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2009/02/01

ソクラテスが闘った相手

風邪気味だったところに、
金曜日の東京大学での授業で
大声を張り上げすぎたらしく、
朝起きたら喉がかれていた。

それでも、『ベストハウス123』
の収録を3本、『世界一受けたい授業』
の収録を1本しなければならない。

『ベストハウス』のうちの二つは、
自分が中心になって話す回。

マイクで音声的には拾えるが、
スタジオの人たちに届かせるのに
苦労した。

しかも喉をセーブしなければならない。

一年に一度くらい来る、苦しい日。

『ベストハウス』の「セレンディピティ」
の回は、小柴昌俊先生のインタビューも
あり、とても充実した回に。

冨田英男さん(トミー)ががんばった。
トミー、お疲れさま!

日本テレビの社屋で、
ディレクターの木村光一さんと
打ち合わせ。

木村さんが、先日私が書いた
ブログのことに触れる。

「茂木さんのブログに私の写真が
載っていたので、うちの嫁が『ぜんぜん
家に帰ってこないと思っていたら、ちゃんと
仕事をしていたのね』と納得してそれから
家庭が円満になりましたよ。ふだん、仕事を
している様子なんて見ないですからね。」

収録が終わったあと、木村さんといっしょに
写真を撮った。


『世界一受けたい授業』の収録後、木村光一ディレクターと。

長い一日が終わった。

世間の様子をつらつら見るに、
脳の成長のためにもっとも大切なことの
一つは、ソクラテスの言う「無知の知」
(awareness of ignorance)
ではないか。

自分は賢いとか、知っていると
思い込んでいる例があまりにも
多すぎる。

方法論にとらわれてしまうということも
ある。

思い起こせば、1994年2月、電車に
乗っている時にクオリアの問題に目覚めた
のは、わが生涯での最大の「無知の知」
であった。
文藝春秋2009年2月号 
 特集「わが人生最良の瞬間」の中に、「クオリアへの目覚め」として寄稿しています)

 ソクラテスが闘った相手の強大さが
身にしみる冬の夜。

___________

 私自身が、クオリアの問題に気が付いたのは、1994年の2月だった。当時、理化学研究所に勤務していた私は、脳の研究を始めて2年が経とうとしていた。私は、研究所から自宅に帰る電車の中で、いつものようにその日に思いついたことをノートに書き記していた。ガタンゴトン、ガタンゴトンという列車の走行音を、私はいつもと同じように意識の縁で聞き流していた。私の立っていた場所は、車両と車両の間の、連結器がある場所の上だったから、走行音は普通より大きく聞こえていたかもしれない。
 何がきっかけだったのか、よくわからない。突然、私の心の中で、「ガタンゴトン」という音の質感が、とても生々しく感じ取られた。そして、その質感が、音をの周波数を分析したりといった数量的なアプローチでは全く扱えない「何か」であることを一瞬にして悟ったのである。
 それまで、私は、脳というのはいくら複雑であるとはいえ、物理的法則、化学的法則に従って時間発展する物質系であると考えていた。だから、脳を研究するということは、脳という複雑なシステムの性質を研究することだと思っていた。もちろん、意識や心の問題が存在することは知っていた。しかし、何となく、意識や心というものは、例えば「車が走る」という記述が、「車を構成している物質がエンジン・ルームの中で燃料が気化して燃焼し、空間を移動する」という一連の物質的変化を「簡略表現」(shorthand)したものであるように、脳の中の複雑な一連の物質的変化を「簡略表現」したものに過ぎないと思っていた。今は便利だから簡略表現を使っているが、いつかは、具体的な脳内のニューロン活動を通してより詳細で正確な記述にとって変わられる、そのようなものだと思っていたのである。
 電車の中で、ガタンゴトンという音の生々しさ自体に気が付くことにより、物理的、化学的にいくら脳を詳細に記述しても、私が現に感じている「赤」という色の生々しさ、それがニューロン活動によって引き起こされているということの驚異自体には、全くたどりつけないということを悟ったことは、それまでの人生で最大の驚きだった。
 私は、この体験で、「クオリア」という、私たちの世界観の中に開いた穴の存在に気が付かされたのである。

