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2008/10/17

心なしかたじたじになっている

このところ、朝、コーヒーの前に
フルーツ・ジュースを飲む習慣が
あり、このところピーチを愛していた。

冷蔵庫を開けて、愕然とした。
昨夜、コンビニでトロピカーナの
ピーチ・ネクターを買ったと思っていたのに、
よくみたらアップルだった。

もちろん、リンゴもおいしいが、口の
中にすでにピーチのクオリアの予感が
生じてしまっている。

一日に行うことの中で、一番大切な
ことは、もし時間があれば、朝近くの公園を
走ること。

時々、一人で社交ダンスの練習をしている
おじさんがいる。手袋をして、帽子をかぶり、
恥ずかしがりもせずに腕を見えない女性の
背中に回してくるくるとステップを踏んでいる。

あの人は、実は偉人だなあ。
他人の目を気にしない。
私は密かに感心していた。

昨日の朝走っていて、クランチーな
風景を見た。

社交ダンスのおじさんの前方10メートルで、
まるで挑むかのように、若者がタップ・ダンスの
練習をしている。

若者の勢いはすごい。おじさんの優雅な
くるくるに対して、機関銃のようにタタタタタと
踏まれるエナメルの靴。

ぼくの大切な社交ダンスのおじさんが、
心なしかたじたじになっているような
気がした。

それでも
止まりはしない。走り続ける。森の中を抜けながら、
残像を追う。

ぼくがタップ・ダンスに興味を持ったのは、
北野武さんが師匠の深見千三郎さんから習って、
今でも毎日踏んでいるという話を聞いたからだった。

日が高くなる。街をあるく。
思いだして、くすりと笑う。
あのタップの若者が、社交ダンスのおさんの
息子だったとしたら。

浜松町の文化放送で、大竹まことさんとお話する。

大竹さんの、言葉が出るテンポと勢いに魅せられる。

『プロフェッショナル 仕事の流儀』
ゲストは、認知症介護のスペシャリスト、
大谷るみ子さん。

認知症になったお年寄りは、かえって余計な
ものに邪魔されずに、人の心にまっすぐに
向き合い、感じることができる。

だから、自分の姿を映す鏡ともなる。

大谷さんの声の調子が一つのつややかな
楽器のように大きくおおきく人を包む。

放送は11月18日(火)の予定です。

茂木健一郎
『脳とクオリア』 
(日経サイエンス社、1997年)
第4章7節
「ニューラル・ネットワークにおける相互作用同時性のパラメータ」より
 
 さて、それでは、私たちの脳の中のニューロンの発火からなるシステムがどのような固有時に従うのか、具体的に見ていこう。
 ニューラル・ネットワークにおける相互作用同時性を考察する上では、ニューラル・ネットワークのダイナミックスを記述する幾つかの異なる時間パラメータを考慮しなければならない。
 ニューロンの細胞体におけるアクション・ポテンシャルの生成からの一連のプロセスを追いながら、それらの時間パラメータを考察していこう。以下では、興奮性のシナプス結合の場合について説明する5)。
 まず、ニューラル・ネットワークにおける相互作用同時性を、簡略化した形で復習しておこう。(図4ー8)

<図4ー8
相互作用同時性の簡略化された描像>

 今、ニューロンAの軸索丘でアクション・ポテンシャルが時刻tにおいて生成されたとする。このアクション・ポテンシャルが、ニューロンBに時刻t+LBA/CBAに到着したとしよう。ここに、LBAはニューロンAからニューロンBへ向かう軸索の長さであり、CBAはこの軸索上のアクション・ポテンシャルの伝幡速度である。この時、時刻tと時刻t+LBA/CBAは、相互作用同時性により、同時であると考えられる。すなわち、

