白いものが点々と
NHKの松江放送局主催の
講演会でお話するために松江へ。
宍道湖の周辺の風情は素晴らしい。
田んぼの中に、白いものが
点々とあるから、雪が残ったものかと
思ったら、丸くころころしている。
サギであった。サギたちが
10羽、田んぼの中で佇んでいた。
講演は昼間敬仁アナウンサーの
司会で、楽しく進んだ。
会場の皆さんはとても熱心で配慮に満ち、
松江という土地柄の心のやさしさを
感じさせた。
松江放送局のみなさんもとても温かく、
親切にして下さった。
本当にありがとうございました。
松江の美しい風光に接すると、時代の
変化とは一体何なのだろうと思う。
________________
自然の光景に関して言えば、過ぎ去った時代の光景は、もはや一つの神話のようにさえ感じられる。私は「やっと間に合った」世代だったのかもしれない。小学校に上がる前に大学生のお兄さんに「蝶の指南」をされて、近所の雑木林で「ゼフィルス」(西風の神)という詩的な呼称を持つ蝶たちを追いかけた。羽の表が金属光沢を帯びた緑色に輝く「ミドリシジミ」。可憐に弱々しく飛ぶ「アカシジミ」。
これらの蝶は、夏の始まりに現れ、夕暮れ時に木々の梢のあたりを飛ぶ。その姿がまるで西風に乗ってきた妖精のようなので、「ゼフィルス」という名が生まれたのである。
とりわけ、アカシジミは棲息している場所も限られていて、私はなかなかその姿を見つけることができなかった。そして、アカシジミを見つけると、どきんと大きく胸が弾んだ。
ある時、森に採集に連れていってもらった後の帰り道、お兄さんがふともらした言葉が忘れられない。「昔は、アカシジミが西の空が真っ赤に染まるくらい沢山いたんだよ。」そのひと言を聞いた時に、私の胸の中にどんなに強いあこがれと、そして喪失の思いが浮かび上がったことか。
不思議なことに、子どもの方が「喪失」の痛みに対する感受性が鋭い。自分がこの世にもたらされるという奇跡のすぐそばにある子どもは、今自分がこの世にこうしてあるその生の姿とは全く異なる「その前」を直覚的に思い浮かべることができるのであろう。「前世」を信じる宗教的立場を取るかとらないか、そのようなことは問題ではない。とにかく、この不可思議な喜びに満ちた世界に生み落とされたという「不条理と歓喜」の原点に近い子どもの方が、時が容赦なく流れていくということについての忸怩たる思いを、より鋭敏に抱くすぐれた能力があるのではないか。
茂木健一郎 『今、ここからすべての場所へ』
(筑摩書房)より
__________
3月 2, 2009 at 07:32 午前 | Permalink
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コメント
ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの「大工のヨセフ」
それまで雲を掴む存在であったキリストに血が流れ始めました。
幼子イエスは
「その前」を直感的に思い浮かべていたのでしょうか・・・
いつか本物を見たいです。
投稿: 黒毛和牛 | 2009/03/03 18:39:20
茂木先生おはようさんです♪
昨日は島根へと、お疲れ様でございます。m(, ,)m
サギですか、10羽も。ころころと可愛らしい。サギを守ろうと戦った茂木少年が浮かびました。(*´ω`*)
"情熱と受難"、御著書『今、ここからすべての場所へ』の中でも、感動し胸に響いたエッセイの一つです。
子ども達から学ぶ事、気づかされる事、本当に沢山あります。真っ直ぐな瞳で世界を見ている。
子どもの方が「喪失」の痛みに対する感受性が鋭い。――時が容赦なく流れていくということについての忸怩だる思いを、より鋭敏に抱くすぐれた能力があるのではないか…そうか、そうやなあと。色々と考えさせられます。
先生、本日も西日本でしょうかしら。
温かい人々とのふれ合い、地方の美味しいもの、景色でお忙しい先生の疲れが和らいだら良いなあと思いつつ。
それでは、今日も素敵な1日を~。(*^∀^*)/。・゜゜゜゜・。☆☆☆
投稿: wahine | 2009/03/03 7:12:01
脳と心の位置関係って…なんなのでしょう
頭で理解してみても
よくわかりませんね
感情はいつも理解を超えていきます
投稿: 伊藤美弥子 | 2009/03/03 3:22:19
茂木健一郎様
今日は時間ができましたので、著者茂木健一郎さんの御本をどんと
積んで読んでおりました。 至福のひとときでありました。
茂木さんが、たくさんのテレビ番組に出ていることを知りませんで
した。 拝見させていただくと、御本を読む楽しみがひろがります。
お声がかすれておられたりすると、痛々しくって、痛くなりますが、
学生さんを前に頑張ってしまったと言う茂木さんに教授である姿が
浮かんで、お元気そうなのがまことに嬉しいです。
今から「今、ここからすべての場所」を読ませていただきます。
「悲劇の誕生」も読みます。
投稿: Yoshiko.T | 2009/03/03 1:27:46
三十余年前に、散弾銃に倒れたシラサギたちが、あの日、「シラサギを撃つな」と叫んだ少年の前に、今、蘇る。
white what? white snow? no,no,no,they are certainly white herons! Oh,this is just a white magic!
