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2008/12/19

だいじょうぶです

今朝は
日記を書く時間がどうにも
とれそうにないので、
創造性について以前書いた
文章を掲示して、皆様と一緒に
考えるきっかけといたしたいと
思います。

そう言えば、
昨日、銀行でお金を下ろして
出てきたら、女性が話しかけてきて、
「あの、一つご相談があるのですが、
私は銀座で働いていまして、
頭が悪いのですが、私も、努力すれば、
頭が良くなるのでしょうか。」
と真摯なる表情で聞くので、私は、
「だいじょうぶです。自分は頭が悪いんじゃ
ないかと悩んでいる人は、ただそれだけで
スタートラインに立っている。本当に
頭が悪いのは、自分が賢いと思い込んでいる
人です。」と答えたのだけれども。

創造性と感情のシステムにおける他者との関係  茂木健一郎

美術手帖 2003年2月号p.50-51

 私たち人間の創造性は、何によって支えられているのだろう?
 何もないところから、形が生まれる、音が生まれる、色彩が生まれる。ボッシュの「快楽の園の図」やフェルメールの「青いターバンの女」のような、見る人の心を一瞬でとらえ、生涯離さないような作品が生み出される。このような作品を生み出す天才の脳の中では、一体何が起こっているのだろうか。
 脳科学の劇的な発展にもかかわらず、創造のプロセスの秘密については、本質的なことはほとんど何も明らかにされていない。「あっ、判った!」と感じる瞬間(いわゆるaha! 体験の瞬間)に、神経細胞が大脳皮質の広い範囲で同期して活動することなど、いくつかのヒントになりそうな事実は知られている。しかし、創造の結果作り出される産物(アイデア、作品)が、いかに偶然に生み出されたとは思えないほどのクオリティを持ちうるのか、その肝心の秘密は誰も知らない。
 ただ一つ、おそらく確実に言えることがある。それは、創造性には、脳の「感情」のメカニズムが深く関与しているということである。
 脳のメカニズムに関する多くの知見がそうであるように、例外的な事例、異常と思われるような事例が、創造性と感情の関係について多くことを教えてくれる。ダニエル・キイスの小説の主人公であるビリーミリガンは、その好例である。
 いわゆる多重人格障害(解離性同一性障害)で天才的な絵を描くビリーミリガン。「多重人格」については、その存在自体を疑う人も多い。キイスも小説中で描写しているように、多重人格というのは、犯人が罪を逃れるために作った嘘なのではないか、あるいは精神科の医者が作り上げたフィクションなのではないか、と考える人もいる。
 私も、実は、解離性同一性障害の存在自体を疑っていた時期があった。しかし、ある確実に存在する症例の意味について考える過程で、ビリーミリガンのような人物が実在してもおかしくないと考えるようになった。
 カプグラの妄想は、自分の親しい人、たとえば妻や父親などが「地球人に化けたエイリアン」であるとか、「よくできたロボットである」というような荒唐無稽な妄想を抱いてしまう症例である。フランスの神経科学者ジョセフ・カプグラによって、1923年に初めて報告されている。最近の研究により、このような妄想が生み出される脳内機構が判ってきた。これらの患者の大脳皮質の視覚野は通常通り機能していて、親しい人の顔をそれと認識することができる。ところが、大脳皮質の下側にある扁桃核などの情動系の障害により、自分の知っている人に対して抱くべき、「親しみの感情」が生まれてこない。その結果、「私はこの人を良く知っているのに、なぜ親しく感じないのだろう」という矛盾を処理する必要に迫られる。この過程で、脳は、荒唐無稽なストーリーを勝手に生成してしまうのだと考えられている。つまり、「親しみを感じないのは、そっくりだがニセモノのエイリアンやロボットだからだ」と合理化してしまうのである。
 カプグラの妄想は、感情のシステムのズレが、奇妙だが独創的なストーリーの創造へとつながるケースである。同じように、ビリーミリガンの多重人格も、感情のシステムのズレが生み出した奇妙だが独創的な創造物であると考えられる。私たちは、人格というものは、体験、記憶に基づいて生涯首尾一貫して続いていくものだと思っている。だから、ビリーミリガンのようなケースに接すると、驚く。まさかそんなことがあるはずがない、と思う。しかし、二十四もの異なる人格も、感情のレベルでの解離に基づいて後から生み出されたものであると考えれば、それほど不思議な現象でもなくなる。ビリーミリガンの多重人格も、彼が描く魅力的な絵も、幼少時の切実な体験によって動き出した感情のシステムが生み出した創造物と考えれば良いのである。
 ところで、カプグラの妄想やビリーミリガンの多重人格のような一見異常に見える感情の作用において、他者との関係性が深く関与しているように見えることは偶然ではない。他者との関係は、人間の感情のシステムの機能にとって何よりも重要なものである。幼少期において、私たちは、人によって認められることを何よりも求める。「子供にとっては、誰かに見られていない出来事は起こっていないのと同じである」という警句がある。夏のプールの飛び込み台で、後ろに人々が並んでいるにもかかわらず、「ママ! 見て!」と叫び、母親が目を向けてくれるまで飛び込まない女の子。幼稚園の学芸会で、自分の出番の直前、親がちゃんと来てみてくれているか背伸びしてのぞき込む男の子。このような、誰にでも思い当たるような子供たちの振るまいの中に、私たちの感情において他者との関係が占めている中心的な位置が現れている。
 「アルジャーノンに花束を」の構想を得た経緯が、「アルジャーノン、チャーリー、そして私」に書かれている。キイスがニューヨークの英語学校で教えていた時に、授業が終わった後で「ぼくは賢くなりたい」と言ってきたという少年のエピソードが印象的である。私たちの感情の動きのほとんどは、他者との関係において生じる。「賢くなりたい」という、一見純粋に知性に向けられたように見える欲望も、実は他者との関係という文脈の中で生まれている。手術によって賢くなったチャーリーが、過去における自分と他者との関わりを振り返り、その意味を悟るシーンが、「アルジャーノンに花束を」という作品の最も感動的な部分なのは偶然ではない。
 現代の脳科学は、人間の知性というものは、その本質において社会的なものであるということを示している。映画「レインマン」で有名になった、時に天才的な能力を示すケースが出現する「自閉症」の子供たちの問題点も、他者の心を推定する能力にあることが指摘されている。脳の中の感情をつかさどる部位が、どのようにして天才的な創造の能力を生み出すのか、その詳細はまだ明らかではないが、創造を支える感情のシステムの中核に、他者との関係があることは間違いない。作品を創るとき、それが誰かに見られることを予期しない芸術家は一人もいないだろう。創造の行為とは、すなわち、広い意味でのコミュニケーションなのだということを、ビリーミリガンのようなケースは私たちに教えてくれる。

