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2009/04/01

空き地連盟

 子どものころは、家の近くに
「空き地」がたくさんあった。

  家の建築前だったり、あるいは
休耕田だったり、その時々の事情はもはや
忘れてしまっているけれども、
 放置されて雑草が生えているような土地は
あちらこちらにあった。

 子どもはそういうものを見つけると、
あっという間に「もぐりこんで」行って
しまう。

 草野球をやったり、段ボールで
「秘密基地」をつくったり、いろいろな
遊びをしたものだ。
 
 あの頃、
 「空き地」は、夢と創造性を育むかけがえの
ない存在だったと思う。

 ところが、最近は世知辛くなってきた。
 現在利用しないで放置されている
土地でも、ロープが張られたり、フェンスで
囲んだりして、入れないようになっている
所が多い。「***管理地 立ち入り禁止」
などと看板がある。

 子どもに限らず、誰かが入って何か
トラブルになったら困る、とでも言うのだろうか。
管理過剰な現代社会を象徴するようなあり方だな、
と思っていた。

 私のように感じている人も世の中には
いるということだろうか。
 あれは、一年近く前のこと。
 ちょっと遠出してジョギングを
している時に、愉快な看板を
見つけた。

 住宅地の裏通りの道端に、
家一軒分の敷地のような空き地があった。
 看板があって、その一番上に
 「どうぞお入りください」
という文字が書いてある。

 おや、と思って立ち止まった。

 「どうぞお入りください」
の下には、次のようなことが小さな文字で
書いてある。

 「この土地は、将来は住宅を建てる
予定ですが、今のところは使う予定は
ありません。子どものみなさん、どうぞ
お入りください。トンボさん、蝶さん、
雑草さん、自由にこの土地に入って
ください。もともと、土地は地球のもの。
私が「お借り」している土地を、一時的に
おかえしいたします。 空き地連盟」

 その看板が、「空き地連盟」の存在を
知るきっかけとなった。

 それから二三日経ったある晴れた休日、
気になってまた件の空き地まで走ってみた。

 夕方。空き地に近づくにつれて、子どもたちの
歓声が聞こえてきた。

 サッカーをしている。そのあたりに
落ちていたのだろうか。木切れと空き缶を
立ててゴールにして、
夢中になって走り回っている。

 決して広い土地ではない。しかし、
子どもたちを興奮させるには十分である。

 さまざまな遊具が固定され、
使用目的が制限されているような公園よりも、
かえって、子どもたちの創造力を
かき立てる。

 忘れかけていた、「昭和」の光景が
そこにあった。

 看板を改めて読む。
 
 「どうぞお入りください

この土地は、将来は住宅を建てる
予定ですが、今のところは使う予定は
ありません。子どものみなさん、どうぞ
お入りください。トンボさん、蝶さん、
雑草さん、自由にこの土地に入って
ください。もともと、土地は地球のもの。
私が「お借り」している土地を、一時的に
おかえしいたします。 空き地連盟」

 それから、ジョギングで通り過ぎる度に
その看板を読んだから、暗記するまでになって、
こうしてこの日記のその文面を書いている。

 考えてみれば、
トンボや蝶、雑草の種にとっては、
「立ち入り禁止」の看板など意味がない。
 子どもたちも、本当はそういう存在
だったのではないか。
 「管理」ということから
最も遠い存在。

 自由に呼吸する、そんな余地があって、
初めて自発性が涵養される。

 現代の日本は、まるで、子どもにも
大人にも自発性は要らない、とでも
思っているようだ。そのあたりに、経済や
文化、政治の停滞の
一要因があるのではないか。

日本の世直しには、「空き地」
が必要である。

「空き地連盟」の正体がわかったのは、
最初に看板を発見してから半年くらい経って
からのことだった。

 一週間ぶりに空き地に行ってみると、
 子どもたちが空き地でペットボトルと段ボール
を使って、城のようなものを作っている。

 片付けをしなくても良い、次の日は
またその先から出来る、と知った
時の子どもたちの爆発的創造力。

 振り返れば、私たちの時もそうだった。

 自分たちの好きにしても、大人にしかられない、
と知った時、子どもはいかに解放される
ことか。

 その様子を、ニコニコ笑いながら
眺めている白髪交じりのおじさんがいたので、
ひょっとして、と思って声をかけると、
 やはり、その人こそが「空き地連盟」
だった。

 「すばらしいことですね!」
と感嘆すると、「いえいえ、何でもありません」
と笑う。
 「私たちが子どもの頃は、当然のことで
したから」と物静かに言う。

 その男性のお名前は、ATさん。
 「空き地連盟」の看板を立てるに至った
経緯、その思いをうかがうと、こちらまで
熱い気持ちになった。

 あちらこちらの空き地に
 「***管理地 立ち入り禁止」
という看板が立つ裏事情のようなものが
あるらしい。

 なるほど、「管理」するということから
考えれば、その方が楽なのかもしれない。
 だからこそ、ATさんの勇気に
拍手をしたい気がした。

 ATさんが、打ち明けるように言った。
 「実はね、息子夫婦が一緒に住むというので、
ここに家を建てることになって。5月には着工
なんです。」

 ATさんのうれしそうな笑顔を見て、
「おめでとうございます」
と言った。それから、少しさびしい気分になった。

「それじゃあ、ここの空き地は終わり
なんですね。ああやって、子どもたちが秘密
基地をつくっているけれども、あと少し
だけなんだなあ。」

 ATさんの笑顔は変わらない。

 「ええ。せっかくの秘密基地も、
撤去しなければなりません。でもねえ、
私の妙な看板を見て、空き地連盟に賛同
する人がぽつりぽつりと出てきたんですよ。
一時的に使っていない
土地があったら、子どもたちやトンボ、
蝶や雑草に解放しようってね。」

