« 具体を探せ | トップページ | プロフェッショナル 岩田守弘 »

2008/12/09

山の音

今年は、私のかかわった
本が思いがけず何冊か売れて、
「ビジネス書」のランキング
入りをしている。

ありがたいことではあるが、
私は、自分の本が日本で言うところの
「ビジネス書」だとは
実は思っていない。

日本で言うところの「ビジネス書」
は、どうやらノウハウのことを
指すらしい。

私にとって、「ノウハウ」ほど
関心から遠いものはない。

脳科学の要諦は、つまりは、
脳が生きる上で避けることの
できない偶有性(確実さと
不確実さが入り交じった状態)
にいかに適応しているか
という点に尽きる。

クオリアの問題も、偶有性に
大いにかかわる。

その複雑な問題を、ノウハウ
などで解けるはずがない。

アメリカを訪れて
空港の書店などを見ていると、
なるほど、「ビジネス書」
はたくさん並んでいるが、
大きな違いは、かの国では
「人格形成」や「自己の向上」
に重点が置かれていることである。

これならばわかる。人格はノウハウの
塊などでは断じてない。

強いて言えば、内田樹さんも
時折触れられるレヴィ・ストロースの
言うところの「ブリコラージュ」
の集合体なのであり、
箇条書きできるノウハウなどでは
断じてない。

「強化学習」のすばらしい
ところは、「正解」がないところで、
何を喜びの源とするかは、
それぞれが懸命に生きる上で
模索しなければならないのだ。

五反田駅を降りて横断歩道を
渡っていると、片手に雑誌を
持って立っている人がいる。

歩みを止めて、話しかける。

「こんにちは。」

「あっ、どうも。この前の、
先生が表紙の号はぎょうさん売れましたよ。」

「そうですか。はずかしいな。
今のやつください。」

「はい、どうぞ。」

「三百円でしたっけ? そうだ。
学生にも読ませたいから、二冊下さい。」

「先生、ときどき五反田いらっしゃるんですか?」

「ええ。研究所が近くにあるもので。」

『ビッグイシュー』 を売っているその人は、
やさしい笑顔で送って下さった。

コンビニのところで関根崇泰と落ちあい、
論文の構成を議論しながら歩いていく。

ソニーコンピュータサイエンス研究所にて、
脳科学研究グループの会合。

新婚ほやほやの「幸せなる種族」、
野澤真一くんが
Gambling Urges in Pathological Gambling. A Functional Magnetic Resonance Imaging Study

の論文を紹介。

野澤いわく、「urge」という単語に
惹かれたとのこと。

依存性の薬物など、chemicalなものと、
gamblingのような、sensori-motorを
通してやってくる依存刺激の間の
関係は何か?

dependencyとabuseの間には
どのような差異があるか?

野澤のライフワークである、
自発性(spontaneity)の周囲を、
このようなpathologicalな視点を含めて
探るのは、大いに良いことだから、
がんばってやって欲しい!

続いて、田谷文彦が、self detected error
固有の脳活動についての論文を紹介。

論文紹介の「模範演技」。

self detected errorというのはおもしろい。
正解がわかっているのならば、最初から
そうすれば良いようなものだが、
そうはいかなくって、後から
気付く、フランス語で言う
L'esprit de l'escalierは
どのような機構で生まれるのだろうか?

昼食に
チェゴヤに行こうと皆でエレベーターに
乗ると、田辺史子の髪の毛がずいぶん短い
ことに気付いた。

「なんだか、背中からぐいと引っ張って
短くしたみたいだな。」

「もう少し前は、さらに短かったです!」

チェゴヤで辛いのをひいひい。

京都へ。

日高敏隆先生とコスタリカに行った
仲間たちのリユニオン。

中野義樹さんが撮影した写真を
見ながら、皆でなつかしい時を
語り合う。

夕食にいこうと橋を
わたると、山の端がシルエットを
なして美しい。

「山の音」がさえざえと聞こえて
くるような気がした。

「天上の音楽」に向き合い、
対抗し、響き混ざり行く。

12月 9, 2008 at 08:55 午前 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 山の音:

