« 2冊累計102万部 | トップページ | いたしかゆし »

2008/12/11

わからない

ぼくには、世間の常識が
わからない、というところが
あるらしく、大学生の時に参加した
「日米学生会議」でのInternational Relations
のセッションでもそうだった。

ぼくはThe concept of nationという
position paperを書いた。

そもそも、国家とはナンゾや、
ということを情報の流通という
視点から論じたのである。

的場さんが、「The concept of nation?
what?!」と言って頭を
抱えていたのを覚えている。

普通、国家というものの存在は
アプリオリであって、それを
前提に人間の生死まで論じてしまう。

それが世間の常識という
ものらしいが、ぼくは心情的にも、
理知的にも、一度も首肯した
ことがない。

同じことは、最近の雇用情勢
にも言えるのであって、
ぼくは、「正社員」とか、「派遣社員」
とか、そのような区別のような
ものがある社会のあり方を、
感情の根底において受け入れていない
というか、何を意味しているのか
よくわからないでいるところがある。

極端なことを言えば、全員がフリーランス
であるような、そのようなものとして
社会を見ているらしい。

ぼくがどう思おうと、
世間のあれこれは全く変わらない
わけだけれども。

PHP研究所。取材。

玄関に、凸版印刷からの、
「脳を活かす』シリーズ累計100万部突破
を祝うランの花がおかれていた。


100万部突破のランの花

法政大学。学生たちを前に、
脳と創造性について講演。

質疑応答が活発で、本当に楽しかった。

講演に先立ち、電通の佐々木厚さんが
私のことを紹介して下さった。


佐々木厚さん(法政大学講堂にて)

NHKにて、エコについての
コメントを収録。

西口玄関で、「頭の中が70%ラグビーで
できている」花野剛一さんに会った。


花野剛一さん。

Tokyo FMへ。
ピーター・バラカンさんとお話する。

お台場のフジテレビ湾岸スタジオ。

明石家さんまさんがホストの番組。
(『さんまの笑顔の映像グランプリ』
2008年12月19日(金)21時〜)

フジテレビの小松純也さんは、
NHKの有吉伸人さんと
京都大学の劇団「卒塔婆小町」
以来の親友。

小松さんの元気なお顔を久しぶりに見る、


小松純也さんと。

深夜、パワーポイントを
あれこれと調整する。

もう眠らなくっちゃと、
久しぶりにThe Fawlty Towersを
聞きながら眠りについた。

ぼくには、やっぱりいろいろ
わからないことがある。

わからないことに寄り添って
生きて行けたらいいな。

12月 11, 2008 at 07:47 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: わからない:

» 青い鳥 トラックバック POPO
思いどおりに生きてみたい たくさんお金があれば いっぱい時間があれば すこぶる健 [続きを読む]

受信: 2008/12/11 9:12:22

» ドーパミンというお年玉をもらう トラックバック 須磨寺ものがたり
「~さんのお店は何出すん?」 「ええ、ほんまかいな」 「それ、ごっついええやん」 「そうか」と、活発な会話が弾む。 [続きを読む]

受信: 2008/12/11 10:31:03

» 不合理だからこそ トラックバック POPO
言葉は 頭脳的で 抽象的で 一般的で 間接的で 部分的だ 文明は 科学の歴史 科 [続きを読む]

受信: 2008/12/12 0:27:01

» 派遣社員の敵は派遣会社ではないんだよねえ トラックバック 若だんなの新宿通信
最近多いですねえ、派遣社員が、派遣されている会社に文句を言う姿を写すニュース。 労働組合が今後鍵になるのは間違いないけれど 連合は... [続きを読む]

受信: 2008/12/18 13:58:55

» 法政 トラックバック ひろこの出来事
わからない ていた。100万部突破のランの花 法政大学。学生たちを前に、 脳と創... [続きを読む]