 ATさんは、それから、「あっちの
方に走っていってみてください」
と教えてくれた。

 ATさんの心意気に賛同して、
やはり、使っていない土地に
看板を立てて子どもたちに遊ばせている
人がいるという。

 大きな道路をわたって、しばらく
行ったところの紫色の壁の図書館が
目印。
 その近くに、「空き地連盟」
の二号地が誕生したらしい。

「子どもたちにも、新しい空き地が
できたよ、と教えてあげますよ。
それからねえ。この土地が着工する
前には、この空き地で遊んでいた
子どもたちと、記念写真を撮ろうと
思うんですよ。新しい家ができたら、
玄関にその写真を飾ろうと思いましてね。
もし、その時秘密基地がまだ残っていたら、
秘密基地の写真を撮って、子どもたちに
プレゼントしたいなあ。」

「空き地連盟」ATさんは、
温かくて大きな人だった。

 最初はATさんの気まぐれな
思いつきから誕生した「空き地連盟」。

 私たちの生のあり方を考える上でも、
大切な着想だと思う。

 私たちは、人生の中に、「空き地」
を必要としている。すべての時間が
目的が決まり、管理されたもので
あってはいけない。

 それでは、創造性が育まれない。
何よりも、命が燃えない。

 遊んでいる土地を持っている
人は、「空き地連盟」に加入を!

 そして、土地を持たない人も、
自分の生きている時間の中に、
空き地をつくろうではないか。

 ATさんが教えてくれた
「空き地連盟」二号地は、
まだ見つかっていない。
 紫色の壁の図書館のまわりを
しばらく走ってみたのだけれども。

 桜が散って、ATさんの息子さんとの
夢の家が着工するころまでには是非、
 「空き地連盟 二号地」を
発見したいと思う。

 ATさんによると、その地には、
一号地そっくりの看板が立っている
のだという。

ただ、ほんの少しの違いがある。
どうやら、
「トンボさん、蝶さん、
雑草さん、自由にこの土地に入って
ください。」
という文言の代わりに、
「トンボさん、蝶さん、カエルさん、
雑草さん、自由にこの土地に入って
ください。」
となっているらしい。

地主さんは、カエルが好きな人の
ようなのである。

4月 1, 2009 at 07:03 午前 |

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コメント

はじめまして。
あぁあぁなんて素敵なことだろう・・。とわくわく読み進みました。
半ば、ん?でも本日4月1日?
とかすかに思いながら・・。
読み終わった時には事実だろうがつくり話だろうが・・
どちらでもかまわないなぁ・・という思いに至って、一人ニヤッとしていました。

家族の信仰の有無・・・、思いのすれ違いにへとへとになりつつあった自分の中で、大切なこと、今一度探ってみよう!
そう励まされた気がしました。
信仰の違いなんて、最後の最後まで読み進めれば大差ないのかも・・。

茂木さんの著書の数々、
我が家のDNA的最強検索エンジン?でもある実母(65)から子どもへ、嫁へ、と配信される課題図書となっております。
幾度となく途方に暮れた私どもの道しるべになってくれました。

茂木さんに生み出していただいている沢山のツール。

使うか使わないかは自分にかかっているのですね!
公道に面している我が家のガレージと玄関、ここをどう使うか工夫してみたいと思います。

来年の4月1日。とても楽しみです!ありがとうございました!


投稿: あすぱらん | 2009/04/03 9:52:47

茂木先生

blogを見て 子供のころ大きな植え込みの下に潜り込み秘密基地を作ったことを思い出しました
湿った土の匂いや枝にひっかかりながらも上から差し込む少しの光をたよりに中を突き進むワクワクした感じ。トンボの大群を見つけ興奮して突撃していったあの気持ち…蘇りウルウルしました。
今の私の感性の土台は確実にあの頃の体験でした

同時に 娘の大切な小学生時代の三年間、中学受験のために塾に行かせたことを後悔しました

あの娘はそんな体験しただろうか…
娘に『秘密基地とか作って遊んだりした?』と聞いてみると
『場所はコロコロ代わったけどしてたよ』
『塾ばかり行ってたもんね』
『そうでもないよ。私はよく遊んでたほうだと思うよ〜』
返事を聞いて少しホッとしました

空き地同盟 広がっていくといいですね

心に染みるblogありがとうございました

投稿: たかこ | 2009/04/03 7:39:58

空き地連盟二号地は、きっと私たちの心の中に…(^ ^)

私も子どもの頃、幼なじみと、よく空き地に行きました。普段、人が入らないので、シロツメクサやクローバー、タンポポ等が沢山出ていて、その時期…腕輪を作ったり、冠を作ったりして遊びました(o^∀^o)

息子さんとの夢の家等、温かく、とってもほのぼのしてて、私は茂木さんのエイプリルフールの話題、大好きです(*/ω\*)

幸せの魔法のエッセンスがちりばめてありますもの(*´∀`*)


なんとなく今年は、エイプリルフールを外して、書きたくて…今日書いちゃいました(^ ^)

投稿: 奏。 | 2009/04/02 20:12:04

秘密基地ってなかったけど、昔は田んぼも学校の帰りの道もほとんど土で、もちろんその脇には草花、野苺もあり、私達のじゆうはたっぷりあった。もちろん、蝶もトンボもおたまじゃくしも蛙も、ずっとちっちゃなことには白蛇なんか見えると幸運とすら思ったし、蛇も皮を財布へ入れるとお金が増えるなんて聞いたよく聞いたものだ。出くわすのがこわい反面、その幸運にあやかりたい気持ちもいっぱいだった。あの頃は、人が自然をコントロールするというのではなく、今思い返すと本当に自然と共存している私達人間がいたといえると思う。
それにしても、「モモ」という本をまた思い出した。与えられた話のできる人形や将来ためになる勉強や遊びではほんとうに壁に頭をぶつけているような感覚になりますね。
昔のあぜ道にはいっぱい自由な発想がゆるされた。コンクリートの道では、ああはなりませんね、殺風景過ぎて。。、。。

