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2008/12/30

スケルツォの部分の飛躍

 激烈なるものを持っている人
の果実は、
 時に大胆な行動をとるという
ことだろう。

 白洲信哉を見ていると、
乱暴者だなと思うことがある。

 乱暴者だが、愛がある。
 人間、おとなしくしていれば良いという
ものではない。

 用があって、鎌倉で白洲信哉と会った。

 いっしょに、小林秀雄さんの
お墓参りをした。
 

白洲信哉氏

 辻堂のうな平で、うなぎを食べた。

 信哉を見ていると、やはり乱暴ものだ
なと思う。
 しかし、その乱暴さが、たとえば
ベートーベンの第五シンフォニーの
第三楽章、スケルツォの部分の飛躍の
ような、魂の芯に入ってくる心地よさを
持っているのだ。

白洲信哉という男の軌跡と、
私の軌跡が、この広い世界の中で
「衝突」した。
不思議な運命のめぐり合わせである。

________

 三四郎の人生の軌跡と、美禰子のそれが「衝突」するこの場面にこそ、『三四郎』という作品を成り立たせているものの全てがある。恐竜たちを絶滅させた小惑星が、地球に衝突しなかった可能性もあるように、三四郎が美禰子とわざわざ出会わなくても、実は良かったはずである。しかし二人は衝突した。それで全てが変わった。感情の海がさざ波立ち、気持の中に埃が舞い、三四郎の人生の軌道は、取り返しのつかない変更を受けたのである。
 思うに、人と人とが衝突するとは、何と奇跡的なことだろう。そこには、広大な世界、個別化された体験、異性との結合のうちに次世代を生み出すことを運命付けられている生物の有り様など、人間を巡る様々な状況が合流して行く。私たちは偶然におこる衝突の内に託された福音に、もっと自覚的になった方が良い。それが、時にそれがどれだけ破壊的なものであるとしても。
 日本列島の上に固定された仮想の視点から、三四郎と美禰子を表す点の動きを見てみよう。三四郎を表す点は、ずっと熊本で動いている。美禰子のそれは、東京をさまよっている。そのままでは、二つの点はとても接近しようがない。
 やがて、三四郎の点が、日本列島を東に向かって移動し始めるのが観察される。移動の途中で、様々な点と衝突する。衝突した相手は、名古屋の旅館で同宿した女や、プラットフォームの「美しい」外国人のカップルや、それと知らずに出会った広田先生などである。これらの衝突も、三四郎の内部にそれなりの波紋を引き起こすが、熊本に置いてきた旧世界を絶滅させるまでには至らない。
 やがて、三四郎は大学に着く。午後四時頃、弥生門から理科大学に野々宮君を訪ねる。小使が、「おいででやす。おはいんなさい」と言う。三四郎は、野々宮君に、光線の圧力の実験を見せてもらう。三四郎は、「光線にどんな圧力があって、その圧力がどんな役に立つんだか、まったく要領を得るに苦」しむ。言われるままに、望遠鏡を覗く。度盛りが動くのを見る。「丁寧に礼を述べて穴倉を上がって」外に出ると、まだ日はかんかんとしている。三四郎は、池のはたにしゃがむ。そこで、名古屋で同宿し、「あなたはよっぽど度胸のないかたですね」と言われた女のことを思い出し、赤面する。ふと目を上げたところで、右に引用したように、美禰子に出会う。
 この時、三四郎は、活動の激しい東京の現実にとまどっていたのである。その中で、名古屋で同宿した女もそのサンプルであるところの、女性的なるものを心理的に必要としていたのである。その意味では、美禰子との出会いは、三四郎の心理によって予め準備されていたとも言える。あたかも、三四郎の無意識の願望が美禰子という現象を出現させたかのようである。少なくとも三四郎の内面のドラマトゥルギー、文学のプロットに即して考えれば、そうなのだろう。
 しかし、現実の世界は、三四郎の内面のドラマなどを顧慮してくれはしないはずだ。日本列島の上に固定された仮想された神の視点から見れば、上京し、理科大学の辺りをふらついていた三四郎が、美禰子というもう一つの「天体」に出会ったのは、全くの偶然に過ぎない。二人が出会ったのを必然と呼ぶならば、出会わなかった可能世界もまた同じ権利を持って必然であったはずである。現実世界の軌跡と、可能世界の軌跡は、同じくらい神に愛されている。どちらが起きなければならないという理由はどこにもない。野々宮君がもう少し三四郎を引き留めておけば、衝突は起きなかった。美禰子が、病院に見舞いに来なければ、三四郎が見上げた時、そこにあるのは丘と、池と、高い崖の木立で、はでな赤煉瓦のゴシック風の建築だけだったろう。迷い羊(ストレイ・シープ)は生まれなかったかもしれないのである。
 しかし、実際には三四郎は美禰子に出会ってしまったのであり、衝突は波紋を拡げてしまったのである。『三四郎』は、全体としてこのファースト・インパクトの余波を追った作品であると言っても良い。三四郎の人生という惑星に落ちた超弩級の小惑星がもたらした波紋を、漱石は丹念に追ったのである。

