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2009/01/01

驚異なんて

 情熱は大切だけれども、それは情熱自体に
あこがれて導かれるわけではない。
 
 なにかこの上なく具体的なものとの出会いによって、
人は情熱を知るのである。

 私は子どもの頃自然を愛することを学んだが、
抽象的な概念としての「自然」にあこがれたのではない。

 蝶という、具体的な生きものの印が
心の中に刻まれたがゆえである。

 「科学者」とう抽象的な存在になろうと
思ったわけではない。
 小学校5年生の時に伝記を読んで、
アルベルト・アインシュタインというたった
一人の生涯と事蹟に「感染」したのである。

 具体に感染しなければ、情熱など
生まれない。

 本当に、たったこれだけという、
きわめて具体的なもの。

 情熱的にになりたいなどと、抽象的な
泡を吹いていても仕方がない。

 世間がこれがいいと言うから、自分でも
それがいいと思うなどという人は情熱の
姿がぼやける。

 自分が命がけでそれを追うことのできる、
たった一つの何ものかを見つけよ。

 一日中論文をあれこれと考えていた
大晦日。

 森の斜面を走る。オレはまだ
道なき雑草の間を駆け抜ける力を持っているか。

 空気が冷たい。この感じが
いいんだよな。

 上はトレーナーを羽織るが、下だけは
どうしてもショーツでなければならない。
 こればかりは、子どもの頃からの習慣で、
仕方がない。

 下もトレーナーを履くと、まどろっこしくて
しょうがないんだよ。

 虫たちは、枯れ葉の下で、土の中で、
樹皮に隠れて、
 厳しく長い冬を堪え忍んでいる。

 いずれまた、
満開の桜の花を見上げることができるよナ、
ねえオケラくん、ゴマダラチョウの幼虫、
ユズリカの卵よ。

 考えてみると、驚異なんてそこらへんに
ありふれて転がっているなあ。

 宇宙は神秘の出し惜しみをしないよ。

____________

 以上の議論をまとめよう。
 私たちは、認識の問題を根本的に説明しようとするとき、反応選択性の概念は採用できないことをみた。反応選択性には、幾つかの致命的な欠点があるからである。反応選択性は、せいぜい、過渡的な説明の道具として使うことができるに過ぎない。私たちは、もし認識がニューロンの集団の発火からどのように導かれるかを理解しようとしたら、「認識におけるマッハの原理」にまで遡って考え始めなければならない。
 それにもかかわらず、今日、電気生理学では反応選択性の概念を実験データを解析する際の最も有力な枠組みとして採用しており、また、それが実際ある程度の有効性を持つことも事実である。これは、どういうことだろうか? 何故、反応選択性の概念は、感覚野のニューロンの反応特性を理解する上で、ある程度有効な概念なのだろう? 認識の問題の最終的な解決は、「認識におけるマッハの原理」に基づくはずだ。反応選択性の概念がある程度機能するということは、「認識におけるマッハの原理」と「反応選択性」の間に何か深いつながりがあることを示唆するのだろうか?
 実は、この点は、認識の問題を考える上で、今日、最も重要な論点の一つである。「認識におけるマッハの原理」は、正しいことは疑いないが、そのままでは役に立たない。一方、反応選択性の概念は、最終的には正しくないが、実験データの解析にはある程度役に立つ。実験データの解析という面においては、「認識におけるマッハの原理」は、全く無力だ。実際、私は、電気生理学者に、
 
 お前の言うことは良くわかった。じゃあ、一体、反応選択性以外に、ニューロンの反応特性のデータを解析する有力な概念があるのか? あるのならば、教えて欲しい。

といわれたら、返事に詰まってしまうだろう。実際、現在のところ、反応選択性以外に、観測可能な量はないのだ。だが、何か道があるはずだ。反応選択性の概念と、「認識におけるマッハの原理」が、握手をしてつながる場所がどこかあるはずだ。この世紀の握手が成立したとき、その時こそ、認識の問題におけるブレイク・スルーが起こる時だろう。
 だいぶ複雑な議論をしてきたので、最後にこの章の議論の論理構造を図式化してみる。
 