そして、茂木さんが情景を描かれるときの色彩感覚の粋。白、緑、茜、赤・・・それらすべてが輝きだす。その一瞬を”詩”が駆け抜ける・・・。
投稿: 砂山鉄夫 | 2009/03/03 0:16:19
茂木健一郎さま
春!!
半井小絵さんも気象解説にて、春ですよ!
前向きな半井小絵さん
大好き、前向きな素敵なお心、素敵に輝いてます。
そして、茂木健一郎さま
プロフェッショナル仕事の流儀さまの公式ブログに掲示して頂けています、再放送、羽田空港管制官の皆様の、そのところのコメントにも、感謝です
茂木健一郎さま
本質
プロフェッショナル仕事の流儀
長寿番組になられ
日本のまだまだ紹介されていないプロフェッショナルの皆様を 茂木健一郎さま、一生をかけて放送されて頂きたいです
実は、大きいです
航空関係の皆様でも
空港保安員の皆様
航空機の地上係員さま
折り返しの便で、てきぱきに機内清掃をされる
到着の飛行機、ボーディングブリッジの横階段で待機、清掃の皆様
などなど紹介されるべき
プロフェッショナルの皆様なんですから
航空関係の皆様だけでも
凄く多くのプロフェッショナルの皆様が事実
そして、それは、あらゆる職業に通じること
これは茂木健一郎さまが一生をかけられプロフェッショナル仕事の流儀
番組、長寿番組となられ、日本の、あらゆるプロフェッショナルを紹介される、これは、もはや使命とされて
プロジェクトXの場合は
建物など偉業の皆様でしたが
プロフェッショナル仕事の流儀
まさに、番組のタイトルが本質
仕事の流儀は、あらゆる仕事に携わる方々が、ですもの
番組タイトルをお考えになられた方さま
凄いです
まさに
そうなんですもの
投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/03/02 23:25:47
茂木さんと同世代のせいか、私にも子供時代の光景で、神話のように感じられる風景があります。
大規模な河川工事が始まる以前の、水辺に集まる無数のホタルの群れと、河川敷の広い空き地で、トンボの大群と走り回ってた光景です。開発の陰には、必ず犠牲になり失われるものがありますね。
横浜でフランス語を教えているベルギー人のおばあちゃんは、昔、横浜の臨海開発が始まった時期、海辺に建つ日本家屋の別荘が沢山焼かれる様子を見ながら、泣いていたそうです。
私も、松江は大好きでよく行きます。
ラフカディオ・ハーンが空の上から涙されぬよう、いつまでも、その姿を留めて欲しいです。
投稿: シリンクス | 2009/03/02 22:13:36
変化とは…何なのでしょう?また、その変化の兆しって、どんなものでしょうか??
自然に…蝶に、例えるなら、幼虫がサナギになって、蝶になる。。あのような…美しく、絵になるような姿かしら??