<数式>

となるのであった。 
 もちろん、上のようなシンプルな描像では、多くのパラメータが無視されている。以下で、その一つ一つを検討していこう。
 まず、アクソンをアクション・ポテンシャルが伝幡するのに要する時間がある。この長さは、アクソンの長さをlBA、アクション・ポテンシャルの伝幡速度をcBAとすれば、lBA/cBAである。このパラメータは、上の描像の中でも考慮されている。
 さらに、シナプスにおいて、アクション・ポテンシャルの到達後、神経伝達物質が放出され、シナプス間隙を経てシナプス後側(postsynaptic)のニューロンに達するまでに要する時間、シナプス遅延(synaptic delay、ts)がある。シナプス後側に達した神経伝達物質は、受容体と結合する。その結果膜電位が脱分極し、後シナプス膜電位(postsynaptic membrane potential)が、樹状突起(dendrite)の上を伝わっていく。これが、細胞体にまで達するのに要する時間が、樹状突起遅延(dendritic delay、td)である。
 細胞体に達した膜電位の変化は、アクション・ポテンシャルを生成する部位であるアクソン丘(axon hillock)において脱分極として現われる。この様子を記述する時間定数としては、脱分極が成立するまでの時間(上昇時間 ta)と、脱分極が生じた後に、それが減衰していくのに要する時間(減衰時間 tm)がある(図4ー9)。

<図4ー9
相互作用同時性に関わる時間定数>

 こうして、シナプス前側のニューロンの細胞体で生じたアクション・ポテンシャルの影響が、シナプス後側のニューロンの細胞体にまで達して、ニューロン間の相互作用の連鎖がつながったことになる。
 上に挙げた時間パラメータの典型的な値は次の通りである。

ts <〜 1ミリ秒
td 〜 1〜2ミリ秒
ta <〜 1ミリ秒
tm 〜 10ミリ秒
  lBA/vBA <〜 1ミリ秒    

 これらの値を比較すると、相互作用同時性を決める時間パラメータとしては、膜電位の脱分極が減衰する時間tmが大きな意味を持っていることがわかる。もっとも、上の値は様々な条件によって異なるので、あくまでも目安と考えなければならない。

5)抑制性の結合において固有時がどう振る舞うかは難しい問題だ。抑制性の結合においては、3ー5節で見たように、負の相互作用連結性が生じる。一つの考え方は、負の相互作用連結性の両側では、共通の固有時が成立しないというものだ。

10月 17, 2008 at 07:16 午前 |

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コメント

クランチー...

この日の感じ、とても好きです。

きょうの日記も。
限られた時間の中で、体を動かしながらもいろいろな発見をなさるのですね。
しみじみとしました.

スペラティヴの部分難しいですけれども..
読後に、郡司は淋しくて、それでいてすこし怖い人だな.. と感じたのを思い出しました。
読み返したら、また違う感じ方をするでしょうか。

孔子のお話.
先生はこのごろ、ご自身の作品を振り返られているのですか。


きょうは大事な日ですね
おめでとうございます。

睡眠をゆっくりと、休める時間をすこしでも持てますようにお祈りします。


投稿: | 2008/10/20 2:13:26

茂木先生 こんにちは♪
ネクターも今は昔と違って、だいぶ甘さ控えめで、トロトロの感じが弱まったと思います(不二家のネクターですけど)ネクターのトロトロととろける感じは、なぜか二度寝のあのヌクヌクと、とろける感じに似ていませんか?なんとも、まどろみの世界に入って行く、あの感じに似ていると思います。液体のトロトロと、まどろみのトロトロと、どちらも脳の中で蕩けて、なんとも優しい心地よい気持ちは同じクオリア?なのでしょうか?茂木先生に、早く二度寝の蕩ける日が来るといいですね!あっ!でも先生のことなので夢の中ではトロトロしてないですね(笑)きっと忙しく走り回っていると思います!蕩ける時には、全部、とろけちゃって欲しいと思います(笑)♪

投稿: | 2008/10/18 22:43:03

こんばんは。

お忙しい中、毎朝きちんと走っているのは、えらいですね。
ここのところお天気は良いけれども、朝はめっきり涼しく(寒く?)なってきました。
お体にお気をつけて、お仕事頑張って下さいね。

脳とクオリア、2ヶ月位前でしたでしょうか。。。読んでみたのですけど、これはさすがに、今まで読んだ茂木さんのどの本よりも難しくて、ちんぷんかんぷんでした。読んだというより、目を通した、にとどまってしまいました。ん~、まだまだ平凡な頭脳しかない自分がもどかしいです。
心なしかどころか、かなりたじたじになりました。。。

