとって悪いからね。」
と私。

「ショーペンハウエルを見たまえ。時に
死に至る病だ。」

「そうなんだよ」とグスタフが言う。

「だから、煙草を吸うことで、ぼくは
精神から身体を守っているんだ。」

「ははは」と私は笑った。

「今度から、禁煙のところには、ここでは
精神から身体を守ってはいけません、と書いて
おくのがいいねえ」
とグスタフ。

グスタフは相変わらずだった。

名残を惜しんで、グスタフと別れる。

またすぐに会おうね、グスタフ!

バスでミュンヘンへ。

空路、ベルリンに入る。

ドイツの首都を訪れるのは初めての
ことなり。
ずっと、「ウンター・デン・リンデン」
という言葉が響く。

印度料理屋を求めて歩く夜の道。
行き交う人々の表情は、どこか
柔和な洗練を見せていた。


ザルツブルク祝祭劇場にて。


『ジークフリート』開演前。


カラヤンの墓前にて。


グスタフ・バーンロイダーと。


グスタフが煙草を吸うというので外に出る。


グスタフ愛用の煙草缶。

(photos by Atsushi Sasaki)

4月 15, 2009 at 02:06 午後 |

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» 煙草を吸うことで、ぼくは精神から身体を守っている トラックバック 『横浜の、心と脳と身体の整体。』 患者さんも家族も友人もハッピーに生活ができる、整体。
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使節団の目的は、 修好通商条約の延期ということだけれど、 西欧文明の視察が 最もおおきな目的のひとつであったように思います。 [続きを読む]

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コメント

健一郎さま

タキシード姿がとてもお似合いで素敵ですね

投稿: mic | 2009/04/18 16:14:55

茂木様

ドイツの歴史を感じる町並み

トラムなど 人々の生活の支え方が上手ですよね。

>ウィーンフィルとベルリンフィルの
>違いを聞くと、ウィーンはハートで、
>ベルリンは頭で弾くのだと答えて、
>愉快に笑った。

そうかも、知れない・・・って感じます。
でもぉ~~、個人の演奏家には、ベルリンフィルにも
ハートで弾かれる方が いらっしゃいますよね。

多分、私たちの先生が 私たちや子供たちに
技術は勿論、ハートを重視して出会わせて下さったのだと 感じます。
日本で、世界レベルの息の合った演奏を 目の前で演奏して頂き
サインなどもして頂く事を 幼児の頃から体験できた子供たちは、
本当に幸せな子供たちだと 感じます。

スイスの ルドルフシュタイナー博士のお墓も ひっそりと
でも、何故か、見守るように、そして存在感が有るものでした。

日本に戻られたら 楽しいお話 お聞かせ下さいね!!
楽しみにしています。足は、もう大丈夫ですか??


投稿: ちぐさ | 2009/04/16 16:16:43

こんにちは。頭の言い方は、面白い言い訳をするのですね!
ストレスを感じているとき、精神を守るか?身体を守るか?は、なかなか難しい問題です。

できたら、両方を守りたい(笑)

投稿: おちょん | 2009/04/16 14:23:45

日本で書かれたクオリア日記と、海外のそれとは全然違う。
ワシントンの時はあっという間に解放的になったのでびっくりした。
ドイツではゆっくりと、静かに、何かが茂木さんの中にしみこんでいくよう。
日本の時より茂木さんが近く感じる。
 

投稿: masami | 2009/04/16 13:57:22

茂木健一郎さま

今日、母は

白州さまのご邸宅でした
町田市は鶴川へです

町田在住の私、母は幾度もですが、今度、ぜひ私も参りたく

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/04/16 13:06:39

茂木健一郎さま

テレビマンユニオンさまがカラヤン密着取材を当時

東西ベルリンは壁で隔たれ

西側からベルリンには

連合国の航空会社でないと
つまりルフトハンザではダメだった気がします

ウンテル デンリンデン
確か当時の東側ですよね

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/04/16 12:04:45

>「考えることは、時に存在にとって悪いからね。」
 あ~、何か分かります。
 この前、幸せについて考えを巡らすコメントを書きましたが、「こうやって考えることで、幸せから遠ざかっている気がする」という、直感もありましたので。

>「だから、煙草を吸うことで、ぼくは
精神から身体を守っているんだ。」
 僕は、精神から来る攻撃が、かなり身体にきちゃってるんですが、今は、このままでも良いかな?と思ったりします。
 過去の数々の名作達の中には、精神的、肉体的苦痛の中から生まれいでたものもあるので、この際、この苦しみを利用するのもありかなと。
 問題は、その苦しみの中でこそ、前進できる強いHeartを手にできるかどうかですね。

投稿: 岡島 義治 | 2009/04/16 10:25:54

おはようございます!

