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2009/03/18

吉田秀和さん

逗子のラ・マーレ・ド・茶屋にて、
吉田秀和さんにお目にかかる。

朝日新聞での「音楽展望」のお仕事は、
もう30年にわたって愛読している。

1913年9月23日生まれの
吉田秀和さん。

最近の『永遠の故郷ー夜』『永遠の故郷ー薄明』
のお仕事も本当に素晴らしく、
そのお仕事とお人柄を敬慕する
気持ちは深い。

大学生の頃、東京文化会館での
オペラや、NHKホールでの
シンフォニーの際、時折
この大文化人の姿をお見かけした。

あの頃、私の心には、吉田秀和さんが
どれほど輝かしい存在として
映っていたことだろう。

圧倒的な学識。そして、繊細な感性。

お目にかかる前から、今日は胸を借りるしか
ないと思っていた。

現在95歳の吉田秀和さんは驚くほど
お元気で、言葉もしっかりしていて、
頭の回転も速く、ウィットにも富み、
そのお姿自体が一つの奇跡としか
思えないほどであった。

伺いたいことはあまりにもありすぎて、
二時間でも全く足りないほど。

文章についておっしゃっていたことが
印象深い。

吉田秀和さんは、音楽を作ったり、
演奏したり、あるいは歌ったりする
ということと、音楽について言葉で表現する
ということを本質的に同じだと
お考えだという。

文章もまた一つの「楽譜」だという
のである。

人は、どのような形而上学を抱くかという
ことによって、その表現が変わって
くるのではないか。

音楽評論を、音楽の意味を解析したり、
評価を断じたり、知識を与えるものと
思っている人の文章はそのようなものに
なるだろう。

吉田さんのように、文章を書くことは
音楽を奏でることと同じであると思っている
人の文章は、詩的にふくよかになる。
豊かな響きを持つに至る。

ああ、そうか、と私は感激した。
私が高校生の頃から大好きだった
吉田秀和さんの文章の秘密は、
ここにあったのだと。

吉田さんは、「最初から事物が
客観的に外にあるというのが間違いなんでしょう」
と言われる。

「最初から何かが外にあるなんて、私は
思っていません。」

「バッハ」というものの本質が、最初から
外にあるわけではない。

吉田秀和さんは、グレン・グールドが
登場してきた時に、リアル・タイムでそれを
聞いて、衝撃を受けたという。

こんなバッハがあったのかと。

グールドが見いだしたバッハは、最初から
外にあったわけではない。
それはグールドが生成したもの。

同じように、音楽評論も、何か「正解」
を発見し、断ずることではなく、それこそ
この宇宙に今までないものを生み出す
行為なのではないか。

吉田秀和さんは、もう一つ、重大なことを
言われた。

グールドのバッハはとてつもなく個性的
だが、同じような何とも言えない個性の
萌芽は、自分がピアノをヘンデルで弾こう
として、あまりうまく行かない、その
現場にも見いだされると。

私たち一人ひとりの話し方には、
それぞれ独特の「持調子」がある。
それと同じことが、クラシックの演奏家にも
見られる。

吉田秀和さんの言われていることは、
一つの真正なる生命哲学なのである。

吉田秀和さんがフランス語を学んだ
中原中也のこと。
小林秀雄との交流。
大岡昇平のこと。
丸山真男のこと。
ドイツの音楽にとっての
「東方」の意味。
バイロイトのこと。

まだまだ伺いたいことは
あった。本当に名残惜しい。

吉田秀和さんをお見送りしながら、
自分が次第に現代の文脈の中に
戻っていくのが感じられた。

かすかな痛みを残す甘美な記憶のように。

(吉田秀和さんとの対談は、PHP研究所
の雑誌「VOICE」に掲載される予定です)


吉田秀和さんと。ラ・マーレ・ド・茶屋にて。

 新宿の紀伊国屋ホールにて、
『脳を活かす生活術』刊行記念の
講演会。
 60分間講演、30分質疑応答。

 その後、100名の方にサインをさせて
いただいた。
 80分かかった。

 打ち上げの場所に、NHK出版の
小林玉樹さん、高井健太郎さん、
それに有吉伸人さんまでがいらした。

 「有吉さん、いらして下さって
すみません!」

 プロフェッショナルに関する本の
ゲラのチェック。

時計を見ると、
ちょうど、『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の中澤佑二さんの回の放送中である。