投稿: Natural2 | 2009/04/02 14:30:08

ブログお邪魔します。

空き地同盟、、すごく素敵です。
自分は不動産、関連の仕事をしているので
確かに考えさせられました。

人に求めることが多くなる世の中ですが、
自分から提供する思いやりを
持ちたいものです。


投稿: micc | 2009/04/02 13:37:41

あぁ、いい話
とても、いい話

私はね、ずっと一緒に住んでいる家族以外の大人が子供に慈しみやいとおしむ視線を向けると、子供のメタ認知が育つんじゃないかなと思うんです。
なぜって、家族の視線は乳児のころからずっと一緒にある刺激だから自分とほぼ一体化しているし、他人の無関心さは強い刺激にならないし、見張るような視線、とがめ立てするような視線に対しては、反射的に身を守る姿勢になって素早く心を閉ざし、小さい子供の中に相手の心を考える余裕なんて生み出さないと思うんです。
でも、自分と関係ない大人に慈しみの視線を向けられると、子供も心を開いて、なんだか不思議な気持ちがするその視線のもとにある大人の気持ちや見方に心を向けることができると思うのです。
これ、幼児期の体験の記憶から導き出した私の仮説です。

投稿: masami | 2009/04/02 11:36:46

はじめまして。いつも寝る前に読ませていただいております。
私はずっとマンション暮らしだったので、秘密基地は一階の廊下の下でした。高圧電流が通っていて、今から考えるとちょっと危なかったかなと思いますが、あの密室感はなんとも言えないものがありますよね。懐中電灯とお菓子と少年ジャンプを持ち込んで、猫を飼っていました!
数日きりの基地でしたが、あのはかなさもまた「秘密基地」なんだろうな。

投稿: 阿藤夕可子 | 2009/04/02 2:22:18

茂木健一郎様
『空き地連盟』素敵ですね。そして空き地連盟の看板に目を止められた茂木さんもサイコ-に素敵です!

投稿: m | 2009/04/02 2:07:11

「空き地連盟」素敵な発想で心が喜びました 
読みながら、、、
私は私なりに、、、心に空き地を作ろう って感じました。

色んな出来事の中に素敵を発見できるように、
心にスペースを意識して広げて行きたいです。

自分を管理したり、
もうどうでもイイ、はまってしまっているパターンから脱出です 

色んな意味で、、、
空き地の作れる大人が増えると素敵が始まりそうで、
そんな運動広げたいですよね 

素敵な気づきをありがとうございました 

投稿: ☆J☆ | 2009/04/02 1:24:08

はじめまして。
茂木さんの著作、テレビをいつも楽しく拝見させていただいています。

空き地連盟、とても素敵な発想ですね!
まだ私の子供のころには、野草を摘んだり、虫と遊べる場所、秘密基地を作れる場所があったような気がします。
いつのころからか、そのような「無駄」な場所がなくなってしまいました。
空いた場所には建物を立て、空いた時間にはスケジュールを詰め込む。
強迫的なかんじさえ受けます。

「空き地」こそ大事なんですね。
空き地連盟どんどん増えますように。

投稿: もえぽん | 2009/04/02 0:59:51

こんばんは。拝読して、懐かしく暖かい思いでいっぱいになりました。

私も、空き地で遊びました。いえ、家の前の空き地に育ててもらったのだと、気づきました。

兄や、近所の子供たちと夕方まで走り回り、冬はスキーに興じました。穴を掘って基地を作り、危ないからと大人に埋め立てさせられました。

車の心配もなく、遠くから大人が子供を見守れる空間。

そんなゆるい隙間空間がところどころにあった時代と、所有者の縄張り的主張を空き地に感じる現代と。人の意識や子供の遊び方が変わったのは当たり前ですね。

空き地連盟すてきです。空き地(的生きかた)の価値に気づけてよかったです。土地がなくても、この日記をみて精神的加盟者がふえると嬉しいですね。

投稿: ぱんなこった | 2009/04/02 0:20:09

はじめまして、茂木様。
四月になり、受験生という身を改めて感じました。
今回のこの日記を読んで、こういうことをする人がいるのかと感動しました。大人になって何をどうすればいいのだろうと不安で一杯でしたが何だかこの日記を読んだら少し楽になった気がします。
おばあさんになったらわたしもその人みたいなことができる人間になりたいと思いました。難しくない事だけれど、些細な行動が人を変える、成長させるだなんて素敵ですね。

わたしは17歳です。
これから何が起きるかとかまったくわからないけれど、素晴らしき人生を送れるよう日々努力したいと思います。
乱文失礼しました。

投稿: 高嶋 | 2009/04/02 0:10:47

茂木さん、すごくいいお話をありがとうございます。
私も茂木さんの感じられ方にまったく賛成です。人間誰でも何かしらもっているのですから、それを独り占めしようとせず、ちょっとずつでも人におすそ分けしたらいいと思う。そうすれば人の笑顔を見られる。その笑顔を見て自分も笑顔になる。笑顔の連鎖でみんなが百倍ハッピーになれます。
私は経済成長至上主義は一部の特権階級の都合のよいイデオロギーで、そんなものが変局点を迎えたからといって、僕らまで一斉に萎縮してしまうことはないと思います。
お金や土地をもっていないのなら人を想う心を少しだけでもオープンにして人と人とが連鎖すればいい。昭和の昔のように夢がもてる世界になったらいいなと強く思います。

投稿: 韓国の龍 | 2009/04/01 23:26:13

茂木健一郎さま

今晩も恰好良い半井小絵さんの気象解説を拝見の私

NHKテレビさまの茂木健一郎さま司会
プロフェッショナル仕事の流儀さまに感謝です

後悔

私、海釣りをしているのは
本当、前向きな後悔が出来るのが海釣りなんです
目の前で お魚を逃がした、釣り上げた、お魚も確かに嬉しい記憶ですが
逃がした お魚
今でもイメージ的に鮮明です 千葉県は鴨川の弁天島にてのも

向こう合わせ
お魚が不意に掛かりウキが即海中に

あれは楽しいです
確かにウキの数センチ入り込み、当たりが解った!それも楽しいですが
向こう合わせ、いきなりですから、お!!っと!
お魚に動揺する自分
そして、目の前で逃がした時など

茂木健一郎さま
同じことをしても同じ結果になる場合よりも
前向きな後悔をして
こうしてみようかな!