受信: 2009/01/02 23:03:41

コメント

原理原則(アプリオリ)に忠実でも、または体験を通しても、
どちらにせよ脳に含まれると学びました。
たとえサイヤ人になっても、脳幹は生きていると聞きます。
その脳こそ、フィクションなのかもしれません。
人生は映画館の中で映画を見ているようなもの・・そう考えると、楽になれます。
しかし、映画をより深く味わうためには、
自身の体験は必要だと思います。感受性は身体を通すことで磨かれていくものだと思うのです。
 突然ですが、
僕はTSUTAYAを教会だと思ってます。
夜の空に、
「本」という赤い十文字が浮かび上がっているから。うまし。
そして、去年のブルータスのダイニッポンジンのフォーカスは、
文字で埋め尽くされている。

投稿: NHK | 2008/12/13 11:00:53

お返事ありがとうございました。

『人生のありったけのすべて』ですか。確かにその通りですね。すべてが自分を成長させてくれるものなんですよね。そうとわかったら、今から自分にはたくさんのチャンスがあるんだなあと思えて何だか前向きな気持ちになって「人生の不確実性」さへ楽しめそうな気がします。

茂木先生、本当に
ありがとうございました。

投稿: 中本優太 | 2008/12/12 15:46:21

茂木先生お早うございます♪
当たり前のように生活しておりますが、ふと見渡すと世の中矛盾だらけのような気がします。よくよく考えたらおかしな事も沢山あり、疑問を持ち続ける事そういう眼をもつ事、とても大切な事だと感じました。間違った常識も沢山あると思います。
自分さえ良ければいいというような、利己的な人間にだけはなりたくないです。
先生のわからない事と私のわからない事、レベルが違うと思いますが、私も様々わからない事に寄り添って生きていきたいなあと思いました。
それでは、今日もよい1日をお過ごし下さい。
いってらっしゃいませ♪(*⌒∀⌒*)ノシ

投稿: wahine | 2008/12/12 7:05:40

茂木健一郎さま

急性胃腸炎、この時期、本当、お気をつけて
食欲のない私

さて

わからない

しかし昨晩、判った!

昔から、笑って誤魔化す
良い意味で昨晩

半井小絵さん、良い意味でですよ
言葉を、かんだのを初めて拝見
すると、ニコッと笑顔
もう、あれですね、言葉を、噛んだことなど、何千年も前のことみたいにリカバリーと言いますかお心に余裕を持っているように見える半井小絵さん格好良いと
茂木健一郎さまの書籍を拝読させて頂き、私の心にも余裕を運んでくださってます。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2008/12/12 6:06:30

manuel 大好き。
Mrs, Richards も The Rat も
大好きです。

茂木さん、次回はぜひ多摩キャンパスにおいで下さいね。

投稿: hana | 2008/12/12 1:03:47

「正社員」が自分達の利権を守るために作り上げたのが「派遣社員」である。当然そこにはシステム化された(仕組まれた)格差がある。昨今
ワーキングプア層が顕著になるに及んで、やっと社会問題化されたが、
一体誰がこの問題を解決するのか?解決しなければ社会(または国家)はどうなるのか?YouTubeでジャーナリスト堤未果さんの解説をごらんください!→http://jp.youtube.com/watch?v=ox29BikJp9g

投稿: Risa | 2008/12/12 0:53:21

茂木さん、大丈夫ですって。きっと、おかしいのはこっち(茂木さん)じゃなくて、あっち(「世間の常識」)ですから。

こうなったら、「わからない」「世間の常識」にひたひたと寄り添いつつも、ラスト、武騎手のように鼻の差で抜き去るっていうのはどうでしょうか・・・。

あるいは、終盤の一手差「羽生マジック」っていうのもありで・・・。茂木さんの場合は「白魔術」。

そういえば、羽生さん、今、竜王戦で大激戦を演じていますね。渡辺竜王も3連敗の後の3連勝ですか。すごい。お互い、既述の定跡(文脈)にからめとられないで、いかに、相手の読みをはずすか(超えるか)、をやっているんでしょうね。年末は、きっと、この「わからない」棋譜を並べることになりそうです・・・。