 有吉さんの横で、一生懸命
ゲラをチェックした。

 しばらくすると、有吉伸人さんの
携帯が鳴った。

 「放送、無事出たそうです!」

 「中澤さんの回、すばらしい出来ですよ!」
と有吉さん。

 帰ったら、録画で見ようと思った。

 ゲラのチェックが終わり、有吉さんたちと
飲み始めた。

 「現代っていうのはロクな時代じゃ
ないですね! あれも要らない、これも
要らない! 何で良いものが駆逐されて、
どうしょうもないものばかり跋扈するん
だろう!」

 私はいろいろ溜まっていたので、
爆発していると、有吉さんが
 「ぼくも、このところ荒れていたけれども、
もっと荒れている人を見て、清らかな
気持ちになりました!」
と言った。

 いろいろなことに追われて、
目一杯やる中、つらいことも多い。

 だけども、時折、吉田秀和さんのような
素晴らしい人にお目にかかることが
できたり、真実に触れたり、
美をかいま見たりすることができる。

 だから、人生というのは捨てたものでは
ないなあ。

 PHP研究所の木南勇二さん、
横田紀彦さんと一緒に帰った。

3月 18, 2009 at 07:47 午前 |

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コメント

 今、吉田秀和さんから紹介されてラジオから流れたハイドンのピアノソナタは、私が小4の9月の発表会のために練習していた曲。
 中学から音楽専門の学校へ行こう、と決心してから初めての発表会だったから熱心に練習した。
 夏休みの終わりごろのけだるい熱っぽさの記憶。
 それに続く入院、自宅療養。
 遊びで弾くなら意味がない、と退けられた願い。

「もちろん、僕はこんなにうまく弾けなかった」
と、紹介される吉田秀和さんの柔らかい声が胸に響く。

 それは必ずしも悪いことではないけれど、
 どんなに望んでも手に入れられないものがあることを、あの時学んだのだと思う。
 

投稿: masami | 2009/06/10 11:10:14

 吉田秀和さんの名前に触れるとその人を思い出し、その人に出会うと吉田秀和さんを思い出す。そんな友人が、5月の初めに亡くなった。
 音楽を専門とされていたわけではないけれど、音楽を愛しオルガンを弾くのを楽しんでいらしたから、同じような私が恐る恐る聖歌伴奏をしていていると、
「とてもいいよ、こうするともっとよくなるよ」
といつも励ましてくださった。
 お宅に伺うと、自分が楽しんだ音楽の話や楽譜を次々に披露してくださった。
 お話は多岐にわたり、寺田寅彦の話もよくされた。
 そして、その場にいる一人一人を
 「この人は素晴らしい人なんだ、こういうところがあってね…」
と、皆に語った。
 褒められたり期待されたりすると後退りして逃げ出したくなる私も、その嬉しそうな様子に、自分の気持ちにそぐわないほめ言葉に身を委ねてもいい、と思えた。
 亡くなる6日前にお会いしたとき、
「もう一度、フルオーケストラで聴きたいねぇ」
と半ばあきらめたようにおっしゃるから、寂しさを消したくて
「どんな曲目がいいですか、ベートーベンですか?」
と言った。
「いやもっと、新しいの」
といわれて私はうろたえた。私は、音楽と言葉や知識が絶望的に結び付かないから。幸い友人が話を継いでくれた。

「僕はね、大した人間じゃないけれど、いつもいい人と巡り合えて励ましてもらえたから、とても感謝しているんです。私は幸せ者です。」
と、お会いするたびにおっしゃっていた。
 その言葉を聴くたびに、その人の心の豊かさに感じ入った。