仮にまた、それでも、お魚を逃がしたとしても私は納得、その時、また前向きな後悔をすれば良いので
海釣り
私、スキー同様、大好きです。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/04/01 23:07:53

茂木さんおはようございます!

素敵ですね!

そして、すっごく励ましてくださって
ありがとうございます!

今、とってもこころが温かくなりました!
今日はみんなに感謝して、いい一日になった気がします。

幼稚園時代、空き地に置いてあった材木の隙間に「秘密基地」がありました。知らない顔も友達も好き勝手そこに出入りし、みんなで自分たちの世界を作って遊んでいました。そしてみんなで持ち寄ったおやつを保管して一緒に食べて、運営していました。
私は”年中さん”で引っ越したので「秘密基地」がどうなったかは知りませんが、きっと”空き地”じゃなくなったんだろうな!

引っ越し先でも「秘密基地」を作りました。
自宅であるマンションは2階にアスファルトの公園があり、そこのファンや電圧とかで立ち入り禁止の場所で配線が集まっている、ちょうど1階の郵便局の天井裏を「秘密基地」にしました。
天井は案外継ぎ接ぎで隙間から光が洩れて、そこから郵便局の様子が見えました。
いつか底が抜けて郵便局に落っこちるって思っていました。
そこに、友達とおかしを持ち寄ってダンボールに保管していたのですが、ある日行ってみると全て無くなっていました。
管理人さんが発見して捨てたか、友達がこっそり全部食べてしまったかは分かりませんでした。
でも、そこの入口はとっても狭くって、小学3年生がギリギリ入れるくらいのスペースでした。
!(^^)!

とっても楽しい思い出です!

いまの子どもはそんないたずらっぽくて面白い経験できないだろーなーと思いますが、
そのような素敵なATさんがいらっしゃって
日本もまだ生き返れる! って感じました。

茂木さん、無事に山は乗り越えられたみたいですね?¿??!(^^)♬
あとは週末のお花見ですね!(^^)!
今日もいい一日を!!!!

投稿: 夏輝 | 2009/04/01 22:45:16

気持ちがほっこり温かくなりました。

土地はかりものという詩に

土地の喜び、ひとの喜び。
土地の幸せ、みんなの幸せ。

という一節がありました。

その詩を思いだし、子供たちの笑い声が空き地に
喜びをもたらしているように思いました。

私も自分自身に空き地をつくってみようと思います。

投稿: mina | 2009/04/01 22:14:00

 
初めまして,クオリア日記を折に触れ読ませていただいております。
本格的に「春」と呼べる月になった今朝,上の文を読ませていただきました。
私が大人になったばかりの頃「管理地」や「立ち入り禁止」の看板を見て,「私はいつか自分のお金で土地を買って,雑草生え放題のただの空き地にしてやるゾ」って思ってた事を思い出しました。
いつの間にか月日と共に消えていたその思いを,上の文で思い出させていただき,また話の内容と茂木さんの伝え方の暖かさがじんじんしみていつの間にか涙が流れていました。
 今,私には子どもたちの自発性を産む物質的空間は無理でも,心的空間はいつでも準備している大人でありたいと思う次第です。

投稿: hog | 2009/04/01 21:55:50

こんばんは。

茂木さんのクオリア日記から、私も忘れかけていた
「昭和」の光景を思い出しました。
ジョギングの途中、見つけられた看板。素晴らしい方が
いらっしゃるのですね。思わず胸の前で、両手を合わせて
しまいました。こんな素敵なお話が、テレビのニュースで
流れたら、どんなにココロがなごむことでしょう。

私が、子どもだった頃は、体を張って遊んだ記憶が多く
残っています。

以前、10歳までは「神の子」と教わったことがありますが、
今は5歳までは「神の子」とか・・・定かではないです。
子どもたちが、子ども時代をたっぷり過ごせますように・・・
と思っています。

投稿: 花かんざし | 2009/04/01 21:54:53

 つい先ほどまで外は雨。職場では異動で人が入れ替わりバタバタしたここ数日でした。
 「空き地」は本当に必要ですね。空間的にも時間的にも。時には余裕がないと、新しいものも生まれないような気がします。また、郷愁を誘うだけでもないように思います。
 「空き地」により生まれる「遊び」が、自由度をあげ柔軟性と力強さを与えるとしたら、ガチガチに固まっているものより面白みもありますし。
 元気で活力のある日本は、こういう小さなうれしさの積み重ねから生まれるのかもしれませんね( ^ω^ )。

投稿: モグ | 2009/04/01 21:41:32

子どものころを語るときの茂木さんの懐かしくしみじみとした文体、深く考えさせられる内容、そして、ディーテールのリアルさに、思わずやられそうに・・・。

これぞ、茂木さん流スーパー・ホワイト・マジック!!素晴らしい。

投稿: 砂山鉄夫 | 2009/04/01 21:32:48

はじめまして!私は、18歳専門学校生です。
先生にどうしても聞きたい事があるのでコメントさせていただきます。
私は、今祖父母と暮らしてます。祖父なのですが、電気機器類や無線が大好きで部屋中いっぱいに私にはわからない電気機器があります。
すきで集めたり、改良するのはいいのですが、部屋に機器が溜まれば溜まるほどイライラが止まりません。些細なことでも、突然怒り出したりします。
旅行中などは気分も違うためもあり、怒ったりイライラすることもないのですが、家にいるといつもイライラして喧嘩が絶えません。
家族は、電気機器などが出す電磁波が脳を狂わせてると言っています。
本当に電磁波が原因なのでしょうか?
このままだと家族が壊れてしまいそうです。
助けてください。
お願いします。

