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2008/11/15

米国

アメリカに着いた。

飛行機の中で、昔(2004年頃)
書いたある文章を思いだした。

人と人との関係においてだけは、
「効率」ということを考えてはいけない
ということを頭の中で巡り歩いていて
思いだしたのである。

小林秀雄との出会いも、ここにあった。

ここに、全文を掲載する。

ネット書店ばかりで本を買っていては
いけないと反省する。

書店の遠景 (角川書店『本の旅人』)
「書店主人、山を動かしたること」
茂木健一郎

 小学校4年の時、家の近くに新しい本屋ができた。東京近郊の私鉄単線の小さな駅の横の踏切を通る商店街にオープンしたその本屋の名前は、「愚公堂」といった。
 「愚公、山を動かす」という故事成語の意味を、当時の私がはっきりとわかっていたとは思えない。由来も知らぬままに、「グコウドウ」という音も気に入って、足繁く通った。棚が四列だけの小さな店舗に入ると、紙とインクの臭いがぷーんとした。
 愚公堂の御主人は、当時、四十そこそこ、ちょうど今の私くらいの年齢だったのではないかと思う。恵まれているとは決して言えない立地条件にもかかわらず、いや、それ故にこそか、愚公堂の品揃えは、気合いに満ちていた。古今の古典の文庫や新書がずらりと揃い、硬派の本もちらちらと並んでいた。背表紙を眺めているだけで、何やら荘厳な気がした。最初に夏目漱石や森鴎外の本を買ったのも、愚公堂であった。
 当時の愚公堂を思い出すと、「青雲の志」という言葉が浮かぶ。愚公堂開店の背後にどのようないきさつがあったのか、経営上のリスクと目論見がどうバランスしていたのか、子供の私に判ったはずもない。同じくらいの年になった私の体験に照らせば、日々これ平穏であったはずもない。
 おそらくは胸の内に去来する様々な思いを秘めて、銀縁のメガネをかけた細面の愚公堂主人は、入り口の横のカウンターに終日座っていた。ガキのくせに背伸びをして、随分生意気なことを口にしていた当時の私に対して、ご主人はいつも落ち着いた口調で、大人を相手にするように接してくださった。
 当時、私は、蝶を採集することに夢中になっていた。図鑑を眺めて空想するのが何よりも好きだった。ドイツのザイツという図鑑の高名を聞き、いつか手に入れたいとあこがれていた。蝶類の図鑑の新刊が出ると、小遣いやお年玉を貯めた資金を握りしめ、愚公堂に注文しに行った。小学生が注文するにしては、大部で値の張るものだったように思う。当時の物価で、一万円を超える図鑑もあった。
 図鑑が入荷すると、愚公堂のご主人は私の家に電話して、「息子さんの注文なさった図鑑が届きましたよ」と知らせてくださった。愚公堂までの1分足らずの道をぽかぽかする気持ちで歩き、ちょっと誇らしいような、恥ずかしいような気持ちでカウンターに向かった。ご主人が、カウンターの裏の棚から、白い注文票の挟まった本を取り出して下さった。その一連の過程が、真新しい靴を履く時と同じような、大切で晴れがましい儀式であるように思われた。
 中学生になった私は、次第に無口になり、蝶の図鑑を注文することも少なくなった。次第に自意識が目覚めて来て、愚公堂に行っても、カウンターの中のその人と視線をあまり合わせないようになった。レジに本を持っていく時も、自分が読む本がご主人に知られることが、なんとなく恥ずかしいような、イヤなような気持ちだった。
 愚公堂のご主人と交わした最後の会話は、小林秀雄の『考えるヒント』を巡ってであったように記憶する。カウンターに文庫本を持っていき、「高校受験の国語の勉強のために読むんだ」と言った。ご主人は、「へえ。こんなに難しい本を読むんだね。」とほめて下さった。私は、ごにょごにょと口ごもった。『考えるヒント』を持って、愚公堂を出た私の頬に、冬の冷たい風が心地よく吹き付けた。愚公堂のカバーの付いた文庫本を持って走ると、その手応えが思ったより軽くて、心細く感じられた。
 あの日、いつも本に囲まれて物思いにふけり、近づきがたく見えたグコウドウ主人と初めて対等に口を利けたような気がした。一人前の読書人になれたような気がした。四半世紀も前のことである。
 高校生になると、何とはなしに愚公堂から足が遠のいた。高校の近くの本屋に行くことの方が多くなった。休日などに、前を通りかかっても、気恥ずかしくてドアを開けて入っていくことができなかった。子供の頃行った床屋に、青年期になって行くのが恥ずかしいのと似たような気持ちだった。
 そうこうしているうちに、愚公堂は、いつの間にか消えてしまった。硬派の品揃えが、立地に合わなかったのかもしれない。何か、個人的な事情があったのかもしれない。ご主人がどこへ行かれてしまったのか、親に聞いても判らなかった。私が大学生になった頃のことである。
 子供は、「ありがとう」を言わないで大人になる。本屋はある日静かに消えていく。そんなことが、あの頃の私にわかるはずもなかった。
 マーケットという怪物を前にして、志に寄り添って生きることの困難は、今になってこそ判る。志を抱くのは難しい。志を貫くのは、さらに難しい。
 愚公堂主人は、今でも、どこかで山を動かそうとしているのだろうか。 

