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2009/03/12

文明の星時間 子どもの時間

サンデー毎日連載
茂木健一郎 歴史エッセイ
『文明の星時間』 第55回 子どもの時間

サンデー毎日 2009年3月22日号

http://mainichi.jp/enta/book/sunday/ 

抜粋

 1962年生まれの私。幼き頃は、彼らにそっくりだった。目の前の少年たちと同じように年齢がばらばらの集団をつくって、質素な道具で時を忘れて過ごした。立派なグラウンドやブランドのスポーツ用品など要らなかった。家の近くの空き地で、些細なことを種として血をたぎらせ、工夫し、声を上げ、仲間たちの間合いを測りながら遊び呆けたものである。
 日本は急激に変わってしまった。路上や空き地を賑わせていた子どもたちは、一体どこに行ってしまったのだろう。塾通いをし、外遊びをしなくなり、幼い頃からお受験だ、英才教育だと管理された時間を過ごす日本の子どもたち。
 空き地をククッ、ククッ、ぴぃぴぃぴぃと走り抜けていた鶏とひなたち。路上でサッカーに興じる少年たち。どちらにも通じる弾むような生命の躍動が日本の子どもたちの風景からすっかり失われてしまっていることに改めて気付かされ、愕然とした。バリ島最後の日の夕暮れに、母国の運命を思ったのである。
 子どもの時間は、本来、生の体験に満ちている。子どもたちは、大人たちがその意味を整理し、編集してから与える「人工飼料」だけで育つのではない。
 子どもの時間は、未だ文明化されない、いきいきとした生命の気配に満ちている。それは、空調の利いた部屋の中でコンピュータ・ゲームに興じる時間の中にはない。
ましてや、行儀良くすることなどの中にはない。
 子どもの遊びは、何が起こるかわからないという「偶有性」に満ちている。だからこそ、管理ということに馴染まない。自分たちで工夫して時を過ごすことができる空き地のような空間こそが、子どもたち本来の住処なのである。
 子どもの見る世界は大人たちの縮図である。雑草のような生命力を失った日本。これからどこに行ってしまうのだろうか。大人が変われば子どもも変わる。今からでも遅くない。「子どもの時間」を取り戻そう。


全文は「サンデー毎日」でお読みください。

3月 12, 2009 at 06:56 午前 |

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コメント

なにもかも・・。ここに。ここにこそ根源があると思います。茂木さんのこのメッセージの中の意味こそ深いです。茂木さんがメッセージを発してくださることが大きな意味があるのだと思います。ご存命中だったころの河合さんに発していただきたかった言葉でもあります。大人が変わらなければならないのでしょう。失いつつあるものを早くゆりもどしたい。子どもの時間を取り戻さなくてはなりません。独りひとりがそのために何かに気づかなくてはならないようにおもいます。茂木さんこの「何か」に名詞?動詞?を下さい。

投稿: | 2009/03/17 2:46:07

子供は天からの贈り物で、この濁世に生きる現し身。しっかりとお守りし、後は天におまかせしよう。子の幸せを祈って。

投稿: | 2009/03/13 5:11:39

「そもそも、大人がカッコよければ、子どもはグレねえんだよ!」とは伊坂幸太郎さんの『チルドレン』の言葉でした。映画では、大森南朋さんが、少しはみ出し気味の家裁調査官役を上手く演じていました。(少しはみ出し気味、と書きましたが、あの本気さは、本来、最も大事なことじゃないのか、とも。)

茂木さんが小さいときのことを書かれる文章を読むとき、いつも、懐かしい思いがあふれてきます。と、同時に、過去邂逅のみにとどまらず、「次」への課題をいただいています。

ー大人が変われば子どもも変わる。ーそうだ。「雑草のような生命力」を持って、子どもたちと接していくぞ。まず、自分が「子どもの時間」を取り戻さなきゃいかん。小さいとき、缶蹴りとかしていただろう?森の中に秘密基地とか作っていただろう?あのアジールはどこへ行ってしまったのか?今は、自分も含めてオトナたちがいろんなコードを作ってしまって・・・。