投稿: くま | 2009/04/01 21:15:45

こちら盛岡は冬へ逆戻りの陽気です
カエルにお目に掛るには、しばらくの時が必要です。

もっと緩やかに、おおらかに大人のカイナヲ、子どもに預けることはできないのでしょうか…

小さな空き地が、あちらこちらに再び現れるとき、
このくには、成熟したといえるのかもしれません。

重い脳障害を持つ息子をはじめ、物言えぬ子どもたちも
その空き地でおもいっきり、あるいはゆったり存分に
子どもの時間をさまざまな仲間と過ごすことができたとき
ノーマライゼイションなんて言葉は、吹き飛ぶにちがいありますまい。

世界全体が暖かな芽ぶきのときを迎えられることを祈ります。

投稿: すまいる倶楽部 | 2009/04/01 21:11:49

私の子供時代も、遊具が最初から設えてあるような公園よりも、空き地で遊ぶのが好きだったなァ。

丈の高い薄(ススキ)に覆われた草原で、バッタを見つけたり、芋虫を発見するのが楽しみだった。冬になれば一面の銀世界で、同級生たちは雪合戦や雪だるまを作って、思いきり楽しそうに、のびのびしていたものだ。

最近は、空き地を見つけると、「管理地」にしたりして、そのうち「駐車場」にしてしまうことが多そうだ。空き地を、そのまま子供達に開放するより、整地して、装置をつけて、クルマに解放してばかりいる。

きょうのお話ではないけれど、何時か「空き地連盟」というのが本当に現われて、家を建てる前に空き地を、子供や、蝶や、トンボ、カエルやその他の生き物たちに解放してくれないか知らん。駐車場にするよりも、そのほうが人間自体の為になるはずだ。

緑に溢れ、蝶もトンボも螻蛄(おけら)も、大人も子供も、のびのびと楽しみ、時に秘密基地を作って冒険気分を味わう、そんな空き地が、心の中にも、外にも要る。機械文明の圧力に抗うだけの、ダイナモの如き躍動と、自発の力と、創造を生む生命力を、私達の中に蘇らせる為にも・・・!


投稿: 銀鏡反応 | 2009/04/01 20:39:42

空き地連盟、すばらしいですね!

投稿: 吉田 | 2009/04/01 20:32:47

ことしも、あたたかいおはなしをありがとうございました。

こどものころ、空き地の草の中で、初めて「巨大な」トノサマバッタの飛翔に出くわしたことを思い出しました。

自分のこころの中に空き地をもっていることのしあわせ。

投稿: こぢんまり | 2009/04/01 20:15:54

「空き地連盟」に参加させて下さい! わくわく

土地はないので、心の空き地を創造したいです!
よろしくお願いします!

投稿: hana | 2009/04/01 19:21:25

こんにちは。初めてコメントさせていただきます。

このエントリー、まったく同感です。野球を通じて子供たちの関わっておりますが、その創造性のなさや自立性のなさには、この国の将来を考えると悲しくなります。

私なりの意見を書かせていただきます。お時間がありましたらお読み下さい。

投稿: 紫電改 | 2009/04/01 18:57:43

素敵なお話ですね。
私は残念ながら土地は持っていませんが
私の持てるもので何か役立ちそうなものがあったら
(労力とか、ごくごくささやかな知恵とか、
ネットワークとか、時間とかしか思いつきませんが)
ぜひケチケチせずに
広く開け放していきたい、と思いました。

投稿: 川崎優子 | 2009/04/01 18:52:04

今日のエントリーを半分くらい読んだ地点でやっと、
これが毎年恒例の「アレ」だと気づきました!

今回のはそのメッセージが本当に素晴らしいと思います。

>「どうぞお入りください
>
>この土地は、将来は住宅を建てる
>予定ですが、今のところは使う予定は
>ありません。子どものみなさん、どうぞ
>お入りください。トンボさん、蝶さん、
>雑草さん、自由にこの土地に入って
>ください。もともと、土地は地球のもの。
>私が「お借り」している土地を、一時的に
>おかえしいたします。 空き地連盟」

実に痛快な文面です。


ところで、ATさんは
"April True"ということなのでしょうか?(笑)

投稿: zitterbewegung | 2009/04/01 18:33:37

今年はどんなお話かな、って楽しみに読みました。
素敵なお話しありがとうございます(^-^)

投稿: 小島みどり | 2009/04/01 17:00:35

「空き地連盟」・・なかなかいいですね。

私は 子供のころ 山口県の山奥で育ちましたので 「空き地」という感覚はわからないのですが・・というか 回りの山々が遊び場でした。

一昨日も 「公園に注射針やガラスの破片・・・」というニュースがありましたが 正直くだらないことやる頭があったら本を読め!!と言いたくなります。
本を読み 自分の知的レベルを上げる努力をしていくことこそが大事だと思います。
学校の「知識偏重教育」もいけないのかもしれませんが 「学問=知恵」ということを自分自身でやっていけばいいことなのですから。
そういう僕も まだまだという感じですが。

でも こういう場所があっても 今の子供達って遊ぶのかなぁ。
今私が住んでいる長野の地方都市・・北アルプスの麓・・でも 公園で遊ぶ子供を見かけません。

ちょっと考えれば 今の日本のリーダー達は 半ズボン履いてガキ大将やってた人も多いと思うんですが。
私がメールでお付き合いしている方で 中国に赴任している方の「写真ブログ」があるのですが 子供達の輝きが 日本とは全く違います。
「三丁目の夕日」がいいと言う訳ではありませんが 「なんか違うぞっ」と 独り言の愚痴を言う毎日です。

投稿: 銀河 | 2009/04/01 16:44:21

4歳の頃、哲学堂のそばの工場で「立ち入り禁止」という看板をはじめて見ました。「立って入ってはいけないので、座りながら入ろう」と年上の人が言ったので、それに続いてみんなで侵入したことがあります。下は3歳から、上は12歳まで集団で遊ぶ時代でした。<本当は違う意味なのに。>

投稿: 蒼い月 | 2009/04/01 16:39:17

今日は万愚節。
この記事は万愚節への挑戦?などと
考えるのは私だけ。
「空き地連盟」という言葉の響き合いが
心地よいですね。
田舎育ちの私、持ち主がいても、屋敷で
子どもに自由に遊ばせてくれた時代に、
そこから自由なものの発想が生まれてきました。
女の子もスカートで木に登った時代、
懐かしい思いで今日この文章を読ませて頂きました。
 カメラにはフィルムのなき万愚節

投稿: 摩季 | 2009/04/01 16:30:19

いま新聞で発見しました!!

