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2008/10/19

天文学的奇跡である

たとえば、ふと見上げた天井に停まっている
一匹の保護色の蛾。

何でもないことのようだが、その蛾と私が
このような形で出会った、ということは、
やはり大宇宙の偶然、神秘としか
言いようがない。

蛾をつくり出すに至った進化の歴史、
分子の運動、私自身の来歴。
そのどれかが少しでも狂っていたら、
会遇はなかったであろう。

走っていたら、ふと視線を感じて、
振り返ると、窓からおじさんがのぞいていた。

帰り道、反対側から走り来たりて、
よく見えた。

鼻の下に細いチューブがわたしてある。
なにか病気をしていて、自宅の窓から
外を見ているのだろう。

行き交う人、もの、生きものたちの様子を
見ていることで、少しでも心が浮き立つの
だったら。

『ベストハウス123』の収録。

私自身も、「天才画家」たちについて
プレゼンテーションする。

『世界一受けたい授業』の収録。
いつもの「アハ体験」に加え、
脳の可塑性についてお話した。

ソニー広報の中谷由里子さんが、
バースデーケーキを持ってきて
下さった。

ありがとう。。。

ソニー広報の滝沢富美夫さん、
日本テレビの正森和郎さん、倉田忠明さん、
構成作家の富樫香織さんが、
中谷さんの持ってきて下さったケーキを囲んで
お祝いをして下さった。