 出会いはね、自分で素晴らしいものにできますよ

 今、そう教えられているよう。

投稿: masami | 2009/06/04 7:40:07

吉田秀和さんの音楽展望のブログ検索をしていたら、たまたま先生のブログに行き当たり、興味深く読ませていただきました。

>>音楽評論も、何か「正解」を発見し、断ずることではなく、それこそこの宇宙に今までないものを生み出す行為なのではないか。

ひじょうに含蓄のある言葉で、その意味をじっくり噛みしめてみたいと思います。
VOICEも書店で探して読んでみます。

投稿: Eno | 2009/03/28 13:44:10

レコードから流れる音楽にともに耳を傾け、
「いいねぇ~」
と言い合う。
時には命と命がぶつかり合うように言葉を交わしたり、行動したり。
吉田秀和さんの中には、そんな時間がたっぷりと流れていらっしゃるように思う。
そんな豊かな時間への憧れを何気なく押し殺していたからでしょうか、“吉田秀和さん”を読みすすむうちに思いがけず動揺してしまった。
でも、根津の交差点で魂がひりひりするのを感じた茂木さんは、私以上に吉田秀和さんが過ごされた時間への強い憧憬を持っているのではないかしら。

投稿: masami | 2009/03/24 21:38:34

この日記の吉田秀和さん、そして前日のシェロー=ブーレーズと出て、どちらも感慨深く拝見しました。

その昔、年末の寒い下宿で、恒例のNHK FMのバイロイトフェストシュピーレを聴くことが続きました(「バイロイトフェストシュピーレ」という冒頭のドイツ語のアナウンスが、うっとりとさせました)。解説は柴田南雄さんで、その淡々とした解説と、ズバリの短い批評に、しびれました。
今や、リングのDVDや解説の類はそのころに比較して各段に増えて、ますます判りやすくなっていますが、あのシェロー=ブーレーズの実験が余りにも強烈すぎて、問題作もなくなってしまったことが残念です。

吉田秀和さんには、格段の思い入れがあります。
大阪国際フェスティバルで何度か拝見しました。ある年、力を入れた色版画の年賀状を差し上げたら、返事をいただきました。
これは今、『全集』の中の一冊に大切に挟んで宝にしています。

吉田秀和さんも、ブーレーズも立ち止まらず、なお、著作や録音を続けていることが何よりも素晴らしい。

投稿: fructose | 2009/03/23 13:48:28

吉田さん
ほんとうにすてきな方なんですね。
素晴らしい時間を過ごされましたね。

すこし前に鎌倉の文学館で
展覧会に行き損ねて残念です。

95歳
かくしゃくとされていて
思いもよりませんでした。

はじめてお写真で拝見したとき、
なんともいえないような、ぎゅううと惹き付けられる感覚がありました。
博士のときと似ています。

グールドのバッハと
ヘンデルがうまく弾けないもどかしさと・・
同じものがあるということ
とても感動しました。
こういう言葉が紡げることはほんとうに素晴らしいですね。


先日のバブルのお話について考えていました。
博士はとんがりの図を書かれましたけれども..

なかなか熱がさめないような、
ずっと続いていくもがあるような気がします。
わたしは気が長いのでしょうか。。

プリンのような形とか

初めからはすこし下がっていたとしてもまたあがって
連峰のようなかたちになったり

おっとりバブル..
もうバブルとはよばないかもしれません。


あれも要らない、これも要らない・・

ほんとうですね(笑)

茂木さんのように前面に出て
一生懸命がんばるのはほんとうに大変なことなんですね。

お昼は何を召し上がられましたか

おつらいこともあるかもですが
しっかり栄養を取ってがんばってください。

投稿: M | 2009/03/19 13:56:05

お疲れのところ
お話しとサインを
有難うございました
          m(_ _)m

投稿: ぱろっと | 2009/03/19 13:00:58

その爆発、素敵です!(同感です!)

