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2008/11/17

愚行するぞ

 何しろ、世界がどのように見える
かということは、時代によって
変わるに違いない。

 ナショナル・ギャラリーで
ダ・ヴィンチ、フェルメール、
モネなどを見た後、
 もう一つのウィングに移動し
 現代作品を眺めてそのように
思った。

 コンテンポラリー・アートは
自分たちをガラクタと区別するための
さまざまな装置を必要としている。
 ここには大いなるパラドックスがある。

 表現において、何をしても良いという
最大の自由を謳歌している表現ジャンルが、
もっとも強い束縛の下にしか成立
しないのだ。

 真っ白なキャンバスの上にただ線を
引いただけの作品。
 アクション・ペインティングで
羅列される絵の具。
 
 これらの作品は、無意味の深淵に
落ちないために、必死になって踏ん張って
いるように見える。
 それが逆に強度ともなるのだ。

 もっとも、アンディ・ウォーホル
やゲルハルト・リヒターのように、
古典的作品と同じようなたおやかな自然さを
持って存在を主張してくるものもあるのだけれども。

 世界の見え方は、ある日突然
変わるはずだ。
 それだけが唯一の希望であるように
思われる。

 そのためには愚行を積み重ねなければ
ならない。

 コンテンポラリー・アートは、
愚行の博物館としては確かに
私たちを奮い立たせる。
 
 そして、古典的な作家たちもまた、
くるりと月面宙返りをしてから立つような
そんな愚行の結果を残している。

 フェルメールにおいてさえ、それは
明らかであり、
 ぼくは、丹念な下塗りをした後に、
真珠や目玉の光や髪の毛といった
重要な部位の表現において筆をタンタンと
軽やかに置いているとしか思えぬ
生命の光加減にすっかり夢中になった。

 モネと来たら、「傘を持つ女」
の中にケロンパを潜ませておくのだから。

 愚行するぞ。

 そこにしか希望はない。

 強い束縛の中に身を置き、
しかもそこから自由になるために。

11月 17, 2008 at 10:01 午後 |

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コメント

茂木さん、今日、私は12月の複数名でのクリスマスガラス作品の展覧会に出品するためにガラスの塊を削っていました。「スペシャルな機械」を電車で2時間かけて借りにいってガンガン作業していた時、作品が、どんどん、つまり、頭の中と私の手元とが0.x 秒のタイムラグで追いかけるるように形を変えていく集中の中で、私はいつの間にか言葉を繰り返していました。「愚行するぞ。」 茂木さんの言葉が凄く響いていました。。。真っ白な中に黒い線一本きりでも、それはその時の精一杯の表現だったのであろう、またはその時代にトピックスな表現であったのですね。。。愚行するぞ!!私の表現がほんの少しの人の目にしか触れないような物でも、繰り返しそれをせずにはいられない。。。愚行するぞ!!クリスマス。。。もうすぐですね。

投稿: takkagiii | 2008/11/21 0:18:22

10年ほど前ですが、Apple ComputerのCMキャンペーンで
"Think Different"というものがありました。
「クレイジーな人を讃えよう」というもので、
アインシュタイン、エジソン、マイルス・デイビス、
フランク・シナトラ、ピカソ、マリア・カラス、
ガンジー、黒澤明・・・といった人々の映像とともに、
次のようなメッセージが朗読されます。

Here's to the crazy ones.
The misfits.
The rebels.
The troublemakers.
The round pegs in the square holes.
The ones who see things differently.
They're not fond of rules
And they have no respect for the status quo.
You can quote them,disbelieve them, glorify or vilify them.
About the only thing that you can't do is ignore them.
Because they change things.
They push the human race forward.
And some may see them as the crazy ones, we see genius.
Because the people who are crazy enough to think that they can
change the world, are the ones who do.

http://jp.youtube.com/watch?v=jIStLfVfwNg

当時、いたく感動したのを思い出します。
それがAppleのCMだという意味でも、厚みのあるキャンペーンです。

「愚行」がなければ、世界は先に進みません。
いつも振り返れば、世界の変化はある愚行の結果です。
ふと常識の壁に出会うとき、私もそういう視点に立ち返るようにしています。

茂木さんの著書と、ブログの記事を拝読し、
いつも強い共感と驚きをおぼえております。
分からないけれど、それは、
茂木さんが小林秀雄の演説テープを聴いて得た感覚に近いのではないかと
勝手ながら、そんなふうに想像する日々です。

投稿: yukotto | 2008/11/19 11:07:13

茂木さん、おはようございます。
今日は「プロフェッショナル」がありますね。
あとで拝見いたします。

「世界がどのように見えるか、時代によって変わる。」
きっと、少しずつ変わっていくものなのでしょうね。

「愚行する」ということは、チャレンジする!という
ことなのでしょうか?!
それは、大事ですね!

ケロンパとは、わかりませぬ?!

