逗子のラ・マーレ・ド・茶屋にて、
吉田秀和さんにお目にかかる。
朝日新聞での「音楽展望」のお仕事は、
もう30年にわたって愛読している。
1913年9月23日生まれの
吉田秀和さん。
最近の『永遠の故郷ー夜』、『永遠の故郷ー薄明』
のお仕事も本当に素晴らしく、
そのお仕事とお人柄を敬慕する
気持ちは深い。
大学生の頃、東京文化会館での
オペラや、NHKホールでの
シンフォニーの際、時折
この大文化人の姿をお見かけした。
あの頃、私の心には、吉田秀和さんが
どれほど輝かしい存在として
映っていたことだろう。
圧倒的な学識。そして、繊細な感性。
お目にかかる前から、今日は胸を借りるしか
ないと思っていた。
現在95歳の吉田秀和さんは驚くほど
お元気で、言葉もしっかりしていて、
頭の回転も速く、ウィットにも富み、
そのお姿自体が一つの奇跡としか
思えないほどであった。
伺いたいことはあまりにもありすぎて、
二時間でも全く足りないほど。
文章についておっしゃっていたことが
印象深い。
吉田秀和さんは、音楽を作ったり、
演奏したり、あるいは歌ったりする
ということと、音楽について言葉で表現する
ということを本質的に同じだと
お考えだという。
文章もまた一つの「楽譜」だという
のである。
人は、どのような形而上学を抱くかという
ことによって、その表現が変わって
くるのではないか。
音楽評論を、音楽の意味を解析したり、
評価を断じたり、知識を与えるものと
思っている人の文章はそのようなものに
なるだろう。
吉田さんのように、文章を書くことは
音楽を奏でることと同じであると思っている
人の文章は、詩的にふくよかになる。
豊かな響きを持つに至る。
ああ、そうか、と私は感激した。
私が高校生の頃から大好きだった
吉田秀和さんの文章の秘密は、
ここにあったのだと。
吉田さんは、「最初から事物が
客観的に外にあるというのが間違いなんでしょう」
と言われる。
「最初から何かが外にあるなんて、私は
思っていません。」
「バッハ」というものの本質が、最初から
外にあるわけではない。
吉田秀和さんは、グレン・グールドが
登場してきた時に、リアル・タイムでそれを
聞いて、衝撃を受けたという。
こんなバッハがあったのかと。
グールドが見いだしたバッハは、最初から
外にあったわけではない。
それはグールドが生成したもの。
同じように、音楽評論も、何か「正解」
を発見し、断ずることではなく、それこそ
この宇宙に今までないものを生み出す
行為なのではないか。
吉田秀和さんは、もう一つ、重大なことを
言われた。
グールドのバッハはとてつもなく個性的
だが、同じような何とも言えない個性の
萌芽は、自分がピアノをヘンデルで弾こう
として、あまりうまく行かない、その
現場にも見いだされると。
私たち一人ひとりの話し方には、
それぞれ独特の「持調子」がある。
それと同じことが、クラシックの演奏家にも
見られる。
吉田秀和さんの言われていることは、
一つの真正なる生命哲学なのである。
吉田秀和さんがフランス語を学んだ
中原中也のこと。
小林秀雄との交流。
大岡昇平のこと。
丸山真男のこと。
ドイツの音楽にとっての
「東方」の意味。
バイロイトのこと。
まだまだ伺いたいことは
あった。本当に名残惜しい。
吉田秀和さんをお見送りしながら、
自分が次第に現代の文脈の中に
戻っていくのが感じられた。
かすかな痛みを残す甘美な記憶のように。
(吉田秀和さんとの対談は、PHP研究所
の雑誌「VOICE」に掲載される予定です)

吉田秀和さんと。ラ・マーレ・ド・茶屋にて。
新宿の紀伊国屋ホールにて、
『脳を活かす生活術』刊行記念の
講演会。
60分間講演、30分質疑応答。
その後、100名の方にサインをさせて
いただいた。
80分かかった。
打ち上げの場所に、NHK出版の
小林玉樹さん、高井健太郎さん、
それに有吉伸人さんまでがいらした。
「有吉さん、いらして下さって
すみません!」
プロフェッショナルに関する本の
ゲラのチェック。
時計を見ると、
ちょうど、『プロフェッショナル 仕事の流儀』
の中澤佑二さんの回の放送中である。
有吉さんの横で、一生懸命
ゲラをチェックした。
しばらくすると、有吉伸人さんの
携帯が鳴った。
「放送、無事出たそうです!」
「中澤さんの回、すばらしい出来ですよ!」
と有吉さん。
帰ったら、録画で見ようと思った。
ゲラのチェックが終わり、有吉さんたちと
飲み始めた。
「現代っていうのはロクな時代じゃ
ないですね! あれも要らない、これも
要らない! 何で良いものが駆逐されて、
どうしょうもないものばかり跋扈するん
だろう!」
私はいろいろ溜まっていたので、
爆発していると、有吉さんが
「ぼくも、このところ荒れていたけれども、
もっと荒れている人を見て、清らかな
気持ちになりました!」
と言った。
いろいろなことに追われて、
目一杯やる中、つらいことも多い。
だけども、時折、吉田秀和さんのような
素晴らしい人にお目にかかることが
できたり、真実に触れたり、
美をかいま見たりすることができる。
だから、人生というのは捨てたものでは
ないなあ。
PHP研究所の木南勇二さん、
横田紀彦さんと一緒に帰った。
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