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2009/04/16

レガート

ぼくは、ベルリンという街を、
ずいぶん誤って想像していた。

実際に見るその街は、
大きくて、まるで巨大な地方都市の
ようで、
ドイツという文化圏の本質に
ついて私をますます考え込ませてしまった。

人と人の間に距離をとる。
個が不変や超越と直接に結びついている。
本質的なことをゆったりと
考え続けている。

そんなこんなが、巨大で密集して
やがて退廃していく都市文明というものを
築くことからドイツ人を遠ざけている
のではないか。

新宿や渋谷の雑踏は、疑いなく日本人の
心性の一つの表現である。

ベルリンが、統一ドイツの首都でありながら、
どこか周縁の雰囲気を残していること。
そのことと、ドイツの文化の音楽や
哲学、基礎物理学における卓越は
間違いなく関連していることだろう。

ベルフィン・フィルハーモニーの
本拠地であるフィルハーモニーホールを
訪れる。

かつての東西分断の壁に近く、
大きな森(ティアガルテン)に面している。

通りを挟んで、隣にはソニーセンターが
ある。

主席フルート奏者のアンドレアス・ブラウさんと、
女性で初めてベルリン・フィルのメンバーと
なったヴァイオリン奏者のマグダレーネ・カルッツオさんに話を聞く。

カラヤンは、しばしば目を閉じて指揮をした。
その方がよく音楽を聴くことができたから。

指揮者は、繰り出すテンポや、楽器の奏法や、
その他もろもろを正確に送り出す存在
なのでは必ずしもない。

それならば、指揮は機械的支配に似ている。

芸術はもっと自由で、自発性に基づく
ものでなければならない。

クラッシックの響きは、この世に存在
しない音の組み合わせを提示するという
点において、芸術と現実の距離が
絵画よりもさらに遠い。

指揮者の中には、あらかじめ音楽に
ついてのヴィジョンがなければならない。

カラヤンの場合、それはレガート
であったとアンドレアス氏。

指揮者は、音楽について、明確な
審美眼(エステティックス)を持たねば
ならない。

指揮とは何か。そこには、人間の
本質に関する思考に私たちを
誘う契機がある。

中央駅から列車にてハノーヴァーへ。

かつてカラヤンが数々の録音をした
ドイッチェ・グラモフォンのスタジオを
訪問する。

最近になって人気が復活しているという
LPの原盤をカットするところを
見せていただく。

ベルリンに戻る。

ぼくはこの街を愛した。

ベルリンの姿の向こうから、
ぼくのこれからの人生の
課題がありありと見えてくる。

最も心に残ったものは、どれも
戦争の傷跡に関係している。

ベルリンの壁の跡。
ホロコースト記念のモニュメント。
そして、爆撃されたままの姿を保存している教会。


ティアガルテン。ベルリン。


ウンター・デン・リンデン通り。ベルリン。


チューリップ。ドイッチェ・グラモフォンにて。


美しい花。ドイッチェ・グラモフォンにて。


壁の跡。ベルリン。

ホロコースト記念のモニュメント。ベルリン。


爆撃されたままの教会。ベルリン。


天使の像。ベルリン中心部。

4月 16, 2009 at 01:12 午後 |

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梨の白い花、裏庭の梨の樹、オーナーさま、モッコウバラ [続きを読む]