パソコンが元気になってくれたので、良かったです。
お写真やワシントン情報、楽しみにしています。

では、今日も一日、お健やかにお過ごしください。

投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2008/11/18 21:28:06

自らの持つイメージを、どんなのでもいいからこれだ、と思う技法で自在に表現する。

それで一つの“アート”が出来上がる。

時代の眼の見かたが変わるまで、それはガラクタ扱いをされるかもしれない。

けれど、言われるように「ある日突然世界の見かたが変わる」時、それは歴史のエンサイクロペディアに名を残すものになるかもしれない…。

自由自在の表現を可能にしてくれるもの、その表現を藝術に昇華させる“土壌”が時代や社会が齎すキツイ束縛なのに違いない。

その束縛という固い殻の中で、魂をひたすら燃やして蠢き回り、躍動し、何かを表すことをずっと繰り返すとき、束縛は破れ、行為は藝術と昇華するように思われる。

果たして何時までそれを続けていけるか。出来る事なら死ぬまできっと、続けて行きたいものだ…。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/11/18 21:19:55

芸術、アートは とにかく人の心にインパクトや感動を
与えることが出来れば 創り手側はとても幸せに思い
やりがいも感じます。
大芸術家達の頭って、何を思考しながら素晴らしい芸術作品を創っているのだろうと考えてしまうと頭が痛くなるので、
愚鈍な私は、左脳と右脳をいつも順番どうりに使っているなぁ・・・
と頭の神経細胞を感じながら絵や文章を作っています。
 
どう描けば良いのか、何を描けば良いのか、
どう書けば良いのか、何を書けば良いのか、と
いつも悩んで進み難い愚鈍さだったのですが
先生の「脳を活かす」シリーズのお陰で
自分自身を自分なりに解明しつつ吹っ切れて
ちゃっちゃとするようにしています。
先生は何かと私の救いの神さまです。ありがとうございます。
そして、作品を見て下さる私の大切な方々、ありがとうございます。

投稿: 穂 | 2008/11/18 19:03:58

こんにちわ

> 愚行するぞ。

> そこにしか希望はない。


時代の、確信犯になりますか?(^^)

投稿: 時代のクオリアby片上泰助(^^) | 2008/11/18 15:30:00

茂木健一郎さま

判った部分です
たぶん
ピカソの作品は愚行の極み、かな?
判らない部分
難しいピカソの作品

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2008/11/18 13:32:27

茂木先生、はじめまして。

私も愚行を始めてみようと思っています。少し前の
 愚公、山を動かす
という言葉のように、私のような者でも
1ミリずつなら、山を動かせるのではないかと。

そこにある希望に向かって、自由になるために
まずは、私自身が動いてみようと思います。
素敵な言葉をありがとうございました。

投稿: ソラウサギ | 2008/11/18 13:08:00

この日記は泣けます。

凄いです!感動です。

投稿: ようこ | 2008/11/18 13:06:30

自由に
と言われると 動きが
止まってしまう。
そんなときがあります。
いつも 茂木さんの
ブログで
世界を擬似体験させて
もらっています。

ありがとうございます

投稿: 邦之 | 2008/11/18 11:15:41

茂木先生、こんばんわぁ~!

愚行するって???
なぜだか、茶道教室を思い出しました。 もう10年以上も機会はなかったのに。
あの時のあのしびれる足がふっと浮いたような静かで心穏やかな時空にいるような気持ちになるときの事を思い出しました。 あれが”わびさび”の空間なのか、誰にも確かめたことはなかった。私だけのことかもしれないし、気恥ずかしいから、それに、周囲のゆったりとした雰囲気が、みんなもその時空にいざなっているのだろうと信じさせた。 忙しい仕事のことや、その時の煩わしい人間関係すら、なんだか別世界のことのような錯覚におちいるなんとも言いあらせない、不思議な”至福の時”があった、そこにはあった。 あれはもしかすると先生のおっしゃる自由と似ているかもしれないそんな気がしたから。

それから、時代や文化をタイムスリップしてきたようなアートたちに触れると、自分の中にいる普段気づかない自分が目を覚まして感動したり、好奇心がどんどん私をつれまわす感覚があるのも、不思議と思い出されてきて。 
そんな感覚をすっかり忘れていたなあとふと思い。 茂木先生のおっしゃるフェルメールの作品をウエッブでみてみると、凄い。 先生のクオリア感から、私の中にも新しい感覚が芽生えてきたような。 なんだか、本物を見たくなった。

ますます茂木先生のクオリア感が飛び出のが、とっても楽しみです。

投稿: Natural2 | 2008/11/18 9:01:41

存在は儚い刹那であり、行いは愚行である。

そのような消失する身体の中で表現をする事を前提に置いていく必要があるように感じます。

それが、生命の輝きであり、無限の楽しみをみせてくれるものでもあると感じます。

愚行は荒野を踏み締める力強い足であり、その先にはきっと見た事もないような、、。

投稿: モリモト | 2008/11/18 8:17:49

茂木先生 はじめまして。
私もワシントンDCの近くに住んでいて、
昨日はふらふら~とNational Gallery of Artに立ち寄ってみました。
なんで白いキャンバスに描かれたこの海は、透明に見えるんだろうと、
ぼーっと思いながら いつも変らぬ場所で当たり前のように置かれているモネの絵でそよ風を感じ、世界一の美女になりそうなルノアールの女の子を見て外に出ると、モネが描いたような空が広がっていました。

