« そういう場を | トップページ | ザルツブルク »

2009/04/12

愚考の羽

昨年亡くなったさだえおばさんの
一周忌の法要があった。

墓前にて、線香を捧げ、頭を垂れる。

よく晴れた一日。初夏のように暑い。

霊園を歩いていると、あちらこちらに
見える桜の木。

花びらが散った後の、ピンクが濃い赤となり。

近くの飲食店で会食。

久しぶりに父母、それにおじさんと
談笑する。

酔っぱらって電車に乗る。

隣りの人を見ると、日本は侵略国家では
ないという本を読んでいる。

表紙に図書館の印あり。

外からの日差しが温かい。

父母おじさんに「それじゃあ」と言って
別れる。

どうもクシャミが出る。
何かに当たったのかしら。

少し仮眠を取ろうと、横になる。

そうしたら、昔のことがいろいろと
思い出された。

さだえおばさんご夫妻、それにいとこの
二人と山に登ったこと。

さだえおばさんの家に二段ベッドが
あったこと。

飯盛山に登ったこと。

さまざまなできごとが早回しの
奔流となって意識の中にあふれる。

極彩色の万物。
私はちっぽけな存在としてその中に
いる。

時の流れは、抗することができない。

とっぷりと日が暮れてから、外を
歩く。

時間の流れというものは、止められない
ものかな、と思った。

私たちは最初からいろいろ諦めている
ことがある。

与件の中でなんとかやりくりしようという
奴隷根性。

花が咲き、やがて散り、無へと帰して
やがて還る。

時が過ぎゆくことを、どうにかできない
ものかな。

それから、意識はこの世の外のどこかに
移民できないものか。

仕事がたくさんあって、愚考の
羽はみじかい。

さだえおばさんの墓前には、
きれいな花があった。

4月 12, 2009 at 04:12 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 愚考の羽:

» etude55 トラックバック 御林守河村家を守る会
私ゴンチャローフは、 日本の対応の緩慢さに業をにやして、 いったん上海にもどりましたが、 ひと月半ほどしてふたたび長崎に帰ってまいりました。 [続きを読む]

受信: 2009/04/12 7:45:36

» 解脱 トラックバック POPO
人間は誕生し やがて死ぬ 肉体は消滅し大気や土に還る 魂は思い残したことがあるか [続きを読む]

受信: 2009/04/12 16:12:33

» [Practice]良い習慣は、良い生活を トラックバック 有限(言)生活 [ugen27の日記]
■シュウカンッテダイジヤネ。 (大隈庭園にて。真ん中の赤いのはなんだろね) ■先日、いつものようにいつもの書店でいつもの本巡りをしていた。  その中でとてもいい本に巡り会うことができ、数分立ち読みをして  購入することを決意。  久しぶりの良本である。 コンサ... [続きを読む]

受信: 2009/04/12 22:14:03

» 『むらからの発信』 トラックバック 御林守河村家を守る会
ナギナタガヤが、穂をつけました。 [続きを読む]

受信: 2009/04/13 8:05:03

コメント

さらに、
補足させていただいていいでしょうか?

つまり
科学の見地から見ると
脳に“空観”という回路を作る事によって
感覚・知覚・判断力が増大する
という事になると思います
(ああ、メタメタだ)

もっとも
そんな人は滅多にいないし
名乗らない

証明しようがないし
研究しようがないでしょうが…

投稿: K | 2009/04/15 9:27:48

みなさまのコメントを読んでいると、
あまりに場違いで恐縮なのですが…

先のコメントに補足させていただきたく。
つまり、“まったき空にこころの本質だけがある”
という事について。

仏教的な修業が進むと、
無明(誤った認識)が拭い去られ、
煩悩が除去されていくそうです。

最終的には、“無学位”という段階に達し、
法性(こころの本質)そのものである体(法身・法性身)を
得る事になります。

これは、色も形もない真実のからだであり、
ブッダと呼ばれる悟者の本体だそうです。

ここに至ると、感覚は距離も空間も超え、
知覚は正確になり、
“無分別智(なにものにもとらわれない智恵)”を持つことになるのだとか。
(やっぱりニュータイプ…?)