龍谷大学の370周年・記念講演・講師に
茂木さんのお名前が☆☆

「生きる」をテーマに、7月19日に高松で
秋には滋賀でお話されるのですね!!

ぜひ伺いたいと思います!!

投稿: 月のひかり | 2009/04/01 16:14:29

今年はどんなお話だろうと楽しみに待っていました。心温まるお話ありがとうございました。

このあいだ駒場公園付近の住宅街でたまたま立ち入り禁止の空き地を発見しました。そこはどっかのいたずら小僧が垣根を壊したようで入り込むことができました。天気のいい日だったので猫がその空き地でのんびりしていたようで、いきなり一人の男が侵入してきたのに驚いて、さぁっと去っていきました。猫に申し訳なかったなと思いながら、空き地の反対側へと通り抜けようと歩いていったのですが、そこには鉄パイプとビニルでできた立ち入り禁止の柵で隙間なく囲まれていました。

茂木さんが生命に投げかける愛のこもった視座に大変共感します。大学も最後の年、大噴火するぞ!!っていう決意新たに新年度も精一杯駆け抜けたいです。

投稿: atomos | 2009/04/01 16:12:11

「親族会議」

『日本の世直しには、「空き地」が必要である』

『遊んでいる土地を持っている人は、「空き地連盟」に加入を!』

 昨年、父の死に伴い、親族会議が開かれました。
 メンバーは母と姉、わたしと妹と弟。わたしをのぞいて全員、関西、四国に住んでいます。ふるさとの南の島にある、父名義の山林や田畑がテーマです。
 母いわく「もうだれも住まへんのやから、管理できひんし、売ろか」
 わたし「杉は大きくなってるし、荒れてるとはいえ生きものはたくさん棲みついてるし。畑は○○さんがサツマイモ作ってるし。プライスレスよ、これ。将来はログハウス建てて島に住みたい」
 姉「ここにいるだれかがよっぽどお金に困ってるっていうなら、話はべつやけど…」
 弟「困ってるで、ぼく」
 妹「働け、ニート!!」
 
 さいわい家族はみんなのんびりしていて、反対を押し切ってまで土地を売ろうという動きにはなりませんでした。所有している、という感覚より、土地をお預かりしている、という感覚が必要なんじゃないでしょうか。
 

投稿: 島唄子 | 2009/04/01 15:43:24

茂木健一郎さま

ラジオ拝聴しました。とても面白かったです。
「育てる」も大変興味深く拝見しました。

今日は先生に、素敵なカフェを紹介しようと思います。
昨日僕は、中目黒に行きました。一息入れようと
【 combine books&foods 】 という、
中目黒川沿いのbookカフェに入ったのです。

「大切なことは、ふいうちでやってくる」
僕は、先日2009/3/17 紀伊国屋ホールでの講演に
参加した一人です。

僕は真後ろの本棚にある本を読もうと振り返り、
手に取った本は「異化―Iヤヌスの諸像 IIゲオグラフィカ
/ エルンスト・ブロッホ」哲学書でした。目次を見て、
「希望は失望させられることはあるか」P208に
迷わずアクセスして拝読すると、「思いがけないこと(バブル力)」
について記述があり、さらにその体験は、
「人間の尊厳と折り合いが悪くない」とあったのです(笑)。
僕はとても愉快で、思わずメモを取ってしまいました。
(後で気付きましたが、それは売り物の古本でした…ハハハw)

http://scomu.jp/mona-tokyo/archive/131

「先見の明を持つ者」「熟慮する者」や、朽ち果てた希望が
腐敗と再生を繰り返すことなどが、ギリシャ神話のモチーフを用いて
暗示されていて、非常に興味深かったです。

僕は、現在 就職活動中です。
年齢で選考落ちすることもあるので、非常に厳しい状況です。
こんな先の見えない3ヶ月過ごしていますが、
これまでにない幸福を、毎日のように経験しています。
先生の講演会に参加できたこともそうですし、
温かい光につつまれたバブルが、毎日のように起きているのです。

いったいこれは何を意味しているのだろうか、と思います。
この最高潮に達している幸福感と、無職(で金も無い)、という現実が
何を意味しているのか、分からなくなります。
時々、「人生が終わる。その前に(神が?)桃源郷をみせているのか?」
とも思ったりしますが(笑)、無職でも希望を失っていないことは
確かにそれも事実、現実です。

自分がいったい何の役に立つのか?多少は分かっているが、
何かしら役に立つとしても、それが面接で伝わらないこのもどかしさ。
伝わる相手、少しでも分かり合える相手を、地道に探す、
ということなんでしょうか。

ブックカフェ、機会があれば是非行ってみてください!
いつも応援しています!!