茂木健一郎 「衝突の中の文学」より。
『脳のなかの文学』
(文春新書)所収

http://bookweb.kinokuniya.co.jp/htm/4167758016.html


____________

12月 30, 2008 at 06:30 午前 |

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コメント

茂木健一郎様
はじめまして。人間の「脳/精神」をご研究されている、茂木様にどうしてもお知らせしたい人物がいます。
イル・ジャルディーノ・アルモニコという団体のコンサート・マスターで、現在は指揮活動も行っている、エンリコ・オノフリというイタリア人の音楽家です。14歳でヴァイオリンを始め、20歳で著名な団体のソリストになり、26歳でヴィヴァルディの「四季」の名盤を世に出した人物です。現在42歳、特に直近の10年での彼の演奏は残念ながら、日本では殆ど知られていないのですが、クラシックの「本当の姿」を見せてくれる演奏をしてくれます。今年は12月に来日もします。宜しかったら是非、聴いてみて下さい。
作曲家の時代にタイムスリップして、そこで演奏されている音楽を現代に持ちかえってきてくれる、19世紀的な「楽曲の解釈」という概念を脱却して、「リアルタイム」な演奏をしてくれる、新しいタイプのクラシックの天才だとおもいます。
突然のコメントで失礼致しました!!

投稿: 水田大介 | 2009/09/26 13:12:37

茂木健一郎さま

今、大晦日の小樽グランドホテルさまで
教育テレビ
強調します、大晦日に教育テレビを私は拝見しています一人で

茂木健一郎さま
あれは根性論としか

合唱付き

以前コーラスの皆様、起立のままで第一楽章から微動だにもされない
それが常識

それが、エネルギーをそこで使い果たしているのでは!と
あるマエストロが何気に気がつき、あれは革命的な、それは、そうですよね、と
今でこそ合唱の皆様も出番間際まで着席されてが常識の、合唱付き

茂木健一郎さま
合唱付き、全世界で演奏されつづけで、合唱の皆様が着席は近年ですよね
恐ろしい話です

全世界的に気づきが遅かったことに
そして気つくと着席がスタンダードに

全世界的の根性論が実は
合唱付き、でした事実、ふと思いました。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2008/12/31 20:35:44

茂木先生こんばんは。


一昨日は先生の空気も読まず声をかけてしまい大変失礼しました!