投稿: ふぉれすと | 2009/03/19 8:13:04

茂木健一郎さま
講演を体感させていただきました。
後ろのほうから遠くに見える茂木さんがお話に引き込まれるにつれ、大きく見えてまいりました。茂木さんの脳の発信する強大なバイブレーションにこちらの小さな脳も共鳴して震えだすような気がしました。私も情熱バブルに任せて進んでゆきたいと思います。

投稿: zhuangyuan | 2009/03/19 7:14:56

そして、考えてコメント書いている間に先生は長い記事をまたupされていらっしゃるのです。(°д°;;))
 
それぞれの「持調子」、真正なる生命哲学、大変奥深くまた難しいのです。
 
素晴らしい人にお目にかかることができ、真実に触れたり、美をかいま見たりできる、だから人生というものは捨てたもんじゃない…人生捨てたもんじゃないなんか好きです。
 
それでは先生、本日もお忙しいとは思いますが、体調にはお気をつけて素敵な1日をお過ごし下さいませ。(*^∀^*)ノシ。・゜゜゜゜・。♪♪♪

投稿: wahine | 2009/03/19 6:19:03

茂木先生おはようございます♪
逗子のラ・マーレ・ド~青い海が広がるimageを受けました。
 
吉田秀和さん、先生が深く敬慕されるくらい大変素晴らしいお方なのですね!お写真からも温かい風を感じます。
 
文章もまた一つの楽譜。どのような形而上学を抱くかで表現が変わる…先生の言葉にも詩的にふくよかで豊かな響きがあるから、生命のrhythmが波うつような衝撃を受けるのでしょうか。
 
何か正解を発見し、断ずることではない宇宙に今までないものを生み出す行為なのではないか…頭では正解や正論など特別なことではないとわかっていても、多分不安だから答えを求めたがるのかなとふと思いました。そこに正解があることで安心できる。不安や不信の多い世の中だからこそハウツー本やあたかもこれが"正解"ですと書かれてある文章に頼りたくなるのかと。今までないものを生みだすことは非常に困難ですし、自信がないとできない。となるとやはり信ずることは新世界への扉を開ける鍵になるのでしょうか。などと自分なりに考えてみました。(ノ_<。)

投稿: wahine | 2009/03/19 6:07:30

茂木 健一郎先生

昨日は、80分もかけてのサイン会、一人ひとりに、絵とサインを書き、立ち上がって握手までして、「ありがとうございます」と声をかけてくださり、私もそのなかのひとりで、『人生バクハツだ』ということばもいただき、本当にありがたく感じております。なかには先生の書いてくださるメッセージに注文を付けられる方もいて、先生も、困ったな、といわれながらも、皆さんの願いに答えられる、そういう茂木先生の姿に、そのお人柄を感じ、とても暖かな気持ちにさせていただきました。

1時間半の講演は、最初から最後まで、私たちのことを思い、熱く人生や生き方について語ってくださり、「人生の出会いの中で何かがある。それを信じて、突っ走ってみること。信じるものがあれば、そこにバブルを投入してほしい。」そのことばのなかに、先生の熱い思いを感じ、とても響くものがありました。後半は、「ブリコラージュ」について語ってくださいましたが、「とりあえず何だかわかんないけど、やっておくことが大事」ということが、特に響きました。

僭越ながら、当日一冊の本を贈らせていただきましたが、先生の語られる「信じるものがあれば突っ走ってみる」という流れに沿った行動と感じております。ご多忙な日々とは存じますが、ご高覧いただけますと幸いです。

茂木先生のさらなるご多幸、ご活躍をお祈り申し上げます。

東誠也拝

投稿: 東 誠也 | 2009/03/19 3:12:50

追伸
「悪貨が良貨を駆逐する」なんて言葉ありましたでしょうか? いつだったか、井上靖の「本覚坊遺文」を読み返したくなって書店に問い合わせたら、現在流通しておりませんと言われてビックリしたことがあります。映画化までされた井上靖氏の本なのにっ?!名作ですよ名作!!ショックでした。結局ヤフオクでゲットしましたが…今は流通してるかな~?先日も辻邦生さんの「安土往還記」を読み返そうと思って、書店で検索したら、取り寄せ不可だったんですけど…れれれのれ?!
現在は内容のない軽~いスカスカ本が書店に溢れて、現実と仮想を照射した美しい日本文学は駆逐されているのが現状なんでしょうか?つまりそれは現代人に原因があるんですよね~きっと(私含む)消費するのは現代人ですから。
白洲次郎氏は「嫌いなものには中途半端な興味を示さなかった」と伺い、私も現代小説に半端な興味もつのはやめて、古典に回帰しようと決めました。源氏平家古今和歌集に世阿弥西鶴芭蕉一茶漱石と読むべき古典は山ほどあるのです~決めたらスッキリしました。
あ、エッセイは別です!!

