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2009/02/06

今、ここからすべての場所へ

茂木健一郎
『今、ここからすべての場所へ』
(筑摩書房)

発売中。


amazon 

佐伯剛さんが発行している
雑誌「風の旅人」 
に5年間にわたって連載された
旅や人生をめぐるエッセイをまとめた
本です。

『生きて死ぬ私』以来の、
生きることの意味を見つめた随想集です。

表紙を描いて下さったのは、日本画家の
大竹寛子さん。

編集して下さったのは、筑摩書房の伊藤笑子さんです。

___________________

『今、ここからすべての場所へ』 あとがき

旅することが私たちの宿命ならば

 佐伯剛さんが訪ねていらした時のことは、よく覚えている。ある日ふらりと研究所にいらして、「新しい雑誌を創るのです」と言われた。
 「雑誌の名前は、『風の旅人』といいます。茂木さんも、ぜひ書いてくださいませんか?」
 佐伯さんの静かな中にも熱のこもった口調に接して、私の中で知らないうちに何かが動き始めた。
 佐伯剛さんは長年旅行社の経営にかかわってきたのだという。アジアやアフリカなど、通常の観光旅行の目的地からさらに「先」にある場所への旅に携わってきたという。それは、すべてが便利で手軽になっていく時代の中で、まさに「旅する」という動詞にふさわしい営みだったのだろう。そのような経験が、佐伯さんに独特の風貌と醸し出す雰囲気を与えていたように記憶する。
 「都市の衝動」から「今、ここから全ての場所へ」へと。連載タイトルを替えながら、『風の旅人』と佐伯剛さんにお世話になった。同時期に連載していた作家の保坂和志さんとともに、新宿の飲み屋で佐伯さんやスタッフたちとお酒を酌み交わしたこともある。私の中で、『風の旅人』に連載を持っていた時代は掛け替えのない体験として、心の中に今でもありありとある。
 媒体の持つ力というものだろう。『風の旅人』の連載では、毎回、その時々の自分にとって切実なテーマについて、深く掘り下げて書くことができた。その間に浮かび上がってきた私たちの住むこの世界とそれに向き合う私の「認識」というものの感触を、どうしても忘れられないでいる。
 「変わり得る」ということは、人生において一番大切なことなのではないか。それは、必ずしも「旅する」ことの中だけにあるとは限らない。しかし「旅」こそが、私たちの魂をざわざわと突き動かすことができることも確かである。松尾芭蕉が書いたように、そもそも人生というもの自体が「旅」なのかもしれない。これらの文章を書きながら、私はずっと旅を続けてきた。
 旅することの力学は複雑である。外面が変化するとともに、自分の内面も移ろう。「世界が今までとは違った場所に見えるということがあり得る」ということが、私たちが生きていく上での最良の「恵み」となる。過去の自分が否定され、乗り超えられる。やさしき自己否定の深き喜び。始めた時と終えた時では自分が同じ自身ではなくなるという奇跡に感謝。
 何かに出会った時に、どれくらい新しきものを受け入れることができるか? この「受容」のプロセスこそが、変化の階段を上るための鍵となる。心の振れ幅こそが、精神の若さを測るメルクマールとなるとなるのである。
 新しい事態に立ち至った時、心が凛と緊張する、あの間合いが好きだ。バリ島の砂浜で驚くほど精巧にできたサンド・キャッスルを見たとき。九州の田舎町で、名も知らぬ食堂に入った夕べ。沖縄の斎場御獄の空気に包まれた午後。イギリスの大学街の煉瓦作りの間をひたすら歩き、孤独がしみ入り、なぜか新宿の雑踏が懐かしくなった夜。アメリカでタクシーに乗っていて突然、自分の身体を支えている地球という巨大な土塊のありさまを実感した瞬間。これらの人生のスナップショットたちすべてが響き合って、私というケシ粒のような存在の変貌のプロセスを祝福してくれた。
 それらの時間は、もはや戻ってこない。文字として定着することで、かろうじて想い出すよすがとなる。過去から未来へと、決して戻ってくることのない流れ。意識の神秘も、生命の不思議も、すべて「時」という偉大なるパラドックスの果実である。
 旅することが私たちの宿命ならば、その定めを喜んで享受しよう。いつか死ぬまで、変化し続けることが避けられないのならば、運命の暗闇から目を上げて太陽を見つめよう。自分たちの眼自体を陽光としよう。避けられないことから逃げずにむしろ抱きしめる、その魂の姿勢の中に真実があると信じて。
 筑摩書房の伊藤笑子さんは、連載を本にするに当たって、大変骨を折って下さった。ここに、心から感謝する。伊藤笑子さんの活字というものへの愛にあふれた仕事がなかったら、この本がこのように美しい形で物象化することはなかったろう。また、東京藝術大学の日本画科博士課程に在籍している大竹寛子さんは、表紙のために素晴らしい絵を寄せて下さった。大竹さん、本当にありがとう。最後に、『風の旅人』における連載の機会を与えて下さった佐伯剛さんに敬意と謝意を表します。

