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2008/12/31

魂のひりひり

大学院の修士課程の時、私はある人に
しきりにこぼしていた。

「どうして世界は個別化されているんですかねえ。」

その人は、「さあ」と笑って答えなかった。

「それぞれの人が、独立した心を持っていて、
容易に他人のことは与り知れない。このような
状況は、なんとかならないものなのでしょうか?」

「なんともならないでしょうねえ。」
とその人は言った。

ちょうど、根津の交差点を歩いている
頃だったのではないかと思う。

なぜいまだにそんな会話を覚えているのか
というと、自分でも魂がひりひりと
するのを感じていたからであろう。

他者問題はきわめてやっかいで、普遍的である。

今でも、自他の間の障壁がなくなった
わけではないし、その絶望が解けたわけでも
ない。

ただ、人間というものは、親しい人ができたり、
友人があったりするととりあえずはそれで
紛れてしまうものだから、
魂のひりひりが一時的に解消するのでああろう。

それでも、
根源的な問いとしての他者問題が消えて
しまうわけではない。
時折、マグマのように吹き出す。

「心の理論」をめぐる議論において、
自閉症の子どもはそれができないが、
(いわゆる)健常者にはそれができる
などという通常の論旨がある。

ふだんは大人しくしているが、何か事があると
「そんなもん、健常者にだって他者問題は
わかるはずないだろう。わかったことにして、
それ以上の判断を停止しているだけだろう!」
と時折ちゃぶ台返しをしたくなるのは、実に、
青春の根津交差点のせいであろう。

『欲望する脳』の冒頭の方に書いた、
高校の時の宮野勉との会話からの流れは
本当のことである。

__________

 ティーンエージャーの頃、私は孔子よりも老子の方が好きだった。高校のクラスメートで、「論語」を愛読している宮野勉という男がいて、老荘思想にかぶれていた私と何時も議論になった。私が、孔子は世俗を説くだけじゃないかと言うと、宮野は、老子は浮世離れしていて役に立たないと言い返す。「世間知」と「無為自然」の間はなかなか埋まらない。妥協の仕方が見つからないままに、時は流れ、宮野は弁護士に、私は科学者になった。やはり三つ子の魂百までか、というと、人間はそんなに単純でもない。
 私は、孔子が次第に好きになってきたのである。社会に出て人間(じんかん)に交わるようになって、「論語」の持つ思想的深みが味わえるようになってきた。しかも、単なる処世知として評価するというのではない。「私」という人間の存在の根幹に関わるような根本的なことをこの人は言っている、と孔子を見直すようになった。人間を離れて、世界の成り立ちについて考える上でも、孔子の言っていることを避けて通ることができないと思い定めるようになってきた。逆に宮野は、孔子の知は、時に余りにも実践的過ぎて鼻につくこともあると近頃漏らすようになった。人生というのは面白い。正反対から出発して、いつの間にか近づいて行く。やはり、中庸にこそ真実があるのだろう。
 そうは言っても、忙しさに取り紛れて「論語」を真面目に読み返すこともできないでいた。ただ、「論語」のことが、半ば無意識のうちにずっと気になっていた。ある時、私は地下鉄のホームに立って、ぼんやりと現代のことを考えていた。人間が自らの欲望を肯定し、解放することで発展してきたのが現代文明である。自らの欲望を否定し、押さえつけることほど、現代人にとって苦手なことはない。現代人の脳は、欲望する脳である。昨今の世界情勢の混乱も、現代人の野放図な欲望の解放と無縁ではあるまい。そんなことを考えながら電車を待っていた。
 突然、何の脈絡もなく、論語の「七十而従心所欲、不踰矩」という有名な言葉が心の中に浮かんだ。私は雷に打たれたような気がした。この「七十従心」と呼ばれる文の中で、孔子は、とてつもなく難しく、そして大切なことを言っていることがその瞬間に確信されたように感じたのである。