投稿: 眠り猫2 | 2009/03/19 2:36:26

だいぶん時間があいてしまいましたが、追伸なのです。

講演会の中で、自分ひとりのために頑張るのというのでは、一人分の力しか出ないけど、たくさんの人のために頑張ると、それだけ多くの力が出る、それだけ頑張れる、というようなことをおっしゃっていたのがすごくよかったのです。そう思ったことも伝えたくて。

一人はみんなのために、みんなは一人のために、ですね。
今からでもきっと、遅くなんかないですよね。

それと、文章を書くことは音楽を奏でることなんですね。
なるほど、確かにそうかもしれません。文体や音感(語感)、リズムやテンポ、字体の持つ力の強弱、心の中で鳴っている自分だけの音の連なりを、どのような言葉を選んで表すか。とっさに口に出してしまう言葉では、時々失敗もしてしまうのだけど、せめて文章では、誰かに楽しんでもらえたり、心に届く言葉を、茂木さんのように編むことができるといいな。


投稿: 楠 | 2009/03/19 1:41:00

「人は、どのような形而上学を抱くかという
ことによって、その表現が変わって
くるのではないか。」

その通りだと思います!(^^)!
しかも、表現の手段も私たちにはいっぱい与えられています。
自分が習得した技術、手段によってより修錬された形で表せるのだなぁと思います。

だから、いろいろ手を出して、何が一番自分に合っているか探すこと、大切だと思います。
もし、合ってないと思えても、しつこく粘ること、大切だと思います。
そういうものこそ、一生かけてやり遂げるべきものになるのだと、自分が必然的に追いかけて行ってしまうものになるんじゃ無いかと思います。

吉田さんに直接会って、オーラを感じたいです(*^^)✮✧✶⋆〰✷
本当に出会いって、奇跡ですねー。

投稿: 夏輝 | 2009/03/19 0:45:00

こんばんは。。

現代がどうでも良いものばかり跋扈するのは私も常日頃実感しています(*_ _)
ではなぜ妙な人間がいるのでしょうと考えたときに、僕はいつも頭にお寺をうかべてしまいます。
どんなに科学が進歩してもやはり、そういう難しい問題はお寺のお坊さんに聞くしかないように思います。
でもお寺のお坊さんに聞けばきっと死も生も同じとかいう美も醜もおなじとかいうお寺理論で結局、自分は若かったで結論になることは目にみえています(笑)

結局、人間は知らず知らずのうちに派閥に巻き込まれていて、そういう派閥を脱却するしかないようにも思います。

大先生のブログで勝手な発言申し訳ありません(*_ _)

投稿: 豚ゴミラ | 2009/03/19 0:12:05

文章も、一つの楽譜であるという言葉。
時々、ネットで色々な方のブログを見て、まさに!これだ(^-^)って思える…ものに出会います。こういう事を言うんだろうなって思いました(*^_^*)

形而上学とは、どんな事をいうのでしょう?いつも調べてみますが、なんだかピッタリなものを見つけられないでいます。

投稿: 奏。 | 2009/03/18 23:57:07

茂木さん、講演会お疲れ様でした。

100名の方へのサイン、まるでフルマラソンを走っているかのようでした。今何人目、ゴールが見えてきた!みたいな。
皆さんと真摯に向き合って、きっとこれぞ!という一言を書かれたのでしょうね。私も茂木さんにサインを頂ける短くも一瞬時計が止まったような時間を、大事に抱きしめていきたいです。
(どうもいつも、わあわあと過ぎ去っていってしまうような。。。)

講演内容のバブルも、ブリコラージュも、以前茂木さんから聞いて以来、好きな概念です。
バブルというと、なんとなく、いろんなことに興味を持っては次々違うことに手をつけていくような、飽きっぽいんじゃないか、という後ろめたさが自分の中に少しあったのですけど、それでもいいんですね。
ずっと続いて膨らみ続けているバブルもあれば、一瞬で終わるマイブームもあり。でも絶対何かは私の中に残っている。そして、それがブリコラージュにもなっている。
バブルが終わるのは怖いことなのでしょうか?終わる時は怖いという感情を抱かないうちに、自然とすーっと引いていくのではないかしら。今までの自分がそうだったように。自分なりに十分味わい尽くしたと満足して、後悔はないんではないかしら。。。