冬の真ん中の、まるで春のような一日に。

茂木健一郎

___________

2月 6, 2009 at 07:31 午前 |

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コメント

こんにちは。
初めて書き込みさせていただきます。
毎朝、茂木さんのクオリア日記で一日を始めるようになってから
季節がひとつ過ぎました。
美しいページからパワーをいただいて始める一日。
心から感謝しています。


『今、ここからすべての場所へ』
ぜひ読みたいなと思います!

「斎場御獄」茂木さんも行かれたのですね。
実は私も行ってきました。
同じ空気を感じたかもしれません~
何だかとても嬉しく思います。。。


Happy Valentine`s Day!

素敵な温かい夜でありますように☆

どうぞお身体にお気をつけて
これからもがんばってくださいね。

投稿: lake | 2009/02/14 17:40:04

茂木健一郎さま

文中に岡本太郎画伯の乾杯の音頭

実は

テレビドラマ

刑事コロンボ

題名

仮面の男

コロンボにバーのお店の方

毒は、なんにします?

と、お酒を毒として日本語訳で

私の聞き間違え?かな
ただ
印象的です

岡本太郎画伯の乾杯の時代背景など
ふと、です。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/02/09 7:42:10

茂木健一郎さま

岡本太郎画伯の

この酒を飲んだら・・
乾杯


一期一会にも通じることでも、拝読させて頂きながら、ふと

岡本太郎画伯の乾杯の音頭

強烈

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/02/09 7:07:16

印象的なレインボーブリッジの都心側と ふと以前 感じていたこと
思い出しました。

投稿: 大阪noアルバイトchan | 2009/02/07 21:28:20

茂木さん、おはようございます。お知らせありがとうございます。今日帰りに買いますね。楽しみです。
旅人って美しい存在ですよね。旅人がいるから日常生活に爽やかな風が吹くのだと思います。
私も本当の旅、したいなぁ~
(^^ゞ

投稿: 眠り猫2 | 2009/02/07 8:11:50

茂木健一郎様

今、ここからすべての場所へ

ああ、広大な意味が届けられるのだと思うとドキドキします。

>旅することが私たちの宿命ならば、その定めを喜んで享受しよう。いつか死ぬまで、変化し続けることが避けられないのならば、運命の暗闇から目を上げて太陽を見つめよう。自分たちの眼自体を陽光としよう。避けられないことから逃げずにむしろ抱きしめる、その魂の姿勢の中に真実があると信じて。


ああ、今朝も涙がにじむ朝です。だけど、必ず頑張ります。

ありがとうございます。

投稿: Yoshiko.T | 2009/02/07 4:28:49

思い出を思い出すきっかけとなる
たとえば、当時のことが書いてある文章を見たり、写真を見たりします。
すると、文章の内容以上に思い出すことや、映っている画像以上に思い出すことが出てきます。
それは、3次元の文字や絵には収まりきれない情報(感情)が、4次元の脳内に飛び出しているのではないでしょうか。
脳には思い出せない記憶がたくさんあるということを以前に教えていただきました。そして、そういう記憶が
無意識に意識を支えているということを知りました。□

投稿: NHK | 2009/02/06 23:11:32

茂木健一朗さま

購入させて頂きました

自然な仕草 今晩も自然に半井小絵さん、お辞儀の時 横に
恰好よく素敵
そういえば、ニュースのその後 白鳥が 春が来た!飛び立つニュースも流れ 暦の上だけでなく自然界も春の声が 

小田急デパート町田店内 久美堂さんで購入の前
向かいにある 山野楽器さんで カラヤンとベルリン・フィル、最後の日本公演 NHKさまがFM放送された音源CD 購入しました

そして いざ、いざ!