12月 19, 2008 at 08:00 午前 |

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受信: 2008/12/20 16:26:23

コメント

笑顔や、怒る、涙といった顔で表現するのも脳からうまれた一種の創造だと思うのですが。レオナルドは笑顔という最高の創造物に魅せられて、微笑みを描くことにこだわったのかと。ピカソの泣く女は涙の創造かななんて。。勝手な妄想ですが。
人間だけが笑う事の出来る動物というのも凄いと思ったのですが、感情が豊かに進化したからこそ人類は創造する力もあるのですかね?
だとしたら究極の創造物は我々の子孫でしょうか。姿カタチ性格とっても世界にたった1つしかないDNAが生み出した産物。
もしかしたら、大昔は個性も差ほどなく、同じような集まりだったのかもしれない。でも同じようなものたちからは同じものしか産まれず、人類は何らかの理由で進化の過程に個々に違いを出す必要があったのでは。。とまたもやおかしな方向にとぶのですが。(T∀T)いつも無茶苦茶なコメントで申し訳ないです(汗)
記事に戻りまして、創造の行為とは、すなわち広い意味でのコミュニケーションだ…他者に認めてもらう、他者を認める上でも重要な伝達行為ではないかしらと無学なりにも思いました。長々と本当に申し訳ないのですが、先生、今日も良い1日をお過ごし下さいませ。(*^∀^*)ノシ
お忙しいのに、いつも有り難うございます☆☆☆