今年は元々先生を存じ上げていながらもきちんと先生のお話や本でやっときちんと触れられるきっかけの年でした。


プロフェッショナルの公開収録に参加でき、質問の連続ひとつひとつの茂木さんの言葉に勇気とパワーを貰い、自分の気持ちがシフトできました。


ありがとうございました。
今年は先生の本もよみすすめることができたし、講演も伺えました。そのたび突き動かされた私でした。


たくさん刺激をうけ、あふれる思いがついでてしまった失礼を、お許しください。


たくさんのパワーときっかけをありがとうございました。
来年も茂木さんのご活躍を楽しみにしています。お身体ご自愛ください。

投稿: 小林繭子 | 2008/12/31 20:10:44

ぼくには、そのような出会いはあるのかなぁ



な感じの。


平穏、無事な正月を

投稿: 中村蔵人 | 2008/12/31 12:06:02

茂木先生お早うございます♪
乱暴者だが愛がある…何だかとても素敵な言葉なのだなと思いました。
人生の中でもいくつか「衝突」があり、そんな奇跡的な出会いが、私の中でうねりをなし、変化をもたらしてくれたように思います。不思議と大きな壁にぶち当たった時に、必ずそういう力に助けられる事が多く、支えられて生きているのだなと思うのです。
またそこから次のステップへの糧になり、そのような運命の巡り合わせがあった奇跡に、大切な人達に感謝せずにはいられません。
今年の下半期はそういった意味でも忘れ難いものになりました。。そんなこんなで、気がつけば清々しい大晦日の朝でございます。 大きく深呼吸して様々を振り返り、今年最後の1日をめいっぱい味わって過ごしたいと思います。 それでは本日も、先生にとって素敵な素敵な1日となりますように♪
☆\(*⌒∀⌒*)/☆

投稿: wahine | 2008/12/31 7:20:59

こんばんは。

三四郎の軌跡と美禰子の軌跡が衝突するという現象。確率というよりは奇跡。たとえごく微小であったとしても、三四郎に或いは美禰子にマイクロスリップがかかっていたとしたならば、また別の奇跡が生まれていたのだ、と・・・。

『偶有性の自然誌』バブル賛歌、拝読しました。

・・・美禰子に対する三四郎の思いは、まさに一つの「バブル」であった。膨らみ、やがて破綻する。それこそが三四郎にとっての青春であった。・・・
心の中に甘くかすかな痛みを残して去っていくもの。精神の運動としてのバブル。破綻してこそ、愛おしいものだと気付かされました。

私秘的なバブルであれ、経済におけるバブルであれ、その状態にあることを認識できるのは膨らむ過程ではなく、むしろ、いずれも崩壊した後においてのような気がします。そんな虚しさはどこか人間らしさにもつながるのでしょうか。

『人間の脳が大小さまざまなバブルによって学習を進めていくように、人類社会もまた、バブルの痛みを通して学んでいくのではないか』・・・世界というか人類に対する茂木先生の愛ある言葉だと感じました。
『どんな小さなことでも良い。いつかはそれが衰え、破綻することを畏れずに、泡沫的感情の中にこそ身を浸すべきなのだ。』・・・精一杯に何度も何度も私秘的なバブルを積み重ねていこう。勇気をいただきました。


今年を振り返ると、私事ですが、ある事に対してとても思い悩んでいた時期がありました。今、冷静になって考えると単に恥ずかしいだけなのですが、その時点では自分にとって深刻でした。
そんなとき、この紙面上で目にしたのが、『人間に自由意志が存在するのかしないのか』。もがいているときというのは、なぜか求めるものですね。この問いを心の中で繰り返すことで、何かを探り求めようとしていました。

選択することができるとしたら・・・潜在的な意味で恐ろしい。選択することができないとしたら・・・本当に恐ろしい。どちらにせよ考えるほどに重く引き込まれ、ただ茫然とするだけでした。自由意志がたとえ幻想に過ぎなかったとしても・・・それでも、あえて、自由意志を引き受けなければならないという立場に立って、『恩恵と恐怖の汽水域にこそ、私たちの自由意志は存在する。』と示された点。ここに究極を直観しました。鋭利なものを突きつけられたような衝撃・・・。
やがて、自由意志を引き受ける存在であることと偶有性を生きることの意義がつながっているように感じ、そして一瞬先にさえ無数の世界が待ち受けていることに気付かされたとき、不思議にも苦しさの中に一種の安堵とときめきを覚えたのでした。

苦しい季節を、私は乗り越えたのか、通過しただけなのか、いまだに分かりません。ただ、とどまることのできない時間の性質というものが、必然的に「今、ここ」の中にだけ身を置くように仕向けてくれて、知らずと解消に導かれていたのかもしれません。