明日の朝は(今日ですね)、ピーチネクターが飲めるとよいですね。

投稿: | 2008/10/18 0:08:41

「それでは、きょうは、ワルツをお願いできますかな?」
(喜んで。あなたのエスコートで踊れるなんて幸せですわ。)
「おや、あそこにタップをしている若者がいますね。」
(何を言っていますの。あれはお若いときのあなたじゃありませんか。)
「おお、そうじゃったかのぅ。」
(あなた、とってもタップがお上手で、私たちのあこがれでしたのよ。)
「そんなこともありましたかのぅ。ほぉっ、ほぉっ、ほぉっ・・・。」
(まぁ、とぼけちゃって。あら?あそこにアップルジュースを持って走って来る人がいますわ。)
「どれどれ。おお、不思議なお方よのぅ。」
(アップルジュースをお持ちなのに、なぜか、ピーチ!とお叫びのようですわ。)
「きっと、よっぽど、込み入った事情がおありなんじゃろう。」
(そうですわね。私たちにもいろいろありました。)
「そうでしたね。人はそれぞれ、大なり小なりいろいろな事情を抱えて生きていくもんです。さあ、踊りましょう。ダンス・・・」
(ダンス・ダンス、でしたわね。)

朝の光の中で、「二人」のステップはいつまでも軽く、花のワルツを奏でているかのように・・・。

投稿: | 2008/10/17 23:24:58

こんばんは。
「感動する脳」と「脳を活かす仕事術」の増刷おめでとうございます。
茂木先生が思いだし笑いをされたのを思い浮かべ、私もくすりくすりと笑ってしまいました。(´∀`)
この青年はきっと人目も気にせず堂々と踊っている姿に惹かれて、自分も頑張ろうとつかず離れず距離をとって練習していたのではとも思いましたが、優雅なクルクルに機関銃のようにタタタタタ、たじたじになっているような気がした、という先生の表現が実に面白いです♪そして早速と走り続ける姿が目に浮かびます。
私も最近、朝走り始めたのですが、先生が大切だと思われている事を共有させて貰っているかもしれないと思うと嬉しいです♪
そしてピーチもgetしたので明日の朝El Surの甘いクオリアを感じれるかと思うとワクワクします。プロフェッショナルも毎回とても楽しみに観させて頂いております。
それでは、いつも長くなり申し訳ないのですがお休みなさいませ。(*´ω`*)ノシ

投稿: | 2008/10/17 23:06:21

タタタタタッ…!とパワー溢れる若者のタップダンスに、スローにクルクル旋回するおじさんの優雅な社交ダンス。其の対比の鮮やかさが、日記を読むと伝わってきます。

若い力で踏むタップの勢いは、おじさんの踏むステップの優雅さよりも、人の眼をぐーんと引き付けてしまう。あまりの勢いに、おじさんが気の毒にも思えてくるのですが…。

しかし、両方とも人の眼を気にする事無く、それぞれ自分の躍りに専念しているというのが素晴らしいと思いました。

過日、都内某所である不思議な看板を見かけたことがある。

それには、こう書いてあった。

「やっぱ自分の踊り方で躍ればいいんだよ」

これは今から10数年前に他界したポップミュージシャンが遺した言葉だそうだ。

人其々に「自分の踊り方」がある筈だ。彼のいうこの「自分の躍りかた」というのは「自らの依って立つ生きる為の流儀」というか、もっと端的にいうと「人生哲学」を指しているのかもしれない。

他者と関わり合いながら、自分の生きかたを厳として貫く。それが如何に大変で難しいことか、周りに振りまわされながら生きている多くの人々を見て思う。

『外の声』だけ聴いて、己の『内なる声』を聴かずに人生を棒に振る、これほど虚しく悲しいことはない。

少なくとも自分はそうなりたくないと常々、心を律していきたい。人の眼ばかり気にして、自分の流儀で生きられない生きかたはしたくないものだ。

そうして、自分の流儀で…それこそ『自分の踊り方』で躍ればいい。無限に空白の広がる、人生のステージで、タップでも社交ダンスでもいい、自分の好きなステップを踏み通していけばいい。

…以上のことを、きょうの日記の前半を読み、考えながら書いてみました。

ところで、ネクターと言えば、やはり私個人には“不二家の桃ネクター”の印象が強いです。あのとろりとした舌触りが忘れられません。

今は少々風邪気味ですが、フルーツをとることは風邪にもいいようです。

朝晩は冷えこむようになりました。お忙しい日々が続いておられるようですが、ご体調、くれぐれも御自愛下さい。

投稿: 銀鏡反応 | 2008/10/17 21:23:35

いつもの冷蔵庫に、いつものピーチ・ネクターが入っていると思って開けてみて、あれ?ないという時、ピーチ・ネクターを想像して楽しみにしている“私”と、冷蔵庫に入っていたアップルジュースを飲んで美味しいなぁと感じている“私”。この感じって何なのでしょう?