冷蔵庫に残った野菜で晩ご飯を考える時、まさにブリコラージュですね。
ありもので考える。応用力。
生きている間に出会うもの、こと、全て過去の経験から照らし合わせて、どう対処するかの答えが内側から返ってくる。
だから出会うもの、興味を持つもの(バブル)は、たくさんあっていいんですね。苦しい時にも前向きに生きられる道具が、何かしら見つけられるような気がしますもん。

茂木さんがおっしゃるように、今の子ども達にも、勉強とか受験とかの目的とは関係なしに、もっと外でみんなで元気に遊んで、友達同士の本音の付き合い方、身体の動かし方、溢れてくる押さえ切れない感情との付き合い方、花の香り、草の匂い、風の芳しさ、太陽の暖かさ、都会では小さく息づく生き物たちの命をもっと経験して欲しいなあ。。。。その経験が子ども時代のきらきら光る思い出の宝物にも、大人になってからの生きる道具にもなり得るんですよね。。。

いろいろ考えさせられる、でもすごく楽しくエネルギーが湧いてくるようないい講演でした。ありがとうございました。

投稿: 楠 | 2009/03/18 23:35:02

茂木健一郎さま

私が大好きな半井小絵さんも出演のNHKテレビさん

茂木健一郎さまと、すみきちさん

住吉さんですが
すみきちさんのブログにも投稿の私なので、つい
プロフェッショナル仕事の流儀

NHKさまの公式サイトの番組ブログにも投稿させて頂いてます私

不思議なのが
考えに考えて
これ!
それは掲示はされなく
逆に
中澤選手の、投稿させて頂き、でも、アイスホッケーの鈴木貴人選手のことも書いてでしたので
掲示されない、と
でも素直に思ったことでしたので
それが、ですね
掲示、叶ってます

茂木健一郎さま

プロフェッショナル
の皆様、それは
仕事の流儀 スタッフの皆様がプロフェッショナルの皆様という事実

そうそう
うっかり

半井小絵さん、さくらの開花について詳しくでした
春!!です。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/03/18 23:31:37

茂木先生の講演最高でしたd(>ω<*)☆ 

講演を機に、やる気スイッチが入り、
自分の中のバブル力がどんどん上昇しているのを
感じます。

本当にありがとうございました。

先生と飲みに行ったら、最高に楽しいんだろうななんて♪
夢のまた夢ですが(;´Д`)

茂木先生の講演の感想をブログにアップさせていただきました。

またおじゃましたいと思います!

サイン会33番の川崎より( *゚ω゚ )

http://ameblo.jp/maiko02199/

投稿: まい | 2009/03/18 23:10:35

今日は、私の勤めている職場の早咲きの桜が
花をつけました。
本とに暖かい日でした。
桜にとってたいせつなことは、やさしくピンクである事
これは、絵本の『たいせつなこと』に書かれているようなことです。
私が私らしくあるとは・・・
これから、桜の開花宣言をした福岡へ向かいます。
今年の桜は、少し早めに役目を果たすことになりそうですね。


投稿: sakaguchi noriko | 2009/03/18 22:37:53

三年前から読み続けていますが今回初めてコメントします。
今日の文章ありがとうございます。就活でささくれた心に小さな変化の兆しが表れました。茂木さんのこういう文章久しぶりに拝見した気がします。白魔術以来でしょうか。
それとも茂木さんの書く音楽が効くのかもしれません。
大変お忙しいとは思いますがくれぐれもお体にはお気をつけて。

投稿: nk | 2009/03/18 21:50:27

昨日の講演会を聴衆させていただき有難うございました。茂木さんのお話を聴いていると優しさが伝わってきて、今の自分に対する許しの気持ちが芽生えてます。茂木さんが中澤佑二さんとお話されて走ることを始められたように、私もお話をお伺いして運動したくなり早速今日から泳ぎ始めました。バブル、バブルでこれからも生き生きと生活していける楽しさをいっぱい感じさせていただいております。また、お目にかかれる機会を楽しみにしております(^-^)/