そんなことを思い出すに、親として何にもしてやれなかったような3年間でしたが、明日、上の子が中学校の卒業式を迎えます。


投稿: | 2009/03/13 0:30:34

茂木先生 こんにちは♪
小さな頃は、まだまだ里山風景があり、春夏秋冬、自然の中を走り回っていました。子供の足で20分位歩いた所に、お茶を栽培して売っているお茶屋さんがあり、私はお使いでそこに行くのが大好きでした。そこは不思議に門から一歩入ると空気が変わり、いつも清々しいサッパリとした柔らかさに包まれていました。「お茶ください!」と言うと、奥から優しそうなお爺さんとお婆さんが、笑顔で出て来てくれて、お茶畑を見たりお菓子をいただいたりと、日常から切り離されたような空間でした。そして裏山の竹林の細い道を下って行くと、清水が白い砂地を持ち上げてこんこんと湧いていて、綺麗に手入れされている竹は、中からかぐや姫が出て来てもおかしくないような、異空間に包まれていました。だいぶ前に優しい人達は亡くなり、お茶畑もかぐや姫の竹林も消えました。でも今でもあの下には清水が湧いていると思っています。私の心の中の清水が永遠に消えないように…♪

投稿: | 2009/03/13 0:18:34

私が子供だったころは野原が多くて、近所の男の子や女の子達と共に飛び回っていた記憶があります。毎日遊び呆けておりましたっけ。野原で秘密基地を作ったり、道路でけんけんぱしたり、鬼ごっこにだるまさんが転んだにゴム遊びにドッチボール。
夕焼け空になるとバイバーイと家に帰って、ちょっと宿題してぐうぐう寝てました。
幸せな子供だったと思います。
今の子も飛び回って遊んでほしいなぁ~
と思うも、今車やら変な人やらが多く、外で遊ばせるのが心配な気持ちも分かります(遊ぶ場所も相手も少ない!)
私の友人は子供ができたら、長野に引っ越しました。子供に外で遊んでほしいからと言ってました。さすが!やるね~っ!っと感動しました。
といっても子供を外で遊ばせるために引っ越せる人は少ないと思うので、都市部ではせめてボーイスカウトに参加させるとかがいいかもしれません~?
子供時代は二度と還らないから、子供時代は子供らしく子供たちで楽しく過ごさせてあげたいものです。

投稿: | 2009/03/12 23:06:16

茂木健一郎様


ヴィラ・プラーナ・サンティを
訪問された日のことですね。

茂木先生
著書、ブログなどから、
子どもたちのために、
ちいさな人間を育てる尊い立場の
親御さんたちのためになること、も、
会う人、会う人に
伝えさせていただいています。

地球の子どもたちがのびのびと育てるように
勇気をもつことを大人のかたたちに
伝えております。

茂木さんのようなお人になられるかたは
特別な人という話題になることも
たびたびです。

茂木さんの存在を
必要としている世界だと思っています。


投稿: Yoshiko.T | 2009/03/12 22:52:08

太陽が降り注ぐ、草花咲く大地の上を、土ぼこりを上げながら、ひたすら元気いっぱいにかけまわって遊ぶ、子供達の笑顔いっぱいあふれる姿…。

そんな姿を、日本の地上から消してしまったのは、管理主義という、一種の“文明病”におかされてしまった、私達大人ひとりひとりなのだ。

日本の子供達…将来をになう若い世代は、年少・年長を問わず、なぜか疲れた顔をしている者が多い。

彼等から弾むような生命の輝きと、生きる希望を何としても引き出して、笑顔溢れる姿を今から取り戻す努力をしないといけないですね。

老若男女を問わず、人間が雑草のような生命力を失った国家・社会の行く先は、このまま、何もしないで放っておけば、如何いう事になるか…。考えるだけでも、恐ろしい。

もうこれ以上、子供達から、雑草のような強い生命力を喪わせてはなるまい。

その為にも、私達自身が、子供をロボット化する『管理者』から、豊かな人間に育てる『揺り篭・安全基地』に変わっていかなくてはなるまい。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/03/12 22:06:14