おたんじょうけーき。東京タワーを背景に。


本当にありがとう。左から、富樫香織さん、
中谷由里子さん、倉田忠明さん、正森和郎さん



本当にありがとう。左から、中谷由里子さん、
滝沢富美男さん、倉田忠明さん、正森和郎さん


考えてみれば、私を含め、この6人が
大宇宙の中で一カ所に揃うということも、
天文学的奇跡であるなあ。

このところ、孔子の「七十従心」のことを
よく考える。

『欲望する脳』(集英社新書)
の論考は、孔子の『論語』中のこの一言から
始まった。

孔子は出会った人にとって
つくづく忘れがたい男だったに
違いない。

茂木健一郎『欲望する脳』(集英社新書)
第一章より

茂木健一郎
「欲望する脳」 第一章

 ティーンエージャーの頃、私は孔子よりも老子の方が好きだった。高校のクラスメートで、「論語」を愛読しているMという男がいて、老荘思想にかぶれていた私と何時も議論になった。私が、孔子は世俗を説くだけじゃないかと言うと、Mは、老子は浮世離れしていて役に立たないと言い返す。「世間知」と「無為自然」の間はなかなか埋まらない。妥協の仕方が見つからないままに、時は流れ、Mは弁護士に、私は科学者になった。やはり三つ子の魂百までか、というと、人間はそんなに単純でもない。
 私は、孔子が次第に好きになってきたのである。社会に出て人間(じんかん)に交わるようになって、「論語」の持つ思想的深みが味わえるようになってきた。しかも、単なる処世知として評価するというのではない。「私」という人間の存在の根幹に関わるような根本的なことをこの人は言っている、と孔子を見直すようになった。人間を離れて、世界の成り立ちについて考える上でも、孔子の言っていることを避けて通ることができないと思い定めるようになってきた。逆にMは、孔子の知は、時に余りにも実践的過ぎて鼻につくこともあると近頃漏らすようになった。人生というのは面白い。正反対から出発して、いつの間にか近づいて行く。やはり、中庸にこそ真実があるのだろう。
 そうは言っても、忙しさに取り紛れて「論語」を真面目に読み返すこともできないでいた。ただ、「論語」のことが、半ば無意識のうちにずっと気になっていた。ある時、私は地下鉄のホームに立って、ぼんやりと現代のことを考えていた。人間が自らの欲望を肯定し、解放することで発展してきたのが現代文明である。自らの欲望を否定し、押さえつけることほど、現代人にとって苦手なことはない。現代人の脳は、欲望する脳である。昨今の世界情勢の混乱も、現代人の野放図な欲望の解放と無縁ではあるまい。そんなことを考えながら電車を待っていた。
 突然、何の脈絡もなく、論語の「七十而従心所欲、不踰矩」という有名な言葉が心の中に浮かんだ。私は雷に打たれたような気がした。この「七十従心」と呼ばれる文の中で、孔子は、とてつもなく難しく、そして大切なことを言っていることがその瞬間に確信されたように感じたのである。
 人間の欲望は、いかに生きるべきかという倫理性と決して分離できない。倫理ほど、難しい問題はない。物体を投げれば、放物線を描いて飛んでいくといった単純な法則では、人間の欲望のあり方は記述できない。正解がないかもしれないからこそ、人間は悩む。今も悩み続けている。
 人間の行動は、どのようにして決定されているのか? 人間は自由な意志を持つのか? それとも、利己的な遺伝子に踊らされる哀れな存在でしかないのか? 資本主義が、人間社会の最終的な到着点なのか? 人間の知性は、所詮は自己の利益を計る企みの結果なのか? 愛の起源は何か? 脳内の報酬系は、どのような原理で動いているのか? 人間の幸せとは何か?
 今や、全てのイデオロギーは力を失い、大きな物語も消滅したかに見える。剥き出しの動物的欲望が情報技術の発達によって繊細にコントロールされる。そのような実存を私たち一人一人が受け入れつつあるように見える現代において、人間の欲望を巡る様々な問いほど、アクチュアルな問題はない。正義を求める心も、また、欲望の一つのあり方である。正義への欲求が、異質な他者同士が交わる国際社会で物理的な力として表現された時にどのような混乱が生じるか、私たちは日々目撃し続けている。
 脳科学、認知科学、経済学、哲学、進化心理学、国際政治学などの諸分野における、人間のあり方を巡る様々な問い。それらの問いが、人間の欲望という一つの「焦点」のまわりで交錯し、一つの像を結び始めている。そのぼやけた焦点に、孔子の言葉がストンとはまった。私には、あの時、そのように感じられた。明確な根拠のない不思議な確信が、時間が経つにつれて次第に強まってきている。
 周知の通り、「七十従心」は、孔子が自分の人生を振り返った論語「爲政篇」中の有名な文章の最後に位置する。
 子曰、吾十有五而志于学、三十而立、四十而不惑、五十而知天命、六十而耳順、七十而従心所欲、不踰矩。
 子曰く、吾れ十有五にして学に志ざす。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。
六十にして耳順(したが)う。七十にして心の欲する所に従って、矩(のり)を踰えず。
 孔子が七十で到達したとする「自分の心の欲する所に従っても、倫理的規範に抵触しない」という境地は、人間の究極の理想像である。もし、孔子が本当にそのような境地に達していたとすれば、正真正銘の聖人だと言えるかもしれない。
 私たち人間の欲望と倫理的規範の間には、緊張関係がある。その緊張関係の中で、私たちは自分の欲望を抑えることで、矩=倫理的規範を侵害することを避けようとする。