必要なのは、まず菩提心を持つこと。
そして空観(現象に実体がないこと)の瞑想・体得。
そして、様々な、実際に応じた対処法。

わたしもまだ全然勉強が足りないのですが…
ここまで主に、
ダライ・ラマ著『至高なる道』参照です。

また、“空”は、日本では、
何もないという意味の“無”“無常”と
とらえられる事が多いのですが、
密教ではそうではなく
活気に満ちた光明そのものだそうです。
(講談社+α文庫“チベットの死者の書”)
つまり“エーテル”?

投稿: K | 2009/04/14 18:26:13

Guter Morgen Mr. Mogi ♪

桜の花がピンクから濃い赤に,,なんやか素敵でございます。

久しぶりにお父様やお母様と会われたのですね。(*´ー`*)

愚行の羽ですかあ。。


せめて意識だけでも自由に羽ばたいて飛んでいきたいなあ。


ゴッホの星月夜の中に。


先生、本日こちらは酷い雨でございます。オーストリアはどうですか。


それでは本日も先生にとって、ステキ~な旅の1日となりますように。(*^o^)//"""""""★彡★彡★彡★彡★彡

投稿: wahine | 2009/04/14 12:58:17

茂木さんへ
 はじめまして。
 書籍で、朝にブログを書いている、とあったので読むようになりました。

 「日本は侵略国家ではないという本」
 隣の人の本は気になりますね。
 公立の図書館にこういう本が置いてあるのは、どうなんだろう?と思いました。政府見解とも異なりますね。

 追伸 テレビ番組の「あいのり恋愛講座」は興味深くて、楽しみでした。見られなくなって残念です。

投稿: 本多信弘 | 2009/04/13 20:58:38

私事でありますが、昨日、自宅にて43回忌の法要が行われまして、私が生まれる前の故人に対して馳せる想いが今一つ掴めないでいたことを思い出しました。
言葉にすれば、それだけのこと。
でも、私には大きな壁が立ちはだかち、周りとは違う空気の流れに、戸惑いました。そんな悶々とした気持ちを覆い隠すように、私の口は大いに動き、周囲を笑わせ続けました。
例え、同じような風景を経験したとしても、誰ひとり完全に重なることはない。
そんなことを考えつつ、一日を忙しく過ごしました。
一個人の想いの深さを押し量ることなど、容易なことではない。
決して個人の思い出には、届かないんだから。
先生の文章を読み、
もしかすると、分かったような気持ちになり、知らぬ間にヒトの心を傷付けてしまっているのかもしれないと、私自身、自省するきっかけを頂きました。
先生には、先生だけの風景がある。
気持ちがある。
あるがままに生きるのは、いろんな意味で難しい。
誰しもが、前に進めとせかされ生きることを言われ生きるのが現状。
まるで、今のままでいてはいけないかのように。
既に、どれが正解・不正解とかの問題ではなくて。
我が問の答えは、とっくに我が胸の中にあるのかもしれないのかもしれません。
今日もありがとうございました。

投稿: ゆみっち | 2009/04/13 9:42:52

茂木先生

人は時間が止まらないのを知っているから生きていけるのかしら…
毎年見せていただく桜、年々 美しく、切なく 感じるのは
この世が永遠でないからなのでしょうね
今日も何かを感じで
まだわからぬ何かに向かって生きていこう …