取り置きをお願いしていました 高木です!

久美堂さんの店員さん 大切に茂木健一朗さまの新刊を

お値段ですが 私 表紙も素晴らしいので 2000円以上と思っていましたので 2000円以内も以内 その2000円出して御釣り

地下の食品売り場に参り パン屋さん 小田急デパート町田店のパン屋さんで買うのも楽しみでしたので お得感でした 御釣りでパンを購入
もちろん 小田急デパート町田店の駐車場 デパートの前の
2000円以上でしたのでCDも入れて 無料駐車でした。


茂木健一郎さま
逆に まえがき が、ないんですね
でも  『 お台場の自由の女神 』 が、まえがき 以上の存在感

恰好良い お写真

¥1600円 税別 表紙の手触りから優しいですし 表紙を外すと
小さく
 今、ここから すべての場所へ   お洒落な文字の存在感

表紙に戻ります 茂木健一朗さまの お名前の下に赤く ローマ字で
お名前が
恰好良いです

今一度 表紙を外して 細かい横の線は判りますが表の白地の部分
でも縦に薄く均等感覚に線 これは なんで?でしょう?と思いつつ
再度 開きまして 最初の部分から端末の部分 茶色の包装紙を持つ感じで持ち上げてみましたら

それだけでも素晴らし意志 

ピラミッドの内部の壁画みたいな表装の中に茂木健一郎さまの文章が秘蔵されている私なりの感覚です

背表紙の部分と言いましょうか 上、下の金の糸に見える部分も絢爛

素敵な書籍と思います。

文中の最初 レインボーブリッジを渡り、都市に向けて緩やかに

あのカーブの下り 本来は限られた敷地内で高さを稼ぐためにループ状にしてと どこかで聴いた気がしますが 逆に私は レインボーブリッジの都心側 お台場側みたく、ストレート形状ではない 円を描きながらの

印象的なレインボーブリッジの都心側と ふと以前 感じていたこと
思い出しました。


投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/02/06 22:51:21

2週間前に沖縄の斎場御獄と久高島に行ってきました。
11月24日の東大駒場祭での講演で「沖縄はここだけに
行けばいい」と言われてましたね。

久高島の北端を目指して歩く時々に背筋に来る「ゾクッ」
という何かに「来た!」と感じていました。

あのかんじは言葉では言い表すことが出来ません。

「生きて死ぬ私」の中で言われている「知ることよりも
感じることの方が大切なのではないか」という件は、こ
ういうことかと勝手に思っています。

投稿: 田中浩太 | 2009/02/06 17:45:48

茂木健一郎さま

小田急デパート町田店さんの久美堂さんに

新刊、本日の茂木健一郎さまのブログで拝見し

申し上げましたら

小田急デパート町田店さんの久美堂さん

茂木健一郎さまの新刊、沢山、出ていますので!

タイトルを申し上げまして、取り置きして頂けました
本日、あとで小田急デパートさんに、です

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/02/06 13:16:50

茂木健一郎さま

あとがき

私は拝読は、あとがき、からと

年明け小樽で茂木健一郎さまの書を拝読させて頂きました時、心に、ですので
助かりました!と、同時
あとがき、だけ拝読?

購入、させて頂きます

町田の小田急デパート内、久美堂さんに後ほど、店頭販売分 お尋ねしてみます

ちなみに小田急デパート町田店

二千円以上のお買い物の際、駐車場、二時間無料
町田に住んでますが、町田駅近辺に買い物は、あまり行かないので

近頃の買い物、相模原市の釣具屋さん、さがみ屋さんで磯つりの、ウキ、とか

書籍は基本的に駐車場完備の本屋さん
でも、二千円以上の書籍は 小田急デパートさん! 決めています

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2009/02/06 10:35:48

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