投稿: 砂山鉄夫 | 2008/12/12 0:47:47

「あまのじゃく」と言われるようになったんですが、
ただ単に私は「群集心理」を客観的に見て嫌だなと感じ、
違う事をしたほうがおもろいんじゃないかと考えて行動
や言葉として出してるだけなんですけどね。

常識も苦手です。よくわからんです。

投稿: hister | 2008/12/12 0:25:07

フリーランスと正社員の境目を気にされない人がいてほっとしました。
なんとなく、正社員のときは安定感があり枠に収まっている気がしていましたが、
私自身は変わりません。ただ、フリーランスです!と胸を張っていえないのは、
やはり社会からはみ出ている罪悪感からか?
外国にいると、その枠は見えにくいですけどね。
すぐに、就職できてしまうので。だから、正社員の重みもないのですが。

どうも体質的に枠に収まれない自分がすぐに枠からはみ出てしまう。
フリーランスとして今、ようやく正社員のとき以上の馬力が出ているような気がします。フリーランスになると余計に人が要求している仕事をするようにもなり、
本当の意味のフリーではなくなりますがね。(笑)

社会の枠、自分の枠、広げつつ、螺旋階段のように上っていければと思いつつ、
中心だけをつかんで洗濯物を振り回しているような気にもなります。
どきっ。

宇宙って、枠あるのかな?
わからない。。。ちょっと見てみたい。
中学生の頃の夢を思い出しました。

投稿: ラテン人 | 2008/12/12 0:07:41

私も、分からない事だらけですが、茂木先生のように、分からない事に寄り添って生きていきたいです!

投稿: 奏。 | 2008/12/11 23:56:13

茂木さんが書かれた

>普通、国家というものの存在は
>アプリオリであって、それを
>前提に人間の生死まで論じてしまう。

>それが世間の常識という
>ものらしいが、ぼくは心情的にも、
>理知的にも、一度も首肯した
>ことがない。

>同じことは、最近の雇用情勢
>にも言えるのであって、
>ぼくは、「正社員」とか、「派遣社員」
>とか、そのような区別のような
>ものがある社会のあり方を、
>感情の根底において受け入れていない
>というか、何を意味しているのか
>よくわからないでいるところがある。

>極端なことを言えば、全員がフリーランス
>であるような、そのようなものとして
>社会を見ているらしい。

まったくもって同感です。

学生時代、友人が「国があるから人は生きていられる」というようなことを言ったので

「人がいて、その一人ひとりが集まってはじめて国があるんだよ。人が先にあるんだと思う」

と言ったことを思い出しました。

私の会社にいらっしゃる「派遣社員」の方は、「正社員」とまったく変わらない、いえ、むしろそれ以上のスキルをお持ちだし、魅力的な方々ばかりです。仕事の内容は同じなのです。なくなっちゃえばいいのにと切に願っています。

企業が、簡単に雇用の契約を打ち切ったり、リストラしたりと人をなめきったことをやっているニュースを目にして、耳にして、ここ2、3日思っていたことがあります。

企業はもう、

「いつ会社が潰れてもご自身が困らないように、副業を認めます」

と、宣言してしまえばいいんです。企業もそのほうが楽だと思うんです。

企業側と働く側はフェアです。どっちが強い弱いはありません。
企業は終電近くまで拘束しておいて、業績が悪くなればすぐにリストラ。人は企業の駒では決して、ありません。

いつの日か、副業認めます宣言会社を作りたいと思っています。

投稿: 福ちゃん | 2008/12/11 20:32:14

世間の常識と、自分が生きている感覚とか認識とかが、物凄くずれていると自分自身でも、思うことが多い。

小学校の高学年時代、宿題をし忘れ、担任の教師に激しく叱られ、折檻されたことがある。その激しさに、たかが宿題を忘れたくらいで、こんなに折檻されなければならないのか、全く分からなかった。

そもそも、何故「宿題」をやって、それを提出する必要があるのだろうか?