» 桜の木になる トラックバック ただいま妄想中
今朝しんたいさんと、対談をしました! 今回のタイトルは『あま〜い渋柿の謎?』です。笑。 また女性2菩薩の部屋を、ご覧くださいませ{/face_tehe/}{/kirakira/} 女性2菩薩の部屋 http://azabu-kozenji.or.jp/ たとえば、春。桜の花を咲かせるために。 桜の木は今、厳しい寒さに耐えながら ただひたすらに、そこに、たたずんでいるんだなと。 ・・・思ったりするけれど。 いや、たぶんきっと。桜の木にとったら、 花を咲かせようと思って、立っているん... [続きを読む]

受信: 2008/12/09 13:35:42

» 白洲次郎が10人いれば・・ トラックバック 御林守河村家を守る会
親友から電話がありました。 ニュースで流れている解雇社員の数は おそらくその50倍ぐらいが実態だろう ということです。 そのからくりはこうです。 大企業では、 工場や事務所がブロックに分けられていて、 一見、どれもおなじ社員のように見えるけれども、 じつは... [続きを読む]

受信: 2008/12/10 7:41:40

» 茂木健一郎さん、ありがとうございます!〜ちょっといい話〜 トラックバック すべてはうつりゆく
12/4 のブログで、 五反田にビッグイシューを買いに行ったら、 販売者さんが、警察の人に「通報入ったから、許可証見せて」 といわれ... [続きを読む]

受信: 2008/12/12 6:58:54

コメント

前から、この団体の活動に興味を持ちつつ、持っただけにしていた記憶が、茂木さんの日記によって、私の記憶は行動に移行されました。

本日、ビッグイシューを始めて購入しました。

虎ノ門の駅を上がった所で、毎日大きな声で私たちに呼びかけるその方は、今日も変わらずでした☆

あの辺は、忙しいサラリーマンの街なので、皆ソソクサと素通りです。
自分の仕事の事で頭がいっぱいな人が多い気がします。

もっと、色々な人がいる街のほうが売れるんじゃないかなと思うと同時に、私みたいな奴もいますよ。頑張って下さい!という気持ちになります。

そんな初ビッグシュー購入をした瞬間、どこからともなく近づいてくる人達がいて、「?」と思っていたら、フジテレビの方達だったらしく、インタビューを受けました。

おおいに結構なインタビューです。(実は会社遅刻してTV写ってしまう事になりますが・・・)

こういう活動をされている方をマスコミは、どんどんアピールしてほしいですね!

投稿: 小絲まめ | 2008/12/18 10:24:35

こんにちは、茂木さん。

五反田で、ビッグイシュー、買われたのですね!
販売が続けられているようで、よかったです。
ほっとしました~。

茂木さんのあたたかい人柄に触れた思いです。

私も来週、買いに行きます!

投稿: iokibe | 2008/12/12 7:11:39

茂木先生 こんにちは♪
【山の端がシルエットをなして美しい。「山の音」がさえざえと聞こえてくるような気がした。】と言う文章で私は「山のあなたの空遠く幸い住むと人の言う…~山のあなたに尚遠く幸い住むと人の言う…」と言う詩を思い浮かべました。遠くに霞んだ山の端は、ほんとにぼんやりと、綺麗だったでしょうね。そして【何を喜びの源とするかは】と言う文章には、幸せや喜びは自分のすぐ近くにあって、ただそれを感じとれる感性があるかどうかで、幸せの度合いは違ってくるんだ、と思いました。小さな出来事の中に、幸せのクオリアを見つけられるように、生きたいと思います。先生はどんな出来事の中にも、必ず幸せのクオリアを見つけることが出来て、幸せのオーラが出ているので、みなさんに愛されるのですね…笑♪

投稿: 平井礼子 | 2008/12/10 16:06:24

平均的日本人よりもはるかにキリスト教にはなじみがある私でも、欧米のいわゆる学術書を読むと、
“こんなところにもキリスト教が…”
と、思わずうめいてしまうほ根強くキリスト教的なものが横たわっている。
ひょっとすると、かの地で育っていない人にはその本質は理解できないかしら、と思う。
そこには、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と断言する神に、根底から支えられていることによって行きつくところがあるように感じる。