茂木健一郎(2001年)
『心を生みだす脳のシステム』(NHK出版)より
_________ 

2月 1, 2009 at 08:57 午前 |

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コメント

クオリアの探求は、万物のすべてを包括する最も核となることだと考えます。この世界は、自分の脳内に収納(終脳)されているのではあるまいか。
食事をつくるときに、ガスコンロの青く美しい丸い火を見るときに、
クオリアだなと感じます。
世界中のどこでもが、そうなってしまっているように見えるし、聴こえます。
電車の音、デパートのスピーカーの放送、雑誌の見出し、
これらはすべて、脳内の現象なんだと考えるときもあります。
自覚的か、そうでないかの違いだと知りました。(ω)

投稿: | 2009/02/03 0:42:08

おはようございます

「ザ・ベストハウス123」で、「セレンディピティ」の回があるのですか~???    愉しみです!!!
茂木さんが執筆されていた「CREA」で、「セレンディピティ」という言葉を初めて知り、年末年始のあたりにBSで放送され、録画しておいた
映画「Serendipity」をこのあいだ初めて観ました!
お気に入りの映画の一つになりました

毎日の生活のなかでSerendipityに気づくには
きっとわたし次第。   きょうも一日がんばりましょう。

お仕事がんばってくださいね

投稿: | 2009/02/02 8:28:54

茂木先生こんばんは♪
自らの刑死を前にしても知を愛し求める姿勢を崩さず死を恐れなかったソクラテス、その思想を代わって書き記した弟子プラトン。無学ながらも崇拝しております。
“無知の知”、知らないということを知っている、常に謙虚な姿勢を忘れてはならないと、改めて自己を振り返らせていただきました。。 アウエァネス、深いのです。
 
文藝春秋はトボトボ歩いて立ち寄った本屋にて、偶然先生の記事を見つけ内容に感動し、購入して帰った足取りは軽かった。
“それまでの全ての悩みが祝福された日。あの時負わされた重い荷物を私は嬉々として担い、人生を歩んでいる。”などから励まされました。
 

『クオリア』という、私たちの世界観の中に開いた穴の存在に…意識、クオリア、心脳問題、非常に難しく。
ご著書『脳とクオリア』も、ええ私にとっては非常に難しいのです。
 
先生、お風邪もひかれ、お辛そうなのですが(/_;),くれぐれもお大事になさって下さいませね。(>_<)早くよくなられますよう、心から祈っております。。・゜゜(ノ_<。)゜゜・。

投稿: | 2009/02/02 1:13:45

茂木さん
相変わらず、超高速で日常をかっとんでいらっしゃるのですね

この冬も、ご多忙の中、体調を崩されたご様子。
きっと、ずっーーと先までご予定が詰まっていらっしゃるのでしょうが、どうぞお体大切にしてくださいね。

弱ったところに、インフルエンザウィルスなどに襲われたりしないように。。

今日、やっと書店に行く時間がとれて、「脳はもっとあそんでくれる」「脳のなかの文学」を購入しました。
一所懸命読んで、早く『今、ここからすべての場所へ』を買いに行きます

投稿: | 2009/02/01 23:45:48

こんにちわ

>しかも喉をセーブしなければならない。

>一年に一度くらい来る、苦しい日。


茂木さん、茂木さん、「ノドぬーるスプレー」と、「栄養ドリンク」ですよ!!(^^)

投稿: | 2009/02/01 22:56:51

健一郎様
喉の具合は如何ですか?どうぞお大事になさって下さいね。12月の日記の倉庫番、非常に印象に残っております。健一郎様ワインレッドの靴下に茶系の素敵な靴を。本当にこれから、脳に限定される事なく、『脳科学者茂木健一郎の~』を是非読んでみたいです。~は例えば、音楽や文学以外にも旅行や映画、食べ物や休暇の過ごし方、趣味などなど、何でもです。一人の尊敬する人物としての著書をいろいろ読んでみたいですね~勝手な事をつらつらと失礼致しました。

