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2008/11/19

ベストハウス123

ベストハウス123 

2008年11月19日(水)
21時〜21時54分
フジテレビ系列

驚異の天才脳シリーズ
常識破りな芸術家たち波乱の人生

http://wwwz.fujitv.co.jp/123/index2.html

番組表

11月 19, 2008 at 06:42 午後 |

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コメント

茂木健一郎先生 

お初にコメントさせていただきます。

クオリア日記も、まったくビギナーで
拝見していなかったんですが、最近、茂木先生の
著書がまとめて、平積みされていたので、「思考の補助線」や
「欲望する脳」などを手にとって読んでみました。
つい2ヶ月くらい前に、「脳と仮想」を手にとり、
テレビに映っている茂木先生とはまったく別人のような
精緻な論考に驚き、あわてふためき、茂木先生の著書を手当たりしだいに読みあさりました(すいません。お金がないのでブックオフでまとめて10冊ぐらい手に入れました)

本当にびっくりしたのは、先生が、文芸評論も活発になされていること。
実は、私は、文学がちょっと好きでして(ほんの少しです)

中学時代に、ビートルズにはまり、ラバーソウル作ってるころのジョンの目とか惚れてました。
当然、文学体験も必然的に、「村上春樹」を手にとり、
その系譜で、サリンジャーいって、フィッツジェラルドいって
なんとなく翻訳文学が性にあってたかんじですね。
それからしばらくハルキストでした。
思春期のころは、なんか奥深くて、甘酸っぱくて、それでいて
ニヒルで、ある意味アンビバレントなんだけど新しい世界を見せてくれるようなもの。それと、村上文学のもつある種の「悟り感」みたいなものに魅かれていたんでしょうね。
先生が言うところの「意識の変性」が繁茂に行われていたような気がします。
ちなみに、先生が言われるところの村上春樹作品の「理由もなくモテ感」は、ちょっと不自然に思いながらも容認してたような気がします。(まあ、小説の記述でも自分はハンサムでもなく、クラスでも目立たないとかって描写されていたので)

それでもって、つい最近まで、白樺派も、プロレタリア文学も新感覚派も、私にとっては、受験問題などで扱われる
記号に過ぎず、まったき遠い存在でした。

先生の「脳と仮想」を読んで、
先生の書籍を読むという体験が、私にとっての新たなクオリア体験だったらしく、ビジネスに悩みノイローゼ気味だった私に、大きな脳への栄養を与えてくれました。
そういえば、私も自分の感じる「質感」っていうものについて
いろいろ考えていたことに気づかされました。それも
ずっと小さな幼いころから。


クオリアってこんな感じのことをいうんですよね?
私は幼少の頃、何かモノを食べるときに普通に食べたら
味気ないので、テレビのグルメレポートみたいなことをやりながら食べる癖がありました。

たとえば、厚焼き醤油センベイを食べるのでも、
無造作に口に運ぶのではなく、
①まず目でもって形を確認。手の平にはとても余るほどの
 大きさですので、見た目からも食べ応えは十分に感じられま す。
 そのまばらに点在する醤油の塗り加減に注目
 センベイ独特の月のクレーターかコブのような
 凹凸にも細心の注意を払います
②それから、センベイの醸し出すちょっと酸味がかった
 匂いやこうばしい香りを十分に味わい
 (ここで、グルメレポーターになったつもり
  でちょっとコメントをはさみます)

③それらの動作のあとで、はじめて口に含みます。(間長いの  で省略します)
 それから、口のなかで次第に変化してゆくセンベイの味と
 巨大な噛み砕き音に神経を集中させて、センベイを心ゆくま で堪能します(幼いころってみんな似たようなことをやっていたのではないでしょうか?)

こんな感じで、センベイ食べると、何気なく口に入れているのとまるっきり違うんですよね。
今やれば、まわりから狂人だと思われるんで絶対にやりませんが(笑)
これは今思えば、かなり豊かなクオリア体験だったと
思います。(今はどんな料理を口にしても、既知感ぷんぷんです

先生の「脳と仮想」で非常に印象に残った箇所があります。

抜粋させていただきますと

世事にうとい代助が、それでも「何か仕事を見つけなければ」と街の中に飛び出してゆく。その心に映る赤は、最初は現実の赤である。その現実の赤が、次第に、現実には存在しない
あふれだすような幻の赤に変わってゆく。代助の心が生み出した仮想の赤である。現実の赤から仮想の赤への転移が、バランスが崩しつつある代助の心を表現している。

「それから」をまだ読んでいない私には、あまりに新鮮で
漱石の作品を、こんな面白い形で紹介しているものを見たことがありません。まあ、私が度素人なだけかもしれませんが。

この記述を通して、私の夏目漱石の作品に対するくっきりとしたクオリアが生まれたのは、紛れも無い事実です。
これで一気に、昔の作品にチャレンジしようという気持ちが生まれました。
最近は、さきほどのグルメレポートのような、味わい方で
三四郎を味わっています。
そこから見えてきたのは、三四郎という、あまりに世間知らずな青年が持っている意識を、漱石は、病的なまでの観察眼で描写しようとしているのがよくわかります。
他者というものがあまりにリアルに感じられ、その対応に苦慮する。三四郎はなんとなくエリートのプライドみたいなものが見え隠れするので、余計に大変なのがよくわかる。
それでも、ひとつひとつの現象が、赤子のような無垢な精神をもつ三四郎には、リアル過ぎるんでしょうね。
(現象学者が読んだら泣いて悦びそうな描写力ですよね)
三四郎池で、はじめてあの女(漢字かけません)を見たときに「矛盾だ」って口にしちゃうのもなんとなく解る気がします。