 子供は、しばしば、自分の欲望をむき出しに主張する。しかし、「心の欲する所に従って」いる子供は、決して倫理的な存在ではない。自らの欲望に従うのではなく、それを必要に応じて抑制し、調節することを学ぶことこそが、人間にとっての倫理の始まりである。
 人間にとっての倫理は、この世界において「生き延びる」ためにこそ進化して来た。現世人類に至る長い進化の歴史においては、自分の欲望が満たされることよりも、むしろ満たされないことの方が多かった。マルサスの「人口論」を引くまでもない。「食べたい」という生物として最も基本的な欲望でさえ、満足できずに死に瀕することは普通だったのである。私たちの脳は、欲望が必ずしも満たされないという条件の下で進化して来た。欲望を周囲の環境に合わせて調整する脳の仕組みがあることはむしろ当然のことである。倫理は、何よりも生物学的な必要の下に進化してきたのである。
 科学技術の発達により、人間は次第に自分の望むものをほとんど手に入れられるようになってきた。とりわけ、衣食住といった生存のために必要な最低限の条件は、ほぼ満たされるようになってきた。生産力は常に需要を上回る危険をはらみ、経済システムを維持するためにも、欲望を解放し、消費を奨励することが求められた。その結果、欲望を我慢しないという点において、現代の成人は、むしろ子供に近づいて来ている。もっとも高度に発達した消費社会を実現したアメリカ人の振る舞いが、しばしば大きな子供に喩えられるのも当然の帰結である。
 もし、孔子の「心の欲する所に従って、矩を踰えず」という命題が、欲望が満たされるための物質的条件の整備によって実現するのであれば、事は簡単である。ポップコーンを頬張り、コーラを飲みながらハリウッドの娯楽大作を見る現代人は、皆、孔子が七十にして到達した境地に達しているということになりかねない。
 しかしもちろん、事態はそれほど単純ではない。どれほど社会の富が増し、物質的には贅沢が可能になったとしても、人間の欲望には、原理的に予定調和では行かない側面があるからである。それはすなわち、人間関係に関する欲望である。
 人間関係において、自分の欲望と他人のそれが必ずしも一致しないことは、恋愛を考えただけでも明らかであろう。世間には両思いよりも片思いの方がはるかに多い。心の欲する所に従えばそれで済むのであれば、恋愛の悩みなど存在しない。心の欲する所に従うことができないからこそ、文学が成立する。夏目漱石の『三四郎』で、三四郎がもし自らの欲望に従っていれば良かったのならば、美禰子に翻弄されることもなかったろう。三四郎のほろ苦い体験に誰でも思い当たるような普遍性があるのは、それだけ他人の心が自分の思う通りにはならないからである。
 元来、生きるということは不確実性に満ちている。どうなるかわからないという状況に対処するために、脳の感情のシステムは進化して来た。人間にとって最も切実な不確実性は、他人の心である。新生児にとっては、果たして母親が自分の面倒を見てくれるかどうか、不確実である。見知らぬ人との折衝は、その人が正直かどうか、不確実である。思春期を迎えれば、自分が思う人が自分を思ってくれるかどうか、思い続けてくれるかどうか、不確実である。そのような不確実な他人の心に頼らなければ自らの欲望が満たされないのだとすれば、「心の欲する所に従っても」などと悠長なことばかりも言っていられない。
 人間関係において、「心の欲する所に従って」いれば、人は簡単にストーカーになる。犯罪者になる。恋愛ばかりではない。社会の中で居心地の良い地位には限りがある。誰でも自分が望む職業に付き、夢見る名声を得られるわけではない。人の不幸を楽しむことを、ドイツ語で「シャーデンフロイデ」と言う。自分が幸せになることと、他人が幸せになることは残念ながら一致しないのが、この世界の実相である。
 人間の脳は複雑な文脈を引き受けて、欲望の調整をしようとする。大脳辺縁系のドーパミン細胞を中心とする情動系は、前頭葉の神経細胞のネットワークと協働して、簡単には解が見つからない人間の欲望の方程式を計算し続ける。そこには、野放図な欲望の解放はあり得ない。ただ、周囲の都合に合わせた、控えめな欲望の発露があるだけである。
 人間の欲望の間に予定調和がないことは、脳科学だけでなく、「ゲーム理論」のように、個人間の利害調整を扱う学問体系の常識である。自らの欲望だけに忠実な人は、社会的な評判を落とす。評判が落ちれば、罰こそ受けなくとも、結局不利益を得ることになる。だから、人間の脳は先回りして、短期的な欲望の実現をある程度犠牲にしても、長期的な利益を図ろうとする。功利主義を説いたイタリアの政治思想家、マキャベリにちなんで「マキャベリ的知性」と呼ばれるそのような配慮こそが、人間の社会的知性のあり方の本質である。それが、現代の諸学問の基本的了解である。
 ならば、孔子の「七十従心」とは、一体何なのか? 年をとったら欲望のレベルが落ちて、結果として矩を踰えなくなった、などという陳腐なことを言っているはずがない。マキャベリ的知性の下での先回りした節制を指しているとも思えない。「七十従心」は、もっとのびやかな印象を与える。現代の科学主義の知的射程を超えてしまった何かがそこにあるようにさえ感じる。一体、孔子は何を言おうとしたのだろう。
 今、私の前に、「七十而従心所欲、不踰矩」という言葉が、一つのエニグマとしてぶら下がっている。このエニグマを避けては、人間理解という学問的興味の上からも、一人称を生きる意味からも、先に行けそうもない。二千五百年前に一人の男が残した言葉を清玩しつつ、人間の欲望を巡る探究を始めようと思うのである。