投稿: wahine | 2008/12/20 12:54:54

茂木先生こんにちは♪先生の優しさが滲みでているタイトルやなあと感じさせて頂きました。全く知識はないのですが、スタートに立っているかもしれないと思えば心強いです。
創造性には脳の感情のメカニズムが深く関与している…身体も疲れるとストレスが溜まり、運動等で汗をかいて発散する訳ですが、脳も感情を起こすためのニューロンの発火等でストレスもしくはエネルギーが溜まりそれを発散する時に創造として外に放出するとか考えてみましたが。。
そのカタチは誰かに話すでも、絵、文章、唄何でも良いと思うのですが、感情(嬉しい、楽しい、腹立たしい、悲しい、等)を持った時やはり誰かに伝えたい、共感して欲しいという思いに至ります。それを出来ればスッキリしますが、出来ないと溜まって鬱など脳が壊れてしまうのではないかと勝手に思いました。感情の数値(ニューロンの同時発火?ドーパミンの量?)は計れるのでしょうか?計れるとしたら起伏の激しい人の方が創造力もあるような気も致します。
それとふと涙というものは、悲しくても、嬉しくても、ムカツイても出ますよね。という事は脳の神経細胞による感情のメカニズムも同じなのでしょうか?判断において違ってくる。先日からクオリアの生み出される過程と同じか違うという過程がおそらく同じとい

投稿: wahine | 2008/12/20 12:48:37

おはようございます。
きょうは晴れるはずなのに厚い雲

昨日のNHKでの教育論、拝見いたしました。
「信じる」ことが大事なのですね。 了解です!
いつか子どもを持つことになったら再度思い出すよう努力します。
今の課題は、健やかなるときも病めるときも、「夫を信じる」こと。

『無知の知』。自分が「解っていない」ことを、自分は「解っていない」と認識している方は、その時点で、知恵をお持ちですね。
馬鹿なのは、自分が「解ったつもり」でいること、「賢い」と思い込んでいることですね。
ソクラテスの弁明だったかなぁ。

晴れますように

投稿: 才寺リリィ | 2008/12/20 7:31:16

茂木健一郎さま

昨晩の番組、茂木健一郎さまが、ご出演の

その前に、半井小絵さんの素敵な、お姿を拝見!
さて、気象解説の前のスポーツコーナーにて

西武のアイスホッケー部廃部のことが。

茂木健一郎さま
名門コクド

私は、そういう取り上げ方に疑問です

西武プリンス ラビッツでしよ!
数年前に出来た新興チームです。

コクドバニーズという名門コクド、それからマークを西武ライオンズと同じレオに、そんな名門コクドと決別されたのでしよ、新興チームの
西武プリンス ラビッツとして
数年間の収支を鑑み
年間5億円との運営費は
茂木健一郎さま

新興チームとして考えれば、ですから
以前のコクドとの決別?として新生 西武プリンス ラビッツ!として数年前

それは伝統ある名門コクドを選手やチームが否定し振興チームとしたのでしよ

いまさら名門コクド、などと
私はコクド バニーズと、その後のコクドレオ軍団のファンでしたので
それは名門コクドのファン。

受け入れ企業を探すとの
再度、新興チームにされる?

私は、その時は名門コクドの名を使って欲しくない。

茂木健一郎さま

私 、はそう思います。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2008/12/20 6:59:43

患者の視点で
「医者(研究者)」はその世界観で私の発言その行為全て体系化された論理の中に組み込む故、その人自身を見ることができないのだ
ゆえに私は患者の視点からさらに世界を描いた、描こうとしている
障害者はその字面ゆえに保護の対象となる
科学者ならばご存じのように戦争のために利用された技術・人体実験
戦争下なら一つの価値観において「役に立たないもの」から切り捨てられる
「平等」という定義
私の命もあなたの命も国王の命も犯罪者の命も同じ重さ?
ホモサピエンスで等しく

私は矛盾したことを祈った
独占された「真」や「善」や「美」やそういう類のもの
そして私が所有したいと思った
GHQがくる前の圧倒的な知を誇る大学生なることを課した
そしてそれは今私の手ではなくなされている
圧倒的な「貧」を作り出して
まぁ、日本なんてね、これから貧しくなるばかり
小さな文化
だけどなくしくないものがある
私の大好きなものたち
たとえばどこかの通りにある古本屋