話は「それから」に戻りますが、

私は、それから「仮想の赤」とはいったい何なのかを、一生懸命思いめぐらしました。

そして、最近読んだ柄谷行人さんの漱石論に、
「漱石は、決してコトバでは表せないものを表現しようとしたのではないか」という意味の見解がありましたが
それでピーンときました。
「仮想の赤」は、その漱石の悪戦苦闘の軌跡なのではないかと。

江藤淳さんも自身の書「夏目漱石」のなかで言っています。そもそもあまりに個人的な文学の体験なんていうものを、科学のように客観性をもって分析することなどできるのかと!
江藤さんは、「そんな科学的な漱石論は、どれも似たりよったりのほとんど誤差のない見解がほとんどだ」とも述べられています。

クオリアは言語化できない感覚なのでしょうか?
センベイ食べるのもクオリアなら、クオリアは十分に
言語化できるといえます。
それでは、柄谷さんが言われた「漱石が目指した言語化できないもの」とはいったい何なんでしょうか?

とりあえず、「仮想の赤」に関しては、”代助の不安定な気持ちの表れ”といってしまえばそれまでですが、それで済むので
あれば、最小のコトバで無限の空間を作りだす可能性を放棄している感じがするので、ここはもうちょっとロマンを持って
考えてゆきたいと思います。
私は、先生から非常に大きなヒントをいただきました。

私は勝手ながら、柄谷さんの論と先生のクオリアの考え方に

「思考の補助線」を引きたいと思います(なんちゃって)


言語化できないものを、言語化してゆくという一見
アンビバレントなチャレンジを今の文学はしているのか?
それは、現代文学を全然分析してないんで、私にもわかりかねますが、これだけはいえるのは、
私も、やっと単なる”村上春樹の住人”から脱することができそうです。(村上春樹さんはもちろん尊敬していますが)

すいません。本当に長くなってしまい

今度は、間違いなく先生のクオリア日記にコメント

入れますんで。

先生の講演って今度いつなされますか?
東京での講演予定があれば、是非教えてください。

それでは。


 
 
 
 


投稿: マボイ | 2008/11/21 7:22:59

初めまして!先生のお話は明瞭簡潔で面白く、
先生がテレビに出ているとチャンネルを回す手を止めてしまいます。
昨日の『ベストハウス』も面白かったです。
美術館に行って絵を鑑賞したくなりました。来週も勿論見る予定です。

いつかは茂木先生のトークショーかサイン会に参加したいです。

ブログも楽しみにしています。どうぞ体に気をつけて
益々のご活躍をお祈りしています。

投稿: Rinag | 2008/11/20 13:47:16

番組、拝見いたしました。

この頃、CGではなく、実写にこだわる
クリエーターの方が返って増えているというのは
わかる様な気がいたします。

街を埋め尽くしたスーパーボールは、迫力が
ありました!

産業ロボットの細かい手作業には、驚きました!
どんどん合理化が進んでいくと人はいったい、
どうなっていくのでしょうか?
人とロボットの立場が逆転したら・・・と考えると
想像し難い未来が待っているような?!気がいたし
ました。

今日は、茂木さんのプレゼンがありましたが、
あの「岡本太郎さん」の色使いには、ドキッ!と
する様なインパクトがありますね!

それから、ダリとヘンリー・ダーガー。
孤独から生まれた芸術ですか?
孤独といっても、並みの孤独ではありませんね。
ハングリーな上に描かれた作品はよいものがたくさん
あると思いますが・・・。

レオナルド・ダ・ヴィンチは「万能の天才」であった。
茂木さんの書かれた本を読ませていただきましたが、
芸術家であり、科学者であり、発明家でもありましたね。

来週のパリロケ、楽しみです。

では、どうぞお気をつけてお帰りください。
おやすみなさい。

投稿: 茂木さんの崇拝者より | 2008/11/20 0:31:48

ダヴィンチが出なきゃと思ってたら、期待にたがわずさすが茂木さん。

投稿: 菜月 | 2008/11/19 23:33:29

ヘンリー・ダーガーという人は、この番組を見るまで知らなかった。

60年間も、外の世界を避け、自分の脳が生み出した、ファンタスティックな夢の世界を描き続け、その世界の中で生き続けてきたというその凄さ。

その夢の世界に込められた、切ない過去…。

気の遠くなるような孤独な日々の中で、あれほどカラフルで愛らしく、摩訶不思議なロマンを、臨終の日まで、自らの脳細胞からつむぎ出し続けてきたダーガーの生きざまに、言葉を失う。

私達の日常は、あまりに刺激が多過ぎる。ダーガーのように、不可思議な空想の世界のみに生きることも、なかなか出来そうにない。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/11/19 22:33:48

茂木先生、お早うございます♪今頃は雲の上でしょうか。
ドキドキしながら拝見させて頂きました。
ヘンリーダーガー初めて知り、その哀しいまでに孤独な生涯に言葉がありません。挿絵に描かれた沢山の仮想の少女たちの美しさが一層深く、胸を締め付け、先生の“優れた芸術は私たちの心を傷つける”という言葉を再び思いだしました。
そして次週、なんと先生のスペシャルではないですか!しかもレオナルド…今からドキドキしております。 (((●д●)))

投稿: wahine | 2008/11/19 22:22:12

私も孤独から脱出したい。永遠に孤独な彼の絵を見にいこうと思う。

投稿: さきち | 2008/11/19 21:59:45

波乱な人生にやられ、絵にやられてしまいました。
さっそく見に行ってみようと思います。すばらしいことを教えてくれてくれてありがとう
いつか
私も孤独から脱出したいです。。。。

投稿: さきち | 2008/11/19 21:58:29

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