茂木健一郎 『欲望する脳』より

___________

大人にはなったが、それでも、時折
老荘のことを考えるのは、
魂のひりひりが未だに消えてはいないから
であろう。

荘子与恵子游於濠梁之上。
荘子曰「魚出游従容、是魚之楽也。」
恵子曰「子非魚、知魚之楽。」
荘子曰「子非我、安知我不知魚之楽。」
恵子曰「我非子、固不知子矣。子固非魚也。子之不知魚之楽全矣。」
荘子曰「請循其本。子曰女安知魚楽云者、既已知吾知之而問我。我知之濠上也。」

(『荘子』秋水篇)

人間に魚の楽しみはわからない。
しかし、わからないと決めつけることもまた、
相手に対して何らかの予断を持っているという
ことである。

要するにこの世のことはどうにもならぬ。
ただあるようにあるだけである。

しかし、鋭利な刃のような問いを、
人は時には胸の中に喚起してみねばならぬ。

そうでなければ、この世を生きていくその
リズムが単調になってしまう。

時には、「世界はなぜ個別化されているのか」
と問い詰めていた根津交差点に戻って
みたいと思う。

魂のひりひりの包み紙をそっとはがしてみる。
そこには変わらぬ自分がいるはずだ。

12月 31, 2008 at 04:25 午前 |

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コメント

持ちで溢れております。いただいた種は新しい年をまたぎ引き続き大切に育てていきたいと思います。いつか恩返しが出来ることを夢見ながら。。
長々とスミマセンが、本年も先生のご健康とご多幸を心からお祈り申し上げます。
いつも本当に沢山の気づきと、パワーを有り難うございます!!!
茂木先生にとって、本日もステキな一日となりますように。
●●●●●●
(*´∀`*)ノ
 
ありったけの感謝を込めて☆☆☆

投稿: wahine | 2009/01/01 9:47:20

茂木先生、明けましておめでとうございます♪
魂のひりひりの包み紙をそっとはがしてみる。そこには変わらぬ自分がいるはずだ…荘子の言葉と共にとても深いものだと感じました。基本的に嫌いな人というのは作らないようにはしていますが、苦手なタイプというのはあるもので、超negative思考、利己的な方とはどうも噛み合う気が致しません。個別化されていると思えば、面白いのかもしれないですね。根っこの部分ではもの凄ーく人が好きなんですけど、その反面冷やかな部分もあったりです。ただ、真逆なタイプの人と何か共通点等が見つかった時は素直に嬉しいですし、色々な意見を聞くのも勉強になります。なのでなるべく他者との間に壁をつくらないようにはしているつもりですが、如何せん自分という人間自体をよく理解できておりませぬ。
鋭利な刃のような問いは、こたえを探すのも困難に思います。よりよく生きていきたいという欲望が、鋭い問を生み出すのでしょうか。先生のように振りかざすだけの勇気と知恵が自分にはあるのか。。
新年早々意味不明で申し訳ないです。(ノ_<。)
それにしても、昨年は先生のご著書達、先生の存在がもの凄いパワーとなりました。言葉に表しにくいのですが、感謝の気

投稿: wahine | 2009/01/01 9:22:24

茂木さん
もうすぐ
A happy new year!!!
茂木さんにとって、豊かで素敵な一年となります様に~☆

投稿: mak | 2008/12/31 23:56:28

老子(たけし)と、孔子(たけし)と天竺(竹をイコールにするのがクオリア)だと学びました。
宇宙(バブル)は1つのストーリーが弾け続けていて、パズルのようにはまっていくのではないでしょうか。マークハミル!


投稿: NHK | 2008/12/31 20:16:36

「欲望する脳」のこの冒頭の文章は
大変印象深く、読んでは何度もなんども考えてました。

11月からこの日記を読ませて頂いてます。
良い思考のご縁を頂きました。ありがとうございました。

良いお年をお迎えください。

投稿: hana | 2008/12/31 18:11:18

その人がいるという事は、個別が存在している。そしてその個別と個別との関係性で普遍的なクオリアが確立される。
たしかに、このクオリアは泡のように儚いかもしれないけれど、だからこそ!生きていく中で、苦楽を共にし、寄り添って生きていきたいと思う感情に結び付くのですよね。
そしてそれは、人が自身の感情を解放する事で進むもの。。しがらみなど…気にしてしまう事もありますが、自分の気持ちに嘘はつけないもの(嘘をつくと、ちょっと前の私のように感情を殺して、何を考えてるか分からない人になってしまいます)。
考えてみると…嘘をつかないという事は、素直に生きる事に繋がりますね。
そうしていくうちに私が目指している所へいけると思います。
私自身、解消できない気持ちを解消したいと考えていますので、来年は変わるぞ!と、自身に言い聞かせています。

