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2009/03/31

文明の星時間 もの言わぬものたち

サンデー毎日連載
茂木健一郎 歴史エッセイ
『文明の星時間』 第58回 もの言わぬものたち

サンデー毎日 2009年4月12日号

http://mainichi.jp/enta/book/sunday/ 

抜粋

 そもそも、歴史とは何なのだろう。それは、後世に名前を残す武将や政治家、実業家、文化人だけによって作られるものだろうか? 社会や国を揺るがす革命や戦争などの大事件によってのみ記憶されるのだろうか?
 歴史を織りなす本来の素材は、「もの言わぬものたち」にこそあるのではないか。資料に残らないことはもちろん、その存在したことさえが忘れ去られてしまうもの。人知れず生まれ、地上でつかの間の時を過ごし、やがて消えゆくもの。歴史を動かす真のダイナミクスは、そのような「もの言わぬものたち」とともにあるような気がしてならぬ。
 織田信長が比叡山を焼き討ちしたのは1571年9月12日とされる。その結果、子どもを含めた多数の人々が犠牲になった。日本における宗教の原理主義の芽を摘んだとか、京都に上るために必要な処置であったとか、後世さまざまに評価される信長の「蛮行」。その事件の際に命を落とした者たちは、まさに「もの言わぬものたち」であった。
 比叡山が炎上する時にも、空にはトンビが飛んでいたろう。田にはカエルが鳴いていたろう。トンボは舞ったろう。逃げ惑う子どもは、草むらの花を見たろう。そのような「もの言わぬものたち」について考えることは、果たしてセンチメンタリズムであろうか。

全文は「サンデー毎日」でお読みください。

3月 31, 2009 at 06:44 午前 |

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「だ」のつくところ、 どこやと思う? いつもの質問に、答えは分かっているが、 わからないふりをしてみる。 [続きを読む]

受信: 2009/03/31 16:50:41

コメント

サンデー毎日で全文拝読いたしました。
比叡山焼き討ちは信長も追いつめられてたんですよね~
比叡山が浅井朝倉に荷担したために、信長は窮地に立たされ大切な弟や家臣を一揆により失っています。
敵対するならば、たとえ仏教の本山であっても容赦しない……
その信長の焼き討ちによって、小さき命が無数に無残に奪われたことでしょう……
先日上野に阿修羅を拝見にいきましたが、阿修羅は小さき命が無残に奪われる様をずっとずっと見続けて、血の涙を流し続けているかのように見えました。
現在でも戦争は終わっていません。
阿修羅が平和を祈念しているように、小さき命を守りたいと思いました……

投稿: | 2009/04/07 21:49:30

高野山に、明智光秀の墓があるそうです。
なんど補修してもひび割れてしまうその墓の有様を、人々は、信長の呪いだと言ったとか。
“仏法の敵”を名乗った信長。その霊が今も高野山の供養を跳ね退け、呪い続ける…
ふとそんな想像をして、何か慄然たる感じを覚えたことがありました。

明智が和議の根回しをしたところに、端から攻撃を仕掛けていく信長。
和議より戦い。最晩年の信長のやり方には、やはり恐ろしいものを感じます。
比叡山と和議を結ぶことは、できなかったのでしょうか?

命を賭けて唐にわたり、教えをもたらした仏僧たち。民衆を救うために比叡から分かれていった大衆仏教の祖師たち。
その思いの積み重ねは? 歴史は?
小さきものたちと共に焼かれた多くの思い…

ダライ・ラマは今も覇権主義と戦い続けている…

わたしは別に仏教のまわしものではありませんが(笑)

投稿: | 2009/04/01 15:45:26

連載を読ませていただきました。

歴史はこの地上に住める全ての人間たちの営みの痕跡であり、軌跡だということを、つくづく思い知らされる。

その軌跡の本筋を描いてきたものこそが、無数、無名のものいわぬいきもの、そして民衆だったはずだ。

あまたの“歴史の教科書”は、その名を残してきた、言わば「英雄・傑物」たちの「伝記」しか伝えていないように思える。

時代ごとの有名人達の活動の陰に、無名・無数のものいわぬまま消えていったものたちの、喜び、嘆き、悲しみ、怒り、そして生と死が渦巻いてきたのが「歴史」なる現象の真実なのだと思う。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/03/31 21:04:05

こんにちは

私は、この世の出来事はすべてどこかで記憶されていると思っています。まるで、どこかの非営利組織が世界のインタネット上のHPのすべて記録をしているように。

信長は、蛮行を働いたかもしれない、負の影響を与えられた、もの言わぬものから、信長の魂は地獄で焼かれるかもしれない、でも、信長の影響で、秀吉、家康で、日本は平定され、江戸は世界有数の人口を誇った、生の影響を与えられた、もの言わぬものに、信長の魂は救われるかもしれない。

負の影響は歴史に残りやすいが、生の影響は、この世で生きているもののどこかに残っているのではないでしょうか。(^^)

投稿: | 2009/03/31 20:27:23

「シェークスピアと近松」

『比叡山が炎上する時にも、空にはトンビが飛んでいたろう。田にはカエルが鳴いていたろう。トンボは舞ったろう。逃げ惑う子どもは、草むらの花を見たろう。そのような「もの言わぬものたち」について考えることは、果たしてセンチメンタリズムであろうか』

 いっとき、文学座アトリエというところで、台本修行をさせてもらいました。シェークスピアが流行っていて、わたしは近松の人形浄瑠璃のCDを楽屋に響かせ顰蹙を買っていました。その頃、ドラマの主人公が、神から王へ、王から人へと遷り変わっていったことに興味を持っていました。ともに17世紀前後に活躍したシェークスピアと近松ですが、前者がおもに王や貴族を取りあげたのに対して、近松は声高にもの言わぬものたちの嘆きを好んで描きました。わたしは近松は世界のドラマ史において先見性があった、と感じていました。どうして時代を先取することができたのか考えていくうちに、俳諧の影響を感じるようになりました。俳句はすでに人からいきものへの視点を有していました。
 センチメンタリズムではなくもの言わぬものたちのとうとさ、いとしさをつたえるにはどうしたらいいのかしらん。修行はつづきます。

投稿: | 2009/03/31 20:00:43

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