投稿: 木田ひこの | 2009/04/01 14:20:31

やさしい地主さんですね。。。
最近、主人とそういった昔の遊び場所の話をしていたところです。
おもしろい発想ですね。

投稿: csipune | 2009/04/01 13:32:31

ホントに、すばらしいお話で、じ~んとしました。個人的には猫も入れてあげたし・・。

投稿: 瑠璃蜥蜴 | 2009/04/01 13:11:48

はじめまして。「空き地同盟」素敵なお話ですね。
                                 私は社会人2年目と、今日から大学生になる二人の息子のいる母親です。昨夜、「プロフェッショナル」を拝見し、茂木さんがお話されたことと、私の思い、実践したきたことがほぼ一致し、静かな感動を覚えました。
 実は、私(48さい)は二人の息子を育てた経験をもとに、「祈り 思春期という季節」(文芸社 4月15日)というエッセイを出します。読んでいただけたら、どんなに嬉しい事でしょう。
 今朝、次男が「茂木さんのブログにコメント送ってみなよ。お母さんは無名なんだから、できるところからやるしかないでしょ。」と背中をおしてくれました。
                                 また、私の祖母は、50年ほど前になりますが、近くの空き地を市役所にかけ合い、「仲良し遊園地」という公園にしてしまったスーパーおばあちゃんでした。三鷹市と武蔵野市の境にあるこの公園は、春には「サクラを見ながらのバーベキュー」、夏には「夕涼み映写会」、秋には「大運動会」と地域の子供たちを育んでいきました。地域の方々と子供たちによる、手作り感のある公園といえるでしょう。                              
 それでは、心よりのご自愛を。     
                    草々     岩崎ゆう

投稿: 岩崎ゆう | 2009/04/01 13:03:19

思わず手が動きました。いいですね。空き地連盟。おじいちゃんカッコ良すぎです。私は42歳。田舎で育ちました。全てが空き地(?)学校の行き帰りが全てが冒険でした。タバコ工場の跡地、怖い建物。自分の背丈よりも高い葦。落ちそうな木の朽ちた橋。それはどこかで永遠のものだと思っていた。(自分がこの世に生きている間は)この歳になってそれは永遠ではないと悟ります。何が良くて何が悪いかのかわからない。けれど今無いものの愛おしさは確実に感じる。このおじいちゃんの行動がかっこいいではなく限りなく当たり前になるのが理想です。どうしたら私は空き地連盟精神に参加できるのだろう・・・。

投稿: iwashi | 2009/04/01 11:57:29

茂木健一郎様

なんて心ほぐされるようなことなのでしょう。

>最初はATさんの気まぐれな
思いつきから誕生した「空き地連盟」。

私たちの生のあり方を考える上でも、
大切な着想だと思う。


ATさんがニコニコ笑いながら
子どもたちを眺めているとき、
ATさんは子どもたちとならんで同じ方向を
見ていたのではないかしら。
「秘密基地」が、できるのにわくわくされて
いたのではないかしら。

サン・テクジュペリの言葉に、同じ方向を
見ている者たちは、おたがいにゆたかな気持ちである
ことを肌で感じられる実感に気づく、というようなの
があったと思います。

このような光景が、人の思いの出逢いがふえていく
ことを祈ります。

投稿: Yoshiko.T | 2009/04/01 11:55:06

子供の頃の事、ふと思い出しました。
家にある卵を持ち出して、空き地に持って行き、枯れた草木で巣を造りました。
鳥が温めに来ないかなぁと期待して、何度も見に行った事を覚えています。

そして、あの卵は孵化しない事実が悲しかった事も。
きっとそうやって、子供は、人は、成長していくんでしょうね

投稿: まいまい33号 | 2009/04/01 11:34:47

「空き地連盟」に拍手!
わたしの住んでいるニュータウンにも、マンション建築前の空き地がいくつかありました。ある日、子ども達がダンボールでベースを作り、草野球が始まりました。みんな昭和の少年だった集中管理センターのおじさんたちは、見て見ぬふりでこの空き地の光景を見守ってくれました。お母さんたちにも、空き地連盟のような連帯感ができ、いくつかの苦情の危機から、草野球を守ったことを思い出します。
今は、公園も放課後の校庭もバットは禁止。森も空き地もない子ども達が一番かわいそう。子ども時代にサバイバルを経験してないと、人生をサバイバルできないのに・・・
「空き地」はどんなことでも大切ですね。
このところ、音楽の中にビート(拍)に支配されない「空き地」を作ることの大切さを考える毎日です。
無頓着な拍の強制を入れてしまうことで、自由な表現ができなくなってしまうのです。

投稿: シリンクス | 2009/04/01 11:30:49

A massage in a bottle.
お恥ずかしい(苦笑)
messageですよね。
あとでふと自分の打った文章を読み返して、久しぶりに顔から火を吹きましたやっちまいました(笑)
朝から連投、相すいませんm(__)m

投稿: ゆみっち | 2009/04/01 10:42:21

こんにちは

「月極帝国」にも、「空き地連盟」への思想参加を促そう。(^^)

投稿: 空き地のクオリアby片上泰助(^^) | 2009/04/01 10:24:27

幼稚園の頃、姉と遊んでいた秘密の場所は、木々のトンネルを抜けると、草原が広がっていた。狭いところから、ぱあっと開けるあの瞬間がたまらなく、「大草原の小さなお家」の主人公になったつもりだった。だから、そこへ行く時は必ず彼女が着ていたようなワンピースを着ていた。母親に聞くと、「たいして広くもない、ただの空き地だったよ」というのだけれど、草は生い茂っていたし、小さな私にとってはとてつもなく無限の場所に思えた。姉と私の後ろから、追いかけるように記録写真が残っていたような気がする。子供達に教えられて、秘密の場所にやってきた母の目線。
空き地連盟を読んでいて、この場所と、その時の感情が、わあああああーと溢れてきてしまい、コメントを書いてしまった。伝わるかな。。。

投稿: モコ | 2009/04/01 9:59:38

おはようございます。
思い出しましたよ!!石ころや木の切れっぱしがそれぞれに特別なひとつに思っていたことや、空き地や春の田んぼの草や小さくて可愛らしい花に表情を感じていたこと。
空き地も持っている空気の温度や明るさがいろいろあって、好きな場所やなんとなくこわいところがあったり、なかには汚いものやちょっと危ないこともあったんでしょうね。
秘密基地は男子限定の遊びじゃないんですよ。女子には女子なりの秘密基地もあるんですよ~~~うふふ。