投稿: 奏。 | 2008/12/31 17:50:08

茂木さん、こんにちは!
2008年の締めくくりにふさわしいコメントを!
とはりきっていましたが
妙にチカラが入って言葉が浮かんできません・・・。
ただただ、今年は茂木さんの本をたくさん読んで
人生の深~い友になったことが
なによりうれしいです♪
「日々、人生を生き抜く」
そんな1年を過ごせたように思います。

茂木さんのこのブログに出会えたのも今年。。。
わたしにとっておおーっきな存在の茂木さん☆
これからも脳科学で知りえたことを
たくさん発信しつづけて、
わたしの魂のひりひりを
引き出してください!

きっと新しい年の始めも大忙しですよね。
2009年に向けて
カラダを大事に守りながら
前進していってくださいね♪
茂木さん、2008年お疲れさま。。。
そしてたくさんの楽しみとしあわせを
ありがとうございました♪♪♪
よいお年をお迎えください!

投稿: Loly | 2008/12/31 15:43:39

時折ちゃぶ台返しをしたくなるという茂木先生、それって本当に素敵だと思います!プロフェッショナル仕事の流儀で、いつもお姿を拝見していて、いいな~って思っておりましたが、このまえ実際お目にかかって、本当にいいな~って思いました。理由は一言では言えない感じなのですが、とにかくこれからも応援しております!

投稿: ふぉれすと | 2008/12/31 11:50:34

孔子や老子のことはよく分からないけれど、先生は自分の考えを追求する姿勢が強いように思われます。
他者問題のことについて読んで、茂木先生は改めて優しい人だなあと思いました。
毎日は読めませんが、読むと楽しめるし、落ち着くことができたりするので、読むのが楽しみです。

親しみを込めて、来年も今年よりさらに茂木先生のご活躍することをお祈りします。

投稿: nagu | 2008/12/31 10:59:27

親愛なる茂木様
今日は大晦日ですね。大晦日ですが、今テレビで源氏物語を見ています(^^ゞ
源氏は大和和紀さんのあさきゆめみしという少女漫画と与謝野晶子訳を読みました。
茂木さんは源氏は英語版も読破されたのですね~凄いです。
茂木さんは源氏で好きな人、いらっしゃいますか?
私は紫の上と浮舟が好きです。
しかしながら紫の上は源氏と一番深く関わってその為に一番不幸だったかもしれませんね。自身は藤壺の身代わりと気付いていたと思うし、女三ノ宮の降嫁で源氏をもう理解できないって絶望して亡くなったんじゃないかなぁ~
ここにもすでに個別化による問題が提示されています。深いぃです。
宇治十帖はもしかしたら紫式部の作品ではないかもしれません。ちょっと作風が違う気がします。浮舟に明確な自我が芽生えてますし。自らの強い意志で薫を振り切るんですから、自我がないと無理ですよね。
ーみてもまた逢ふ夜まれなる夢のうちにやがてまぎるる我が身ともがなー
源氏は日本の美意識の結晶だと思いま~す。
それでは茂木様、どうかよいお年をお過ごし下さいm(_ _)m

投稿: 眠り猫2 | 2008/12/31 10:58:19

今年最後の日…ベランダの外は、明るく穏やかな陽光が射し込み、空は青く澄みきっている。

2008年は、穏やかな冬の晴天のもとに、幕を引こうとしている。

今年1年、この日記を読ませていただき、そのたびに鋭利な思いを胸の中に抱かなくてはならないと、自戒したり、新たな感動を得させていただいたりしていた。

自閉症は他者の心が読めないというが、果たして本当にその通説通りなのか、と考えることがある。

むしろ、場合によっては、読み過ぎることもあるのではないか。

健常者の中にも、他者の心が読めない人間は結構いるはずだ。いや、もしかしたら、本当は、健常者と自閉症者の境界線が非常にぼんやりとしたものになっているのではないか。

それはともかく、自分はある時期から、相手の立場や気持ちを慮るようにしようと思うようになった。未だになかなかうまく行かないが…。

来年はもう少し、0.5㎜でも慮れるようになれれば…と思う。

本屋へ行くと、文庫本を探したり、小説の単行本を探したりしている。最近はなかなか、これは!と心にピンとくる作品に巡り合わない。こっちの感度が鈍ってしまったのか、それとも、単にピンと来る作品がなかなかないからなのか。