自由意志は存在するのか。もし私が思い煩うことのない平穏な日常を過ごしていたならばこの問いに対して抽象的な捉え方をするにとどまっていたかもしれません。自分の中に些細な日常の躓きがあったからこそ、自身のリアリティーに投影してみることができたのかもしれません。直視することはなんて苦しいことかと気付かされました。それでも、胸が張り裂けそうになるまで思いっきり魂に向き合うことができたのは、貴重な体験だったと振り返っています。

本当に、本当にありがとうございました。

あれ?例えばこんな経験もひとつの“バブル”?なのかな。

長くなって申し訳ありません。


“Yes, we can!”
      良いお年を☆

投稿: s.kazumi | 2008/12/30 23:59:45

芯のある…心に熱いものを秘めている人というのは、ここぞ!という時に、その熱い想いが出ますね。偶然におこる衝突の内にある福音をもっと自覚した方が良いという言葉。少し時間が経ってしまいましたが、私も気付きました。そして迷える羊は、私の方かも…と思いました。二人が出会わなかった可能性もありますが、そういった可能性も含めて、出会ったのは、偶然で。偶然が度重なって出会えたのは、必然的なものだと思います。
そして…その人に惹かれるのも理屈ではなくて、惹かれる何があるからですよね。
偶然が必然になる…というような、こういう考え方、私は好きです!

投稿: 奏。 | 2008/12/30 22:46:07

おはようございます。

今日新しく出会った本の詩が気に入ったので紹介させて下さい。

  はだか         谷川俊太郎

ひとりでるすばんをしていたひるま
きゅうにはだかになりたくなった
あたまからふくをぬいで
くつしたもぬいだ
よるおふろにはいるときとぜんぜんちがう
すごくむねがどきどきして
さむくないのにうでとももに
さむいぼがたっている
ぬいだふくがあしもとでいきものみたい
わたしのからだのにおいが
もわっとのぼってくる
おなかをみるとすべすべと
どこまでもつづいている
おひさまがあたっていてもえるようだ
じぶんのからだにさわるのがこわい
わたしはじめんにかじりつきたい
わたしはそらにとけていってしまいたい

茂木さんは昼間はだかになった事ありますか?
忙しくてないですか?
私はあります。
可笑しくて笑いました。
感じている事があまりに同じだから。

いつも難しい思考だと心身にも良くないでしょうから
なにも考える必要のないこの詩を是非体験して
味わって面白がって下さいね。
平凡なのに過激な詩だと思います。

投稿: 光嶋 夏輝 | 2008/12/30 21:56:55

初めまして
茂木さんをリスペクトしてる高校3年生の黒木祐弥です
最近、理学療法士の専門学校に合格しました。

そこで、僕は心理学にとっても興味があるんです
茂木さんの今後の日記で、心理学理論みたいなのをお読み出来たらなと考えてます(^_^;)

あと、茂木さんが『思うに、人と人とが衝突するとは、何と奇跡的なことだろう。』とおっしゃってましたが、奇跡で生まれたこの地球で起こりうる全ての事は奇跡なんなではないでしょうか
だから、このコメントを茂木さんが見てる事も奇跡ですよね