「大人の記憶のなかの、
やさしい子供の時間が蘇りますように!」

子供たちの時間奪われてますよね。
まったくもってそう思います。

私も茂木先生より10年後の世代ですが、
田舎だったことがよかったのです。

夕方はとくに、弟達と母が夕食を作っている間と
同時進行して、私達は山里育ちなので、
田んぼは段々なんです。

それを何度も何度の飛び降りながら、
何枚も何枚も駆け下りては最下段へ着くと、
折り返して、石垣に足を突っ込んだり、
時にはひょいと田んぼに飛びついては、
上の段によじ登り上までもどる競争を何度したことか。

どうすれば早く飛んだり上ったりできるのか工夫するのも楽しかった。
体を動かすのは言うまでもないが、工夫するところも遊びなのだ。
どの工夫が一番効果的かってあそび。

なぜかそのとき、夕食がてんぷらの日のことをよく覚えている。
それは、上まで上りつくと、
次は、母のあげているてんぷらを横から1つつまんでほおばる。
これがたまらなくおいしい。
その瞬間、世界中で一番おいしいものになる。

これが1つの(無意識な勝利のごほうびだったのだろう、今思うと)
そして、一番上の田んぼま全速力で走り、
田んぼとび駆けごっこをまたはじめる。

こんなことがって不思議がられるかもしれないけど。
腹のそこから、けらけらところげそうになるほど。。。
茂木先生には、このあぞびの楽しさがわかってもらえそうですね、きっと。 

でも、最近私と同じ幼稚園に通っている姪っ子が今では、
怪しい人がでるとかで、車で送り迎えされていることを聞き悲しくなった。
(あの時せめて私がいる間だけでも一緒に歩いて
連れて行ってやったらよかった、彼女もいろんなこと次々工夫できるのだもの)

私の時代は”口裂け女”が出るってうわさはあったけど、
友達で集団下校したもの。(そんなに過保護ではなかった)
(今のほうが危険人物度が高いらしいからしかたないのか?)
下校中、野苺と蛇イチゴを見分けて食べたり、
植物でできるいろんな遊びを友達と教えあった。

登校中ならではのスッポットごとの遊びをたっぷりしながら、
私(子供)たちで気をつけながら、まるで探検隊のように!
 
あんな遊びは車で行く短時間には、
ましてや大人の時間に乗せられたのでは見つからない。
見つかるはずなどないのだから。。。

なんとか、取り戻せるような方向に向かうことを祈る。
活字で学ぶことはそれなりに役立つけど、
あの自由な工夫の時間は本当に大切だと今でも思う。

茂木先生の視線に触れ、
やさしいときを偲べて嬉しいかった。

祈りがかなうように、
親達の心にも
やさしい子供の時間が蘇りますように

投稿: | 2009/03/12 10:12:42

今の子供は、子供らしさがない。
昭和も終わりに生まれた私たちは、まだまだファミコンも初期で、もっている子供なんていなかったから、女の子でも近所の神社で木登りしたり、ザリガニ釣りに励みました。

今の子供は、服を汚すと親にしかられると走らないし、DSや携帯がないと話についていけない。
遊ぶ時間より塾が優先。

これって、大人たちが「自分たちはもっとこうしてればいい人生をおくれていたはずだ」を子供に押し付けている気がします。自分の人生はリセットできないから、子供に自分の理想を押し付ける。

あんなに子供は無から有を作る天才なのに。もっと自由に、おおらかに見守ってほしいと思います。

投稿: | 2009/03/12 9:19:42

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