茂木さんが公園を走っていて、見かける社交ダンスの練習をしているおじさん。すごいですね!
“自分”というものを持っているのでしょうね。

私は、何とはなしに気にしているところがあるので、他人の目を気にしないで出来るって、私はうらやましいです。

11月18日の放送、祖母が認知症となり介護が必要なため、何か他人事といえない感じ。

茂木さんのおっしゃる自分の姿を映す鏡という言葉、とてもよく分かります。

介助する私たちに余裕がなく、イライラしてると受ける側である祖母もスムーズに出来なかったり…。またゆったり構えていると、スムーズに出来るなど…。
一日を終えて、ゆっくり考えられるようになってから、反省させられつつ、明日こそは!と思うのです。

放送楽しみにしております。

投稿: | 2008/10/17 20:15:59

>「ニューラル・ネットワークにおける相互作用同時性のパラメータ」より

なるほど!
「相互作用」の「反応選択性」にすぎないのではないか?
という疑問があったのですが、そうではなくて、
クオリアの時空間と内容物は、
それぞれ別に立ち上がるものではなく、
それらすべてが「相互作用同時性」の原理で
立ち上がっているということですね。

となると、逆に、物理的な時空間、
とりわけ時間の(クオリアの影響を排除した)記述に
関心がでてきました。
というのは、心理的な時間の流れを根拠にして
(現在までの)物理学的な時間が定義されている可能性が
大いにありそうだからです。
物理学的な時間において、
※心理的な時間が一見関与していないように思えること
※何故時間が過ぎ去るのかわからないこと、
等は、今までの「物理学的な時間」が
「心理学的な時間」から抽象された概念であるからだ
と考えた方がすっきりしそうです。

となると、「相互作用同時性」における、
「時(間)」とはそもそも一体何なのか?ということを、
クオリアの影響を排除して記述しようという試み
(断念せざるを得ないのかもしれませんが・・・)
が非常に重要になってくるのではないかと思いました。

しかし、あくまでクオリアの問題は、
古典物理学的に記述できるニューロンの発火に対応しており、
それらの詳細な研究をすることなしに、
安易に量子力学や「物理的考察の断念のような主張」に
結びつけることは良くないようにも感じました。

投稿: | 2008/10/17 17:05:11

今日のコーヒータイムにまた、改めて読ませていただきましたがおかしくて笑いが・・・。読んだ後の私の心がたじたじになってしまいそうです。(笑)茂木さんと言えば「蝶」でしょう?!ここのところ、蝶のお話が多くてロマンティック街道、まっしぐら!っていう感じでしたが、今日はモモとリンゴのジュースを見間違えて買い失敗をしてしまったお話し。トロピカーナのモモとリンゴの絵って、似ていたでしょうか?!後でお買い物に行きますので見てみましょ。それにしても「ピーチを愛していた。」とは、茂木さんは少し前にも確か「モモの薄皮が~」という表現をしていらっしゃいました。モモが大好きなのですね!次からはコンビ二でモモから嫌われないように、しっかりと手に取ってお求めください。(笑)それから、「脳とクオリア」をまた読ませていただきましたが、理解できているところもあるとは思うのですが、やはりよくはわかりません。(笑)クオリア日記で、またいつの日かわかりやすく解説をよろしくお願いいたします。では・・・。

投稿: | 2008/10/17 15:35:38

こんにちわ

ニューロン内の量子収縮が時空間に傷のようなものつける反作用で微小クオリアが生まれると考えると、多数ニューロンの回路発生による、量子収縮連結回路が出来上がり、クオリアの塊が生まれるのではないか?