受信: 2009/04/18 7:51:54

コメント

茂木先生おはようございます♪お写真全て鮮やかで何かが聴こえてきそうです。

そして無事にお帰りなさいませ。♪d(⌒〇⌒)b♪

今朝は生暖かい風が吹いております。

ベルリンの姿の向こうに先生のこれからの人生が映し出されたのでしょうか。


心に残ったものは戦争が残した傷跡というところに何かとても考えさせられます。


それでは先生、本日もよい1日をお過ごし下さいませ。☆☆♪d(*⌒∀⌒*)b♪☆☆

投稿: wahine | 2009/04/21 6:59:36

こちらではそろそろ、はなみずきの咲く季節に入ります。

美しい花々の写真。見るたびに心和む思いです。

黄色い花の中に咲いた、1輪の赤い花が、何故か可憐で、何処か矜持に満ちている人のようにも見える。

白い花はりんごか梨の花のようにも見える。そう言えば、青森ではもうすぐりんごの花の咲く時期がやって来ますね…。

花々の中に、悲しみの時代の傷跡の残るベルリン…。あの冷戦時代、東西を引き裂いていた壁の跡、第二次大戦の爆撃で、壊れたままの教会…。

人々の悲しみを、春の花々が優しく包んでいるような印象を受けた。

この都市で、カラヤンがベルリン・フィルを率いて、名演を残したことを思うと、心を貫くような至高の響きは、如何やら“受難”の土地から生まれるのに違いない。


投稿: 銀鏡反応 | 2009/04/18 22:32:32

黄色の中に一本だけ、赤いチューリップ。パラディの中で首をちょっとだけかしげてこちらをあたたかいまなざしでみつめているよう。
清らかな清楚な白い花は、水色のドイツの空気の中で美しい呼吸をしていますね。フィッシャー・ディスカウの゛美しき五月に゛を昔、東京で聞けたこと、ドイツ・リートを若い日にドイツ帰りの先生にレッスンして頂けた日々が在った事、幸せな事がたくさんありました。ベルリンの壁、今は無きロストロポーヴィチ。痛々しい教会、そして、救いの天使の像。文化や歴史、そして、生きて死ぬ私たち、皆、同じ、人間。いろんな事を考えさせられました。  今日はテレビでユーミンの゛夜空でつながっている゛を作曲する時のお話、宇宙を抱きしめたい・・孤独・・求める・・つたえたい・・・・そして、生まれた曲、という事を知って、深く感じ入りました。そして、ユーミンと茂木先生の対談を読んでいて、あぁ、つながっている・・・と感じました。今日もたくさんの素晴らしいお写真に感謝致します。

投稿: ぶらんか | 2009/04/18 20:53:08

茂木さん、お久しぶりです(^^)/
海外におられるんですね。とてもすてきな写真たちだと思います。
戦争はわずかな人の価値観のズレで生じてしまうのでしょうか。
一人一人が生きるために信じてきた道がやがて大きな戦争になってしまうのでしょうか。
どこの場所にも小さな戦争はありますよね。でもやがて消滅します。

人のプライドに安易にさわるととんでもない仕打ちにさいなまれます。
(自分の体験

世の中思い通りにはなかなかいかないものです。
それを笑いながら言えたらそれは幸せなことだと最近思います。

チューリップの写真すてきですね☆ではまた

投稿: もととうほう高校 | 2009/04/18 13:07:09

アンドレアス・ブラウ氏、素朴で誠実なイメージがあります。彼の笛が大好きで、ウォークマンでいつも聴いて頃が懐かしいです。ひかえめでチャーミングな演奏だったような記憶。カラヤンみたいに強烈に自己を出す人もいれば、ブラウさんみたいなひかえめなタイプもいて、面白い。
だけど、ほとんどのドイツ人に感じる長いスタンスで自分自身を内面から頑固に築き上げる生き方は、素晴らしいと思います。
カラヤンの音楽も同じように考えぬかれた内面のパワーと吸引力があり壮大です。

投稿: シリンクス | 2009/04/18 8:56:03

話はちょっと逸れますが、日本も、日本全体街全体が、文化が地域が、愛したい国に変化していってほしいです… この国に何が足りないのでしょうか… 世界は今、人類はいま、この時代にどう変化していくべきなのでしょうか?脳にいいことだけをする為には、自分自身の周りの環境が・成熟した大人が、どう変化していくべきなのでしょうか?例えば、影響のおおきいテレビですが、もっともっと心が豊かなになる様な番組を増やすべきではないでしょうか?…(怒!)

Anyway,have a wonderful trip in Germany!!

投稿: ア-トドゥビ-ブル日常芸術 | 2009/04/18 8:37:09

             andante

     走らない 止まらない   自力 andante

     余力なく 惰力なく   自力 andante

無論

   気力も無い  無・眼・耳・鼻・舌・身・意   fine 

              

              無音

           時     細漣 ~~~~~~ ☆!


           

投稿: 一光  | 2009/04/18 7:31:31

            スピリトーゾ

愕然とするような事が   何一つない日が続く

思いを支え合う     相互愛護の精神の価値

贅沢は無い   いつもの日常の中で出会う奇妙

自他他自他他他自 明日出会う 他 自

用意されているとしか思えない 明日の予定

個々 他自 予定調和の本当の意味     よく動くアトムだこと!

