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2009/04/23

寂しさからfreedomへ

 以前読んだ加藤典洋さんの文章に、
漱石の初期の小説を論じたものがある。

 『吾輩は猫である』や『三四郎』は、
つまりは恋愛における三角関係を描いている
のであるが、主な登場人物は実は
中心から外れているのであって、
三角関係の中心は別の人たちの間で
演じられている。

 野々宮君と、美禰子と、
美禰子が最後に結婚した三四郎が見知らぬ男の
間に、真の三角関係は成立していたのだ。

 三四郎は、それに気付かずに、
ひとり悶々としていた。

 東京の街を歩きながら、同じような
寂しさを感じた。

 「ジャパン・クール」などという
言葉が流行し、そのポップカルチャー
発信地としての力には注目されながらも、
 学問や人類を動かす哲学、思想においては
未だかつて世界の中心地に
なったことがない極東の首都。

 いろいろと思い悩みながらも、
気付いてみると、世界の趨勢は自分たちとは
全く関係のない場所で動いていた。

寂しい。

 そんな感慨を日本人は一度持つべきなのでは
ないか。
 そうでないと、いろいろなことが
変わらない気がする。

2009年の日本の経済成長率の
予想は、主要先進国中最悪のマイナスである。

 講談社への道を歩いていると、
「筑波大学附属視覚特別支援学校」
の校舎があった。

 以前は、確か、筑波大学附属盲学校と
いう名前だったはず。

 特別の感慨を覚えたのは、
高校の時にこの学校の生徒たちと話すきっかけが
あったからである。

 世田谷区下馬の東京学芸大学附属高校の
校舎に、ある時彼らはやってきた。

 私たちは、確か、クラス毎に分かれて、
一時間くらい談笑した。

 とても頭の良い人たちで、
「聞く」ということの歓びを語って
いたのをよく覚えている。

 最初は緊張したけれども、時が経つに
つれて、自分たちと同じ高校生と話しているという
気分になって、打ち解けて、大いに笑った。

 特に、眼鏡をかけていた男の子が
印象に残っている。
 彼は、今何をしているのだろう。

 また会って、話してみたいな。
 
 このところ、必要があって
freedomに関するマテリアルを
読んでいる。

寂しさからfreedomへ。

 インターネットの上にはたくさんの
テクストがあって、私はその間を
泳ぐ小さなサンゴの魚となる。

4月 23, 2009 at 07:35 午前 |

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コメント

世界の趨勢に関わるには、日本の人間観、生命観は
かけ離れ過ぎていて、ちょっと違和感ありますね。

例えば「数え年」の概念について。

お腹にいるときから、この世の命という生命観は
目に見えないものを大切にする素晴らしい概念だと思うのです。

赤ちゃんがお腹にやってきたのは、生まれたときから多分
十月十日(とつきとおか)前のある瞬間。
それは、誰にも解らない、だけど必ず存在するその瞬間。
それが命の誕生日。
だから、生まれたときに、すでに1歳。
そして命の誕生日は誰にも解らないからこそ、
お正月にみんなで一緒に年を取ってお祝いしましょ!