…鏡に徹すれば、白痴のように想像上の私は愛されるはずだけど
私が鏡でなくなることが怖い
人間の中で生きてなかった私はものすごく現代人で
確率的に私は存在してる
それって奇跡だよ
詩は賛美から生まれるのに
いつまでしかめっ面なんだろう
「生きててくれてありがとう」っていう人になるんだった
最近ずっと忘れてたこと幸せ脳で復活

投稿: A STRAY SHEEP | 2008/12/20 0:45:29

自分自身が、良くできたロボットのように感じる事があるんですが、これも「大脳皮質の下側にある扁桃核などの情動系の障害」でしょうか?

投稿: take | 2008/12/19 21:37:55

今晩は。今年も、あと13日ですね…。

茂木博士にとっても、昨年同様ダイナミックで、またさまざまな素晴らしい出遭いに恵まれた1年であったろうと思われます。

今年の年末は不景気もあって、寒さが心身ともに一層身にしみる時でもありますが、そういうものに負けずに、意思のベクトルをポジティヴな方向にもっていきたい、と思っています。


「本当に頭の悪いのは、自分が賢いと思い込んでいる人です」。蓋し、至言ですね。

自分が世界でいちばん賢い、と思いこんでいる人間は“慢心”という一種の心の病にとりつかれているのだろう。

慢心とは、一種の救い難い愚かさの顕れだと、ある人から聞かされたことがある。

慢心にとりつかれた為に、人生航路を踏み外し、不幸の奈落に落ちていった人々は、少なくとも文明開闢のころから、絶えた験しがない…。

自分は格別、己が賢いとも思ったこともないし、寧ろその逆だと思っている。詰まりは“頭が悪い”と思うほうである。

でもそのほうが頭の伸びしろが広がるし、茂木さんがよく言われるような“青天井”的な、知の可能性が無限に広がっていくような気がしています。


自分は賢い、頭がいいと自惚れ気味に思いこまず、常に謙虚に色々な他者と向き合えば、青空・星空が何処までも限り無く広がるように、普段は秘められたかたちの「創造」の力も広がっていくのかもしれない。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/12/19 20:18:17

わたしも、いつも「茂木さん、見て!」とコメントさせていただき。笑。

創造性の源は「ママ、見て!」にあるのだなぁと思います。

何かを創りだして、他者に受けとめられたい感情と
何かを創りだして、他者に受けとめてもらった感情が

次なる「創造性」を生むのではないでしょうか。

そこで生じるコミュニケーションが、孤独をほんの一瞬
打ち消してくれる。そこに、心の安らぎがあるのではと思います。

感情のシステムのズレ、、。
愛情?に対する、強い飢餓のようなものかもしれませんね。


投稿: 月のひかり | 2008/12/19 16:29:06

銀座で茂木さんに突然質問してきた女性の話は、何かしらリアルで、まるで映画かTVの2時間ドラマのつかみの冒頭シーンを思わせました。

ある場面で突然真顔で深刻な提案が出ると、ほとんどの場合は変人扱いで済まして、「なかったことに」で忘れようとする。会社にいたころ少なからず経験した場面であって、そういう人は「協調性がない」と評価をうける。

本人にすれば当然の行動を否定するために、古くは旧約の数多くの規制を初めとして、いくつもの枷が仕掛けられてきたと思う。全体のためには「特殊」を排除するという考えは、いまの世の中でも健在であるようだ。たとえば、会社全体のためには派遣にやめてもらいましょう、のような。

投稿: fructose | 2008/12/19 16:07:26

茂木さん、今日は「創造性」について、
みんなで‘考えよう’ですか?(笑)
たまには、こういうのも良いですね!