反応選択性は、実験上も理論上も重要な概念だ。

だが、反応選択性には、認識を説明する原理としては、
致命的な欠陥がある。

「認識におけるマッハの原理」が健全な出発点だ。

だが、「認識におけるマッハの原理」は、
現状では観測可能な量を定義できない

結局、反応選択性を実験データの解析上使い続けるしかない。

 誠に遺憾ながら、以上が、認識をニューロンの反応特性から説明しようという努力の現状である。
 先に、「マッハの原理」は、きわめて正しいし、深遠なのだが、あまりにもラジカルなので、実際に役に立つ法則を産みだせなかったと述べた。インパクトのある理論をつくるためには、アインシュタインが行ったような、妥協と中庸の道をいくしかなかった。
 「認識におけるマッハの原理」についても、同じことがいえる。この原理は、あまりにも正しく、そしてあまりにも深遠だ。だが、そのままでは、あまりにもラジカルで、何の役にも立たない。欠陥だらけと知りながら、「反応選択性」の概念を使い続けざるを得ないのだ。
 本当に難しいステップ、それは、アインシュタインがやったように、「認識におけるマッハの原理」から、何らかの妥協を経て、インパクトのある理論を作ることだ。今、認識の理論は、一人のアインシュタインを必要としているのである。

茂木健一郎 『脳とクオリア』 

第2章11節 認識におけるマッハの原理と反応選択性との関係 より

____________

1月 1, 2009 at 08:00 午前 |

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コメント

実際に役に立つから
明らかな結果が出るから
人間は、このような明白さにどれだけのものを犠牲にしてきたのだろう。
人間はいつから
はるか遠くを見渡すことを
自分の内奥深く潜ることを二の次にして
より早く、より多くの、より明らかな、
目の前の利益に身を捧げるようになってしまったのだろう。

投稿: | 2009/08/21 17:10:21

茂木健一郎さま

あけましておめでとうございます。

情熱は、具体的なものに感じる。
抽象的な概念に情熱を感じるわけではない。

とても納得してしまった文章でした。

おもしろいですね。


私自身が中学時代から今まで「卓球」にとりつかれているのも
まさしく、楽しそうにボールを操るワルドナーという「選手」
への憧れであったり、
その選手と同じプレーを自分もやってみたいという
感情によるものがとても大きい気がします。

卓球に関しては「試合での勝ち負け」というより
「練習場でで十分だから自分の追及する卓球をしたい」という
モチベーションが最終的には勝ってしまっていたのですが
上のように考えるとなるほど説明がつきます。

「卓球への情熱がない」などと周りの人にいわれた事もありましたが
この上なく特定の具体に、心がヒリヒリしていたんでしょうね。。

自分はよく、「どんなスポーツでも好き」とよく人に言うのですが
その表現も間違っていたのかもしれません。。

「野球が好き」というより「イチロー、松坂に興味がある」
「テニスが好き」というより「フェデラー、イワニセビッチに興味がある」

「フィギュアスケートが好きだ」といっておきながら
大好きな『アレクセイヤグディン』選手が引退してからは
フィギュアは一切見ていません。。

でもヤグディンのビデオは飽きずに見ている。。


茂木さんのおっしゃるように
魅力的なトップアスリートにただただ私は感染していた、
ということなのでしょう。

感染してしまう「具体」が、昔はトップアスリートでしたが
近年は様々なジャンルのプロフェッショナルへと変わりつつあります。

それも茂木さんがMCをつとめる「プロフェッショナル仕事の流儀」による
影響が大きいのかもしれません。

この半年ほど、茂木さんに対しても
感染してしまいそうな自分を少しおさえておりましたが
先日の一件で完全に感染してしまったような気がしています(笑)

感動を押さえ込む事のバカらしさ、感じました。

昨年は茂木さんにとって激動の一年だったのではないでしょうか。
今年もお忙しくなるかと存じますが、茂木さんの活躍を祈っております。

今年もよろしくおねがいします。

河原

投稿: | 2009/01/04 9:07:26

たとえばアハ体験をするときに、絵を見た瞬間は、反応選択性で、
アハとなるときは、マッハの法則だということでしょうか。
天井からタオルが落ちてくる前に!