10月 19, 2008 at 09:41 午前 |

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コメント

こんばんは、私は今脳について調べている中学生です。質問なのですが、右脳・左脳をドリル・問題など使わずに、イメージトレーニングなどで鍛えることは可能なのでしょうか?もし可能ならばどの様な方法でしょうか?
それと、一般的に人は物を覚える時にうろ覚えになるのはどうしてでしょうか?
このような場でお聞きするのも失礼ですが、もしお答えしていただけるならば、うれしいです。アハ体験よく挑戦しています。

天宮さま

知性というものは複雑なもので、ドリルや問題、
イメージトレーニングはそのたった一部分を
つくる「部品」に過ぎません。天宮さんが
興味を持ったことを一生懸命勉強するのが
一番良いです。そうすれば、本当の意味で
「脳を鍛える」ことができ、人間としても
成長できます。

茂木健一郎

投稿: 天宮 葵 | 2008/10/28 22:42:51

茂木先生お誕生日おめでとうございます
出会いって、本当に不思議ですよね。
その確率を考えると、良くも悪くもゾッとしてしまうことがあります。
個人的には、人の人生を決めるのは何に出会うかであると断言してもいいと思います。
私は偶然この地球・この時代に生を受けて、茂木先生の著作に出会い、そのお考えを知ることができたことを、心から感謝しています。
これからも、日本のよきアジテーターとしてのご活躍を期待しております。

投稿: ちはる | 2008/10/20 23:59:07

お誕生日だったんですね(^-^)遅ればせながら、おめでとうございます\(^O^)/幾つになってもやはり祝ってもらえるのは嬉しいものではないかと思います(^-^)素敵な仲間に囲まれて(そして背景の東京タワーも相まって)幸せそうだなと思いました!…さて、私は朝食を取りながら、偶々この記事を読んでいました。孔子に話が移りにあたり、何故か涙が溢れてきました。人間(ジンカン)における処世、一人の人間として倫理的に成長する事の奥深さ、しみじみと感慨耽ってしまいました。(朝から笑)私は教科としての倫理を高校時代履修しました。私の場合、孔子・孟子・壮子・老子・旬子(漢字あたってるか不安汗)のいづれに熱をあげることなく、こんな大昔の中国にはとんだ思想家がいたもんだ!と驚いたものです。振り返ってみるに思想を学ぶとはその人生の歩みを彼らに倣ぶということですか…涙が溢れたのは別に理由がありましたが、何だか浄化された気分でした。

投稿: 山川 | 2008/10/20 22:52:06

お誕生日 おめでとうございます。
東京タワーが 丁度 先生の 頭上で輝いて、
まるで 冠のようですね。
散りばめられた宝石は オパール トルマリン でしょうか。
これからも どうぞ 元気にお過ごしください。

投稿: hi | 2008/10/20 19:57:26

茂木先生 46歳のお誕生日おめでとうございます♪
どこにいっても、バースデーケーキのお祝い!またまたメタボ復活?になってしまうのでしょうか?(笑)でも嬉しい悲鳴ですね!始めて朝カルで先生をお見掛けした日のことは忘れません。まだ古い朝カルのロビーでパソコンを打ってました。まだすぐお部屋には入られていなかったんですね。私はパンフで先生のお顔は拝見していたので(優しそうな先生だなぁ~)と思い、しばらく見つめてしまいました。それから奇跡のように?朝カルでお会い出来て、ほんと自分の人生に張りが出来て、とても感謝しています。どうぞお体に気をつけて、ぜひ、お誕生日のギネスブック更新期待しています(笑)♪

投稿: 平井礼子 | 2008/10/20 13:53:32

お早うございます。茂木先生お誕生日おめでとうございます!
大変素敵なお写真とお顔でございます。(*^∀^*)
大宇宙の偶然、神秘のもとにこうして大尊敬している茂木先生の著書やブログに出逢えた事は最高の天文学的奇跡であり喜びです♪
今日も素敵な1日をお過ごし下さいませ☆☆☆

投稿: WAHINE | 2008/10/20 5:45:59

モギー先生、お誕生日おめでとうございます!!ご研究されている、ご執筆中のモギー先生のお姿は存じ上げませんが、ケーキの前にいらっしゃいますゆるやかな笑顔のモギー先生はとってもステキです⌒☆写真を拝見しておりますと、少々お食事はどうなされていらっしゃるのかと(よけいなおせっかいですが)心配になります。モギー先生、どうぞ、ごゆるりとごゆるりと。
たのしいお誕生日をお過ごしくださいませ。

投稿: じゃすみん | 2008/10/20 1:12:14

茂木さん、お誕生日おめでとうございます♪♪
銀鏡反応さんのコメントによれば、一日早いということなので、、
日付が変わったから、、きょうですね!?