大人のやさしさを身にまとっていると、時に自由でいることが難しくなるかもしれません。
茂木さんののびやかな思考が、生き生きと羽ばたくことができますようお祈りいたしております。

投稿: masami | 2008/12/10 10:42:07

お早うございます♪
昨日は京都に行かれていたのですね。鴨川の橋を渡られたのでしょうか?
強化学習の素晴らしいところは“正解”がないところで、何を喜びの源とするかは、懸命に生きる上で模索しなければならない…とても深いお言葉と拝しました。生きること自体が答えのないもので溢れており、ピンチはチャンスと朗らかに向き合ってけたらと思います。暗闇への跳躍を座右の銘とさせていただいております。
ビックイシューを売っている方の優しい笑顔も先生も素敵だと思いました。
京の夕闇に輝く星達と山々の響きが美しく、目を閉じると聞こえてくるような気が致します。
それでは先生、今日も素敵な1日をお過ごし下さいませ。(*^∀^*)ノ

投稿: wahine | 2008/12/10 6:47:13

何を喜びの源とするかを探して探して、見つけた私は、それに近づけるよう、日々努力中です。


正解が分かっているなら、最初からそうすれば良いのに、後から気がつくという事、思い当たることがあり、他人事ではなく思いました。。
それこそ、穴があったら入りたい気持ちです。

投稿: 奏。 | 2008/12/09 23:12:46

山の音
今仕事帰りの電車です。
京都いいですね。京都は風景の中に山並みが溶け合っていて、あのブルーグレイに霞んだ遠景がとても綺麗だと思います。これから人も少なくなって、お庭とかも静かに拝観できそうですね。あぁ京都行きたいです。
本文と関係なくて恐縮ですが、今渋谷Bunkamuraでワイエス展やっています。茂木さんはご覧になられましたか?私は一昨日見に行って感動しました。凄く精緻な描写力で、かつシャープでいて 荒涼とした風景に澄んだ風が吹いてくるのです。ワイエスさんは自分が消え去って、手だけを残して絵を描きたいとおっしゃったそうです。
生命の不思議な質感を感じました。
12月23日まで開催しているそうです。
茂木さんもしまだご覧になっていらっしゃらなかったらお勧めです。
お忙しいのに差し出がましいこと書いて申し訳ありません。
今日は茂木さんの感動する脳を読もうと思います(^^ゞ

投稿: 眠り猫2 | 2008/12/09 20:48:27

最近、近所の本屋やコンビニの雑誌・書籍コーナーに行くと、その「ノウハウ」系のビジネス本ばかり並んでいる。

そんなものを読むくらいだったら、古典名作を読んだ方がよっぽどきまった“正解”がなく、確実性と不確実性がない交ぜになっているこの世を、力強く生き抜けるだけの、精神の力を養える筈だ、と思うほうである。

だから私は、単なる「世渡り上手」になるための小手先のノウハウしか書いていない本はいっさい読まない。そもそも、読む気がしない。

茂木さんのお書きになられた本は、読む者にこの世を強く賢く生きる力と知恵を沸き立たせてくれます。精神の深い所を耕してくれる一書です。

でも、もっと魂を、精神を深く耕す様々な書に、巡り合いたい。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/12/09 20:23:03

こんにちわ

偶有性の中で、自分の一面をほめられるか、他者の一面をほめられるか、しかも、それで、良い方向へもって行けられるか、「人格形成」「自己形成」につながるのではないでしょか?


>「強化学習」のすばらしい
ところは、「正解」がないところで、
何を喜びの源とするかは、
それぞれが懸命に生きる上で
模索しなければならないのだ。


「人間、時には、ラテン系にならなくては?」、と、言う事でしょうか?(^^)

投稿: 偶有性の中のクオリアby片上泰助(^^) | 2008/12/09 15:08:17

「山の音」わたしにも、聞こえてきました。

投稿: 月のひかり | 2008/12/09 13:35:18

「喜びの源」っていい響きのことばですね。とてもポジティブな気持ちになります。


日々の生活の端々に「喜びの源」を見つけていきたいです。


あと、「脳を活かす仕事術」の中にあった生命の輝きという言葉も自分に響きました。


投稿: まうい | 2008/12/09 10:36:32

この記事へのコメントは終了しました。