>ウィーンフィルとベルリンフィルの
違いを聞くと、ウィーンはハートで、
ベルリンは頭で弾くのだと答えて、
愉快に笑った。

なかなか面白いたとえです!

茂木さん、『ジークフリート』のスーツ姿、めちゃくちゃいいじゃないですかぁ!(^^)!!!!☆

私にとっては芸術鑑賞が精神から身体を守っているものです。
『ワルキューレ』オペラ、肉声に感動しました。
管弦楽の人達は休憩中にも音をならして、あのハミングする様な演奏前の時間も素敵でした。
調律っていうのでしょうか、直前に音を合わせていく作業。
元になる音に合わせて皆が音を出し、
だんだん音が大きくなって、
最後は不思議な音の大きな塊になって響くとき。
あれ、好きです!

ベルリンでの音楽ってどんな感じがするのでしょう…!
印度料理店、見つかりましたか???
グスタフさんとのテーブルにたくさんのグラスが並んでいるの
素敵です!

投稿: 光嶋夏輝 | 2009/04/16 8:15:05

           五次元


 ドイツ  スイス  ジュネーブ  LHC・・

 ・・ リサランドール  五次元     在るものを哲かに

   人智及ばぬ 既に在るもの        時空上


         人類  待つこと暫し  

         今も 既に 常に  五次元  信じるもの

投稿: 一光  | 2009/04/16 7:52:12

        身体から 精神を守る

             疲労

         精神労働  身体労働  過多


            ああ  つかれた   特効  まるかじり 原始

投稿: 一光  | 2009/04/16 6:18:57

初めまして。
ご活躍いつも拝見させていただいております。

グスタフさんの言葉「精神から体を守っている」は、ある意味的を得た言葉だな、と思いました。

私は精神的な疾患を抱える方達の喫煙率は高いのではないか、と経験的に考えています。
もちろん、脳の活動、体にとって喫煙は良くないことは明らかだと思いますが、単なるニコチンへの依存だけでは説明出来ないところがあるのではないかと。

脳の、言い換えて精神の活動は適正な状態があると思っています。その活動の一部もしくは全部が過剰、もしくは抑制されると、なんらかの問題が脳、もしくは体に症状として発現してくるのではないか、と。

そういう意味では、煙草以外の嗜好品というものも(もしかしたら音楽とかも)そのような状態から脳や体を守るために存在してきたのではないかと思う次第です。

長文、失礼しました。

投稿: TOMOWL | 2009/04/15 23:40:41

茂木さん、こんばんは!

きょう、広島の本屋さんで発見した
茂木さん著書『人は死ぬから生きられる』
購入しました☆

ゆっくり、たのしみに読ませていただきます!

投稿: 月のひかり | 2009/04/15 23:12:54

ウィーンはハートで、ベルリンは頭で弾く…!

ウィーン・フィルではたっぷりと心をこめて奏でる、というのと、どちらかというと「理知的な」センスを前に出して奏でるのがベルリン・フィルの特徴と言う事なのでしょうか。

しかし、私のような音楽の素人の耳には、どちらの演奏も、心を震わせ、感動的な響きに聞こえてしまいます…。

茂木さんの後ろにうつるザルツブルクの祝祭劇場の光景が、まるで古代ローマのコロセウムに見えます。

青銅色の古代遺跡のような祝祭劇場で、聴くものの魂を震わす演奏が行われるとは…想像するに、何とも言えぬ、感動を覚える。

カラヤンとフルトヴェングラーの間に、嘗てどんな確執があったかはわからないが、過去の前任者のことを持ち出さないという姿勢に、如何してもある種の冷徹さを感じずにはおれない。

若し今、カラヤンが存命であったなら、どんな名演奏を私達は、耳にする事が出来たろう。

今までよりも、研ぎ澄まされたものになっていたろうか、それとも、心を揺るがせ、震わせる演奏を聴く事ができたろうか。

ベルリンと言うと、如何も個人的には、あの東西を分け隔てていた「壁」を思い出す。

世紀末のある時、眼に見える「壁」は突然破壊され、独逸はそれをきっかけに東西統一出来たけれども、人々の心に立ちはだかっているだろう「壁」はまだまだ、風穴すらも開けられていないのではないか。開けても、なかなか大きくなっていないのではないか。

それでも、魂の琴線を震わす音楽ある限り、巨匠達が残した遺産がある限り、人々の「心の壁」に風穴が開けられていくのだろう…!