投稿: 直 | 2009/04/01 9:50:10

何故か ”自然に”涙が出てきました。涙を流すことも、我慢してしまったり、意識してしまったりすることがあるけれど。

私たち一人一人に与えられた時間は 限りある資源のようなものだけれど、
だからといって 『有効利用を…』といった躍り文句に踊らされてはいけない。
振り回されてはならない。

もっと、爆発的に使うことも
過剰に費やすことも
フラフラとさ迷うように過ごすことも 不可欠ではないか!
【私たちは、人生の中に、「空き地」を必要としている…】

そう自分自身に 発破をかける
そんなきっかけになる 素敵な文を 4/1に読めた事に感謝しています。

投稿: 中村 良太 | 2009/04/01 9:44:19

素敵なお話ですね!
ドラえもんに出てくるような空き地がもっとたくさんあれば楽しいですね。
わたしも生きている時間の中に空き地を作りたいと思います。

投稿: Akiko | 2009/04/01 9:40:30

なるほど! 当たり前だけどいい話です。茂木さんの言われるように ある一つの目的の為の場所やオモチャが多すぎます。
私もそれがどーもイヤでうちの子らが小さい頃 そう言うオモチャは買わなかったんです。 大きくなってから「ウチはそんなオモチャ買ってくれなかった」と言われましたが。^^;
小学校などの授業を見ても他の猶予の無い進め方ですね…。
これではなぁと将来が寂しくなります。
ITなどには十分ついて行けるけど、情緒面では???の子が多いワケが分かりますね。

投稿: うみ | 2009/04/01 9:40:29

茂木さん、おはようございます!

空き地連盟、最高ですね☆☆

わたしも空き地を、こよなく愛した者として
コラムの言葉の数々が、心に響いてきました!!

思えば、トンボさん、蝶さん、カエルさん、
雑草さんと、わたし。

みんな同じ生命なのだと
自分以外の命を、生で身近に感じながら

「創造すること」

これほど素敵なことは、他にないですね!


ダイレクトな感触、いいものですね・・・☆


超絶的な感覚を、
茂木さんフィルターを通した言葉、著書


いつか読ませていただきたいなと思います☆☆


投稿: 月のひかり | 2009/04/01 9:40:20

心温まる素敵な話ですね。

投稿: take | 2009/04/01 9:17:05

なんてステキなんでしょう。エープリルフールでないことを祈ります。
小学校の門が施錠され自由に出ることも入ることも出来なくなり随分日がたちました。放課後を無くしたのは人として成長できなかった大人と管理しようとする大人で「責任」の置き場所が子ども達をチャイムが鳴ると校庭から追い出すのです。昔は校庭から大きな夕日が沈んでいくのが見えました。今はその時刻に誰もいません。公園はボール禁止だし本当に子ども達の外遊びの「場」を奪っているのはおとなです。おてんとうさまがある間は、子どもの声がする街がいいな・・。そして夜になったら、家に帰る。蝶やカエルと同じようなリズムの時間がこども地球人には必要かもしれません。今日は大学院の入学式です。茂木さんと同じ年に生まれて今日から学生・・。土地があったら空き地連盟に参加したい是非是非。

投稿: 井上良子 | 2009/04/01 8:49:48

A massage in a bottle.
こちらにも届きました(笑)今朝の内容は、具体的に情景を頭の中で想像出来ました。楽しい気持ちになりました。
私からも一つ。子供達の砂遊びは、とても壮大。見ていて面白いものです。
子供が小学生の頃、自宅の庭の砂場を、近所の子供達にも開放して遊んでもらっていたことがありました。始めは、ただやみくもに基本の山をうず高く盛っていき、トンネルを作るわけですが、そのあと勝手に外の水道の蛇口をひねり、その辺にあったじょうろに満単に水を入れ、トンネルにその水を流し込み、ただ溢れるのを黙っては見ていることはせず、全員が一丸となり、着々と大きな川を建設し始めたのです。
そして川の水が溢れないように、皆の手で最終的に完成させたのは、壮大なダム湖でした。
近所の上級生の男の子が現場監督し、小さな子達を上手く作業の指揮をしていました。
『この子、よそではあれこれ大人に言われとるけど、よい働き手になるなぁ』
とぼんやりと眺めていたのを思い出しました。
モノの表面だけをなぞってヒトの言葉(一般論)に流されてしまうのは簡単だけれど、ヒトと違うことをすることで批判されることを恐れる余り、自分の子供の『芽』を摘んでしまうのは、ただの己れの保身に過ぎないことだと、砂場のダム以後の教訓となっています。
才能を見い出すのも、大人の役目。内容が昨日のプロフェッショナルと被りますが、まさにその通りだと思います。子供は、自然の在り方から学ばせてもらえばいいと思っています。基本的なルールは、小さな頃からの(過剰でない・根拠の伴う)親からの刷り込みで充分な気がします。
土地は、元々地球のもの。ホントにそうですね。
その与えられた状況を楽しんだもの勝ちだと思います(笑)
今日も、ありがとうございました。

投稿: ゆみっち | 2009/04/01 8:38:57

おはようございます。
はじめてメールさせていただきます。
茂木さんと同い年で、茂木さんの大ファンの齋藤美幸と申します。
日本語教師をしています。
いつもブログを楽しく読ませていただいています。

「秘密基地」! なんとも懐かしい響きです。
うちの子供も近所の公園の隅に友達と「秘密基地」をつくって遊んでいます。子供からその話しを聞いたときに、ほっとしたことを思い出しました。子供達ののびようとするパワーをつぶさないようにしたいと思いました。空間的にも時間的にも。

投稿: 齋藤 美幸 | 2009/04/01 8:37:02

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