11月 15, 2008 at 12:42 午前 |

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受信: 2008/11/16 7:16:29

コメント

ぐこうどうの話を読んで私はなぜか
「パンツ屋」のことを思い出しました。
「パンツ屋」は隣の小学校の校区にあった
下着屋で本当の名前はきっとあったと思うの
ですがみんな「パンツ屋」と呼んでいました。
遠出して、隣の校区までいって「パンツ屋」で
何を買うかというとミヤマクワガタを買うのでした。
パンツ屋にはミヤマクワガタのほかにスズムシ
やらマツムシも売っていました。
私と親友の「カッチンコ」と二人で
「パンツ屋」に行き、ミヤマクワガタを
カッチンコが買うと、別の子に山でとってきた
と嘘ついてプレゼントするのです。
30年以上昔の話です。

投稿: | 2008/11/17 0:47:27

子供は、「ありがとう」を言わないで大人になる。本屋はある日静かに消えていく...なんで涙が出ちゃったんだろう。
ちょっと自分の中へ探検に行ってきます

投稿: | 2008/11/16 16:58:22

人間の脳が、効率よく生きることを志向しているだけなら、
脳科学も、ずっと単純ですむのに・・・、
脳は、よりよく生きるための選択をしようとする。
そして、よりよく生きるというのがどういうことかも、
脳が自分で考えなくてはいけない。
あらためて思ってみると、とんでもない事実だと思います。

愚公堂の御主人と茂木少年の物語は、
自分がよりよく生きようとする姿勢が、
他者のよりよく生きる助けになっているという、
社会の美しいかたちが
具現化されているのだと思いました。
そして、御主人にありがとうは言えなくても、
蝶と本の好きな、1人の少年との出会いは、
御主人にとっても愛しいものであったろうと思いました。

都内でも下町あたりはどうか知りませんが、
私の知っている東京の、私の働いている職場では、
よりよい働き方は、
自分たちで考えるものではなく、誰かが決めてくれるもの、
与えられた型に自分が合わせるもの、です。
そこから出てくる社会のかたちは、
均一で、口当たりが良くて、分かりやすくて、
KYになることを恐れ、KYな人を嫌うというもの。
おそらく、
自分たちに動かせる、動かすべき山があるとも
思っていないのではないでしょうか。
動かすべきかどうか、本当は分からないですけど。

私はというと、山のふもとにも行かれません
(行ったとしても動かせないとは思いますが)。
自分のよりよい生き方とは、どうすることなのか?
職場の皆さんが私が参加しないほうが楽しいなら、
そして自分も辛くないなら、忘年会も欠席する、
というような生き方を、続けるしかないのか?
そんなことさえ、分からないからです。


投稿: MiznoYuli(u-cat) | 2008/11/16 3:39:54

こんばんは

ただ今、こちらの時間はAM1:53
最近、こちらにお訪ねする事が多くなりました。

人間って面白いと思う、ふとしたきっかけから興味を抱く

コメントを投稿するような話題じゃないですが、楽しみにしております。
今、ワシントンにいらっしゃるのですね?