「アルジャーノンに花束を」は、かなり前に
読みました。
障害をもったチャーリーが賢くなる手術を受け
天才の頭脳を持つものの、それまでの人間関係
において、自分に対して人がどう思っていたか
その真実までも見えてしまう・・・。母親との
関係性に私は涙しましたが・・・。

「創造性には脳の感情のメカニズムが深く関与
している。」・・・そう思います。
そこには、「他者との関係性があり、重要な部分
を占めているであろう!」というのも想像できます。

素晴らしい「芸術作品」が生まれる背景を想像すると
そこには複雑とも思える人間関係があったりしますね。
きっと、その様な「芸術家」は孤独との闘い、或いは、
土を食べる様な苦い体験があるのだろう!と想像します。

優れた芸術作品は、当たり前の生活や普通の人間関係
からは創り得ないものがある、それが情交により生み
出されたり・・・ではないかと考えます。

でも、それはごく一握りのお話であって・・・。
では、ごく普通の者が何も創れないのかと言えば、そう
ではない。
普通の生活を愛おしく大切にしながら生きている中で、
素晴らしいものを生み出したり、優秀な人を育てたり
もしていると思うからです。

それを如実に感じるのは、毎回、「プロフェッショナル」
を拝見する度、そう思うのです。
多くの方は、丁寧に生きていらっしゃいますし、ご自分や
他者との関係性を大事にしている方が殆どではないかと思う
のです。

ものの考え方や生き方はいろいろあって当たり前で、そこに
自分らしさがあればよいのではないのかな?!と私は思います。

私自身の仕事を思う時、例えば私は自分のことを芸術家だとは
思っていませ~ん。(笑)
でも、職人であり続けたい!と思っています、今の仕事をして
いる限りは・・・。
そしてやはり長距離ランナーでありたい!と思っています。

普段の生活、例えば毎日のお料理作り等、手を抜きたくないのは
家族の健康を考えているのは勿論の事ですが、それがお料理に関
するMCやメニュー・コーディネーターの仕事へ直結するから。
主婦の目線や一人の女性として、当たり前ですが丁寧に生きてい
かなくては・・・と思う今日この頃です。(笑)

私たちの日常にある小さな芸術も立派な芸術!

人と人との関係性ということで言えば、沢山の引き出しを持つ
とよいのではないでしょうか?!
他者から得ることは沢山あると思うからです。

実際に人と会って、お茶をして、おしゃべりをするだけでも
多くの気付きや収穫があるものでしょう?
と、私は思います。
茂木さんのテーマと大幅にづれていなければ良いのですが。(*^。^*)

今晩は、テレビで茂木さんを拝見できますね。
楽しみにしています。

では・・・。


投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2008/12/19 16:05:18

こんにちわ

芸術の事を考えていて、「芸術は、人の心に映って、はじめて芸術になる。」と、思った事があります。人々の心の中に自分の広がりを感じる事で、そのスペースが開く事で、創造性が生まれるのではないでしょうか?(^^)

投稿: 芸術のクオリアby片上泰助(^^) | 2008/12/19 15:46:25

こんにちは。大変興味深い日記でした。

ある女性画家で、自閉症の子供たちと一緒に絵を描く活動をされている方にお話を聞く機会があり、
「嘘はバレるよ。彼らは全部分かってるよ。」
と言われていたのを思い出しました。


大人でも子供でも、
絵の持つパワーのようなものを
共有できた気持ちになるときっと嬉しいですよね。

そういう素敵なコミュニケーションを増やす人間でありたいなあと思います。

投稿: ようこ | 2008/12/19 11:35:10

僕は小説を書いている間、
「書き直し」という作業をするのですが、
それをしている間、
自分が書いたものを「第一の読者」として読んでいる自分がいます。
もちろん、僕も小説を書いている以上、
他人に読んでもらいたいという希望は持っていて、
ときに「純粋芸術」的な傾向を見せる純文学に反感も持つのですが、
それでも、やはり、エンターテイメントとして自分の小説を「枠」にはめることは、もっと窮屈で、仕方なく、純文学の文芸誌に小説を送っています。
創造とは広い意味でのコミュニケーションなのだとしたら、そこに、「神」はどのように入ってくるのでしょうか。
今の日本で、「神」に向かって芸術を制作しているひとはあまりいないかもしれませんが、
僕は、キリスト教徒でもなく、イスラム教徒でもなく、仏教徒でもないのに、ふと、一人で文章を書いているとき、「神」に近い存在を感じます。
僕は日記を書いているのですが、ふと、小説を読み返したときに、「こんなものフェイクだ!」と自分が書いたものに腹立たしくなることがあって、新人賞に出した後の原稿を読み直して、茫然自失となることもあるのですが、
日記を読み直すとそういうことはあまりありません。
僕にとって、というか一般的にかもしれませんが、小説、というものは、複製技術でコピーにコピーをされて、広く行き渡ることを求めるのに対して、日記というものは、本来ならば、「非公開的」なものなのかもしれません。
そして、僕は、小説を書いているときは、「自分」という「他人」を内面化した視点で自分が書いたものを読み、日記を書いているときは、「自分」でも「他人」でもない「神」に近い、存在の視点を内面化して書いているような気がします。
しかし、日記を書くだけじゃあ、文章で食ってけないしな……と思いつつ、今から、年末の郵便局のアルバイトに行ってきます。
茂木さんも、お体にご自愛ください。