投稿: CO | 2009/03/18 21:48:43

お写真を拝見して、吉田秀和さんの佇まいに、いにしえの頃の哲学者のようなものを感じた。

あるいは、風雪と年輪を重ねた、楠の古木から滲み出る、深いものを。

音楽を奏でることと、言葉を紡ぎ出すことは同じこと…それは自己の内面で創り出され、産み出される“響き”である…本当にそう思える。

本日のエントリーに紹介されている、吉田さんの言葉を読んで思うに、音楽活動も、批評を書くことも、すべては各々違った「持調子」をもった、内奥の躍動が起こす、創造運動なのに違いない。

絵を描くことも、きっと同じ筈だ。唄を歌うことと、楽器を奏でること、そして紙や絹布やキャンバスに絵を描くことは、全て「私達の内側から何かを創り出す」ということにおいて、同じことなのだと、心の底から感ずる。

吉田さんの2つの著書、機会があれば、読んで見たいと思った。

本当によい人やよいものとの出会いは、心の中に宝石のような輝くものを残していくのに違いない。

自分自身も、そういう出会いを増やしていきたいと、常に思う。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/03/18 19:53:28

吉田秀和さんの存在そのものが音楽なんだという印象を受けました。無神経な評論家が多い中、あらゆる知識と感性と大きな人間性を兼ね備えた吉田秀和さんは、宝物みたいな存在です。
グレン・グールドにしても、一昔前の音楽家はその人だけの語り口がありましたね。今は、みんな同じようにキレイに整い過ぎて、誰の演奏かわからないです。もっと自分の声で、持てる限りのファンタジーでもって生身の自分を表現してほしいです。
私は、茂木さんの文章は音楽のようだと、ずっと思ってました。
「今、ここからすべての場所へ」は、各章を読み終えた瞬間に、なんともいえない独特の余韻があるのがとても好きです。文章の流れも音楽のよう。
多様性賛歌の、「全ての言語の響きが終わった後に生まれる空白に賭けてみるしかない。」は、私がバロック音楽を演奏する上で、原語の問題(フランス語やドイツ語)で壁にぶち当たっていましたが、茂木さんのメッセージで希望の光が見えてきました。
本当に、ありがとうございました。

投稿: シリンクス | 2009/03/18 18:27:45

茂木先生ご機嫌いかがですか? (・ω・)/
吉田秀和さんと対談されたんですね~いいないいな~♪♪♪
拝読するのを楽しみにしております。
グレングールドは大好きなピアニストです。伊豆の海辺でグールドのピアノ聴きながら友達と過ごした時間があります。海辺で踊りだしたくなりましたっけ(笑)
グールドには独特のリズムがあって、彼のリズムは今後も色褪せることはないと思います。
ちなみにグールドも漱石愛好家だったみたいです。
グールドと漱石!斬新~!かな?

投稿: 眠り猫2 | 2009/03/18 14:45:25

茂木様

こんにちは

子供たちのピアノの先生は、「日本人は、外国語が話せない人が多いから、ピアノが上手く弾けない、少し 海外でレッスンをすると 技術はあるのだから すぐに上達する 言葉が話せないと ピアノを弾くことは難しい」と話されていました。
私は、まだ子供が幼い頃 このお話をお聴きして、妙に納得しました。
バーゼル音楽院にてオルガニスト・チェンバリストのディプロームを取得し、パリの人間国宝の方のチェンバロ、貴重なパイプオルガン・1833年のブロードウッド、ピアノを演奏、ピアノ以外は、自分でメンテナンスもし、子供たちにも 本物の楽器で 演奏させていただける。
幼児のプレイミュージックのレッスンは、先生ならではだと感じる。
今は、オレゴン州で 教会のパイプオルガンの演奏や コンサート、生徒のレッスンをされています。
早く日本へ帰って来て 演奏を聞かせて欲しいです。