投稿: | 2009/01/03 12:31:34

茂木健一郎さま

小樽天狗山スキー場さまでの ご来光拝見の特別送迎バス

昨年は半井小絵さんの解説で北海道、晴れそうな!ご来光も事実
しかし今年は半井小絵さんの解説によると、ご来光は難しいそう、早起きしていかず、10時39分
産業会館前のバス停発車で天狗山スキー場さまに参り、山頂レストランにお昼参ると
レストランの方

高木さん!!今朝、来なかったでしよ!みんなで、高木さん来た?来ないね、と、話てました
と、申され
まさか
言えない
半井小絵さんの気象解説で、ご来光は難しいそうだったので!とは

僕も、年をとったこの頃、早起きがきつくてね!
レストランの方も
なーんだ!それで!!

茂木健一郎さま
意外ではなく
リゾートスキー場と違い
小樽天狗山スキー場さまは 誰がどなたで!と
それも顔写真付きのバスで滑っているので

高木英樹さん!

自然な会話にです
楽しいですよ。

投稿: | 2009/01/02 9:05:13

情熱は具体的なものとの出会いにより 生まれそしてより確かなものになる。 まさに そんな出会いにより 人は大きくかわる。 出会えるか出会えないかじゃなく、常にアンテナを張っておく。茂木さんの本を読み、そして話を聞き、学びました。そして そのことも 具体的な出会いで あり、情熱に繋がった。今年もやるぞー!

投稿: | 2009/01/02 8:58:34

新年あけましておめでとうございます。
旧年中は、たいへん、たいへん、お世話になりました。
本年もクオリア日記の一読者として、宜しくお願い申し上げます。

とにかく、いろんなことが私は間に合わないのであります。
急がないから、よけい、間に合いません。
少し前、「(ジャングルでは)早く歩けば、
それだけたくさんのものを見ることができる」
という言葉が紹介されてありましたが、
私の場合、目の前の視界が早回しの絵になり、
ほとんどなにも見れないのではないか?、と思います。

クオリアに関して、らせん状に少しずつ進んでおられるとのことで
良かったなあと思いました。

本題を手短に書きます。
榊原洋一著『脳科学と発達障害 ここまでわかったそのメカニズム』
という本の中に、
「自閉症者の視線認知とミラーニューロン」という箇所があり、
西谷とハリ という人たちの研究が紹介されています。
けれど、私は、読んでも意味がよく分からなかったのです。

脳磁図というもので計測した時、
「IPLから ミラーニューロンのあるIFまでにかかる時間が、
アスペルガー症候群では顕著に延長している」とあり、
その延長時間というのは「約50ミリ秒」だったそうです。

ミラーニューロンは、時間的な遅れはあれど、働いているのだから、
これは、ミラーニューロンを論じるためのデータというよりは、
先生の言われる「マッハの原理」に
関係が深いのではないのでしょうか?
でも、その本には、それらしいことは書いてありません。
私は「マッハの原理」というのを、
詳しく理解できているわけではないようで、今は残念ながら
何とも分かりません。

認識するクオリアは、ひとそれぞれ、ある程度、違うはずですが、
ある程度 同じような種類の差異を持った人々を
自閉症スペクトラムというグループで呼んでいるのなら、

(実際には、
脳に出現する、ある種の差異に、数多のバリエーションがあり、
でも、それらが、似た種類のコミュニケーションのしづらさを
引き起こした場合、そういう状態をまとめて自閉症と
呼んでいるに過ぎない、と私は思うが)

クオリア研究と、自閉症研究は、非常に近いところにあるはずと
常々思っています。
私はどちらにも関心があります。
なので、茂木先生の、クオリアに関するお考えは、私にとって、
なるべく理解できるよう、努めなければいけないのだと思っています。

仮に、自閉症スペクトラムの一部の人たちに、
まとまったクオリアとして感じられないような、
他者の顔の表情や仕草が、あったとしても、
それは、他の障害や病気を持つ人と同じ意味で、
だからといってコミュニケーションを諦めることはないはず、
と思います。

対人的コミュニケーションに決定的なハンディを持った人が
コミュニケーションの質を向上させるにはどうしたらいいのか。
原因の確定していない障害に、まだ、脳科学的な処方箋は出ていないと思います。

必ずしも自閉症に限らずとも、
社会との関わり方がイメージできない、
一般的に求められている関わり方ができない、というのは、
しんどいことかも知れませんが、
周りから非難されるかも知れませんが、
何か対策はあるはずだ・・・
その対策を私は知りたいです。