って、すごくワクワクする考えかただと思います。

だけど、世界の趨勢にとって、そんな考え方
きっと想定外なんだろうなぁ~

茂木さんから、世界の趨勢の中心にいる人に
日本の数え年の概念、伝えて貰えませんか?
そして、その反応をこのブログで発信して下さい。

その時が来るのを楽しみにしています。

投稿: ecocyan | 2009/04/26 21:51:28

茂木健一郎様へ

freedomと言う言葉に出会って
freedomの音律が

心の中で
四重奏に響いています。

人生の選択は
十人十色です。

茂木さまのたしかなる一歩に
幸多き事をお祈りいたしております。

投稿: ヒロ | 2009/04/25 10:18:40

茂木先生おはようございます♪


寂しさからfreedom、私なんやかすきとおるような透明感を覚えました。


今朝は少し肌寒い朝なのですが、 職場では変わらず鶯の声がします。けれども、まだ一度もその姿を見たことがないのですよ、先生。

私の中でどんどんイメージだけが膨らんでおります。☆☆☆


先生は小さなサンゴの魚、自由に泳ぎまわり。色はきっとあんないろで、ちょっとぷっくりで(へへ)、きっとあんな感じかしらとイメージしております。(*´∀`*)ノシ


眼鏡の男の子は先生をどのように描いていたのでしょう。

それでは先生、本日もお身体には気いつけて、お仕事頑張って下さいませね。ヽ(*⌒∀⌒*)ノ★彡★彡★彡★彡★彡★彡★彡

投稿: wahine | 2009/04/24 7:50:55

どきんとした。

投稿: くりおね | 2009/04/24 7:14:06

 哲学。
 短大時代の一般教養で必修科目だったので、4年制の学部の先生が大教室で一斉講義をして下さった記憶が甦ります。数年前に話題になった本「ソフィーの世界」を読破できずに、途中で読みかけになっていることも、思い出しました。
 学問、哲学、思想。スケールの大きな発見とか変化の交流が日本の外で行われていて、東京がその中心地になったことがない寂しさ。アニメも漫画もゲームも日本製は素晴らしくて人気がありますが、それだけでなくて、茂木先生が志されているような、日本に居ながら世界と戦う(日本が誇る日本独自だけど世界に繋がるオリジナルの)学問研究が、もっと多様にもっと盛んに発信されて欲しいですね。日本も凄いぞと、日本で変化交流したいなと、世界の人たちが思ってくれるような。


 (当時)筑波大学附属盲学校。
 従弟の中学時代の大切な友人が、(当時町立)中学在学中に弱視から全盲になって後に、進学された学校です。
 パラリンピック水泳(初出場された当時、練習時にターンの壁面への激突事故防止のため、「残り何メートル」かをプールサイドで知らせる役を従弟はしたそうで、練習の熱意が凄かったそうです)、凄い努力をされて、大会も連続出場でメダルを連続獲得されました。
 母校の中学教諭として赴任されてからも、録音した「声」を聴いて、クラス全員の名前と特長を覚えて、教科書の点訳サポートも受けながら、苦悩の末に、凄い努力で信頼の絆を築いた姿は、映画にもなりました。そのことを思い出しました。

 NHK生活人新書『プロフェッショナルたちの脳活用法』と、『人は死ぬから生きられる』を申し込みました。届いて拝読するのが楽しみです。良い本をご教示くださり、ありがとうございます。


 

 

投稿: 発展途上人 | 2009/04/23 23:26:41

寂しさから解き放たれる。
繋がりを感じられるって、幸せだし素敵ですよね。

投稿: 奏。 | 2009/04/23 22:18:12

“寂しい”という茂木さんの思いは、自分も似たような思いを抱いているからわかる気がする。

本当に、学問、人間や社会を転換しうるほどの哲学・思想の「中心地」にこの首都がなれずにいるのは、何故なのだろう。

ひとつ考えられることは、今の日本人が本気で学問する・哲学することを避け、ただ「サブカル」の“興隆”に眼を向け過ぎていることなのではないか。

本気で総合的・本質的なことがらを学び、自らの足下から、人類を、また世界を変えうるだけの、力ある生命哲学を見出そうとしていないからなのだろう。

「サブカル=クールジャパン」の「聖地」にはなれても、人類ひとりひとりを変革する、力ある生命哲学を、己の足下から見出そうとしない限り、我々は自ら一人一人を変え、寄って立つ社会すら変えることは出来ないだろう。

昨日、軍艦島が観光客に公開されたとのニュースを見た。

画面を見ていると、私には、あのボロボロの廃墟と成り果てた姿が、この島国の首都の「歩んではならない未来の姿」に見えてきてしまった。

クールジャパン、などと言われて、我々は浮かれている場合ではないと、心の底から本気で思う。

この国全体が軍艦島になり、世界から取り残されない為にも、本気で(文系理系の立て分けを取り外し)真に総合的な学問をし、自らの足下から、人間を、世界を変えうるだけの生命哲学を見出すことを志していくなら、「歩むべき未来」を歩むことが出来るだろう。

そして、真の自由(Freedom)をもつかむことが出来るだろう。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/04/23 19:48:36

茂木さん、こんにちは。

茂木さんが伝えたいことを120%わかってくださる方が現れる事を願ってやみません。

投稿: おちょん | 2009/04/23 18:38:46

茂木先生、本日のブログを読んで思い出したことがあります。
二十歳くらいの時京都に初めて一人旅に行きました。
京都駅の地下だったかな、どこかへ多分大徳寺へ行こうとバスを待っていました。
その時50歳くらいの上品なご婦人が
「どなたか~行きのバスが来たら教えて下さいませんか?私は目が不自由なのです」と澄んだ声で仰ったのです。私が声をかけるより先に、一見強面のお兄さんが「奥さん、こっちやで!このバスや」と案内していました。
私も同じバスだったので、お二人の後から乗り二人の前に座りました。
「ありがとう。あなたはお優しい方ね」とその女性が強面のお兄さんに優しく話しかけていました。
「私は途中から目が見えなくなったんだけど、それからね、本当の人の心が分かるようになったんですよ」