茂木さんという方が、この大宇宙の中で存在しておられる・・・
天文学的大奇跡ですね!!とても嬉しく思います。

うちの実家の母に「脳科学者の茂木さんを知っとる?」と尋ねたら知っていました。
わたしが何も言う前に「あの人は面白いね!脳科学やから、心を扱ってるんやね」と言っていました。

これからも、脳を、心を、生きることを、弁護して、茂木さんの芸術家肌の感性で、
いろんなものを発信し続けていただけたら喜びます!!

この一年も、茂木さんにとって幸せなものでありますように、願っております。
おめでとうございます!!

投稿: 月のひかり | 2008/10/20 1:12:05

茂木先生45歳おめもじできて感激でした。
46歳おたんじょうおめでとうございます。
今あることに感謝の思い心から。

投稿: nishimura | 2008/10/19 23:55:37

茂木健一郎さま

お誕生日 おめでとうござます。

私の誕生日 数日後なんです

かなり以前 母に 誕生日プレゼント欲しいと言うと

何を言うかと思えば!ですって

産んだ方の私に お母さん!ありがとう!!と 逆にプレゼント持ってくるべき!! 言われてから

禁句

プレゼント云々とは言えない

自分の誕生日プレゼントとして実は 『 脳とクオリア 』 書店さんにお願いしたんです。


投稿: HIDEKI TOKYO | 2008/10/19 23:34:47

お誕生日おめでとうございます。今日は朝から出かけていて、クオリア日記を開けるのが今になってしまいましたが、たくさん、たくさん、読ませていただけて、いっぱいに、ずしーん となりました。途中、我が意を得たり・・で、何度か思わず笑ったり、ウーンと感心したり。凄いです。 今日は、不思議な日でした。 シンクロした事、二つと、・・それは、ホメオタシスと、朱鷺が2羽で初めて飛んだ・・というニュースで、生存上有利というコメントがあった事、なのですが、ちょうど、生存にとっての有利不利という事を考えていたものですから・・・。それから、五木寛之著 遊行期の門 の中に、これって、モギ―先生のおっしゃる、ゲシュタルト崩壊のことだわ!というような事を発見したり、その他にも、ドーパミンや鬱についての見解に共通のものを読み取れたり・・と、私の脳も、フル回転の喜びに忙しい良い一日でした。モギ―先生、たーくさんお書きくださって、本当に有り難うございます。情熱がヒシヒシと伝わってきました。

投稿: ぶらんか | 2008/10/19 22:00:34

茂木健一郎さま

日曜日、15時10分発

小田急新宿駅から町田までの区間

小田急ロマンスカーの最前列に座らせて頂ける幸運に

お隣の子供さんと、親御さん

うわー!ジェットコースターみたい!

子供さんが言われて

私も、内心、爽快感、そうそう!、

茂木健一郎さま

小田急電鉄さんの駅員さんもプロ、志を持ってお仕事に、運転さんも
そして展望席でしたので分かりました徐行の区間
保線の方々が、まず安全確保の方が、列車に向かい大きな旗をゆっくり振り合図
茂木健一郎さま
小田急電鉄さんの場合、安全確保、万全です、きれい!なんです、保線の方々の安全確保の体制が
そして、車掌さん!
格好いい

多摩川を渡る際のアナウンスが、さりげなく

初めて小田急ロマンスカーに、ご乗車で終点の箱根湯元まで参られる方にも印象的に

小田急電鉄さん柔らかいソフトな社員さん!

車掌さんのアナウンスで小田急電鉄さんの印象
伝わります

茂木健一郎さま
新宿から町田まで
感覚的に、本当、あっと言う間に到着!でした

茂木健一郎さま

ぜひ小田急電鉄さんのロマンスカーに、箱根湯元まで!ぜひ!

お疲れには箱根の温泉!
くれぐれも
私は箱根観光協会さまと関連はなく!ですので!!

投稿: HIDEKI TOKYO | 2008/10/19 21:56:15

こんにちわ

>「七十而従心所欲、不踰矩」

当時の70歳と言えば、100歳ぐらいで、その時、希望する事は、「みんな、平和に暮らせたら良い」と言う、思いが強くなるのはないでしょうか?