投稿: 祐弥 | 2008/12/30 21:41:11

茂木さんのお友達話は、いつも「愛してる」と
読め 見れるのです。
愛しているから「衝突」をしたくなる
愛しているから「乱暴」もとても心地良い・・・

うーん・・・
女同士のことでは、とても気持ちが悪く感じてしまうのは
私が女だから?かしらん。

愛する男の言葉の乱暴は、女の私には とても心地良い・・・

投稿: 穂 | 2008/12/30 20:32:13

人は無限だ。
それぞれの生きる道は
天によって完璧に決められていて
それでいて完全に自由だ。
根っこのところを
天に預けている限りは

バガボンド29巻より

投稿: take | 2008/12/30 19:39:55

茂木健一郎様
茂木様はお墓参りに行かれたのですね。きっとご本人様、あの世で喜んでいらっしゃいますね。あの世とは、一体どこにあるのでしょうか…?話はそれまして大変恐縮ですが、そのお寺の住職様、私が大昔に通った稚園の園長先生でした。(すぐ近くのお寺の境内に幼稚園があります、朝は毎日園長先生が木魚を叩きながらお経を唱えるのです。今思い出すとなんだか不思議です。)
茂木様は大晦日はお参りに行かれたりなさいますか?やはり実際に足を運び、お寺や神社を目の前にして手を合わせないといけないのでしょうか…?当たり前にやってはいますがなんだか不思議です。今年もあと残すところ1日となりました。何故だか分かりませんが早く年が明けて欲しいです-。

投稿: m | 2008/12/30 19:26:41

はじめまして。
私は21歳の大学生です。

今脳を活かす勉強法を読ませていただきました。
「なるほど」と感じる事が多々ありましたのでメールさせていただきました

これから全ての茂木さんの本を読みたいと思いました。

応援しています。そしてテレビで拝見できることを楽しみにしています。大好きです
you can do it

投稿: nanami | 2008/12/30 19:03:17

正に運命は不思議なめぐり合わせに満ちていますね。そのことを意識するのとしないのでは、日々の生活の奥行きの深まりが全く違うことでしょう。茂木先生のご著書やブログに出会えたことも、私にとっては特別なことでした。高校時代に圧倒的に影響を受けた恩師にほぼ30年ぶりに連絡が取れて高揚した気持ちでいた時に、その恩師から茂木先生のことを伺いました。初めはご高齢のどこかの大学の先生だろうと思って検索してみたら、自分と同い年の脳科学者だと知ってビックリ!早速何冊かご著書を取り寄せて夢中で読ませていただきました。3人の子育てにも一段落が着いて、脳や意識について知りたい、という欲求に、確かな知識に基づく理解を深めるための時間が出来たこととも相まって、この一年は自分なりに脳を鍛えてこられたのではないか、と思います。残念なのは茂木先生の講演会に伺いたくても、国外にいるので足を運ぶことができないこと。一時帰国した時に幸運にも講演会のご予定があればきっと伺います!(高校時代に読んだ、今ではすっかり変色してしまったAnne of Green Gables のペーパーバックを持って・・・)

投稿: (マ)ゴグ | 2008/12/30 17:38:59

茂木健一郎さま

「 脳にいいことだけをやりなさい 」

脳は相手の感情を拾いやすい事実と思います

テレビで拝見ですが、半井小絵さんの、おっとりとした雰囲気と、しなやかな雰囲気に感化されです私

小樽天狗山スキー場さまから戻りました小樽グランドホテルさまに
ロシニョールさまのご好意でデイナスターさまのスキー板、スキーショップさんのプロトタイプさまを通しですので、プロトタイプさまから届いている確認をして
今まででしたら、それじやあ!とか言いながら
すぐに!だったかな?
なにせメーカーさまからスキー板を貸与の形は初めてなので
あくまでロシニョールさまに発注させて頂いています代金も支払い完了のスキー板がフランスから送られていない、その対応ですので
救済措置の貸与

自然に
一服休んだ後にフロントさんに受け取りに参ることと自然に申し上げ
今、部屋です

素晴らしいラングのスキーブーツを乾燥のために
シェルとインナーを別々にとか、スキー板も乾燥のためにカバーから取り出し
きちんとビニールを敷いてです

その後、シャワーを浴びて、ボサーッと少し時間を取りフロントさんへ参ります

茂木健一郎さま

本を読んだ方が良いと分かっていても、私は
茂木健一郎さまの書籍に出会えて幸運です
それも

「 脳とクオリア 」

購入させて頂いたことで
「 脳にいいことだけをやりなさい 」
小樽で数日前に購が
これも幸運

「 脳とクオリア 」
難しいことが幸運

「 脳にいいことだけをやりなさい 」

気分的に拝読させて頂く心構えが少しは気が楽ですもの、ほんの少しですよ。
さて、まずはスキーブーツ、から。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2008/12/30 17:19:01