投稿: | 2009/02/01 22:49:33

茂木さまへ 風邪はとてもつらいですね。 風邪を引いてしまった時は、身体を温かくして十分な栄養を摂取して、寝ているのが一番ですが、お忙しい日々で、ゆったりと休息している時間もないのでしょうね。 今日は風が冷たく寒い一日でした。体を温める事が、免疫力を上げるのに大切な方法です。衣類に貼る遠赤外線のカイロを使って、背中や丹田を温めるのも少し効くと思います。 また、生姜と蜂蜜を紅茶に入れて飲むのも身体が温まりますし、傷めた喉にも良いと思います。 おやすみ前に、ゆったりと深呼吸を三回すると、身体がリラックスして深い睡眠を得られると聞きます。 一日も早く体調が戻られる事を、心からお祈りいたしております。 どうぞお大事に。

投稿: | 2009/02/01 22:19:48

投稿二度目で失礼します。


私たちの身近な日常にある諸々も含めて、この三次元にある数多のものごとについて、どれだけの「真実」を知っている、といえるのだろうか。

私たちの生きる次元のものやことの多くは、何故そこにあるのだろう。それについて、どれだけ私たちは分かっているのだろうか。

自然の中に生きるものたちについても、みんなそれとは自覚せずとも、人間たちから見れば、大きな底知れない謎を抱えて生きている…。

花や虫達、鳥たちなどについて私たちが知っている、分かっていることは、ほんの芥子粒程度でしかない。

一生のうちに、それらについて、知り得る、分かり得ることは、ほんの微々たる程度だろう…。


私たちは、本当は無限の謎の中で生き、死んでいくのに違いない。無知の知は、その謎に謙虚に立ち向かう時、私たちのささやかな脳内ネットワークの中に立ち現われるのだろう。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/02/01 21:58:54

茂木さん、その後、喉の調子は、いかがですか?
ベストハウスの収録、お疲れさまでした。セレンディピティの回、いつ放送なのでしょう?とても楽しみです!放送までワクワクしながら待ちます(^-^)
クオリア日記が、ご夫婦の円満にお役に立てたというお話し。良かったですね。同じように、クオリア日記から何かのご縁が繋がらないかしら。。なぁんて考えてしまいます。繋がったら良いなぁ☆
それまで生きていた世界、何気なく見ていた景色と、まったく別に見える経験。この経験は、どう生きていきたいか。にも繋がり…これがあるから毎日、張り合いをもって過ごせると思います。そして…全ての物が色鮮やかに見えたり。
ご縁やそのような生き方…これからもっと大切にしたいです!

投稿: | 2009/02/01 20:00:12

茂木健一郎さま

ミシュランさまの行動は隠密ですよね
ですから今回 正式に日本の観光地、ミシュランさまの格付けがフランスで書籍として今年の3月ですか?発売

その前も、その前 

『 クオリア立国論 』 にて 高尾山のこと そして実は東京のことの記述が、きちんと観光として成立している事実
外食に参られると、思いきや ホテルの宿泊先でルームサービスで夕食をとられること
他の方々に超一流レストランで自分は食事をしている!と 見て見て
ではなく、東京の夜景を宿泊先の部屋から観ながら夕食をルームサービス
それは日本の旅館では昔から当たり前でした部屋での部屋で夕食
それが東京の名の通るホテルで夕食をルームサービスで、などなど

東京都心が観光地として成り立つことの記述

これは、本質的に 
『 クオリア立国論 』
凄すぎです


投稿: | 2009/02/01 19:37:27

ゆったりした時間をプレゼントしたくなりました。(お大事に)