私の子供の頃の、TVアニメ日本昔話で、お婆さんに助けられた神様が、おばあさんに一つだけ願いをかなえてあげよう、と、言った時、お婆さんは「みんなが達者でいられるように。」と願って、神様が消えてしまった、その時、ある意味、大きなっショックを受けました。それ以来、友達同士で、「もし、三つの願いをかなえてくれるなら、何がいい。」と聞かれると、「使い切れないお金」「不老不死」「世界平和」と、答えるようになりました。


ところで、茂木さんと東京タワーの写真、東京タワーが茂木さんの頭から生えているように見えます。(^^)

投稿: 達者で暮らすクオリアby片上泰助(^^) | 2008/10/19 17:46:36

お誕生日、おめでとうございます。

何気ない日常での何気ない出会い、
衝撃的な出来事が廻っている中での衝撃的な出会い、
何気ないつもりだったのに衝撃的な出来事にでくわした・・・

小さな物事の出会いひとつひとつに心浮き立てれるような 
密かに静かに感動する心も素敵ですし、
ドラマチックになれるようにわざと人間らしい能力を使ってみたり・・・ふふふっ楽しい・・・

投稿: 穂 | 2008/10/19 14:32:43

拝啓秋晴れのさわやかな日が続いております。茂木健一郎さまお誕生日おめでとうございます♪こうやって茂木さんにお会いできたのも奇跡ですね♪毎日ブログを読むのは私にとって最高!の元気薬です
お忙しい毎日とは存じますがどうぞお風邪など召されませんよう、くれぐれもご自愛ください。
茂木さんのさらなるご活躍をお祈り申し上げます。かしこ

投稿: こゆり | 2008/10/19 13:26:28

明日ですか。笑

人間は全体で、一つの生命体なのだと思います。

それにしても、ドイツ語に・・・知らなかった・・・。

でも、逆にそういう言葉があるということは
それだけドイツの人がまじめだからだとも思います。

投稿: いもうと | 2008/10/19 12:58:47

茂木さん★

今、こちらの日記を全部拝読させていただきまして
私が思うに、
孔子の言う
「七十而従心所欲、不踰矩」は、

茂木さんが以前おっしゃっていた
カントの内なる核率に相当するもののような気がします、

宗教ではよく
人間の心の内には、
「仏性」「神性」があると言います、
表現の仕方はそれぞれの宗教で異なりますが、

老荘思想の「道」も、
儒教の「中庸」も、
仏性や神性に相当するものではないかなあと
考えます。

若いころは、
内なる核率に従う技術が未熟であるけれども、
年を重ね経験を重ねることで
だんだんと
内なる核率も違和感なく
空気を吸うように自然と同化していた、
ということかな、と私は解釈します。
きっと
そこに至るまで
さまざまに葛藤するものが
あるのだと思いますが、
葛藤から得られる知恵が人を成長させていくと思います、
仏教でもよく
煩悩即菩提、って言いますよね。


若いころは欲望にまっすぐであって、
それが成就するのが当たり前だと、
成功だと考えるふしがありますが、

自らの欲望がすべて叶う人などいないのであって、
それらとどう折り合いをつけてゆくか、
その智慧を身につけてゆくか。
ということなんだと思います。


あと、欲望、ということも
場所・時・人、その内容によって、
ぜひ達成しなければいけない欲望もあると思うし
そうでない欲望とがあると思います。

明治維新は非常に説明しやすいですけど、
坂本竜馬や西郷隆盛、勝海舟、、、
明治維新の志士たちが
あの時日本を変えたいという欲望がなければ、
日本は今頃アメリカかヨーロッパ諸国の
統治下にあったかもしれませんし、
やっと独立して、
これから先進国に追いつく・・・というような
状況だったかもしれません。

その欲望の中身を検討し智慧を
獲得していくことが
先も言った、
「子曰く、
吾れ十有五にして学に志ざす。
三十にして立つ。
四十にして惑わず。
五十にして天命を知る。
六十にして耳順(したが)う。
七十にして心の欲する所に従って、矩(のり)を踰えず。」

という孔子の言葉に通じるのではないかと。

中国では、孔子は「聖人」
荘子は「神人」と言われているそうですよ。

なるほど!っと思うのですが、
茂木さんの御本の中に書いてあるように
やはり「中庸」ということなのでしょうね。
儒教も老荘も、時代や個性を反映しての
教えであって、
目指すところはひとつ、
両極に位置するように見えて、
実はどちらが欠けても不調和が生ずる。


個人的には、
逍遙遊、道に遊ぶと言う荘子の
大きさと神秘と優雅さに私はメロメロ~~なのでした。
そんな私は、不器用なので、
孔子の言う実践的知恵も勉強せねば・・・と
一応自分なりに頑張ってはいるのですが汗;;


それから「おたんじょうびけーき」!!
とっても美味しそう!!