茂木さんが、モモネクターを飲もうとした時、モモネクターの反応選択性ニューロンの発火により、量子収縮連結回路発生し、モモネクターのクオリアの塊が生まれるのでは?(^^)

投稿: | 2008/10/17 14:56:15

心理学 医学(書物を眺める程度)と違って脳科学だわねぇと
軽い気持ちで読ませて頂きました。

茂木先生のいつものピーチ・ネクターではなく、アップルになってしまって残念クオリアですね。

子供では、夢中な時は人の目を少しも気にせずに外で活動したりもしますが、子供心のおじさんと子供の若者の光景で・・・
その二人の気持ちを色々と思い巡らせ 楽しませて頂きました。

投稿: | 2008/10/17 14:40:19

こんにちは!! 私は茂木様の本を読んでファンになり 今はクオリア日記をお気に入りにして楽しみに拝見しています
けれど この日記はレベルが私には高すぎて 必ず一度は広辞苑又は英和辞書の出番があります それでも理解できない事が多いです
なので「こころなしかたじたたじになってる」みたいな日常の記事は
ほっとして 自分勝手に茂木様とお近づきになれたように思い嬉しくなってしまいます お忙しいのに朝のジョキングに感心しています 
心と体の為に続けられるといいですね  

投稿: | 2008/10/17 14:34:49

私は最近、いつも身近に、そら豆を炒ったものを置き、ポリポリ食べています
できれば大豆のほうがいいんですが、実家の事業の店舗に置いていないらしく
そら豆をポリポリ食い続けています
兄に、大豆置けば?と提案し、その件について兄との間で、やりとり中です
秀吉のおやつは、いつも炒り大豆だったと読んだことがあります
私も炒った豆が好みっすなぁ

ダンスについて、私は、与えられた部屋で、動画みて聴きながら、ひとり踊ることがあります
人にみられても私は、恥ずかしくないのですが
父や母が、私が狂気に入っているのではないかと心配するため
彼らがこの部屋を訪問しているかどうか、気にしています

そんな感じすなぁ

そら豆は悪魔の豆だそうでオソロシスぶるる

投稿: Piyo tha J' | 2008/10/17 14:23:55

茂木健一郎さま

私は逆で良かったです
書籍
脳を活かすシリーズより拝読で。もし1997年の
[ 脳とクオリア ]

こちらが最初でしたら、次に書店に参る頻度
国民体育大会なみです
1年に一度
本当、たじたじ、どころではなく 心の逃避行
空を見上げ、なんて、きれいな青空かな!
特段、空でなくても良いんですが そんな心理的状態に陥っていたと断言です
事実、昨日の心理は、ただ青空を見上げ、心の逃避行ではなく
書籍 [ ひらめきの導火線 ] 拝読しよう!と、拝読をさせて頂きますと
不思議
スムーズ拝読状態
心理的に
[ 脳とクオリア ]を思えば!実際、そうなんです私。つい最近から拝読で私は良かったです。

投稿: | 2008/10/17 12:52:05

茂木さん、こんにちは。今日のタイトルは可愛らしいですね。(笑)
いきなり「茂木さんは、どうしたのかしら?」と思ってしまいました。
読み始めると、買い失敗をされたズッコケ話しでしょ?!おかしくて笑ってしまいました。茂木さん、大丈夫ですか?少し心配。(笑)桃のジュースは確かに美味しいですが、糖分が強いからよ~く振ってから飲まなければ最後の数滴がキツイですね?!私の頭の中で「桃」と聞くと犬のポメラニアンのお尻が浮かんできます。ポメのお尻は「桃尻カット」
なのです。今度、公園などでポメに会ったら可愛らしい桃の型のお尻をご覧ください。(笑)~ドイツのポメラニアン地方の犬種です。~ 
ところで、「社交ダンス」の練習をしているおじさまがいらっしゃるのですか?私がよく行く公園ではお濠の近くで若者たちがジャズ・ダンス
?!を踊っています。私は昔、広告代理店のスクールでレオタードを身につけて、モダン・ダンスを習っておりました。今、考えるとすご~く恥ずかしいです。ミニ宝塚といわれていたこのスクールではダンスや音楽の授業がありました。社交ダンスは夫と出会ってから「ジルバ」だけは教わり踊れますが、後は駄目ですね。(笑)何故か「Shall we
Dance」の映画が頭の中で今、回っています。(笑)それから、プロフェッショナルで「認知症介護」のスペシャリストですか。夫の母は数年前に亡くなりましたが、最期はまだら症状があり、肛門(括約筋)の病気がありましたので、私は週二回ほど浣腸をしていましたが、介護って本当にたいへんな現場ですね。教わって出来るというのではなく、心をもって接していかなければ上手くできないでしょうから。そういえば、私の友人で看護師をしている女性がいますが、淀キリの田村さんに今、強く憧れているらしいです。放送を観ていたらしく、田村さんの下で働きたいと言っていました。至るところで反響があったのではないでしょうか?最後に、茂木さん!難しすぎて私には理解できません。解説が必要です。(笑)もう一度、この「脳とクオリア」を読んでみますが、多分、お手あげです。では今日も一日、お健やかにお過ごしください。