私は、明日ローカルな須磨人になってきます。

投稿: | 2008/11/16 2:05:24

茂木先生、日本から こんばんわ。


人と人との関係で「効率」を考えてはいけない。


コツコツと誠実に向かい、伝わることがある。


努力は報われる。
頑張ろう!という気持ちがわきました☆

投稿: | 2008/11/15 23:20:52


言葉にするのは容易いけど、実行、実現するのは
本当に大変ですよね。

でも人の短い人生において志を持って生き
たとえそれが叶わなくともどこかに満足感は得られるんじゃないかな?
きっと愚公堂のご主人にも

投稿: みんなのFX | 2008/11/15 22:33:48

茂木先生お早うございます♪
人と人との関係においてだけは“効率”という事を考えてはいけない…大変深いお言葉だと思いました。
愚公堂のご主人が自分のお店に足繁く通ってくれた小さな少年の、四半世紀後のご活躍を知ったらとても嬉しいでしょうと思います。(既に知っていらっしゃるかもしれませんが)
子供は「ありがとう」を言わないで大人になる。本屋はある日静かに消えていく…自身も伝えられていない方がおり切なく感じ。
志を抱くのは難しい。志を貫くのはさらに難しい…こちらもズシンズシンと胸に。
現在まさに模索中なので非常に考えさせらる記事でした。。(*´ω`*)
それでは先生、米国でも良い1日をお過ごし下さいませ。(*^∀^*)ノシ☆☆☆

投稿: | 2008/11/15 19:31:27

アメリカ・・・大忙し過ぎて、いつもいつも唖然となります。
おみやげ話を楽しみにしております。

本屋さんの切ないお話ですね。
小学生で、一万円以上もする蝶類の図鑑とは凄いですね。
さぞ 綺麗な図鑑だったのでしょうね。
小学生、中学生、高校生・・・そうそう、こんな距離感で大人や周りと
接していたのを思い出しました。
ピュアでフレッシュくすぐったい頃なんですよね。
愚公堂さんは割りと短かったのですね。
先生もびっくりされたことでしょう。
現実と理想、夢のギャップは いつも泣かせられます。

投稿: | 2008/11/15 19:13:36

もちろん、動かそうとしているでしょう。

すでに動かし終えているかもしれませんね。

投稿: もりのひと | 2008/11/15 19:09:23

初めてコメントします。
上海からです。

「書店主人、山を動かしたること」
興味深く読ませてもらいました。
想いが繋がったのでコメントしました。

投稿: jojo | 2008/11/15 15:28:42

今朝投稿したコメントの続きです。

いつの間にかなくなってしまった、その近所の本屋に、私も、ありがとうを言わないまま別れ、大人になってしまいました。

巨大化し、時に凶暴なほどに変身する市場主義という”透明大怪獣”の誘惑に負けず、どんなに難しくても、ダイヤモンドの志を抱いて生きていくしかない。

こうして茂木さんの日記に投稿している私たちも、いつかはお互いにありがとうを言わないまま、別れてしまうのか。

せめてそのときがきたら、ありがとうを言って、お別れをしたいものだ。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/11/15 15:13:28

茂木先生 こんにちは♪
「愚公堂」のお話しとても切ないですね。幼稚園の頃、幼稚園の入口に、おじいさんとお婆さんが二人でやっているような古い書店があり、いつもどちらかが、小さい台の上にちょこんと座って、店番をしていました。瓦屋根で昔の蔵のような造りで、透明なガラス戸を、がらがら開けて入ると、ほんとに紙とインクが混ざったような、なんとも言われぬ本のいい臭いがしました。そこは本を買うと言うより、本の臭いを嗅ぎにいったり、雰囲気を楽しみたくて行ってました。今の大型書店には本の臭いはありません。嗅覚は使わなくてもいい本ばかりになりました。その場所は通る場所ではないので、まだその本屋さんがあるかどうかわかりません。そして台の上にお魚のように並べられていたのは、本があまりなかったからなんですね。どこかに嗅覚を使う本屋さんはまだあるのでしょうか?そのインクと紙はもう無いんですね?本屋さんの思い出は嗅覚の思い出です♪

投稿: | 2008/11/15 15:05:23

なんだか切なくなるような、素敵な内容ですね☆
自分もそんな場所や気持ちを持ちたいと思いました。

投稿: hann | 2008/11/15 13:33:33

茂木先生こんにちは
こどもは、「ありがとう」を言わないで大人になる。のくだりで涙が出てきてしまいました。そして自分のまわりの方に感謝の念を持ち続けたいと思いました。いつもすてきな物語をありがとうございます。

投稿: | 2008/11/15 12:44:05

茂木さん、米国へ無事に到着されたのですね。
お疲れ様です!
今、そちらは夜の8時過ぎでしょうか?