投稿: | 2009/02/01 18:05:44

かぜ きをつけてくださいね。。。

投稿: | 2009/02/01 13:02:30

親愛なる茂木様
今昼休みです。今日は青空が気持ち良いですね。
お風邪大丈夫ですか?喉ぬーるスプレーとのど飴で早く回復されますように… 「今ここから全ての場所へ」はいつぐらいに流通するのでしょうか?
蝶が輪舞する装丁幻想的で凄く素敵です。伊藤笑子さんセンスいいです!
故エリザベスキューブラーロスが、人間の魂は蛹で、死によって蝶になると仰っていましたが、魂の羽化って言葉が浮かびました。早く読みたいです~ワクワク(ノ^^)八(^^ )ノ
茂木さんの本2ヶ月で10冊くらい読みました。私は一度さくっと読んで、次はじっくり二度読み派です(そんな派あるのかな)
脳科学講義は、ちょっと難し目ですが、以前よりは多少読解力が増したかもしれないので、そろそろチャレンジしま~す。増田さんが脳科学講義の本で、いないいないばあを嬉しそうにしている以前の写真を見て、読まねばと思いました(笑)
一冊の本を出版するのにも、著者だけでなく沢山の方々が関わられているのですね。ありがたいです。げっ、もう戻らねば。失礼いたします。

投稿: | 2009/02/01 12:50:59

いつも「クオリア日記」を
拝見して思考回路を高めさせて
頂いておりますm(_ _)m

今日のBlogを読んで
脳にアプローチするのに、と言うか
脳の行動を理解しながら脳を使うのに
音(リズム)や音楽を感じる事は
大切で必要なのだなぁと思いました
実際に好きな音楽や一定のリズムを
感じながら行動すると(特に嫌な事)
心地良く出来ます(^-^)v
でも、聴覚の無い方や弱っている方
(特に御老人)は、クオリアを
感じにくいのかなぁ?と
疑問も生まれました
そして、そう感じる事が私にとっての
「無知の知」だと思いました

体調の悪い中、新鮮な考えを頂き
       有難うございましたm(_ _)m

投稿: ぱろっと | 2009/02/01 12:35:42

日々変わりゆくこの“世界”は、まだまだ私達の知らない「謎」が無数の星のように散らばっている…。

それなのに“自分は何でも知っている”と思いこんでいる人がこの世間には確かに結構いる。

「宇宙の全て」に対して人間は今だ無知である場合が多いということを「知る」のが実は一番謙虚な態度であり、生きる上でとても大切な態度の筈なのだが…。

ひとりの人間が一生涯知り得ることは、全宇宙に遍満する元素の無数さに比べれば、小さな素粒子程度の大きさに過ぎない筈だ。

人間が、知っていると思いこんでいることでも、その足下には、限り無く大きな『エニグマ』が大きな口を開けているのに違いない。

そのことを「知る」ことが、少なくともひとつの『無知の知』なのに違いない。

宇宙には人間の知り得ない『無知・未知』が溢れている。それに目覚めることは、時に己を世界に対して謙虚にし、時に茂木さんのように、難解な『謎』と『真理』に立ち向かわせる原動力となるのに違いない。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/02/01 11:40:07

ブログも本もいつも楽しく読ませてもらってます。
脳を研究してる人の脳ってなんか不思議ですね。分析する部分が分析されてるというか、なんかうまく表現出来ませんが。。

最近、視覚に入ってくる物に集中して生活してます。そして、
寝る前に目を閉じて1日の出来事を思い返すんですが、予想以上に細かい所を覚えてる事におどろろかされます。特に数字とかは鮮明に覚えていて不思議です。そして日を増すごとに夢を見ている位リアルに1日の出来事を思い返す事が出来る様になり脳の奥深さを感じている今日この頃です。

投稿: 禁太郎 | 2009/02/01 11:17:00

おはようございます(*^^)v

茂木さんが自分に言い聞かせてらっしゃる言葉はいつも、私の胸にズキズキ響きます。ずーんと のしかかります。(`´)ハアハア…。

でも、茂木さんの笑顔を見ると 許してくれるって勝手に思えて 救われます。

茂木さん、お家で ハチミツ大根を作ってもらってください!!!!

投稿: | 2009/02/01 10:49:18

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