投稿: | 2008/10/17 12:36:14

茂木さん、こんにちは

茂木さんの楽しい日常の1シーンと、
難しい脳とクオリアについての文章が
両極端に見えるも
巧妙なバランスで保たれた
見事な日記だと思いますわ

コメントしたいのですけど、
眠気がひどくて
特に難しい文章になると
いつの間にかパソコンの前で鼻風船・・・おおっと、
これでもワタクシ、一応女子でしたわ。おほほ。

あとでシャキーーンとしましたら、
コメントしにきまーーす

投稿: | 2008/10/17 11:21:44

 「クオリア」それが何なのか、私は正確に理解が出来ているわけではありません。ただ、人生経験の中から、言葉では十分伝えることが難しいと思われる勘や経験のようなもの、それらの本質にはそのクオリアというものが関係しているのかもしれない、なんとなくそのように思うことが有りました。

 1900年の12月に、マックスプランクがプランク定数なるものを発見したことから量子力学はうまれっることになったそうですが、エネルギーも、物質と同様に粒子のようなものによって構成されているに違いないと考え、そのエネルギー量子をクォンタと名づけたのと同じように、脳の中で発生する心の働きの因子のようなものとして、クオリアとの概念が考えられるようになったのかな・・・・と、このごろ考えるようになりました。

 茂木先生の著書は、先日、「脳とクオリア」を図書館で見つけてちょっと借りてきたのですが、とても今は・・・この先も、読めないなぁ・・と思っていたので、こうして引用していただけると私のようなものにはとてもありがたいですね、感謝、感謝。

 クオリアの概念が先の著書の中で、定義する試みも為されていましたが、それを特にメモにとることもしなかったので詳細は忘れてしまいました。私には、大森荘蔵さんが脳科学を批判的に捉えていらしたようなことがあったことから、それをよく理解しているわけでもないのに、それを慎重に捉えておくことは必要なのだろうという程度の思いがありました。生前、議論をされていた養老猛さんが、「脳とクオリア」を肯定的に受け止めていらっしゃるのは、なるほど・・・と、思いました。

 私はそもそも、あまりできのよくない人間で、物理と言うと高校一年生の力学でつまずいて、二年生から化学と生物を選択して、量子力学のことを知ったのは農学部を卒業しようとする4年生になってからのことでした。勉強というものが好きではないし、その大きな理由はやっぱり分からないからだったのだろうと、思います。私にはまだクオリアが何なのか、よく分かりません。それから以上のような人生経験が手伝ってのことか、あんまり難しいことは間がたくない・・・といったところがあります。ですから、茂木先生の仰ることで最も共感できないところは、

私たちは、今こそ、「クオリア」を技術的に論じる努力を始めなければならない。

というところなのです。

 よくやりますね・・・と、感心するし、そんなことを本気で試みることの壮大さに呆れてしまう・・・といったところがあります。試みる前から・・・そんなの無理でしょう!と、まぁ、自分でも嫌になりますが、とってもネガティブなところが在ります。でも、なるほど、クオリアを技術的に論じる努力をなさっている姿が、数々の著作であったり、テレビ番組などでは意見する茂木先生の日頃の姿なのかもしれないなぁ・・と、最近は感心するようになって参りました。

 私は2000年頃から、長崎市で活動していた登校拒否を考える親の会というグループの下で運営されてきたフリースペース長崎という、主に先の会において我が子の不登校の問題などに悩む保護者のため、週に一度のペースで運営されてきた「居場所」のボランティアスタッフとして活動を始めることになりました。そういうこともあって、ちょうどその年、ちょうど17歳の少年たちが国内各地で殺人などの問題を起こしたことが印象に深くの残っています。気軽に始めたことではあったのですが、また、サボりつついい加減にやっていることではあるのですが、考えると9年目に入り、考えてみると、当時の状況や、その後特に長崎県でも全国的に注目されるような問題が続いたこともあったことが、現在の自分と関わりあるのだなぁ、というくらいのことは思います。登校拒否や不登校ということで、その当事者や保護者が苦しむことがあるということは、本当に私が知らずに過ごしてきたことでした。