桜も散り、生駒山の木々は芽吹き最高にエネルギー感じる季節です
身体全体で感じる幸せ
今、生きてるんですね

茂木先生
お体大切になさってください

投稿: たかこ | 2009/04/13 9:27:02

            意識の移民

 
   挙句の果てより  更にその先   ワープして

   行きたい場所へ 届くシステム  いつの時代も未確認

   アインシュタイン エーテル全否定の罪  今 解除

   春眠の暁   チュンチュン ホーホケキョ  愚考の囀り

              わが世の春  aha! haha

投稿: 一光  | 2009/04/13 7:02:28

茂木健一郎さま

おはようございます

6時頃、目が覚めて
二度寝して今
びっくり
と、言うのは
微妙な6時頃に目が覚めたら、なかなか寝付けなく、でも
あれ?と
なんだか嬉しいです
二度寝できたことに

起きます。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/04/13 7:01:31

じんわりと心にしみてきました。
つい昨日の様に感じる記憶の全てが、もう去ってしまい…いつか消えていく。その無常さ。
わかっているつもりでも抗う本能。
でも…。
昨年父を亡くしたので、切実に胸に迫る内容でした。

投稿: 土屋圭子 | 2009/04/13 5:54:05

経緯
織りの話ですが、
経糸(たていと)は一度掛けたら変えることのできない糸です。
人に例えるなら国籍、性別、生きる時代でしょうか。
緯糸(よこいと)は自分の選択で入れていく糸です。
誰に会い、何を選び、どう動くか、でしょうか。
選んだ緯糸の太さ、色、打ち込みの強弱で
同じ経糸でも、全く違う印象の布になります。

変えることのできないものはあります。
自分の意志で変えていけるものもあります。
一越一越の一本の細い緯糸が、経糸と絡み合い一枚の布になる時、
自分以上のものはできあがらないという当たり前のことに気づきます。
常にチョイスの連続ですね。

投稿: 象の夢 | 2009/04/12 23:03:34

茂木健一郎様。例えば寝ている間と死んでいる状態とは何が違うのでしょうかとふと…

投稿: のじゅく | 2009/04/12 22:38:14

もちろん、
時の流れをとめることはできないと
思います。

でも、茂木さんの仰っているのは、
時の流れを止めることができればなぁ、
という事ですよね?

それが、運命にあらがいたいという気持ちなんでしょうか? 
神にあらがう自由意志、という事ですか?

わたしはそういう事を考えたことがないので…

花は散るからこそ美しいので。
季節はうつりかわるからこそ愛おしいので。
ありきたりでしょうか?

日本的な惜しむ気持ち、もののあわれを
表現していらっしゃるだけなのでしょうか?


もしも“この世”というのが、
仏教的な“人間界(人間道)”ということであれば
ここから出るには
お釈迦さまのように成道するか、
死んでしまうしかないと思います。

もしもそれが
“この物質の世界”という事なら
そもそもそれは存在しない(空)と思います。

科学者の方には、
非科学的な妄想に過ぎないでしょうが
物質も、肉体も、空であり
意識は脳内にあるものではなく
最初から、まったき空に、
こころ(意識)の本質だけがあるんだと思います。

あら、それじゃ“ニュータイプ”だ。

イヤ、茂木さんはガンダム世代じゃありませんよね(笑)

また却下でしょうね…
載せるのはムリでしょうけど。
茂木先生も読んでらっしゃらないのだったら、
残念です。

投稿: K | 2009/04/12 22:14:49

綺麗なお花が供えられていたって事は…さだえおばさん。亡くなってからも、おばさまを愛しむ方がいらっしゃるという事ですね(^^)
素敵です。

茂木さん。久しぶりのお母さまやお父さま、おじさま達との時間は、お仕事モードではないゆったりとした気持ちになれたのでは…?と、私は勝手に想像しています(o^∀^o)

くしゃみ…大丈夫ですか?もしかして、花粉症かしら?私は、結構前から花粉症です(><)
最悪な時は、寝ていても鼻がつまって起きたり、目を擦りすぎて、ピリピリしてたり…。
なので、早めに薬を飲んでいます。
茂木さんも早めに対策を(^^)