White houseとWashington Monumentに引かれた直線の中点に立って
眺める夕日は高級赤ワインを少しずつ大事に飲んでほろ酔いになった頃の気分にさせてくれます。

今日もいい天気なのでお時間がありましたら是非お試しください。

投稿: thermophile | 2008/11/18 2:59:20

茂木 健一郎様

慶應義塾創立150年記念事業室内「未来をひらく福澤諭吉展」事務局です。突然のご連絡で失礼致します。
この度慶應義塾では、創立150年記念事業の一環と致しまして“慶應義塾創立150年記念展覧会「未来をひらく福澤諭吉展」”を開催いたします。
http://www.fukuzawa2009.jp/

つきましては、茂木様が現在運営されているブログでも広報等にご協力いただけないかと考え、お願い申し上げる次第であります。詳しくは、当展覧会ホームページの「応援団募集」のページでご案内しております。
http://www.fukuzawa2009.jp/cheergroup.html

正式なご案内のメールをお送りさせていただきたく思いますので、ご連絡いただければ幸いに存じます。どうぞ宜しくお願い申し上げます。

投稿: 「福澤展」事務局です | 2008/11/18 2:21:37

こんにちは♪
愚行するぞ。そこにしか希望はない。強い束縛の中に身を置き、しかもそこから自由になるために…大変力強く、大変深いお言葉と思い何度も記事を拝読させていただきました。最大の自由は束縛の元にこそ成立する。
世界がどのように見えるかということは時代によって変わるに違いない…先ほどの隠し絵はこの事を考えさせるための付箋だったのでしょうか。突然、見えなかったものが見えてくる。。
なにか先生の闘志みたいなものが、メラメラと伝わってきます。
自身もじわじわと熱を帯びてきました。(*`θ´*)ゞ
それではよい午後をお過ごし下さいませ☆☆☆

投稿: wahine | 2008/11/18 1:28:18

真っ先に思い出したのは、マルセル・デュシャンの「泉」です。
オリジナルはすぐ扮したそうですが、衝撃は写真からも伝わってきます。
あれを見て、私の中の何かが変わったのは確かです。

そしてなぜかアンドレイ・タルコフスキーの『アンドレイ・ルブリョフ』という映画も思い出しました。

モノクロのひたすら暗い画面とストーリー。
唐突にストーリーが終わり、「なんだ、これで終わりか!」と思った瞬間、突然、画面がフルカラーに転換します。
なんとそこに展開されていたのは、アンドレイ・ルブリョフが描いた数々の本物のイコンの燦然とした輝きでした。まるで光の洪水です。

恍惚感と涙におそわれました。

愚直にイコンを描き続けた中世の修道士と、その生涯を愚直に再現した現代の映画監督。
その愚直さこそ、才能に勝るものです。

映画館を出て、世界が変わったことを感じました。

しかし、愚直に愚行を積み重ねることは難しい、と愚考しました。

投稿: 遠藤芳文 | 2008/11/18 0:51:46

茂木さん、こんばんは!(夜じゃないかもしれませんが、、)

絵画鑑賞、わたしも大好きです。
画家の思い、解説など。きっといろいろある中で。

究極のところ、観る人によって、観えるものが異なったりして。

絵画は、観る人の心を映す「鏡」かもしれませんね!

茂木さんの心には、希望の光が輝いているのだと思います☆☆

投稿: 月のひかり | 2008/11/18 0:38:21

こんばんは。
茂木さんの文章は時々私には難しい。でも、読んでいるととても勉強になります。茂木さんが英文の原書を何もわからないまま読み始めたが、時がたてばすらすら読めるようになったように、いつか私にも茂木さんの文章がすらすら頭に入ってくるといいな。
茂木さん、尊敬してます!
お仕事、いや、学習、楽しんでください

投稿: みー | 2008/11/18 0:26:04

茂木先生、おはようございます!

世界の見え方は、ある日突然変わる。それが唯一の希望であるかのように。。

とのお言葉。


そのためには、情熱的に物事に取り掛からないといけないなぁ。何に対してもアグレッシブに行かなくては…と、思いました!

投稿: 奏。 | 2008/11/17 23:38:41

茂木健一郎さま

オバマ次期アメリカ大統領も茂木健一郎さまのブログ 読んで頂きたい
どうにか 心底思います。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2008/11/17 22:47:06

茂木健一郎さま

凄すぎです それもフランスはパリでの印象とは違う

躍動的なイメージを感じます。

クオリア 本質 凄すぎです。

投稿: TOKYO / HIDEKI | 2008/11/17 22:07:31

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