これは、この小さな島国の、教育業界だけの「常識」なのだろうか?それとも世界各国にも、あるものなのだろうか?

何故、教師は生徒のやって来た宿題の出来具合を見る必要があるのだろうか?

今になって、宿題という名の“常識”に対して、何故そんなことをしなきゃいけないのだろう、という疑いが沸いてくる。

世界には「宿題」というものはあるのだろうか。いや、きっとない筈だと思う…。

「世の常識」というのはその存在意義を考えれば考えるほど、頭の中に“?”が増えてくるものらしい。この小さなクニで流布しているようなものは特に…。

「常識」というシロモノのほかにも、この世には、何故そんなものがあるのか、何故それが必要なのか、よく考えると“わからないこと”だらけだ。

茂木さんの言われるように、わからないことに寄り添ってみたい。いな、真正面から向き合って見たい。

そうすることが、限り有る人生を生きるのに、とても大切な要素のひとつのような気がしている。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/12/11 20:31:28

法政大学法学部国際政治学科1年の中本優太と申します。昨日は貴重なお話を聞かせて頂き誠にありがとうございました。
茂木先生が仰っていた『バブル』について、講演後私なりに考えてみました。私は今まで国際協力に興味を持ち続けて、将来は国連の職員になって多くの人たちを救いたいと本気で思っています。しかし、現実的に国連職員になることは非常に難しく高度な能力(言語力など)が必要とされ、採用試験もハイレベルであることもよく知っています。私は頭が良くないので、このまま国連の道を目指し続けるべきか、それとも別の道を探すべきかを時々考えていました。しかし、茂木先生の「人生の中で大切なことは、人生の不確実性を如何に楽しめるか」「人生に大事なことほど決まってないんだ」という言葉で、どんなに困難な道でも諦めず日々揺れ動きながら努力して行こうと決意しました。やってみなければわからない、そう思えるようになりました。自分の野望に胸熱くなる時もあれば、時には自分の将来について悩み不安になることもあります。でもそれは、人間誰しもが経験し経験すべきバブルなんだと気づくことができました。人間はバブルの数だけ成長するんだという先生の言葉がこれからの私の大きな励みになることは間違いないです。本当にありがとうございました。

テレビなどで拝見させていただいて、私が勝手に感じた先生の印象は、常に自分を成長させてくれるものを追い求め、探し続けているのだろうなと思いました。まるで、おなかが空いたら何かを食べたくなるのと同じような感覚で。私も、日々そうありたいと思っています。自分を成長させてくれるものを貪欲に追い求めていたい。様々な業種のたくさんの人と出会い、自分の知らない世界をもっと知りたいし、そこにあるかもしれない新しいチャンスを見つけたいといつも考えています。
ですから、茂木先生ともぜひお話をする機会がいただけるならもっと多くのお話を聞かせて頂きたいと思っています。東京工業大学にもお邪魔させて頂けるのなら一度行ってみたいです。

最後に、どうしても聞いてみたかったことがあったのですが質疑応答の時間に質問できなかったので、質問をひとつさせてください。すみません。

質問;先生にとって自分を成長させてくれるものとは何ですか?(私は人との対話と本です)

お忙しい中つまらないメールをしてしまい申し訳ありませんでした。お時間がある時で構わないので答えだけでも教えて頂けると幸いです。


中本さん

答えは、人生のありったけのすべてです。

茂木健一郎

投稿: 中本優太 | 2008/12/11 16:54:25

なるほど…。
そのお考えはよくわかります。結局、どんな仕事であっても、どんな雇用体形でも、雇用されている者にとっては働くことに変わりはないですよね。食うために、そして遊ぶために働くんですよねえ…。
フリーランスと考える方が、今の世の中にはあってるかもしれません。僕自身は、世間は就職難とか言ってますが、わがまま言わなければ働き口なんかたくさんあると思うんですがねえ…。東京大阪みたいな大都会だけが働き場所じゃないですからねえ…。
こつこつやっていきたいと思います。

投稿: 元祖はげぼーず | 2008/12/11 12:24:01

「ぼくは、『正社員』とか、『派遣社員』とか、そのような区別のようなものがある社会のあり方を、感情の根底において受け入れていないというか、何を意味しているのかよくわからないでいるところがある」...