茂木さん、お誕生日なんですね、
明日ですよね?
やはりてんびん座でしたか!ケケケ
てんびん座にふさわしい・・・
いろいろなものを見つめて
バランスを大事にする茂木さん。
どうぞ茂木さんの「中庸」を大事になさってください。

ちゃんとしたお祝いは、
本番の日に

投稿: ももすけ | 2008/10/19 12:13:24

「七十而従心所欲不踰矩」とは一体何か?
というエニグマを常に持ち続けよ。
というのが孔子の本意ではなかったかと思います。

それに対する答えは、文章で提示されるというよりは、
それぞれの人間が自らの具体的行為で答えて行くものだと
思います。

私がしたことは正しかったか
私がこれからすることは正しいだろうか

「従心所欲不踰矩」の境地を単に求めるのではなく、
「従心所欲不踰矩」の境地に自ら歩もうとする。

求めるだけなら得られなければ終わりかもしれないけれど
自ら歩んだのであれば、得られなくても”前進”している
人間にとって、自らが前進することは莫大な報酬だと思います。

最近よく思います。
至る所に幸せは満ちているけれども
真心の器の分しか、人は幸せを掬うことができない。

真心の器が育った人は、
その真心の欲す所に従うからこそ
矩を踰えなくなるのだと思います。

何故ならば、それ以上の幸福(報酬)はきっとないからです。

投稿: 金田恭俊 | 2008/10/19 12:06:56

高岡高校の記念講演、ありがとうございました。OBではありませんが、ウチの小学生と一緒に何度も聞きました。短期間に数多くの講演をされているようで、ご多忙と拝察しながら、楽しみに聞かせていただきました。意志決定が2秒でされるからこそ、様々な素養を積んで直観を磨くべきとは、ホントにその通りと思いながら、

その2秒の危うさゆえにビジネス・スクールではグループIQを教えてくれるのだろうな、とも。グループの構成員のIQの総和がグループの意思決定のクオリティに反映されるという、ちょっと単純すぎる観念です。

「脳とクオリア」は未だ読んでいませんでしたが、脳の動きを想像すると、人間誰しもがこの上もなく尊いもののように思えました。複雑系で人と人とが思いやりのキャッチボールで繋がっている世の中になれば良いのにと、切望します。経済全般、良くないようですし。

BS特集でカーペンターズを見て、singとか涙が出るほど良い曲だと改めて思いましたが、彼らは古き良きアメリカの残照の象徴ですね。来月の大統領選が楽しみです。

投稿: 清水 雅恵 | 2008/10/19 11:49:37

茂木さん、
おたんじょう日
おめでとうございます!!
ステキな1年になりますように☆
私事ですがきょう「生きて死ぬ私」が届きます

投稿: 柴田愛 | 2008/10/19 11:12:53

茂木健一郎さま

背伸びしました

町田市の書店さんに

脳とクオリア

取り寄せお願いしました
少しブログにて拝読させて頂きましたが難しい私には、ただ、心理的に、これを思えば!他の書籍の拝読が楽!

かなり背伸びしてます

えーと、その、ノートクオリア?ではないです!脳!の方!です真面目な話

書店さんにお願いした際のこと。

投稿: HIDEKI TOKYO | 2008/10/19 10:26:03

おはようございます。

「私」という「個」が生きているうちに目にする全ての現象、事象との出遭い…もちろん、一期一会と繰り返しなどの区別はあるけれど、このとてつもない広やかな宇宙の中で、様々な偶然がパズルのように当てはまり、具現していくものなのだなぁとは思うけれど、普段そこまで覚知したことはあまりない。

蛾の思い出、といえば、私は2度ほど、幻のように水色をしたヤママユ科の大きな蛾…オオミズアオに遭遇したことがある。

図鑑でしか見なかった美しい蛾との出遭い。あれは、まさに幾重にも重なる天文学的偶然の為せる技であったかと、今更ながら思う。

ところで、茂木さんはオオミズアオに遭遇したことはありますか?

そう言えば明日は…茂木さんのお誕生日なのですね。お祝いしていただいているお写真を拝見して、何だか羨ましくなっちゃいました。

きょうは一日早いけれど、おめでとう御座います。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/10/19 10:05:06

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