投稿: 奏。 | 2009/04/12 19:15:48

午後の楽しい散歩から帰りました。

そう、今日はずっと入ってみたいと思っていた、散歩帰り道にある高砂湯(銭湯)につかりました。
目黒の庭園美術館近くにあります。
番台にはおばさんが座っていました。
予定外だったので100円でシャンプーセット&タオルを買いました。
スケスケ硝子で脱衣場、番台から浴場が丸見えです。
4時20分頃で時間が早かったので中には2人おばあちゃんしか居ませんでした。昼間っから湯につかるなんて最高ー!です(♯^^♯)v

すっごく気持ち良かった!
浴場から出て、ふと番台のおじさんと目が合いました。
「ぁれ!??」って驚きましたが、今更あわてても仕方ないので
さっさと服を着ました。
現代においてもその流儀は変わらぬようで…。
いいなと思います。

今日はとても楽しかったです!
こんな風にイキイキしていないと!です!(^^)!

投稿: 光嶋夏輝 | 2009/04/12 19:13:41

>時が過ぎゆくことを、どうにかできない
ものかな。

それから、意識はこの世の外のどこかに
移民できないものか。

仕事がたくさんあって、愚考の
羽はみじかい。

 感傷的で、それを受け入れる事が正しいという人の気持ちも分かる気がしますが、それでも…
 僕も全く同じ気持ちです!少しでも、その愚考にお力添えできるように、精進します。

投稿: cosmosこと岡島義治 | 2009/04/12 18:44:59

茂木さん、こんにちは!

>仕事がたくさんあって、愚考の
 羽はみじかい。

読ませていただきながら、

ぎゅっと
胸が締めつけられました。

ご両親とおじさんと
久しぶりの時間を過ごされて、よかったですね・・・☆


わたし達は、亡くなられてゆく人を通して

「いのち」を知らされて

「わが命」を問うてみる、、、


そんなふうに思ったりします。


瞬きをした次の瞬間=
命を終えつつあって、自身の人生を振り返っている瞬間

かもしれない・・・と考えてみたり。


それほどに、時が過ぎるのは早いですね。


けれど、時が過ぎるのが早いことに
気づかされているのと

そうじゃないのとでは


180度違う人生であると、わたしは思います。


いまこの瞬間を、もらって生きている「いのち」であると

知らされているか、否かです。

投稿: 月のひかり | 2009/04/12 17:09:43

小さな僕の周りには 大きな大人が居て
その頃の僕は きっと みんなの真ん中で 大きな欠伸をして
ゆらゆらと 時の中を 眠っていたんだろう
極彩色のベットに 春色と夏色の羽が生えて
大きな羽は 次の季節と 次の空間へ 小さな僕を 運んでくれてたんだろう
やがて 少し大きくなった僕には 秋と冬の歌が聞こえて
今度は 僕自身の翼で それらを見るために 羽ばたいていくんだろう

大人になった僕は 我が子を抱えて 眠っている
この子の 汗でくしゃくしゃになった前髪を 何度か掻き揚げてやりながら

あの頃の大人たちの気持ちを 推しかかるんだろう

そして 「お蔭さまで、」と 思うんだろう

投稿: no name | 2009/04/12 15:52:11

おはようございます!

たまにはノスタルジックに陽の光に透かして見る事
いいですね。

今日はすべき事 全部やってます!
しかもやりたい事をこのあとの時間にします!
すごく楽しい気分です。
天気もいい!
単純ですね~✿

『感動する脳』今P.255です。
昨日は本を読んで幸福な気持ちいっぱいで眠りました。

では、今日も✧キラキラ✧♫茂木さん✧みんなで
在れます様に!!!!