      突出原子(アトム)君
   

投稿: 一光  | 2009/04/17 22:44:37

茂木健一郎さま

私の場合は函館を想像です
事前情報として

黒鯛の時期ではない
黒鯛は、そもそも少ない
アブラコ?が釣れる

ホッケが釣れるらしい

対岸の青森には確実に黒鯛はいます

こうなったら

心意気として
有り得ないことですが
心意気として

函館の防波堤から
撒き餌さをまく時
私は対岸の青森にいる黒鯛を、この撒き餌で北海道まで呼び寄せる!

津軽海峡?

遠投!遠投!

黒鯛は撒き餌の遠投もします
あれですよ函館から撒き餌を遠投し青森の黒鯛に効かせる

はっきり、不可能な有り得ないこと。

でも、これで函館から釣りの投稿が楽です

茂木健一郎さまにご報告投稿が書きやすく

対岸の青森の黒鯛に撒き餌が効かず、釣果は・・・。 と

随時、毎日

普通、釣れないと元気が出ないですが、それも黒鯛の時期ではない函館
しかし

なんとなく楽しみです

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/04/17 20:44:32

>>本質的なことをゆったりと考え続けている。

なんて的確な表現だろうと溜息が出ました。まさにベルリンの本質そのものだと思います。

私にとって大事なスポットのひとつに、東西ベルリンを隔てていた検問所チェックポイント・チャーリーの跡があります――ベルリンは20世紀の激動の歴史の主要な舞台になった街ですね。

投稿: Eno | 2009/04/17 11:02:43

  音

         闇の中に 小さな音 

     五次元の音を探す  Silent 波    


                  minority   無線
 

投稿: 一光  | 2009/04/17 7:04:34

ベルリンの壁しか、ドイツのことを知らなかった私は、
ベルリンの春色をみてどこか安心した。
そして、しっかり歴史を受け止めて生きていることの強さみたいなものも。

知らない国のことだからこそ、
わずかに知っていることにとわれつづけず、
茂木先生のように実際に体感してみたい。

ナイスぴくちゅあー

投稿: Natural2 | 2009/04/17 1:11:40

茂木健一郎さま

チャイコフスキーのピアノ協奏曲
キーシンとの
一瞬の音楽的な間合い
その後のカラヤンは自然にカメラ目線

カラヤンの勝利の瞬間
でも、もし機械的ならば失敗はない訳で
カラヤンはカメラ目線などしないかと
フルオーケストラのベルリン・フィルの瞬間的な間合いは
あれは生きた静寂の間合い

オーケストラの演奏
特にライヴのベートーベンの七番
最終楽章のテンポが
どうしても早くかりがちにとカルロス・クライバーが生前に語られたと雑誌で以前

カルロス・クライバーがレコード化に確か承諾をしなかった?と、おぼろげな記憶
アムステルダム・コンセルトヘボウとのライヴ
でもLD化にはされましたので後々に

映像とともにの理解は
カラヤンの瞬間的な間合いも映像あってのと私なりです。

ベルリン・フィル

クライバーはロールスロイスと例えてますね。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/04/17 0:21:55

ベルリンも、若々しき青春の季節を迎えているようで、本当に新緑が美しい世界になっていますね…!

その間に、戦争の爪痕が、東西分断の傷跡が、そこここに残されている。

かの町の人々は、ナチの忌まわしい悪夢や、分断の長い冬の歴史を、決して忘れないようにしているのが、写真を見ると伝わってくる。

ベルリンの人々は、所謂「烏合の衆」が密集して雑踏と化する道よりも、本質的なことにひとりひとりが向き合いながら、都市を築き、そこで生きることを選んだのだろう。

この独逸世界に流れ行く歴史の本質とは何か?

音楽、そして藝術・文化の本質とは?

そうしたことを、この都市(まち)の人々は、美しい緑や花々に囲まれながら考え、日々を暮らしているのだろうかと私は思った。

乱雑に都市開発した雑踏の中に、戦争の歴史の痕跡をほとんど消し去った日本。忌まわしい歴史を何時までも覚えていることが、まことの平和な世界を築くことを悟れるがゆえに、戦争の傷跡を敢えて街中に残している独逸。

どちらの民衆が、どの世代でも、“2度と戦争はしない”と心の底から誓えているだろうか。

若し、この島国が、戦後、のべつに乱雑な都市開発などしないで、戦争の傷跡をあの「ヒロシマの原爆ドーム」のように津々浦々に残していたら、後の世代から「戦争をしよう」などと言い出す者は、よっぽどの者を除いては、出なかったかもしれない。