投稿: 石曽根康一 | 2008/12/19 10:28:19

 僕はある時期を境に、我慢が出来ない人間になってしまいました。
 やりたくないと感じたものは、どんなに理屈でやらなければいけない、やった方が得だ、楽だ、と言い聞かせても、絶対にやりません。
 お陰で、随分赤点を取りました。
 だましだましで、卒業しましたが、自分は、4年間に身に付けた学問に全く納得してません。だから、もう一度学びなおしたいと思っても、我慢や努力が出来ないので、殆ど勉強できません。
 この状態を、「頭の中に赤ん坊がいる。」と表現したことがあります。

投稿: 岡島 義治 | 2008/12/19 10:08:05

茂木さん、おはようございます☆
何年か前、テレビで多重人格障害の外国人女性を
取り上げたドキュメンタリー番組を見ました。
彼女の生活内部にカメラが入って撮影されていたのですが
「多重人格って本当に存在するんだ・・・」
と納得(?)してしまいました。
わたしも「本当にそんなことあるのかな?」と
思っていただけに、その後も関連本を何冊か読みました。
日本ではまだ「多重人格障害」という病名として
確立されていないので、他の精神病と混同されてしまう
・・・とのこと。

わたしは12年近く、精神病院で看護師として働いていましたが、
病名がなかなかつけにくい、症状が見えにくいという症例もあり
精神分野は難しい!と日々実感していました。
たとえば骨折などの外傷、胃潰瘍などの内科的なもの、
であればレントゲン、血液検査などによって
目で確かめることができます。
でも精神分野に関しては、症状は見えにくい・・・。
ちょっとした発言や行動から
想像を働かせて読み取っていかなければいけない。

日本でも、多重人格障害者の相談機関があるようで
以前テレビで特集されているのを見ました。
本人でなく家族や友人が気づくことが多いため
発見、対応が遅れてしまう、とのことでした。
そしてどの機関に相談していけばいいのかわからなかった
とおっしゃっていました。
現段階ではどの程度解明されたのか、
日本の精神科医は、他の病名と混同することなく
多重人格者として対応、カウンセリングしてくれるのか、
ということが気にかかります。

精神の、脳の不思議は奥が深すぎますね。。。

投稿: Loly | 2008/12/19 9:50:57

茂木さん、お早うございます!私も今日は早くから仕事です。 今日は、ご出演番組が二本、あるのですね!必ず拝見致します。 「大丈夫」というタイトルですが、私も時々、「馬鹿じゃないかしら?余りにもまったりと生きているのじゃない?」とか、「ぼ~っとし過ぎじゃない?」とか、たま~に思う事がありますョ~。(笑)バタバタとし過ぎていて、何も考えていなくて生きているのでは?というような不安感というのでしょうか?!それは時々、ありますがあまり気にしなくてよさそうですね!また、後ほど。では・・・。

投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2008/12/19 8:53:42

茂木健一郎さま

大丈夫ではなく残念なアイスホッケー

茂木健一郎さま
コクドアイスホッケー部と西武鉄道アイスホッケー部が合体のチームが廃部らしい記事が。
私、は思う
西武ライオンズと同じレオマークにしたのに、それを変えた時点で廃部の予感

あれから数年間、アイスホッケー部は活動した訳なので予感は外れましたが、今、廃部との
コクドのスキー場、宿泊施設は売却されたり

お疲れ様でした
コクドアイスホッケー部の、その後のチーム
私はコクドバニーズ、コクドレオ軍団のファンでした。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2008/12/19 8:17:51

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