誰と入れ替わっても、たぶん大丈夫と
と仰った茂木さんなら、そのとき、
どんな具体を描かれるのだろう。


投稿: MiznoYuli | 2009/01/02 4:37:33

10の11乗個のニューロンが≪バリバリバリ!≫と発火しているところを観測できたらどんなに素晴らしいのでしょうかしら。(゜O゚)!!
認識において、あるニューロンの発火が果たす役割は、同瞬間に発火している全てのニューロンとの関係によって決定され、単独で存在するニューロンには意味がない…とわかっていながら、解析するには反応選択性をとるしかなく、認識におけるマッハの原理では具体的なデータがとれないというのは、無知なものでも、歯がゆく憤りを感じます。どうにかならないのですかねえ。(´・ω・`)そして改めて先生は、路なき道、とてつもなく難しいところをやっていらっしゃるのだと思わずにはいられません。
うーん脳みそが捻れそうです。。
それでは、茂木先生お休みなさいませ。よい夢を。(*´∀`*)ノシ☆☆☆

投稿: | 2009/01/02 0:33:23

茂木さん、あけましておめでとうございます!

  世間がこれがいいと言うから、自分でも
  それがいいと思うなどという人は情熱の
  姿がぼやける。

  自分が命がけでそれを追うことのできる、
  たった一つの何ものかを見つけよ。

2009年元旦のこの言葉、
わたしの今年のテーマにします♪
茂木さんから投げかけられる言葉は
常に自分自身を見つめなおして
原動力となっていきます!
今年もたくさんの本や、気づきに出会えることを
楽しみにしています☆

投稿: Loly | 2009/01/02 0:26:46

明けましておめでとうございます。
オケラをご存知ですか?かわいい形してますよね!
昨年秋、同僚がかるーくステップを踏んでいたので、なにやってんの?と足元を見たら、オケラでした。見たことない生き物だったから、みんなに見せようと、廊下から事務所まで蹴飛ばしながら来た、と言うので、コラァ!かわいそうやろー!と逃がしてあげました。久々にオケラを見て、可愛すぎる姿形にキュンとなりました。

投稿: | 2009/01/01 21:52:04

情熱の“もと”が抽象的だと、その もと への憧れで満足してしまう事もありますもんね。その点、具体的なものだと、目の前の目標としてたてられるだけでなく、色々と教えられる事も多いもの。
私自身、小さい頃、感染した具体の情熱が、今の私を支えている(目指す目標とも言えますが…)、たった一つのものです。
宇宙は、神秘を出し惜しみしない。待っていてくれているんですね!(^o^)
ありがとうございます!
早く近くへゆけるよう頑張ります!

今年もよろしくお願いします!

投稿: | 2009/01/01 19:55:30

書き忘れたので加筆します。

もちろん、第一次視覚野などのニューロンの発火は、入力に対する・入力における反応にみえます。
そのとき同時に、知性の器にその情報が送り込まれているのでしょう(仮説です)。

投稿: 西山 | 2009/01/01 17:55:58

明けましておめでとうございます。
今年もよい年でありますように。

元日から、参考になる内容が盛られていて、正確でぶれのない流れるような文章で惹きつけられました。

読んで、参考のため茂木さんのサイトを訪れ見て、発想したのは次のようなことです。

<認識におけるマッハの原理>
>より正確に言うと、そのニューロンと相互作用によって結びついたニューロンの発火の連なり(クラスター)が、全体として「バラ」という認識をコードしていると考えられる。脳の中のニューロンは、一つを取り出しても意味がなくて、第一次視覚野からV2、V4、そしてIT野の「バラ」ニューロンの発火に至る、相互作用で結びついたニューロン発火のクラスターが全体として「バラ」という認識を支えているわけである。

<認識のニューロン原理>
>つまり、私たちの心の性質は、どんなメカニズムに基づくにせよ、ニューロンの発火状態によってのみ決まるというわけである。これは、今日知られている様々な実験的証拠から考えて、妥当な仮定だということができるだろう。
>高次の視覚野にいくほど、より複雑な反応選択性を持ち、受容野(視野の中で、そのニューロンを発火させることのできる刺激の位置の範囲)の大きいニューロンが現れる。