投稿: 奏。 | 2009/03/02 21:39:09
かのラフカディオ・ハーン(小泉八雲)が名作「怪談」を執筆した、松江。
そんな文学史の残る松江で、茂木さん、白鷺たちに逢えて、良かったですね!
アカシジミのエピソードはたしか「偶有性の自然誌」の第1回目か2回目に紹介されていたのを思い出す。
小さかった茂木さんにお兄さんが話してくれたような、西空を赤々と染めるオレンジ色のゼフィルスの群落のような、大自然の申し子たちの美しき行進は、時の流れと共に、過去の歴史箱の中に納められてしまうのだろうか。
子供の頃、私も地面を這う蟻やダンゴ虫を見るのが大好きだった。それがこれからは、蟻もダンゴ虫も、いなくなってしまうのかと思うと、何とも彼等の喪失を惜しむ心が生まれてくる。
地面を元気に這い回っている黒蟻やダンゴ虫、花に群がる美しい蝶や花蜂たち…彼等が完全に、この地上から消えてしまったら、私達は大人になってもそれを強く惜しむことだろう。
鷺の命も、ゼフィルスや蟻やダンゴ虫たちの命も、我々の命も、互いにつながり合っている。子供の頃はそれを無意識のうちに、鋭敏に感じていたのではなかったか。
明日はひな祭りの日ですが、桃の花も凍りつくような寒さとなるらしいので、お身体、何卒御自愛下さい。
投稿: 銀鏡反応 | 2009/03/02 21:35:58
おはようございます!
時代の変化…。
日本では、
人間の文明にとっての進化…。
生命にとっての退化…。
何かが良くなった分、何かが失われる。
美しい姿のままで共存していくことはあり得ないのかな。
変化は必然です。
でも、本来、日本人は自然を崇め、共存することが文化だったはず…!
生命にとっての本当の喜びは、やはり自然のなかにしか存在しないのだと思います。
だから、文明がどんなに進化しても自然からの魅了は永遠なのだと思います。
サギの白、美しいですよねー。
惚れ惚れします。
でも、茂木さん、人間も本来の姿は美しいのです!
(ご存じですよね。)
(色んな飾りをくっつけてへそ曲がりになりがちですけど!)
だって、赤ちゃん美しいじゃないですか!!!!
大人?に成長しても、ずっとそう在りたいものです。
投稿: 夏輝 | 2009/03/02 21:19:58
<自分がこの世にもたらされるという奇跡のすぐそばにある子どもは、今自分がこの世にこうしてあるその生の姿とは全く異なる「その前」を直覚的に思い浮かべることができるのであろう。>このくだりを拝見して、私はSchumannの『子供の情景』作品15の中の「眠れる子」を思い出した。けっして すやすやと眠っては居ない。揺籃の中で じっとりと寝汗をかいている。そして悪夢を見ているのだ。まさか<まだ前世に近いから>と解説するわけにはいかぬが、嬰児の頃とは
そんなものかも知れない。菊池寛は胎児のころの記憶まで遡れることができた、とか。とあれ 前世の記憶なんて空想以外のものではない。ところで、かりに前世の亡魂が母胎に舞い降りたのが親子のつながりになる。と、すれば 親子とはこの世限りのものだろうか。まこと空即是空。茂木さんのような学者はアタマを空にすることで思はぬ発見をすることがあるでしょう。これは平素副意識下に隠れていたものか、それともフシギな力なのか、偶然では説明のつかぬ場合もあるでしょうね。
投稿: Fodawing | 2009/03/02 19:28:35
茂木先生のフアンです。
NHKの番組はよく拝見しています。
現在還暦を迎え、ブログの投稿とやらを初めて体験しています。
練習用に書き込みをして申し訳ありません。
寛大なる先生ならお許しをしてくれると思います。
宍道湖を感激して頂きありがとうございました。
投稿: ブログ1年生 | 2009/03/02 18:53:20
カナダで読む茂木さんの文章は、特別こころにしみ込みます。
「脳と仮想」をまた読みます。
歩く歩調もゆっくりして来ました。
「今、ここから全ての場所へ」もここで読むつもり。
楽しみです。
白い山が延々と 私の目の前に続いてます。
投稿: hana | 2009/03/02 11:29:50
松江、いいですよね。
私の色彩の源は宍道湖です。
低い空、雲の隙間から差し込む光の筋、夕焼けの移ろい。
故郷です。
投稿: 象の夢 | 2009/03/02 11:12:10
全ては同時進行で
パラレル シンクロ フラクタル
過去への惜別 現在補填 陰陽の上
順調以外の何ものでもない ・・!