おっしゃりたいこと、わかるような気がします。厳密には全員がフリーランスなんだけれども、一応(便宜上?)、そうではない「ことになっている」ので、そこに色々な軋轢が生まれているのかもしれません...。

投稿: Natsume | 2008/12/11 11:44:47

世間で言えばこんな事も判らないのっていうのが解らない茂木さんって親近感を覚えます。

投稿: サンドラ | 2008/12/11 11:34:32

素敵ですね。毎日たのしく拝見しております。本当、わからないことを置いてきぼりにしてしまうこと多いですが今日から寄り添ってみます。あったかい〜

投稿: うさこ | 2008/12/11 11:09:45

茂木さん、おはようございます。
~わからないことに寄り添って生きて行けたらいいな~
っていうつぶやき、同感です!
そっかぁ、茂木さんでもわからないことあるんだ!
とちょっとうれしくもあり、ほほえんでしまいました☆
その時向き合っていることに問題が生じて
わからないの嵐に巻き込まれると
頭の中がぐるぐるになり混迷・・・。
でもそうなってしまったあとは
ちゃんと「わからないこと」がわかり始めて
ぐるぐるが徐々に穏やかになり
ついに「わかった!」につながるんですよね。
わたしも日々そのぐるぐるを体感しながら
ぐるぐるが途切れないことを幸せに感じています♪

わからないことを見つけてしまったり
それを知りたい、と思うことはきっと永遠に続くんでしょうね。
もしわからないことがなくなってしまったら、
生きていくっていうことが色あせてしまうでしょうね。。。

投稿: Loly | 2008/12/11 10:11:08

僕もわからないことだらけです。僕の一番の課題は、わかったときに自分は何が出来るかです。


今あるものを疑ってかかる茂木さんの姿勢には頭が下がります。しかし、何もできないと言ってしまうのは寂しいと思います。


何が出来るのかを悩み抜き、出てきた答えを果断に行いたいと自分は思います。

投稿: まうい | 2008/12/11 10:06:34

世間の常識というのは、なかなかの曲者ですからね。
私も含め、普通は根拠もなくただ受け入れてしまっていることがままあります。たまには、引っかかってみるのも良いですね。

ところで、少し関係の無いお話になってしまいますが、昨夜、ボリショイバレエの「明るい小川」に遭遇しました。というのも、私は都響の定期演奏会を聞きに行ったつもりが、うっかり一週間日にちを間違えていたんです。

でも、よりによってボリショイバレエのしかも「明るい小川」とは、何だか私はこの作品に愛されている気がするぞ?そんなことを思って、当日券の長い列最後尾にならぶことにしました。そしたら、その次の瞬間、知らない女性に声をかけられ、格安でとても良い席を譲って頂いたのです。やっぱりそうか、私はこの作品に愛されていると得意げに席に着き、ふと「これもセレンディピティかしら?」と思ったわけですが、如何なものでしょうか?

もしこれもセレンディピティなら、よりいっそう素敵な夜でしたよね。

投稿: may | 2008/12/11 9:47:46

茂木健一郎さま

私は今、判った確信めいたこと

普通 子供の頃 学生時代そして社会に出た自分

普通 さも別人格で思われるふしが
しかし
人生トータル そう茂木健一郎さまの書籍に触れるたびに
もっと申すと
幼年期からきちんと目標を持ちトータル的に人生を見ていかないと
もったいない人生
ですから
学生の時に参加した との今朝の記述に
茂木健一郎さまの人生に対する姿勢 触れることが、ほんの一部について出来た気がします。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2008/12/11 8:00:52

コメントを書く