何時か銀座のある書店を訪れた際、一読して魂がひりつくようなある小説に巡り合ったことがある。もっとも、値段が高くて、ついに買わずじまいだったが…。

小説でも絵画でも、映画でも、見ていて魂が“ひりひり”を覚える作品というのは、少なくとも自分が感じるに、何かものごとの「本質」「核心」を、非常に巧妙なやりかたで抉り出している作品なのではないか。

私達が立って生きている、この三次元空間にあるものすべて、身近にあるものも、またそうでないものも、そうした「本質」」「核心」に近い、ただでは解けない“謎”を隠し持っているにちがいない。

その“謎”について、仮令完全には解けなくとも、「鋭利な問い」をすることだけは、常々忘れないでいようと思う。

p・s・茂木博士、今年も有難う御座いました。来年もヨロシクお願い致します。それでは、よいお年を…!

投稿: 銀鏡反応 | 2008/12/31 10:36:57

こんにちは。31日になりましたね。今年は8月に゛脳と仮想゛そして゛生きて死ぬ私゛を読み返すことによって、長年の私のヒリヒリはあきらかに快方へ向かって来れました。5月の青いシュ―ズのシューベルトの頃は、まだ、モギ―先生のとお~くを、うろうろしながら、なんとなく、アンテナの何処かにひっかかる・・失礼をお許しください。・・というふうでしたのに、いまや、毎朝のクオリア日記とテレビとご著書によって、楽しくて為になって、面白くて、という幸福状態です。今年も大活躍、お疲れ様でした。そして有り難うございました。

投稿: ぶらんか | 2008/12/31 10:35:31

明けまして、おめでとうございます!!
今年も よろしくお願いします

おはようございます!!
茂木さんも
「天空の導きの星が汝の運命を定め、活気と火と露をもて
汝の魂を創り給いし」
 の人だから 火山のような人だから 魂のひりひり と相棒なのですよ。
なぜ、茂木さんは 魂のひりひり を思い出したのでしょうね。
無意識に気になっている事が思い起こさせたのでしょうか。
自分の周りにいる人へ愛・関心・興味がないと個別化の問題に考えが及びません。
でもそうやって考えを広げる事 大好きです。
生きているって感じます。
茂木さんの今日の文章を読むだけで結論に達しているから、私は「そうだな、そうだなっ」と反芻します。

  あげます             谷川俊太郎

もぎたてのりんごかじったこともあるし
海に向かってひとりで歌ったこともある
スパゲッティ食べておしゃべりもしたし
大きな赤い風船ふくらませたこともある
あなたを好きとささやいてそして
しょっぱい涙の味ももう知っている
そんな私のくちびる…

いまはじめて ―――あなたにあげます
世界じゅうが声をひそめるこの夜に

この詩も気に入ったので。

私はつくづく、茂木さんに対して恐れ多い事をしていると感じます。
コメントを読んで下さっている事に深く感謝します。
茂木さん、ありがとうごさいます!
良い新年をお迎えください( ^^)/ ~~

投稿: 光嶋 夏輝 | 2008/12/31 9:39:21

Dearest Dr. Mogi

I share the same sore with you.
Some smart people have kindly told me there is no such thing as universality, but I believe you as a real scientist won't drop it so easily. Am I right ?

When I was walking around the woods of Ise shrine about a week ago, I clearly felt "Everything is going to be OK". I think we are lucky to have places like this in Japan. The speechless divine atmosphere of Ise always brings me to tears (and makes me optimistic) !

I hope you have a wonderful New Year's Eve.
Wishing you a very Happy New Year 2009 !