麻生総理もサミットで今、ワシントンに
いらっしゃるようですね。

「人間関係」において、効率は・・・そうですね!
私は物を買うときは、対面ショップで買います。
ネットで買ったことは無いです。
アナログ人間と言われそうですが、やはり、自分の
体を動かして、そこへ行く、場合によっては会話を
して、また、たくさんの書物が自分の目の中に飛び込んで
くるというのは、そこで、また、新たに「心が動く」と
いうことがありますから、大事な行動のひとつ!なのでは
ないでしょうか?
全てにおいて、言えることなのかもしれません・・・。

茂木さんは、いつもお忙しいからなかなか時間が取れない
のでしょうけれどね。
「課題図書」を読むということでしたら、ネット購入で
済まされますしね。

あるジャーナリストの方に以前、お目にかかり、その時、
その方がおっしゃっていたのは、「僕は携帯もネットも
しない。この先もしようとは思っていません。」と。
でも、必要に迫られてネットや携帯を利用される様に
なっていらっしゃいましたが、人間関係はとても大事に
しておられましたね。

私も今年、ネット利用を始めましたが、上手く利用して
いきたいものです。

ワシントンは、寒いのでしょうか?
どうぞ、お身体には十分お気をつけください。

では・・・。

投稿: | 2008/11/15 10:33:10

尊敬する茂木先生

先日 辻秀一先生のセミナーを受講する機会にめぐまれました。辻先生が 脳のお話のところで茂木先生のお名前をだされ、勝手によろこんでいました。
私は茂木先生の本を読み、テレビ番組を見、学ぶ機会を作ってきました。 いつも 人としてどう生きるかにヒントをいただき そして残りの人生をどう生きれば役目を果たせるか 考え行動に移す努力中です。
 愚公、山を動かすは
心に響きました。人と人との関係においてだけは効率ということを考えてはいけない ・・・しかるべしです が つい日常考えている自分に気付きます。
マーケットという怪物を前にして志に寄り添って生きるのは難しい、貫くのはさらに難しい ・・・今仕事で実は痛感している真っ最中です。
流されるべきか、 食べていける範囲で 貫くべきか ずっと悩んできました。困難に立ち向かうべく、貫く生き方を選ぶ決断します。
たった一度の人生ですから。茂木先生 言葉をいつもありがとうございます。

投稿: | 2008/11/15 9:36:35

SfNおつかれさまです。

茂木先生の忙殺ぶりにはこちらも心が痛みますが、
その一心不乱な熱心さに、パワーをいただいています。

熱い展開となるといいですね!
どうか、チーム茂木の旋風を巻き起こしてきてください☆
みなさまのご健闘をお祈りします。

投稿: | 2008/11/15 6:47:50

茂木健一郎さま

ご無事に米国、良かったです。
ブログを拝読前、ふと
数ヶ月で、中東、フランス、そしてアメリカ

世界一周を普通にですね。

投稿: | 2008/11/15 6:37:02

ワシントンに到着されたのですね。道中、無事であらんことを…。

私はよく近所の書店に長時間居着いて、立ち読みばかりしていました。ので、書店の主人からは、にらまれるやら、あきれられるやら…。

今思えば懐かしい思い出の一つになってしまいましたが、あの頃は、書店の主人の厳しい(?)監視の眼をかいくぐって、これは!と思った本に読みふけるのが、結構楽しみでありました。

その書店も、つい最近、なくなってしまいました。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/11/15 5:37:02

こんにちわ

>人と人との関係においてだけは、
「効率」ということを考えてはいけない


NHKのカンゴロンゴの番組で、「楽は虚から出ず。」の言葉を思い出しました。(^^)

投稿: | 2008/11/15 3:28:55

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