投稿: 銀鏡反応 | 2009/04/15 22:18:54

私も色々な事をするときハートで動ける人でありたいと思います(o^∀^o)

タバコのお話で、精神から身体を守るという事が出ていましたが、笑う…笑いの効果に似てるなぁと思いました(*^_^*)

投稿: 奏。 | 2009/04/15 21:27:06

今帰宅電車です~
茂木先生、素敵な写真を沢山ありがとうございます!
茂木さんのタキシード姿バッチリですね(*^-^)b日本でのギャップがァ~~~(笑) ってなんでもないデス。はい。
「精神から身体を守るために煙草を吸う」とは、深いィデス。
怜悧な方々にとって、精神というのはまあ危険なものなのだと思います。精神の深淵まで深く考えすぎると戻ってこれなくなる可能性ありますよねぇφ(.. )
日本の文学者だけでも芥川さん太宰さん川端さん三島さん……皆さん深淵覗きこんじゃったんじゃないかなぁ…漱石先生だって、相当な魂の危機に瀕したと思われます。はい。そ~ゆ~意味では煙草も身体にいいかもしれませんね(考えすぎ防止)

ウィーンフィルはハートでひくってなんとなく分かります!
私めはウィーンフィル&ベームの演奏をこよなく愛しておりまする。
帰ったら、ベームのモーツァルトを寝る前に聴いて1日の疲れを癒したいと思います。
それでは茂木先生も引き続き素晴らしい旅を!

投稿: 眠り猫2 | 2009/04/15 20:48:06

わたしは研究者ではないし、
学問に関係してもいないので、
“また難しいこと言ってる”という顔をしないで
話を聞いてくれる友人は貴重です。

気兼ねなく議論ができる友人って
いいものですね。

タバコは吸いませんが、
お茶やコーヒー、
“カフェでお茶”はやめられません。
わたしも“肉体を守っている”のかしら。


ご開帳中の、長野の善光寺で、
法要に参加させていただきました。

色とりどりの鮮やかな袈裟を着た、
上人さま、お坊さま。
読経の声につれて満ちていく、
清々しい空気。
うやうやしく撒かれる、
五色の散華。

世界が存在感を増し、
すべてが色鮮やかになる感じ。

すばらしいコンサートを聞きに行ったり、
海外へ旅行に行くことはできないけれど、

これもやっぱり、“至高体験”で、
今のわたしにはこれでいいのかな、と
思います。

投稿: K | 2009/04/15 19:53:55

茂木先生、とってもカッコいいです!!

投稿: ふぉれすと | 2009/04/15 19:41:56

ザルツベルク祝祭劇場の写真は荘厳です。
「この人を見よ」という本のタイトルを思い浮かべました。
学生時代に哲学科に在籍していましたが
取りあげられるテキストが頭を素通りしていく残念な状況でした。
その中でちょこっと触れられていたニーチェと道家の思想が
なぜかよく「わかった」ので
出ている訳書はぜんぶ読みました。
狂気どころか精神にも身体にもいい本でした。

昨夜の大木医師の生きざまは重く残りました。
「お父さんのところへ行ける」と帰宅を楽しみにしていた
おばあさんの踏んばりも、かなわなかった願いも。
世の中にはこんなに仕事をしてる人がいるんだ、と思い、
芸術も甘えていちゃいけないわ、と
すこし机に向かう時間が長くなりました。

投稿: 島唄子 | 2009/04/15 17:47:05

茂木健一郎様

星の時間は、あらゆることから
煌めきを感じられること
心身を響かせ、その煌めきに
同化していけること昇華させることの
積み重ねであるか
茂木さんの真摯な生き方を
教えてくださりありがとうございます。
星は瞬間的な出来事やお出逢いの時間が
未来を決めることにもなるのでしょうね。
茂木様、皆様の夢であってくださいませ。
精神から身体を守っているって素敵!ですね。

投稿: Yoshiko.T | 2009/04/15 15:16:33

茂木健一郎さま

ウンターデンリンデン

文学的なベルリンからの連想。


音楽では

ベルリン・フィル

そして

ツターカッペレ ベルリン

ベルリン国立歌劇場です。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/04/15 14:58:49

こんにちは

グスタフさんのタバコの写真を見てびっくり、私の持ってるとライターが一緒だ!!

私も、タバコを止められません、グスタフさんの言葉を私も引用しよう。(^^)

投稿: タバコのクオリアby片上泰助(^^) | 2009/04/15 14:41:06

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