投稿: 光嶋夏輝 | 2009/04/12 12:20:33

投稿2度目で失礼します。

粋でいなせな江戸っ子たちが闊歩していた時代も、自由、平等、博愛の三色旗がはためく革命の時代も、あまたの科学者たちが生まれた「産業革命」の時代も、日本が侵略国家として、歴史に黒い汚点を残した時代も、みんな遠くに過ぎ去って、今はそれぞれの歴史に、それぞれの世代の生きている頭に、残像のように残っている。記録として、記憶として。

亡くなった人の姿や声は、残像として残された者たちの中に残っていく、そして何時までも、そのままの姿で、生き続けていく…。

さて私も時折、昔の面影が残る商店街に足を踏み入れることがアリマス。三軒茶屋の三角地帯がそれで、恰も時の流れの中で、ポツンと遺跡のように残された、それらの商店街。戦後すぐに復興し、様々な商店が並び立ち、何時しか復興のシンボルのように言われたと聞いている。

あそこに行くと、ある時代の雰囲気が、強く濃厚に漂っていて、時を遡った気分になれる。

でも、その商店街に流れた時間も、砂時計の砂のように、捕まえることはできず、容赦なく流れていったことは否定できず、何時しか古色蒼然となった街並みが、それを見事に証明している。

残って欲しいと思いつつ、ひょっとしたら10年、20年経ったら、もうあの商店街は、なくなってしまうかもしれない…。

そんな後ろ髪を引っ張られるような思いに駆られる、とともに、時間というものの、情け容赦のなさと残酷さを思う。

駄文にて失礼致します。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/04/12 11:33:24

「疎開」

『それから、意識はこの世の外のどこかに
 移民できないものか。』

最近、自分はやりたいことをしてない、と気づいて
お勤めを逆転して週休5日にしてしまいました。
創作三昧になったわけですが
それもこの世にしっかと根を張るというより
疎開するため、みたいなヘンな努力です。
いい作品というのはジャンルを問わず
しっかり疎開していますね。
地球と共に滅びてしまうから
『この世の外のどこかに移民』
とはいきませんが
その心地よさに追随したいと思います。

投稿: 島唄子 | 2009/04/12 10:58:42

茂木さまへ

意識は眠っている間

この世ではない世界に
人間はみな移っているのでは
ないでしょうか

眠っている、夢と思える世界

実は、この世とは、まったく違う
宇宙へ

投稿: ヒロ | 2009/04/12 10:31:50

はじめまして

法事などに行くと、お坊さんから色々なお話しを聞きます。
二十歳位の時、「因果因果応報」という言葉を聞き、生涯忘れてはいけない言葉の一つになりました。

まだらボケになった祖母が亡くなる前、一週間だけの介護に付きましたが…その時の事はいつまでも思い出されます。

人が亡くなるという事、最後をどんな風に迎えるべきが、今の生き方につながりますね!

投稿: 永沢幸子 | 2009/04/12 10:20:39

茂木健一郎さま

おはようございます

ふと、図書館の印
大きくではなく小さい印を想像します

酔ってと申されても

全くもって記憶においても曖昧で洞察は皆無の不可能なイメージではなく
恰好の良い

酔って電車に乗り
日本の以前の事柄に関しての書籍に図書館の印を見る

そして

飯盛山と聞きますと

私の連想は
函館に参るゴールデンウイークを前にしているからでしよう
日本には多くの飯盛山があるかと、しかし
イメージしますのは
白虎隊
そして白虎隊と同じ志士でした土方歳三隊士

茂木健一郎さま
函館で抵抗し散った土方歳三隊士 その函館で同じく抵抗された指導者が明治政府に入閣されてますよね
そういう方向性は後に変わったとは思えません
つまり土方歳三隊士の
武士道とは異なる想いで函館で戦った方もいたことは、それも本質の部分と。