マイナスの歴史は、次の世代へきちんとした形を残して、自然な形で教えていくほうが、不戦の思いを彼等へと伝えていくことが出来る筈だ。

そんな歴史をもつベルリンゆえ、クラシックの神々しさの漂う響きが相応しいように思える。

それはさておいて、カラヤンが指揮をする時、眼をつむる姿は雑誌等で何度も見た記憶があるが、見ていると、何処か禅の瞑想に通じているように思えるのはどうしてだろう。


記号として正確に、音を奏でるのは、シンセサイザー。

生身の指揮者がオーケストラを操り奏でるのは、生きた自在な生命の響き。


自在な命の奏でる…しかし、何処かに深い精神性を秘めた響きこそ、聴く者の生命を共鳴させてゆく…。

コメントが、なかなかうまくまとまらなくて、申し訳なく思っています。

哀しい歴史の痕跡を残すベルリンこそ、きっと世界で一番、本当に美しい都市であるのかもしれない。


投稿: 銀鏡反応 | 2009/04/17 0:07:30

追伸

先ほど茂木先生はヨーロッパの個人主義の方が日本より合うなんて思い付きで書いてしまいましたが「そうなのだ!俺の拠点はやっぱりヨーロッパなんだぜっ!」って本当に行っちゃったら、どぼじよう~∑( ̄口 ̄)と思いました。
墓穴…
そ、そういえば、ちくまの増田さんはお元気ですか?
今頃首がズンズン伸びてキリンさんになってるかもしれません(笑)

今「週刊西洋の巨匠」シリーズの「ボッティチェリ」を見ています。
印刷がビックリするほど綺麗です~
毎号記載されている茂木さんのエッセイも素敵です♪
前号のゴーギャンも買いましたが、ゴーギャンと言えば、かの畢生の大作がボストン美術館から今年日本にくるとかで、今からドキドキしています!
あの絵は絶対に肉眼で見て、ゴーギャンの生命の息吹きを感じたいのです
ゴーギャンてゴッホに愛されてましたよね?
耳が送られるって強烈ですけど、なんだか私はゴッホに哀切なるものを感じるのです。
ゴッホは自己の天才を理解しえる画家はゴーギャンしかいないと思ったんじゃないでしょうか?考えると胸が痛いのです

投稿: 眠り猫2 | 2009/04/17 0:01:44

         アッチェレランド (加速)

     確認のための 強い意志

            授け給え   □
                    □
                     □
                           資格

    以後 五次元的対話  テレパシー

          真の理解者にのみ 与えられた能力   

投稿: 一光  | 2009/04/16 23:39:36

うちに十姉妹が六羽いるんですが、
夜になると、重なるようにして
(比喩ではなく本当に)
くっついて寝ます。

お前、重いだろう…と
なぜ、そこまでしてくっついていたい?

となりにインコもいますが
絶対ありえません。

やっぱり何か国民性(国鳥性?)があるんでしょうね(笑)
(本気ですよ)

投稿: K | 2009/04/16 23:16:14

茂木健一郎様

指揮者は人間の本質に関する思考に誘うのですもの、
明確なビジョン、審美眼がなくては、心に深く残る
音楽は聴かせていただけないのですね。
心に残る音楽は音に抽象化された感情であったり、
風景であったり、まだわからないものであったり。
人間の本質を追求できる生きていることは素晴らしい
と感じていける音楽に出逢っていきたいと思います。

投稿: Yoshiko.T | 2009/04/16 22:57:27

今日の茂木さんの日記で、指揮者は繰り出すテンポや楽器の奏法、その他もろもろを正確に送り出す存在なのではない。というところ…だからこそ、感動する音楽があるんですよね(*^_^*)

そして指揮者には、「この曲」をこうしていく…いきたいというヴィジョンがある!(o^∀^o)