以上から発想したのは、コンピュータで例えるとして、「CPU+RAM+ソフトウェア」がどこかにあるのではないか、ということです。

意識の器、と同じく、知性の器、があって、それが「CPU+RAM+ソフトウェア」として働き、脳のもつ情報をあちこち参照しているようにみえます。
その中でも例えば、「>高次の視覚野にいくほど、より複雑な反応選択性を持ち」からも、そういった情報にまつわるその個人独特の情報(過去からの経験などによって身についた傾向・特質・性質といったようなもので記憶のようなもの)を参照して、その心的内容を構成していっているように感じます。
つまり、そういったところのニューロンたちの発火は、知性の器がなさせているような印象を受けるということです。
コンピュータで例えると、脳のいくらか、から、かなりの部分がハードディスク+αであって、「CPU+RAM+ソフトウェア」がそれにアクセス(そのとき発火)して情報をかき集めていっているようにみえるということです。

さらに、それと、ペンフィールドの観察結果、リベットの実験の結果、などをも考えあわせると、やはり、知性の器、が波動性の高い存在であって、それが目に見えない「CPU+RAM+ソフトウェア」のような知性として働いているという印象を受けます。

以上ですが、もちろん、それは仮説であって要検証です。

投稿: 西山 | 2009/01/01 17:42:54

あけましておめでとうございます。

茂木さんにとって、より良き仕事ができる一年となりますように。
たくさんの善き出会いと、心身の健康に恵まれますように。

「バブル賛歌」読みました。
文中で茂木さんがご自身で経験された、たくさんのバブルを書き連ねていましたが、私も今までの人生でいろいろなバブルを経験し、影響され、こうして今ここにいる私という人物を形成しているのですね。思い起こせば結構な数(でもきっと、誰でもそういうものはいろいろあるはず)。。。そしてそれは、出会っていた物が違えば、今とはまったく違う自分であったかもしれず。。。無限の可能性の中から出来上がった、今の自分がいる不思議を感じます。

そして、世間は今、たくさんのメディア、出版等、まさに茂木さんバブルともいえる時代ですね。
私にとっても昨年はそうでした。

講演会やカルチャーセンターへの参加、著書等、あまりにも急速にふくらんでしまった感があります。ですが、茂木さんを通じて今まで自分が目を向けてこなかった方向もいろいろ見ることができて、好奇心の向かう世界が少し広がりました。萎んでしまわぬよう、ゆっくり広げていきたいと思っております。

茂木さんという具体に感染してしまってるのでしょうね。さて、ではこの情熱はどこに向かうやら。

投稿: | 2009/01/01 16:57:18

 明けましておめでとう御座います。

 先生の下に辿り着くまで、あと何年かかるか分かりませんが、「そう言えば、こんな口だけ達者な奴がいたなぁ…」程度には、覚えていて頂けると幸いです。

 情熱を燃え上がらせるために、具体的な研究テーマを求めて、ロジャー・ペンローズの心の影2巻を肌身離さず持ち歩いているのですが、持ち歩くだけで読んでないので、さっぱり燃え上がりません。…駄目なヤツ…

 アインシュタイン、茂木、ペンローズ、エルディシュ、僕の焦がれた天才達。
 彼らに感染する前に、日本のサブカルチャーにどっぷり感染してしまっているのが障害になってます。上手く両立できないかなぁ…


岡島さん

Roger Penrose読むんだったら、どうせだったら
英語の原書を読むといいです。その方が
ためになります。

茂木健一郎

投稿: | 2009/01/01 16:55:11

明けましておめでとう御座います。
圧倒的なエネルギーでのご活躍!
今年も、継続されていかれますように!

小生は、相変わらずのマンガ講師を、無事遣りぬくつもりです。
72歳での、ぼくの「冒険」かも。   
 
また、今年も1冊に成る分量の小説を書いてみたいです。
昨年の<夢テーマ>1冊分は、ちょっと越年しましたが、新学期前には
終了します。

「新人」の気分を味わっております。

投稿: 長谷邦夫 | 2009/01/01 16:49:26

今年も、よろしくおねがいします。

投稿: | 2009/01/01 16:45:11

茂木健一郎様
明けましておめでとうございます。A happy new year!元旦からマラソンをなさっていらっしゃるのですね。そして、地中の昆虫たちへと想像を膨らませて。私も海岸線沿いを早速ウォーキングしようかしら。海の底の魚たちの日常に思いの手を伸ばしてみようかしら。茂木さんにとって今年が、豊かで素敵な一年であります様に。