>日本列島の上に固定された仮想された神の視点から見れば、上京し、理科大学の辺りをふらついていた三四郎が、美禰子というもう一つの「天体」に出会ったのは、全くの偶然に過ぎない。二人が出会ったのを必然と呼ぶならば、出会わなかった可能世界もまた同じ権利を持って必然であったはずである。

とても美しい~、魂が動かされる感じがしました。 それというのも、神の視点から、三四郎と、美禰子の出会いをとらえられていること。とさらに、養老先生の著書の中ででめぐりあった、『経済を「実」と「虚」に分ける考え方は、どこかこれまでに述べた「意識と無意識」「脳と身体」「都市と田舎』といった二元論に似ていることに気づかれたかも知れません。』の二元論(その時は、少しわかったような、わからないような感覚があったもののもっとどういうことか知りたかったその二元論世界の感覚を、茂木先生の「出会ったのを必然と。。。。。。出会わなかった可能世界もまた同じ権利を持って必然であったはずである」という、『三四郎』を読んだ時には思いもつかなかった考え方に触れられたからでしょう。 もっと、わたしも文学を読んで、茂木先生と『脳のなかの文学』で、「衝突」してみたくなりました。どんな波紋が起こるのでしょう?
ますます、茂木先生のファンになっちゃいます。
お体を大切に、来年もますますご活躍されますことお祈りいたします。

投稿: Natural2 | 2008/12/30 16:02:32

こんにちわ

そういえば、茂木さんと、白洲信哉さんが、なせ、出合ったのか、共通点が良くわからない。

でも、二人とも、美味しいもの好き、なのは良くわかります。(^^)

投稿: 衝突のクオリアby片上泰助(^^) | 2008/12/30 15:44:57

茂木さん、 おはようございます !

確かに、
「私たちは偶然におこる衝突の内に託された福音に、もっと自覚的になった方が良い。」

福音に気付く事が幸せへの第一歩です。

ただ、私が思うに女性はやはり待つ側なんだと。
選ぶ事は出来ても、選択肢は与えられるものだと。
偶然の奇跡を信じて ひたむきに生きる。

男性はその点、なるべく先に気付かなきゃいけないと思う。
男性は自分の好きになった人若しくは好みの女性しか眼中にない。でも、女性は外見が多少好みじゃなくても、今まで考えもしなかった人でも愛を与えられると愛し始めるものだと思うのです。
(でも 鋭い女性は自分から乗り込んで行くのかな…。)
また、男性は自分の信じた道を切り開いていく能力が高い。むしろそうして幸せを掴んでいくイメージです。
私は(女ですが)柔軟に自分を適応させ、愛し、愛されて幸せを感じている気がします。

三四郎は出会ってしまった美禰子を愛して偉かった。美禰子も自分に起こった(自分が起こした)偶然に気づいていたのでしょう。

私の勝手な男と女の観察です。

早く起こらないかなぁ!!!!  私に!! (笑)
いえいえ、茂木さんとこうしている事も奇跡なんです!!!!

三四郎は高校時代にテストに出てきて好きになって読みました。
でももう一回読んでみます。
今「吾輩は猫である」と「アンの青春」を主に掛け持っていますが 茂木さんの本も次々出ているので追いつきませーん!!
しかしあと2冊くらいはいけるかな(*^0^*)~♪♪♪

また明日です!

投稿: 光嶋 夏輝 | 2008/12/30 13:20:20

いつもテレビでのご活躍を拝見しています。
このブログを発見してからは,ほぼ毎日参考にさせていただいております。
茂木先生の洞察をすべて理解する能力は,私にはないのですが,ひらめきを言語化されるアプローチは斬新で,先生独自の視点を感じます。これからも素敵なブログをお願いいたします。

投稿: のり | 2008/12/30 12:12:46

昨夜ネマニャ・ラドゥロヴィッチのヴァイオリンを聴きました。

ヴィヴァルディ「四季」より「春」「冬」の20分足らずの演奏でしたが、彼の細胞一つ一つがこの世界と繋がって、彼が奏でる音色は永遠に拡がっていくようでした。

「ベートーベンの第五シンフォニーの第三楽章、スケルツォの部分の飛躍のような、魂の芯に入ってくる心地よさ」

私の中には何がある?誰かの魂の芯に入ることができるのか?