投稿: ちぐさ | 2009/03/18 12:32:10

先日、某音楽会社発行の雑誌で先生のバッハのインタビュー拝見しました。
音楽家を歴史的に読む、知るってことなど思いもしなかったので、
新しい音楽の見方を知ることができました。
その記事で音楽教室の先生と音楽に関して少し話しをできたことさえ、感動したので、茂木先生はどんなに感動してこの会談の時間を過ごされていたのか…それを思うとジーンとしてきました。

>素晴らしい人にお目にかかることが
できたり、真実に触れたり、
美をかいま見たりすることができる。

 だから、人生というのは捨てたものでは
ないなあ。


本当にそうですね。
親としての責任を終えて何をしたらいいのか、わからずに
まだ、親として生きたいと言う未練の中に居るので無気力に
なっていた私にポット火をともしてくれるのは、いつも「哲学」と
「脳科学」と「音楽」なんですね。
今回、18切符を買って電車に乗って、遠出の練習をしようと思ったのは、
4月に行われる、京都での茂木先生とある哲学者との講演会に行く為だったのですが…。
間にあわないかもしれませんが、チャレンジしようと思えた切っ掛けを頂いて感謝しています。

面白いだろうな~
う~!悔しいです!


茂木先生私も爆発します。

「せっかく腫れが少し引いて外にでたのに、なんで、腫れたところを
蹴っ飛ばされる事態が起きるんだ~!!」

本当に悔しいです。

投稿: あすか | 2009/03/18 9:55:46

茂木さん、ラ・マ-レド・茶屋にいらしたのですか。私も好きで時々参ります。お店からの海の景色も素敵ですね。

最初から事物が外にあるというのが間違いなのだ。なんだかほっと安心致しました。分かってはいても、その様に確固たる方向を示して頂けると安心出来るものですね。

ありがとうございます。

投稿: mic | 2009/03/18 9:53:37

おはようございます。
 私も朝日新聞の吉田秀和先生の欄を文字が読めるようになった頃からずっと、毎日の楽しみに読み続けていました。音楽を聴きに旅にでる時は電車の中の至福極上の友として、文庫本の吉田先生の音楽エッセーや小林秀雄先生の芸術の香りに包まれながら、とても幸せな時空を遊びながらコンサートという非日常へ遊飛しました。ですから、去年からそのつながりの茂木先生を知って、私は驚きと喜びと感動をしています。幸福ってこんなところにもひそんでいる、生きている事の面白さですね。今、また心愉しい、゛星の友情゛の準備をしているところです。茂木先生もお元気な一日を!!

投稿: ぶらんか | 2009/03/18 9:47:46

ブログ楽しみに拝見させていただいてます。詩感あふれてますね。
吉田秀和さんは雑誌などでしかお顔を拝見したことがありませんが、本当にすてきな顔をしていらっしゃいますね。あのような眼は憧れです。ラジオで流れる話も聞いたことがありますが飾らないすてきな話しぶりも尊敬です。
ではまた楽しみにしてます〜

投稿: キノ | 2009/03/18 9:24:25

春が来ていますね。心のドアをコンコンと軽く叩きます。
毎日の中で、たったひとつ、たった一人、無視は出来ない人間が必ず力を振りかざしていじめて来るのがとにかく嫌で、こいつを何とかしなくてはと朝起きてから寝るまで考えるようになってしまっていました。無駄だ不毛だと気付いているのに止められない。何かするまで諦められない。
春はそんな私に花に嵐の例えあり、無理をするより無視できる自分を育てなさいと優しく諭しに来ています。

投稿: プンスカ | 2009/03/18 8:56:43

茂木健一郎様

おはようございます。
吉田秀和さんのお写真とお出逢いを
お話くださいましてありがとうございます。

「最初から事物が
客観的に外にあるというのが間違いなんでしょう」

むねがつまります。

吉田秀和さんの文章に甘美な想いにさせていただいて
きた記憶がよびおこされます。

ありがとうございます。

投稿: Yoshiko.T | 2009/03/18 8:00:42

茂木健一郎さま

吉田さまは

確か、ピアニストのホロビッツさんが初来日の際

素晴らしい骨董品と表現され
残念、骨董品に少々、傷が入ったと評された凄い方ですよね。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/03/18 8:00:35

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