眺めれば 空
空 眺めれば 空
海ならば 海 /. switch
※ 恐れても 河は流れる
昨年の移動距離 本年の移動距離 意志を持つ流木のよう
留まる人も知る
投稿: 一光 | 2009/03/02 11:09:07
子供の方が大人より感受性が優れているとは、私も同感です。
彼らにはどんな風に世界が見えているのか…。
子供達の言動はとても不思議で面白いです。
昔は自分もそうだった、というのがまた不思議な感じです。
投稿: take | 2009/03/02 10:09:24
おはようございます。
宍道湖行かれましたか。
私も2006年に機会を得て、ホテルのお風呂から夜の宍道湖を眺めました。脈絡なく、私の中から(帰ってきたよ)ということばが出て来て
涙が出そうになりました。脳の何処かに共鳴する何かがあるのでしょうか。郷愁を誘う風景なのかもしれませんね。大好きな場所です。
投稿: hagu | 2009/03/02 9:42:54
茂木さん、おはようございます。
松江へ行かれたのですね。
お忙しいですねー。
私もかなり前に仕事で行ったことがあります。
その時は、大阪伊丹空港から「YS11」のプロペラ機で、
かなり揺れていたのですが、ふと、横並びに座っていらっしゃる
年配の女性に目をやると合掌ポーズで「お祈り」をしておられま
した~。(笑)
忘れもしない「宍道湖」の美しさと大きさ。
土地の皆さんが親切にしてくださったことを思い出してしまい
ました。(*^。^*)
最後に書かれている「時代の変化」とは・・・。
私も茂木さんとはひとつ違いですから同じ世代ですが、子供の頃は
トンボや蝶がたくさん飛んでいましたね。
茂木さんと違って名前まではわかりませんが、絵になる様な美しい
光景に接っすることが出来ました。
「時が容赦なく流れていく・・・」その‘喪失感’は、大人になる
ともの凄く痛く感じる事がありませんか?!
子供だけではないと思うのですが・・・。
事態の大きさがわかればわかるほど!という気がしてなりませんが。
何につけ、「今」という機会を逃さない事が大事なのだ!とこの頃、
思います・・・。
では、今日も一日、お元気にお過ごしください。(*^。^*)
投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2009/03/02 9:39:57
茂木ィ先生おはようございます。(・ω・)/
アカシジミの蝶のお話nostalgiaがあって、いいなぁ…確かに子どもの頃の方が喪失に対して痛切な感覚を持っていたような気がします。
昨日は小雨ふる中鎌倉散歩してきました。
しっとりとした円覚寺や瑞泉寺の情緒に癒されました。そして豊かな植生で鎌倉は早春の妙なる香りに包まれていました。白水仙梅みつまた沈丁花…それぞれウットリといい香りでした。なぜ香りをかぎ分けられるのか不思議ですねぇ
東京では少なくなった雀も沢山いたのでちょっと安心しました
(^_^;)
投稿: 眠り猫2 | 2009/03/02 8:39:30
こんにちは
私が住んでいる近くの川に、物心ついた頃から、いつもサギが一匹いる、2代目、3代目かはわからないが、引き潮のとき、いつも一匹いるのである。
夜、犬の散歩をするときに、突然、「ギャー、ギャー」鳴いて、飛び去り、びっくりする事がある。
大きな鳥は、長生きだから、私が生まれる前からいるサギなのかも?(^^)
投稿: サギのクオリアby片上泰助(^^) | 2009/03/02 8:05:13