私はその女性のその言葉を聴いた時、神さまの声が不意にふってきたような不思議な気持ちになりました。
その方の柔和な気高さや優しさ。忘れられません。。。

投稿: 眠り猫2 | 2009/04/23 18:04:14

茂木先生、こんにちは。

>このところ、必要があって
>freedomに関するマテリアルを
>読んでいる。

数ヶ月前の「クオリア日記」で
「論文を出すことが、学問の自由を担保する」とお書きになられていたのを
ふと思い出しました。
私は研究者ではありませんが、
普遍的に通用する仕事の実績のみが
自由を担保してくれるにちがいないと
最近とくに痛感します。

freedomについての研究は、
どこで発表されるのでしょうか?
楽しみにしております。

投稿: 川崎優子 | 2009/04/23 17:49:24

「いろいろと思い悩みながらも、気付いてみると、世界の趨勢は自分たちとは全く関係のない場所で動いていた。寂しい。そんな感慨を日本人はいちど持つべきなのではないか。そうでないと、いろいろなことが変わらない気がする」

日常にはチャーミングな輝きがちりばめられていますが、
日本、ということを考えるとやはり閉塞感に見舞われます。
政治も、社会も、職場も、学校も、家庭も
「人間的な、あまりに人間的な」な縛りにがんじがらめになり、
みずから輝きを消してしまっているような気がします。
freedom はそういう状態からの突破口として
わたしたちに新しい考えや行いを試させる
やむにやまれぬ魅力、として立ち顕れてくるのかもしれません。

7月の新国の小劇場のマチネーに行く予定です。
友人(演出担当)がつかまればビッフェでカンパイ。
茂木さんは行かれる予定はないのかな~
チラ見だけでも 

 

投稿: 島唄子 | 2009/04/23 17:38:59

 文章を読んでるうちに心が洗われました。電車に乗っていて、久しぶりに熟睡できました! ありがとうございます! 失礼します!

投稿: 蔵人 | 2009/04/23 15:12:36

茂木さん、おはようございます!

孤独、自由、ぬくもり、窮屈。
相反するようなものも、ぜんぶ繋がっていて

これから茂木さんが、何かを次々と
発信される前兆だと思います・・・☆

楽しみにしています!!

投稿: 月のひかり | 2009/04/23 8:50:00

周囲の大人の世俗に依存する態度に、初心を潰され、刹那的な生き方を選択せざるを得なくなってしまった子供達が今は多すぎる。
時間を掛けることの意味をかつての日本人は、日常生活から学んでいたはずだった。しかし、利便性を追及した結果、右から左へ、簡単にシフトしてしまう性質を持った民族に変貌を遂げてしまった。
ポップカルチャーからは、ある程度の齢を過ぎれば卒業しなければならないにも関わらず、居心地の良さからいつまで経っても離れることが出来ない人間が増えすぎているのでないのでしょうか。要するに『未熟』な心で大人の年齢になってしまったというか。
幼い頃から大人と呼ばれる人間に、掛けられるべき言葉のシャワーを浴びることもなく体だけは成長し、精神の鍛練のないまま、確固たる哲学に辿り着くことなく、日本人自体が目標もなく、漂流している印象が拭えないです。
分かりやすいものだけで、生活を構築しているだけでは、隣にいる人間の心さえも理解出来なくなるのも当然なこととも思えます。
ぐっと堪えるチカラを喪失してしまった大人が増えてしまったことに、私は寂しさを感じます。
このような精神論は『宗教』でもなんでもない。突き詰めるとカタチが似てくるだけで、それをひとくくりに見てしまう人間が何故こうも増えたのか。
freedomとは、自ら勝ち獲るもの。ヒトから与えられるものではない。
そんなことを考えた朝となりました。
ありがとうございました。

投稿: ゆみっち | 2009/04/23 8:49:40

茂木さん、昨日も今日のように晴れていましたけど、
日本の未来を真剣に見ると幸せな気分にばかりにはなっていられないのですね(;~;)
思想・哲学においては、上級生の仲間に入れてもらっている下級生みたいな、線を引かれてしまっている状況なのですか。

世界は何を見、日本は何が見えて無いのでしょう。
もっとも、自分が世界人となるにはまだ意識が足りない気がします。

一期一会
もしも また会えるなら、大変素晴らしい出来事です!

茂木さんは スイミーSwimmy >゜))))彡 〰なんですね。

投稿: 光嶋夏輝 | 2009/04/23 8:39:27

茂木健一郎様

おはようございます。
音楽の捧げものの帯のお写真は、
彷彿とさせるお人がありますね。
茂木さんのクオリア日記を読ませていただくと、
瑞々しい気持ちにさせていただけるので大好き
です。
そんな気持ちの頃を思い出して日々をおくって
いこうと思います。ありがとうございます。


投稿: Yoshiko.T | 2009/04/23 8:00:54

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