 脱線しました。このごろ、「やさしい発達障害論」高岡健著を読んでいます。このほか、筑摩新書の「統合失調症」「解離性障害」「「心」の本質とは何か」という3冊の新書を今年は読んだのですが、それから今月NPOが企画している講座の中で、たぶん心療内科の医師だと思いますが、脳に関す話、10歳くらいになってようやく子どもは自分の感情をコントロールできるようななるということや、α波、θ波とか呼ばれる波が脳から発生されるのかな?詳しくは知らないのですが、お坊さんの頭に測定器を付けて調べると、それらの波がきれいに計測できることがあるのだそうで、よく修行の出来たお坊さんだとθ波というものが測定できるといった話を伺い、多分様々な角度から脳の機能や病の研究は過去なされてきたのだと思いますが、その中に「クオリア」が出てくることは今のところありませんでした。やはり、まだ新しい概念で、異なる捉え方が為されているのかな?というくらいに思っています。

 それでも、クオリアの概念で新たに捉えられることは今後あるのかもしれませんし、高機能自閉症、高次機能脳障害、アスペルガー症候群と呼ばれる軽度の発達障害や脳の障害をそれで新たに捉えなおすことには限界があったり、価値のないことであったりするのかもしれません。養老武さんは、都市が脳化してゆくということを話されていたように思いましたが、金融の世界では東西の冷戦構造の崩壊後、それ以前は軍事関係の分野に就職していた理科系の米国の学生が金融関係の会社へ就職するようになり、ヘッジファンドと呼ばれる極めて脳の働きと金融の動きが直結するかのような仕組みを生み出したとも耳にしたことがあります。人間の外部に広がる世界にも、内部に広がる体内の世界にも、クオリアの概念で捉えることの可能なものは、ひょっとしたら存在するのかもしれませんが、私にはそれがどのようなものになるのかは見当も付きません。

 ただ、なんだかよく分からないけれど、わくわくするようなこと、そういうものに駆られて茂木先生がクオリアのことを考えたり研究されたりしていることは、私もこのごろ少し分かって参りました。今後も時々日記を拝見させていただこうか・・・と、思っています。昨日、この日記のことを教えてくれた田中美穂子さん、ありがとう!

投稿: | 2008/10/17 10:50:44

ピーチのクオリアの予感!なんか、なんかそうゆうの的ケースに共感しました!

投稿: | 2008/10/17 10:41:35

思い出して、某老人と某若者のバランスをクスッと笑う感性が素敵ですね。

投稿: | 2008/10/17 9:18:43

認知症介護の放送 心待ちにしています。
全ては自分を写す鏡だと思えば、どんな困難、また心痛めることや、目をそらしたくなるようなことにでも しっかり 向かい会える そんな気がします。 自分から目をそらさない。

投稿: | 2008/10/17 8:57:50

茂木さんおはようございます!朝一番の大爆笑です☆
ピーチがアップルだったのは、重大事件ですね!!笑。

そういえば昔、ご門徒さんのお宅にお参りに行ったとき。
お茶を出していただき。お湯のみを口にしたら、なんと!
お茶じゃなくて、ピーチネクターだった事が!この感覚の違いといったら!!

茂木さんのお話で、あの驚きもよみがえりました・・・。笑。

「くるくる&タタタタタ」のお二人
→若者と、その横で、たじたじ、でも負けじと頑張るおじさんが

わたしの頭の中で、きょう一日中、踊り続けそうです・・・。笑。

投稿: 月のひかり | 2008/10/17 8:13:29

おはようございます。
今日の先生のブログは、正直私には専門用語が沢山でよく分かりません。
それでも、心はへー面白いと感じています。
13日からブログを拝見していなかったのでズート読ませていただいて、
よく分からなくても、私の心がウキウキしてればいいことなんだーと一人で納得しています。

投稿: | 2008/10/17 7:38:33

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