私たちも一人ひとり、人生の指揮者で、ヴィジョンを持ち続ける…ぶらさない事が、素敵な音楽を指揮できるかなめですねヽ(´▽`)/

投稿: 奏。 | 2009/04/16 22:52:10

明治神宮の森も、
皇居の森も素敵ですが、
ウンター・デン・リンデンも、ティアガルテンも、
響きだけで素敵ですね。

木々の匂いだけで
芸術が生まれそうだ。

江戸の庶民の馴れ親しんだ“上野のお山”を、
“上野公園”という角張った名前にしてしまったセンスが
淋しいです。

…好き好きかな。

桂の樹から
萌木色に透き通った小さな丸い若葉が
たくさん出てきました。

新緑の季節が来るんだなぁ。

投稿: K | 2009/04/16 22:46:52

おはようございます♬~♩♫✴

カラヤンは「音楽はこうあるべきだ!」という絶対の理想があって
楽団の個性を生かしながらも自分の音楽を奏でていたのですね。
芸術には正解や1番など無く、好みの問題だと思います。
私はカラヤンが”レガート”なら、小澤 征爾はその正反対側だなぁと思います。どちらも一流の指揮者です。

世界中の多くの人々を魅了する指揮者、芸術家は、自然の中に隠れた、本質的に宇宙が求める美を感性で分かっているのでしょうね。
そのものが始めっからそうである、という、美。
そのものが そのものである違和感を感じない、美。
でも、それを表現するにはとてつもない個々の技磨きがあり、
1秒に満たない繊細な感性があると思います。
その集積こそが一流である理由だと思います。

それは服も同じです。
人間の生みだす傑作は、全てそうなんだと思います。

指揮とは、求めるものを形にすべく自分の強い意志によって律していくものと 現段階では考えました。
それによって素晴らしいものが生まれる!

私は自分の指揮で精一杯です(♯ーθー♯ι)

私は茂木さんの人生はレガートだなぁって感じます。
興味の発端(理由)があって全てつながっているから。
ドイツもレガート。フランスもレガート。
私の人生はスタッカート寄り。
日本もスタッカート寄りの文化。(注:小澤征治はスタッカートではありません。適切な表現が音楽表記で思いつけなくて。)
唐突というか、
流れはあるのかも知れませんが自身で良く分かってないというケース。
だから、発端や理由を知らせてもらえると とても感謝!!!!
レガートに憧れます。

今日も愛する1日であります様に✮⋆✫✴~♫

投稿: 光嶋夏輝 | 2009/04/16 21:32:48

自由と自発性に憧れます。

投稿: ふぉれすと | 2009/04/16 18:20:58

観光地となったベルリンの壁の跡を見るのはこれが初めてです。ありがとうございます。ベルリンに壁がなくなったり、米国に黒人大統領が誕生したりする日々が現実に来るとは考えられなかった日々もあったことを思い出すと、人類は悪くばかりなっているのではないと希望の光を強くできそうです。

ドイツの人って、緻密な勤勉さを持っていながら、どこか遠くを見るようなフィロソフィーもあるところが、いいなあと思います。そう沢山のドイツ人を知っているわけではないのですが。

投稿: 吉野桜 | 2009/04/16 18:19:59

ヨーロッパの茂木先生、ご機嫌よう(・ω・)/

猫めは今昼休みです(今頃…)お腹すいてる方が色々集中できるのは何故でせう?

昨日のザルツブルク祝祭劇場のお写真、古代ローマの青銅色の壁が素敵ですねぇ~茂木さん、こういう壁とマッチしますね!

この写真を見ていたら、茂木さんは日本よりヨーロッパの個人主義の方が合っているような気がしました。
もちろん日本にいてほしいんですけど、そのうちヨーロッパも拠点にされるかもしれませんね♪
ドイツといえば光だけでなくナチスという闇もあります。
若い頃、フランクルの「夜と霧」を読んで、人間の存在existenceについて震撼とした記憶があります。
でもドイツには迫害されるユダヤ人を命がけで組織的に救い続けた人達がいたこと、そのことを忘れてはならないと思いました。

投稿: 眠り猫2 | 2009/04/16 16:48:19

ブルーノ・ガンツの
心にしみるわらべうたの朗読を聴きながら。
(「ベルリン・天使の詩/サウンドトラック」)
ベルリンの新緑のやわらかさ!
荘厳なものと、人々を
まるで木々や草花がつないでいるみたいです。
戦争や対立のモニュメントを遺す人々の心象に寄り添うと
祈りが静かに響いてきます。
それでもわたしたちは争い
その種を育ててしまういきものだから。
心はここからたおやかに活躍しないといけませんよね。


投稿: 島唄子 | 2009/04/16 15:40:14

茂木健一郎さま

ギュンター ヘルマンスでしたか?

いま、パッと思い出し

カラヤンの

カラヤンの天才的な録音には
ギュンター ヘルマンスと かすかな記憶の私です

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/04/16 13:28:44

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