投稿: | 2009/01/01 16:29:53

2009年は、穏やかな冬晴れの中に、明けました。静まりかえっている町を歩き、新春の澄み切った空気を、肺腑に吸いこんできました。

自分がなぜ、『自分』という「個」として、存在しているのかさえこの世の驚異のひとつなのに、日頃はそれを何故驚異かとは考えず、ただ気にもとめずに過ごしてしまう。

良く見れば、我等が依って生きるこの世界というやつは、多様なかたちをした無数の驚異に満ち溢れているではないか。

道端でみゃあぅ、と鳴いている猫一匹にしたって、猫として存在しなかった可能性もあったかもしれない。一匹の猫として、生涯を全うすること以外に、別の生き物にも生まれてくることも出来たかもしれない。

何故、そこにいる猫は、猫として生まれてこなくてはならなかったのだろう?…思いを馳せると、底知れない謎と驚きと、限りのない疑問符が頭の中に沸いてくる…。

そこから、様々な次元や森羅万象の存在についての神秘が口をあけて待っているとするならば、いっそポン!と、その神秘の口のなかに飛び込みたいものだ。

「脳とクオリア」を今年こそは、読むことにトライしてみよう。そして現代の、ひとりの「闘う知性」の叫びに触れて見たい。


新年、おめでとう御座います。今年が茂木さんや、読者の皆様にとって、稔り多き1年でありますように。

投稿: 銀鏡反応 | 2009/01/01 14:17:10

親愛なる茂木様
新年明けましておめでとうございます。
今年が茂木さんにとって素敵な一年になりますように、心よりお祈りしております。m(_ _)m

昨日昔の物を整理していたら、十年位前の手帳見つけました。
その手帳に、出典が明確でないのですが(確か哲学辞典だった)内容からするとインド哲学でしょうか。こんな走り書きがありました。
「真理→自他の差別的観念を吹き消して平等な世界を直視すると、空そのものとしての慈悲が顕れる」

うーむ、深いぃです。

茂木さんは小さき虫くん達にも優しい愛情いだいていて素敵です。
茂木さんてお名前にも森を感じます。言霊かなぁ?
私は茂木さんの智の森に遊びにきているなんか小動物です(笑) いつもお邪魔してゴメンナサイ。ペコリ。
今年は漱石と小林秀雄と源氏物語と茂木さんの御著書を中心に読んでいきたいと思います。
赤毛のアンも英語版チャレンジします~(今ムーミン英語版チャレンジ中です)
そして私もちゃぶ台返し練習します!!!
今年の抱負でしたo(^-^)o

投稿: | 2009/01/01 11:06:43

昨年は、茂木さんの本を通して様々な出逢い、発見がありました。ありがとうございました。今年も更なる素敵な年と感じております。ブログから〜本年も宜しくお願いいたします。

投稿: | 2009/01/01 10:53:43

今朝は、茂木先生の文章に「感染」している気分です。驚異はそこらへんにありふれて転がっているのですね、宇宙の神秘にいっぱい気付きたいな~!(わくわく!)森の斜面を、道なき雑草の間を、冬でも下はショーツで走るって、カッコいいですね!

投稿: | 2009/01/01 9:34:49


明けましておめでとうございます。
ホロスコープによると、今年は、2008から始めた事をそのまま続けて形にする星めぐりだそうです。それは、私にとって、クオリアだと思います。今年もどうぞよろしくお願いします。

 ピュアでシンプルな感染から、本当の情熱が。  スカは時間とともにかんたんにぼやけて消えてしまう。  きっと、それでいいのだと思います。
 中庸と自分本位、そして、愛。 生きていくって、凄いエネルギーです、どこから来るのでしょう?  と、元旦のおおらかな原始太陽の光をいとしく眺めています。明るい陽射しの素晴らしい元旦です。実り多い年になりますように。

投稿: | 2009/01/01 9:07:12

茂木健一郎さま

「 脳とクオリア 」

大変、難しいですが
同時に

「 脳とクオリア 」を購入させて頂き、手元にある、拝読を少しでもと少しづつ拝読です。

抜粋の前後を拝読させて頂かないと、全体が、ぼやけてと、ふと、意外なこと昨日、読者が得意でない私、
きのう購入の書籍を数時間で

茂木健一郎さま
読書あと
お腹、減った!と気がつき
読書をして空腹は初めてで最高の大晦日だったんです。

投稿: | 2009/01/01 8:56:00

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