圧倒的な演奏の後にはそんな自分に失望を感じ、一夜明ければ根拠のない自信が前を向くよう促してくれます。

投稿: しずく | 2008/12/30 12:05:49

激烈なるものを持っている人の果実は、時に大胆な行動をとるって、きっとすごい実がなっているのでしょうね!私も、そんな実をつけたいな~!(まずは、種をまかなきゃ~!)

投稿: ふぉれすと | 2008/12/30 10:17:27

親愛なる茂木様
気付いたら今年も残りわずかです。最近時間がたつのが異様に早いのですが、時間て伸びたり縮んだりするのでしょうか?
地球が自転しつつ太陽の周りを365日で回ってるのも思えば不思議です。太陽が昇るのではなく地球が動いてるんですよね~地球のワルツでしょうか。宇宙の果ては今でも凄いスピードで広がっているのかな。
地球を時間モデルにして北極点を時間の始まり南極点を時間の終わりとしたら、時間は未来に向かっていって、南極点を超えたら次は北極点である過去に向かうのでしょうか?
なんだか時間て不思議です。春夏秋冬って過ぎるのも、生命の中に生と老と死がプログラミングされているのも。ふっしぎ不思議です(笑)
誰がこのダンスを始めたのでしょうね。
人って星だと思います。
星と星がすれ違ったり衝突したり。一緒に流れてまた離れたり。
白洲信哉さんも素敵な方ですね。白洲さんのブログも拝見いたしましたが、五島の教会の写真がとても静謐で 印象的でした。
茂木さんもベトベン的なとことシュベルト的なとこがおありですよね\(^_^)/太田さんとのお写真お二人ともいいお顔です!

投稿: 眠り猫2 | 2008/12/30 10:12:23

茂木さん、おはようございます。
茂木さんと信哉さんの熱さの違い、気になります。
乱暴!
クオリア日記で信哉さんのお写真をみるたび、憂いを帯びた目の表情(あたしの勝手な印象です)が気になって。なぜか野性のバンビを思い浮かべてしまいます

投稿: 柴田愛 | 2008/12/30 9:13:18

おはようございます。

人間という「天体」は、生涯に亙り、沢山の人と「出会い」と言う名の“衝突”を繰り返し、その人の軌道がどんどん変わっていくもんなんだなぁ。

そして出来上がる頃には、死という名の超新星爆発が待っている…。その時まで、いったい何遍くらいの、人との出会いを繰り返していくのだろう。それで、どんなふうに、人生の軌道というのが、まるごと変わっていくのだろう。

それで、ひとりの人間の、固有なる「人格」も、変化、変化、変化…!の連続を繰り返していくことだろう。


これから先、新しい出会いというのは、あるのだろうか。深く考えないうちに、それは思いもかけない時にやってくるものだ。


…おそらくはこの先も、予期できぬ出会いというのは、不意にやって来るものなのかもしれない、どんなかたちをとろうとも。

白洲さんと茂木さんとの出会い…2つの輝ける天体の「出会い」を小林秀雄さんは、きっと悦ばしく思われているのに違いない。

年の瀬も押し迫って参りました。くれぐれもお風邪を召されぬように、この年末は、暖かくしてお過ごし下さい。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/12/30 8:54:40

茂木健一郎さま

第三楽章をシューマンでしたか、なんだか怖いと
その第三楽章から
歓喜の第四楽章

茂木健一郎さま

作品67

こんな人生、私は素敵だと感じていました中学生の時に初めて聴いた時

スキーも音楽同様、素晴らしいです、小樽天狗山スキー場さま素晴らしいスキー場と私は思います。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2008/12/30 7:15:07

茂木健一郎さま

幕末の志士のごとく

私は日本は素晴らしい国と思います。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2008/12/30 7:06:50

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