投稿: tomoko | 2008/12/31 9:25:24

親愛なる茂木先生、今年も残りわずかです。
私はドライヴが大好きです。
一般に自動車事故は何%と言われていますが、私は3年前の今頃衝突事故を起こしました。被害はお互いに左右にやり過ごそうとした時に擦れたのです。
相手の車は、北海道ナンバー。私は所沢。
この時ふと考えました。時系列は異なってもお互いに家を出て別の目的地があった。道もある程度の幅を持つ。お腹が減れば定食屋に立ち寄るし、信号機の点灯に時差もある。この広い土地で2台はピッタリと出会った。
ある日、私が自転車をこいで高速道路の上の道に差し掛かり、ふと眺め下ろすと青のカローラが通過していきました。唯の大衆車ですが、その車と出会う確率はと運命的な何かを感じてしまいました。
先生の、「個人は個別化されているのか?」
私は量子力学の基本中の基本、電子模様の実験を思い出しました。
北海道と埼玉の間には巨大なゲージ場があったろう。
話は変わり、南部先生の言葉ですが、「そこに整列していたら、対称性は破れている。」
対称性の破れは意識の中で如何定義づけられているのでしょうか。
はい、勉強不足です。もっと茂木先生の教えを学ばなくては。
波動関数では、量子は区別出来ないのでファクトリアルを用いますが、個人は見分けが付くが意識が作用しない限り、見分けが付かない。
学識欠陥のある私には、はっきりした提案が出来ませんが、「意識しない限りそこには月があるのか無いのか両方の状態にある。」、「シュレディンがーの猫。」などの有名な議論にある言葉にまで、頭の中で議論してしまいます。
ただ、人間個人ははっきりした意思があり、他人の意識で定義できるのもではないし、したとしても一義的ではないことは明らかです。
結局、私は「分からない。」としか言えません。破綻してしまいました。唐突ですが最後に「市販のコンピューターは阿呆だ。」と今年最大の不満をぶちまけて煩悩を消したいと思います。
御清聴ありがとうございました。

投稿: deep blue | 2008/12/31 8:52:23

行く年は さようなら  来る年よ ごきげんよう。。。.☆*:.。.☆*†

 
新しい年が 喜びと 希望
   愛と 安らぎに満ち溢れたものでありますように お祈り申し上げます。 。。.☆*:.。.☆*†

2009年もどうぞよろしくお願いいたします。。。.☆*:.。.☆*†

I wish you  a Happy New Year. ☆*:.。.☆*†
Wishing you good health and happiness throughout the coming year. ☆*:.。.☆*†

投稿: daikanyamamaria | 2008/12/31 8:01:52

昨年も同じことを書いたようような記憶があるが、昨日30日は「第九」の演奏会に行き、帰りに酒をのんで帰った。50半ばでますます思うが、「ベートーベンはほんまに強い人間や」。

今年も「クオリア日記」を、毎日見たり、しばらく見なかったりしてであったが、自分が今何を思っているのかの整理に使わせていただくために、お粗末なコメントも書かかせていただいた。

今年の印象に残ることの一つは友人の脳動脈瘤クリッピング手術の間、病院で一人で待機していたことだった。
近年クリッピング手術は格段の進歩で、なんら心配いらないと思いつつも、時間が超過してるんじゃないか?などと気を揉んだりしたが、成功してほっとした。

世の中には親類縁者がいるのに大手術を孤独に一人で受ける人が近年は増えてきたらしい。友人もそうだった。
そうなると、保証人、同意書など色々形式的にやっかいな問題が多く出てくるらしい。
極端な状況が発生すると、往々にして「身内」は逃げ出し、思いもよらぬ「他人」が真剣に関わってくると医師も言われた。

生ぬるい「身内」関係のなかで、何も起こらずにこれを全うできる人は幸せであり、何も責められることではない。
一方で、生ぬるさでは乗り切れない状況では、突如新しい可能性を切り開く可能性が訪れる。

「他者」の教祖のラカンは精神分析の意義を「可能性の拡大」においていた。

「魚は泳ぐのを楽しんでいる」というような視点は貴重と思う。

茂木さん、2009年も活きの良さを維持されますように

投稿: fructose | 2008/12/31 6:57:03

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