どんな想いで土方歳三隊士が函館にと思いを巡らせ、それは北海道で抵抗したことを足がかりに
明治政府に入閣をなどとは無縁の土方歳三隊士に私は、かなり共感しています

私は、お魚釣りで函館に小さい動機で函館に

五稜郭にも参ります

井小絵さんの見立てでは桜が満開の五稜郭
その時期にの今回

基本的に観光客です私。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/04/12 9:57:45

おはよう御座います。

この間まで豪奢に桜が咲いていた道も、公園も、花が散ってカワリに新しい緑が眼に入るようになってきた。

時の流れというのは、無常で、残酷、そして非情ともいえる。

新緑のように若々しい青年も、時間の激流に現われていけば、枯れ木のような老年となってしまう。

とどめようとしても、とどめることなど出来ない代物ですね。

とどめられない時は、絶対的な支配者そのものだ。万物はその時が流れ動くにしたがって、変わり、動き、消え、そして新たに生まれていく。

二親も、親戚も、友も、周りの知り合いも、時の支配のもとに、年をとり、自分の目の前から消えていく。

ここにある自己自身も、時間が経てば、地上から消え行く運命にある。

万物とともに、時の流れには抗い難い、芥子粒のような、砂粒のような、もっと言えば素粒子の一粒のような、ちっぽけな存在の私達。

それでも、さまざまなことを思い浮かべ、考えられることが、時の流れにしたがって進化した過程で得られた、私達にとってのひとつの「恩恵」だ。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/04/12 9:24:40

気づいたことは幸せか否か?花は咲いて散っていく。事実の中に、其のせつなに何かを求めたとき、跳躍のきっかけをつかみかけたりしているのではないだろうか?約20年ほど前、入隊当時、生まれて初めて実弾射撃を待つ列の中で、轟音の中、隣のやつに「なあ、お前の見ている芝生の緑と俺のは一緒かな?」と問いかけて、シチュエーションもあり、不気味がれれたことを思い出した。自分でもなぜそんなことを思ったのか、わざわざ口にしたのかわからない。しかし、其のとき、掴みかけた尻尾を無駄にしてしまったような気が今はしています。思い上がりでしょうけどね。あんな「何か」とまた巡り合えたらいいな。

投稿: HIRO | 2009/04/12 8:58:11

墓前に行くと、なんだか心が引き締まるような感じがします。

投稿: マイワン | 2009/04/12 7:37:38

           春眠・仮眠      

抜きん出た人に 与えられる
              時間  過不足は無いと思う

      満ちる為の時  密も 疎も   心がけて休息 ・。


      きっと     季節は味方  時節も味方 

              今日もお元気で !   愚考翔ぶ
  
           

投稿: 一光  | 2009/04/12 7:23:01

茂木健一郎様

先日から、何度か繰り返して『東京物語』を
見ていました。
昭和の風景、人々の機微、せつないことばかり。
けれど、なぜだか、だから生きるエネルギーが
わくのです。
初めて茂木さんの講演会に行かせていただいた
日のこと、あまりに激しく元気をわけていただいて
日記を新調しました。その時の感情を大事にしています。
生きることをとてもとても強く意識できます。
茂木さんの温かさ、人を生かし繋げて行かれる姿に
感銘を受け続けています。
茂木さんのご活躍は大きな羽を持たれています。


投稿: Yoshiko.T | 2009/04/12 7:07:34

親愛なる茂木先生、
おはよーございます(・ω・)/
昨晩は横浜みなとみらいホールに、エフゲニーキーシンのピアノを聴いてきました!
(ノ^^)八(^^ )ノ曲目はプロコフィエフとショパンのエチュード集からでした。
鍵盤がよく見える席でしたが、
昨晩確かに「神」がキーシンに降臨したと思います。まさに「神の手」なのでした。
天才は実在するのですね~(-o-;)キーシンが演奏している時は真空状態に会場がすっぽりと包まれて、時間の流れが一時的に止まる感じがいたします。
マイナーなプロコフィエフをワールドツアーの曲目に選択する所にキーシンの「制限の中の自由」を感じました。
キーシンは茂木さんのお好きな「月光」やシューベルトのピアノソナタ21番も録音しているので、ぜし聴いていただきたいデス(><;)
(ちなみに4月19日から26日までサントリーホールでもコンサートがあります~)
好きか嫌いかそれだけでいいって、本当ですね♪
茂木さんの「私塾」楽しそうです!吉田松陰先生みたいデス!
私も「塾生」になりたいなぁ…
o(^-^)o
猫デスけど…

投稿: 眠り猫2 | 2009/04/12 5:54:50

コメントを書く